1. ざっとんの旅セヨ日常
  2. 『言語』と『絵』の狭間っとん
『言語』と『絵』の狭間っとん
2025-09-18 42:26

『言語』と『絵』の狭間っとん

君は僕にとって、100%の男の子なんだよ。


<エピソード内で紹介していたもの>

・短編映画『100%の女の子』

https://youtu.be/dB6Bj9mG1VU?si=1F8snHy_PDZi_uKi


・書籍『ビジュアル・シンカーの脳 「絵」で考える人々の世界 』

https://amzn.asia/d/0C6TzpJ


感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

00:00
最近ですね、なんかちょっと取り憑かれたように見てる、ずーっと見てる短編映画が一個あって、1983年に公開された『100%の女の子』っていう作品なんですけど、皆さん見たことある方いらっしゃいますでしょうか?
監督が山川尚人っていう方で、この作品原作が村上春樹なんですよね。
村上春樹の4月のある晴れた朝に100%の女の子に出会うことについて。結構長めのタイトルの短編小説があって、それが映画化したものが『100%の女の子』っていう作品なんです。
だいたい本当にね、合計で12分くらいなのでめちゃくちゃ短い映画なんですけど、僕はこれをすっかりハマっておりましてですね。
どんなストーリーなのかっていうのを、映画の冒頭で流れるだいたい15秒から20秒くらいのセリフをそのまま読み上げてみようかなと思います。
11月のある晴れたカンガルー日和の朝。原宿の裏通りで僕は100%の女の子とすれ違う。
大して綺麗な女の子ではない。素敵な服を着ているわけでもない。髪の後ろの方には寝癖がついたままだし、歳だっておそらくもう30に近いはずだ。
しかし50メートルも先から僕にはちゃんとわかっていた。彼女は僕にとっての100%の女の子なのだ。
彼女の姿を目にした瞬間から僕の胸は不規則に震え、口の中は砂漠みたいにカラカラに乾いてしまう。
はい、ということでですね、これが全てなんです、この映画の。
もちろんこのセリフで終わるわけじゃないんですけど、概要としてはね。
主人公の男の子が、男がたまたま原宿で100%の女の子だっていう、そういったことをすれ違うだけの話なんですね。
ネタバレにも何もなんないと思うんですが、これ最終的に結ばれるとか、またすれ違って運命的なデーを果たすとか、そういった話ではなくて、ただただ100%だって思える女の子とすれ違ったよっていう、それだけの話なんですね。
で、この映画の何に僕はそんな惹かれてるかと言いますと、今説明したあらすじにある通り、ちょっとした切な的なというか幻みたいな、一瞬の胸の高鳴りみたいなものがものすごく可愛いというか綺麗というか、ちょっと儚いみたいなところもあったりして。
あの、ちょっとエモがってるかな。まあいいや。あったりして、それがものすごく僕がすごく好きだなって思えるような内容なのが一つまずありますと。
03:00
で、それ以上に僕がいいなと思うのが、この短編映画12分の間で、主人公がずっと語るんですよね。もともと小説が原作っていうのもあるから、そこで書かれてる文みたいなものをずっと読み上げてるみたいな形、ナレーションみたいな形で言葉を話すような部分が結構多いんですけど。
そこの、なんだろうな、語り口というか淡々と読み上げるように話す感じが、1983年公開ですから、その当時のやっぱり音質、音声の質とかも相まってめちゃくちゃ心地いいんですよね。
なんかあの、めちゃくちゃ古い映画とか見たときって、特に日本の映画だと、この時代のこの話し方ってなんかあるよなって感じるときあるじゃないですか。なんか今この現代の日常会話の中じゃ絶対に聞かないトーンというか、例えばアナウンサーの方のニュースの読み上げ方とかもそうなんですけど。
ちょっと今の時代から見ると、なんかすごいちょっと変わった読み上げ方をするよなみたいな、そういったその独特の話し方、話し口調というのがあると思うんですけど、それがこの映画にもあって、その読み上げる、主人公の人が読み上げる部分が部分の、僕80年代に生きてないですけど、80年代なんだろうな、これがみたいな話し方とその音声の質がすごくいい具合にマッチしてて。
めちゃくちゃね、本当に僕ラジオみたいにこの映画を聞いてる時もあって、一回ジムとかで懸垂しながらこの短編映画の流して、もちろんイヤホンつけてですけど、聞いてる時なんかもありました。それぐらい耳心地がすごくいいんですよね。
で、あとね、これを、これはちょっとね、みなさんにもぜひYouTubeで、あ、YouTubeにあるんです、この動画YouTubeにあるんですけど、ぜひ見てほしいのが、この映画後半の方に、その主人公がすれ違った100%の女の子に対して、僕はあの子にどうやって話しかけるべきだったのか、みたいなことを妄想じゃないけど、一人で振り返るみたいなシーンがあるんですね。
で、そこの中の一言なんですけど、ちょっとまたごめんなさい、読み上げる形になるんですが、「しかしもちろん今では、その時彼女に向かってどんな風に話しかけるべきであったのか、僕にはちゃんとわかっている。そのセリフは、昔々で始まり、悲しい話だと思いませんか?で終わる。」っていうセリフを主人公が言った後に、
今までその前半の、前半ってもう本当に5分、6分ぐらい?もっとあるかな?7、8分ぐらいの映画の撮り方とは全然変わって、なんか急にコマ撮りのシーンみたいな形で、なんか寸劇みたいなのが始まるんですよね。そこが、もうめちゃくちゃ素敵なんですよ。
06:07
コマ撮りになって、急に白黒になって、でもその出てくる主人公とその100%の女の子がだけに色がついている世界みたいなのが始まるんですね。もう映像としてめちゃくちゃ綺麗なんですよね、それが。
なんか僕的にはこの映像の綺麗さ、音声の耳心地の良さっていうところで、僕この映画本当にちょっと大好きで、マジで15回ぐらい見てるんだよな。1週間前ぐらいにこの映画を知ってから。
なのでちょっとね、このエピソードの概要欄の方にYouTubeのリンク貼っておきますので、興味のある方は見てみてください。そのリンクちょっと飛べないってなった場合は、YouTubeの方で100%の女の子っていう風に調べていただければ出てくるかと思います。
僕は全くそれを見て気づけなかったんですけど、室井茂さんが出ていらっしゃるみたいで、出ていらっしゃるみたいでというか出てるんですけど、もし気になる方がいらっしゃればぜひ見てみてください。ものすごくおすすめです。
すいません。ちょっと長くなってしまいましたが、ということで始めていきましょう。お聞きの番組はザットンの旅せよ日常です。改めましてザットンです。この番組は日常を旅するおテーマに東京の荒波に立ち向かう芸人の一人語りをお送りしています。
9月が中盤になってきましたけれど、皆様いかがお過ごしでしょうか。最近ですね、僕、SNSデトックスっていうのを始めました。本当につい最近の話なんですけどね。具体的に何をしてるかというと、インスタとXのアプリを、アプリだけね、アカウントではなくアプリだけ一時的に消しました。
ちょっとこれはいろいろいきさつというか理由がありましてですね。もともと僕やっぱり携帯触ってる時間結構長めな人間だなっていうふうには前々から自覚があったんですけど、7月に入ってからちょっとそれが異常に長くなってて。
っていうのがですね、僕7月から3年くらい続けてたプロジェクトが変わって、全然違う会社の別のプロジェクトを先に行くことになったんです。その時に大きく変わったのが、3年くらいやってた前のプロジェクトは週5日フル出社での仕事だったんですよね。
それが変わった後、新しいプロジェクトに移ってからが、週1出社の週4リモートっていう風なスタイルに変わったんですよね。これで何があったかっていうと、好きあればスマホを見てしまうみたいな時間がめちゃくちゃ増えたんですね。
09:07
さすがに出社してる中で、作業1個終わるたびにスマホ見てるみたいなことしてたらさすがに怒られると思うんですけど、リモートで自分が一人だけでやってるっていう環境になると、別に作業がある程度終わって自分のやれることさえやってれば別にその他の時間、スマホ見てたって怒られるわけでもないしっていうちょっとマインドが出てきてしまって、やけにスマホを眺めてる時間が増えちゃったんですよ。
そんな自覚はありつつも、「まあまあまあ別に、仕方ないよね。仕事はちゃんとやってるんだし。」みたいな感じで考えてたんですよね。
そんな感じの生活を送ってきてたわけなんですけど、ここ数ヶ月。
ちょっと1個ね、これもしかして本当にヤバいかもって思ったことがあって、ある日というか、休みの日に友達と遊びに行ってて、その日の帰り道に、夜電車に乗ってたんですけど、その電車が直前で事故があったのか遅延してたのかで、ものすごい人がホームにあふれてて、とんでもない満員電車みたいな形になってたんですね。
別に帰宅の時間でも通勤の時間でもなんでもないような時間だったんですけど、押し込まれるように電車の中に入ったわけなんですが、わりと家に着くまでの電車の時間も長かったし、スマホ見ようと思って、ぎゅうぎゅうの中でスマホ取り出して、スマホ見てるときに、
そういえばさっき撮った写真あるしストーリー載せようかなみたいなインスタグラムの、って言って、すごい狭いところで、なぜか写真をいい具合のところに持って行って、それっぽい文章を書いて送信みたいな感じでアップロードしたわけなんですけど、
なんかふと、なんでこんなことしてんだろう自分っていう気持ちになって、こんなさ、ぎゅうぎゅうの電車で目の前にもおじさんの顔がキスできるぐらい近いようなレベルの混雑具合の電車の中で、何をこんな必死になって自分はインスタのストーリー上げてんだろうっていうことに、
ちょっと軽く自分の行動に引いたっていうか、絶望したというか、そこまでしてやることじゃないだろうって、なんかふとすごい冷静になったんですよね。
SNSって反応があるタイプのメディアじゃないですか、例えばニュース記事を読むとか、YouTubeを見るとか、そういうのとまた違って、自分が何かしら載せたものに対して、例えばそれこそいいねが返ってきたりとか、DMがあったりとか、そういった形でコミュニケーションが生まれたりとか、相手の反応みたいなのが生まれるっていうものじゃないですか、SNSって。
で、結構僕がそれにちょっと脳が取り憑かれてたなっていうふうに改めて感じて、これちょっともう、言ってしまえばSNS中毒になってるな自分っていうことに、気づいてたっけ、動画をすでに。
12:14
改めて中毒しゃっぷりに満員電車でストーリー上げたことで、ふとちょっとドン引きしてしまいまして、その日の夜にXとインスタを消しました。テスト前の学生じゃないんだからって感じはあるんですけど。
少なくともしばらくの間は一回消してみて、自分の生活がどう変わるかっていうのを見てみたいなと思って、それで突然連絡がつかなくなっちゃったみたいなことがあったかもしれないんですけど、それは申し訳ございませんって感じで、
全然普通にLINEとか見て生活とかはしてるんですけど、ただとりあえずそのインスタとXのアプリを消している状態になってます。なので、今携帯見るってなると、もうLINEを見るか、たまにYouTubeを見るかぐらいになって、やっぱりかなりガクッと見る時間も減りましたね。
減ったことによって、すごく良いこと、悪いことっていうのが今実際ちょっと起きてまして、良いことはものすごく人に直接会いたくなってきたっていうのがあります。もちろんスマホを見る時間が減ったっていうのはすごく良いことの一つではあるんですけど、大前提として。
SNSで繋がってると、SNSで繋がってるからもういいやみたいな気分になってたっぽくて、実際それが遮断されて、その人が普段、例えばストーリーを見て、今日どこどこに行ってるんだなとか、こんなことしたんだなとか、そういうのが全くわからなくなると、会って話したいって思う欲求みたいなのがめちゃくちゃ出てきて。
なので、友達を誘ったりとかしたくなるんですよね。実際したし。だからそういうのはリアルなコミュニケーションを図りたくなるっていうのはすごく僕にとっては良いことなんじゃないかなって思ってますね。
文章だけでコミュニケーションをとるよりも、実際会って話した方が楽しいし、伝えたいこと伝えられるし、聞きたいこと聞けるし、生の対話ってすごく良いなっていうことに今ちょっとじわじわと気づいてるところがあるのと、
でね、一個ちょっとデメリットがあって、イベント情報みたいな?例えば自分の好きなアーティストさんが今日からとか明日からこういう展示ありますみたいなとか、こういう舞台がありますとかなんでもいいんですけど、全くわかんないんですよねこれ。
今はもうSNSでしか告知をしないというか、見れないから何やってんのか全然わかんなくなるっていうのが結構痛いんですよね。
15:04
で、そのためだけのアカウント?自分が好きなアーティストさんだけをフォローして何かしらの告知があったらそれを確認できる状態でSNSをちょっとだけやるっていうのもありかなって思ったんですけど、僕それやっちゃったらもう多分一緒なんですよね。
0か100かみたいなじゃないと僕はちょっとダメっぽくて、とりあえず1回9月いっぱいまで待ってたよまた9月いっぱいって感じなんですけど、交換日期と同じですけど、9月いっぱいまでちょっと試してみようかなと思ってます。
SNS完全ダチみたいなのをね。その後はわかんないですけど、とりあえずちょっとそれでやってみて、自分がね本当にいいなこの生活と思えたら、まぁそうだなぁ。
SNSに触れる日みたいなのを設けて、その日だけアプリ入れて見るみたいなことをしようかなみたいな、まぁなかなかそれもめんどくさいんですけどね。そんなことを考えたりしてます。
ちょっとそんな感じで、この番組一応Xで番組のエピソードを配信した時にこんな回ですみたいなのを宣伝したりしてるんですけど、それは一応ちゃんと続けたいし、あとそれに対して反応をくれた方のメッセージをガン無視するっていうのはさすがに絶対したくないので、
毎週木曜日にだけとりあえず9月は投稿する時にそういうのをいただけてたらお返事できればなというふうに思ってます。もしくはもうそういった感想とかも全部番組内で返すっていうふうにできたらと思ってるんですけど、まぁちょっとそれをどっちにするかはまだ決めてはないです。
とりあえずそのいただいた感想とかはちゃんと目を通せるようにはしたいなというか、読みたいなというふうに思ってますので、ちょっとね、しばらくはXにしてもインスタにしてもだいぶ何も反応がないことがあるかもしれませんが、ちょっとそういった感じで今SNSでトークス中ですという感じです。
すでにかなり長い時間喋っちゃってる。オープニングが始まってからのトークにしては非常に長い時間を喋ってしまったのですが、どうしても話したい話題が1個あって、さっきすごい話したいなと思うこといっぱいあるんだよな。これは良いことなんですけども。
ちょっとね、あえて今何を話したいかっていうのを伏せた状態で、僕が今からリスナーの方々に向けて18個。多いな。18個の質問をいたします。
それに対して、これ当てはまるかもっていうのがあったら、ちょっと指折りする形で当てはまった数だけちょっと記憶しながらこの後の話を聞いていただければなというふうに思います。その質問に対してどうかなどうかなっていうふうに考えるというよりは直感的にそうかもっていうふうに思ったら1、2っていう形で数えていただければなというふうに思います。
18:21
はい、ではちょっと多いですけど、すいません。1個1個読んでいきますね。はい、ではまず1つ目。考えるときには言葉ではなく、主に絵を使う。2つ目。物事がわかるが、その方法や理由は説明できない。3つ目。普通と違う方法で問題を解決する。4つ目。物事をありありと想像する。
5つ目。目で見たことは覚えているけれど、耳で聞いたことは忘れる。6つ目。単語を綴るのが苦手。7個目。物体をいろいろな視点から思い浮かべることができる。8個目。生理整頓が苦手。
9個目。時間の経過がわからなくなることがよくある。10個目。行く先は言葉で説明してもらうより、地図を見る方がわかる。11個目。一度しか行ったことのない場所でも、道順を覚えている。12個目。字を書くのが遅く、字は他の人に読みづらい。
13個目。他の人の気持ちがわかる。14個目。音楽か美術か機械が得意。15個目。周囲が思っている以上に、物知り。
16個目。人前で話すのは苦手。17個目。歳を重ねるごとに賢くなっていると思う。18個目。コンピューターに熱中する。
はい、いかがだったでしょうか。ちょっとごめんなさい。扇ですよね。18個もあるとね。で、この質問で10個以上、はいってなった人、これ当てはまるなってなった人は、資格試行者である可能性が非常に高いらしいです。はい。
急に何?って感じですが、このテストは言語試行者か資格試行者かっていうのを確認するテストみたいなんですね。
で、まずそれ何ですかってところだと思うんですけど、もうちょっと詳しく言うと、言語試行者っていうのは、何か物事を考えるときに、それを頭の中で言語化して、言語を通じて考える人なんです。
21:02
で、資格試行者っていうのは、物事を考えるときに、言語ではなく、イメージとか図で考える人たちっていうのがあるみたいなんですよね。皆さんはどっちだったでしょうか。
はい。で、実際これ、全然入ってなかったなーっていう人、例えば本当に2、3個ぐらいしか入ってなかったです。当てはまるのなかったですって方は、かなりの言語試行者で、で、めちゃくちゃ当てはまりました。
15個、6個当てはまりましたみたいな人は、かなりの資格試行者みたいです。
で、例えばこの2つの試行の違いがどういう時に出るのかって言いますと、例を挙げると目的地にたどり着くときに、言語試行者の人は、例えばこういった説明を受けると物凄く分かりやすいっていうのがあって、
2つ目の信号を右に曲がって、その後3つ目の角を左折してくださいみたいな形ですね。
いわゆる本当に言語で道筋を立ててそこにたどり着くっていうのが得意な方はこういった説明を受けると目的地にたどり着きやすい、たどり着けるっていうのがあります。
で、資格試行者っていうのはまず地図を見て全体的に空間を知る、その後は目印になりそうな建物の色とか形で覚えてそこにたどり着くっていうような考えのプロセスがあるみたいなんです。
このことが書かれているのがテンプル・グランディンって人が書いたビジュアル進化の絵で考える人々の世界っていう本で言語試行資格試行がどういった風な形で物事を捉えているかっていうのを書いた本なんです。
で、紹介されてました。
本当に急になぜこの話をしようっていうところがあると思うので、この話を紹介するにあたっていきさつを話したいんですけど、
この前同い年のすごく長いゲイの友達がいて、その子の家に行っておしゃべりをする機会がありまして、何時間もベラベラと二人でずっと話してたんですけど、その中の話題に一個言語化っていうのが出てきたんですよ、トピックとして。
言語化得意か得意じゃないかみたいな話をしてたんですけど、僕ね、言語化得意じゃないんですよ、むちゃくちゃ。
1年以上もね、ポッドキャストしておいて何言ってるのって感じなんですけど、結構明確に僕、なんならちょっと苦手意識あるぐらい言語化っていうのが得意ではなくて、しかも特に話し言葉での言語化っていうのがなんかね、うまくできねえと思う時がめちゃくちゃあるんですよね。
24:17
っていうのを友達に話して、だからすごい言語化が得意な人とかすごく素敵だなって思うし、だから自分ももうちょっとうまくなりたいっていう気持ちがあるんだよなーみたいなことをボソッと言ったら、
友達が僕は言語化っていうものに対してあまり重きを置いてないというか、万能なものではないって思ってるっていう風に話してくれて、そこでその先言ったビジュアル進化の絵で考える人々の世界っていう本を紹介してくれたんですよ。
その本によると、最初にも話した通り、物事を考える時に言語で考える人なのか視覚で考える人なのかっていう、そういった2つのタイプの2パターンの種類があります。
物事を言語で捉えてそれをアウトプットする人、イメージとか図とかで考えてそれをアウトプットする人みたいなのがいて、もしかしたら僕、ザトンは視覚思考型よりなのかもしれないよねっていう話があったんです。
僕、そんな言葉聞いたこともなくて、視覚思考っていうのを。いろいろ説明とか話をしてくれた中で、すごく振り返ってみて、そういうことするな確かに自分って思うことがあって。
例えばなんですけど、ちょっと前のエピソードでアートワークのことを話したエピソードがあるんですけど、その中でちょろっと触れた自分の感情とか思っていることを絵でアウトプットしてきたみたいな話をちょろっとしてるんですけど、まさにそれも一つですし、言語ではなくてね。
割と長い間それをやってきたっていうのがあるし、あるのと、あとね、例えばテストとかで文を読んでて、なんかこれ意味わかんない意味わかんないって、特に数学とか、もともと数学が弱いっていうのはあるんですけど、なった時にわざわざそれを絵で書いて物語にして、理解しようとしてたりとかテストの時とかね、してたし。
あとなんかこれは、なんか僕、資格志向なのか言語志向の人もやるのか、全然みんなが普遍的にやるものなのか、ちょっと全然わからないですけど、本結構僕読むの好きで、いろいろ読んだりするんですけど、読んだ後、物語というかその本に書いてあった内容が何だったのかっていうのを結構すって忘れちゃうんですよ。
27:20
パッて振り返った時にそれを思い出せないというか、本ってもちろん長いから、メモでもしていかないと覚えてられないよねっていうのはもちろんあると思うんですけど、だから僕すごい本の感想とか書く時ってもう読み終わった瞬間に書くんですよ。
温めて考え直して、頭の中でその文章を整理して書くっていうのがあんまりできないというかしなくて、とりあえずもう感じたこと、もうその脳に残ってる新鮮でホヤホヤの状態のものをブワーってメモに書くみたいなことで感想を書くことがあったりとかしてきたわけなんですけど。
ただ一方で、例えばすごく昔に読んだ本とか、もう何書いてあったとかは全然はっきり思い出せないけど、ただその時に思い浮かべてたイメージ、絵とか、例えば小説なんか特に顕著ですけど、こういう風な青空があって、こういう建物があって、こういう緑があってみたいなことが書かれてたりすると、脳でイメージするじゃないですか。
そういったイメージを一回描くと、結構先列に覚えてるんですよね。それがもう5、6年前とか、それこそ何十年前に読んだ本であったとしても、その話のタイトルを聞いて、この本読んだことあるなってなると、その時に脳にイメージしたイラストじゃないけど図とか風景とかが結構存在してるんですよね。
その、読んでた当時のまんま出てくるんですよね。なんかそれ一個最近思ったのが、友達とすごい古い図書館に行く機会があって、その時にすごい古い本コーナーみたいな本が並んでるところがあって、古い本コーナーって意味わかんないけど、昔からのベストセラーじゃないけど、そういった本が並んでるコーナーの中に、
宮沢賢治の注文の多い料理店っていう本家が立てかけてあって、僕、この宮沢賢治の注文の多い料理店って、僕が人生の中で初めて漫画以外でこの本を買いたいって思ったぐらい大好きな話なんですね。
もともとその話を知ったのは、たぶん小3か小4ぐらいの教科書に書いてあったやつなんですけど、それを読んでめちゃくちゃ好きになってっていうやつで、僕その本、実際その図書館にいるときに手に取って読んだりはしなかったんですけど、宮沢賢治の注文の多い料理店っていう本のタイトルを見たときに、
30:11
小3、小4、小3のときに見てた教科書のイラストが全然ブワって、当時と同じぐらいの勢いで思い出せて、そのときのどんな雰囲気のイラストだったとか、その本のイラストを見て感情的にどういったことを思ったのかみたいなのも全然余裕で思い出せたんですよね。
なんかそんなことがあって、ただ僕はこれが割と普通だよって言われたらそうなんですかって感じなんですけど、別に言語志向者でもそういったことは今でも思い出せますしみたいな感じ?
だからこれが別に資格志向者特有の現象なのかはわかんないんですけどね、なんかそういうのいろいろ当てはまるのがすごいたくさんとりあえずあって、あ、資格志向者じゃんってなんかね、思ったんですよ。
思ったんですが、ここからがちょっとね話のね、ちょっとどん展開じゃないんですけど、このテストあるじゃないですか。僕、当てはまった数が9個だけだったんですよ。18個中9個。微妙だっていう量?数?
実際、これ書いてる著者も10個以上だったら資格志向者である可能性が非常に高いですって言ってて。じゃあそうでもないの?っていう。9個ってじゃあそうでもない可能性もあるよなっていう。
10個以上が極めて非常に高いって言うんだったら、9個はまあまあ高いって置き換えてもいいのかもしれないし、18個中9個ってもうど真ん中にあるから、こういう時は資格志向であるしこういう時は言語志向であるっていう、本当にいわゆる混合型みたいなところに当てはまるのかもしれないから。
極めて資格志向者であるっていうわけでは多分ないんですよね。
極めて資格志向者であるよと思ったんですけど、別にそういったわけでもないみたいで。ただなんか、おそらくどちらかというと資格志向で考えることの方が多いけど別にそれだけに頼ってるわけじゃないよ、あなたっていう型?それだけじゃないよ型?なんだろうなっていうふうに今ちょっと理解してるんですけど。
実際なんか僕、文字で書く言語家は結構得意だなっていう自覚があるんですよ。なんか、得意なんですかって言われたら、絵をちょっと上手く書けますみたいな、プラスちょっと文字書くの上手ですみたいな具合で言えるぐらいにはなんかちょっと得意だなって自信があって。
33:09
そう思った理由は、大学の時に書いた卒論をゼミの教授に見てもらった時に、「君、文才あるよ!」っていうふうに褒めてもらったのが、5,6年前くらいのエピソードがね、いまだに王を引いて僕の中ですごくハッピーって感じで、僕の中の特技として一個でポンって生まれてるきっかけになったのがあるんですけど。
喋る言語家がそんな得意じゃないっていうのもありつつ、文字で出す言語家だったら割と得意っていうのもあるから、そういう点で言うと確かに真ん中に生きててもおかしくはないのかなーなんて思ったりもするんですけど。
とりあえずこの話、この本を友達に勧めてもらって、すごく僕の中で一個めちゃめちゃ嬉しかったっていうか安心したじゃないけど、だったのは、今まで僕の中でイメージとしてグラフでね、上の方に行けば行くほど言語家が得意であるっていう、その下に行けば行くほど言語家が得意ではないっていうグラフしか僕の中では持ち合わせてなくて、
自覚として僕はそのやっぱり真ん中よりも下の方に自分の言語家能力のところを持ってきてたんですけど、言語家が得意っていうてっぺんのところからグイーって下がっていったときに、それは下に行ってるんじゃなくて、
相反するところに視覚表現が得意、視覚志向者であるっていうのが代わりに存在してるっていうことになんか気づいたというか、教えていただきましたっていうので、なかった発想が急に出てきて喰らったっていうね、最近の僕の流行語で言うと喰らった状態ではあるんですけど、
今やっぱり言語家ってものすごく社会の中でも大事とされてる世界に僕たちは生きてるんですよっていうのを、この本がビジュアル進化の絵で考える人々の世界の著者であるテンプル・グランディンさんがなぜこの本を書いたかっていうと、今の社会、人間社会の生活の営みの中で言語家の評価っていうものがものすごく高い社会に生きてる、私たちは。
例えば、学校の試験なんかもそうなんですよね。実際、文章で書かれた問題を文章で答えていく。何かしらの回答をしていく。それが点数が高ければ高いほどいいっていう世界に私たちは生きてて。
それこそ僕は実際違かったけど、極端に資格志向者である人にとっては一旦言語化されてるものをイメージとして捉え直す変換作業があって、それで問題を解いていくっていうプロセスがあって、だから言ってしまえば得意じゃない人がいる。
36:09
言語化っていうもので評価軸でいくと評価されない人たちがいて、そういう人たちが社会の仕事として担っていかなければいけない部分があるのに、そこで切り落とされていっていく人たちがいて、
それがこの人が例に挙げてたのはアメリカの産業とかの部分なんですけど、が落ちていってる理由になってるんだっていうのに危機感を覚えましたみたいな感じでこの本が始まってて。
っていうのもあって、僕的には正直言語化はできてたいんですよ。実際言語化が得意な人って僕すごく素敵だなって思うぐらい、言語化をうまくやれる人に対して素敵だな、いいなって思う気持ちがあって、憧れに近い何かがあるんですけど、
それの反対が、それが例えもし得意じゃなかったからといって、それはマイナスなことではなく、一方にあるもう片方にある資格の方のところで何か自分は物事の考え方をプロセスを持ってるからそっちに寄ってただけっていうみたいな。
まあ実際自分9個だったんですけど、こんな長々と話しても私このど真ん中にいる人だったんですけど、そういった発想というか考えもあるんだっていう。考えというか実際そういうふうな脳の働きがあるみたいで、ただ単にこの書者の人がそういう感覚があるからって話してるだけじゃなくて、実際脳の動きとしてそういうところが言語思考者と資格思考者で動いてる部分が全然違うみたいなのがあるらしく、
そういった本、エピソードがあったわけですよね。どうでしょうか皆さん。これまでの話を聞いて、自分は言語思考者であるなって考えた人もいると思うし、自分ってもしかしたら資格思考者よりだったのかもって思う方もいらっしゃると思うんで、
どちらであったにしても、この本、まだ全部読んでないから偉そうに今まで喋ってたけど全部まだ読めてないんですけど、すでにすごい面白いので気になった方はぜひ読んでみてください。
今日いろいろなお勧めをしてるんですけど、この本もお勧めです。僕と一緒に読んでいきましょうっていうぐらいの気概があるんですけど。
いろいろ話はしましたが、僕は少なくとも言語思考よりではない、ただ資格思考者に飛び抜けて寄ってるわけでもないけど、自分の人生経験を振り返ってみるとちょっと資格思考よりの人だなっていうことがわかりましたので、
39:11
わかった上で、それでも言語化が得意な人に対する憧れはあるから、実際できるに越したことはないよなと思ってるんですよ。仕事にしても、友達と話すことに関してでもですけど、
日常から仕事のことまでそういうのがうまくできてたら、やっぱり自分の思っていることを感じていることを伝えられる、伝えたいっていう気持ちはちゃんと僕がイメージとして思っている、考えていることを伝えやすくなるはずだから、そういう気持ちはあって言語化がうまくなりたいという気持ちはあるんで、最近は僕の中でそれが一個テーマになっています。
というお話でした。皆さんもいかがだったでしょうか。どちらに当てはまったでしょうか。そんな話もぜひ聞かせてください。
はい、そういうことで、長い。これ編集して短くできるかな。特別なゲスト会でもなんでもないのに、えらい長く喋っちゃって。これは良いことではあると思ってるんですけど、聞く分には長いよって思われるかもしれないので、圧縮する力もね、言語化プラス圧縮する力も身につけなければなぁなんて思ってます。
思ってますというか、身につけます。そんな形で今回はですね、100%の女の子という短編映画とSNSデトックスを始めたという話、言語趣向ですか、視覚趣向ですかというお話をさせていただきました。
100%の女の子に関しては、ちょっと気になった方がいればぜひ見て欲しいなっていう感じですね。なんかこれがこういうのが好きだって人がいたら僕はすごく嬉しい。こういう映画の、それこそシナリオが好きでもいいですし、この映画の雰囲気自体、音楽使われてる音楽とかそれこそ先ほど言ったナレーションの読み方とか、80年代っぽい、僕は80年代っぽいか何かよくわかんないけど80年代っぽい映画の雰囲気がいいとか、
なんかそういうのがね素敵だなって思える人がいたら一緒に映画行き込みましょう。一緒に映画を見に行きましょう。そんな感じで、あとはSNSデトックスをしてます。なんでしばらくちょっと何かしら色々返事が遅くなったりするかもしれませんが、ちょっと申し訳ございませんというのと、視覚趣向者、言語趣向者の話ですね。
僕は何回も言うようですけど、9個でした。真ん中でした、ど真ん中の。テストで、このテストで言うとど真ん中でしたっていう感じがあるんです。皆様のどちらに当たったのかなんて話を聞かせてください。すいません、ということでここまで聞いてくださった皆様ありがとうございました。9月も終わります。ちょっと涼しくなってきました。正直まだ夏は続きます。
42:07
これから楽しんでいきましょうといういつもの決まりのセリフで締めたいと思います。ここまで聞いてくださった皆様ありがとうございました。バイバイ。
42:26

コメント

スクロール