3位から8位へ
飲食店のレビューを読んでいたら「ドライブがてら寄ってみた」という一文があった。ドライブという趣味は、まだ生きているのか。気になって調べてみた。
日本生産性本部のレジャー白書によれば、2016年のドライブは参加人口3,880万人で3位。国内観光旅行、外食に次ぐ位置にいた。ところが2025年は8位まで落ちている。参加人口も2023年時点で3,180万人まで減った。
順位だけを取り出すと少し大げさかもしれない。余暇全体が細っている中での順位変動ではある。それでも参加人口が7年で700万人減ったのは、実数としての事実だ。
僕が子どもの頃は、車を持っていない家もまだあった。車で移動すること自体が特別で、それだけで楽しかった。人間は、好きなときに好きなように動けることを本能的に喜ぶ生き物だと思う。それができないと、動物として衰えていく感覚がある。旅行が嫌いだという人にあまり会わないのも、同じ理屈だろう。
出かけることが嫌われたわけではない。車が特別な乗り物という地位から下がっただけではないか。
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移動が手段になった
若い人が車に乗らないのは、必要がないからだ。必要なら乗る。都市圏に住んでいれば、車両代も維持費も駐車場代も税金もかかって、割に合わない。同じ金額を移動費に回した方がいいし、カーシェアもレンタカーもある。
運転手は、運転以外のことができない。何人かで出かけるなら電車の方がお喋りできて楽しいし、気を遣わなくて済む。移動は、目的地に着くための手段になった。
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ドライブインを、道の駅が食べた
僕が子どもの頃は山陽自動車道がなかった。中国自動車道はあったから、山陽側は下道を走る。だから沿道にドライブインがたくさんあった。広い駐車場、食事、トイレ。この3つがセットになった店だ。
名前を残す店は今もある。庄原の「ドライブインミッキー」、呉市安浦の「ドライブイン灘」、東広島市安芸津の「ドライブイン黒浜」。名がつかなくても、大竹の「みずなか」、廿日市の「丸忠」あたりも成り立ちが同じだ。丸忠は10年ほど前まで24時間営業で、真夜中でもうどんが食べられた。
そこへ道の駅が増えていった。ドライブインは完全な民業で、道の駅は市町村などが整備し、国が登録する。民業圧迫の構図ではある。
昔は確か30kmだか40kmに一つという基準があった。現在は「道の駅相互の機能分担の観点から適切な位置にあること」という定性的な条件に変更されている。その他、駐車場20台以上、便器10器以上、24時間無料、ベビーコーナーなどの要件がある。廿日市市大野のADOA大野は「まちの駅」を名乗っているのは、道の駅として条件を満たしていないからだ。
もっとも、駐車場とトイレと食べものを24時間そろえた施設なら、この30年で全国に5万軒以上できている。コンビニだ。ドライブインを削ったのは道の駅だけではない。
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今度は高速道路が食べる
30年前、山陰へ行く時は、三次から赤名峠を越えて国道54号を走った。だから沿道に店があった。三次市布野の「くれ竹」は今も頑張っているが、ドライブイン赤名54は2011年に店を閉じた。
そこへ2015年、尾道松江線が全通する。大半の区間が無料で、サービスエリアやパーキングエリアも付いてくる。下道を走らないのだから、沿線の道の駅にも寄らない。ドライブインを食べた道の駅が、今度は食べられる側に回っている。
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自動運転が来たら
車が自動で走るようになれば、道の駅は「わざわざ寄るように設定しておく」場所になるだろう。車内ではゲームをしたり、映画を観たりできる。トイレに行きたくなったら車に頼み、車が勝手にどこかへ寄る。
それが日本で走るのを、僕は生きているうちに見られるのだろうか。外国ではもう動いている。ただ日本には、相当な技術がないと走れない道が多い。土地が広くないぶん道幅も狭く、そのぶん制御はタイトになる。制限は多いだろうと思う。
僕自身、運転は嫌いではないが好きでもない。長く走れば疲れるし、高速は速度が出る分だけ精神的な負担が大きい。ドライブそのものが楽しくて仕方ないという感覚は、子どもの頃の記憶の中にしかない。誰かが運転してくれたらいいし、自動で動いてくれればもっといい。現在でも車の中ではポッドキャストばかり聴いている。
渋滞する国道2号をだらだら走り、腹が減ったからドライブインに寄る。あののんびりした時間を懐かしがりながら、僕も現代の感覚にすっかり侵されているようだ。
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https://stand.fm/channels/664b04d7316143a77174b611
飲食店のレビューを読んでいたら「ドライブがてら寄ってみた」という一文があった。ドライブという趣味は、まだ生きているのか。気になって調べてみた。
日本生産性本部のレジャー白書によれば、2016年のドライブは参加人口3,880万人で3位。国内観光旅行、外食に次ぐ位置にいた。ところが2025年は8位まで落ちている。参加人口も2023年時点で3,180万人まで減った。
順位だけを取り出すと少し大げさかもしれない。余暇全体が細っている中での順位変動ではある。それでも参加人口が7年で700万人減ったのは、実数としての事実だ。
僕が子どもの頃は、車を持っていない家もまだあった。車で移動すること自体が特別で、それだけで楽しかった。人間は、好きなときに好きなように動けることを本能的に喜ぶ生き物だと思う。それができないと、動物として衰えていく感覚がある。旅行が嫌いだという人にあまり会わないのも、同じ理屈だろう。
出かけることが嫌われたわけではない。車が特別な乗り物という地位から下がっただけではないか。
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移動が手段になった
若い人が車に乗らないのは、必要がないからだ。必要なら乗る。都市圏に住んでいれば、車両代も維持費も駐車場代も税金もかかって、割に合わない。同じ金額を移動費に回した方がいいし、カーシェアもレンタカーもある。
運転手は、運転以外のことができない。何人かで出かけるなら電車の方がお喋りできて楽しいし、気を遣わなくて済む。移動は、目的地に着くための手段になった。
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ドライブインを、道の駅が食べた
僕が子どもの頃は山陽自動車道がなかった。中国自動車道はあったから、山陽側は下道を走る。だから沿道にドライブインがたくさんあった。広い駐車場、食事、トイレ。この3つがセットになった店だ。
名前を残す店は今もある。庄原の「ドライブインミッキー」、呉市安浦の「ドライブイン灘」、東広島市安芸津の「ドライブイン黒浜」。名がつかなくても、大竹の「みずなか」、廿日市の「丸忠」あたりも成り立ちが同じだ。丸忠は10年ほど前まで24時間営業で、真夜中でもうどんが食べられた。
そこへ道の駅が増えていった。ドライブインは完全な民業で、道の駅は市町村などが整備し、国が登録する。民業圧迫の構図ではある。
昔は確か30kmだか40kmに一つという基準があった。現在は「道の駅相互の機能分担の観点から適切な位置にあること」という定性的な条件に変更されている。その他、駐車場20台以上、便器10器以上、24時間無料、ベビーコーナーなどの要件がある。廿日市市大野のADOA大野は「まちの駅」を名乗っているのは、道の駅として条件を満たしていないからだ。
もっとも、駐車場とトイレと食べものを24時間そろえた施設なら、この30年で全国に5万軒以上できている。コンビニだ。ドライブインを削ったのは道の駅だけではない。
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今度は高速道路が食べる
30年前、山陰へ行く時は、三次から赤名峠を越えて国道54号を走った。だから沿道に店があった。三次市布野の「くれ竹」は今も頑張っているが、ドライブイン赤名54は2011年に店を閉じた。
そこへ2015年、尾道松江線が全通する。大半の区間が無料で、サービスエリアやパーキングエリアも付いてくる。下道を走らないのだから、沿線の道の駅にも寄らない。ドライブインを食べた道の駅が、今度は食べられる側に回っている。
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自動運転が来たら
車が自動で走るようになれば、道の駅は「わざわざ寄るように設定しておく」場所になるだろう。車内ではゲームをしたり、映画を観たりできる。トイレに行きたくなったら車に頼み、車が勝手にどこかへ寄る。
それが日本で走るのを、僕は生きているうちに見られるのだろうか。外国ではもう動いている。ただ日本には、相当な技術がないと走れない道が多い。土地が広くないぶん道幅も狭く、そのぶん制御はタイトになる。制限は多いだろうと思う。
僕自身、運転は嫌いではないが好きでもない。長く走れば疲れるし、高速は速度が出る分だけ精神的な負担が大きい。ドライブそのものが楽しくて仕方ないという感覚は、子どもの頃の記憶の中にしかない。誰かが運転してくれたらいいし、自動で動いてくれればもっといい。現在でも車の中ではポッドキャストばかり聴いている。
渋滞する国道2号をだらだら走り、腹が減ったからドライブインに寄る。あののんびりした時間を懐かしがりながら、僕も現代の感覚にすっかり侵されているようだ。
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