はじめに:今週の挨拶と本題の導入
こんばんは、しばちょんです。この放送は、日々の出来事や、僕が気になるトピックを通じて、皆さんの生活に役立つかもしれない情報や視点をお届けします。
はい、今日は2月24日、火曜日ですね。 今週も1週間が始まりました。
はい、というのも、昨日月曜日は祝日ということで、お休みの方も多かったんじゃないでしょうか。
今週もね、また頑張っていきましょう。
はい、ということで、今日の本題なんですけれども、
日本の左側通行のルーツ:武士の時代
今日の本題は、日本の交通事情、なぜ左側、左側通行なのかというね、お話をしたいと思います。
車の運転をされる方も多いかと思いますが、日本は左側通行ですね。
そして、車は右ハンドル。
この理由をですね、ちょっと調べてみました。
左側通行になったルーツはですね、なんと武士の時代からあるそうです。
理由はですね、武士は刀を左にさしていたから、左側を歩いていた。こんな話があるそうです。
刀を左にさして、右側通行で歩いていると、すれ違いざまに刀のさやと刀のさやがぶつかって
争いになってしまう。
もちろんね、刀は武士にとって大事なものですから、そんなすれ違いざまに当たるようなことはしないと思いますので、
その刀を守るために左側を歩いていたというルーツがあるみたいですね。
左側通行の継続:鉄道とイギリスの影響
で、時は過ぎまして、車の時代になりました。
なぜ左側…
ごめんなさい。車の時代になっても、どうして左側のままだったか。
これはですね、鉄道がイギリス式だったからという説があるそうです。
鉄道はイギリスの技術を日本に取り入れて発展したそうです。
イギリスはね、左側通行なんですよ。
で、皆さんもよく乗られると思いますけど、電車、鉄道もですね、左側通行じゃないですか。
こういったことからですね、日本は左側通行が当たり前というか、左側通行のルールになったそうなんですね。
沖縄の右側通行から左側通行への移行:730(ナナサンマル)
じゃあ車の右ハンドル、なぜ右ハンドルなのか。
これは単純に左側通行で運転するのに都合がいいからということなんですね。
で、実はですね、沖縄県。
沖縄県はですね、昔は右側通行だったんですね。
これはもちろんアメリカの支配下にあったからなんですね。
でもですね、1972年に日本に返還されて、日本になったわけなんですけども、その後1978年まではずっと右側通行だったそうです。
で、1978年の7月30日。
これはですね、通称730と呼ばれる出来事なんですけど、この1978年7月30日にですね、
一夜で一気に右側通行から左側通行に切り替えたというね、事件というか出来事ですね、があったそうです。
はい、これはですね、7月29日の夜10時だったかな?から7月30日の朝6時にかけて、たった8時間の間で標識からカーブミラーから車線から何から全部を右側通行から左側通行に切り替える大工事をしたそうです。
すごいですよね。これがですね、通称730というね、あの出来事なんですけども、そんな感じで沖縄はですね、一晩で左側通行になったんですが、さすがにですね、沖縄の方は最初は戸惑ったみたいですけれども。
1978年といえばね、僕もう生まれてますからね。すごいすごいことですよね。いやーまあそんな感じでね、日本は左側通行なんですけれども。
自転車の交通ルール改正と注意喚起
今年の春からでしたっけ?自転車もね、道路交通法の改正で罰則が厳しくなりますので、自転車は軽車両扱いになりますので左側通行ですし、基本歩道ですね、歩道は走ってはいけないということなのでね。
皆さん、自転車よく乗られる方は交通ルールを再度確認して、この4月からだったと思いますけれども、道路交通法に違反することはないように、また車を運転される方はですね、自転車に対しての運転の仕方で罰則が設けられたりしておりますのでね。
今一度確認をしていただいた方がいいかなと思います。
まとめと締めの挨拶
ということで、今日はですね、日本の左側通行についてのお話をしてみました。最後まで聞いてくださりありがとうございました。それでは失礼いたします。