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お聞きの番組は、ざっとんの旅セヨ日常です。ざっとんです。この番組では、東京の生活をギリギリ生き延びているゲイ子と、私、ざっとんが、そんな日常生活の出来事を気ままにお話ししていきます。
改めまして、ざっとんです。今、ちょうど録音をしているタイミングがですね、引っ越しを目前に控えた最後の土日ということで、部屋中がダンボールという、ゴミというゴミに覆われていて、とにかく出茶がめっちゃかな状態になっております。
そういった片付けの準備とかもしつつ、その間を縫って、物理的にも時間的にも合間を縫って、マイクを立ててPCを起動して録音をしている最中になっています。
なので、今回は比較的短めな形でエピソード配信をさせていただければなというふうに思っております。
今回ね、お話をしようと思うのが、自分がもう5年になりますね。地元から初めて一人で引っ越してきて、一人暮らしをしていた東京都北区、赤羽という町について、ちょっと思い出を踏まえつつ、振り返ってお話をしようかなというふうに思います。
なんとなくね、前々回ぐらいかな、質問コーナーで東京のおすすめスポット3世の中に、突如として赤羽が入ってきたことに対して、なんとなく察しのついている方もいらっしゃったかもしれないんですけど、僕は赤羽に住んでおりました。
この配信がされる頃にはもう住んではいないんですけど、赤羽という町を全然知らないとか、その付近に住んでないから聞いたこともないって方もいらっしゃると思うので、簡単にどんな町なのかって説明しておくと、東京の地図をイメージしてもらって、ものすごい北、もう本当に埼玉ギリギリ攻めたところの土地にあるのが赤羽という町で、
実際その川一本挟んでもすぐ埼玉ってところぐらい、もう本当に東京の北の部分にある町になっています。
飛んで埼玉って映画があるんですけど、北区は出てなかったんですけど、おそらく飛んで埼玉でいう都会指数はかなり低めの東京の場所になるのかなって感じですね。
そんな赤羽は千べろの町っていうのでも結構有名でして、千円でベロベロになれる、お酒を飲む居酒屋がいっぱい集まってる町って感じですかね。
僕の地元で表現すると、地元の大阪で表現すると、例えば天馬だったりとか京橋とか、そういったところの雰囲気が結構近いのかなって思っていて、
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ただ駅のこっち側を出たら居酒屋エリア、逆側出ると生活圏エリア、スーパーとかアパートとかがいっぱい建てられるみたいな感じでちょっと分かれてたりはするんですけど、
赤羽といえばみたいな感じで、結構他の人が住んでない人とかが思い浮かべるのは、そういった居酒屋とか酒を飲む場所っていうところなのかなっていうふうに思いますね。
そういった町に僕は5年間住んでいたんですけど、まずなんで自分が赤羽に引っ越そうと思ったのかっていうところをはじめにお話しできればなと思ってるんですけど、
そもそも僕はこの状況をしてくるタイミングで、赤羽っていう町のことを全く知らなくて、初めて知りました。住むってなって初めて知ったんですね。
じゃあなぜそんなところになったのっていうと、僕が初めて新卒で入った会社で東京に引っ越さないといけないってなったときに、
小さい会社だったんで、社長が知り合いの不動産屋さんを紹介してあげるからその人と一緒に部屋決めておいでみたいな感じで言ってくれて、
で、不動産屋さんと探していく中で僕がいろいろ条件を出してたんですね。乗り換えをしたくないっていうのと、家賃はこれぐらいをラインにしてほしいとか、風呂とトイレは別がいいとか、
いろいろ結構ね、僕、家賃を考慮すると結構無理難題なことを言いまくってたんですね。
で、結果的にその検索条件、僕が言った条件にだいぶ限りなく近いってところが3件ぐらい出てきて、それがまず神奈川の川崎ってところと、
あとは東十条、もう本当に赤羽根の隣駅ですね。東十条駅ってところ付近で、この赤羽根の3つだったんですね。
その家賃相場が結構低いってところもあって、その3つが有力候補というか、ぐらいしかないって状況になってて。
で、その不動産の人も、せっかく東京来たんだから、東京住みたいですよねみたいな感じで。
じゃあまずとりあえず東十条と赤羽根見に行きましょう。川崎はその後に決めましょうみたいな感じで。
で、その日、自分が不動産屋さんに行った日はその一帯ですね。北区の東十条赤羽根エリアまで行って、色々物件を見てたんですけど、
やっぱその赤羽根って乗り換え駅というか、結構さっき言った埼玉に近くて東京のギリギリにあるとは言いつつ、
駅としては比較的中規模ぐらいの大きさ?中規模っていうのかな?線がすごく多くて、何々線、何々線みたいな。
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ものすごく、何、合計いくつだ?3、4?4種類ぐらいなのかな?4種類ぐらいがJR川根駅に入ってて、ものすごく交通の便がいいっていうので、
で、街としても比較的大きいところだから結構いいんじゃないですか?っていうので、じゃあここにします。
でも結構ポンポン、何も考えずに決めちゃったっていうのがあって、そんで自分は赤羽根に住むことになったんですよね。
特にこの赤羽根ってところに憧れてましたとか、そういった下町の雰囲気が強いところに住みたいって思ってたわけじゃなくて、
単に自分の出した条件だと住めるところがそこだったっていうので、赤羽根になりました。
で、その当時付き合ってた彼氏が、昔若い時に東京に住んでたことがあって、僕がその赤羽根に住むことになったって話をした時には、
結構赤羽根って驚いてましたね。やっぱり飲み屋街ってイメージがあったらしくて、そういったところに住むってところがちょっと意外だったみたいで驚いたりもしてました。
で、やっぱり今思い返すと、例えば中野とかそういった新宿から近いエリア、特に言ってしまえばゲイがよく住んでるようなエリアにしたらよかったなって、
後から思うこともあったんですけど、それはそれで赤羽根は赤羽根で結構良かったって思うこともあって、
軽く思い出をちょっと振り返ってみようかなと思うんですけど、僕のその赤羽根のことを語る上で、ちょっとどうしても切り離せないなってものが一つあって、
それが居酒屋とか全然そんな関係なくて、UberEatsなんですね。これもしかしたらこの番組でももしかしたらどっかで話したことあるのかな、ちょっとわからないんですけど、
僕UberEatsの配達員を一時的にやってたことがあるんですね。一時的にと言いつつ、やってた期間を合計するとたぶん1年ぐらいやってたのかもしれないんですけど、
やってた理由としては、会社結構辞めてた時期とか、なかなか給料が低い時期とかがあったので、そこの埋め合わせというか、生き延びるためですよね。
その給料の不足分を補うために副業としてUberEatsを始めてっていうのがあって、結構ね、土日とかだけなんですけどね、基本やってたのは土日とかだけなんですけど、
もうアカバネ中を自転車でぐるぐるぐるぐる回りまくってましたね、本当に。もうそのアカバネだけじゃないんですよね。そのアカバネの付近、それこそ言ってた東十条ももちろんですけど、
十条とか大地とか大地上屋とか、だいぶ遠いところも行ったこともあって、田端上中里とか、そこら辺は全然行ったこともあるし、池袋付近にも行ったことがあるしっていうので、
なんかそこら辺一帯、自分の住んでたアカバネ含めて、そこら辺一帯の北区のところは割と結構通ったことがあって、中でも特にアカバネはやっぱりもうね、この道がどこ行ったらどこに着くのかっていうのは、
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僕本当に地理弱くて、全然道とか覚えられないんですけど、そんな自分でも結構しっかりここはここに繋がってるって覚えられるぐらいには配達しまくってました。
多分配達数で言うと1000回以上超えてたような気がします。そのアプリでね、出てくるんで、何回運んだかっていう。
で、そんな中で、やっぱりね、街をずっと見ていくわけじゃないですか、自転車乗りつつ、ここってこんな店があるんだとか、あれここの店ってこんな風になったとか、こういうのってこういうのがあるんだとか、
逆に電車に乗ってると絶対に気づかない、見れないような、駅と駅の間の道とか、そういうところをね、自分の目で見て通ることができてとか、感じることができて、その雰囲気を。
他にも、自分のお客さんとして行ったことはないけど、配達員として行ったことがあるっていう飲食店とかも結構多くて、
なんというか、僕ちょっと他の人と違った形で、この赤羽という街、赤羽の街一体を一体と関わってきたなっていうところがあって、
やっぱりそうですね、単純に記憶に残りますよね、赤羽という街が。結構立体的に自分の頭の中で赤羽という場所が出来上がっていったというか、
あと何だろうな、そのアドバイスをしている中でも、結構すごい親切な人とかにもよく会ったんですよね。一回ね、雨の日によく覚えているのが、僕が配達中に滑って転んだんですよね、自転車思いっきり。
人が全然いないところで、めっちゃ派手に転んで、リュックの中に入ってたご飯も結構すごいことになっちゃったり、自分自身もちょっと足怪我したり、おまけに自転車のチェーンもすっかり外れちゃって、ただその配達の目的地はまだちょっと自転車でも10分ぐらいかかるみたいなところで、
そんな事故が起きちゃって、でもやっぱり自転車のチェーンなんか触ったら手がベッドベドになるから、なかなか直せないし、自分の直し方はあんま分からなかったし、仕方ないからとりあえず遅れます、こういう事情があって遅れます、申し訳ございませんみたいなメッセージをあらかじめ送って、自転車を引きながら運んで行って、本当にその時はもう散々な状態で行ったんですけど、
その時はお客さんお気配で、実際にお客さんに顔を合わすことはなかったんですけど、その食品を届けた後、ご飯置いときました、遅れて申し訳なかったですというのと、ちょっとそういう事故があって、ご飯の中身もしあれだったらまた連絡をくださいっていう風にまた送ったら、その人が後で黙って500円ぐらいチップをくれたんですね。
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これUberEatsやったことある方がもしいらっしゃったら分かると思うんですけど、500円のチップって結構エグいんですよ。多分僕がもらった中でも多分最高額なんじゃないかなっていうぐらいのチップで、基本食事がね、大体1000円以上だとは思うんですけど、その中でも500円って結構な大金、大体みんなくれても10円とか2,30円とかだから、
そういった優しさを見せてくれる人もいたりとか、あざわざ届けやすいとこまで出てきて、お茶まで買ってきてくれて渡してくれたとか、頑張ってくださいねって渡してくれた人もいたりして、そういった人の優しさを触れたりとかして、結構自分がUberEatsやってる時って、自分何やってんだろうな、東京まで来てみたいな気持ちも若干ありつつだったんですけど、
そういう人たちのおかげでずっと続けられたっていうのもあるし、そういうのも含めて赤羽の中での一つの思い出になってるんですよね。やっぱりそういったところも含めて僕はすごい赤羽という街に対して感謝をしています。
やっぱり20代、20代の半分ですよね。もう5年になるっていうと、その半分を過ごした街っていうのもあるし、初めての一人暮らしをした街っていうのもあるから、でもあるから、やっぱり僕にとっての東京って、例えば新宿池袋とか渋谷とかやっぱりそういったね、まさに東京みたいな場所もあるし、
そういったところがね、僕にとっての東京だって言えたらなんかすごいかっこいいなと思うんですけど、やっぱり僕にとっての東京は赤羽であって、僕にとっての東京の帰る場所っていうのはやっぱり赤羽だったんですよね。
だからこの街っていうのは、僕が離れてしまった後も、きっと自分の心の中にずっと残り続けて、自分の中での東京っていうイメージは永遠に赤羽のままなんだろうなっていうふうに、たぶん今はそう思ってます。
これから先、自分がどこに住んでどれだけそこに住むのかっていうのはわかんないんですけど、それこそ引っ越し先でもう何年、何十年っていう単位で住む可能性もあるし、また全然違う東京とは違う場所で引っ越しとかして暮らすっていう未来もあり得るかもしれないですけど、その中でもですね、僕にとっての東京っていうのはやっぱり赤羽なのかなっていうふうに思いますね。
ちょっと駆け足ですけども、そんなふうな形で赤羽という街を振り返らせていただきました。
ということで今回は、5年ほど住んでいた赤羽という街についてお話をさせていただきました。
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赤羽も下町と言いつつも、結構再開発の話が出てきてるみたいで、これから何年かにかけて赤羽の街並みも変わっていくらしいっていうのをニュースで言いました。
やっぱりだから、いつかこの赤羽という街に帰ってきた時に、自分が知ってるような街並みがまたちょっと変わってるのかもしれないんですけど、街というのはそういうもんなのかなっていうふうに思います。
自分の記憶の中のまんまずっとあるっていうことは絶対ないと思うし、そこに生きてる人たちが、そこに住んでる人たちが、その街を作っていく、変えていくんだと思うので、
自分の思い出の赤羽とはまた違う姿になっている可能性も今後あるかもしれないですけど、そういった赤羽も、またいつか見てみたいなというふうに思います。
ちょっと最後、ただ一つだけ悔しいことが1個だけありました。心残りが1個あって。
林やペーパーに一度も会えなかったんですよ。赤羽って居酒屋が有名とか以外にもう1個有名なのがあって、芸人の林やペーパーが普通に住んでて歩いてるっていうのを住む前から聞いてたんですよ。
なんですけど、5年間1回も見たことなくて、友人は見たことがあるって言ってて、結構何回も。だからなんでそれだけがちょっと心残りですね。
なんか見たかったな最後に1回ぐらいって思います。どれも仕方ないなって感じですね。
では今回はここまでで終わりにしようかなと思います。
あとね、ちょっとこの赤羽のエピソードに関しては書ききれなかったことがあんまりにも多いので、後日ちょっとノートに文章として書いて残そうかなというふうにも思ってますので、もし完成したら見たい方は見ていただけると幸いです。
ということでここまで聞いてくださった皆様ありがとうございました。バイバイ。