今回は、「みんな平等」と言いながら、なぜ私たちは人と自分を比べてしまうのか?という身近な疑問から、『歎異抄』に教えられる「真の平等」について考えます。
芸術家・草間彌生さんが願った「境界をなくすこと」「戦争をなくすこと」。世界中で平和や平等が願われる一方で、私たちの心には「自分の方が上」「もっと認められたい」という思いがあります。
そんな人間の心を、親鸞聖人はどのように見つめられたのでしょうか。
『歎異抄』に記されている「親鸞は、弟子一人ももたず候」という言葉を手がかりに、名誉や利益を求め、人の上に立ちたくなる私たちの心を見つめます。
そして、身分や地位、財産、能力などによって人間の価値を分けるのではなく、誰もが同じ人間として、ともに仏法を聞いていく「御同朋・御同行」という世界へ。
では、仏教が教える「真の平等」とは、単に「みんな同じ」ということなのでしょうか?
聞きどころ
・「親鸞は弟子一人ももたず」――なぜ親鸞聖人は「弟子」を持たないと言われたのか?
・「先生と弟子」「上と下」を超える、「御同朋・御同行」という関係
・褒められたい、認められたい、人より上に立ちたい――私たちの心にある「名利」とは?
・「みんな同じ」では終わらない――『歎異抄』が教える「真の平等」とは?
ご案内
現在、東京を中心に、こうした仏教の論理的な考え方を日常に活かす講座を開いています。詳しい日程や、オンラインでの相談については、以下のホームページをご覧ください。
▼ 公式ホームページ
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