歯切れの悪さと信頼性
どうもー、たいきでーす。いつもありがとうございます。
えーっと、
まあなんか、ね、
今日は自分のことを肯定するような回になりそうな気もしますが、
そう、歯切れが悪い方がいいよねっていう話をしていきたいと思います。
ってことで、今日もガンガンカッコつけていきたいと思います。よろしくお願いしまーす。
えーっと、まあ、僕の配信を聞いていただいてる方は、
えーっと、そういう部分があるなっていうのは、
わかる方もいるんじゃないかなと思うんですけど、そういう部分が、今から僕が言う部分が僕にあるかな、
あるんだろうなってわかる方も、もしかしたらいるかもしれないなって思うんですけど、
えーっと、何事も言い切らないことが僕、
うーんとね、まあ好みですね、言い切らないことが好きだし、言い切ってない人の方がなんとなく信頼できるんですけど、
信頼したいんですけど、
えー、これしたいと信頼できるまた別で、
別で、別なんでちょっと後から余裕があれば話そうかなと思います。
で、えーっと、そうですね、言い切ってね、ちょっと前にtwitter、q、twitter.xで、
ポストしたんですけど、ただし、うーんと、正確に何て言ったか忘れたけど、
歯切れが悪い人の方が信頼できる、信用できるだったかなー、忘れちゃった、
歯切れが悪ければ悪いほど信用できる、みたいなツイートをして、ポストをして、
今日はそのことについて話しますね。
んでまあ、その、そのままなんですけど、なんか、
歯切れの悪さって、自分が今から言おうとしていることに、
絶対的な自信があったらそんなに歯切れ悪くならないじゃないですか、
あーまあなんていうか、自分の発言が100%受け入れられるってわかってたら、歯切れ悪くならないですよね。
受け入れられたところで反論があったり、
自分もそうではないと思う要素があるかもしれない、
とか、えーなんて言うんだろうね、
この、今僕のこの歯切れの悪さは、
えーと、ただ喋るのが上手じゃないからっていうだけなんですけど、
自分に絶対的な自信があったり、
こう、僕がそう思うっていうだけで、みんな、みんなっていうか、他の人がそうとは限らないんですけど、
絶対的な言い切りをしちゃう人とか、早く決めつけちゃう人って、それだけ、
えーと、視野が狭くなってると思うんですよね、とも言えると思うんですよね。
なん、なんていうんすか、
こういう人だから、今こういうこと言ったんだねって、
なんか、あなたはこういう性格だからこういうこと言うよね、みたいなのとか、
今こういう状況だからこうすべきだよね、みたいなのって、
一見論理的にも見えるけども、
うーん、なんていうんすかね、
あんまり決めつけないほうがいいよって思ったりします。
言葉選びと歯切れの悪さ
逆に、まあなんか、歯切れが悪いっていう言葉がちょっとネガティブな言葉になっちゃうかもしれないですけど、
こういう説もあるとか、こういう時もあるとか、こう思う、みたいな、
そうじゃない可能性があることを知りながら喋ってたり、
まあ、書いてる文字の方が信用できる、
その文字を信用できるというか、その人のことを信用できるんですよね。
だからその書いてあること、本に書いてあることとか、その人が話したことが信用できるというよりも、
そういうようなことを言う人が言っている、そういうような言い方をするような人が言っているから、
信用できる。
ああ、だからしたくなるんですよね。
このできるっていうのはまた別でついつい言い切っている人とか
何々すべきだ
朝は早く寝る朝は早く寝ない
早寝早起きするべきだ
なぜなら科学的にこういう根拠があり
こういう実験をもとにこういう証拠が出たからだ
って言っている人の方が
なんとなく信じちゃいがちなんですよね
ついつい信じちゃいそうになっちゃいがち
信じちゃいそうになっちゃいがち
で僕も何も疑わずこうやって
なんていうんですか
運転してますけど
この車の安全性を担保し
安全面のところで
こういう確率がこういう可能性があるので
こういうこととこういうこととこういうことと
こういうこととこういうことをしないでください
こういうふうなことをしてくださいみたいな
そこに歯切れの悪さがあったら確かに
大丈夫かなこの車乗っていいのかな
って思ったりしますけど
なんとなく信用したくなるんですよね
そこまで言うなら
逆にこの車は絶対に事故らない
絶対に故障しないですよ
何万回こういう実験したからね
言っちゃうのって
絶対にとは言わないだろうけど
なんとなく不安なんですよね
人でも物でもことでも
自信満々な人って
自信満々とはちょっと違うんだけど
言い切っちゃう人って
信用しにくい
「べき」という言葉の使い方
なるべくそういう人を信用したくないというよりも
言い切らない人を信用したくなるんですよね
だから言葉選びとかもそうで
僕基本的に適当なこと言ってますけど
自分の中で使いたくない言葉とか
使わないようにしてる言葉とかあり
その中の一つが
もう2年ぐらい前ですかね
このポッドキャストで
何々すべきっていう言葉を
使わないようにしてるって
いう話をしたんですけど
それもその一つで
すよね
そうなんです
その一つなんで
こういう時にはこうすべきだ
みたいなとか
あなたはこの時にこうするべきだった
みたいなことを
本当にそうなのかもしれないけど
そういう言葉は使わない方が
いいんではないでしょうかって思ったりします
僕がべきって使っている時は
ほとんどが
あえて使っていて
あえてっていうのは
例えばあなたは今から
私に500万円渡すべきだっていうのは
突然くれたら嬉しいとかびっくりして
逆に受け取らないかもしれないけど
嬉しいですけど
本当にそうすべきとは思ってない
だから冗談でべきを使うときと
あとはこのべきっていう発言
何々すべきとかするべきっていう
べきへの重みを
知ってくれている人に対して
僕がその言葉を大事だと
その言葉に
べきっていう言葉に対して
思ってる気持ちを知ってくれる人の前で
使う
だからあえて使う
分かんない
何て説明すればいいんだろう
何て説明するべきなんでしょう
この
何々すべきだっていうのは
一つの強い主張だと思うんですけど
一つのというか
唯一の主張だと思うんですけど
僕の場合
この唯一ではない
強い一つの主張として
べきを使います
あなたの前では
使えます
私はあなたの前だと
このべきを使います
って信じている人の前で
使ったりはしますね
そうは言いつつ
全然関係ないところでもしかしたら
使ってるかもしれないですし
私があなたのことを
信用してべきって
使っているだけで
その受け取ってる方が
そこまで私が
僕が思っているべきと
同じ思いをしている
同じというか
僕がどれくらい思ってるか
っていうのは分かってない
可能性もありますけど
べきっていう言葉は
使わないべきだと思います
ってことで最後まで
聞いていただいてありがとうございました
じゃあまた次回も
ガンガンカッコつけていきたいと思います
じゃあまた