近くの農家さんから「草取りをきちんとやれ!」「草をもっと刈れ!」と怒られる、いや、怒鳴られることがあります。
農家はよく怒鳴る。やんなっちゃう。
不思議なのは、スタッフが畑にいる時には何も言わないのに、なぜか僕を見つけると車を止めて直接言ってくること。
いやいや、スタッフに直接言ってほしいんです。
人は叱られて、自分の仕事が誰かにどう影響しているのかを知る。
そして自分で考えて動けるようになると思っているからです。
でも、こんなことを言うと僕が穏やかな人間に聞こえるかもしれません。
実際はまったく逆です。
高校生の頃、カラオケで茶化されたことに腹を立て、不良集団を追いかけて文句を言い、結果的に店の外を30人近くに囲まれたこともあります。
昔から僕は、怒りの感情に対してかなり素直な人間でした。
では、なぜ今は怒りを抑えて近所の人に理不尽なことを言われても怒鳴り返さなくなったのか?
農業を始め、家族ができ、スタッフを雇い、地域で信用を積み重ねる中で、自分の感情を発散させるより大切なものが増えたからなのかもしれません。
そして振り返ると、僕の事業を前に進めてきたエネルギーもまた怒りでした。
「できるわけない」「弱小農家」「すぐ消える」「お前の商品なんか売れない」
新規就農当初、そう言われるたびに生まれた怒りが次の行動につながってきました。
怒りは悪なのか?それとも、人を動かす燃料なのか?
今回は、草取りのクレームから始まって、自分の性格、過去の喧嘩、地域との関係、スタッフ教育、そして事業を動かしてきた「怒り」について話します。
僕は歳を重ね怒らない人間になったわけではなく、怒りは燃料のまま。
ただ、怒りの出口を考えられる人間に、40年かけてやっとなれたのかもしれせん。
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