東野圭吾さんの新しい本が、もう読めない
東野圭吾さんが亡くなった。
68歳、大腸がんだったという。
訃報からもう一週間ほど経つのに、いまだに実感が湧かない。
まだ若いのに、と思う。
うちにある本を探してみたら20冊ほど出てきた。
だいぶ整理したあとでこれだから、以前はもっとあったかもしれない。
人に借りて読んだものや、映画で観たものまで数えれば、僕はずいぶんこの人の作品に付き合ってきたことになる。
大阪のご出身で、もともとは自動車部品のデンソー(当時の日本電装)で技術者として働いていた人だ。
そこを辞めて専業作家になった。
理系の目で人と社会を見ていたことが、あの緻密なプロットの土台にあったのかもしれない。
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東野作品に、ハズレなし
ミステリー好きなら誰もが言うと思う。
東野圭吾の本には外れがない。
傑作か、大傑作か。
たまに「普通かな」と思うものでも、どこか味わいが残る。
読みにくいということも、まずなかった。
一番好きなものを挙げろと言われたら、僕は『白夜行』と『幻夜』を選ぶ。
どちらも女性が主人公で、名前こそ違うけれど、『幻夜』の彼女は『白夜行』のあの人ではないか、と思わせる。
2作がつながっているとも、いないとも、ご本人は語らなかった。
3部作の3作目が出るのでは、とミステリー好きのあいだで囁かれていたが、もう叶わない。
この2つは、僕にとってミステリーの金字塔だ。
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加賀恭一郎と過ごした20年
シリーズものでは、加賀恭一郎ものが一番好きだ。
彼がまだ大学生だった頃から始まり、20年近くかけて物語が進んでいった。
作者と一緒に、登場人物が歳を重ねていく感じがいい。
犯人は最初から分かっているのに動機が見えない、AとBのどちらが犯人かを最後まで明かさない、といった挑戦的で実験的な作品も多く、それでいて、きちんと読めばちゃんと腑に落ちる。
ミステリーの型を、いくつも自分の手で壊しては組み直していた人だと思う。
映像化された『麒麟の翼』もよかった。加賀を演じた阿部寛さんの佇まいがいい。
中でも僕が好きなのは『祈りの幕が降りるとき』だ。舞台になった日本橋や人形町のあたりが、もともと好きな場所なのだ。
父のこと、母のことで長く思い悩んできた加賀の背景が、ここで一つに結ばれる。
先に逝った父との別れの場面も、母の死をきっかけにいろいろなことが明らかになっていく終盤も、シリーズを追ってきた者ほど胸に来る。
積み上げてきた伏線が静かに回収されていく感触が、たまらなくよかった。
ガリレオシリーズも忘れがたい。
物理学者・湯川学を主人公にしたこのシリーズは、福山雅治さん主演で映像化され、ちょっとした社会現象になった。ドラマや映画で東野作品に触れた、という人も多いだろう。
中でも『容疑者Xの献身』は、原作も素晴らしいが、映画がとにかくすごい。
小説を映像化して原作を超えることなど滅多にないのに、あれだけは超えたのではないかと思うほどだ。
何度観ても、結末を知っているのに泣かされる。
そのガリレオの最新刊が、8月5日に出るという。
106冊目にして、僕たちが最後に受け取れる新作になる。
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人の心を打つ、ということ
東野作品の凄みは、プロットの巧みさだけではない、と僕は思っている。
仕掛けの上手さで読ませる作家なら、ほかにもいる。
東野さんが違うのは、犯人であれ被害者であれ、その人の気持ちがこちらまで伝わってくるところだ。
ページをめくるうちに、いつのまにか登場人物の側に立って、その人の痛みを一緒に抱えている。
読み終えたあとに残るのは、トリックの鮮やかさではなく、誰かの人生に触れてしまった、という感触だ。
『ナミヤ雑貨店の奇蹟』のような、そう重たくない短編にも、その温かさは流れている。
だから、これから初めて読むという人には、『白夜行』のような重い一冊ではなく、まずこのあたりから入ってみることを勧めたい。
多くが文庫で手に入るから、値段の心配もいらない。
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防げたかもしれない、ということ
悔しいのは、大腸がんだったということだ。
知り合いの医者に言わせれば、大腸がんは検査さえきちんとしていれば早期に見つかり、ポリープのうちに取ってしまえば防げる病なのだという。
東野さんの事情は公表されていないので、実際のところは分からない。
分からないけれど、これだけ賢く優れた人でも、と考えると、身につまされる。
僕はポリープができにくい体質らしく、そう頻繁でなくていいと医者に言われているが、それでも数年に1度は、内視鏡で中を診てもらっている。
下剤を飲むのは難儀だし、お尻から管を入れられるのも気が進まない。
それでも、最近は意識を落として、眠っているあいだに終わらせてくれる。
だから、思っているほど辛くはない。
まだ受けたことのない人には、ぜひ勧めたい。
あれだけの人が惜しまれて逝ったことが、誰かの検査の一歩につながるなら、それはそれで意味のあることだと思う。
思えば小説から長く遠ざかっていた。
ここ数年は食文化や歴史の本ばかりで、物語に没頭することがなかった。
小野不由美さんの『十二国記』を読んで以来かもしれない。
東野さんにしても、村上春樹さんにしても、こういう素晴らしい書き手が同じ時代を生きて、たくさんの作品を残してくれた。
それは、当たり前のようでいて、実はとてもありがたいことなのだと思う。
未読の本は、まだたくさん残っている。もう新しい一冊が増えないという寂しさを抱えながら、それでも、読んでいない東野圭吾がこれだけあるのは幸運なのだと、自分に言い聞かせている。
よろしければぜひ。
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東野圭吾さんが亡くなった。
68歳、大腸がんだったという。
訃報からもう一週間ほど経つのに、いまだに実感が湧かない。
まだ若いのに、と思う。
うちにある本を探してみたら20冊ほど出てきた。
だいぶ整理したあとでこれだから、以前はもっとあったかもしれない。
人に借りて読んだものや、映画で観たものまで数えれば、僕はずいぶんこの人の作品に付き合ってきたことになる。
大阪のご出身で、もともとは自動車部品のデンソー(当時の日本電装)で技術者として働いていた人だ。
そこを辞めて専業作家になった。
理系の目で人と社会を見ていたことが、あの緻密なプロットの土台にあったのかもしれない。
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東野作品に、ハズレなし
ミステリー好きなら誰もが言うと思う。
東野圭吾の本には外れがない。
傑作か、大傑作か。
たまに「普通かな」と思うものでも、どこか味わいが残る。
読みにくいということも、まずなかった。
一番好きなものを挙げろと言われたら、僕は『白夜行』と『幻夜』を選ぶ。
どちらも女性が主人公で、名前こそ違うけれど、『幻夜』の彼女は『白夜行』のあの人ではないか、と思わせる。
2作がつながっているとも、いないとも、ご本人は語らなかった。
3部作の3作目が出るのでは、とミステリー好きのあいだで囁かれていたが、もう叶わない。
この2つは、僕にとってミステリーの金字塔だ。
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加賀恭一郎と過ごした20年
シリーズものでは、加賀恭一郎ものが一番好きだ。
彼がまだ大学生だった頃から始まり、20年近くかけて物語が進んでいった。
作者と一緒に、登場人物が歳を重ねていく感じがいい。
犯人は最初から分かっているのに動機が見えない、AとBのどちらが犯人かを最後まで明かさない、といった挑戦的で実験的な作品も多く、それでいて、きちんと読めばちゃんと腑に落ちる。
ミステリーの型を、いくつも自分の手で壊しては組み直していた人だと思う。
映像化された『麒麟の翼』もよかった。加賀を演じた阿部寛さんの佇まいがいい。
中でも僕が好きなのは『祈りの幕が降りるとき』だ。舞台になった日本橋や人形町のあたりが、もともと好きな場所なのだ。
父のこと、母のことで長く思い悩んできた加賀の背景が、ここで一つに結ばれる。
先に逝った父との別れの場面も、母の死をきっかけにいろいろなことが明らかになっていく終盤も、シリーズを追ってきた者ほど胸に来る。
積み上げてきた伏線が静かに回収されていく感触が、たまらなくよかった。
ガリレオシリーズも忘れがたい。
物理学者・湯川学を主人公にしたこのシリーズは、福山雅治さん主演で映像化され、ちょっとした社会現象になった。ドラマや映画で東野作品に触れた、という人も多いだろう。
中でも『容疑者Xの献身』は、原作も素晴らしいが、映画がとにかくすごい。
小説を映像化して原作を超えることなど滅多にないのに、あれだけは超えたのではないかと思うほどだ。
何度観ても、結末を知っているのに泣かされる。
そのガリレオの最新刊が、8月5日に出るという。
106冊目にして、僕たちが最後に受け取れる新作になる。
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人の心を打つ、ということ
東野作品の凄みは、プロットの巧みさだけではない、と僕は思っている。
仕掛けの上手さで読ませる作家なら、ほかにもいる。
東野さんが違うのは、犯人であれ被害者であれ、その人の気持ちがこちらまで伝わってくるところだ。
ページをめくるうちに、いつのまにか登場人物の側に立って、その人の痛みを一緒に抱えている。
読み終えたあとに残るのは、トリックの鮮やかさではなく、誰かの人生に触れてしまった、という感触だ。
『ナミヤ雑貨店の奇蹟』のような、そう重たくない短編にも、その温かさは流れている。
だから、これから初めて読むという人には、『白夜行』のような重い一冊ではなく、まずこのあたりから入ってみることを勧めたい。
多くが文庫で手に入るから、値段の心配もいらない。
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防げたかもしれない、ということ
悔しいのは、大腸がんだったということだ。
知り合いの医者に言わせれば、大腸がんは検査さえきちんとしていれば早期に見つかり、ポリープのうちに取ってしまえば防げる病なのだという。
東野さんの事情は公表されていないので、実際のところは分からない。
分からないけれど、これだけ賢く優れた人でも、と考えると、身につまされる。
僕はポリープができにくい体質らしく、そう頻繁でなくていいと医者に言われているが、それでも数年に1度は、内視鏡で中を診てもらっている。
下剤を飲むのは難儀だし、お尻から管を入れられるのも気が進まない。
それでも、最近は意識を落として、眠っているあいだに終わらせてくれる。
だから、思っているほど辛くはない。
まだ受けたことのない人には、ぜひ勧めたい。
あれだけの人が惜しまれて逝ったことが、誰かの検査の一歩につながるなら、それはそれで意味のあることだと思う。
思えば小説から長く遠ざかっていた。
ここ数年は食文化や歴史の本ばかりで、物語に没頭することがなかった。
小野不由美さんの『十二国記』を読んで以来かもしれない。
東野さんにしても、村上春樹さんにしても、こういう素晴らしい書き手が同じ時代を生きて、たくさんの作品を残してくれた。
それは、当たり前のようでいて、実はとてもありがたいことなのだと思う。
未読の本は、まだたくさん残っている。もう新しい一冊が増えないという寂しさを抱えながら、それでも、読んでいない東野圭吾がこれだけあるのは幸運なのだと、自分に言い聞かせている。
よろしければぜひ。
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