前半では、M!LKやモナキを中心に、現在のポップミュージックに漂う「反復」と「過剰」について話しました。
では、それは本当に“インフレの時代”をそのまま映した音楽なのか。後半では、その前提を少し疑いながら、インフレソングという言葉の奥にあるねじれについて考えていきます。
景気がいいから音楽が派手になっているのではなく、むしろ現実が冷え込んでいるからこそ、もっと明るく、もっと過剰に、もっと元気づける必要がある。M!LKやモナキの華やかさは、単なる浮かれた明るさではなく、どこかでデフレ的な閉塞感や、コロナ禍以後の傷つきを引き受けたものなのではないか。
そこから話は、大森時生が関わったテレ東音楽祭へ。リアルとフェイク、メインとサブ、懐かしさと現在性が同じ平面に置かれた、あの奇妙な歌謡祭をどう見るべきなのか。モキュメンタリー的な感覚が、なぜいま音楽番組の場で機能していたのかについて話しています。
さらに後半では、ベテランちが掲げる「東京2」の話もしています。ポップとサブカル、中心と外部、東京1と東京2。そのどちらか一方に閉じこもるのではなく、両方を行き来しながら、次にどこへ賭けるのか。現在のポップカルチャーを考えるうえで、この「東京2」的な態度がひとつの鍵になるのではないか、という話です。
暗い顔をする理由はいくらでもある。それでも、時代の絶望に回収されないために、明るさをどう保つのか。後半では、不透明な時代における態度としての「ラディカル・オプティミズム」について考えていきます。
ベテランち「東京2について考え中」https://www.youtube.com/live/BnpBAiFECLs?si=1s0e9aLhiPC4-DI3
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