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皆さん、おはようございます。こんにちは。そして、こんばんは。
【人生は問題解決ゲーム】
ビッグママヨーコのぶっちゃけラジオのお時間です。イエーイ!
今日はね、2026年5月1日。1日です、皆さん。もう5月に入っちゃった。
なんか今日はさ、関東方面、災害級の大雨っていう予報を見たんだけど、皆さん、ほんとお気を付けください。
広島はね、4時ぐらいに、急に豪雨だったわけ。そして7時ぐらいに、もうめっちゃピーカン。
そしてまたさっきパラパラ。すごくなんかね、変わった天気です。
だけどさ、雨も降らないと困るし、晴れは晴れでありがたいし、天気に文句言ってもしょうがないからさ、
気をつけることは気をつけて、今日も楽しんでいきまっしょい!
今日のテーマはね、ゾルバザブッダ、このことをシェアしたいなーって思います。
ゾルバザブッダ、この言葉、皆さんご存知?
聞いたことある方もたくさんいらっしゃると思うんだけど、このゾルバザブッダっていうのはね、
インドの思想家のオショさんが説いた言葉なんですよ。造語なのかな?
ブッダの生き方っていうのは、自分自身の精神を見つめて、精神を磨いていく生き方。
瞑想したりとか、自分の悩みを見つめるとかさ。
ゾルバの生き方っていうのは、物質社会の豊かさを楽しむ生き方。
仕事を頑張って頑張って収入を上げていく、みたいなね、物質世界を楽しむ生き方。
これさ、どちらかに偏ると、やっぱり人間、おかしくなるわけですよ。
私がね、スピリチュアル、どっちかというと好きじゃないっていうのは、
このブッダの生き方ばっかりを見つめて、現実世界に足がついてない方がすごく多い。
もちろん私もね、極端な時代ありました。
両方味わったからこそ、両方大事だなーって今は思う。
この思想家の和尚がゾルバ・ザ・ブッダって唱えたのは、もうずいぶん前になるんだけれども、
物質的な豊かさも楽しむ。属性に生きる人がゾルバ。
精神的な豊かさの象徴、聖なるブッダ。
その両方が統合した新しい人間のことをゾルバ・ザ・ブッダってつけたわけ。
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私はね、改めてこの言葉がものすごく最近耳に入ってきてね、
今テレビ見てもさ、いろんな事件とか、なんでそうなるのかなーっていうのがすごく増えてる。
だからこそ、これからの時代、両方大事にするゾルバ・ザ・ブッダっていうのが大切になる時代に入ってるんじゃないのかなーって思うわけ。
ちょっと自分のことシェアしていいですか?
私はね、ちっちゃい時にどうしたい?と聞かれると、
相手が何を望んでるかをすぐ察知して、相手が喜ぶことを答える子供だったわけ。
なんでそうなったかというとね、理由は簡単で、
私は両親、親という保護者が蒸発してから嫌われては生きていけないっていう環境がね、いつも近くにあったんで、
そして父親がいい子でいたら必ず迎えに来るって言った一言、この言葉を信じてたから、
まあいい子でいることが大切っていうかね、そのおかげでさ、空気をものすごく察知できるわけですよ。
でも人の気持ちも察知するけど、なんか危険っていうことも察知するから、
ありがたいことでもあるんだけど、感じなくていい思いまで感じちゃって苦しくなったりね、
男性に浮気なんかされたらすぐわかりますよ。
娘たちにパートナーができてもすぐわかる。
喧嘩してるっていうのもすぐわかる。
これがいいんだかどうだかみたいな。
ここ数年ね、心のどっかにさ、なんかちっちゃい魚のトゲが刺さってる感じっていうか、
無視しててもいいんだけど、なんだかスッキリしない?
毎日忙しくなるとそのトゲの存在忘れるんだけど、
そして周りを見てるとトゲなんかどうでもいいぐらい忘れてしまうようなちっちゃなトゲ。
でもね、このトゲを無視すると必ず私、事件が起きるの。
もうね、人間関係の事件から始まり、お金に関する事件まで、
もう解決方法なんてないんじゃないかって思うぐらい、もう吐き気が催すような事件が起きるわけ。
そうなると、簡単なのはね、今までの自分の経験の中から、
いろんなことを総動員して解決方法を探すこと。
そうやってね、私は20代、30代、40代、50代生きてきたわけですよ。
何度もそれをやってきました。
そのままなんとかすることができる。
なんとか解決できました。
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時間がかかったこともいっぱいあるけど。
でもね、なんかこの進み方、違う感じなんですよ。
この今までの経験の中から、総動員して解決方法を探す。
この方法で進むと、なんかね、心が喜ばないんですよ。
とりあえず、解決できてよかったとは思うよ。
でもね、また同じようなことが起こるんですよ。
もうなんでって、なんで私の人生こんなに大変なんだろうって思うけど、
最近わかったのが、何度も似たようなことが起こるっていうことは、
おい、気づけよっていうサインなんだよね。
サインなんですよ。
でも、なんでこのことに気づかないかというと、
やってきたことっていうのはさ、今まで経験してるから、
なんとかこうすればこうなるってわかってるじゃん。
だから安心なわけですよ。
やってないことっていうのはさ、どうなるかわかんないからさ、
ぶっちゃけ怖いじゃん。ただそれだけ。
でもその安心なことを繰り返してると、
それはね、退屈になってきて、退屈なものにいいエネルギーが乗ってるわけがないの。
エネルギーが乗ってないんだから、当然いいサイクルには乗らないわけ。
で、なんとか怖いなーって思う気持ちっていうのは、
やったことのない、どうなるかわかんない、未知のものに向かうとき。
わかんないんだからさ、フルにエネルギー使うじゃん。
どうやったらいいんだろう、何がいいんだろう、真剣に探すじゃん。
当然、エネルギーが上がりまくるよね。
でもねー、怖いんだよねー。
私ちっちぇーって思うわけですよ。
いろんなことやってきた中でさ、嫌だと思ってたこと、
それは私のすることではないと思ってて、避けたこと。
でもその避けたこと、でも私の目の前にやってくること、
それは結局、どうやら私がやることだった。
根性のチャレンジっていうことなわけですよ。
避けても避けても目の前に現れる。
こんなことやらなくていいことだろうな、と思うけど気になる。
でも、どうなるかわかんないから怖い。
そして、挙句の果て、やらなくても生きていけるじゃん、
って私の中の私がつぶやく。
でもねー、しょうがなく片足突っ込んだらさ、
ハマるわけよ。
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なんで逃げてたのかっていうのがね、今はちょっとわかる。
やってうまくいかなかったらさ、なんか大切なものを失うんじゃないか、とかね。
失うぐらいなら関わらないほうがマシじゃん。
要するに怖がりなんです、私めちゃくちゃ。
そして私はね、さっき言ったゾルバ的な生き方も好き。
そしてブッダ的な生き方。
一時期すごくそっちに頑張らないといけない時期があって、
稼ぐということに全集中したの。
だからお金のありがたさもめちゃくちゃわかってる。
お金があることで叶えられる世界っていうのがいっぱいあった。
だけど当時の私は、稼いだことで鼻が高くなっちゃってね。
いろんな事件が起きて、頭ぶん殴られて、また奈落に落ちたわけ。
だからそのゾルバ的生き方にすごく恐怖心があるの。
またああなったらどうするっていうね。
でも結局両方大事なわけですよ。
わかりやすく言うとさ、ヒーリングの世界も私やってます。
だけどね、ロックも好きなのよ。
シンプルな生活もすごく好き。
だけど、わーすごいなーって思うゴージャスも好きなわけ。
たくあんで食べるお茶漬けもおいしいなーって思うけど、
これどうやって料理してるんだろうって思うフルコースも好き。
めちゃくちゃクソ忙しいぐらい集中することも好きだけど、
そこにいたんですか?って思われるぐらいボケーっとするのも好き。
仕事も実は好きなんですよ。
だけど、お母さん業もね、めっちゃ好きなの。
どっちかに偏ると、途端にどうやら何かが狂い始めるみたい。私。
できる範囲でやると、最初はね、楽しいわけ。
でもすぐ退屈になるの。
ヒーリングも好きだけど、退屈になるとロックに偏る。
でもこのサイクルにも飽きてくる。
それは知らないヒーリングの奥深さに手を突っ込みたいときだし、
知らないロックを感じて暴れたいとき。
でもそんなことやってどうなるのって思う恐怖心がよぎる。
でも恐怖心がよぎるっていうことはね、そこに行きたいわけよ。
私ね、自分のこと適当すぎるなーって思ってた。
でも実はそうじゃないかもしれない。
理由はね、自分の本当の望みをちゃんと見てないだけ。
ヒーリングの世界に出会って、深くなればなるほど物質を見なかったような気がするし、
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ぶっちぎりに好きなものを見なくなった気がする。
なんでだろうね。
欲っていうものをちょっと嫌なものと思って、
思って、思うことで避けた?
そっちの方が安全な気がした?
望みを見ずに、なんちゃらスピリチュアルふわっとした方に入って、
自分をただ守ろうと、正当化しようとしてたのかもしれない。
ぶったり進みすぎたらそうなるのかもしれない。
そしてゾルはお金ばっかり追いかけても大事なものを失うっていうことにも気づいた。
だからトゲが刺さった感じが続くわけですよ。
本当に欲しいもの、本当に手に入れたいもの、そこに行く道筋は分かんないけど、
でもそれが手に入れたらめちゃくちゃ楽しいよねって思う方にアンテナ振り切って、
どうせ失敗すると思ってればいいじゃん。
絶対うまくいくと思ってたらうまくいかないときにショックだし、
できなかったらどうしようと思うと足が止まる。
どうせできない私がやるんだから、最初はできなくて当たり前よ。
でもね、私めっちゃいいものはいいと思うし、めっちゃいいと思うものに出会ったら最高にときめくし、
私にとっていいものとは、そこに作り手の思いが宿ってて、
やりたいと思って全力を出してる人を見たときに最高にときめく。
その思いが私の心に届いたときにたまらなく心が震える。
それはね、些細なこともあるよ。
道端に咲く小さな花にうわーって思うこともあるし、
何件もパン屋さんってあるのにさ、あそこのあの人の焼くパンって最高だよね。
たくさん本が並ぶ本屋でね、気になって手に取ったあの人の本、その文字の活字にときめいたり、
その本の空白、なんでここにこんだけ空白が空いてんだろう、そのセンス、その余白にときめいたり、
触ったときの表紙のザラッとした感じ、インクの香り、そしてたまたま見たSNSで、
あのブランドのオートクチュールにときめいたりさ、
どこに泊まってもいいよって言われたら、
あの森の中のあの部屋で大の字になって窓開けて、
気のそよぎを感じながら鳥の声、最高だろうなーって思うあの場所とかさ、
あのブランドのあの思い、さっきまで知らなかったけど、
なんか宿ってるよなーっていうものに出会うと、気がつくわけですよ。
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え、いいな。
だからね、私はね、めちゃくちゃコマーシャルされているものにはね、ほとんど興味が湧かない。
なんだろうね。
なんだろうね、ときめかない。
ゾルバ・ザ・ブッダ、両方を大事にして、私の望みを思いっきり放って、
残りの人生生きていってもいいかなってやっと思えるぐらい、エネルギーがちょっと復活し始めた感じ。
で、瞑想っていうのもさ、そんな時間ないですよってよく言われるわけ。
私もそう思ってた時期がある。
でもね、あのヒーリングミュージックですごく有名な先生で宮下文夫さんっていらっしゃったのね。
もう亡くなられたんだけど、その方に出会ったときに、
ねえ、陽子さん、瞑想っていうのは形じゃないんだよ。
庭の掃除をしながらでも瞑想できるし、パソコンのキーボードを打ちながらでも瞑想ができる。
心の状態だから。
外に向けるのではなく、自分の中に深く深く入って、今やっていることに全集中。
これが瞑想。
無になることに集中することも瞑想。
だけど、外の音を全部排除できるぐらい、自分の中に入れば、掃除してたって、何してたって、全ては瞑想だよって教えていただいたわけ。
もうね、先生の笑顔はね、何だろうね、全てのものを受け入れている、すごく素敵な柔らかい笑顔でした。
そしてね、めっちゃイケメンだった。
初めてお会いした時にね、なんか見たことのない笑顔で、両手広げてさ、おいで、なんかね、お帰りって言われたんですよ。
その時にすごく懐かしかったの。
そして君は必ず音の世界に来るね。
その時は音の世界なんて1ミリも興味なかったし、なんなら一番苦手だったから、絶対やりえませんって思ってたけど、今はね、結局ライヤー奏でてるし、よくわかんないけど声を出すレッスンもしてるし、どうなるかわかんないけど、やりたいと思うことは自分にやらせてあげる。
その先に何があるかわかんない。
でも自分が楽しい、ときめく、そしてできないことにぶつかる。
でもできないからやめるんじゃなくて、これができるようになったらどうなるんだろうって思うと、わくわくするから、やらせてあげたいなって思うわけ。
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これからの時代、両方大事。
ゾルバ・ザ・ブッダ。
ぜひね、こういう聴き方であれたらいいなって思います。
思いっきり手伸ばしてさ、望んで掴んでいったらいいんじゃない?
今日も最後まで聴いてくださって本当にありがとう。
じゃあまたね。