::::::::::::::::: 今回のトピックス ::::::::::::::::::
・アイドル大好き芸人 はじめちゃんはいかにして誕生したのか。二週にわたって振り返ります。
・中川どっぺる編もアップしておりますので、そちらも是非お聴き下さい!
・ハッシュタグは #今月のアイドル界隈 でお願いします。
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出演:中川どっぺる / はじめちゃん
企画:政光真吾 / 株式会社NECLA
協力:吉本興業株式会社
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感想
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サマリー
このエピソードでは、アイドルオタク芸人「はじめちゃん」がどのように誕生したのか、その下巻が語られます。中学時代にHKT48の熊沢瀬里奈さんと乃木坂46の伊藤ねねさんに出会い、アイドルへの情熱を深めていく過程が描かれます。特に、同世代のメンバーに共感し、応援したいという気持ちが芽生えた経験や、初めて推しの卒業を見送り、その想いを伝えるために行動したエピソードは感動的です。これらの経験が、はじめちゃんがアイドルオタクとして、そして一人の人間として成長していく上で大きな糧となったことが語られています。
アイドルオタクへの道:HKT48と乃木坂46との出会い
【番外編】あたしとアイドル後編。 楊 待ってました。 はじめちゃん編。 楊 はい。 樋口後編で終わればいいかな。
楊 聞いてない方は先週のやつ聞いてくれれば。 だってどっぺるさんもう終わってないですもんね、まだ。 楊 そうだね。全部は喋れてない。 そうだね。ほんと中編ぐらいで終わりましたから。
楊 前回ね。先月、どっぺるのね、アイドル好き歴を喋りましたけども、はじめさんもそれ後編です。 樋口後編です。
どこまで喋りましたっけ。 楊 中学校出たところまで喋りました。 やっぱ終わんないって絶対。
楊 だからほんと予備高校生っぽく言えば、行けるところまで行けました。 わかりました。 楊 今日も行けるところまで頑張りますんで。
はい。 楊 HKT48と乃木坂さんを応援するところからスタートなわけですけど、そこで推しと出会いまして、HKT48の熊沢瀬里奈ちゃんと、乃木坂46の伊藤音音ちゃんっていう子が当時いまして、
はい。 楊 もうほんとに、私の中ではみーちゃんは売れてましたから当時。 美音岸みなみさんをまず好きになったんですよ、HKT48のあなたは。 楊 売れてて、みんな好きで。 マジ塚学園スタートだもんね。 楊 なんならもう中心メンバーだったじゃないですか。だからここ1から押せるのめっちゃ熱くて、HKT48劇場にまず行って、
楊 実際パフォーマンス見て、目線がちょっと変わったんですよ。アイドルオタクとしての。今までは綺麗なお姉さんたちが花々しい世界で活躍されてて、当時普通に男の子ですから、学生の男の子ですから、水着のお姉さんたちとかを見るのもドキドキして。 楊 中学生から見るあの頃のHKT48とキラキラしたね。
楊 だからそういう男子の趣味みたいな感じだったわけですけど、HKT劇場はまるで違ってその場所は、自分とほぼ年齢同じぐらいの子たちがステージ上でめちゃくちゃちゃんと踊って、歌を歌って、しかも生歌、生ダンスで。
楊 そうね。 それで客席がワーってなって、みんながみんなあの人たちのことを好きってなってる女の子たちが、自分と同い年やったりとか、なんなら都知事とかやってすぐにやってなったら衝撃がでかくてですね。 楊 そうか、それまでなかったもんな、AKBはお姉さんやから。 ないんです。 楊 同世代になってくるわけ。
そのハタッとやっぱり気づきました、そのこの世界がつながっているということが。 楊 はいはい、あー確かにな。 これすごい身にしみて分かって。 楊 AKBはもうね、キラキラしてて、実在するのかどうかも、実際に会える機会ってもうそうないし。 そうです。握手会とかで会ってはいるけど、やっぱもうテレビの中の世界です。 楊 そうね。
とはまた別で、同じ世代の人、同じなんだ私たちっていうのが分かった瞬間というか。 楊 バリリアルに人としてのアイドルを感じられたっていう。 そうです。だからやっぱそこから色々見ていくにつれて、やっぱ辛いことも当然あるし、
そのやっぱこんなことでもやっぱりいや悲しいよなみたいなことも、ブログとか読んでるとリアルに分かるようになってくるというか。 楊 あーそのメンバーが書いてるリアル。簡単に言えば選抜がどうとかそういう話とかもリアルに書けますからブログってね。
特に私の推しだった熊澤瀬里奈ちゃんは結構苦労したタイプというかもう振り返ってみれば、その卒業まで見切りましたけど、その最初の方とかこうやっぱなかなか選抜とかにも入れず、自分から前に出れるようなタイプでもなかったんですよあんまり。でもダンスはとびきり上手い。
おしゃれでもある。だからそのいつかこう世に出てほしいという気持ちが、今だったら当たり前なんですけど、なんかこんなに頑張ってるから私も頑張ろうみたいな気持ちになれました当時。 楊 そうか。HKでいっぱいいる中でリーノちゃんだってなったきっかけみたいなのあったんですか?
これはなんかこう、はっきり具体的な事件があったわけじゃないんですけど、公演とか見ててあんまり喋れないんですよ。他の人が喋れば喋るほどリーノちゃんって喋れなくなっていく。けどめっちゃ愛されてるんですよメンバーには。だって熊澤瀬里奈をめでる回っていうのがあったくらいみんなから愛されてて。
誰からももちろん嫌われてる感じもないし。
私は学生当時の青臭さみたいなのがあるんで、なんでこの人が注目されなくて、こんなに世に出るべき、もっと人気になるべきで、同時にAKBの総選挙も行われてて、もっとランクイン入ってもいいだろっていう地元球団を応援するみたいな気持ちがどんどん芽生えて、それで好きになりました。
だから応援したいって気持ちがやっぱ最初からアイドルができた瞬間から見たいって気持ちに重なって応援したいってなったんだと思います。
僕は見てるぞ応援してるぞっていう。
もうすでにセンターとかを与えられてる子より、センターはセンターとしては苦労があったんだと思うんですけど、同い年っていうのもありましたし。
ああそう同い年か。へえじゃあそれはよりあるかもな。
本当にちっちゃい理由ですけど、誕生日も一日違いなんです。
結構そういう小さいきっかけってあったりあるよね。そこで運命的な。
4月17日がリーヌちゃんの誕生日で、私が4月18日だったので、本当に一緒に大人になっていったみたいな感覚。
リーヌちゃんの生誕をやった後は、私が家族からおめでとうって言われる日なんですよ。
だから一緒に頑張ったみたいな学生時代受験とかもあって。
推しの卒業と初めての遠征
そういう意味ではリーヌちゃんが見てたAKB48もはじめちゃんと同じ目線ではあるよね。キラキラして。
マジスカ学園とかももしかしたら見てたかもしらんし、そこに憧れて入ってるわけだからね。だからそこもよりリアルというか。
で、そうなろうと思って飛び込んでるのはやっぱりすごすぎたというか。ただの中学生だったら私からすれば憧れですね。
頑張ってたよ。村重さんとか田中夏実さんとかがバリバリMCでガンガン出てくるとき、そりゃ出てくるの大変だって。
厳しかったなあ。厳しかったけど、でも裏とかではめっちゃ喋れるんですよ。アニメとかゲームとかも好きで。
だからこそみんな愛されてたわけだからね。
そうなんです。早く見つかってくれと思っていたのがHKT初頭時代ですね。
そうだわ。
その後にですね、そんなに遠い話じゃないんですけど、推しの初の卒業みたいなのを経験することになりまして。
伊藤ねねちゃんが卒業発表をするんですね。どうしようもないというか、初めてだなと思いましたけど、高校3年生の時だったと思うんですけど、伊藤ねねちゃんも日の目をなかなか浴びることができなかった。
そのタイプ好きになりがちだね。
今もちょっと残ってます、その傾向が。結局センターとかをやったんですけど、それはカップリングでの1曲センターがあって、そのまま卒業されていくって。
1期生でずっと頑張ったんですけどダメで、なんとかしたいっていう気持ちで、私は初めて飛びました、空を。千葉に行きました。初めてでした。
岡田 さすがに卒業見届けるぞ。
伊藤 ただそういうメンバーだったので、卒業公演とかなかったんですよ。卒業コンサートみたいなの。最後のイベントが幕張メッセで。これが握手会ですね。
岡田 はあ、が最後のやつ。
伊藤 はい。最後お話しして終わりですみたいな。千葉まで行って。
岡田 そこまではあんまり飛んだりとかしてなかった?
伊藤 初めてで。県外遠征とかも全く。
岡田 やってないか。
伊藤 できないです。やっぱ中学生とか高校生とかで。
岡田 だからこそAKB48劇場にも行ってないからこそHKT劇場が新鮮だったり。
伊藤 そうなんですよ。だからなんかドキドキしましたけど、なんかいろんな、初めて自分で飛行機の予約とかも取って。なんかお母さんに本当マジでごめんなんだけど、定期待の前借りとかしてもらっても。
岡田 かわいいな。
伊藤 いいですか。私めっちゃ頑張って。
岡田 おやとの交渉や。
伊藤 チャリこぐんで。名車じゃなくて。
岡田 能定期で。能定期で過ごす。
伊藤 そうそうそう。前借りじゃないと全然無理だったの。握手券とかも買わなきゃいけないじゃないですか。
岡田 そうね。
伊藤 夏のフリー&イージーだ。
岡田 あえー。
伊藤 その時のシングルが。
岡田 の頃。
伊藤 そこまで買いに行って。これもうちょっと黒歴史ですけどね。なんかこう記憶に。初めてなんです生で会うのは。伊藤稲内さん3年間の活動で。コンサートとかで見てましたけど。生で会うのは。なんかこれも今振り返ると悲しい思い出ですけど。その時が初めてなんです会えるのが。卒業のラスト握手会が。生での初めてでなんとか印象に残らないかって思って。
伊藤 当時私は柔道部だったんで坊主だったんですけど。ちょっと髪伸ばしましてね。伊藤稲内ちゃんのカタカナでねっていうのを髪に剃り残しして。
岡田 すごい。
伊藤 なんとか記憶に残りたいという気持ちで。
岡田 頭にもねと。
伊藤 はい。残して飛行機で。
岡田 そうだよね。ねって書いたまま。
伊藤 そう飛んで。やっぱそのねねちゃんにお別れを言いに行く人がいっぱいいるわけですけど。私もお別れを。もちろん今までずっと好きで初めましてなんですけど。
伊藤 うん。
伊藤 好きでこれからも応援してますみたいな時に。わかんないです。ねねちゃんが学年を聞いてくれて。高校3年生なんですよって言ったら受験するのって言われて。
伊藤 受験はいしますみたいな。絶対行きたい大学に行ってほしいからお勉強頑張ってねって。
岡田 嬉しいやん。
伊藤 今振り返れば言うんですよ。たぶん普通のアイドルの人たちだと受験生って言うんですけど。私はこの言葉が忘れられなくて。ずっと気持ち残って。これによって受験勉強を支えてもらったというか。
岡田 そういうことよ。
伊藤 ねねちゃんが言ってくれたから。だってこれ受からんかったら嘘ついたことになるというか。
岡田 そうね。
伊藤 そう言ってくれたわけで。で受験勉強頑張って大学受かれたみたいな。
岡田 大学も9大やからね。
伊藤 流れがありますね。
岡田 そうこいつやから。
岡田 はいはいはい。こっちのテレビ番組ですよ。
伊藤 でそのアイドル大好き芸人がいるみたいな特集の時にめっちゃ言ったんです。伊藤ねねちゃんが好きでだって言ったのがここに届いて。それでツイッターで反応していただいたっていうのがありました。
岡田 めっちゃ嬉しいやん。
伊藤 あれやばかったです。
岡田 それもうお笑い芸人になって結構初期の頃かな。
伊藤 3年目とか。
岡田 3年目ぐらいか。
伊藤 それぐらいの時に私はあの時のことを忘れなくて大学も受かれましたっていうのをそのテレビで言ったのが届いて。
岡田 めっちゃいい話やん。
伊藤 リプで。でその時も私この曲を絶対かけてほしいですって言ったんですよ。
伊藤 そのねねちゃんが初めてセンターを取ったカップリングの曲を絶対に流してほしいですって言ってちゃんと流れて。それも言ってくださってねねころさんが。
伊藤 これはなんかマジでつながった感じがしてこう歴史の伊藤が。
岡田 あれいい話やん。
伊藤 報われたじゃないですけどお礼を言えてよかったです。だって大学受験の結果出た時にもうねねちゃんがいなくなっちゃってますから伝える術がないというか。
岡田 そのもう一回ね握手会とかも行けないですか。
伊藤 本当にありがとうございましたってブログには書きましたよ。ブログのリプ欄には。
岡田 ああそういうことね。
伊藤 ブログのリプ欄にはありがとうございましたって入れてるんですけど直接やっぱり言えなかったって心残りがあったんであれはいい思い出でした。
岡田 うわあ。
伊藤 お礼を言えました。
岡田 そっか。
伊藤 あの時の。
岡田 その時の千葉まで行ったそれがなければっていうところの話やね。
伊藤 なければつながらず。
岡田 本当や。
伊藤 だから行動してよかったなというか。今もし、だからマジで会いたい人がいたら会いに行くべきだよなもそこで学びました私は。
岡田 そうね。
想いを伝える行動と成長
伊藤 身をもって学びましたね。よく言う言葉だけど。会えなくなるなというの。すいませんねあの12分経ちましたので。
岡田 あのえ、その千葉に行ったのはいつの話でしたっけ。
伊藤 へえへえ高3。
岡田 高3ですよね。せりんちゃん好きになったのはいつぐらいでしたっけ。
伊藤 へえへえ中3。
岡田 中3から高3でもう12分経ってんじゃん。
伊藤 まだ全然喋ってないよあんた。
岡田 あと高校時代のHKTの話もできてない。
伊藤 ちょっと足りてない足りてない。
岡田 それは申し訳ないですが一旦フィニッシュ。メール読まないか。メール来てるんでせっかく。ごめんなさい。
伊藤 メール読みもやるよ。メール読みもやるけど。
岡田 HKTがこれからの14年分残ってますね。
伊藤 まだまだ二十歳にもなってないやん。
岡田 頑張ります。
12:48
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