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WERKSTATT Podcast #17 谷郁 × 柳嶋耕太 対談 《いのりの深層》
2026-06-03 47:08

WERKSTATT Podcast #17 谷郁 × 柳嶋耕太 対談 《いのりの深層》

・《いのりの深層》プログラミングについて

・各曲紹介

・vocalconsort initiumを2人で主宰することについて

・vocalconsort initiumの今後

vocalconsort initium ; 11th concert《いのりの深層》

2026.6.12(金)開演/豊洲シビックセンターホール

指揮:谷郁、柳嶋耕太

民謡監修:佐藤拓

──三宅悠太、堅田優衣、細川俊夫、柴田南雄、マーラー/ゴットヴァルト。

祈祷文の言語的解体と再構築。あるいは民謡を伴いながら震災を追憶すること。そして世界各地の神話や信仰をひとつの音響空間に統合するという〈宇宙について〉の試み。時代や地域を超えた〈いのり〉の諸相を巡り、そこに何が共有されるのかを、あらためて問い直す。

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サマリー

このエピソードでは、合唱指揮者の柳嶋耕太さんと谷郁さんが、2026年6月12日に開催されるボーカルコンサートinitium(イニツイム)の第11回公演「いのりの深層」について対談しています。コンサートのテーマである「いのり」は、細川敏夫の「アベマリア」や片田優衣の「アベマリア」といった、異なるスタイルの「アベマリア」を軸に、三宅優太の「涙は」や柴田南雄の「宇宙について」へと連想が広がる中で生まれました。柳嶋さんは、合唱音楽の多くがキリスト教音楽であり、常に「祈り」を扱っていると指摘し、谷さんは自身の音楽活動そのものが「祈り」であると語ります。 プログラムは、三宅優太の「涙は」から始まり、東日本大震災に触発された片田優衣の「アベマリア」、そして現代音楽の代表的な作品である細川敏夫の「アベマリア」へと続きます。さらに、マーラーの交響曲第5番のアダージェットをゴットヴァルトが編曲した「イム・アーヴェント・ローズ」が演奏されます。これらの楽曲は、祈りのテキストや民謡、現代的な音響技法などを組み合わせ、多様な「いのり」の形を探求しています。 後半のメインプログラムは、柴田南雄の壮大な作品「宇宙について」です。この曲は、天地創造の神話、隠れキリシタンの祈り「オラショ」、そして世界各地の民族音楽が混然一体となる構成で、聴衆に深い体験を提供します。400人規模で初演されたこの作品を、43人のメンバーでいかに再構築するかが今回の大きな挑戦であり、ホールの特性を活かした演出も予定されています。コンサートは、イニツイムが10周年を超え、新たな広がりを目指す中で開催され、特に「宇宙について」は録音では体験できないライブならではの響きを重視しています。

「いのりの深層」テーマと選曲の経緯
こんにちは、合唱指揮者のKota Yanagishimaです。
WERKSTATT Podcastをとても久しぶりの更新となります。
今日は、2026年6月12日に控えているボーカルコンサート イニツイム
イルミヌスコンサート 「いのりの深層」に向けまして、
共に主催・指揮をしている谷郁さんと対談しましたので、
その模様をお送りしようと思います。どうぞお聴きください。
今回は、6月12日に行われる私たちボーカルコンサート イニツイム
イルミヌスコンサート 「いのりの深層」についてお話ししようということで、
私、谷郁さんと谷郁でお話ししていきたいと思います。
よろしくお願いします。
まず、ざっくりとこの大きな「いのりの深層」というテーマについて、
もちろん私たちが考えて企画をしているわけですけど、
そのことをちょっと思い出しながら話をしていきたいなと思います。
今回は、毎回イニツイムのコンサートというのは、
この「いのりの深層」だったり、「フリーであふれるで」だったり、
それぞれ演奏会に一つのサブタイトルが付けられているというのが
いつも特徴になっているんですけど、
今回は、「いのりの深層」ということで、
「いのり」をテーマに選曲をしました。
このテーマ、どうやって立ち上がってきたのかって思い出せますかね?
今回に関して言うと、
最初に書くとしてやりたい曲っていうのがあって、
それらの曲を組み合わせていく中で、
「いのり」っていうのが一つの軸となるキーワードとしてあるよねっていう話になって、
そこからこの「いのりの深層」っていうタイトルが付いたっていう流れだったかなと思います。
谷さんにとってその軸となる曲って何のことでしょう?
今回は細川敏夫さんの「アベマリア」を
私が兼ねてからやってみたいとずっと思っていて、
16歳なので、いつでも簡単に取り組める曲ではないっていうのがあって、
ここまでなかなかやるチャンスがなかったんだけれども、
今回ちょっといろんな条件的にできそうだということになって、
細川さんの「アベマリア」をやりたいと。
そうなった時に、あのもう一曲、
ユニチュームがずっと大切に歌ってきている片田唯さんの「アベマリア」
この曲、2曲合わせて、全然スタイルの違う曲なので、
2つのアベマリアをつなげられたら面白いなっていうのがあり、
そこからさらに連想が広がっていって、
片田さんの方の「アベマリア」には
涙と共にある人にっていうサブタイトルがついていて、
そこのキーワードからこの涙っていう言葉で、
第8回の時に三宅優太さんにユニチュームが移植して、
書いてもらった寺山修司のテキストによるコンセプション1、
その1曲目が涙はなんですよね。
この曲を最初に持ってきて、
その3作品を1ステージとしてやりたいな、
1つのセットとして届けたいなっていうのが私の中にあって、
そこから確か祈りっていうキーワードが生まれてきたんじゃなかったかなと思いますね。
そうですね。
たぶん祈りという提案の担当が谷さんで、
私はその祈りっていう言葉を聞いた時に、
なんていうか合唱を指揮者というか合唱をやっていると、
基本的に西洋の音楽というのは基本的にはキリスト教の音楽で、
祈りの音楽ということなので、祈りは祈りだなと思っていて、
というか冷静に考えるとずっと祈りの音楽をやっているなと思うわけで、
それを例えばあえて今回ひらがなで書いてみたりして、
いわゆるいつもやっている真ん中にある祈りの音楽から、
今まさに谷さんが連想ゲーム的に涙の話になって、
そして寺山囚人のテキストにたどり着いていて、
そこっていうのは実は境界線があるわけではなくて広がりを持っていると。
広がりを考えることができる。
同時に私がその言葉を聞いた時に、
柴田の宇宙について思ってきたわけです。
柴田の宇宙についてというのは、後でご紹介しますけれども、
非常に世界中の祈りの音楽が一つの中でマッシュアップされているということが主にあることで、
そうすると祈りの広がりと深みが出てくるのかなという感じで、
祈りの真相というタイトルに最終的にたどり着きました。
祈りの音楽でちょっと終わらないところが、
イニツイムらしいかなという感じがなんとなくしています。
どうですかね、祈りって今みたいな話であってますかね、谷さん的には。
そうね、私は自分の生活の中に祈りというものはあまりない人というか、
あまり何かに祈るという感覚は自分の中にはあまりないんだけど、
音楽をする時っていうのは、音楽の中にすごくいろんな感情を込めるみたいな、
普段はないような感情も生まれたり、
普段は口にしないような思いがそこに込められたりするから、
音楽をすること自体が自分にとっての祈りみたいなところがあって、
ちょっとここ数年は特にシェンベルクのフリーダー・フェアデンを何回も演奏したりとか、
今の世界情勢とかいろんなことがあったりして、
そういう音楽の中に全部の気持ちを込めるみたいな、
それ自体が多分あえて言うならば私の祈りみたいなところがあるから、
西洋の教会音楽の祈りのテキストっていうのはもちろんそうだけど、
そうじゃないテキストの中にも多分祈りを込めるっていう感覚もあるんだろうな、
そんな風に感じているかな。
わかります。
逆にそういう音楽的にも、教会音楽というジャンルにこだわらないで、
終演だったり、真相だったりわからないですけれども、
繋がっていくことで、どこかのそこが繋がっていって広がって戻ったりみたいなこと、
またそしてまた広がったりみたいな繰り返す中で、
自分にとってしっくりするものが見つかるのかなって思いますね。
ありがとうございます。
各楽曲紹介:三宅優太、片田優衣、細川敏夫、マーラー/ゴットヴァルト
そしたらちょっと今回のプログラム、とても長題ではあるんですが、
曲数としては5曲ということであまり多くはないんですけれども、
1個ずつちょっとどんな曲なのかということをお話ししていけたらなと思います。
まず一番最初にお送りするのが、今お話もありましたけれども、
三宅優太さん作曲の寺山修司のテキストによるコンセプション1、
より涙は第一曲ですね。
これどんな曲でしょう。
そうですね、テキストがとても素敵でとても短いテキストなんですけど、
涙は人間の作る一番小さな海です。
本当にこれだけで。
最初にこの歌詞を9人のソリストたちがバラバラに歌い始めるんですよね。
それが演奏会のネタバレみたいにもなってしまうけど、
ホールのいろんなところに散った9人の人たちが、
それぞれに自分の言葉で、自分のテンポで、
それを語り始めるみたいなところから始まっていって、
その一人一人の流している涙が集まって海になっていくっていう、
その海の方を舞台上の合唱が表現しているっていうところがあって、
その涙っていう一つのキーワードを最初に提示してくれる曲っていう意味合いもあるし、
最後に宇宙についてでまた音響がホール中に広がっていくので、
そこにつながる最初の導入みたいなそんな意味合いもあって、
この曲を一番最初にやりたいなと思った感じですね。
なんか非常にシンプルな曲ではあるかなと思っていて、
もちろん即興だったり、動きは伴うから、
和音の難しさとかもあるんだけれども、楽譜を見るとね。
でも実際に聴いてみるとすごく、何だろう、
自然に変えるじゃないけど、すごいシンプルな印象があってとてもいいし、
今おっしゃっていただいたように、
この演奏会の論文の最初の序文じゃないけど、
全体を意外と示しているような、
それがね、いわゆる教科音楽じゃないっていうのが面白いなって思いました。
ありがとうございます。
そこから片田さんのアベマリア、
涙と共にある人につながっていくってわけですね。
こちらの曲は片田さん自身がご自身で語っているんですけど、
2011年の東日本大震災の後の石巻を彼女自身が訪れて、
その衝撃からこの曲を作曲するっていうところに至ったっていう、
その流れがあることもあり、
どうしてもその震災の記憶みたいなところと結びつく曲でもあると思うんですけど、
何だろうなこの曲は、
アベマリアのテキストと、
それから宮城の民謡である埼玉節のテーマ、
あれはえ?っていうテーマがすごく面白く組み合わされていて、
音楽的にもすごく魅力的で、面白い曲だなと思っています。
一番最初すごい静かなところから始まって、
だんだん音楽に動きが出てきて、
また静かなところに帰っていくっていう、
すごくザクッとした構成があるんだけど、
その最初の部分を彼女自身は、
マリア様がイエスを見守った様子と、
それから海のイメージっていうのがあるっていう風に話していて、
その後音楽が荒々しく動いていくところは、
荒れ狂う海みたいなイメージが私にはあるし、
彼女自身は人々が自分の意思で動き出していく様子を描いてるっていうことも書いてたりして、
私たちにとっては異国の祈りの音楽、異国の祈りの言葉だけれども、
それがすごく感情にスッと入ってくるというか、
すごい身近なものと結びついている感じがする。
ところがすごい魅力的な音楽だなと思っている曲ですね。
片田よいさんという作曲家は同じようなコンセプトで、
これもまた別のドナノビスパーツウェムという曲があって、
それもまた平和の祈りなんですけど、
ドナノビスパーツウェムとあと宮崎県のカリボチキリ歌という日本がオーバーラップしていて、
それはしかも日本の民謡に戻ってくるんだけれども、
片田さんのリサーチ取材の内容としては、
アフガニスタンで水路を作った中村哲さんという人がいて、
その人のそこに開拓をしていく、
現地の人と結んでやっていくみたいなプロセスを、
そのテキストを通して音楽で描いていくみたいなのがあって、
ある種ストーリーテラーじゃないけど、
そういう特性がすごくあるのかなって思っています。
このアベマリアに関してもそういう話がすごくあっていいかなって思うし、
私はこれを実はイニツエムで7年前に演奏したことがあって、
イニツエムとしてはこの曲3回目の演奏になるんですけど、
アベマリアね。
今回谷さんがこの曲から指教を振るんですけれども、
練習を聞いていると、
当時とはまたすごく違うサウンドがすごくしていて、
シンプルにイニツエム上手くなったなってちょっと思ったりもするし、
今言っていたような海の中から何かが聞こえてくるみたいな、
あのイメージが本当にぴったりだなと思っていて、
それがその三宅さんのやっていること、
その音の作り方ともすごいリンクするところがあって、
これ2つはすごく関係があるっていうか、
片田さん自身がストーリーを編みながら同時に、
三宅さんのやつともリンクして、
また新しいストーリーがそこに生まれるって感じがしましたね。
はい、そしてその次もう1回アベマリアが来るわけですね。
細川敏夫さんのアベマリアということですけれども、
なんかこれは同じテキストだけど、
聞こえてき方は全く異なる曲だと思っていて、
例えばリゲティのルクセーテルナとかを知っている方は、
なんとなくイメージつくかなと思うんですけど、
ミクロポリフォニーと言われるような、
すごい細かい音の動きが各パートによって歌われて、
それが重なり合うことによって、
うねったり、きしんだり、広がったりしていく。
そういう曲かなと思うんですけど、
なのでこの歌詞がすごく、
例えばアベマリアとかグラーツやプレーナーとか、
その1単語1単語がすごく意味を持って届いてくるというよりは、
グラデーション的に色彩が移り変わっていくっていうところが、
この曲のすごい魅力かなと思っていて、
すごく難しい曲ではあるけど、
でもその移り変わりが本当にすごい素敵で、
曲を理解して分析すると面白いこともあるけど、
それだけじゃなくて、
そこに広がる音が本当に素敵っていうのを、
リハーサルしながらすごい感じている最中というところです。
すごくわかりますね。
何て言うのかな、
細川敏夫さんというと、
非常に世界的に有名な作曲家の方でもあって、
様々な素晴らしい作品が生まれているけれども、
例えば1つの合唱のシーンで言うと、
なかなかやられないですよね。
うちのメンバーにも16年前に歌いましたみたいな人もいたり、
どこかのグループがコンクールで歌ったりもしているので、
全くやられていないというわけではないけど、
いわゆる現代音楽のすごい曲っていうイメージがあって、
例えば音取りが大変とか、やる人だとそういう印象になるのかなと思うし、
実際楽譜が16段の楽譜で、
細やかな繊細な動きがたくさん書かれているのを見ると、
やっぱりそういう難しさみたいなところから捉えられることもできる。
何て言うのかな、作能が働くというか、こともできるけど、
同時にやっぱり、これも幸いなことに私は客席で聞くことができるんですが、
聞いていると、やっぱりそういうものを一切感じさせない。
ひとつの大きな揺らきがあって、それがその細かいさざ波があって、
それが繋がった大きな揺らきになるという感じなのかな。
なんかそのゆらゆらふわふわしてるし、
集まって離れて凝縮して発散してみたいなことが、
すごく心地よく捉えられる。
なんか綺麗だなってシンプルに思えるっていうか、
不協和音なのか和音なのかとか、
そういう概念からすごく開放されているような、
とても美しい音楽だなって思いますね。
なんかね、今回リハーサルしてみて、
すごいいい意味でのサプライズとして、難しいので当然ながら、
なんかすごいこういう風に段取りして、
こういう風にリハーサルしていけば、
みんな歌えるようになってくれるかなみたいな、
そういう準備をしていったんだけど、
なんかみんなその自分の持っている旋律を、
すごい素敵に歌ってくれるじゃん。
そうだね。
そういう瞬間すごいいっぱいあったな。
嬉しい驚きだった。
そうだったね。
なんかね、リズム読みみたいなね、
タター、タター、ツタター、タターとかじゃなくて、
最初からそういうの見えだしていくっていうことが、
いっぱいできるのは、
イリツヨメのメンバーならではかなって思いました。
そこも聴いてもらえたら。
楽しみですね。
前半の最後を飾りますのが、
グスタフ・マーラ作曲で、
クリティス・ゴッツワルドという人が
トランスクリプション、編曲をした
イム・アーヴェント・ローズという作品です。
これは私が担当する曲なんですけど、
元はマーラの、いわゆる第五公共曲の
アダジエットになっていて、
すごく素敵な弦楽とハープの作品ですけれども、
このゴッツワルドというのは、
ストリートガルトで活動していた、
数年前に亡くなったんですけれども、
合唱弾き者かつ作曲家の人で、
有名な話でいうと、
リゲティのルクセテルナを
移植所演した人物です。
この人が、そこは多分彼にとって一つの大きな、
リゲティと共に活動したということが
一つの大きなポイントになっているんですけど、
リゲティのルクセテルナというのは、
今ちょっと一瞬細川さんの説明で出てきましたけれども、
16世のマイクロポリフォニー的な作品なわけですけれども、
そのあり方、その声の置き方、配置の仕方で、
合唱の音楽を捉えるということに
彼はすごく魅せられまして、
このゴッツワルドという人は、
ここの東西のこの、東西でもないか。
東はあんまりやってない。
あらゆるクラシックの名曲だったり、
歌曲だったりする作品を
最大が16世なんですかね。
もうちょっと多いのもある。
8世とかもあるよね。
4世から、多世部で音を書いていって、
その合唱でそういう響きを作っていくということに
すごいこだわりを持って取り組んできた方で、
たくさんの作品があるんですけれども、
その中で一つの金字塔的作品がこの曲になっています。
今言ったように、クラシックの奇学作品に
音をつけていく、合唱の音をつけていくというプロセスで、
特殊なのはそこに後から言葉が入ってくる。
今回の場合は、アイ・フェンドルフの
イム・アーヴェント・ローズという、
ユーバー・エニーというタイトルの、
別のストラウスとかの楽曲でも有名な歌詞ですけれども、
それが後から入っているんだけれども、
後から入っているとなかなか信じられないぐらい
ぴったりハマっているというか、
それはすごく面白いなというのが一つあります。
基本的に歌って言葉を伝えるためにあるというか、
グレゴリオ聖歌詞かあらゆる祈りの音楽というのも、
言葉を伝えるためにあるんですけれども、
これはなんか、
言うなれば音楽に祈りがあって、
そこにまた新たな言葉が加えられたときに、
別の何かエネルギーを発するという、
ちょっと面白さがあるのかなという、
それだけ言うとちょっとこじつけ感がありますけれども、
それだけじゃなくて、実は後で宇宙についてもあるんですけど、
宇宙についてもテキストと音楽というところで、
不思議な構造をしているので、
そういうところとのリンクについて、
一つ考えるきっかけになるような作品であり、
かつ、いつか絶対やりたいなって思ってた曲です。
そうね。
はい。
なんか元が公共曲っていうのもあって、
とにかく綺麗だよね。
そうだね。
鳴ってる音がもうとにかくずっとすごく美しいっていうのが。
なんか、そう。
で、原曲を聴くとなんか、
もちろんそれととても同じ流れを持っていはするんだけど、
声になるとちょっと違う風にもなってくるし、
で、原曲は原のなんだけれども、
こっちは16世の合唱で、
声の断片がいろんなところから聞こえてくる形で、
全体が出来上がっていくっていうことなので、
そこの面白さもありますよね。
そうね、今回はこのゴッドバルトと大阪王さんの曲が16世で、
で、それを2チームが32人で、
1パート2人ずつで歌うっていうのはね、
大きな聞きところかなと思います。
ぜひお楽しみください。
メインプログラム:柴田南雄「宇宙について」
ここまでが前半で、
で、この後休憩を挟んで、
最後に、
まあ、メインプログラムって言っていいのかなと思いますけれども、
柴田美奈夫の宇宙についてという作品を演奏することになっています。
この曲はですね、
1979年に東京六大学混声合唱連盟という、
いわゆる混声六連というのが東京にあるんですけれども、
東京の六大学の混声合唱団が集まって、
田中慎章さんの指揮で、
初演をした作品です。
で、
なんていうのかな、
まあすごくその初演を踏まえて言うと、
一大スペクタクル作品と言って差し支えないのかなって思います。
もともとの話で言うと400人の、
6つの団体400人合わせて、
6つのグループに分かれたり、
2つずつで3つのグループに分かれたり、
いろんなことをしながら歌っていて、
1章から3章までは通常の合唱の編成で、
4章から3群の合唱になり、
で、そこから柴田の宇宙についてはとても特徴的なのは、
5章から、
5章は山田のオラッシャっていって、
いわゆる隠れキリシタンのオラッシャを、
みんなで3回配置でバラバラに唱え続ける。
で、さらに6章に進んでいくとオラッシャだけではなくて、
世界中のさまざまな祈りの音楽が、
同時多発的に会場の中でいろんなグループに分かれて歌われるということで、
ある種の祈りのカオス状態になって、
すごい高まっていって、
そして最後を迎えるというふうな作品になっています。
そうですね、ちょっと前半から少しずつ説明していくとすると、
最初の3つが非常にオーソドックスな合唱のスタイル、
4世から8世の合唱のスタイルで書かれているんですけど、
第1章がインドの天地創造の神話、
2章が東アジアの天地創造の神話、日本初期、
3章はメソポタミアの天地創造の神話、旧約聖書ということで、
それぞれの神話で、それぞれの創成というか、
世界がどうできるかみたいな話を、
それぞれの立場から言っていって、
その3つというのは結構相反するものだったりするわけですけれども、
しかもそれが1章に関しては、
いわゆるルネサンスかそれ以前の古学的なスタイル、
モテッド様式とかオルガヌムとかそういったもので書かれていて、
それがインドでしょ。
第2章はジュリオン技法で書かれていて、
これが日本初期なわけです。
第3章がコテンハロマンハ的な和製だったり、
大移法で書かれていて、これが旧約聖書なわけですね。
それぞれテキストと音楽が時代の順番とか地域の順番に並んでいるわけではなくて、
ここである種強制的にマッチングされていて、
その2つがそれぞれ浮き出して聞こえるという、
ある種の矛盾が際立つような形になっているのが1章から3章まで。
普通の合唱なのに何か変わっているねという感じですね。
面白いアンバランスさが。
そうだよね。ちょっといい意味でナンセンスな感じがする。
歌詞自体はしかも全部とてもわかりやすい日本語で書かれていて。
普通は語られたものが伝わるかどうかという観点で考えるんだけど、
今何語っているんだろうと思いながら、
すごい伝わってくるけど何語っているんだろうみたいな、
これはその不思議さがありますよね。
それが第4章に進みますと、
ここで合唱団が3つに分かれて、
ニコラウス・クザーヌスの神の探検についてというテキストについての歌を歌います。
内容としてはここがすごく哲学的な内容なので、
実際にコンサートに来ていただいて、
大訳とかを読みながら聞くか、あるいは大訳を聞く前に読んでいただくか、
聞いた後に読んでいただくか、何でもいいんですけれども、
ということになっているんですけれども、
最初の3章で言っているそれぞれの3者の書物の立場の違いみたいなものが、
それを超えることができるというか、
それぞれは実は同じことを言っているようなことなんだよという話があるわけですね。
なのでこの4章の話が一つの大きな軸になります。
そしてこの4章を合唱でまともに演奏して終わろうとすると、
途中から合唱団が合唱しなくなるというか、
急に普通の楽譜通りではなくノイズだったり、
自由な音を出し始めてピロピロピロってなって、
しまいには突然舞台から半分いなくなってしまうということになるわけですね。
真面目に合唱して残る人たちもいるんだけど、
そこで去っていく人がいて、それが会場に広がっていって、
ある種の指揮者が合唱を管理しているみたいなものが、
だんだんそこから溶け出してきて、
会場全体音楽が広がっていくというのが、
とても大きな特徴になっています。
その後にオラショに進んでいきます。
オラショというのも、
その隠れキリシタンの人たちが、
キリスト教の伝来の宣教者の人たちが来て、
それを受け取って、ただ迫害されていったので、
教会がなく、司祭もなく、
自分たちの苦伝の歌い継ぎだけで、
それをずっと続けていった。
これは孫を異なき祈りなんだけれども、
その祈ることが禁じられていた時代に、
聞こえるように大きな声で外で祈ると、
人が来てしまうわけですよね。
そうならないように一つ一つのところで、
隠れて祈っていたということがあると思うんですけれども、
それを演奏として聞かせるってどういうことなんだろうという、
ここも一つの大きな矛盾を絡みながら、
演奏をしていきます。
お客さんにとって言葉がよく聞こえたらいい演奏とか、
言葉が曖昧なので、
あまりよく分からない演奏でしたみたいなところと、
多分ここも話が変わってくるっていうか、
全体で今その状態ってどういうことなんだろう、
何を受け止めるんだろう、
もしかしたら迷い始めるお客様が出るかもしれません。
演奏者もね、
どうしてもコンサートホールに、
コンサートするぞって気持ちで行って歌うので、
なかなかそこから100%解放されるのは難しいかもしれないけど、
この第5章、オラ章に関しては、
なるべく自分のために、
その言葉を紡ぐみたいな、
聞かせるための歌ではないっていうところにたどり着けたら、
いいなと思いながらやってるところですね。
それがありまして、
そのオラ章の話が一つの形である、
ネタバレしないように言うと一つの形に昇華するんですけど、
そうすると今度それがまた展開をしていって、
第6章の諸民族の祈りの歌っていうところに進んでいきます。
そうすると今度はみんなでオラ章、
でもここはオラ章っていってもたくさんの祈りの種類があって、
オラ章の中で多様な内容っていうのをみんながワーッと知っていたわけで、
今度はさらにオラ章という一つの祈りのあり方から解放されて、
全部言っていくと、
まずオラ章チームも残ります。
ヤマダのグルリオザっていうのが残って、
インドネシアのガムラン、
カナダのモホークインディアン、
インド北部のビル族、
セネガルのセレール族、
エチオピアのコップト教会、
そして東トルコのシリア教会、
ということでその7つの種類の世界の祈りの音楽、
旋律が同時に展開されます。
そういう7つのグループに分かれるわけですけれども、
我々は全部で43人のメンバーなので、
それぞれのグループに6とか7とか、
5から7ぐらいなのかな、に分かれて、
会場中に散らばって歌います。
楽譜にはですね、
楽譜って普通どこで誰が入って、
どういう順番で歌うかっていう時間の軸っていうのが存在しますよね。
宇宙についてに関しては、
今のそれぞれの民族の曲が
順番に並んでABCDEFGHって書いてあるんですけど、
って書いてあるだけで、
いつ誰が演奏するって書いてないんです。
なので、
そのみんなが、
なんだろう、
そのグループ単位で、
今歌おうってなったら入ってくる。
今待とうって思ったら入ってこない。
っていうような感じになるわけですよね。
そうすると、
毎回ある種の即興が生まれて、
その時にしか生まれない音が出てくるというようなことになってます。
やってみてどうですか、谷さん。
これは、
歌ってる時は基本的に自分たちの歌ってるチームのことに集中してるけど、
ふと歌うのをやめてみると、
だんだんいろんな音が聞こえてくるみたいな。
まさにここって本当にカオスのシーンなんだけど、
最初は本当にカオスにしか聞こえなくて、
ちょっと耳を澄ませてると、
いろんな個性が少しずつ見えてくるみたいなのがすごい面白いところだなと思ってて、
なのでこれは本当にお客さんがどこに座ってるかで、
多分全然聞こえてくるものが違って、
どこが良いとかどこが悪いはないから、
自分のとこから聞こえる世界を楽しんでもらいたいなって思うし、
なんかでもちょっとヒント的なことを言うと、
多分客席のど真ん中に近いところにいると比較的いろんなものが均等に聞こえ、
端に近いところに座ると多分何かがすごくよく聞こえて、
みたいななんかその音響効果の面白さはありますね。
まあ別にその端に座って耳が痛くなるわけでは全然ないので、
どこでも楽しめると思うんですけど。
あとは大体これのいわゆる庶民族の歌っていうのが10分以上は続くんですね。
それの時間の中でいろんな聞き方ができるかもしれないなと思っていたり、
例えばすごく全部を聞こうとしてみるとか、響きとして。
あるいは一つ一つにフォーカスで聞こうとしてみるとか、
あるいは何も聞こうとしないでみるとかわかんないけど、
そんなことも試せるかなって思ったりしています。
申し上げたように舞台上だし客席上だしそれぞれに広がっているので、
すごい音を立てない限りは後ろを向いてみたりしてね、
全然聞いてもらってもいいよね。
本当は、これメンバーとも言ったんですけど、
本当はお客さんが動いて聞きに来てくれたら面白いなって思ったんですけど、
それはなかなか…
さすがにカオスがカオスすぎる。
歌の消防法とかはちょっとわからないので、今回は諦めましたけど、
そんなことができるので、
3回公演ぐらいあったらいろんな聞き方ができるかもしれないかもしれないけど、
1回しかないんですが、
その1回っていうのもまたとない1回に絶対なるわけだから、
とてもいいものだと思うので、ぜひそんな風に楽しんで。
一応この楽譜としてはこの後に第7章で華厳経というね、
仏教の祈りのまた言葉が入っていくんですけど、
ここも実は初演の時の構成があったりして、
華厳経を歌ったら曲が終わるというわけでもなくて、
この後はつまり何かというと、
6章から7章、6章の庶民族の歌と、
7章の華厳経っていうのは順番に言って終わるわけでは必ずしもない。
過去の演奏をいっぱい調べると華厳経でスパンと終わる演奏もあるんだけれども、
そうじゃない演奏もあるということで、
毎回その構成が必要になってくるんですね。
今回どんな構成になっていくのかっていうのは、
会場に来てもらうと分かるかなと思って。
これはセミネタバレですが、
三宅さんの涙はっていう言葉、
曲から始まったこの作品が夢中についてになって、
どう終わるかっていうのが、
一つの大きな流れを示しているということができるのかなって思います。
ちなみにこの曲は多分4楽章が始まるまでは、
次何楽章だなって思いながら、
何なら歌詞カードを見たりしながら聴けるけど、
その後はずっと一連の流れなので、
何か流れを追いかけることは多分諦めて、
その場の空間に身を委ねて、
もらうのが良いのかなという気はしますね。
それもいろいろですけどね、
自分の自由な聴き方があると思います。
今回これを作るにあたって、
いろいろ考えたんですけど、
一番大変だなと思ったのは、
やっぱり400人元の曲がいて、
実際に過去の演奏の映像なんかも実は入手することができて、
それを拝見したりするんですけど、
なんていうのかな、
すごい力がずっと出続けているので、
そうは私たちではできないので、
それを43人というメンバーのバージョンの作品として、
どうアップデートするかというのはすごく苦心して考えました。
ホールの構造だったり、並び方だったり、動き方だったりは、
それなりに研究して今回ここに臨むことができるので、
トルスシビックセンターというのは、
外に開かれているとても綺麗なホールで、
このホールでしかできない宇宙についてはどういうことだろうというのを
かなり考えながら本番を迎えようとしています。
そういった面でも、
おそらく今回お聞きになる皆さんの中に、
宇宙について大学生の時歌いましたみたいな人って、
結構少なくなくいるんじゃないかなと思っていて、
そういう反応も結構いただいて、
実は私、何十年前の演奏に参加していましたみたいな、
初演をホールで聴いてましたとか、
その話をいろいろいただくので、
それと比べて聴いて、
同じものを期待されると困っちゃうんだけど、
我々の宇宙についてというのがどういうものなのか、
というのをぜひ確かめてほしいし、
その上でこういった曲が、
みんなすごく熱狂を持って、
当時この曲に向き合っていた人たちが、
今でも今の形でこの曲が、
まだ実現することができるというのを、
知ってほしいなとぜひ思っています。
見えたところですかね。
これ以上言うと、
これが今回の演奏会全体についてのお話でした。
vocalconsort initiumの成り立ちと今後
ぜひ聞いていただけたら嬉しいです。
ちょっとこのままですね、
もうちょっと話したいなと思うんですけど、
そもそもボーカルコンソートイニーチームというグループについて、
実は谷さんとまともに公開で喋ったことがないので、
今初めて喋っているような気がします。
前回の第10回演奏会ぐらいの時期をもって、
私たちは創立10年を迎えました。
2015年に始まったグループで、
今11年目で11回目の演奏会に向かおうとしています。
いろんな合唱があると思うんですけど、
結構特徴的なのはずっと私と谷さんと2人で指揮をし、
主催をしているということで、
共同ディレクションというのをずっとやっていて、
それって意外と普通なことじゃないんだなって思うんですけど、
実際どういうふうに私たち一緒に仕事をしているんでしょう?
とにかく演奏会の企画を立てて、
それをやっていくっていうのが活動の軸というか、
それが活動の9割ぐらいだと思うので、
こういう曲をやりたいよねっていうアイディア自体は、
たぶん2人ともそれぞれにいろいろたくさん持っていて、
その中でイニチウムで、
次これやりたいよねみたいな何かしらネタがあり、
そこから2人で大体いつも相談しながら、
じゃあこんなテーマでこんな感じの曲を集めようとか、
あるいは例えば会場がね、
カテドラルでの公演とかやったこともありますけど、
そういう特徴的な会場でできることになったら、
カテドラルでやるならこれやりたいみたいな、
なんかいろんな条件から2人で選曲を進めていき、
で大体これも話し合いで、
どっちがどれ振るみたいな、
そうだね。
なんかね、ドラフト制で取っていくこともあれば、
なんかこれをやってほしいけど、
私は振りたくないんでやってもらえませんか?
そうだそのパターンもあるよね。
やっぱり曲によってリハーサルにかかる労力っていうのは、
やっぱり全然違うから、
まあなんかその辺がある程度割り振られるように。
大体相談してそんなに喧嘩せず。
なんかあんまり喧嘩違くないよね。
10年もやってるけど、
この選曲とか稽古の時間の分担で、
なんかそんなのじゃダメよみたいな。
なんかないよね。
争いになったことはないよね。
ないかもしれない。
結構ね、割と筋が通ってる選曲をしてきてるんじゃないかな、
っていう自負がなんとなくあるんですけど。
プログラム構成は柳島さんが本当に曲数めちゃくちゃ知ってるし、
それらをつなげるのがすごい上手いから、
割とリードしてくれて。
でも必ずしもそうじゃなくて、
今回の見分け方だとかは。
まあそうね、それは参考につなげてやりたい。
そういうのもやっぱりあるだろうし。
なんかそれが納得の生き物だしね。
なんかね。
でもぶつかるってことはあんまない。
あんのかな。
だいたいね、みんなに私たちでプログラム決めると、
全曲の楽譜のリストをみんなに送って、
譜読みをしてきてもらって、
初回練習で合わせるけど、
その時点までみんな私たちどっちがどっちがフルか知らないみたいな。
あ、これは今回谷さんなんですね、みたいな。
別にそれは知らせりゃよかったかもね。
なんかそのくらいなんか、
二人で一歩の流れを作ってるっていう。
振動体感は確かにありますよね。
それはすごく思って、
なんかどっちか一人でやったら、
この演奏会にならないんだろうなっていう感じがする。
それはめっちゃ面白いなって思ってます。
アイディアがね、どうしても一つの方向に偏ってきちゃうし。
限界が倍に広がるみたいな、なんかその面白さは。
推測だけど、メンバーの人たちも、
たぶんその二人の違いを楽しんでくれてるんじゃないかなって気はしています。
そうですね、はい。
で、もう一つぐらい話しておきたいとすると、
このINITIUMっていうグループは、
10周年を迎えたわけですね、昨年。
で、昨年10周年かつ第10回記念演奏っていうのを、
一応、ただ数字があるだけですけれど置かれて。
そうすると、新規1.11年目何するみたいな感じでこのプログラムが出てきて、
そういう感じなんですけど、
これからすることみたいなことが視野に入ってるのかなとも思うわけですよね。
どうですか?
10年超えたけど、よくここまでやってきたなというのは、
もちろん感慨としてはあるし、
ずっと一緒に歌ってくれてる仲間が言ってることを本当にありがたいとか、
そういうのはめちゃくちゃあるけど、
新規1.とはいえ、ずっとやっぱり今までの流れの中から生まれてきた11回目のコンサートでもあるし、
何かここから何かを180度変えて新しいことを始めますみたいな気持ちは全然ないけど、
何かさらに広がりが広がっていったらいいなっていうのはあるかな。
まだちょっと言えないこともいっぱいあるんですけど、
このことは結構数回前かな、第8回ぐらいから私たち考えてきたものとしては、
世界に開かれようと言うと大それてるかもしれないけど、
でもそれ8回目からというよりはもう最初からずっとずっと私たちはそれを思い続けていたから。
ある意味ヨーロッパで自分たちがもらえないような本当に素晴らしいアンサムルをやらせてもらっているから、
それは向こうの人にも聴いてほしいよねっていう思いはあったので、
また向こうっていうのは国境を越えたどこかで私たちが演奏を聴いてもらいたいっていうのはすごくあって、
その時に私たちが、ただそれはより研ぎ澄まさないといけない。
いろんな日本のグループっていうのもあるし、
その西洋音楽のある種の香りっていうのもあるし、
それをどうやってイニチュームというものとして伝えるかっていうのは、
今まで以上に考えていかないといけないなっていうのもあって。
それこそ最初の頃は本当にやりたい曲をやってきたっていうところがスタートで。
それこそ最初の数回のコンサートっていうのにもテーマはいっぱいついてますけど、
我々の実はずっとやりたい、ただやりたいと思っているだけの曲のリストっていうのは、
すごい何百曲ぐらい保存してあって、
それを毎回取り出してはここにどうやったらいろんなものが組み合わさるだろうって考えて作ってきたりもしてるわけですけど。
その基本スタイルって実は今も踏襲されている局面もあるんだけれども、
それが何を表しているかみたいなことに対して、より意識的になっていきたいなと。
今日この頃です。
イニチュエムだからやれる曲とか、それがただ技術的なことだけではなくて。
イニチュエムだからできる組み合わせとか。
組み合わせとかね。
それが大きいような気がしますね。
あるいは海外で私たちの演奏を聴いてもらいたいって思った時に、
日本で活動している合唱団として、やっぱりその西洋の曲だけじゃなくて、
日本で新しく生まれつつある現代の音楽だったりとか、
そういうものもちゃんとジュラルパートリーとして持ちたいみたいな思いもあったりして、
今回は法人の作品がメインっていうようなところも、
先を少し見据えていろいろ組んでいるところもありますね。
ちょっとはい、いろいろ水面下で頑張ってますので、
そのうちもしかしたら何かお知らせできるかもしれないなって。
コンサート情報と結び
といったわけでいろいろお話ししましたけれども、
私といったNHCMについては、また別のメンバーと交えながら喋れたら面白いかなって、
今意外と喋ってみたら面白いなと思ったので、またやりたいなと思います。
ということで、ボーカルコンサートNHCM11thコンサート
祈りの真相、2026年6月今月12日金曜日19時15分開演。
豊洲シビックセンターホールです。
宇宙についてお通知に特に録音ではわかんない。
そこで体験するしかない曲なので、
ということは後の配信とかも多分ないので、
今回はぜひこの機会に来ていただいて、
一緒にNHCMの今を感じていただけると幸いです。
チケットはテレトというサイトから買えますので、
リンクをこのポッドキャストのどこかに貼っておきますから、
そこからぜひご購入くださると幸いです。
ということで今日は谷川俲さんと一緒に喋りました。
どうもありがとうございました。
ありがとうございました。ご来場お待ちしています。
47:08

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