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2026/10/12 湧き水のほとり #137 佐藤垢石 「秋の鮎」
2026-10-17 14:30

2026/10/12 湧き水のほとり #137 佐藤垢石 「秋の鮎」

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サマリー

開運小天が、佐藤垢石の「秋の鮎」を朗読する。各地の鮎の成長が例年より遅れた年の様子を、越後の宇野川や福島県の鮫川、関東の川々について語る。工事で川底が荒れた九字川や、鉱山の毒水で被害を受けた神奈川の鮎にも触れる。特に、長く清流が続いて大きく育った藤川の鮎を詳しく紹介し、産地ですぐ食べる鮎の香りと味を称える。

秋の鮎と各地の成長の遅れ
湧き水のほとり
FM八ヶ岳をお聞きの皆さん、各種インターネットからお聞きの皆さん、
ご機嫌いかがですか。開運小天です。
ここからの15分間は、聞く読書の番組、湧き水のほとりの時間です。
児童文学や、昔懐かしい物語、さまざまな文豪の短編などを、少しずつ読ませていただきます。
おいしいお水を召し上がりながら、ひと息ついてくださいね。
本日は、佐藤光関の作品、「秋の鮎」を読んでいきます。
佐藤光関は、数多くの釣水室を残しました。
昭和初期には失職し、7人の家族を抱えて厳しい生活を経験しています。
その後、終戦翌年の昭和21年には、釣雑誌「釣人」を創刊しました。
今回の作品には、山梨県の藤川も出てきます。
ぜひ聞いてみてください。
どうぞ。
佐藤光関作、秋の鮎。
秋が来ると、食べ物がおいしい。
私のように、冬でも夏でも、年中、川や海へ釣りの旅をして、新しい魚をたしなんでいるものでも、
秋が来ると、特に魚醤にうまみが出てくるのを感じるのである。
ことに、今年の立州からの鮎は、おいしかったように思う。
一体、今年ぐらい、鮎の育ちの遅れていた年はなかった。
例年ならば、土曜明けには日立の絶頂に達し、竹も伸び、肉も丸みもついて、
8月中旬過ぎには、腹に肩甲を持つのであるが、
今年は土曜が明けても、ちあゆの姿をしていた。
たがって、腹に肩甲を持っている鮎も稀であった。
陽気も、一体に遅れているように感じる。
いつもの年には、秋が経つと日中は暑いけれど、朝夕には爽やかな北の風が忍び吹いて、
肌に清涼を覚えるのであるが、空の雲にも、木の動きにも、初秋らしいものを感じなかった。
ただ、暑い暑いと言って、あえいでいたのである。
旧盆が8月下旬に来たくらいであるから、陽気が遅れているのが当たり前であったであろう。
鮎も陽気とともに、育ちが遅れていた。
私は秋が経つと、上越国境を越えて新潟県の宇野川へ、鮎を求めて友釣りの旅に出た。
それは8月の十日ごろであった。
ツツガムシがいるので有名な浦佐町の地先で釣ったのだけれど、最初のうちは鮎の姿の小さいのに驚いたのである。
そして、十日ばかり釣り続けているうち、鮎は次第に育ってきたが、腹の生殖腺がさっぱり発達してこなかった。
つまり、腹の中にツブコもシラコも見え始めないのである。
昨年は8月中旬に釣った宇野川の鮎には、どれにも片子が育っていたのに、
今年の鮎はまだ子供のように見えたのである。
それから8月下旬になってから、鮎はようやく一二枚の姿に育った。
一日三十文目前後の重さに太ったのだ。
こんなわけで、この川の鮎は育ちが一か月以上も遅れていた。
そして8月下旬になってから、ようやく本当の鮎らしい味が出てきたのである。
昨年は9月の七八日頃が友釣りの左往左目であった。
表日本に比べると、越後の国へは涼しい秋の訪れが早い。
だから鮎も他の川よりも早く置いて落ち鮎となるから、
9月十日すぎれば味が劣り、釣っても未品を消滅することができないのだが、
今年は8月下旬から本当の釣り木に入り、味も見事となった。
だからこれからもまだまだおいしく食べられる。
まことに不思議な年であると思う。
8月下旬に福島県のサメ川へも行ってみた。
ここの鮎ももうよく育っていたが、はなはだ若い肌色を保っていた。
したがって世間でおとしめすほど味の劣った鮎ではなかったのである。
あの頃あの姿であったのであるから、9月に入ったこの頃でも盛んに釣れていることと想像する。
川の環境と鮎の味
茨城県の九字川は近年、水田工事や鉄道工事、道路工事等で川底の石を荒らしたために鮎の質が低くなって、
栃木県の中川の鮎と相選ばぬぐらいに味が劣ってきたのは残念である。
商船の水軍船が水戸から郡山へ通じない頃の、大宮町を中心とした九字川で取れた立派な鮎のことを思うと、
本当に覚醒の感がある。
もう一度あの鮎が食べてみたい。
だが相変わらず栃木県の絹川の鮎の好奇は高い。
9月上旬、栃木県羽賀郡上の川町地先の絹川で釣ってみた。
一尾三十文目以上にまるまると太っている。
今、東京から伊東に絹川の鮎だけの好奇を持っている鮎を産する川は稀である。
私は今年は初めて絹川の鮎を食べて好奇らしいものを感じたのであった。
だが腹に砂があるのが欠点だ。
絹川の五巻地先の鮎が滅びてからは、
肉、甲をともに奇品の高い鮎は関東地方には得られなくなってしまったのである。
箱根から西では伊豆の神奈川の鮎がよろしい。
味も良く甲も高いのである。
そして毎年十月まで艶の良い鮎が連れて秋の味を堪能したものであったが、
今年は七月中旬に上流の鉱山から毒水を流したために鮎はだいぶ倒された。
だから今年の夏は大量がなかったのである。
でも鮎はどこから集まってきたものか、
八月中旬から九月に入ってから長岡温泉や千五甲渕地先でだいぶ連れ始めた。
この分でいくと例年のように十月中旬まで、
神奈川の美味しい鮎が食べられるかもしれない。
藤川の大鮎と旬の味
ここで秋の趣味として特筆したいのは藤川の鮎である。
この頃では山梨県の香塚沢地先の上流から、
下流は静岡県の岩渕地先まで十数里の間どこでも釣れる。
一体藤川は水源地方の山が深く雨が多いために常に濁りがちで、
一年中釣りに好条件を持つ日は幾日もないのである。
一年を通じて二十日も鮎が出せれば上等の分であったのであるが、
今年は山に雨が少なかったためか、
十数年ぶりに長い間清い水が流れた。
したがって鮎が大きく育った。
六月の初めから九月のこの頃まで毎日釣れたのである。
昨今では小さい鮎でも二十文目ぐらい、
大きいものは七十文目のものがカギにかかってくる。
漁師の話を聞くと今年は百文目以上に育った鮎がいる。
しかしこの大きな鮎は力が強いので、
カギにかかっても糸を切って逃げてしまう。
だから大きな鮎はからかわないことにしているのだというが、
この大きな鮎を刺身にして食べればずいぶんおいしいのである。
藤川の鮎も育ちが遅れていたために、
もう九月下旬だというにまことに若い。
腹に片子ができたばかりで、
まだ落ち鮎の面向きとなっていない。
つまり今が壮年期だ。
越後の魚川の鮎と同じように一か月は遅れている。
だから十月中旬までは静岡県内でも山梨県内でも
大きな立派な鮎が釣れると思う。
でも鮎は六七十文目に育てば立派なものだ。
鮎は釣った夜に食べる
自分で釣った鮎をそのまま家へ持ち帰って炙って食べれば、
これをシミと言う。
ところで私は八月下旬、
美濃の国上野穂川の蒸留、
グジョウ群地先で捕れたのであるという五六十文目の大鮎を
築地の猿寮邸で食べてみた。
けれど姿が立派であっただけで、
味も香も消え失せていた。
これは産地から長い旅を二三日氷詰めとなってきたために、
氷に香と脂肪を吸い取られてしまったためである。
だから自分で釣った鮎をすぐその夜食べるに越したことはない。
今月下旬になれば腹のつぶこも育ってくるであろう。
人によっては鮎は肉よりもつぶこに旨味があるという向きがある。
それは人の好き好きであるから頭皮は別として、
腹いっぱいに卵をかかえた大鮎もまた立派だ。
その大鮎はお茶湯の頃とならなければ得られないのである。
藤川でお茶湯が釣れるのは今年は十月に入ってからであろう。
水戸線の東島駅、稲子駅、芝川駅などがいいと思うが、
さらに下流の富士駅ちさきも絶好の場所だ。
鮎の姿と香を好む人はこの藤川のお茶湯を忘れてはならないのである。
今年は東京の釣人で藤川は大いににぎわった。
けれど少し遠いために縁州の天竜川の藍はあまり人に知られていない。
天竜は富士よりも水量の多い川だ。
それだけに藍はより多く大きく育つ。
何年かぶりかで今年の天竜川はよく住んでいた。
この頃釣れる藍は百問目を超えるものが少なくないと土地の釣友から頼りがあった。
卵を抱えた大あゆの味噌伝学。
想像しただけで唾液が舌に絡まる。
佐藤光関作、秋のあゆでした。
お聞きいただきありがとうございました。
お送りしましたのは海雲商店でした。
この後もFM八ヶ岳でお楽しみください。
本日もいい塩梅に過ごせますように。
またお会いしましょう。
14:30

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