1. 絶望の窓際族
  2. 絶窓#111 悪とは何か?なぜ「..
絶窓#111 悪とは何か?なぜ「自分は正しい」と思う人ほど怖いのか?職場とSNSに潜む悪
2026-09-07 20:40

絶窓#111 悪とは何か?なぜ「自分は正しい」と思う人ほど怖いのか?職場とSNSに潜む悪

spotify youtube

「本人の成長のため」と言いながら、人前で怒鳴り、きつい仕事を押しつける上司。SNSで「悪い人だから」と、会ったこともない相手を集団で攻撃する人。なぜ人は、自分が正義の側にいると思った瞬間、残酷になれるのでしょうか。

「科学系ポッドキャストの日」9月のテーマ“悪”から、職場のパワハラ、SNSの誹謗中傷、必要悪、善悪の境界を窓際族・ジョルノが考えます。

悪は正義の顔をしてやってくる――あなたの「正しさ」は、本当に誰かを守っていますか?

今月のホストは「リケダン健康論」。感想は #絶窓 へ。Spotifyのフォロー・評価もよろしくお願いします!

#科学系ポッドキャストの日 #絶窓 #ポキャラボ #パワハラ #誹謗中傷

📩 お便り・体験談も募集中 #絶窓 #絶望の窓際族

感想はSpotifyコメント、X(旧Twitter)でいただけると励みになります。

番組フォロー・評価もよろしくお願いします。

感想はこちら

投稿フォーム(ご意見、ご感想、質問をお願いします。)

⁠https://forms.gle/kQKcwvjsVWFfoDLu7⁠

概要欄のXへの感想ポスト、是非お願いします。

#絶窓

#絶望の窓際族

絶望の窓際族 ⁠@IcdNvmjUPA89595⁠

中の人:⁠@TohjiGion⁠

是非ハッシュタグも付けて感想をください。

#絶窓

#絶望の窓際族

を添えてポストいただけるとものすごく嬉しいです。

SpotifyやApplePodcastなど、各プラットフォームにて、お気に入り追加、星評価もお願います。

これらの感想や評価が、配信のモチベーションとなり、皆様にも世の中にもなんらかの還元ができると

考えております。

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

サマリー

本エピソードでは、「悪とは何か?」というテーマを探求し、特に「自分は正しい」と信じる人がなぜ残酷になれるのかを考察します。職場でのパワハラやSNSでの集団攻撃など、悪が正義の顔をして現れる事例を挙げ、必要悪や善悪の境界線の曖昧さについて議論します。話し手は、悪意を持たないまま相手に罪悪感を抱かせ、自分の行為を正当化する心理に警鐘を鳴らし、常に自己を疑うことの重要性を説いています。

オープニングとテーマ紹介
こんばんは、じょるのです。このポッドキャストは、不登校やマラハラ、 経済的虐待や転職失敗で人生積んだこのジョルノが、
窓際族として転生し、生活の知恵や希望とユーモアをお送りする 人生再設計番組となっております。
こんばんは、ジョルノです。皆さんいかがお過ごしでしょうか。 8月も終わって9月になってしまったんですけど、
9月ってなんかちょっと物悲しくないですか。 日が落ちるのが明らかに早くなって
ロック時代には西日本でも真っ暗になるんですけど、 ちょっと寂しいですよね。
僕はこの時期に 聴く歌が、昔あのスミレセプテンバーラブみたいな歌を
よく聴いてたんですけど、ここ10年ぐらいはね、 クレイジーケンバンドの
秋になっちゃったっていう歌をよく口ずさんだり聞いたりしてます。 ちょっと古いかな。
そんな感じで今日も始めていきたいんですけど、 今日は科学系ポッドキャストの日というイベントに参加しています。
これどんなものかというと、様々なポッドキャスターが決められたお題で話します。
テーマについてお話しするというコンセプトの番組なんですけど、
ハッシュタグ科学系ポッドキャストの日っていうので、 ぜひ私だけじゃなくて他の方の
ポッドキャストも聞いてみてください。 今回ですね、科学系ポッドキャストの日のホストは私の大好きな
リケダン健康論というポッドキャスター2人組なんですけど、 この科学系ポッドキャストの日は
このイベントをホストする人が毎回変わるみたいで、 今回このリケダン健康論が初めてホストを務めるみたいなので、
皆さん是非よろしくお願いします。 今回のテーマは
「悪」の定義と境界線の曖昧さ
悪です。 リケダン健康論なので健康とかね、そういった
ものの科学に関することを話せばいいのかなと思ったら、なんと悪でしたね。 地獄の人事総務と言われる
嬉野さんらしいと言えば、らしいお題です。 悪と言えば
どんなことを思い浮かべますかね。 悪魔の悪とか、僕の好きな漫画の
善悪のクズの悪とか、 悪魔の悪とかそういったものだと思うんですけど、僕の好きな
ジョジョの奇妙な冒険で言うと、ブチャラティーが
いうセリフがあって、 邪悪というものについて話すんですけど、
こういうこと言うんですよね。吐き気を催す邪悪とは、何も知らぬ無知なるものを利用することだ。
自分の利益のためだけに利用することだっていうふうに言うんですよ。
まあその通りだなと思うんですけど、 わかりやすい悪って言うと、
殺人とか詐欺とか、暴力を振るうとか、そういうものだと思います。
そういうの悪っていうのは多分誰にでもわかりやすいというか、まあ違和感そんなにないかなと思うんですけど、
でも今回のですね、この悪っていうテーマを見たときに 思ったのは、
世の中の悪っていうのはそんなにわかりやすいものばっかでもないよなーっていうことをね思ったんですよね。
考えてみたら、 善と悪って立場によって
左右されることってありませんかね。 例えば嘘つきって悪だと思うじゃないですか。
でも誰かを守るために傷つけたくないからつく嘘ってありません?
なんか悪い人に誰かを追われてて、 あいつどこ行ったって言われたら、なんか逆の方を教えたりするじゃないですか。
まあそれも嘘なんですけど、じゃあその行為が悪かって言われると、
まあそれ微妙ですよね。 覗きは犯罪ですけど、でも犯罪を防ぐために監視カメラで監視するのは
悪とは言えないと思うんですよね。 戦争は僕は悪だと思うんですけど、じゃあ戦争を
終わらせるための攻撃って悪なのかって言われると難しいじゃないですか。
人をさらって、拉致監禁して、自由を奪うっていうのはとんでもない悪だと思うんですけど、
でも警察が社会秩序を守るために悪い人を逮捕するのは
正義と言われることもあります。 これって難しくないですか。結果だけ見たら
人を傷つける行為っていうのは変わらないんですけど、 いろんなことが、いろんなシチュエーションあると思うんですけど、
必要悪っていうのも当然あると思うんですよ。 考えてみたら必要なことなのに悪っていうのはなかなか面白いと思うんですけど、
じゃあ必要なら悪をやっていいのか。 逆に本人に悪意がなければ
それって悪じゃないのとか、ここが僕は すごく面白いというか見どころだなと思っていて
「自分は正しい」と思う人の怖さ
僕がね一番怖いのって悪いことしてる人が自分を悪い、 悪人だって思ってないっていうところが一番怖いんですよ。
例えば、いろんな話聞くんですけど、DVする人ってお前が悪いって言うじゃないですか。
強盗するやつって閉じまりしてない方が悪いとか、 詐欺師は騙される方が悪いとか言うじゃないですか。
詐欺する人間が、俺は悪人だから他人から金を奪おうって毎回考えてるとも限らなくて、
こんなのに騙される奴にも責任があるとか、 金持ちなんだからこんぐらい許されるだろうとか、
犯罪者の手口として、年寄りは金を貯め込んでて、金を世の中に流通させないから、
年寄りから奪うとか、そんなのもありますよね。 自分だって今まで散々搾取されてきたとか、
それ全然関係ないだろうと思うんですけど、 そんな感じで、
本当に悪い人って相手側に小さな悪を作るんですよ。
で、悪い奴ってだいたいそうで、 相手の
ちょっとした隙を突いてくるんですよ。 弱い人とか優しい人は、自分にちょっとでも隙があったら、なんかそれを罪悪感に感じてしまったりして、
相手の大きな要求を飲まざるを得ない状況になったり、 つい受け入れてしまったりするんですよね。
話はずれましたけど、本当に悪い人って相手も悪い。 だから自分の行為にも理由がある、みたいなロジックで言ってくることが多くて、
これ会社でもネットでも、戦争でもかなり同じ構造があるなというふうに僕は思ってます。
悪は正義の名のもとに行われる
今回こうやって、悪っていうものについてずっと考えてみたときに、
自分の中で一つの言葉というか文章というか浮かんできたんですよ。 それどんなものかというと、
悪って、 正義の名のもとに行われる行為であることが
とてもいいなって思ったんですよね。 もちろん全部が、
全部の悪がそうだとは思わないんですけど、 例えば金が欲しいから盗んだとかムカついたから殴り倒したみたいな、
本人も悪いって分かっててやってることもあると思います。 でも
人間が継続的に誰か傷つけたりとか、 めちゃくちゃひどいことをしたりするときって、自分の中に何らかの大義名分とか
相手に対する悪を作って、自分は正しいものであるっていう風にして 行われることが多いと思うんですよね。
古典ラジオが好きで聞いてらっしゃる方もね、僕のリスナーに多いと思うんですけど、 例えばナチスがユダヤ人を迫害したりするときに
使っていたロジックとかもそうだと思うし、 悪いことをしたから
今から自分が行う残酷な行為は正義の名のもとに行われるっていう人が多いと思うんですよ。
例えば、窓際族的な観点で言うと、ちょっと偉い人が嫌いな社員とか目障りな人間を追い込むときって、
俺があいつ嫌いだからって言わないじゃないですか。
チームのためにすごくきつい仕事を課すとか、これも本人の成長のためだとか、会社の秩序を守るためだとか言うじゃないですか。
そうすると、大義名分も立つし、自分自身も楽になれますよね。自分が正義側でいられるから。
気に入らないから叩いてますが本音だとしても、何か気に入らないから叩いてるっていうことじゃなくて、
あいつが何かこういう悪いことをしたから俺は叩いてるんだってしないと自分も他にも納得できず、
挙句自分をごまかして相手が悪いっていうことにしちゃったりしてる人ってめちゃくちゃ多いと思うんですよ。
そんなことしてると自分自身さえも見失ってしまいそうな気がするんですけど、
俺はこいつが嫌いだから礼遇してるって言ったらいいのにって思いますけどね。自分自身を見つめて。
じゃあ何て言うかっていうと、例えば本人の成長のためとか言うんですよね。
すごく便利な言葉を使うんですけど、これで人前で怒鳴っても、仕事を大量に与えても、
嫌な仕事ばっかり押し付けても、全部正当ができちゃうんですよ。
これって立派な悪だと思いませんか。
でも本人は善人のつもりなんですよね。
会社からも善人に見えてるかもしれない。
こんな感じで、やっぱり悪と善っていうのは見方とかポジションによって全然違うもんだなって思います。
SNSにおける悪と批判
ここでもっとわかりやすいのが、SNSとかネットの世界で誰かが出現したり、ちょっとした不祥事を起こしたりすると、ものすごい人がその人を攻撃するっていうことがありますよね。
誹謗中傷何千件とか。
それって悪いやつだから批判してもいい、何してもいいっていう正義があると思うんですよ。
だからかなり強い言葉で、死ねとか消えろとか、そういうこと言ったりするんですよね。
でも不思議ですよね。人を傷つけることが悪なんだったら、悪人を傷つけることが善になるのか。
これパニッシュメントなのかとか、罰なのかとか。
悪い人に総合の罰が下るっていうのは僕も賛成ではあるんですけど、どこまでもやってもいいのかって思うんですよね。
多分そうじゃないと思うんですけど、でもネットの世界なんか見てて本当怖いなと思うのは、人って自分が正義の側にいるって思った瞬間に相当強く相手を批判できるし、かなり残酷にもなれるんですよね。
僕はここが、こここそが悪っていうものの怖いところだなって思うんですよ。
芸能人の不倫とか、政治家の決断とか、そういったものを批判するのはダメではないと思いますけど、
本当に事実を見て批判していますかとか、背景とかディティールまで見て批判してますかとか、批判ならいいと思うんですけど、誹謗中傷してませんかとか、
そういうのは常々自分自身も考えたいし、僕がSNSと今結構距離とっている理由の一つでもありますね。
自己懐疑と信念のバランス
だから、俺は悪人だぞみたいな感じでやってくる人だけじゃなくて、そんな人は分かりやすいんですよ。
結構怖いのは、自分は正しいことをしていて、正義の側であるみたいなことを本当に信じている人なんですよね。
あ、俺も間違うかもとか、あんまり思ってない人が一番怖いなと思います。
会社のためとか、家族のためとか、社会のためとか、あるいは国のためとか、子供のためとか、
誰かを傷つける言動をする時にそういう理由をつけて、めちゃくちゃ会ったこともない人を批判しているネットなんかを見ると、なんか怖いですよね。
自分を疑ってないのが怖いなと思いました。
僕の尊敬する人の言葉に、差別をなくすためには、自分の中の差別性を見つける、認めることが大事だっていう言葉を言われた方がいらっしゃるんですよ。
本当にね、それに尽きるなと思います。
今日は硬い話になってますけど、僕もポッドキャストで、この上司おかしいだろうとか、こんなに不尽なことないだろうみたいなことをいろいろ話してるんですけど、これはこれで僕なりの正義で、
でもこれって僕から見た景色じゃないですか。だからこれが全てではないと思ってます。
相手には相手の事情とか、相手の正義があるのは理解してるし、それでも自分が間違ってないのかっていうのを時々振り返りながら、いろいろ考えて録音するようにしてます。
僕が間違ってる時もね、普通にあるかもしれないし、腹立ってる時ってそんな冷静に考えられない時あるじゃないですか。
だから録音した後、数日寝かして、大丈夫か俺みたいなのをね、たまに考えるんですよね。
自分が絶対的に正しいっていうふうには思わないようにしてて、自分の正義をね、時々疑ってみるっていうことが大事かなと思います。
正義とか正しいことがないならないで、それはそれで何かを決める基準とかルールがないような気がして、
そうなるとそうなったで、何だろうな、尻滅裂な世界になると思うので、自分なりの信念を持って、でも時々自分疑うぐらいがちょうどいいのかなと思っています。
僕は多分皆さんよりも子供の頃から悪い人とかずるい人とかひどい人っていうのを結構見ていると思うので、
悪に対する耐性もあるし、それに対抗する能力も多分それなりに高い方だと思います。
なのでね、慣れ親しんだ悪というものについて話してみました。
悪は正義の顔をしてやってくる
科学系ポッドキャストの日、2026年9月のテーマ、悪っていうことについて考えてみましたっていうところですね。
これだけある程度喋りましたけど、なかなかこれだけ喋っても全て悪について語ることはできないかなと思います。
ただやっぱり僕が本当にこの問いに対して思ったのが、悪は正義の名の下に行われることが多いなっていう感じですね。
そこから発生してね、もう一個言葉が浮かんだんですけど、悪は正義の顔をしてやってくるなと思いました。
僕、職場で結構いろんなことに気が付くタイプなので、このまま行くとこうなってこうなってこうなってここで失敗すると思うよみたいなことを言うことがあるんですよ。
でもあまりにめんどくさいから途中を若干はじめる時があるんですよ。
そしたら相手にとって耳障りの良くないことを言ってくる人になるじゃないですか。
何度かそれでいざこざがあった場合って、もう何も言わなくなるし、いいんじゃないって言うんですよ。
だから向こうにとっては仏の顔かもしれないんですけど、腹の中はこのまま行くけど失敗するけどねみたいな感じで思っている時もあります。
だから愚言を呈する人の声もぜひ聞いてください。
自分に甘いことばっかり言ってくれる人は本当に自分の味方とは限りませんよ。
僕はもうめんどくさいと思ったら耳障りの良いことしか言わないし、それでも何とかしてあげたいと思ったら相手にとって耳障りの良くない言葉でも僕は言っちゃいますね。
それではエンディングに向かっていきたいと思います。
エンディングとリスナーへの呼びかけ
今回の科学系ポッドキャストの日ではいろんな番組がそれぞれの視点で悪について話しています。
同じテーマでも多分全然違うお話が出てきていると思うので、ぜひ他の番組も聞いてみてください。
それとせっかくなので皆さんの感想も聞かせていただけるとありがたいです。
DMとか概要欄にあるフォームからメッセージいただいても結構ですので、ぜひ皆様からのお便りお待ちしております。
少しでも面白かったらね、スポッティファイのフォローとか高評価ください。よろしくお願いします。
何卒よろしくお願いします。
それではあなたの会社にもいるかもしれない窓際族、絶望の窓際族ジョルノでした。
次の配信もよろしくお願いします。
20:40

コメント

スクロール