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「戦争反対」が空疎に響いてしまう世界で【原爆と平和と広告をめぐる座談】w/鳥巣智行a.k.a.バードさん
2026-09-18 1:17:53

「戦争反対」が空疎に響いてしまう世界で【原爆と平和と広告をめぐる座談】w/鳥巣智行a.k.a.バードさん

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長崎新聞|平和企画〈Ep.160〉平和について語る回/振れ幅でやらせてもらってます/善の巨匠がやってきた/西の善代表/東の善はリュウタさん@サカナカイギ/感謝配りおじさん/蒸し活なかま/平和活動家/17歳で核兵器廃絶署名活動/「善すぎて邪」な広告/8月9日の長崎新聞朝刊に掲載する平和広告/被爆75年の2020年から/「黒焦げで人とも物ともわからない。」/向こうの国が持ってるからこっちも持たなきゃ?/実際に使われたらどんなことが起きてしまうのか/野坂昭如の書いた戦争/塊だと思ったら人だった/伝え方が「邪」/アートディレクターの江波戸さん/まず手を止めてもらう/見る人を宙吊り状態に置く/不穏な感じ/かっこいいグラフィック/どれぐらいポップにするか/自分から想像してしまう/死体が線香花火に見えた/空襲と花火/相手の心にどう入っていくか/清田の「関係ない話」/直接体験した人や語り継いでいける人がいなくなっていく/30段に遺体を掲載するジレンマ/林田さん/核兵器は人間の尊厳を奪う/核兵器の非人道性/長崎は8月9日が登校日/11時2分にサイレンが鳴る/長崎や広島のローカルイシューなのか?/実物を見たときの鳥肌/インクがのっているべったり感/長崎新聞印刷所の職人さん魂/広告の技術を平和企画に使う/政党の広告にも使えちゃう/広告と戦争/小林美香さんの広告観察/見る人に負担やストレスをかける/外の人が見るべきでは?/「骨組みだけになった路面電車と、つり革を握ったまま死んでいる人」/「体から剥げた皮膚がブラブラと垂れ下がり、飛び出した眼球を手で押さえている」/トランプに送りつけられないですか?/言葉の軽さ/実際に使われたらどうなるか/長崎の高校生1万人署名活動/長崎には平和文化がある/原爆はなかったというファンタジー/平和は反日/お花畑の理想論?/舐められないための核・抑止力/戦争したくないから安全保障に力を入れるという考え方/「武力か対話か」/「戦争の行き着く先を長崎は知っている」/対話できない相手が攻めf込んできた時に、どうする?/分断を生んでしまいかねない/外交とは?/後遺症や差別/「今年の平和記念式典は、家で行われます。(と、想像してみよう。)」/新聞紙1枚分の式典会場/新聞に乗っていいのか?/長崎新聞はいい会社/魂/8月9日の長崎新聞のスタンスは変わらない/キノコ雲の下の出来事をちゃんと伝えていく/立場の違いを乗り越えて/「その時、人間はどうなる?」/「あれから81年、テクノロジーはさらに進化した。その技術で、人間はどうなる?」/倫理なきテクノロジーの行き着く先/イラストののディテール/証言者がどんどんいなくなる現状/今を生きる人たちにどう突きつけるか/想像力を揺らしに行く/cocoon/この世界の片隅で/破壊されたものの方を丹念に描く/全部クリエイティブ/過去の出来事にしない/土壌を耕しておく/核武装した方が安あがり?/平和って叫ぶのも大事だけれど/工夫とクリエイティビティ/いろんな声の上げ方・表現の仕方/分断を超えるコミュニケーション/あなたがやってることって、本当に意味あるの?/誰かが声を上げてきたから変わってきた/正面から対話する/考えの背景にあるものに思いを巡らせる/論理だけで考えることの限界/ものやコンテンツに打ちのめされる体験/TCC最高新人賞の顛末/会員に入りたくないってこと?/地方紙だからこそ/ただの善じゃねえぞ/東西の善バトルに期待/

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「対話が生まれる言葉展 -TCC賞2026 -」2026年9月18日(金) - 10月31日(土)@アドミュージアム東京

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バードさん×ワッコ×森田 イベント2026年10月12日(月) voice_space 長崎 

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アートワーク

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00:12
皆さん、お世話になっております。
お世話になっております。
桃山商事の清田です。
森田です。
ワッコです。
この番組は毎回一つのテーマを設定して、
おしゃべりしながら掘り下げていく、
ネオな座談ポッドキャストです。
メンバーシップサービス、
メンボン桃山のサポートでお届けします。
はい、今回は素敵なゲストを迎えて、
平和について考えていこうという回ですね。
はい、平和です。
平和。
平和じゃないテーマなんかもありましたからね。
今日はしっかり真面目に平和について考えていこうという。
楽さがね。
楽さがすごい。
前回は陸流連呼してたポッドキャストが、
急に平和について考えて。
振り幅でやらせてもらってます。
どうなるんだろうというのはありますが、
今回は素敵なゲストをお招きしております。
このポッドキャストをお聞きの方は、
ときおりバードさんという名前で、
善な人?
善人というか。
善。
善。
善です。
というモリタとワッコにひたすらハードルを上げられてしまって、
絶対出づらいであろうトリスさんです。
こんにちは。
善。
善の巨匠が。
やめて。
やりづらいですよね。
バードさん。
バードです。よろしくお願いします。
バードでいいんだ。
バードでお願いします。
今日はバードさんということで、
散々ハードルを上げられてしまってますけど、
バードさん自己紹介をお願いします。
そんなに皆さんに言っていただくほど、
善人ではないんですけれども、
一応、西野善の代表として来ました。
西野善ね。
東野善はリュータさんだからね。
恐縮すぎますが、
長崎からやってまいりました。
トリスと申します。
バードです。
そうですね。
トリスは慣れないもので。
でも実は一度、
桃山翔司にはお邪魔してまして、
感謝の回で。
背後にご本が。
そうなんですよね。
今もそうなんですけど、
感謝にハマっていたことがありまして。
感謝にハマる?
マイブームが善すぎる。
感謝について知りたいなと。
皆さんにお便りを出させていただいて、
そこで感謝についての座談というものを
一度やっていただいた後に、
メゾン桃山の方にお邪魔をしまして、
03:00
そこで感謝について、
1時間ほど話すというような形で。
その時は感謝配りおじさんとして。
AKA感謝配りおじさん。
まだ善の要素しかない。
やらせてもらったんですけど。
今は長崎に住んでまして、
東京と長崎半分半分ぐらいで、
行ったり来たりしながら仕事をしております。
お仕事はどんなお仕事をされているんでしょうか?
もともと広告会社に勤めていまして、
コピーライターとして広告を作ったりとか、
それから地域のいろんな行政の
広報の支援をしたりとかですね、
企業のブランディングをやったりとか、
そういったことを仕事にしております。
どういう、ちょっと縁があって、
つながりもあってってことだから。
友達です。
もとは仕事の仲間?
仕事の仲間です。
仕事の仲間から友人関係に発展して、
もう7、8年前、早いですね。
毎年長崎に遊びに行っていただいて、
すべてをアテンドしていただくという。
オバマという場所に。
そうです。
蒸しパン。
蒸しカツ?
蒸しパン。
西楼の方の蒸しです。
蒸し料理をいただくというのをやってますよね。
そうなんですよ。清田さんもぜひ。
そうですね、ちょっと食べられるもの少ないですけど、
いけますかね、私。
全然何でもできるんで。
僕は初対面なんですよね、今日は。
そうなんですよね、初めましてで。
そっか、そうですよね。
さんざん名前はもちろん聞いてたし。
どんな禅がやってくるの?
実際に会ったら、こんなハードル上げられて、
つらいよな。
禅兄さんが。
禅兄が来るぞ、みたいなさ。
禅デイヤみたいな。
禅デイヤが来るぞって。
で、あれですね、ちょっと前に配信した、あれは何だっけ?
代理店の方のお悩みに答える回にも出ていただきませんでしたか?
それはメゾンのほうですね。
それか。
バートさんの話題は禅、それこそあるでしょ?
高感度の話ですかね。
あ、そうだね。
要因禅者、高感度と人気をめぐる座談というので、
で、禅過ぎてじゃとか、じゃ過ぎて禅とか。
みたいな話の中で。
そういう話出たよね。
出た出た。
連載のお話。
そうそう。
それで、バートさんがやってる仕事ってめっちゃ禅過ぎてじゃ。
ちょっとそのイメージが。
禅過ぎてじゃな広告を作ってるんですよ。
で、それが平和について関係しているということで、
今日はバートさんを招いての平和について。
もともと平和活動家でもあるんですよね。
そうですね。
また禅の要素があります。
確かに。
鳥さんの名刺に平和活動家って書いてありましたもんね。
会社員時代、実は肩書きに平和活動家っていうのを入れてたんですよ。
06:03
17歳の頃に、長崎で生まれて育ったんですけれども、
もう17の頃に、長崎は被爆地なので核兵器廃絶を求める署名活動というものを
仲間と立ち上げたというか、立ち上げた仲間に便乗したというか、
一期生としてそういった活動に参加するようになって、
そこからいろんなやり方で、自分なりのやり方で、
核兵器廃絶というものについて考えたり、
何かものを作ったりとかっていうようなことをやってきたというような、
そんなことをやっております。
それで、その活動の延長線上、お仕事でやられたものが、
今日あって、ここにあって。
今、手元に準備してますが。
資料が。
長崎新聞の、今いろんな束がありますが、
広告を作っているということで、8月9日の。
そうですね。長崎に原爆が投下された日の
長崎新聞の長官に掲載する広告を2020年から作っているんですけれども、
今日はそのほとんどの長崎新聞を持ってきました。
これは長崎新聞が、よくありますよね、何段ぶち抜きみたいな。
そうですね。
そういう広告として。
一面みたいな。
一面みたいな。
もともと2020年の被爆75年の年に、
長崎新聞さんが何かやりたいんだけどという形で、ご相談をいただきまして、
その時に作ったんですが、その広告の反響が結構あってですね、
それで翌年もぜひやりましょうという形で、
恒例の企画になっていったというような、そんな経緯があるんですけれども、
去年が2025年で、ちょうど被爆から80年、戦後80年で、
節目の年ということもあって、
毎年頑張って作っているんですけれども、
節目の年にふさわしい原稿を作ろうということで、
作ったものがこちらになるんですけれども。
これからそれを拝見させていただきつつ、
それが善すぎてじゃ。
だなと自分は思ったんですけどね。
善すぎてじゃ。
どうなんだろう。
広告。
一応今これビデオポッドキャストで撮ってて、
あんまり見えないと思うんですけど、
多分画面別で差し込み画像みたいなのを入れようかなというふうに。
ウェブで検索したら見れるとかもあるんですかね。
そういうやり方もあります。
どういう形かでぜひ。
一つ目紹介してもらってもいいでしょうか。
そうですね。
これは2025年、去年のものなんですけれども、
こういう新聞でして、
ちょうどまさに30弾といって、
一面ですね。
このような形で。
でかい。
そうなんです。
ちょっと鳥肌立った。
見開きっていうか。
そうなんです。
すごい。
30弾という、
本当に見開きのサイズで、
これ二人で持ったらいいんじゃないですか。
09:00
確かに。
黒いシルエットがですね、
すごいわこれ。
ちょっと鳥肌立っちゃった今。
本当に手元で見てると、
このシルエットが一体何なのかっていうのは、
多分一瞬わからないサイズ感かなと思うんですけれども。
そうですね。
ちょっといろんなものに、
見ようと思えば見れる。
何だろうと思って、
この左肩のところにですね、
コピーが書いてありまして、
ここに黒焦げで、
人とも物ともわからないというコピーが
入っているという原稿になります。
もう背筋ザワザワする。
これはどういうわけですか。
そうですね。
これは被爆証言をもとにした広告なんですけれども、
実際に被爆証言を読んでいくとですね、
長崎の街中に、
黒焦げで亡くなったご遺体がたくさん、
そこにあったという証言がたくさんあって、
それを想像してもらうための広告なんですけれども、
長崎原爆資料館にも実際に黒焦げになった遺体の写真なんかがあるんですが、
それをそのまま使うのではなくて、
あるいはリアルなイラストで表現するのではなくて、
一見何だかわからない抽象的なイラストを見てもらった上で、
何だろうと思ってコピーを読むと、
自分の頭の中でその光景が想像されて、
すごく恐怖を感じてしまうというような、
そういったものを意図した広告になっています。
この年は、
某政党の政治家が、
核武装安上がりみたいな発言をしたりとか、
トランプさんがイランを攻撃して、核施設を攻撃して、
それを長崎広島になぞらえたりとか、
そういった出来事があった年でもあるので、
今改めてその被爆証言を振り返ってみる、
被爆者の声に耳を傾けてもらうための広告ということで作りました。
どうしても安全保障の文脈とかだと、
結構俯瞰して、
向こうの国が持っているからこっちも持たなきゃみたいな、
話になりがちだと思うんですけど、
長崎で考える核兵器というのは、
もっとキノコグモの下の視点というか、
それが使われたら実際にどんなことが起きてしまうのか、
というようなことを伝えるべきだなというふうに思っていまして。
次のページに読んでもいいですか?
もちろんです。
12:23
ありがとうございます。
という内容になっておりまして、
先ほどの30弾の裏の15弾の半分のスペースにですね、
いろんな形の。
そうですね。
遺体を想像させるシルエットが、
描かれているというようなものになっています。
これはすごくね。
なんか、
僕もそんなに色々知っているわけではないんですけど、
自分は大学生の時に、
卒業論文で野坂幸之の小説を、
主題テーマにしていて、
野坂さんは戦争のことを、
ホタルの墓が一番有名かと思いますけど、
題材にしていてさ、
やっぱり出てくるんですよ、原爆の話で、
本当にこういう、
一見なんだかわからないところまで焦げて、
形も判別できない塊というか、
だと思ったらその人だったとかね。
本当にちょっとベタというか、
あれですけど、
そういう描写がすごいよく出てきたんですけど、
それでちょっと間違って蹴っ飛ばしちゃったり、
つまずいちゃったりしたら人だったみたいなね。
それって多分小説の中の描写ではあるんですけど、
実際の証言の中に、
おそらくそういうのがたくさん出てくるってことですよね。
そうですね。
長崎新聞が1996年から、
私の被爆ノートという連載をしていて、
そこでその被爆者の聞き取りをして、
証言として掲載しているんですけれども、
その証言をもとにして、
先ほど読んでいただいたコピーも、
全て証言に品出する情景というか。
これはバードさんが書かれた。
そうですね。
これはまさに平和を訴えているじゃないですか。
この広告って。
平和が大事って言ってるわけじゃないですよね。
直接的に。
そしてここには邪なもの。
伝える側の邪なものを自分は感じて、
善と邪がすごい同居しているなというふうに思っていて、
根っこの部分はバードさんや、
おそらくグラフィック作られた方も、
善の気持ちでやっているんだけど、
伝え方が結構邪だなというふうに思って、
15:01
それがすごく面白いなというふうに思っています。
邪というのはどういう概念なんですか?
怖いよね、まず。
怖いし、想像させるっていうのも、
見方を変えればちょっと意地悪だなというふうにも思うし、
なんていうのかな、
その恐ろしさみたいなものを想像してほしいわけですよね。
そうですね。
その時にどうすればこのメッセージが、
それこそちゃんと想像してもらえるっていうふうに考えた時に、
それはひねりとかっていう意味じゃなくて、
ちょっとそういう気持ち、
その意地悪、邪な気持ちがないと、
結局伝わるものって実は作れないんじゃないかなっていうふうに思っていて、
その辺りどうですか?
確かに。
一緒に作っているアートディレクターの、
エバートさんという人なんですけど、
この黒いシルエットで黒漕げの一体を表現しようっていうのは、
アートディレクターのアイデアなんですね。
だから、アートディレクターが、
かなり邪な視点で作っているという考え方はあるかもしれないですね。
でもやっぱり、最初に手を止めてもらったりとか、
立ち止まってちゃんと考えてもらうためには、
そういった邪の視点っていうのは確かに必要だなというふうに思います。
善だとちょっと素直すぎて、
平和は大事だって言うだけだとなかなか足を止めてもらえない。
これはあれですよね、突きつけるというか、
ちょっと宙吊りにしているじゃないですか。
一見何か分からないってことは、
例えばストレートに一体だと、
パッと黒漕げの一体だって分かるだろうし、
かなり遠く、抽象度を上げていけば、
もちろん死体や生産な現実の
グロテスクな部分を薄めていくこともできると思うんですけど、
パッと見分からないけど、
でも分からなくもないものもあるじゃないですか。
人かな、みたいな。
なんだろうって思いますね。
宙吊りにさせて、
考え、すっきりさせて、一見ストレスを与えているじゃないですか。
なんだろう、もしかしてとか、
その宙吊り状態に置くっていうのは、
見方を変えれば、すごく邪悪なんていうのかな、
落ち着かせないというか、って感じがすごいしましたし、
もちろん雲のようにも見えますよね。
それは、やはり原爆の黒い雲的な解釈も、
もしかしたらできるかもしれないなとか。
この下のモヤモヤって終わっているところとかも、
続いていく感じがずっと。
グラフィックで。
かっこいいよね。
かっこいい。
18:01
まず何よりもかっこいいっていうのも、
それは大事なことだと思うんですよ。
でもこういう広告って、
かっこよさに作り手が多少酔っている感じが出ちゃうと、
また難しい塩梅じゃないですか。
でもかっこよさも大事だし、
でも表現物としてもいいものにしたりとか、
めちゃめちゃ難しそうっていうのは勝手な。
本当に皆さんの読み解き力に感激しております。
でもおっしゃる通りで、
どれくらいポップにするかっていうのは、
かなり慎重に検討していて。
デフォルメ具合に。
ひどい状況で恐ろしいことなので、
それをポップに軽やかに伝えるっていうことでは、
やっぱりないと思うんですよね。
かといって写真をそのまま掲載してしまうと、
直視できないものになるし、
もうその瞬間に閉じてしまうものになる。
だからやっぱり何だろうと思わせて、興味を持たせて、
つい自分から想像しちゃうというか、
読みに行く、想像しに行くっていうような状態を
作っているっていうところかなと思ってですね。
その塩梅はすごく慎重に検証しているかなと思いますね。
クリエイティブの、
もちろんその一時資料としての証言ノートとかは、
率直に書いている人もいれば、
それぞれの表現の中でやっていると思うんですけど、
野坂きゅうきの小説も、
生産なシーン、例えば飢餓でガシしちゃって、
自分の家族がやっと会えたと思ったらもうガシしてて、
パッと開けたら、一瞬なんか閃光花火みたいに見えて、
パッと一瞬美しく見えちゃった。
でもそれは、ウジが体を食べてて、
そのウジがパッと逃げたときに、
ちょっと花火みたいに見えちゃったみたいな、
そういうような表現の仕方をしていたり、
一瞬美しく見えちゃうとか、
結構あると思いますけど、空襲と花火がオーバーアップして、
ちょっとだけ夏の華、綺麗なものに一瞬見えちゃう、
みたいな描写とかが出てくるんですけど、
そういう表現の部分は、
それも結局伝わるものとして、
より伝わるっていうことだよね。
人の相手の心にどう入っていくかっていうのも考えながら、
でも闇雲に脅かしたり、
闇雲に美談にしたいわけでもないでしょうし、
この形の塩梅とかも。
確かに絶妙というか。
これはかなりアートディレクターのバットさんとも話をしたんですけど、
この首の部分の輪郭だったりとか、足の指とかですね、
21:04
本当はこの辺に最初イラストレーターの方は、
手の指とかも表現してたらしいんですけど、
こういうような姿勢をイメージして、
でもそういったところは取って、
本当にこの足の指とちょっとこの人っぽい輪郭で。
これは本当に全然関係ない話になっちゃうんですけど、
よく全然関係ない話できますね。
これを見て思い出しちゃってさ、
グロかったらカットしてもらってもらうと思うんだけど、
俺一度飛び降り自殺を見ちゃったことがあるんですよ。
新宿で。
飛び降りた直後のおそらく人を見てしまったことがあって、
本当こういう形、人だと全くわかんなかって、
何人かちょっと人は集まり始めたぐらいのところで、
なんか塊にやっぱり見えちゃって、
多分そうだと思って、それ以上見るのをやめたんですけど、
ちょっと思い出すぐらいちょっと、
なんか形がもう様子がおかしいというか、
なんかそんなのを急に思い出しちゃうぐらい、
ある意味リアルな何かを想起させる力っていうのが、
こういうのって逆に今、戦後80年?
81年ですか。
1年ですね、今年。
つまり直接体験した人や語り継いでいける人が
いなくなっていくという問題に多分直面してますよね。
だからこそ語り継いでいくことの大切さもあると思うんですけど、
こういうリアルさをある意味想起させるようなものを作ったときに、
直接体験した人がフラッシュバックじゃないですけど、
そういうことも可能性としてあるじゃないですか。
そういう懸念もきっとあったんだろうなと思うんですけど。
そうですね。
チームの中にアートディレクターと、
もう一人、制作メンバーの一人に、
林田さんという人がいるんですけど、
林田さんはずっと、
被弾協というのは2024年にノーベル平和賞を受賞した
被弾協と一緒に活動をしてきた若者で、
彼にも入ってもらって、被爆者がどう思うかとか、
現在の社会情勢を踏まえて、
この原稿がいいか悪いかみたいな判断というか、
一緒に意見を言い合いながら作っていくというプロセスを経ていて、
実は僕はこのアイディアに対して、
結構後ろ向きだったんですね。
最初デザイナーの柳端さんから出てきたときに。
何かわからないものを表現する。
そうですね。黒いシルエットで遺体を表現するというのが、
24:01
抽象的だったとしても、
30弾に遺体を掲載するっていうのは、
果たしていいのかどうかみたいなところが、
やっぱりちょっと自信が持てなかったというか、
でもそのときに林田さんの意見を聞いたんですけど、
林田さんとしては、
実際に核兵器というのは人間の尊厳を奪う、
人かものかもわからないような状態の
死体になってしまうっていう、
それが核兵器の非人道性というか、
良くないところなんだ。
それを表現するための表現なので、
私はいいと思うという話があって、
それで当たったらいいんじゃないかなということで、
この案を進めていくことになったんですけど、
なのでおっしゃる通り、そういった視点はすごく重要で、
そこを気にしながら作っているというところがあります。
実際にその反響はどんな感じだったんですか。
すごく大きな反響があって、
長崎新聞には、
もう恒例の被爆者から、
お便りが来たりとか、そういった反響もありますし、
平和学習の教材として使ってくれる人たちがいたりとか、
そういういろんな反響が。
あとSNSですかね。
見ました、その時の反響。
ありがとうございます。
僕、高校を卒業して長崎を出たんですけど、
長崎って8月9日投稿日なんですよ。
夏休み期間。
そうなんです。
11時2分にはサイレンが、
原爆が投下された11時2分にはサイレンが鳴るんですけど、
それが当たり前だと思ってたら、県外に出てみると、
8月9日の報道ってそんなにされてないし、
11時2分サイレンが鳴るわけでもないし、
みんな何事もなかったかのように過ごしていて、
それが結構カルチャーショックだったんですけれども、
そういう意味でこの広告を作っているのは、
核兵器の問題というのが、
長崎や広島のローカルイシューではなくて、
今、全世界の人たちが直面している問題なんだということを、
伝えたいなというふうな願いもあって、
作っているところもあるので、
そうやってこの新聞広告がSNSで広がっていくのは、
すごくありがたいなというふうに思っている。
すみません、ちょっと話しすぎちゃって。
この長崎新聞以外にも、これって載ったりするんですか?
いや、もう基本的には長崎新聞のここだけで、
ウェブサイトがあって、そこに、
今年の原稿もそうですし、過去の原稿もまとまっているので、
ウェブで見られたりします。
新聞社の?
そうですね、新聞社のウェブサイトで。
でもやっぱ、映画枠は物として一番人気に。
自分も画像では見てたんですけど、
やっぱり実物を見たときに正直ちょっと鳥肌が。
思ったよりベッドリ感が怖い。
27:01
怖いね。
インクが乗ってる感じが。
そこも印刷も含めてすごいこだわってる。
そうですね。
まさにこのプロが出るかどうかっていうのは結構重要なんですけど、
5年間やっていく中で、結構新聞社の印刷所の方も、
この企画には思い入れが出てきていて、
早めに原稿くれたら試しずりするよとか。
職人たちが。
気持ちが。
いろんなプロの結集なんですよね。
あと広告会社の人たち。
エバツさんはまだ会社にいて。
広告の技術をこういうことに使うのって、
すごい良いことだなって自分は思っていて。
消費材とかそういうのがやっぱりメインじゃないですか。
利益を上げるっていうのがメインだと思うんですけれども、
物や企業の価値を高めるような伝え方をするのが多分広告だと思うんですけど、
平和っていうことを伝えるためにみんなが、
それこそアートディレクターの方、イラストレーターの人、
鳥さんはCDでありコピーライターだと思うんですけれども、
あとその印刷の人とか、
そういうプロが普段培ってきた技術をこういうことに使うっていうのは、
めちゃくちゃポジティブなことだなって自分はすごく思いますね。
怖いですよね。一方でこういう能力を持った方が、
それこそ自民党の広告とかも手がけてる。
賛成党とかもね。
そういうふうにも使えちゃうじゃないですか。
確かに。
怖いことですよね。
すごいけど怖いことですよね。
でも広告と戦争っていうのはね、
ほんとずっとナチス的な問題からね、
映像の正規みたいなさ、バタフライとか、
見た記憶もあるし。
小林美香さんもね、前にナチスの広告。
あれと賛成党のやつが似てるとか。
そうだね。
あの1回取り上げたときにそんな話もしてくれた。
だからね、コインの裏表というかね、
見事な表現ができるということはどっちにも。
でも願わけばね、平和のそれこそ方向に。
だから善、邪すぎて、
善すぎて、
善すぎて、
善すぎて、邪じゃない?これって。
いや、だからそうだよね。
お前らに関係なくないからなって言ってるもんですよね。
確かに。
そういうものって本当に大事だと思うんですけど、
でも見る人には多少負担やストレスをかけるということが、
どんどんどうなのそれって、
もっとユーザビリティの高いものに、
分かりやすさとかってなっているじゃないですか、おそらく。
30:01
そうなってきたときに、
例えば沖縄の新聞、
もう意見広告というかこういう、
確かなんかちょっと記憶があれだったじゃないですか、
今まで米兵に性暴力をあった人のリストみたいなのを、
ぶち抜きで確か載せてたことがあって話題になってたけど、
そういう、もうあれじゃないですか、
突きつけるような形の、
特に沖縄の問題なんか、
本土と呼ばれる沖縄と沖縄の外の人の温度差とかもよく問題になりますけど、
一緒ですよね、さっきおっしゃってたように、
長崎の現地で育った人と、
もちろんまた広島であると思いますけど、
そうなっていくと、
はっきり言ってこれを見るべきはもしかしたら、
外の被爆地ではない人たちかってことには、
理屈で言えば絶対そうなりますよね。
きれいごと言ってる場合じゃないけど、
でも本当はそうですよね。
そこまで届いてほしいなという気持ちでやっちゃいますね。
あと、過去にちょっとまた。
ちなみにこれは30弾、15弾だけじゃなくて、
5弾というスペースもありまして、
そういう子供が亡くなってたとか、
まさに先ほどのウジが湧いたという証言だったりとか、
これも完全に証言を元にしてるんですけれども、
本当に品出する状況をいくつかリストアップして、
それをいろんな形で。
これは路面電車なの?
そうなんですよ。路面電車のつり革につかまったまま、
亡くなっている方がたくさんいたという証言があって、
本当かなって最初その証言を見たときに思ったんですけど、
実際に複数の方がこういった証言を残していて、
みんな同じたぶん電車を見ながら、
その証言を残したんだろうなとかですね。
骨組みだけになった路面電車と、
つり革を握ったまま死んでいる人。
だってものすごい熱風っていうのを作っているやつですもんね。
一線と爆風と。
浦上川では水を求めてうつ伏せになったまま、
たくさんの人が死んでいた。
グラフィックが全部かっこいいな。
体から剥げた皮膚がブラブラと垂れ下がり、
飛び出した眼球を手で抑えている。
熱い熱い水場水場と喘ぎながら。
33:02
そうですね。
みたいなことがですね。
超対策ですね。
そうですね。毎年、長崎新聞さん本当に力を入れて、
やっていって。
私が姉に火をつける。
炎天の下の焼きする。
ものすごい炎、匂い。
これは手ですか?
そうですね。手にも見えるし、炎にも見えるっていうような。
顔から足に見えますね。
顔から足の先まで体にガラスが突き刺さり、
腕の骨が見えていた。
そっか。もの、破片とかも。
そうですね。爆風でかなりそういったことも多かったということで。
これはちょっと。
トランプに送りつけられないですか?
ホワイトハウスに。
ホワイトハウスですね。確かにね。
そこまで届いたかと思ってるんですけどね。
どっかでなんか最近もなかったでしたっけ?
そのアメリカのさ、
人が日本にカンカンに怒ってさ、
また落とすぞみたいなさ、
なんかそういうことを言ったみたいなさ。
軽いよね、言葉は。
やっぱり知られてないっていうのは大きいかなと思っていて、
実際にそれが使われたらどうなるかっていうことを
多分そんなに知らずに
そういった発言っていうのを
なされてるんじゃないかなと思うんですよね。
だからこそやっぱり長崎から
それを伝えていく意味はあるなと思いながら
やってはいるんですけれども。
こういうのってやっぱり小中高という
教育の段階で結構長崎の子どもたちは
接する機会って多いんですか?
いや多いですね。
僕らがまだ小学生、中学生だったところは
実際に被爆者の方の話を聞く機会も多かったですし、
それから私が署名活動の一期生なんですけれども、
今まであるんですか?
そうなんですよ。
高校生1万人署名活動っていうのが
もう25年続いていて、
高校生が街頭で署名を集めるっていうのがですね、
もう長崎で当たり前の風景になっていて、
例えば大阪だとお笑い文化があるみたいな、
誰かがボケたら突っ込むみたいな、
のと同じように長崎には平和文化があると
言えるんじゃないかなと思うんですよね。
私はなんか2,3年前に長崎に行ったときに
原爆資料館に行ったんですよ。
で、その後公演に行ったら時間あったんで、
そしたら小学校のクラスみたいなのがいっぱいいて、
そこでみんながスピーチをしたり、
歌を歌ったりしてて、
普通に8月9日とかじゃないんですけど、
普通に土日なのかな?
平日だったのかな?
かもしれないですけど、
こういうの日常的にやってるんだなと思って。
36:02
地元の学生とかですか?
小学生みたいな人が何組かいて。
確かに。でもそうですね。
社会科見学のような形で平和学習をするっていうのも。
長崎だけじゃなくて本当はね。
本当はね。
本当はだよね。
だって長崎と広島はね、
実際にそういう被爆体験をしてしまったけど、
もちろん東京とか空襲のいろいろあったと思うけど、
全体でこういう現実が起きてしまうし、
その背景にはみたいな。
ちゃんと教えて欲しいよね。
そういうのがないとなんか乖離しちゃって、
なんかもうちょっとファンタジーみたいな捉え方してる人とか、
出てきちゃうじゃないですか。
最近ありましたよね。原爆はなかったみたいな。
無理だろうそれは。
そうですね。そのデマがかなり拡散されて、
それを信じてしまう人もいるっていうような。
でもやっぱりその件、
なんかもう今被爆体験?
なんかもうすごい極端に言うとさ、
平和は反日みたいなのがあるわけじゃないですか。
なるほど。そういう考え方か。
でもそうです。だって体制側がどんどん軍事の方に向かってる感じがしますもんね。
平和って言うと左翼、反日みたいな。
謎っていうか、そういう構図にどんどんなってるというか、
つまり平和がダメとはみんな言わないと思いますけど、
なんかお花畑の理想論に過ぎないみたいな。
でもやっぱりちゃんと核を持って、
お互い舐められない、欲しい。
それが平和に繋がるんだという論調の方が、
なんか現実的なものとして流通してる感じってあるじゃないですか。
でもその考え方のほうがすごい乖離しちゃってる気がするんですけど、
もちろん自分だってそんな長崎や広島の現実を知ってるとも言えないぐらいのレベルではあるんですが。
いやいやすごく難しいポイントだなと思いながら私もやってますね。
例えばまさにおっしゃったように、
例えば戦争反対みたいなメッセージがなかなか届きづらくなってるなっていうふうに思っていて、
例えばその軍事費を増やそうと思ってる人も、
いや自分たちも戦争反対なんだと。
戦争したくないから安全保障に力を入れるべきだみたいな話になるわけじゃないですか。
だからその戦争反対をもう一歩やっぱり踏み込んで、
そのためにどうしていけばいいのかみたいなその対話をすべきなんですけど、
そうはならないというか、
先ほどおっしゃったみたいに戦争反対と言ってる人たちに対して、
39:03
お花畑だみたいな形で決めつけみたいなことがあるし、
逆もそうで、
軍職を求める人たちは安全保障に力を入れるべきだという人たちに対して、
奴らは戦争を従っているっていうような、やっぱりそういうふうに見てしまっている。
だからそこが結局まさに分断が深まってしまうというか、
特にSNS上などではそういった議論というか、
お互いを決めつけ合って、
なかなかそこから先の議論に進みづらいというような状況があるよなというふうに思っていて、
そこはひょっとしたらコミュニケーションの仕方で変わるところもあるんじゃないかなと思ったりはしていて、
でもそこに何か甲斐があるわけではないんですけど、
でもその一つだと思う。
こういう伝え方を工夫したりするのもその一つだと思うし、
例えばなんですけど、ちょっといいですか。
いいです。
今の話の流れでちょっと紹介したいんですけど、
2023年の8月9日で、
この年は2022年の2月ですかね、
ウクライナ戦争が始まった年なんですよね。
めっちゃピーポー言ってる。
それでウクライナ戦争が始まった年の8月9日、
次の8月9日なんですけど、
この年に作ったのがこういう広告。
これ覚えてます。
縦一なんですけれども。
ルビンの壺を元にしてるんですけれども、
この隔壁がキノコグモにも見えるし、
2人が話しているような様子にも見えるというもので、
ここに武力か対話かっていうコピーが入っていて。
かっこいい。
武力の行き着く先を長崎は知っていると。
結局その行き着く先が。
読んでください。
そうですね。
戦争の行き着く先を長崎は知っている。
7万人以上の普通の市民が一瞬にして命を奪われた。
生き延びた人たちも後遺症や差別に苦しんだ。
核兵器の使用は避けられなかったのか。
戦争を止めることはできなかったのか。
8月9日、声なき声が私たちに問いかけてくる。
っていうようなものだったんですけど、
結構賛否両論というか、
この時、そうは言っても対話するためにも武力が必要じゃないかとか、
対話できないような相手が攻め込んできた時に、
本当に対話だけで解決できるのかとか、
そういった意見もあって、
もちろんよく言ってくれたみたいな意見もあったんですけど、
やっぱりこの二項対立というか、武力化対話化というメッセージでは、
その分断をどうしても生んでしまいかねないなというふうに思ってですね、
42:03
ちょっと気をつけなきゃいけないなっていうふうに思った年の現行なんですけど。
二項対立にしてしまったかなという。
でもそうなんじゃないのって思っちゃいました。
そうですね。長崎だから言えることだとは思って、
最終的にはこういうメッセージにしたんですけど。
外交とはって感じになるようになりましたね。
別に対話って本当にただただ話し合うだけじゃなくて、
いろんなカードをおそらく使いながら、
もちろんあるところでは力関係を巧み利用しながら、
やっていくものだとは思うんですけど、
でもそうか、こうやって言葉尻をSNSとかだとパッと取って、
いやいやそんなことでは解決しないよみたいなことを触れる人も。
でもやっぱりここは後遺症とか差別の問題とかも結構刺さるじゃないですか。
原爆症でしたっけ。
そうですね。
あれって一瞬放射能の後遺症っていうかその影響っていうのは、
もう少しタイムラグがあってくるわけですもんね。
その一瞬大丈夫だろうと思ってた人がその後苦しいんだり、
本当にそういう被害を受けた人がおそらくできることができなくなっちゃったり、
あるいは見た目のあれで、
そういう差別を受けることになるっていう理不尽の極みみたいなことがよく、
そういう戦争の話には出てくると思うんですけど、
そういうのもね。
どうですか。
いや本当におっしゃる通りで、一瞬にして命を奪うっていうこともあるんですけど、
まさにおっしゃったように、結婚だったりとか就職で差別を受けて結婚できない、就職できないっていうこともあるし、
その病苦で体が弱いから仕事も続かないとかですね。
あとはやっぱり精神的なトラウマがどうしてもやっぱり残ってしまうので、
生き残ったけどなぜ自分が生き残ったんだろうっていうことを考えて。
本当に罪深いものですね。
じゃあちょっとまた別のものを。
自分が結構印象に残っているのがコロナ禍のやつ。
あれがすごく自分は印象に残ってますね。
そうですね。これがまさに長崎新聞のその平和企画と呼んでるんですけどもこのシリーズ。
その平和企画が始まった年のものになってます。
それが最初だったんですね。
これが最初です。
2020年。
そうですね。
被爆75年の節目の年に何かやりたいと長崎新聞の方からリクエストいただいて始まったものなんですけれども、
この年はラッピングといって一面がこうなってこういう状態でお家に届く。
45:05
石畳のような。
そうですね。
これはまさに石畳で平和公演という平和記念式典が開催される会場の石畳を原寸大でプリントしたものになっています。
なんて書いてあるんですか。
今年の平和記念式典は家で行われますと想像してみようというものなんですけれども。
なるほど。
はい。コロナ禍で十分の一の規模に縮小してしまった記念式典を受けてですね。
参加したくてもできない被爆者の方もいらっしゃいますし県外の方もいるということで、
この家で踊ろうみたいななんかそういうの結構ありましたよね。
安倍が乗っかってなんか星の原動。
そうですそうです。
家で祈ろうじゃないですけれども、お家で想像しながらお祈りを捧げましょうという原稿で、
この年は結構SNSでの参加を呼びかけたりもしたんですけれども、
結構多くの方が実際にこの新聞の上でお祈りしている様子を上げてくれたりとかっていうような。
面白いなと思って。
すごいですね。そっかコロナ禍でね。
そうですね。
確かになんかその時のことを思い出しますね。
そうなんだよね。本当に出れなかったもんね、家からね。
確かに何万人が集まるとかも手の他ですもんね。
そうですね。
確かに。密。密。
だからその状況をある種逆手に取って、新聞というメディアでできることをやったって感じですね。
そうですよね。これもそのデザイナーの、デザインをやってくれている柴田さんのアイディアではあるんですけど、
柴田さんはすごいですね。
どうやって一緒に話し合うんですか。
そうですね。毎年年明けぐらいから話し合いが始まって、企画を持ち寄ったりとか、あとは社会情勢について、
なんとな今年はこういう話をした方がいいんじゃないかみたいなことを話し始めてですね。
1月の時はそんなプランじゃなかったのに。
ああそうか。
ああそうか。
この年はでももうちょっと企画の時間が短くて。
そうか。最初のあれだから。
そうですね。柴田さんは結構いろんな新聞広告で厳寸ものを結構やってる人で。
そうなんですね。
この時東京新聞でもシャンシャンってパンダが各家庭に届くみたいな、コロナ禍でなかなか動物園も行けないからっていうので、
そういう企画をやってたりもしたんですけど、多分なんかそういう自分の一つのやり方の中に厳寸というのがあったんじゃないですかね。
長崎の方はこれを見たら、平和公園のやつだってわかるんですか。
そうですね。ちょっとわかんないかもなと思って、裏に使い方というか。
これいいですね。
書いてあって。
48:00
今年の平和記念式典は家で行われますと想像してみよう。原爆10日から75年。
節目を迎える今年の平和記念式典は、新型コロナウイルス感染拡大防止のために規模縮小となりました。
会場へ行きたくても足を運ぶことができないあなたのために、新聞紙1枚分の式典会場を用意しました。
ここで少しだけ想像してみませんか。
平和公園の風景を、75年前の出来事を、被爆者の願いを、今も世界に存在する核兵器を、その核兵器がなくなる未来を、
当たり前のことが当たり前ではないと思い知らされた2020年の8月9日、あなたは何を想像しますか。
というやり方が。
こういうことなんだ。
そうなんですよね。
これも長崎新聞さんとしてはやっぱりかなり思い切った企画で、もちろんこのグラフィックもそうですし、
新聞に載るってどういうことだみたいな。
共産してくれた共産者のロゴとかもですね、入っていたりとかしますし、そういったことが果たしていいのか悪いのかみたいなこととか、
あと実はこの大字がですね、白黒なんですけど、
普通長崎新聞は青い色で、これも実は初めてやったことで。
さっきのこっちもですよね。
そうですね。これで1回実績ができて、その後基本的にはモノクロになったんですけど、
でもこの時に初めてそういうこともチャレンジして。
それは企業としては結構チャレンジですよね。
そうですね。
それはよくわかるわ。
はい。担当の方がすごくやっぱり思いを持って頑張って上の角を通してくれてっていうような形で。
そうか。これを一つ現実のものにするための社内とか、共産してくれてる人たちとか。
なんかありそうですね。
すごい調整が。
そうなんです。
とはいえね、ビジネスっていう部分もある。生涯もしなきゃいけないわけじゃない。長崎新聞はさ。
でもこれを見たら長崎新聞っていい会社だなってなりますもんね。
なる。なるよ。
魂を。
魂だよね。魂を感じるわ。
やっぱ、俺らがやんなきゃみたいな感じがあるじゃないですか。
確かに。長崎新聞にしかできないことではありますよね。やっぱりね。
全国紙じゃなかなか。全国紙でやってほしいですけど。
そうだね。
宝島がたまにそういう話題になりませんか。
広告テイント、メッセージ、意見広告か。
素晴らしいですよね。
そういう形で。やっているところもきっとあるんでしょうけど。
どうなんですか。でもこういう、たとえば地元のメディアにしても、平和に対する思いが。もちろん一枚はじゃないじゃないですか。地方のメディアとて。
だからやっぱりこの、よくさ、こういうメッセージも発するし、一方でやっぱり、たとえばこういう核を、よくないよねって言ってるものをちょっとこう、
51:05
漁師対政党をちょっとこう、ライサンするような報道も、みたいなさ、結構そのなんていうの。
いろいろ混じり合ってるみたいなことを聞いたことあるんですけど、地元のメディアって。
そういう、あと選挙の投票行動で、ちゃんとその核をやめますっていうことを言ってる人が必ずしも通るとは限らないとかさ。
そういうジレンマというか、そういうことも沖縄でもまさに今さ。
知事選をやってるけどさ、こういうことがある一方でっていう、ジレンマっていうのはあるんですか。
そうですね。でもやっぱり8月9日の長崎新聞は、スタンスは変わらないというか、
キノコグモの下の出来事をちゃんと伝えていかなきゃいけないっていうスタンスはやっぱり一貫していて、
さっきのキノコグモの武力化対話家じゃないですけれども、やっぱり二項対立にしてしまうとどうしても分かれてしまうんだけど、
そうじゃなくてというか、やっぱりその後意識しているのは、
立場の違いに限らずというか立場の違いを乗り越えてみんなが共感できる、
やっぱり核兵器を使っちゃいけないよねとか、核兵器は減らしていくべきだって思えるようなものを作りたいなと思って作ってはいますね。
今年はどんなことがあったんですか。
今年はですね。
毎年作り続けるって大変ですね。
そうですね。
ライフワークですね。
作っております。
このような形なんですけれども。
今年は原爆資料館に収蔵されているものですね、被爆資料を
瓶か。
元にした広告になっています。
これ瓶ですか。
4,000℃の熱線で溶けてしまった瓶ということで。
原爆の熱線は4,000℃に達する。ガラス瓶は1,000℃で変形する。人間はどうなる。
ちょっとサイエンス。
そうですね。まさに。
サイエンスをやりたくて、ちょっとこの裏に
15弾でまた今年のコンセプトといいますか。
考えたことが書いてあるんですけれども。
読んでもらえますか。
すみません。失礼します。ごめんなさい。
人間はどうなる。
長崎に投下された最新兵器が一瞬にして日常を破壊する。
4,000℃の熱線を浴びた台所のガラス瓶は変形する。
54:00
街を焼き尽くす炎の中で少女のお弁当は炭となる。
爆風による10トンの圧力で家や工場は押しつぶされる。
その時人間はどうなる。皮膚はどうなる。眼球はどうなる。背骨はどうなる。内臓はどうなる。
細胞はどうなる。あれから81年、テクノロジーはさらに進化した。
その技術で人間はどうなる。残されたものが無言で問いかけてくる。
というようなもので、個人的には
AIとかも日常的に使っていると思うんですけれども
そのオープンAIとアンソロピックの軍事利用の件で
いろいろ話題になったりもしてたと思うんですが
倫理なきテクノロジーの行き着く先が
81年前の長崎の風景だったんじゃないかなと思って
それについて今一度考えてます。まさにオッペンハイマーですね。
その時の科学の推移というか
最先端のやつを競争し合ってるみたいな
まさに競争し合ってるってことだと思うんですよね。
これはそのコピーの下に写真が載っていて
弁当箱と炭化炭になった米。
弁当箱なんですか?
そうなんです。
爆心地から0.7キロ。
持ってた子はね。
そうですね。
ご飯粒の。これ一つ一つが。
これイラストなんですけれども。
これイラスト?
はい、ちなみに。
資料館に収蔵されているものがガラスケースから出せないものばっかりで
なのでちょっとイラストレーターの方に書き起こしてもらっている。
こっちは?
こっちもイラストです。すべてイラストです。
すごいリアル。
かなりリアル。
すごいですね。
見て書いていただいたってことなんですね。
写真をお渡ししてそれを元に書いていただいているんですけど
イラストレーターの方も初めはここまで書き込む予定はなかったみたいなんですけれども
書くうちにちょっとこう乗ってきてというか
多分ご自身でもいろいろ調べたりされてやらなきゃっていう気持ちが乗ってきたんだと思うんですけど。
イラストなんだ。
このディティールこそが大事というか感じられたのかもしれないですね。
というまさに科学技術をテーマにしたいなと思いながら
去年が証言だったので今年は物理的な何かという。
証言者がどんどんいなくなる中でこのものが語っていくっていうのはこれからも変わらないかなと。
資料館ってそういうことですもんね。
そうですね。
これは平和を善すぎてじゃじゃじゃないけど
クリエイティビティと人間というか今を生きる人たちに
57:06
どう突きつけるかある意味でもぶっさしにいくかとか
想像力をいろんな角度から揺らしにいくというか
打ちのめしにいってるじゃないですか。
打ちのめしにいってるよね。打ちのめしにはいってる。
それはめちゃめちゃ大事じゃないですか。
ちょっと野坂ききの小説紹介しましたけど
戦争と平和の物語でいうと近年だとこの世界の片隅にとか
マームとジプシーの黒雲、キョウマチコさんの黒雲とか
ああいうものがパッと思い浮かぶんですけど
例えば黒雲って演劇の作品でもともとは漫画だったけど
あれは結構少女たちの感性、ひめゆりの話ですけど
あれは食べることが大好き。
日常が描かれてね。
可愛いものが大好き、お花が大好き、化粧もして恋愛もっていうところが
本当にバーンって一気に破壊される
ここからこういう現実に一気に転じてしまうっていう切り口で表現したと思いますし
この世界もそうだよね。
あれは本当に日常を転じて
怖いんですよね。最初が楽しそうだとめっちゃ怖いんですよ。
分かってるからね。
何が起きたかこっちは分かってるから。
あれは本当にこういうものが一瞬にして破壊されたんだぞっていう
そっちの破壊されたものをめちゃくちゃ丹念に描くみたいなやり方だったと思うんですけど
確かに。それと同じだよね。
どうやってこの戦争や平和というテーマというか問題を
本当にそれこそどう提示していくかっていうのが
大げさに言えばクリエイティビティに問われてるところなんですかね。
ずっと全部クリエイティブだよね。今見てきたものが。
確かに。奪われたものの方を丹念に描くっていうのも
多分確かに自分たちが想像しやすくなるというか
共感できるようにするためにまずその部分を描くっていうのもあるのかなと思うし
結構作るときに意識してるのはやっぱり過去の出来事ではなくて
現代の問題としてどう捉えてもらうか。この年はテクノロジーだし
その前の年もちょっとその例の核武装安上がり的な
そういう風潮に対して長崎からメッセージを発信するっていうことだったり。
最初のやつはコロナ。
そうですね。その時代性みたいなものを踏まえて
過去の出来事にしないっていうのは結構意識してやってるかもしれないですね。
本当にこういうものを積み重ねていろんなところで起きて
1:00:00
みんなが日常の中でもいろいろ感じるシーンを受けて
ある記念日的なものの節目があって
そうやって常に土壌というかを耕しとかないと
本当にああいう大きな権力の場でいろいろ決まっていくことに対して
抵抗できない。本当にあっという間にそういう建設が
逆に核武装した方が安いとかいうのも
受け入れられる土壌が、たぶんこれ
戦後10年、20年くらいの時代だったら
確かに。何を言ってるんだって感じだね。
それがなんとなくもすんなり受け入れちゃう人が
これだけ増えてしまっているという現実もありますもんね。
いや本当そうですね。確かに。そうなんですよね。
でも実際その長崎県民は教育とかによって
核兵器がいかに恐ろしいかを知っているわけじゃないですか。
それと投票行動はどういう感じになってるんですか。
ちゃんとその
同じようなそういう考えの元にある人を選んでいるものなのか
意外とそうでもないみたいな感じがします。
難しいね。例えば経済の話とかさ、やっぱりあるわけじゃないですか。
あとは議員、候補者単位では核兵器に対して反対だけどみたいなこともあったりはするんですよね。
政党の考え方とは違うみたいな。
なんか岸田首相が結構そういうジレンマに置かれてたような
ジレンマなのかちょっとわからないけど、なんかあったよねそういうこと。
みたいな。
確かに。これはなので善すぎて。
なるほど。
これを善すぎてじゃと。
まとめて。
やっぱり面白い視点だなと思ってますね。
ありがたい。
クリエイティブの力は。
なんか毒がやっぱないと。
確かに。
邪がないと。
やはり難しいですよね。
そういうことコラムで書かれてましたよね。
そうですね。
宣伝会議でしたっけ。
はい。今ちょっとまさに
ブレンか。
アゾタイという宣伝会議系なのかな。
そうですねアゾタイというウェブメディアなんですけれども
そこでその分断を超えるコミュニケーションというところに非常に興味があって
まさにさっき言ってたその
わかりやすくその右と左に分けるとすると
右の人は左の人はお花畑だと思っているし
左の人は右の人を戦争したがっていると思っているみたいな
本当はそうじゃないというか
もっと違うそこにラインを引くんじゃなくて
1:03:01
分断を超えるコミュニケーションの仕方があるんじゃないかなということを
ちょっと考えながら書いていくというようなことをやっているんですけれども
まさにその土壌を作っておかないと
このまま行くとあっという間に
進んでいっちゃうんじゃないかなという危機感があって
ドイツとかのやつ見てたらそうなのかなって思っちゃいます。
2月の選挙とかですね。
じゃあと決めつけるのもあれだけれども
そういうものに対抗するにはやっぱりこちら側もある程度
対抗手段として
工夫をしていかないといけないということだと思うんですよ
正しいことを言ってりゃいいっていうことじゃない
平和って叫んでそれももちろん大事だけれども
伝え方っていうのはやっぱり大事で
それはやっぱり工夫、創造性、クリエイティビティっていうことなんだろうな
というふうに思うんですけどね
声を上げることは絶対に必要で
やっぱりこれまでも世の中を変えてきたのは
一人一人の声だと思うので
それは上げ続けるべきだし
僕もそうありたいし
そういう人たちに対してはリスペクトしてるんですけれども
いろんな多分声の上げ方とか表現の仕方があっていいと思っていて
そこの幅みたいなものとかアプローチの仕方みたいなものを
探っていけるといいなというふうに思ってる感じですかね
なるほど
ちょっといろいろ本当にありがとうございます
ものすごく僕らもこういうテーマに対してさ
どういうことがもちろん
初めて扱うテーマ
ものすごくストレートに正面からこういう話をしたのは
なんかあれですよね
パートナーと政治的な考え方が合わないとか
今までありましたけど
こういう正面からいくのは
でも正面
土正面は土正面だけど
クリエイティブっていうところから考えていくっていうことでもあるから
ちょっとだからあれなのかなっていう感じはするんだけど
でもこういう形でね
アウトプットされたものをさ
なかなか全体で言えば知らない人も多いじゃないですか
こういう裏側ではこういう制作側の意図があって
こういうのができてるよっていうところも合わせて
見てくれると嬉しいですね
来年もめっちゃ楽しみ
確かに
こうやって話す場とか時間がすごく大事だと思ってまして
それこそ僕が家族とパートナーと話をするときに
僕は割と理想論的なアプローチというか
各配説に向けてどんなことができるかっていうことで続けてきたわけですけど
彼女からは
あなたがやってることって本当に意味あるの?みたいなことを
知らない
1:06:00
言いそうだけど
確かにそうだなというか
そういうふうに考える人も当然いて
彼女の言い分としては
あなたがやってる活動はすごいと思うけど
例えばプーチンとかトランプみたいな
そういう指導者が
現れたときに
その人の判断で
その活動っていうのは意味のないものになってしまうわけだから
本当に意味のある活動をするのであれば
そういう人たちに対してもっとアプローチすべきなんじゃないかみたいな
そういう考え方なの
でも僕はさっきも話したように
そうは言っても
人種差別でも
女性の賛成権でも
誰かが声を上げてきたから
その積み重ねで変わってきたものもあると
だから核兵器の問題も
同じだと思ってやってるっていう話を
結構やる中で
お互い考えが変わって
僕は僕で
周りにそういうことを言う友達ってそんなにいなかったから
じゃあそういう考えを持つ人に対してどういうふうに伝えれば
伝わるかなっていうことを考えるようになったし
彼女は彼女でそういうアプローチは確かに
効果的だなっていうふうに思ってくれてですね
なんかやっぱり正面から話すというか
対話の場っていうのはすごく大事なんじゃないかなっていうふうに思うんですよね
でも実際
私もそういう仲いい友達が
やっぱり自衛をしないと核を持って
なんか不利になるっていうか
いつか大変なことになるみたいなことを言ってて
私はなんかその核を持つっていう文脈に
なんか世界のそういう文脈に乗ったら
いかんって思ってて
そこは永遠に交わらないんですけど
実際どういう
いや確かに
どういうふうに言ったら
分かってもらえるのかって思うんですけど
そうですよね
その時に
なんでそう思うのかみたいなことを
お互いに話すっていうのはあるかもしれないですよね
その考えの背景にあるものっていうか
そういうことを話し合えたらいいんじゃないかな
ちょっと思ったりはするんですけどね
お互い核持つ
持つな
両方とも平和のためにって思ってるわけですもんね
そういうところからやっぱり解きほぐしていかないと
なかなかあれなんですかね
でも逆に言えば
そういうところをしっかり丁寧に
ほぐしていければ手をつなげる部分だって
いっぱい見かかるのかな
確かに
お互いそこのゴールは
同じだよねっていう
スタート地点に立った上で
じゃあどういう手段があるのか
確かになくしたほうがいいけど
すぐにはなくならないから
群粛ってことになりますね
そうですね群粛っていう
バランスを取りながら少しずつ減らしていくみたいな
1:09:00
本当にね
僕もいろいろ
ジェンダーの問題とかも含めて
書いたりする中で
やっぱその
論理?理で考えるっていうのは
ちょっと限界があるというか
あの
やっぱこう打ちのめされるじゃん
一回広告を見て映画を見て
なんか
うわーみたいな
なんかもう言葉は出てこないけど
ドキュメンタリーもすごくいいと思いますし
なんかそういう資料館に行って
僕も2,3年前か
原爆
広島行った時にちょっと行ったんですけど
ああいう
見てるだけで
みたいな気になる
ああいう時間や瞬間をやっぱ
重ねた上で
理で話していくってフェーズに行かないと
いきなり理で
無理じゃないですか
空中戦みたいになっちゃって
だからそういうためにもね
物に触れて
こういう
みたいな気持ちになるっていう
時間の大切さは
なんかすごく改めて感じた
次第だなと
本当に今日は
貴重な資料
およびお話をね
サイトに行けば見れるんです
長崎新聞の
リンクなり
皆さんもちょっと見ながら
それぞれ多分
いろんな意見をね
聞いてくださってる人も
持ってると思うので
賞を取られたんですよね
そうですよね
恐縮でございます
去年のやつで
賞を取った
そうですね
認められたってことですね
そうですね
取り組みが
東京コピーライターズクラブという
コピーライターの
超有名なあれじゃないですか
ACCCという
そちらで賞をいただきまして
ありがとうございます
これがまたいろんな人の目に触れる
機会になればいいなということで
9月末から展示が
アドミュージアム東京というところで
毎年やってるやつ
そうですね
そこでも展示されるので
もしよかったら
その案内もね
9月から
今月から
もうすぐ
めちゃめちゃあれじゃん
ACCCとかも取ってませんでしたか
実は去年TCC賞というのをいただきまして
今年TCC
最高新人賞というものを
いただいて
なんで新人なんですか
新人という
どういう概念なんですか
ややこしいんですけど
新人部門と一般部門というのがあって
普通はというか
多くの人は若いうちに
新人賞というものを取って
その後一般部門に出していくと
新人賞を取ると会員になれるんです
TCC会員というものに
僕は
これまでそんなにご縁がなくて
TCCとは
だからそんなに賞を
いただく気はなくて
1:12:01
去年
年間というのは毎年発行してるんですけど
1年間の広告を
まとめたTCC年間という
その年間の中に
長崎新聞の広告をちゃんとアーカイブして
置く必要があるんじゃないかなと
その責任を
果たせていないんじゃないかなと
ある時思うようになって
年間に掲載したくて
TCCの一般部門に出すようになったら
それが去年たまたま
TCC賞というのをもらって
その受賞式の現場とかで
なぜ新人賞に
出さなかったのみたいな
会員に入りたくないってこと
みたいな
そんな感じになっちゃって
尖ってる人って思われた
大御所のコピーライターから
尖ってる
尖ってる人って思われるのも
あんまり得じゃないな
みたいなことを思って
新人部門の方に出したら
最高新人賞
でもちゃんと
認められて
アーカイブされて
確かにそうですよね
やっぱり地方史っていう
だからこそ
そういうところで
評価してもらうことの
価値ってあるわけじゃないですか
そうじゃないと触れられない
ってこともある
だからすごい活動として
全部が
繋がってる感じが
して改めて
全は面白くないみたいな
それは心配なんですよね
超えたところに
面白いでしょ
面白さがある
面白さがあるじゃないですか
バーズさんの語りも面白いなって思うし
すごく貴重な話で
やるとともに
来年も楽しみです
頑張りますので
平和語り
私たちも勉強重ねて
あと実は来月
長崎に来ていただく
これの
ちょっとですね
あれなんですよね
イベントをやるんですよ
長崎で
VOICEという場所を
長崎で運営していまして
それはまさに対話の場
対話のための場所なんですけれども
あそこにお二人来ていただいて
何を話せばいいんでしょうか
10月12日
4時から6時ですかね
でも長崎の方々
もし
リスナーの方で
誰でも入れるんですか
誰でも入れます
申込み制にはしようかなと
そんなに大きな会場ではないので
人数制限はあるかなと思いますが
我々がおしゃべりした後に
来ていただいた方と
対話する
みんなでしゃべる
これを聞いてくださった方だね
もしね
テーマはどうするんだっけ
テーマはまだ見て
1:15:00
地域と都市
地域と都市みたいなのもいいし
要因全じゃもういいな
という風には思ってる
でも
今日はたっぷり貴重な話を
こういう
待て待てとか
長崎県で
たとえば乗り込んで
それは無理でしょ
いやいやいや
怖いね
それもある
やるので
インスタとか
インスタをやっておりまして
そのインスタで
告知をしていきたいなと思ってますので
ここに出てるので
見ていただければという感じですね
というわけで今日は
このpodcastでは全の人として
ずっと
祭りに挙げられてきてしまった
全二位さん
全二位として
でも今日は
制作物の広告や背景にある
平和と戦争の
問題を
色々具体例を紹介しながら
ただの全じゃねえぞ
という
部分を
お伝えしていくとともに
我々もね
本当にこんな貴重な話を聞かせていただいた
という
東の全を呼んで
悪口大会
全バトル
悪口大会か
それも結構気になってたんですよね
もうすでに会ってはいるんですよね
そうですね
魚会議
そこで一度
カオスなのに
全ですよね
酔っ払った時の
飲み会の会
じゃあちょっとそういう
今後もぜひお付き合い
いただけたらと思います
ということでここまで
お聞きいただきありがとうございました
桃山翔二の清田でした
和子でした
バートでした
また次回もよろしくお願いします
よろしくお願いします
ありがとうございました
01:17:53

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