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はい、こんばんはまりです。私は大阪府に住んでるんですけれども、今夜はね、お月さまがとっても綺麗で、帰り道に
なんかまん丸で、ちょっと低い位置にあるお月さまだったんですけど、そのお月さまを見て、わー美しいな、綺麗やなーって思ってました。
満月に近いんじゃないかな? あの、なんか見てないから、あの月日の、あの月の満ち欠けみたいな、はあんまりわかってないんですが、とにかくまん丸で大きくって、綺麗なお月さんでしたね。
でね、そのお月さんを見て、ふと思い出したことがあるので、それについて語ろうと思います。
夏目漱石っていう方の、月が綺麗ですねっていう言葉なんですけど、この言葉ですね、この言葉解釈が、月が綺麗だと。
で、お月さまが綺麗なだけではなくて、それも含まれるんですが、その月が綺麗ですね、イコールアイラブユーっていう風に解釈する人が多いっていうのをなんかで読んで、
そう、これが一般的や、みたいな。で、その話を知った時はね、衝撃でしたね。
そう、私ね、この解釈が、あのいまだに、あの真面目に本当にわかんなくって、45年生きててもまだわかりません。多分この先もわからないんじゃないかと思ったりしてます。
で、これがね、まあこの一編だけ切り取った、これが日本人の一般的な解釈なのだとしたら、まあ、なんか他に儲かってへんこといっぱいあるんちゃうかなって。
なんかちらって思ったりもしませんね。ふとね、あれ?みたいな。
ね、ちょっとだけ深掘りすると、これって言葉の裏にあるものをキャッチできないってことなんですよね。
その人が発している言葉の表面的なこと、言ってることだけじゃなくて、その背景を理解できないというか、あの、まあ、察することができないというか。
で、そのせいで自分が何らかのね、損をしてるんじゃないかなって思ったりもして。
で、例えば、めっちゃいいイケメンを撮り逃したとかね、なんかちょっと残念な結果になってたりしてとか、まあ気がつかないんで、気がつかないんですけどね。
そう、だから単に月が綺麗ですねっていう夏目漱石の言葉の意味がわからないっていうか。
そこもわからないんだけれども、自分が気づいていないメッセージみたいなのがこの世の中にあってたくさん。
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それに気がつけないことで、大切なチャンスとかイケメンとかをなんか、まあ得られたはずのものが得られていないのではないかみたいなね、そういう感覚なんですよね。
そう、この感覚って言葉にするの難しいですね。
わかる人にはわかるんだろうなと思うし、わからない人にはわからないよねみたいな、そのまんまなんですけど。
で、月が綺麗ですねを理解できないからといって、具体的に何かを取り逃したとか、そういう経験をしているわけでは全くないっていうか、もはや気づいてないみたいな感じなんで。
なんだけれどもみんなわかってんだったら、なんで私はその感覚がストーンと腹打ちしないのかな、みたいな気持ちにはなりました。
昔ね、今は慣れたんですけど。
で、この感覚って、これも私の感覚的な話なんですけど、欧米の人が月が綺麗だっていう、欧米の人でも何人でもいいんですけど、外国の人が月が綺麗だっていう表現で、アイラブユーには至らないんじゃないかと思うん
ですよね。
いろんな国の言葉が山ほどあるから、中にはイコールですよっていう国の言葉もあるのかもしれないけども、聞いたことないですね。
だからまあ日本人らしい愛の言葉といえばそうなのだろうなとも思うんですけれどもね。そうなんでしょうねみたいな感じ。ちょっと離れたイメージ。
でも日本語ってね、優しいというか柔らかいというか、気持ちを直接ダイレクトに言うっていう、そういうのもあるけれども遠回しに表現する方法みたいなのがたくさんあるじゃないですか。
例えば行為の表現の仕方としたら、あなたが好きですよとかじゃなくて、その人が好きなものをちょっと覚えていて、そっと用意するとかね。
さっするとか。なんだろうな。
なんかダイレクトではないみたいな。ちょっとワンクッション、ツークッション、スリークッションぐらい置くよみたいな。
こういうね、このクッション、クッション、クッションの言葉にされていない部分。そこにその気持ちを表しているというか、そういうところあるじゃないですか。
だから月が綺麗ですね、イコールアイラブユーもそのような感じかなって思ってるんですよね。そう、それの進化形かなって私は思ってたりします。
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最近行きやすい世の中だなって個人的には思うんですけど、最近ちょっとその風潮薄れてきて、間がなんとなくショートになりつつあるような気はするんですけれども。
だから昔は5段階ぐらいあったのが、最近は2段階ぐらい、2、3段階ぐらい減ってきているような気はするので、楽っちゃ楽なんですよね。さっするのがあんまりないから。
で、その、あれですよ、ちょっと嫌味な話、京都の人のお家行ってブブ付けが出てきたら、もう早く帰れって言われているみたいな話聞いたことある方もいらっしゃると思うんですけど、私も聞いたんですが、多分私大阪に
住んでますけど、京都でもやっていけないんじゃないかと思っていて。
実際のところは知りませんよ、京都のお家にいきなり行ってとかないから。だけどそういうカルチャーっていうのは聞いたことあって、とてもじゃないけど、気がつかないうちに村八分になってそうやなみたいな感じはする
んですよね。
だからね、言葉にはならないけれども、なんとなくその背景をクッションを交えて、それも何重に交えて伝えるみたいな、遠回しに柔らかく表現するみたいなね、そういうコミュニケーションなのかな、これもね。
っていうのは、なかなか高度というか、繊細っていうかね、テクニックがいるみたいな感じに見えますね。
例えばね、例えばです。ある人が私に、月が綺麗ですねって言ったとしますよね。
そしたらね、私の場合は、ほんまやなって言葉そのまま受け取るので、ほんまやな綺麗やなーみたいな、お月さんまんまるやねーみたいな、以上みたいな感じ。
そうなんだけど、そこで恋愛的な意味を推測するみたいな風にはならないんですよね。
だからこそ、何か取り逃してるのかなって思ったっていう結論なんですけど、何か、そう多分逃してると思うんですよ。でももはや気がつかない。
私もね、相手の表情とか声の色、雰囲気とか、普段のコミュニケーション、態度とかお互いのね。
会話の内容とかから、相手の気持ちを理解するっていうこともできる時が多いなって自分では思ってるんですけど、
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遠回しすぎる表現だったら、多分できるなって思ってる自分がそのままいるだけで、今できてないんでしょうね。
言葉の裏を読むとかね。
察して、推測して、みたいな。
そういうのはね、多分ね、気がつかない。
気がつかないことで、もしかしたら損をしているというか、目の前にあっても気がつかないからわかんないんですよね。
会話のキャッチボールは何気ないし、普通に日常に潜んでるけど、そう考えると結構、人によってはレベル高いんかなと思ったりもします。
なのですけれども、たとえそういうチャンスがあったとしても自分が気がつかずにスルーしちゃってるんだろうけれども、
一回ね、これだって、この日、この時に言うでっていうので、月が綺麗ですね、おーって出てきたとしても、
たぶんね、その1回は頑張ってキャッチしたとしても、その後何十回何百回ってスルーしまくると思うんで、
結論、感覚が違うということで、やっぱりね、一発やじゃダメなんですよね。
もしかして私、何か取り逃してるのかなって思ったけど、
よくよく考えたら、自分自身が大幅に何か頭をガツンと打たれて、
言葉の裏をコードに読むとかね、察するみたいなのを相当問わらせないとできないような感じで、
たぶん日常生活普通に生きてたらできないんで、
結論、もう自分のままでいこうということで、
はい、見えなかったイケメンはいなかったということで、今日の結論にしたいと思います。
今日も聞いてくださってありがとうございます。
よかったらお月様眺めてみてくださいね。
じゃあ、おやすみなさーい。