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S10 - まさし×無題のなんちゃらキャスト
2026-06-18 1:04:07

S10 - まさし×無題のなんちゃらキャスト

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みなさんこんにちは。今回は、15年以上の付き合いもある友人でもあり、俺の最初の山仲間、そして火曜鶏でもおなじみ、高松山グルグルクラブなどで活躍中のまさしさんをゲストに呼んで喋りました。

先日彼と食事をした時に、彼のトレラン原体験・初期衝動の話がでてきたんですよね。それを是非Podcastにしたいと思い、2人で喋る機会を設けてもらいました。

俺自身忘れてた話などたくさんあってとても楽しかったですが、もしみなさんも楽しく聴いてくれるなら望外の幸せです。

あのまさしさんが山を走り始めるまでのエピソードを、是非聴いてみてください。

まさしさんについてはこちら。

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Podcast 天晴トレイル
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感想

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サマリー

このエピソードでは、パーソナリティのキョウヘイが、15年来の友人であり、初期の山仲間でもある「まさし」さんをゲストに迎え、まさしさんのトレイルランニング原体験に迫ります。二人は、コーヒーとTwitterを通じて知り合った初期の頃から、初めて会ったオフ会、そして富士山登頂という大きな出来事まで、過去を振り返ります。まさしさんがトレイルランニングに興味を持つきっかけとなった、友人との交流や、山での感動的な体験談が語られます。また、初期の装備や、当時のSNSでの交流、そして様々な人との繋がりが、現在のトレイルランニングライフへと繋がっていく過程が詳細に語られ、二人の友情と、山への情熱が垣間見える内容となっています。

ゲスト紹介と昔話への導入
はい、みなさんこんにちは。 無題のなんちゃらキャストのキョウヘイです。 このポッドキャストは、
私、キョウヘイが普段は一人で、あることないこと、知ったかぶって喋る番組なんですが、今日は珍しくゲストに、
僕の古い友達でもある、あのまさしさん。 佐藤まさしさんでいいんですか? まあそうですね。佐藤まさしさんを迎えして、
やっていきたいと思いまーす。 こんにちはー。まさしです。
まさしって名乗ってるのは、もう佐藤が居すぎだから。 あーそういうことなんですね。
クラスに居たじゃないですか、絶対。クラスや学年に。 居た。今でも日本一だもんね。
佐藤さんって言われると、返事しにくいので、もうまさしです。 確かに。最初からまさしだった。ツイッターアカウントがまさしだから。
そうそうそう。 ゲストは何人目ですか?この番組。
初めてではない。 多分5人目だと思うんだけど。
一桁に入ってでは、まあいいですね。ありがとうございます。 ゲスト、そうなんです。いつも一人で無限に喋ってるだけなんで、今すごい恥ずかしいからね。
本来ね、まさしと秀木と3人でよくやってたんだけど、1対1なのがちょっと恥ずかしいね。 そうだね。そういうパターンはなかったっすもんね。
そうなんですよね。 ということで今日はちょっと古い友達でもあるので、積もる話をしていきたいと思いますが、何するの?普通ゲストを呼んだら。
ゲストを呼んだら。 ちょっと自己紹介してもらっていいですか? 自己紹介。こんにちは。
まさしです。44歳です。 あ、44歳。そこからか。 海老名市在住です。
どんなことしてるんですか? 普段は火曜日がお休みなので、火曜日に丹沢に走りに来てるので、
土日とかレースでしか行くことがないし、年にトリーランニングレースは3回ぐらいしか出てないから、
やっぱり土日のコミュニティ、会ったことない人多いんですよね。 確かに。 知ってくださってるっていうことが前のポッドキャストとか含めて、
なんかちょいちょいあるんですけど。 年3回ってイメージはないよね。でもね、いろいろなレースで数々の成績を。
興味ない。 あんま知らない。数々の成績残したんでしょ?
そうですね。うっかりというか頑張って良い順になったりとかもあって、そうですね。
ぼちぼちトリーランニングをやっているまさしです。 なるほどね。素晴らしい。
コーヒーとTwitterでの出会い
そもそも昔話に入っちゃっていいんですか? まさしさん仕切ってくれると、会話題みたいになっちゃうね。
知らない人も多いと思うんですけど、京平さんと僕が、今トリーランニングの友達、Twitter、SNSの友達からあると思うんですけど、そもそもがだって全く違うわけじゃないですか。
そうなんですよ。 コーヒーっていうことを趣味というか好きで飲んでいる時期に知り合って、今に至ってるっていうのを知らない方が
たくさんいらっしゃると思うので。 そんなに大事な情報でもないけどね。
ちょっと俺今さ、いつ最初にリプレイしたか見てみるからさ、何か繋いでて。 わかった。
あれ最初からマザーストール? いや、俺アカウント2つ目です。 最初の数文字だけ教えてよ。
最初… マサペイスみたいなのなかった?
いや、あのね、そうです。 最初マサーセナルだったんですけど、 マサーセナルは今でもあるんじゃないの?
マサーセナルから… マサストルになって?
今はマサストルで運用してるんですけど、マサーセナル時代もう本当すごい完全匿名でやって… あ、今のアカウント目これです。
あ、それ知ってるよ。俺フォローしてんじゃん。 最近それは静かだよね。 これはもう3年ぐらいやってないです。
その人と最初にリプライしたの? そうそうそう。 要するにツイッターで15年ぐらい前に知り合ったってことだよね?
そうそうそう。 人たち今一生懸命探してるとこだから。
15年ぐらい前じゃないですか? いや、地震の前だと思うんだよね。
あ、全然地震の前です。 地震…だって渡辺とは確実に地震の前から付き合ってた記憶があるから。
だから富士山に登った… あれが地震の前だもんな。 全然地震の前。
あれが14年。 あれが10年。 あれが10年。 ああ、そっか。2010年か。
そうだね。 それより前だから。 じゃあそもそもにコーヒーの時に、
あの、まあツイッター、コーヒーとツイッターで言ったら先にツイッターですよね。
ツイッターで何がきっかけになってフォローし合ったか、そこがちょっと覚えてないんですけど。
俺もでもコーヒー飲むようになったのはツイッターで、なんかドリップかっこよさそうだなって時に、コーヒーっぽい人たちをフォローしたのか、どっちか言っちゃった。
多分俺もそれの流れでコーヒー関連の人をフォローして、で、あの、一人目のキーパーソン、豆腐くん。 豆腐くんね。
大阪の方で、そのシングルオリジンを家で、
焙煎して、で、そのコーヒー界隈の人においしいよっていうことで、何か一定の評価を得られてる方で、キャラクターもすごく良くて、
で、あの個人的な販売をしてて、僕も買ったり。 でも彼が焙煎し始めたのって、割と俺の中ではもう後期なんだけど。
最初みんなさ、エスプレッソマシーン持ってたよね? 持ってました。 AIが何か作業しててポンポンになってた。
俺、エスプレッソマシーンはちょっと引いてみてたんだよね。 持ってる派でしょ? 持ってます。
なんかちょっとさすがにオーバーキルすぎて、最初何枚も出す気にならなくて。 それこそ僕は豆腐くんから買いました。
あ、そういう話? 俺今使ってるドリップポットも豆腐にもらったんだよ。 これは2台目なんで自分で買ったけど、もう1個あって、それある豆腐がくれて、だからもうあの重さが手に馴染んでて、豆腐の話をする回になっちゃってるな。
ちょっと俺うるさいから音止めるわ。 何をピューピュー言ってんだよ。
初期の交流と山本商店
で、豆腐くんが関東に遊びに来るって時にちょっとオフ会をしようっていう流れになったんですよね。 あ、そこか。 そこです。それが吉祥寺の伊勢屋です。
あ、そういう話になるの? その時初めて会ったの? 初めて会いました。 こんなに仲いいのに?
はい。 吉祥寺の伊勢屋で? 吉祥寺の伊勢屋で。 コーヒークラスの飲み会で? もう回収前の伊勢屋の2階の一番奥のなんか座敷みたいなところに20人ぐらいが集まって。
え、誰がいた? そこね、あの塚本さんもいました。 あ、塚本。 塚本は今でもあるからな。 そうそう。
渡辺いた? 渡辺さんも多分いたと思うんだよな。 穂瀬は? 穂瀬さんもどうだろう。
その時には京平さんと、あと俺その時はPSPのモンハンをやってて、 塚本さんもやってて。
その話で息統合したから、だから印象が完全に京平さんと塚本さんの印象なんですよ。 でも俺モンハンやったことないよ。 俺はいいのね、塚本がね。
で、その界隈の女性何人かもモンハンの話で、4人ぐらいで、しかも伊勢屋でモンハン始めたんですよ。 確かに女性いたな。
そう、けどその人も全然覚えてもないし。 塚本さんは今後も同じように飲み友達として来るわけだから。そうね、伝説の山本商店に繋がっていくからね。
そこは一時に覚えてないんですけど、そこから、言うても所詮はオフ会じゃないですか。
そこから京平さんと個人的に会うようになったきっかけっていうのが。 あるの? あるの、と思って。
多分飲みに誘われていいっすよって飲んだんだとは思うんですけど、京平さんが誘ってくれて。 全然覚えてないね。
そこって多分1個大きい、言うても壁じゃないですか。 オフ会の中で会って、個人的に会うっていうのは1個。
知り合いと友達のところですね。 俺も会社の同僚とか、トレランのコミュニティで会った人たち、同僚知り合いから友達になる協会って、
わざわざ予定して2人で、もしくは3人とかで会うこと。 会社の同僚だったら、休みの日に会うこと。
これから友達だと思ってて。 例えばトレランで5人とか10人で練習会とかになった人と、2人とか3人とかで、2人はちょっとキモいんだけど、
約束して山行くとかになるぞ、友達かなってなるよね。 それね、なんでだろうね。
今一生懸命ずっとツイログ見てるんだけど、なかなかマッサージのアカウントが出てこないんだよな。
その時はね、走ってもないし、 京平さんも走ってないでしょ? 走ってないわー。
デニムとか履いてたもんな。 デニム育ててたよね。
デニム育ててた。 今は暑くて、長ズボン絶対履かないのに。
懐かしいでしょ。 だって20年くらい前じゃないですか。
そういうのを毎日ツイッターに上げて、何ヶ月目これこうなった、こうなった、こうなったのにね。
なんの変臨もないような時代ですよね。
これ一応誰かに聞かせる程度喋ってるけど、これ大丈夫かな?
どなたかこれ、まあいいか。面白いか。 俺は今すごく面白くなってきてるけどね。
その話覚えてなかったよ。伊勢谷か。 そう、伊勢谷。覚えてますよ。
なんで海老名から伊勢谷に呼び寄せられてるんだよ。 まあまあだからじゃん。
それは東福に会いたかったからっていうところだよね。
その時もうタネ? タネだと思います。
もうタネ?すげえ。 タネはマサイさんのお店ね。
俺それ仕事2008年から自営業やってるから。 あ、じゃあ完全タネだ。
で、2010年に富士山登るわけじゃないですか。 そうだよね。
で、2010年に登る前段としてはもう山本で毎週のように飲んでたわけですよ。 そういうことだ。
そうだよ。山本のまあまあ後期だもんね。 後期ですよね。
あれ俺がさ、渡辺とかコムとかと渋谷湖っていうところにキャンプ行ったの、富士山の前? 前です。
じゃああの人たちはあの時はトレランやってんだとかとんでもない奴らだね。 そうですね。
俺のだから最初のトレランのその、トレランっていうことがあるんだなびっくりってなったのが岡野さんだからね。
そうそうそうそう。だってあの時にもうMB走ったでしょ? 凄いな。10年前だよね。
20年前?え?2008年?18年前?
だから2008、9に走ってた可能性があって。 恐ろしいですね。
もうなんかまあ正直トレランにも、登山もやる前だし、トレランっていうこと、言葉あったかもしれないけど、
多分興味のない話に近いぐらいで聞いてたから、すごいですねみたいな。
俺もキャンプも、まあその時たぶんMSRのテント買ったんだけど、全然キャンプもだって車で行ってたもんな。
トレランも全然想像がつかないから、長い登山をしたぐらいな、ロングハイクをしたぐらいなテンションで多分MBの話を聞いてるんですよね。
俺その話聞いた記憶全くないから全然興味なかったんだな。 まあそういうことですよね。記憶にないぐらいで。
なんだ、そういうことか。
じゃあそれが結構前だよね。2008年とか7年の可能性があるってことだ。 そうそうそう。
ビビるー。 2010年に、コムは今もトレランやってるから、タカオでね、アンサー4に入ってるコムさんと、俺とクーヘイさんと、
シスターの方のコムさんね。 あ、シスター。みんなコムって言うとジュンスケさんをおっしゃるんだよね。
の4人で富士山に登ると。 俺の車が壊れてね。
そうそうそうそう。ジムにチェロキーが壊れて、押したりしたもんね。
あ、2009年だよ。 本当?
豆腐カフェが大盛りに東京に来るから吉祥寺に集まるよ。
で、7月30日に俺が主導RTしてる。
RTってなんだこの、ちんこの化身とか書いてある。
それ2009年か。 9年だね。
まあまあ、もう2年ぐらいだからずっと遊んだからね。
9年の夏から10年の夏に。 1年間でめちゃめちゃ長くなったね。
一緒に飲むようになって、山本に行くようになって、みんなが集まるようになって、山行こうっつって。
それぐらい毎週。 そう、毎週はゾネタだね。
山とかもやってないから毎週、しかも俺自営業し始めで火曜日定休で、
平日休みだから暇だから、毎週俺休みの日の夜恵比寿にいたんすよ。
あ、そうだよね。これ、当時の自分のツイッターの口調が恥ずかしすぎて。
何? なんかちょっとベラン名調なのよ。
なんかちょっと、恥ずかしいね。 今よりもちょっと。
共感性周知に近い。 すごい恥ずかしい。
なんか、口調がやだ。
ネット上の自分の設定みたいなのが。
なんか、めちゃくちゃ恥ずかしいこれ読むの。 残ってるのがいいですね。
このツイログに全部保管してるから外出しで検索できるのこれ。
ツイッターの検索でバカじゃん。
これ、すごくちゃんとブログみたいな検索ができて、
8月14日に19時に伊勢谷で集まって、
これわかんない、すげえ。
なんか俺が一番年寄りだったみたいな思い出。
あ、そうなんだ。
お盆にだから来てたんだね。
あ、そうでしょうね。大阪からだから。
いや、懐かしい。
そういうことか。
じゃあ山本商店の話してよ。
山本商店っていう酒屋で、地下なんだよね。
地下のね。
地下で。
エビスと大会の間のね。
そう、酒屋の中で買ったものを、
ちょっと半地下の外のところで立ち飲みができるっていうところですね。
格打ちができるね。
格打ちか。
それ今もだって普通に営業されてますもんね。
2、3週間前に伊勢谷とせっかすぎと行ったよ。
あ、山本行ったの。
そしたら、覚えてる?
あのすげえ態度の悪い女性の。
ああ、なんか喧嘩してましたよね。
あいつ20年経ったよ。まだ危険はなかったよ。
喧嘩してたよ、俺。
喧嘩してたよ。嫌われてましたよ、清水さん。
あいつ70歳すると、俺あそこの店はもっと前から行っててさ、
2005年とか6年くらい行ってて。
家族経営なんじゃない?
そうそう。あれ娘なんだけど。
そうですよね。
あいつ一番景気の良い頃は、もうちょっと駅側の方にバーやってたのよ。
ああ、そうなんですね。
グッドマンズバーってバーやってて。
そこのバー店をあの女性がやってたの、ちゃんとアイスよく。
俺その時、クリスってフィリピンの友達いたの覚えてる?
覚えてないっすね。
アレックスってコスラ人でしょ。
アレックスとクリスが同僚だったの。
クリスとアレックスはあのビルの上のITの会社だったじゃん。
じゃあ帰りに一杯で下で。
最初はクリスに誘われて山本行ったのよ。
そうなんですね。
それで面白いと安く、当時20年近く前だからさ、
金ねえからさ、取引よりもさらに安く飲みたかったわけじゃん。
で、アレ普通に氷カーケル飲めたから、エビスじゃん。
で、俺エビスで働いてて、あの時エビスじゃねえよ。
あの時エビス、あ、目黒で働いてたんだ。
目黒で働いてても後で働いてて、まあいいんだけど。
それでクリスと2人でバー行ってて、本当にすごく仲良く喋ってたの。
そういう時代があったんですね。
で、その後山本に出戻りして、そっからずっとああいう感じになっちゃって。
なんか闇がありますよね。
で、こんなん行ったらやっぱりすごくて、あいつ悪くて。
そこそこあそこから15年ぐらい年取ってるわけですよね。
そうそう、何も変わってないよ。
あのままだよ。
富士登山への挑戦と挫折
あれなんかドラえもんの世界みたいになってるよ、あそこだけ。
で、多分俺のこと覚えてるんだろうね。
俺3年ぶりぐらいに行ったけど、ものすごい誰か悪くなってた。
やっぱり目が深いね。
なんか口開いたら負けるゲームやってるよね。
何にも言ってくんなかった。
あの人も健在なんですか、兄というかスキンヘッドの。
ああいる、山本さんね、俺の仲良い方ね。
あの人はその日いなかった。
あの人は前の会社の時にビール導入しまったからすぐ投げ終わったんだけど。
山本ね、毎週行ってたよね。
行ってた行ってた、本当毎週行ってました。
そこでそうですよね、渡辺さん。
あそこでだからその20人ぐらいの中からちょっと絞られて、
また別にどっからツイッター呼びかけたりして、いろんな人たちと仲良くなったんだよね。
本当そうですね、交流が広がったタイミングで。
まだトレランの友人も出てこないぞ。
じゃあ富士山登りましょうか。
いやまだ登らなくていい、登らなくていい。
いろいろ言ったじゃん、渡辺がいて。
そうですね。
あとは京平さんの導入、そこであれですよ、ザ・ゼトモと。
ザ・ゼトモ大原君だね。
ランナーではない大原さん。
でもたまにインスタグラム見ると5分20秒から10秒とか走ってる。
走ってます。
このペースはランナーだよと思って見てるんだけどね。
そこから山友達もできたし、俺は大原さんっていう、アーセナルが好きで、
ザ・ゼンボーイズっていうバンドが好きだったから、
そこから年一で二人で毎年ライブに行ってました。
最近も行ってんの?
ここ数年は行ってないんですけど、本当10年近く行ってましたよ、毎年。
アーセナルファンで、じゃあ彼も喜んでたの?
喜んでるんだろうね、今ね。
前ツイッターでアーセナルことやったら、数年ぶりにいいねがついたから見てる。
俺もなんかあるツイート、この前大原がいいねついてたな。
あんまりやりすぎて。
たまに見てるんだから。
そうそうそうそう。
懐かしい。
大原さん元気だったと思って。
あそこはずっと行ってたよね。
そう、行ってましたね。
今行くとびっくりなんだけど、タバコ吸えるんだよね。
あ、吸えるんだ。
あそこって、空間って。
当時、そう。
吸えてたんだよね。
今ほど分園してなかったから、ちょっと周りにタバコの煙があるのが今よりも全然俺たち平気だったんだよね。
そういうことですよね。
この前行ったらちょっと嫌だったもん。
悲劇も行くときに、喜おうさんあそこタバコ吸えるんですよねって言ってて。
それ昔は気にしてなかったと思って。
そうっすね、全く気にしてなかったっすね。
ここ10年くらいで俺らのタバコ体制下がってるんだよね。
下がってるんだね。
だいぶだから分けられたんだ。
アイコスとかでも多分もうダメだろうし。
そうそうそうなのよ。そうずっと言ってたなぁ。だいぶ言ってたなぁ。
あとは同流の外国人とか後、コウヘイさんもそうだし。
そうだよね。
コムもそうだしね。
そうそうそう。
そうだよ、コムと知り合ってその繋がりで俺はおかんさんと知り合ったんだもんな。
あんときあれだ。コム、音楽好きでさ。
俺がコムと知り合ったのはあれだ。
俺の友達のユウスケってやつが、中森ユウスケってやつがいて。
そいつが音楽好きで。
そんでなんかそいつの音楽友達コミュニティみたいなとこにちょっとクールだと思って
20代の俺はそこにちょっと入ってみたかった。
あれすごいひょろい、ひょろなか、ひょろでかいやつ。
そうそうそうそう。
今はなんかどっかの編集長なんすかね。
俺はもう4、5年やってないから。
趣味が応じてなんすかね。
ずっとその。
ロック系の?
いや、全然関係ないITの。
そうなんですね。
それでコムと音楽繋がりで知り合ったんだ。
そうなんですね。
で、八王子に住んでるって言って仲良くなって。
はいはいはいはいはい。
だから山本先生に辿ったりしたんだと思う。
そういうことなんですね。
いろんなキーパーソンと謎の繋がり方してるよね。
そうですよね。
そんでね、芋づる式で岡野さんが。
岡野さんもだから最初その音楽コミュニティみたいな中でいた人なのよ。
コムと意気投合したの多分音楽話ですもんね。
そんで、そしたら二人仲良くなって。
そしたら実は岡野さんも謎の山の人だったっていうことだよね。
でも直接岡野さんに影響を受けて山を始めてないところも面白いところだよね。
そうですね。後々知ったらあんなすごい大会出てたんだぐらいな感じだから。
価値が分かんなかったからね。
そうそうそうそう。全然ピンときてないしみたいなところ。
そんなこんなに毎週飲んで辛手な月、富士山へ行くことになったってことですね。
そうそうそう。で、一回目の富士山は失敗してるんですよ。
あれ誰が言い出したの?
多分ね。
どうせ渡辺でしょ。
渡辺さん乗った方。
じゃあゴムか。
ゴム。
マザイシとゴムとかな。
俺は乗っただけだと思う。記憶してるんだけど。
けどその時はなめぷでしたよ。富士山なんて余裕で登れるっしょと。
あと多分価値さんはキャンプとかそういう自然のところに行くのは好きだから。
あー。
そうそうそう。
あの時よく日陰祭キャンプ場でバーベキューとかやってて。
そうそうそうそう。
今なんとなく若干こうバカにしてるようなことをやってたからな。
デイキャンプみたいなことをよくやってたからな。
バカにする必要ないのに。
バカにはしてないでしょ。
そういう自然のところに行くのが好きだったから山中湖のバンガローみたいなの借りて4人で泊まって。
そうだそうだ。
で、次の日登るみたいな。
そこに魅力を感じたと思ってたし。
まあなんかそういう話になったんですよね。
4人で行くことになったんですよね。
今考えれば。
これは車出してね。謎のね。
だってすごいよ装備とか。
俺だってフィリピンで買ってきた8インチくらいのカーゴーショーツとコットンのTシャツとなんかラルフのチェックのシャツみたいな。
そんでスプリームの11台のバックパックみたいなやつで超なめっぷ装備で。
シューズは多分スニーカー好きだったから持ってたランニングシューズが何かを選んだんだと思うんだけど。
そこはちょっと覚えてないんだけど。
ひどい話だよね。
俺もそうだもんね。
俺もポーターのリュックだったからまず。
ポーターのリュックは君は山始めてもだいぶポーターのリュックだったじゃん。
ポーターのリュックでその時は多分アーセナルのユニフォームを着て上がFCRBのサッカーっぽいジャケット。
FCRBよく着てたよね。
そうですね。
懐かしい。
靴はさすがに買ったんですよ。メレルのカメレオンっていう。
思い出した。
メレルのカメレオン。
そうそう色が可愛くて。
俺もACGのミッドカットのナイキタカワじゃなくて、それかなんかそんなやつ。
そうACG履いてましたね。
このなめっぷはあれだ、二人で行った時だ。
そうそうそうそう。
でも多分同じような装備だな。
わざわざ買い足さないと思う。
しかも一回見た時が下が晴れてたのに7号目が行ったら暴風で、しかも雪も降り始めてて。
挫折したんだよね。
挫折したんだよね。
ジャケットを奇跡的に、俺パトボニアンは好きだったからパトボニアンの謎のシールだけ着て、シールある衣装みたいな感じで行って。
懐かしすぎる。
それで俺と京平さんは若干やっぱ悔しかったのか、その2週間後にじゃあ行こうって言って。
そうなんだよな。俺の車あの日壊れたのにな。不思議だよね。
そうですね。何に乗って行ったの?
エクスプローラー買ってたんだよ。
そっかそっかそっか。
富士山行く途中で俺のチェロキーが何度もオーバーヒートして、そのまま廃車になった。
帰りの高速の入り口まで行けたんだけど、そこで止まっちゃって。
で、レッカーだったんですね。
レッカーで五天堂まで行って、電車で帰ってきてね、そのまま車廃車にしまって。懐かしい。
だって5号位まで行けなかったのよ。5号位まで行けなくて、俺の車演奏しまくって、5号位まで行けなくて、途中でみんなでカップラーメンとか。
山で食う、食べるような。
そうそうそうそう。俺それちょっとムカついてたんだよ。
俺の車が壊れそうでドキドキしてんのに、こいつら追い分かしてラーメン食ってんじゃねえかと思って。
楽しくなってきちゃって。
駐車場最後もう一回行きましたね。
よくあれ上がったよな、オーバーヒートしまくってて。
しかも全然登らなくなったから、俺たちが降りた方が軽量化できるんじゃないかって。
降りて、ちょっと押して。
いやー懐かしい。
富士登山成功と山人生の始まり
そうっすね。
でもあれね、山なめっぷ良くないみたいな。でも2週間ほぼなめっぷだったけどな。
で、天候がスコーブ量良かったから。
メレルのカメラも紫の。
可愛かったな。
これよく見たぞ、お前が入ってんの。
しばらく最新版まで使ってた。
それしか持ってないし。
FCRB?
そうそうそうそう。
懐かしい。しかも俺たちお鉢巡りしてんじゃないの。えらいな。
してますよ。
しかもこれ見てよ。普通のタオル巻いてるからね。
あ、そうだね。挨拶周りで配られるような。
パイルのタオル普通に巻いてるからね。
いやー信じられないな。
カットスタイルで。
面白い。
剣神で写真が残ってますね。
そういうことでしたね。
意外とやっぱり簡単に登れちゃったんですよ。
富士山ね。
そうそうそうそう。
あんな2週間前は地獄を見たのに。
ちょれーなって思ったよね。
そうそうちょれーなって思ったんですよね。
それでね、だから。
そっから多分山人生が始まるんですよ。
山歩き始めたんだよね。
そっから俺も興味を持って丹沢に行くようになって、
けど全然走ってはないんですよね。
それ裏設定でしょ。本当に行ってた?丹沢に。
行ってました。
またー。
俺たまにヤツガヤタケとか行ってただけじゃないの?
行ってた?丹沢。
行ってました。
そんな裏設定あったっけ?
なんでだったら、富士山日本一高いところに登れちゃったからもうなめくだったんですよ。
こんな余裕だったら、次じゃあ神奈川県一応登ってやろうって言って、
ひるがたけっていうところなんですけど、
ひるがたけって一発で登れないんですよね。
基本、巡走して、
後野田駅の先にあるんだ。
そうそう。遠くにあるから。
それになめくで行ったら、すごい時間がかかった上に、
足が本当、ギリギリ登って降りられたんですけど、
駅でも足がこじかのようになって、
階段登れなかったんですよ。
それを覚えてるから。
でもなんか俺とその後さ、南アルプスとかいっぱい行くようになったじゃん。
そうですね。
その間に一人でコスレにしてたってこと?
俺ちょっと富士山の間行ってた気がするんだよね。
俺その後だってあそこ行ったじゃん。
ほうほうさんとか行ったでしょ。
行きました行きました。
ほうほうさん山も行ったし。
来た時の前でしょ。ほうほうさん山。
そうですね。
俺は富士山の次はほうほうさん山だね。
その間にだから丹沢行ってたなと思う。
そうか。
あんまり記憶にないね。
だからそこちょっと1年ぐらい空いてるんだよ。
そうか。
俺はそう、登山は楽しいなと思って、
しかもコーヒーの延長線上で、
山頂でコーヒーを飲むっていうことに価値を。
だから俺あれなんだ。
だからその最初のほうほうさん山の時から俺は山ではコーヒー入れるもんだと思ってるのは君の擦り込みなんだ。
そうそうそう。
でアルプス行ったらそこの水尾みたいなところがあって。
ほうほうさん山懐かしいなぁ。
滑落してね私がね。
そうそうそうそう。
ほんと視界から消えたから。
点になってたからさっきまでそこにいたのに懐かしいなって。
あれもほんとになかなかの高さだったと思う。
多分修正されて結構な高さになってるけど。
でも人間より高かったよ。
そうだよね。
人間より高かった。
川にね、川のところに座ってなって。
よく絵はしなかったなって。
絵はしなかったし、よくあれ序盤なのに最後までやりましたよね。
あの後普通に滝とか見に行ってたから呑気なもんだよ俺たち。
滑落したのにね。
でもほうほうさん山は登れてそうなんだよ。
あれ?二千何百メートル登れんじゃんって俺は思って。
であそこ行ったんですよ。
えーと、貝駒。
それは高橋さんでしょ?
高橋さんじゃない。
高橋さんとも行ったけど。
それでも北崎が先じゃない?
北崎が先。
小林さんと馬子と一緒に。
そうそうそう。
俺北崎二つ目な気がするんだよね。
そうでしたね。
あの時渡辺のクライミング仲間とも交流があったから。
そこで道が分かれたのよ。
渡辺は富士山だと前からかもしれないけど、
沢とか笛とか。
あと何かを燃やしたりとかですよね。
何かを燃やしたりとか。
でクライミングやるようになって、
であいつは高橋の石垣登って足怪我したりとか、
ジムとか行くようになって、
ジムで馬子とかりさとかいろんな友達ができて、
その中の馬子とも一緒にたまにいたから、
たぶんどっかで飲んでたのよ。
たぶん恵比寿だと思うけど。
トレイルランニングへの道
神田の味の笛時代なかった?
味の笛時代なかった?
そうですよね。
味の笛も行った?
たまにですね。
神田遠すぎる。
そうなんだよな。
さすがに。
それで馬子も一緒に北崎行ったんだよ。
そうかそうか。
懐かしい。
北崎はバスなんだっけ、
無料送迎バスじゃなくて、
なんか奈良田だかどっかまで車で行って、
そっからバスで行かないといけなかったんだよね。
足安だかどっかまで。
そう足安か忘れたけど。
でそれの最終、登って降りる最終バスが4時ぐらいだったから、
タイムアタック戦だったんだよね。
そうそうそうそう。
しかもさ、あの時俺たちどしろとすぎてさ、
その周回ルートで行けるわけじゃん。
はいはいはい。
例えて言うと、左周りで行くはずだったのに、
右周りで行ってて、
山頂直下ぐらいで、山頂直下ぐらいで気づいて、
あれそういうバトルスとかなかったよなって思い出して。
そうだそうだ。
永久東道が見れるはずだったんだよね。
あれどんどこ沢とかってどこだったんだとか言って、
逆に花畑みたいのを回ってて、
時計回りしてて、
あまりにもダメっぷだったから。
本当ダメっぷでしたよ。
地図見ながら間違えてますから。
地図見てないんだと思うんだよね。
分岐を普通より逆に回って、
でも残ってこれだからいいかみたいな感じで。
そうそうそう。
で、あのどんどこ沢とかは走っておりたんだよね。
ギリギリ。
時間があと30分しかね、みたいな感じになって。
懐かしすぎる。
あそこででも走っておりて、
トレーラーにしようってならなかったのも面白いよね。
ならなかったですね。
全然ならなかったね。
ならなかったね。
全然ならなかったね。
まだトレーラーに出会うまでに数年あるからね。
けどその次のカイコマで、
トレーラーの人を初めて見るんですよ。
あれだよ、最初カイコマ行った時。
2回行ってるのか。
最初カイコマ行った時、高橋さんの3人いたでしょ。
俺がさ、笹子トンネルで、
後ろから譜面パトカーが来て、
ずっと逃げ出してて、
それで止まってくださいって言われて、
切符切られてる時に、
マッサージと高橋さんは、
車の中で完全に地蔵、
メッツだっけなんだっけ。
なんだっけ、
Z使ってさ、
反対なんだけどZを使って、
完全にケア殺して、
私は関係ありません、みたいな顔して、
で、俺が周りに大きい笛切られてて、
完全にケア殺したら、
俺それだけショックかも。
これは中筋の価格は、
割り勘かなっていうことを考えてて。
スピードね、難しいね。
そしらぬ顔をしてた。
大丈夫大丈夫。
俺には関係ないですけど。
そんで、
けど高橋さんの時、
多分3中行ってない?
行ってない行ってない。
途中でダメだった?
高橋さんは個人だから悪いけど、
若干ペースが合わなかった。
高橋さんのは若干結局じゃなかったのと、
天気が悪かったんだよね。
雨か何かで。
途中で引き返したのよ。
そんで、
そうした2人で、
今度はデミオで、
そうそう、
俺の車で。
そうそうそう。
あん時にね、確かに、
俺ら全部だから、
ストーブこう減る、
全部持って、
山頂でコーヒー持って、
コーヒー持って、
だから30リットルザックとかで、
行ってたわけなのに、
なんかすげえペラペラのやつがね、
8個目ぐらいの岩のとこで走って抜いてって、
そうそうそう。
で、すぐ降りてきたから、
それで言ってたんだよね、
俺らさあいつに勝てる点ねえな、
みたいに言って、
で、なんか、
いや待て待て、
俺たちは全部雨具もそうだし、
煮炊きもできるし、
全部持ってるよ、
でもあいつさ、
動くの早いし、
多分なんかちょっとしょってるしな、
なんなんだろうな、
みたいな話がしたんだよね。
あれが後の大原選手だった。
どうなったら面白いんだけどね。
でもそのくらいシュッとした人だったよね。
シュッとしたけど、
けどトレランザックじゃなかったもんね、
ちょっと斜め。
そうだっけ?
俺ベストパックだった気がしたけどな、
分かんない、ちょっと曖昧、曖昧。
そうそう、俺も曖昧だけど、
その時にボロクサ文句言ってたんですよね。
何が楽しいんだ?
確かにね。
山頂でコーヒーも飲まずに、
すぐ帰ってきて、
走って、
何が楽しいんだって。
そうそう、失礼な話やけど。
確かに言ってたかもしれない。
いやあ、人間たちは変わると
雪山、八ヶ岳、そしてプヨとの出会い
本当に言うことが適当ですね。
そうですね。
で、そこで雪山行くようになるんですよ。
そうだよ、そうだよ。
ぷよさん。
そこでぷよが出てくる。
でもぷよもコーヒーじゃん。
コーヒー、そう。
ぷよもいたのかな?
あそこに東福村に。
ぷよもその頃、長野にまだ引っ越しなかったんじゃないか。
東京が横浜にいたでしょ、横浜に。
山店の方にいました、横浜のね。
なんかいたのかもしれない。
そこは山が好きすぎて、
パッチー八ヶ岳のふもとに住んで、
結婚してって感じだから。
結婚式は俺行ったからな。
だからそうなんだよな。
行ったよ、行った。
スキー場?
ファッションも行ったっけ?
ガーデンで。
大瀬がいて。
和田さんもいたんだよね、あそこね。
ああ、いましたね。
それこそ下の車止めて、
スキーリフトみたいなやつで会場入りして。
あれは人生で一人で入るいい婚式だったな。
いい、そう。天気も良かったし。
自分娘連れてってすげえ懐かしい。
まだ娘がちっちゃかったの懐かしいな。
そうですよね。
ぷよは我々の山ライフルの中で最重要人物だからね。
そうですね。
トレランに関わるっていうと。
ぷよさんはトレランをやってないけど、
山が好きすぎて八ヶ岳に移住し、
もう裏山が八ヶ岳ぐらいのところに住んでて。
めちゃくちゃ強かったよね。
強かったっすね。
絶対歩いて絶対追いつけなかったもんな。
そうっすね。
ぷよに言われて今でも覚えてるのが、
強兵さんそのペースで8時間歩けるか考えてやってくださいって言われて。
回転数ですよ、今は心拍のことなんだけど、
きついところではペースは落として、
だからその回転数を一定にするんですよって言われて。
今8時間持つかどうかっていうのがすごい指標になってて。
まあ君たちはそれが24時間とか48時間とか100mとかになるんだと思うんだけど。
すっかけの。
すげえ覚えてるよ。
こうやって歩くんだと思って。
俺は八ヶ岳で3人で登るときに、
赤岳に行こうっていう最初、冬山?
そう。
行くときにアイゼンを用意して、
十二本馬のアイゼンを用意してくれて、
俺はそんなに年一ぐらいしか行かないから、
チャイナの安い十二本アイゼンを買ったんですよ。
そうだよ、超覚えてるよ。
それ行者小屋でしたっけ?
そこからアイゼンをつけようってときに、
ぷよさんに、それじゃダメだよ、それじゃ登れないって。
チャイナのやつは前歯とかが短いんですよね。
そういう感じだった。
で、氷に噛まないから、
ちゃんとしたやつを、今回はいけない、こんなんじゃ。
ちょっとムッとしてたもんね。
イオウ岳周りで結局、
イオウ岳あがったんだっけ?
イオウ岳に行きました。
じゃあ赤岳のあそこが危ないからって登んなかったんだ。
ジソーネンのほうが危ないから登んなかったんだ。
そこでもう装備を舐めてるわけじゃないけど、
確かにな。
舐めんなって。
俺でもあの時すでにギアオタクの目が出始めてたから、
割とそうなんだよね。ギアにこだわって。
あの時まさし、だってアーセナルだし、
ポーターだし、
山っぽい格好することに抵抗を感じたよね。
まだ続くかわかんないから、
そんなにそこに金をかけるのもなっていうのがあって。
俺もでも思い出した。最初山にお金かけるのもったいなくて、
GUのドライティーみたいなの着てたよ。
できたばっかりのGUの2000円とかの。
で、短パンはクライミングの時に使ってた、
グラミッチとかの。グラミッチは普段も履いてたけど、
今だから当時の写真見るとすっげえダサいもんね。
そうですよね。
山登らんとしてもダサいし、
なんで俺はやってんのもんね。
ギアにこだわってなかったのも。
そこではすごく反省して、
ちゃんとしなきゃいけないなと思って、
その後にそうだね、
バーコさんが新宿のどっかの、
スポーツ用インテリアに働いてたんだっけ?
それで12本場いいやつ買ったんですけど、
結局、高かったから。
そうだよね。
俺もそこに12本場かかってたけど、
全く使ってないもんな。
もう履ける靴がねえもんな、俺。
トレイルランニングの原体験
あれは良かったです。
それとは別に、
夏に常年蝶畑周回。
ああ、言ったよね。
俺は山蝶たこあげにハマってた時でしょ。
ああ、そうだ。
世の中にドローンがない頃、
山蝶でたこあげすることに命を懸けていて。
そうだ。
あげてたし、最高の写真でしたよね。
つい最近、常年の山蝶がたこあげしてるの。
今でもどっかの真っ暗な壁紙になってるよ。
よく見るとたこあげ写ってるね。
そうそう。
懐かしい。
あそこから見た槍畑が、
すごく未だに覚えてて。
そうだよね、見えて。
尾根を歩いてて。
俺、あの時だってまだ全然、
あれが北アルプスの一部だってことも分からないで。
分かる分かる分かる。
ぶっちゃけそんなに山に興味なくて、
今でもはっきり言って、
俺、北アルプスに対する憧れとか、
表銀座巡走したいとか、
全然ないのよ。
ないですね。
あの時俺ら日帰りで行ってたじゃん。
俺も子供ちっちゃかったし、
ちょっと遠慮して、
一泊するの非常にめんどくさかったのよ。
ちゃんと話せばいけたと思うんだけど、
一日処理するのがめんどくさくて、
日帰りだったら行きやすかったから。
あと俺の休みに合わせてくれそうなところが分からないね。
チューズデイズに繋がってくるんだけどね。
それで日帰りで行けるところしか行かなかったからさ、
そもそも北アルプスの遠いところっていうのは、
射程に入ってなかったんだよね。
特に黒部の方とかは全く、
富山の方が全く射程以外で、
だからさ、秩父、金浦水垣とかも行ったでしょ。
だから秩父か南アルプスばっかり行ってたんだよね。
そうですね。
常年と張はギリギリ日帰りで行ける北アルプスの、
まぁ後に俺はやはり日帰りだけど。
そうか。
っていうところがあって、
トレランにどう繋がっていくかっていうと、
ちょっと待ってさ、プヨのさ、プヨが強くて、
最近マッサージで山行くと同じような仕草するんだけど、
プヨがさ、息一つ乱さず、
俺らの前に出て写真撮ってたでしょ。
あれやろうとするとすごい大変だよね。
そう、ガンと出力上げて山道をぶっ飛ばして。
とんでもないやつだったよな。
いや本当にそうですよ。
俺今でもその会社の総社員を何とかするときは、
キロ7とか走ってるからピューって前に走ってて、
写真撮ったりするんだけど、
あれ実力差が相当ないとできないからね。
ほんとそうですね。
けどトレイルランナーではなかったんですよね、プヨさん。
あくまでハイカーですよね。
でもなんか、
俺がトレイルランナーになった後、
トレイルランナーに俺一回もなってないんだけど、
ランニングするようになった後、
あいつと、
俺は今超走ってるから倒してやるぜとか言ったら
全然倒せなかった話があるんだけど、
それがその時なんじゃないかなと思って。
そうだったんだ。
じゃあ全然俺よりジョッグもトレイルランナーも
キョウヘイさんは早かったっすね。
俺はジョッグはずっとやめたりやったりだったけど、
こんなに走るようになったのは2014年ぐらい。
2014年にインディード入って、
向こうで10キロレース出たらスーパー楽しくて。
そんで、
日本でもレース出てみようと思って。
でもその前から山走ってたわ。
山走ってたけど、
よく話してる、
止まったら歩いたら死ぬ。
登りも絶対走るんだぜみたいな。
テキサスで出たレースが面白くて、
日本でもレース出ようってなって、
近くの15キロの高尾山森林マラソンっていう
トレランレース出たら、
みんな坂ですぐ歩いてて、
もう目からウロクがボロロロってなって。
トレランってこれでいいんだみたいな。
そういうことだったんだねってなったんだけど、
もちろん10キロとかだったら
多分前橋でできるじゃん、レースだって。
でもこんなに長いのは知らなかったからさ。
話は戻って、
クライミングとトレイルランニングへの繋がり
プヨーが。
プヨー。
どこの山でその、
要するに今あれですよね、
マザシさんのトレラン、
全然興味がなかった。
ランニングにもトレランにも、
クライミングにも全く興味なくて、
クライミングもさっき出てきた渡辺ってやつが
クライミングすごいやるようになって、
俺も途中でそのサワノボリ、
渡辺と何年か一緒にやってて、
サンノボリ強くなりたい時に
クライミングすごいやってたんだよね。
家にクライミングゴール作ったりとかさ。
じゃあしてたね。
今はコムコムクラブのコムさんになっちゃった、
じゅんすけと、
クライミング繋がりで友達になって、
じゅんすけさんもクライミング側からなんだ。
あいつはダンクライマーだったんだからね。
ダンクライマーって何?
サブスリーランダーぐらいのクライマーたちが
ダンクライマーなんだけど。
かっこいいね、じゅんすけさん。
そんでクライミングの人だと思って
コムに紹介してもらって知り合って、
ジムと友達だったからホールドちょっとくれて、
そのホールドを俺のクライミングゴールにつけて、
そんで俺のクライミングゴール作る時に手伝ってもらったのよ。
で、その時はまだ彼はクライミング一緒してなかった。
そうなんだ。
そうそう。
そんで気づいたらLEDが入ってたの。
それがあるんだみたいな話なんだ。
それは結構LEDできてるからだから
だいぶ時代は下ってっからなんだけど。
なるほどね。
そんだけど私はね、
俺たちはやっぱりやろうよクライミングって言ったけど
カタクラに、あ、でもイーミングマン来たりしてたよね。
ちょいちょいは行ってましたね。
山の謎の火を燃やす機械とかには来てたけど、
クライミングはほとんどしなかったよね。
外はやってないですか?
ちょっと試しなんかやったような気がする。
やってたんですけど、手が荒れる。
商売道具が荒れるなって思ってやりました。
よく言うよ、ほんと。
あとやっぱり楽しかったんですけど、
あんまり上達のあれが体重かったからかなと思うんだよな。
まあいいや。
そんで?
そうそう。
で、俺もジョギングくらいは始めたのかな。
ある時に京平さんがジムニーの、もう買った後。
ジムニー買ったわ。
で、ジムニー八つ堅きに行くんですよ。
行った行った。
そうそう、その時ですよ。
あ、あの時か。
そう、あの時に。
それだよ、俺も多分それだよ。
その時俺も結構走ってたから、プヨギャフンと言わせられると思ってた。
多分同じシーンなんだよ。
今からマサイさんが話そうとしてるのは。
あれよくあのさ、最初さ、中央道さ、ガラス倒して俺たち行ってさ、
死にそうになってさ、結局ガラス上げてね、
フルオープンで、ノーガードで行って、
短写みたいになったさ、短写運動みたいな。
ケツも痛いし。
しかも横腐りだし、ドアが鳴って腐りだし。
バカすぎる。
バカすぎる。
あれでよくやってた時も行ったよ。
あれ最長不当距離で、もう二度とやらなきゃいけないんだよ。
よくここから頼んだよ。
あれで行こうつって、身の毛に留めて阿弥陀だけ。
阿弥陀行ったのか。
阿弥陀に行って、行者小屋の方に降りて、また身の毛…
あれ?身の毛?
身の戸。
身の戸、そうだよね。
身の毛は君の好きなよ。
そうそうそうそう。
同じ地名があるのかなって思っちゃった、今。
身の戸、身の戸。
行くって話だったんだけど、
最初の、もう車止めて、じゃあ行こうぜっていうところから、
もう二人は走り始めて、
今日はこんな感じかーって思って。
俺はもう、そんな斜面を全然走る能力は当時はなかったから、
行こうよって。
しかも京平さんとかはもうすでにその時にはパタゴニア5インチとかは履いてて、
俺もう5インチまだ恥ずかしかったから。
そういう時代か。
多分7か9、膝上ぐらいの、しかもコロンビアのもうハーフパンツみたいなの履いてて、
はれんちーと思いながら、5インチはれんちーみたいな。
5インチしかもう履かないでしょ。
そうなるんだけど、トレーラー。
ねえ、登山カーのトレーラーもそう。
トレイルランニングレースへの参加
その時にも、その時が一番衝撃というか、
網田岳まで登って、そっからこう、下る。
赤岳に行くの?どうしたの?
赤岳、そっから行者小屋の方に降りるんですね。
降りて行く。じゃあ、分かった分かった。
そうそうそう。
で、登りもそうだけど、下りが早すぎて、二人とも。
俺あの時、俺視点は、全然ぷよが居なくなんねえなと思ってて。
全然ちぎれねえなと思ってて。
もう絶対もう、昔の俺たちがあんだとかと思って、ギャフンと言わせてやると思ってたのに、
全然ぴったりつかれたか、前行かれたかどっちかで、もう全然ダメだって。
ギャフンと言わせる。
ギャフンと言わせてきれなかったんだよね。
で、ぷよも結構ハンハン言ってたから、あれなんだけど、
そもそもあれ悔しかったんだよね。
こいつはやっぱりとんでもない奴だっていうのは、俺視点。
そこって結構急斜面だったから、そこが速いのもすごかったんだけど、
行者小屋から水野と駐車場まで走ろうっていう時に、
ぷよさんがすっごく脱力しながら、すっごく速く走ってるのがかっこよくて、
なんかほんと忍者のようにトントントンってこう。
それだから後のマッサージ歩きじゃないの?
そう繋がる気がするんですけど、
健康庫の手も要するに腕を振って走るとかじゃなくて、
肩の力を抜いてクネクネクネ。
けどスタタタタンっていうのがすごくかっこよくて。
変わってんだお前。
なんかこう余裕度。あんなに速いのに余裕。必死じゃない感じ。
あと強兵さんとぷよさんがぶっ飛ばして行っちゃった後に、
一人置き去りにされるんだけど、
けどその時に林道を走ってる自分がすごく気持ちよくて、
そこがたぶんトレランの俺、原体験初期衝動。
山走るって気持ちいいんだって思ったのがたぶんそれが初めてぐらい。
ちょっと今俺感動しちゃった。
これを聞き出したくて今日わざわざ収録してるんだけど、
もう一回聞いて、俺たちがいたっていうのも嬉しいけど、
誰かの初期衝動を聞いたことが嬉しかった。
感動するね。あそこなんだ。
山を駆け抜ける、映像のように木々が横から過ぎ去っていく感じ。
あと上を見たら光が射す感じとかを。
なんかそれ話としてかっこいいな。
俺今ちょっと考えたんだけど、
この瞬間から山を走るのが好きになりましたっていう、
そのモーメント思いつかねえよ。
そのモーメントが。
今はだいぶ美化されてるけど、
どこだったんだろうな。
それが原体験。
俺でもたぶん初騒さんだな。
そうなんだね。
走ってる人に楽しくなっちゃったんだよな。
でも山はさ、今でもさ、一人で走ってるとすごくご機嫌になる時あるじゃん。
ありますあります。
そこに繋がってるわけだよね。
そうそうそうそう。
すごい楽しい時あるからね。
すっごい楽しい時あります。
俺やっぱりオネとかの緩やかなオネを、
自分の難しくない緩やかなオネをパーって走ってる時が一番幸せ。
ドーパミン出まくって、
これやりたくて登ってきたんだよってなるよ。
もちろんキツいところも来ないとは言わんけど、
なんか自由に、
全部の自分のやりたいように走れるところは楽しい。
でもなんか考えながら根っこ抜けたりするのも楽しいんだよな。
それはそれで楽しいですね。
いろいろ楽しいんだよな。
アドベンチャー要素を楽しんでる時も。
なんか難しいことしてるっていう気持ちにちょっとなってるんだよな。
それが面白いんだけどね。
なるほどそこでしたか。
そうなんですよ。
その後どうしたの?走り始めたの?
その後、たぶん走り始めてると思います。
ちょいちょいあそこのマッサージのところ、
エミラ行って一緒に走ったりしてたじゃん。
それはもうその後?
ロードをさ。
ああそうそう。
あれはどうだったの?
橋一緒に走ったりとかさ。
三浴橋みたいな。
ああはいはい。
競争したりとかさ。
あえん橋とか。
もうそこから俺、本買うんですよ。
そう?
何の本ですか?
トレイルランニング初心者ブックみたいなのを。
そんなブックが?
そう。
あとあと知るんですけど、
買った当初は知らなかったけど、
OSGAの滝沢滝川さんっていう社長が書いてた本なんですけど、
いろんな神奈川県とか秩父とか、
関東近郊のトレイルランニングができる場所、
おすすめコース紹介本だったんですよ。
それで丹沢のそういうルートを行き始めるんですよ。
いかに俺たち周りにトレイルランニングしてる友達が少なかったかっていうのが
立ちどころに分かるエピソードだね。
今だったら友達に聞いていいとこないとかいう話ができるんだけど、
当時は文献に、俺は高尾だったからさ、
誰も走ってないところを勝手に走ってたから。
面白いな、そうやって始めたのか。
それで大山の方行ったり、
鎌倉のトレイルっていうの知らなかったから、
本に載ってるって言って、そっちの方の山行ってみたり。
そんな活動されてたんですね。
そうそうそう。
なるほどなるほど。
そういうことか。
俺まだだってその時多分、
トレイルランニングの文化とはまだ出会ってなかったからね。
勝手に山走ってただけで、
ギアも全然知らなかったし、
レースのことも全然知らなかったし、
その時って俺もう、
ジムに入ってたか。
ジャンは結構近年だよね。
コーナーはちょっと前だよね。
17、18とかそういうレベルだよね。
ジャンも大会場で出てたな。
ジャンも俺ボーパーズが行ってた。
行ってました。
そうだそうだ、
ストリッパーズは多分登山期です。
全然ここ。
多分それぐらいかな。
俺走るようになって、
あそこのグルーラン行ったりして、
ちょっと前後忘れちゃったけど、
そんでその、なんちゃらあれに、
某とかなんちゃら置くと悪いんだけど。
多分ぷよさんの後に、
俺も走力が欲しい。
京平さんとかぷよさんに置き去りにされてたから、
その時は減体験だけど、
結局走力は足りてないから、
多分走力をつけたいみたいな気持ちにもなってたと思うんですよ。
で、ストリッパーズに行ったりしてて、
火曜日に、
TTやつだもんね。
そう、タイムトライアル北島亮子さんがやってる。
よく行ったよね。
あるって言うから、
火曜日なら行けるってことで、
そう、結構行き始めたって感じですね。
俺もさぞかし友達いなかったのか、
100マイルレースへの挑戦とペースメーカー
さぞかしマッサージを大事にしてたのか、
よく火曜日休んだもんなぁ。
休んでくれてましたね。
でも他にあんまり友達いなかったからなぁ。
なぜ我々はあの時、
今みたいにコミュニティ活動をあんまりしてなかったんだろうね。
相変わらずSNSは、
今以上にかなりやってたと思うから。
でも山登り友達そんなに増えなかった。
ぷよはいたけど、
ぷよ遠いんだもん。
ゆうず聞かねえんだもん。
なかなかやつがたけだし。
相変わらずね、
コーヒー、日本酒関連、
パーセナル、
ライブ、
いろんな友達は今もいるけど、
山は少なかったっすね。
ぷよそうだよね。
ゆうず全然。
ぷよ不思議。
変なとこから入ったからな。
あの、三角階ルートとかそういうのから、
会社のサークルとか知らんけど、
どういうのがあるかわかんないけど。
ノラで始めたからなかなか。
ゆうずパーズのタイムトライアルレインみたいなのを行って、
ぷよ懐かしい。
そこでいろいろまたトリッパーズに近い人たちに、
今だと笹本さんっておじさんもそうだし、
あーあーあー、知ってるよ。
そうそうそう。
畑さんもそうだし、
あーそっかそっか。
恭平さんが俺のことをトリランホストクラブって言ってる時期の、
あの、あれですよ。
わかってるわかってる。
女性陣。
よく美女とトリランしてるもんね。
そうそう、それが畑さんなんですけど。
うん、嫉妬してたから。
そうそうそう。
あとは前田玉樹さんもそうだし、
あーそっか玉樹さんもそうだね。
そうだね。
っていう人たちと火曜日会って、
懐かしいなー。
っていう感じですね。
その時もトリランっていうのがまだピンときてないから、
だから玉樹さんとかTJARとか出てたらしいんですけど、その時から。
あ、そうなの?
そう。だからすごい人らしいんですけど、
全然トリランの友人もないから、
えー。
全然わかってないみたいな。
そうだね。
だからみんながすごいって言ってるけど、
あーそうみたいな。
あの時TTだとなんか、
俺早い方だったもんな。
早い方でしたね。
あの意地悪なTTで、
なんか5キロ走ってから3キロ走るんですよね。
あーそうそうそうそう。
そうそうそうそう。
懐かしいなー。
あれに出て、
で、京平さんがトリッパーズのグルランに行くようになったから、
あのー、
グルランっていうカルチャーを京平さんが知って、
あーそうだそうだそうだ。
で、俺も厚木大学に繋がってくるって話ですね。
あーそうなのか。
でも厚木大学行った時にはすでになんちゃられんやつだな。
で、まぁちょっといろんなグルランに顔出してたことあるんだよな。
そう。
あのー、川崎でもそのー、
別の正知って友達がやってた。
はいはい、ミッケラーズ。
そうそう。
ミッケラーズはホテルのとこでね、やってたね、グルランがあって。
あーそうなんですね。
そのままよく顔出してたし、
なんか、
あ、でも後はそのボーパーズと、
あれは行ったことないな、なんだっけ。
乱暴とか?
乱暴は行ったことないな。
でも厚木大学行ったのはコロナの時じゃない?
コロナの前?
コロナのちょい前ですね。
そうか。
で、厚木大学っていう謎の大学が、
Twitterなんかで俺、多分誰かフォローしたからで、
よく見て、見て、出てきて、
面白そうだなと思って、
でもなんか厚木って行ったことねーし、アウェーだし、
あ、よく見たらマッサージの隣じゃんっつって、
じゃあ一緒に行こうよっつって、
そう、そう。
そうなったんだよね。
はい、そうですね。
そう、そう。
懐かしいな。
で、そっからですね、
そのトレランが、私のトレランが始まるのが。
そうなんだよね。
あの後だって、レースなんか出ないみたいなこと言ってたよね。
突然なんか休んでレースとか出だしたから。
そうそうそう。
やっぱ昨日言ってたことって当てなんねえなって思うよね。
今までの話全部そうですよね。
相当なんかトレラン回してたけど。
でもお前が日曜日とかレースとか出るんだったら、
どんどん俺のカフェウブにUQ行くからどうなっちまうんだよって、
俺結構その後思ってたからね。
思いますよね。
まあまあ買ったやつだと思ったけどね。
言うことがあるから。
書いてるもんね。
昨日に立ち帰るなんてできないみたいなこと。
俺もすごいそう思うもん。
言うことっていうのはその場で買うからさ。
面白いね。
そっからですね、
辻大学に行ってから。
そんでレース出て。
だってそれであれだもんね。
いろんな人が感化されちゃって。
感化されて、
100枚出るって言って。
で、俺がもうそんなんだったら、
最初から君の山人生を見てきた俺に
ペースターやらせてもらってて、
込めるペースターやって、
これに繋がるわけですよ。
そうそうそう。
マイノートチューズデイズ。
このね、この旗に繋がるわけですよ。
チューズデイズはその前だよね。
そうそう。
あ、それであれだよ。
俺も真似したかったんだよ。
そういういろんなチームの。
なるほどね。
で、せっかくだからなんか名前作ってロゴ作って。
でも待って、最初からシルクスクリーンやった?俺。
ロゴとステッカーうちらはすぐやるから。
ステッカーはアメリカのいろんな会社もすぐステッカー作るし、
ブルワリーとかクライミングジュースとかも全部ステッカー配ってたから、
絶対やりたかったのよ。
いや、シルクはやっぱり学部さんの影響。
シルクは完全に学部の影響なんだけど、
でもその頃が一番人いたし、俺よく知ってたじゃん。
だから多分厚木大学のあの仕組みを知ってからだな。
だってその時俺喜んでタンクトップが持ってって学部にすってもらったから。
それ意外に被ってるな。
だからああいうのをちょっとやりたかったんだね。羨ましかったんだね。
チームみたいなのをさ。
懐かしい。
で、ロゴもね、コム用に作ってもらって。
これすごい気に入ってた。
なるほどね。そういうことか。
最初なんとか世の中はコロナになっちゃっただけだ。
で、俺も厚木大学に管轄されて100マイルに出たいっていうところなんだけど、
それに出るためのロードマップって必要じゃないですか。
そこにレースを調べてくれたのが京平さんだったんですよ。
は?
高見って当時70キロ以上に出なきゃいけなくて。
なんだ。
で、その70キロに出るまでに出る。
ITJに出る。
俺のロードマップはITJに出て高見に出る。
けどITJに出るためには30キロ以上をクリアしないと確か70キロクリアできないっていうのが当時あったから、
っていう話をしたら京平さんがそのままバーッと調べてくれて、
滋賀高原っていうのがあるぞと。
しかもそれコロナの期に入ってたからもうレースが世の中ほとんどなくて。
で、唯一やってるのが滋賀高原っぽいぞと思って、
あっありがとうございます。
じゃあ俺も出るよって京平さんも出て出るって言うからこの日エントリーだよって言って
エントリーをいざしたら、京平さんは30キロだったんだけど俺が50キロにエントリーしちゃって、
京平さんがそこでブチ切れて。
なんかそこだけ覚えてる。でも俺出てないよねそのレース。
出てないよね。
京平さんと9と3人で行くって話じゃないですか。
で京平さんはなんか用があったか腰が痛いかなんか言ってたんですよね。
なんで別のカテゴリーにしてんの?ブチ切れたの?
一緒に走りたかったのに。
そこでブチ切れて、君はもう当分僕にLINEしないでくれって言うくらいブチ切れてて。
なんで30キロでいいのに50キロにしたんだよ。
なんとなく出るなら長い方がいいやろって思って。
そこなんとなくじゃん。
なんかあったね京平さん出るなら長い方の方がみたいななんかこうなんかのマインドがあったんですよ。
最低限クリアしたらそのロードマップはクリアできるじゃなくて
せっかく出るなら長い方だろうなって俺の時もうなんか考えちゃって。
俺多分もっとベタベタしたタイプだから
みんなで同じレースに出たいっていう気持ちがすごく強かったんだよね。
みんなで同じカテゴリーに出ようぜ。
だったら俺もわざわざ違うゲーム行くよみたいな。
そういうのがやりたかったんだよね。
でエントリー。
エントリーした?
あーしましたよありがとうございます。
そう50キロ頑張りましょうねって言ったら
え?は?みたいな話になって
その話何度聞いても面白いんだけど
めちゃめちゃLINEで怒られて
ごめん
ちょっと君は当分僕にLINEをしないでくれって言って
それごめんそんなこと俺が言ったの?
いつも俺が言われる方だよそれ
言ってて2日後ぐらいに長文で謝ったんですよ。
そうなんだごめんね。
こういうケースがあって休みせんしたみたいな
やるやつだなごめんごめん
でもそれも500キロ走ったでしょ?
いやーその辺の記憶完全に欠落したわ
まぁそれでそうそう結局Qと2人で行ったから
Qでもそれ30キロでしょ?
移動だけじゃねえか
Qなんて最近ストラバでいいねしてくれるだけの人になってるからね
いやー相変わらず走ってるでしょ?
いやいや走ってるかもしれないけど
すげー走ってるよタンテンタンテンって言うから
嫌だから見てないもん俺
それのおかげでKOMIに出れるようになったんですよ結局
その間次ITJに出たの?
ITJはもうエントリーが終わってて
50キロで出られたの?
結局結論としてはコロナの時になってから
70キロ以上っていうレギュレーションが撤廃されたの
いつでも出られるレースだと思ってるもんね
そうそう今もそうなんですけど
だから四学園出なくても実はKOMIに出れたんですけど
その時はその年のを調べてたらそうだったから
そうかそうか懐かしいな
ちょうど40歳だったの
40歳で100マイル走りたい
厚木大学に管科されたのもあるし
自分が40歳になる時に
いきなり100マイル走ったら面白いだろうと思って
面白い
格好いいだろうと思って
KOMIに出ることになってって感じですね
いやーあの時って俺HIDEKIのペースやった?前
前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前
あったり。 でも地球音中折はやる前?やる前ですね。 時系列が。
これは2021年とかのはずだから。 なるほどなるほど。
5周あれ? 5周です。で俺最後2周やったの?3周やったの? 2周です。
ペーサーってこんなに言うこと去年の人って一緒に走るんだーってあの時思ったもん。
ペーサーに求め、その時走ったこともないから眠くなるだろうなってことで、 ずっと賑やかしとして、うるさい人が賑やかしとして欲しかったんですよ。
いやでもペーサーだからさ、なんかちょっとこのぐらいロードの坂だったら、なんか走れんじゃねーの?みたいな感じで、行こうとか言っても全く言うこと聞かなかったからな。
あの後俺はもう一人全く言うこと聞かない人のペーシングもする場面になるんだが。
ペーサーってこういうことだけなのかーって思ったら、ランブラーさんのペーサーやった時は、前走って引っ張ってくださいとか言って、ちょっと早いですとか言われて、これぞペーサーってなったよ、全然違う体験だってなったよ。
いやすっごい、あの100マイルコウミは、ほんと人間わがままで、賑やかしとして呼んでんのに、もう疲れに疲れて途中…
スケーな奴でしょ、俺が下ネタとか一生懸命言ってたのに、リアクションが薄くなったもんね。
マジで申し訳ない、本当感謝してるんですけど、その瞬間だけうるせーな。疲れてんだよこっちは、みたいな。
じゃあ、ミートル11時半回転の中で行きますか。このマザスさん100マイル走ったとこまで聞けたからね。危なかった、俺もうトレーナー初期衝動で終わって、もう一回第二部召集するかと思ってたもん。
じゃあ皆さんここからは、皆さんも知ってるマザスさんの活躍に繋がっていくわけですよ。
今もペヤングと二人で最近ポッドキャスター始めたので。
そうだよ、ペヤングと二人で俺の機材を使ってポッドキャスターやってるんで。
お借りしてやってるので、それは現在だけど。
俺もやろうかな、どうして。あなたトレーナーの初期衝動なにキャスター。
やってくださいよ。
けど少しやっぱこうストーリーテレラー、俺とか誰か共有した体験の人がいないとやっぱ引き出せないですよね。
難しいよね、インタビューテクニックが必要だよね。
一応リストみたいなのを用意して、初期衝動の話をしても、うまく刺激できないと5分で終わっちゃう可能性あるよね。
あとやっぱ覚えてなくてこっちが引き出すことってある。
あーあったあったっていうことが、一人だと引き出せないから。
感性が合えばうまいこと人の話を引き出すのは得意なんだけど、相性も絶対あるから、何でもいろんな人を呼んでやってる人たちはすごいなって思うよね。
そうですよね、ゲストを呼んでっていうのは。
まあそんな感じで終わったですよ。これで再生回数が、真崎さんのおかげで伸びるかわかんない、ちょっと後でVSエニスさんとかVS首都さんで無慈悲な答えが出るかもしれないから。
OK、ありがとう。じゃあそんな感じで飯食って仕事頑張りましょう。
楽しい話聞かせてくれてありがとうございました。
ありがとうございました。
01:04:07

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