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安岡信一の遠くへ行ったよね。行った!
しんちゃんが語るコーナーです。
今日は何を話そうかなと思っていたら、ちょうどラジオの前半部分で、A面とB面を聞いてみたのをやったんです。
そうなんです。今日はフル音楽探検隊という、音楽を色々な角度から発掘していくというコーナーで、
名曲のB面、カップリングを発掘しようという時間をお届けしましたね。
そうしたら、それに質問が来て、太るマーメイドさんから、
ワッフル探検隊でB面特集でしたが、質問ですと、
A面、B面をどうやって決めてるんですか?っていう質問が来たんです。
確かにそうね。だって、どちらも思い込めて作るわけでしょ?
今はね、そのB面曲っていうのはあまり言わないし、
今のアーティストとはまたちょっと違うのかもしれないんですが、
サブスクとか配信っていうのが増えてきてから、
B面とかカップリングという曲というか、そういう位置づけが薄れてはきたね。
そしてさらにTikTokとかどんどんショートになっていってるから、
サビだけ先に作って、バズったらAメロ、Bメロ作るっていう。
効きますね。
そういう作り方をされている方がほとんどみたいで。
なんかそれも僕の作り方としてあんまりピンとこないところもあって、
ただそっちの方が効率がいいんだろうなって、
なるほどなって思ったりとかするところもあるんですけど、
僕らの時代のCD、言うたらカップリング曲っていうのは、
基本アルバムが年に1枚出すのかな。
年1かにアルバムを出すので、
シングルを3ヶ月に1回3枚出したらフルアルバム。
4ヶ月目にはフルアルバム。
っていうので1年っていうサイクルを作ってたんじゃなかったかな。
だから制作期間が1ヶ月あって、
それでその間に曲を作って、曲を選んでレコーディングして、
1ヶ月で全部終わらせて、
次の1ヶ月はそれに対してプロモーションが始まって、
で、発売日はインスタライブで回っていくみたいな。
また次の月は制作期間で。
だから4ヶ月スパンで制作期間が来て、
レコーディングとかプリプロとかやっていかないといけないんで、
レコーディング自体がすごく時間がかかっちゃうから、
プリプロって何?
プリプロって言うとネームみたいなもの。下書き?
こんな風なアレンジでこんな風にやっていきますよみたいな感じの、
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最初の下書きラインみたいなのが出てくるんですけど、
それがあるので、メインとなるシングルを出す。
2ヶ月先か、レコーディングで2ヶ月先に出すとなると、
その月にはそれを作っていることって基本間に合わないんですよ。
前倒し前倒しでやっていかないといけない。
半年先のシングルのことを作っておかないと本当にいけなくて、
もうそうしないと間に合わないんでね。
だから大体半年先ぐらいのものをずっと作っていってるんですよ。
なんか季節とかさ、反対だったりするわけでしょ。
変な感覚になりそうね。真夏に真冬の歌とか。
そう、だから本当に休みがたまたま多くなった時とかは、
本当にストックをどんどん作っていっておかないと、
そのスパンが基本、昔は2年契約だったんだよね、レコード会社と。
2年が決まってるから、だから2年でシングル自体が6枚出るのかな。
で、アルバムが2枚出るでしょ。
ということは、アルバムが大体12、3曲入りとかだったんで、
26曲、30曲弱か。
それだけあればいいってわけじゃないのよ。
だから選ばれたのがその曲だけであって、
だから基本4、50曲は2年間とかで最低でも持っとかないと、
当時はダメだったよね。
結構だから、僕らはストックがなくて、
音楽を始めて路上に出て、そこからのデビューするまでが実はすごく早かったから、
ストックがなかったんですよ。
だいぶ全然ない状態で、ほんとカツカツの状態でデビューしていったから、
常に締め切りに追われてるっていう状態で、
さらにそのままキャンペーン行ったりとかして、全国行くから、
本当に休みがなかった。
回りながら次のこと考えてまた曲作ってってやってくるんですか?
ライブのリハーサルもしないといけないんで、ツアーが入ってくるんで、
ツアーのリハーサルとかも入ってくるし、インスタライブのリハーサルも入ってくるから、
演奏とか歌の練習もするわけでしょ?
しないといけない。
新曲を作り上げるまでで結構難しいんですよ。
そうね。
特に、僕らはアコースティックギターを2本で作ってたんですけど、
アレンジが入ってくるとバンドが入ってきたりとかして、
これはアコースティックギターを2本でどう表現すればいいんだろうとか、
アレンジャーって別の方がいたんでね。
だから、すごいリハーサルスタジオにこもり。
毎日仕事が終わってからずっとリハーサルスタジオに入って、
1日6時間くらい入ってる期間が長かったよね。
3,4年、結構続いたね。
それもかなりの、
今も同じことをやってくれって言われてもできないと思う。
そのスケジューリングは。
それは体力的にも?
体力的にもきつすぎるし、もうありえないと思う。
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そして、やっぱりほら、曲へのこだわりっていう部分でも。
そうなのよね。
だからさっきね、僕のB面も流していただいたんですけど、
そんな中で作ってるから、
あの時はたまたまA面が先に決まっちゃったんだけど、
それに対するB面曲を最後作ってたけど、
もう締め切りに間に合わないし、
自分が納得いかないままでも、
出せないといけなかったっていう。
プロとしてどうなの?って今考えればいろいろと考えることもあるんだけど、
それくらい大人たちにプレッシャーをかけられてって言い方が、
ちょっと被害者すぎるんだけど、
でもそんな感じだった、当時若かったし。
だってこんな言われながらやらないといけないんだろうとか、
すっごいフラストレーションがたまっていってたよね、4年間ぐらい。
それでA面B面を決めるんだけど、
やっぱり大体A面曲を、
大井美容師さんってやっぱり20,30曲あるんでしょうけど、
僕らの時は自分たちが作るので、5曲ぐらい。
最低でも5曲ぐらいA面候補曲を作って、
レコード会社でA&Rっていう担当の人と、
制作プロデューサーとかと、
あと営業の担当とか結構いっぱいいて、
そういう人たち、僕らも含めてそうなんですけど、
そういう人たちの会議でね、
レコード会社の会議室で1曲1曲僕らが作ってきたデモテープをまず聞くんですよね。
候補曲ですって言って、僕らが思う候補曲です、5曲ぐらい。
それからもちろんみんな全部、うーんってなったら、
じゃあもう一回次の日って言って、明日もう一回持ってきて。
それからスタートですよ。
締め切り日がここまでだから、
あと3日余裕あるから3日頑張ってとか。
でももう締め切り日も無かったらダメだから。
だからもう残り3日間はもう缶詰ですよ。
そのA面用に提出したもので、
最後やっぱ2曲ぐらいになっていくのよ。
大体その2曲になったらその2曲のどっちかがA面でカップリングになっていく。
やっぱりそうなんだ。
じゃあA面のために作る、B面のために作るじゃないの?
じゃなかったね、やっぱり。
やっぱり票が割れていくんで、これがいいって。
自分たちでも三浦さん側としてはこの曲でやりたいって思ってるけど、
レコード会社的には全然違かったりとか、
あとやっぱりもうどの曲もダメって言われたらもうゾッとするよね。
あと3日かしかないとか。
でもどうしても意見が割れて、
この曲がA面で次のこの曲をB面にしますと言われたとしますが、
B面にしますって言われた曲をどうしてもA面で出したいっていうことはなかったんですか?
いや結構あったよそれは。
じゃあB面じゃなくても下げます。
次のA面まで取っておきますっていうことにはならないの?
なんかね、やっぱりこれも古い考え方だったのかな。
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当時はね、A面曲はアップテンポの曲じゃないとダメだっていう特に。
あったんですか?
あったのよ。
時代の流れかしら。
時代の流れでアップテンポな曲じゃないとダメですよと。
ミドルテンポでもいいんだけど、とにかくテンポ感のあるものじゃないとA面じゃないです。
僕らってどっちかっていうとバラードが多いんだよ。
そうですよね。
だから作ってくれるものが。
アップテンポってなかなかそうそうポップスで作るのって難しかったよね。難しい。
でもなんか言わんとしてることは今になってわかることだってあるね。
なんかこうね、ノリのいい曲っていうのをレコード会社の人が求めてくるっていうのはあったね。
だからバラードでデビューシングルを出して売れているミュージシャンっていうのは相当すごいと思う。当時。
一人いた俺は。この人すげえなと思ったバラードでバコーン言ったけどね。
それは誰とは言わないのね。
言わないですけどね。
あえてね。
あえて言わないですけど。
当時はじゃあそういう流れ。今はまたちょっと違うんですか?
今はもう。
やっぱりそのね、最初も言ったけどA面B面という考え方自体が薄れてきているし、曲の作り方もTikTokでバズったらみたいな。
とかSNSでバズったらとかっていう。
そもそも論が違うかもしれませんけど、じゃあどちらかというとバラードも聴いてもらいやすいというか、バラードで打ち出していきたいんだっていうのもありになってきているのかな?
それも担当の多分人次第じゃないかな。
その人の好みとか考え方があるんでしょうね。
僕はね、担当の人とは合わなかったね。
考え方がね。
その人はその人で優しい方だったんですけど。
優しいんですけど、でもなんかちょっと僕の考えてることとかとやっぱ合わなかった気がするな。
だからすごい特にもうそのスケジューリングの中で追い込まれながら音楽をしている時代だったんで。
デビューしてからの4年間ぐらいはあんまりもう記憶がないですね。
どこ行ったっけ、行ったねって何やったっけなんて覚えてないし。
記憶がやっぱりもうとてつもない量やってたんでね。
年間120本ぐらい初年度はやってるんで。
それが3年間4年間ぐらい続いてるから。
だってどんどんどんどんライブをしろっていう考えの下を動いてたって言ってましたよね、当時ね。
作品も作っていかないといけない中で。
いや本当、あの当時はね、もう高熱があろうが何しようが。
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もう点滴打ってね、もう解熱剤でさげながらとか。
もう袖でね、マネージャーがビニール袋を持って。
もうオートしてる中やったりとかね。
ちょっと今では考えられないですね。
考えられない感じだったよ。
だからほんとやべぇ、もう出るって思った時は。
僕は特にまだボーカルっていうか鉄道がいたんで。
もうダメだって思った時はバーっと袖に行ってうわーって。
えー過酷。過酷すぎ。
だから今はね、あの当時のことを思い出すとやっぱり相当もう地獄だったから。
代わりのきかない職業だったんでね。
そうですね。
だからそれは。
それを実際に経験してるってすごいことよ。
だけど過酷やなぁ。
過酷やったね。
なんかそれでね、何かが残ってれば全然話は違かったんでしょうけど。
やっぱりレコード合室の契約が終わった時に俺ら何だったんだろうなっていうね。
ちょっと思う時があったね。
どうだったんだろうこれってみたいな時とかね。
そっかー。
でも今改めて話を聞いて思うのは、ものすっごく海の苦しみがあるわけじゃない。
曲を生み出す。本当に大変な作業。
そうやってものすっごく思いを込めたものだからこそ形になって、
ずっと時間としても残って、みんなの心にも残ってってするんだろうなと思うし。
でもそこに本当の全ての自分の心をぶつけられないっていう葛藤とも戦ってたのかと思った。
なんかね、やっぱその自分たちが出してきた曲っていうのは、
ファンの方々からするとそれは記憶であって、やっぱり思い出であって、
その曲の中に何か青春があったりとかするし、
僕ら的には納得できてなかったものがあったとしても、
それはその人にとってはその曲だから、
ライブでやっぱりやる時が一番難しい。
表情に出ちゃってたもん当時は。
やりたくないけどやらないといけないとか。
葛藤やね。
葛藤がすごくあったしね。
特にね、デビュー当時とかは特に歌詞とかを変えられたんでね。
歌詞を勝手に作り直されたりとかしてたから。
そんなことあるんだ。
歌詞は特にあったよ。
でもそれが当たり前だっていうふうに周りのスタッフとかにもそういうふうに教えられた。
そんなの当たり前だから。
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でもそれは嫌だったね。
そうですよね。
自分の歌詞が作り変えられるってなんかちょっと嫌だったな。
変えられたけど自分が書きました。
自分の作品ですと言って世には伝わっていくわけでしょ。
だからその人の考えなのかな。
その人が紡いだ言葉なのかなって思われるもんね。
ほとんど僕は書いてるんだけど言い回しを変えたり単語を変えたりとかしていくんだけど。
でもそのほんのちょっとがね。
ちょっと自分のものじゃないっていうか完全に自分の思いとはちょっと違うものが混じった感じがするね。
それを悪火でもなく大人たちが当時はやってた。
今はそんなの考えられないじゃない。
もし本当にそうやって変えるんだったらアーティストと話し合いながら
一緒に作り上げていくっていう感覚の方が今はあるんだけど。
昔は本当にね。
こう言ったらあれですけど。
本当ものとして扱われてた感覚は少しあるのよ。
今自分がプロデュースする側とかになって。
もちろん歌詞を見た時にこれだとなんかちょっと稚拙だなとかって思ったりとかすると。
少しこういう風に書いてみたらとか書いてみたらとかっていろいろ提案するけど。
やっぱりそれはアーティストの気持ちを組んであげたいから。
その当時僕は味わってきたからそうにするけど。
当時のなんか感じはなんか本当ものとして扱われてたからね。
そういう時代だったんじゃない。
時代のせいにしちゃうとね。
僕はそれに人生かけてきたんで。
なんとも言えないもどかしさみたいなものはずっと持ってますよ。
でも情熱をぶつけて生み出した曲。
だからA面B面に1番2番とかこうを打つなんてないのね。
まあないね。でもなんかあるんじゃない?
両A面って言っているような曲っていうのは
アーティストの気持ちはこっちの方が強かったんだけどスタッフ的にはこっちだったとか
相当分かれたんじゃないかなっていうのは裏を知ってる人間からすると。
そういうのもあるのかもしれないね。
あるんじゃないかなと思ったりとかするけど。
あんまり深読みしなくても。
そうね。結果聞く側がこの曲が好きだって思うのが1番なんだから。
A面であれB面であれ。
売れ線がやっぱりA面曲になっていくんじゃない?
そのアーティストをやっぱり象徴しているような楽曲が
その人にとっては2枚目かもしれないけど
違う人にとってはそれが1枚目になるかもしれないから
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やっぱりその世の中に広めていくときに
やっぱり名手となる曲が
2年ぐらい感じでイメージを作り上げる方が
昔もそうなんだけどそうだったんじゃないかなと感じますけど。
こんな裏事情の話を聞いてどうなんでしょうか。
僕もね、なんかちょっとこう
うーんっていうところもありますが
ただ、それでも長いこと音楽させていただいてるんでね
感謝もしつつ、もちろん感謝もあるんですよ。
そういう時代があって感謝もしつつ
音楽させてもらってますが
裏はこんな感じでございました。
いろんな経験があって今があるわけですからね。
はい。ワッフルーム安岡慎一のトークへ行ったでした。