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みなさーん、おはようさーん。
ヤフーの音色を始めていきたいと思います。
私は、八に風と書いてヤフーという名前で、シンガーソングライターの活動をしております。
今、10月のクラウドファンディングに向けて、私の平和の樹の下でという曲の歌詞の深盛りをしております。
今日はですね、おとうよのところからいきたいなと思うんですけれども、
おとうよ、もう逃げていいさ。
わぁ、置いてかんねえと言った。
それでも、そんな自分に、いちまでぃん まじゅんと言ってくれた。
平和の樹の下で、何気なく過ごす日々。
そんな日があるのは、あなたの言葉のおかげ。
という部分ですね。
この部分が一番、この歌で伝えたいところではあるんやけど、
そもそもね、私がこの方言を使った歌詞にするのってどうなのかなって思ってたんだけど、
ここだけはちょっとどうしても入れたいなって思いながら、
何が音的にはまるのかなっていうのもあるし、
何を入れたら伝わるのかなっていうのが、あんまりよくわかってなかったんですけど、
やっぱりお父さんの言葉、義父のお父さんの言葉が一番伝えたいことだなと思ったので、
なんだけど、あまりにも外れすぎてたらよくわかんない方言になっちゃうので、
今でも少し使うような方言の方が残りやすいかなというので、
この方言にさせてもらいました。
お父よ、もう逃げていいさはおいでかんねっていうのは、
義父と義姉とおばあちゃんと義父のお父さんとで、4人で逃げてたんですね。
義父も障害があって、両家子、家子障害があって、義の姉も全毛だったんですね。
そんな中でお父さんは、全毛のお姉ちゃんの手を引きながら、
両親が悪いお父さんを背負いながら、ずっと逃げててね。
南部から北部に歩いて逃げたって、その当時の方々は結構言われるので、本当に大変だったと思うんですよ。
今でも何日かかるんだろうぐらいな感じだし、
想像を絶する距離なので、どれぐらい大変だったのかなっていうのは、本当に想像でしか語れないんやけど、
その時にやっぱり、ものすごい苔たり、日々があったわけなんですよ。
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その時に障害のあるお姉ちゃんが、弟と一緒に、
もう私たちを置いていってって、みんなの足手的になるし、お父さんも大変だから置いていってちょうだい、
先に行ってちょうだいっていう話をしてたらしいんですね、お父さんにね。
当時、義父は5歳で、お姉ちゃんは12、3歳かなっていう感じの中で、
そんなにちっちゃい子が、お父さんにそれを伝えなきゃいけない状態って一体何なんだろうなってすごく思ったんですよね。
そんな時にお父さんが、家族は死ぬも生きるも一緒だよっていう話をして、一緒に逃げるんだっていう話をずっとしてくれたっていう話を、
義父はね、毎年毎年来る新聞記者の方にずっとそんな話を語っていたんですよね。
なので、その話は、今はこうやって冷静に話せてますけど、何度も何度も話しているので、
だけどやっぱり、泣きたくなるくらい悲しかっただろうなってすごく思うし、
その言葉っていうのは一生忘れられないんだろうなぁと思ったので、
次のターンでは、平和の木の下で何気なく過ごす日々、
そんな日があるのは、あなたの言葉のおかげっていう、そのあなたは漢字で書いてるんですけど、
そこのあなただけ、義父のお父さんのことを示しているというか、いつまでも一緒っていうことを言ってくれたっていうので、
そこだけのあなたは、ちょっと違うあなたにしてます。
なので、ここは一番グッとなるところではあるし、
みんなに知ってほしいところでもあるかなと思うので、
今日はその話をさせてもらいました。
ということで、
今週は平和の木の下でのことを言葉にしたいなと思っていたので、
ラストあと2回くらいになるかもしれないな。
この後に1回で終わるって言ってたんですけど、
ということで、
皆さんも今日素晴らしい1日になりますように、
私もあなたも最強の運と笑顔で、日々これこうです。
ありがとうございます。