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2025-02-08 1:03:08

第46回 ブック・オブ・ザ・イヤー2024 前編 〜 偽文書、密貿易、組織の闇

今回は、2024年に読んだ本で特に印象に残った本を紹介しています。前編はマト文庫のベスト本についてお話ししています。


【マト文庫のベスト本】

『椿井文書  日本最大級の偽文書』(馬部隆弘/著 中公新書)

江戸時代のディープフェイク「椿井文書」と偽物が持つ魅力


『ナツコ 沖縄密貿易の女王』(奥野修司/著 文春文庫)

伝説の密貿易商が駆け抜けた、知られざる沖縄の戦後


『対馬の海に沈む』(窪田新之助/著 集英社)

彼は何を抱えて対馬の海に沈んだのか


【オマケ】

『絶滅危惧個人商店』(井上理津子/著 ちくま文庫)

地道な商売が大事なんよ(CV.ピエール瀧)


【参照サイト】

・yahooニュース2021年12月5日

「嘘でつくられた歴史で町おこし 200年前のフェイク「椿井文書」に困惑する人たち」

https://news.yahoo.co.jp/articles/295047cdba2e492f0e0fd6967a659352d9a28d99?page=1


・NHK NEWS WEB 2024年12月23日

「ある贋作師の告白 芸術に私たちが求めるもの」

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20241223/k10014673641000.html


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サマリー

このエピソードでは、2024年の「ブック・オブ・ザ・イヤー」に選ばれた「椿文書」について詳しく説明されています。この本は偽文書に関する研究で、著者のババタカヒロ氏は、江戸時代に趣味で作られた文書がどのように広まったか、その歴史的背景について探求しています。第46回のエピソードでは、津波文書という偽文書の問題点や、それによって地方史がどのように歪められるかについて議論されています。また、AI技術の進展がもたらす情報の偽造や、それに対する認識の変化についても触れられています。さらに、このエピソードでは偽文書や密貿易、組織の闇についても議論が交わされ、アートの信頼性や本物と偽物の境界について深く掘り下げられています。最後に、著者は調査した事務所内の不正行為や地域の密貿易についても語り、特に組織の闇や農協の問題に迫り、その取材過程が描かれています。

ブック・オブ・ザ・イヤー2024
みなさん、こんにちは。この番組は、誰もが知っている名作から、あなたの知らない日知すぎる本まで、ゆるいトークで紹介する特集系ポッドキャストです。
改めまして、こんにちは。的文子です。
こんにちは。梶原コーヒーです。
よろしくお願いします。
よろしくお願いいたします。
2025年も明けてだいぶ経ちますけれども。
ね、あっという間にもう半分ぐらい経ってますね。
そうですね。
1月の。
今回なんですけれども、これのブック・オブ・ザ・イヤーですね。
2024年をやりたいなっていうところですけれど。
はい。私何一つ読んでません。
椿文書の特徴
そうですね。ほんとなんかすごい忙しかったですからね、梶原さん、去年は。
まあね、ほんと犬様の介護で、とにかく介護で始まり、介護で終わる1年だったので。
そうですね、何も読んでいません。
漫画すら。
ね、ほんとに、漫画すら読んだ記憶が、新しい漫画読みましたっていう感じもなくですね。
読んでないというわけですかね。読んでない記憶は。
そうですね。あ、そう、覚えてないんですよね。
お話をされてた記憶はあるんですよ。夏ぐらいに話したときにこれを読んでてみたいな。
全く記憶がないです。もう読んでないところが記憶がないっていう。
でもほんとに忙しかったり、もうなんかギリギリまで体力を削ってるときって、読んでてももう記憶がないんですよね。
そうなんですよね。あとその出来事が、うちの場合は犬様が召されまして、天に召されまして、そうなると悲しみとともに記憶がふわっとなくなるというか、
一番つらかった時の記憶って割となくなっちゃうんですよね。一緒にすべてごそっと。だからなのか割と記憶がない。
やばい、記憶がないっていう。でもほんと記憶がなくて、私フランス語の勉強を去年、一昨年の冬ぐらいから始めてて、
けっこう介護中に、片手は開くので、犬様を抱っこしながらでも右手とかは開くので、ずっと携帯でフランス語の勉強をアプリでしてたんですけど、
ごっそり割れてしまって、すごいショックで。え、ここごっそり抜けたかと思って。だから私もう昨年がありません。
いやでもなんか私もそうなんだよな。年明けから仕事がずっと忙しくて、なんかそれが終わったなと思ったら次は夏の試験に向けてずっと試験勉強で、
そうですよね。
それが終わったなと思ったら今度入院の話が始まって、
そっかそっか、そうでしたね。
そう、私もそれをもう忘れてるんですけど。で、なんかそれが終わったらもう年末になってたっていう感じで。
去年何してたっけっていうと、その3つぐらい、3つがあったけど、その内容もいまいちもうぼんやりしてて、去年はね、お正月からちょっとね、
世間的にもちょっとあんまり、
そうですね、まあいろいろ、自信あり、思考起事故あり。
あんまりこう、いいスタートダッシュを切れてなかったっていうのもあったのかもしれないですけど、
そうですね。
なんかあんまり記憶に残らないというか、残したくなかったのかわかんないですけど、まあ私も何をしてたのかいまいち覚えてなくて、
そんな中で、
そんな、うん、そんな中で、
読んだ本の中からですね、選ぶっていうところで。
で、まあちょっと毎年年の暮れに今年読んだ本でベスト10を選出し、そこからさらに決戦投票で第3位まで選び、そこからまた決戦投票というか、そこが最終の決戦投票ですよね。
このベスト3の中から、厳正された3冊の中からですね、選んでいくっていう。
もしかしたらブチギリの1位っていうのがあったりとかするので、あとは2、3位に決めていくっていう感じなんですけど、
まあそんなわけで、今年の、今年のじゃないや、2024年のですね、本からなんですけれど、まず堂々の第1位ですね。
タイトルが「椿文書」っていうですね、中央新書から出ている本です。
で、書かれた方がババタカヒロさんという方ですね。
で、これ椿文書って漢字で書くと、植物の椿あるじゃないですか、花の。
キヘニハル。
そうそう、キヘニハルの椿に井戸の井って書いて椿って呼ぶんですよ。
で、その副タイトルにあるように、これは実は偽の文書であると。
ただその椿文書っていうのが近畿地方に分布してるんですね、広く一帯に。
数が半端なくて、1000点以上今のところ発見されている限りだと見つかっていると。
しかもこの椿文書っていうのが、一人の人物によって売られた偽文書であると。
で、作った人がツバイマサタカっていう、だいたい江戸時代の頃、1770年なんで江戸中期ぐらいですかね、に生まれた方が趣味で作った文書っていうのが、偽の文書があって。
で、それについてまとめた本なんですよね。
で、まず一人で1000点以上書いてるっていう時点で、増加してるんですけど。
増加してますね。凶凶沙汰ですよね。
しかも、趣味で。
ツバイさんね、趣味で偽物を、岩柵を作っている。
ひたすら岩柵作り、偽の文書を作りまくってるんですけど。
本来作ってたのは、お寺寺院の配置図じゃないですけど、寺の絵みたいな。古いお寺とかと、ここに三本があって、ここに五重塔があって、こっちが本殿みたいな図ってあるじゃないですか。
あります。
なんかそういう絵が結構この方描けたみたいで、そういう絵をですね、描いてるんですけど。
地味に困る。
これ結構綺麗に描かれてる。これ意外とですね、上手いんですよ。で、色とかもついてるし、なんか妙にリアルに、緻密に描いてあるんですよね。
なんだろう、イマジン、AIみたいな感じ?
そうそう、そうなんですよ。
そういうニュアンスですよね、きっとね。
人力AIみたいな感じなんですけど。
人力AI。
でも、もちろん偽物なんですけど、この人のすごさというか、不気味さというか、狂気を感じるところが。
偽物文書って、たとえば、もともと本当にある本物の文書を元にして、ちょっと海洋を加えて、パクって、要はパクリをして、書き写して、なんかそれっぽいものを作るとかだったら、まだわかるんですよ。
ただですね、この人、自分が作った偽文書のリアリティを高めるために、たとえば、実際にあった奈良県とか、京都とかの山とか、和歌山とか、そういう城跡とかに取材に行ってるんですよね。
現地取材に行って、で、現地で見た山の形とか城跡の形とかを、その文書の中に絵を描きたりする時に盛り込んでるんですよ。
そうすることによって、リアルさが増すじゃないですか。
本当にこれ、実際のそこに行った、そこの地形をもとにして書かれてるよねっていう感じで、リアルさが増すじゃないですか。
あとは、たとえば、同じところから文書が見つかったってなったら、なんかこれは怪しいなって思われるじゃないですか、さすがに。
でも、離れた箇所、たとえば和歌山と京都とか、あるいはもっと遠いところにある文書の内容が、なんだか関係してるみたいになってくると、ちょっとなんかリアリティ増すじゃないですか。
しかも、これはそこのなんとかの県にあるなんとかっていう文章の中に書いてあるところからの引用なんですけど、みたいな書き方をしたりとかすると、増すじゃないですか。それを見たりすると、本当に書いてあるみたいな感じで。
増しますよ。
なんか、そういう謎の工夫とかもしていて。
やめて。
ただ、それは誰かに依頼されてやってたわけではどうもなさそう。あくまでも自分の趣味として、俺の作り上げたマインワールドみたいなのを、偽文書としてちょっと本物っぽい感じで紛れ込ませたら面白いかなみたいな感じで作ってたのかなっていうような話になっているんですよ。
ライフワークとしてね。
本当にライフワークとしてこの人ずっとやってたらしくて。
そうですね。だってそのたびに取材行ってるってことはね。
そうそう。取材までしてやってたりするんですけど、ただ実際に何でそれがそんなに広まってったかっていうと、文章があることによって、例えばその辞印同士の格を、うちの辞印の方が格上だとか格下だっていう、どっちが格上なのかみたいな争いとか、
あと地域の領土争いっていうか、争い事とかが、その時期結構新しいんですよね。その時の証明みたいな、裏付けみたいな感じで、あの寺にはこういう由来がある書類が出てきた、文章が出てきたぞっていう。
あともしくはそのつばいさんってけっこうそういうのしってる、歴史詳しいらしいよみたいな噂がその当時あって、あそこに行くとなんかそういうの、ここに行くとこういうのあるよとか、もしくは自分がそれ見たことあるから取り寄せておきますよとか言ってくれるなっていうので、そういうのがあったらしく。で、つばいさんはつばいさんで、あ、そういうニーズあんのかみたいな。ここにそういうニーズあるぞみたいな。
そうそう。じゃあこれでちょっとね、1枚書いたら向こう向こうでちょっと喜んでくれるから、ウィンウィンの関係ですよねみたいな。
いやいやいやいやいや、犯罪者の考え、それね。
だから、なんかそういうニーズもあるにはあったのではっていう。
あー、なるほど。
だからそんなにあっちこっちに広まってったんじゃないか。ただ当時もやっぱり、なんか偽物なんじゃね?って嘘くさくね?っていう疑いを持ってる人も結構いたらしくて。
ただ、本当にこのつばいさんの、ある意味本当に詐欺師としての才能みたいなところを感じるところはですね、問い詰められた時に、いやこれ遊びでやってるんですよっていうのを言い逃れるための工作とかもちゃんとやってるんですよね。
例えばその年号を、実際には存在しない年号を書いたりとか。
なんてこと、つばいさん。
あと、会員だったかな。反抗を押す位置を、普通はここに押さないよねっていうところに押してたりとか。
してもし、いやこれお前偽物じゃねえかって言われた時には、いやもう自分は最初から偽物つもり作ってるんですよみたいな。遊び作ってるんですよみたいな感じで言い逃れることもできるように。
本当、詐欺師。
そうっていう意味でもですね、一人でただ一見本物と見舞うような作りで、ちゃんとその紙とかも綺麗に貼ってあったりとか、ただエイジング加工とかもしてあったりとか。
著者とその背景
今の技術をもってしては、それがいつの年代に作られたものかってわかるので、偽物だって鑑定すればわかるんでしょうけど、昔の人がぱっと見ではわかんないような。
しかも一応なんかいろんなところに散らばってるスバイブ文書を見れば、なんとなく整合性が取れてるし、しかも実際にある文書とも整合性が取れてそうなものとかもあったりするし、さらに厄介なのは、スバイブ文書を元にして書かれた文書みたいなのがあったりするんですよね。
だからほら、前にこの番組でもしたベトベンの話と同じじゃないですか。
ちょっと同じ時期に読んでたっていうか、熱道を読んだ後にちょっとこの話を思い出して読んで、日本にもこういうのあるじゃんっていう。しかも偽物とか偽文書的なものって世界的にでもあるんですけど、なんかこれはなんでこんな趣味でこんなに情熱の差を持って選定委員長もこの人が書いたのかっていうのは結構謎というか、なんなんだこの人みたいな。
何がしたかったんだろうなっていうのも。
何ですかね、100年後の人を騙そうと思ってるんですかね。
そう、悪ふざけにしては立ち悪いなっていうような。
だって、もっと需要のあるものだったら、あ、これは偽物っていうのが広まるかもしれないけど、そのニッチというか、隙間というか地味なところだから、偽物とか本物とかをよく調べなくてもフワッと手についた、
椿さんの文章でこれでいいかってね、深く考えずに通っちゃいそうじゃないですか、仕様なんていうのも。
そう、絶妙に田舎の山城の跡とか、お寺の話、由来みたいな、海欄からんぐとかそういうのを書いてたんですよね。
だからなんていうか、フワッとその辺に間に合い込むっていうか、溶け込んでしまえるっていうのがまた厄介だなっていうので。
で、なんでこの著者のババさんはですね、もともと中世日本の日本史を研究されてる方で、トヨタユキミネウシとか、尾田信長とか、戦国弾丸とかの研究がもともとなんですよね。
で、その過程でいろんな古文書とか読むわけですよ。で、そうするとやっぱり偽文書みたいなのがいっぱい出てくるんですけど、津波文書にやっぱりその時、実際に研究をしてる時に資料を収集してる中で出会って、最初に行った時は何とも言えない感じが忘れられなかったと。
津波文書の影響
普通の文書とは違う雰囲気があるっていう。で、実はその日本史の研究者の、その界隈、その地方の研究者の間では、津波文書って知ってる人は知ってるんですよね。そういう偽文書があるぞと。で、でも知らない人は知らないんですよ、研究者は。
で、だから起きることとしては、200年以上も経って起きてることとしては、津波文書だって偽の文書だってわからずに、その地方史を編んだりする時に津波文書が使われてしまっている。で、町おこしとかの文献として使われてしまって、モニュメントとかにもその津波文書が使われてしまってるっていうことが、今実際に起きてる。
そうですよね。
偽の文書を元にして研究の論文が書かれてしまってたりとか。
辛い。辛い。
結構すごい、問題と言えば問題なんですよね。
100%それを元にしてるわけじゃないけども、20%ぐらいその偽物が入り込んじゃってるってことは結構あるってことですよね。
そうそうそう。
うんうんうん。正式なところに。
研究者の間でも本当はそういう情報は共有されているべきなんだけれども、歴史的な変遷とか、戦争を挟んでたりとか、あとその後の大学の解体とか、先生が大学に公職追放されて出てこれない時期があった時に、情報が共有されなかったとか、そういうこともあったり。
あとその大学の研究って結構今すごく細分化されてるんですよね。この時代のこれとか。
だからちょっとでもその、自分の研究文学が本当に少しでも外れたところの資料とかになってくると、分かんなかったり、やっぱりちょっと知識がない。
そうですよね。
だから、通売文書だって知らずに本物の資料だと思って使ってしまうとか。
専門家でもそういうことが起きうるっていうので、やっぱりちょっとこれよろしくないんではないかっていうので。
歴史とAIの関係
ただ、その通売文書自体をまとめて本にしたり研究したりっていう人があんまりいなかったらしくて、いたにはいたんでしょうけど、まとめて書いた著作っていうのがなかなかなかったらしくて。
あとこのババ先生自体が通売文書面白いなって思ってしまったところもあり、結構その、何冊かその通売文書について書かれてたりするんですね。
で、この中古新書が2020年だったかな。
あ、わりと最近。
3月に初版出てるんですけど、これが出た時にすごく話題になって。
この人も何だったかな、その通売文書で書かれてる話がどこまで本当なのかっていうのを調べるために琵琶湖にダイビングしてるとかいう話があって。
振り回されてる。
先生自体がダイビングしてたんじゃなくて、その先生氏の人頼んだんだか、同じ研究仲間の人がダイビングしたんだかわかんないですけど。
そこまでするつぐらいやってたりとかして、結構冒険の書的な話もあったりして面白いんですけど。
ただ、なんていうんですか、それこそ今ね、これが抱え立ち2020年なんですけど、今2025年、去年とか特にAIの話とかすごい盛り上がってた中で、
どこまでそれが人が作ったものなのか、AIが作ったものか、もう境目が本当にわかんなくなるのって秒読みだよなっていうか、もうすでにそれが来てるんじゃないかっていうような感想とか。
あとは選挙とか、去年も選挙、日本もアメリカとかもいろいろありましたけど、そのディープフェイクとか話題になったりとかしてましたけど、
なんかマジでこれディープフェイク江戸版みたいな。
そうですね、それにそれが今なお、フェイクの呪いにかかったまんまっていう。
そうなんですよ、なんかそれがちょっとそこ知り合いの不気味さみたいなのを感じたりとかして。
そうですよね、だからそこらへんまで狙ってたのかもしれないですよね。
後世の人が混乱したら面白いだろうなみたいな、めちゃめちゃ迷惑のおっさんじゃないですか、それ。
だって、変な話っていうかあり得る話として、例えばですけど、誰かがそれを本当の文書だと思って、
GPTとかに情報として提供っていうかするとするじゃないですか、こういうことがあってねってことをAIに学習させてしまったら、それが多かれ少なかれ本当のことだと思って、
AIは喋るわけじゃないですか、このことを教えてって言われるときに、こういうことですよっていうのがちょっと入っちゃうかもしれないじゃないですか。
そうすると、やっぱりそれを聞いた、またそういうのを研究してる学生みたいな人が、しめしめと思ってそのまんま書いたりすると、若干その原作の遺伝子を持った何かがまた作られてしまうっていう怖さ。
すごい迷惑。
そう、すっごい迷惑だし、何が本物、歴史ってでもそういうところはあるんですけど、資料を読むときの危険性じゃないですけど、やっぱりこういうことってあり得るよなっていうのは確かに。
だから本に書かれているものとか、今だとネットで見たものが本当の話だって思っちゃう人が多いじゃないですか、ピュアな人が。ピュアな人ほど研究者になっちゃうかもしれないし。ピュアな人ほどそういうのを手にしてしまいがちというか。
ただ、ババ先生は、ツバイモンジョを、これやっぱり歴史を精査する上ではすごく迷惑というか、本当にあってはならないことではあるんだけど、ツバイモンジョって今までは知ってる人は知ってるっていう感じ。
しかもそれに対しては、プロとしてはそれを相手にしないというか、わざわざ取り上げるものではないと。そういう態度を取ってきたから、なんてここでだって語られることもなかった話らしいんですよね。
それが今までだったら、研究者自体に、これはツバイモンジョっていうあれだよっていうふうに伝えられてきたものは、戦争とかいろいろ歴史のいろんなことがあって、それがたたれてしまったときに、何か知る手立てがなくなってしまったことによって、もののように扱われ始めてきてしまったっていうのもあるので、むしろこういうのがありますよっていうことで、まとめて世に知らせたほうがいいんではないかと。
で、何回かツバイモンジョだけ集めて、展示会とかやったりするらしいんですけど、「めっちゃ行きたいな、それ。めっちゃ行きたいな、それ。」っていう。
そういう啓蒙活動みたいな感じにはなるんですけど、もっとこういうものがあるよと。だからツバイモンジョはツバイモンジョとして楽しめばいいんじゃないかと。面白い。何ていうか、よくできてると言えばよくできてるし。
ただ、こういう偽モンジョもあるんですよっていうのを、偽モンジョだからダメですっていうのを全部闇に葬るのではなく、こういうのもあるんだよっていうのをあえてみんなに知ってもらったほうがいいのではっていうことで、本を書いたり、いろんなNHKとかのホームページとかに、Yahooのニュースの取材を受けたりとかして、結構読みごたえのある記事とかありましたけど、そのインタビューの中でもそういうお話はされてましたね。
そうですね。大切。そういうのね。
いやでも、本当に偽物とか捏造とかやらせとかにワクワクするタッチとしては、こんな楽しい話しねえなと思って迷惑だけど、めちゃめちゃ興奮しておりました。こいつ何なの?みたいな。
本当にギリギリのところっていうか、必要なさそうなところでやられるのが一番困るでもね。
本当そうですよね。
だってほら、ベトベンとかだったら、有名だから、あれは実は嘘だったんですよ、みたいなことが後から出てきて、あ、そうだったんだって思うけど、だってもともとそんなに関心がないところに、そんな偽物が。
そうそう。本当にやっぱり寺の話とか、誰がそんなに関心があるかっていうと、ないことはないんですよ。だからそれがすごく困るんですよね。
だから山形とかにありそうじゃないですか、その偽物のことを、本物のように縦看板みたいなのがあるじゃないですか。神社の前とかに立ってる。あそこにね、まんまと使われてそうで怖いですよね。田舎であればあるほど。
そう、だからよく町とか県とかで、山形県史とか作ったりするじゃないですか、図書館に行ったりするやつあったりするじゃないですか。ただ、それってどこまで本当の話なのかっていうのも怪しいよねっていう。
実際そこの平方市とかの、市のそういう歴史書みたいなのに紛れ込んじゃってたっていう話もこう中に出てきたりとか。ありそうで怖い。
それこそ熊原氏を書いた吉村晃、作家の吉村晃が言ったのは、あの人、江戸時代の中期ぐらいまでの歴史小説をよく書いてた方なんですけど、そのぐらいまでしか書けない。なぜかっていうと、一輪資料を集められるのは、その時代までしか集めることがちょっと難しかったっていう風にエッセイで書いてて。
かつ、自分が資料を探しに行く時には、まず必ず現地に取材に行って、市役所とか図書館とかに行くんだけど、市が編纂したそういう何々市とか何々県史とかっていうのは、あんまり当てにはできないっていう風に言ってて。
そこに由来のある家とか、それこそ大野で研究してる歴史研究家とか、そういうところにまず話を聞きに行って、こういう資料持ってないかとか持ってそうな人いないかってまず聞いて、その人だけを頼るんじゃなくて、同じくらいの資料を持ってる人を何件かを尋ね歩いて、合致するのかどうかっていうのを確認するっていう風に言ってましたね。
同じような話がちゃんと出てくるかみたいな。大切。あと日記とかですかね。っていう話はしてましたけど、でもこのツマイ文書を読むと、結構そこら辺も怪しくないかみたいな話が出てきて。
欠陥権を繋げてるんじゃないかっていう。 かなり広範囲に、選定以上の店のジョブがばらまかれてってなると。しかも、そんなの見つかってるのは、ひょうさんの一角じゃないかみたいな。こんなのまだまだいっぱい出てくる可能性は全然あるみたいなことを言ってて、おっかねえなみたいな。
もうね、信じたいものを信じるしかないですよ。 だし、なんでそんな一人で書けたんだろうなっていう。情熱のドキュメンタリーみたいな。何をそんなに書かせたのかっていう。ちょっと狂気に似たほどを感じるなっていうのはあって。
研究と資料の考察
そうですよね。狂気に似てますよね。別に何か推してるわけじゃないですよね。ほら、ベートーベン推しだったわけでもなく。そういうわけでなく、別に人員推しだからってわけでもないし。
この人、別に金品をもらって書いてたってわけでもなさそうらしいんですよ。誰かに依頼して書いたっていうのも、あったにもあったんでしょうけど、そんなに多くなくて。もともと家もお金持ちというか、いいとこの家で。正直とお楽望なんですよね、この人ね。
得なことしないな。お金は困ってないから。お金も経済的な理由で書いてたってわけではなさそうだし、本当に趣味で書いてたんじゃないかみたいな話で。一番タチが悪い。一番タチが悪いなっていう話が、今こんなに振り回されてるみたいな。
そうですよね。名声が欲しいわけでもないしね。そうなんですよ。有名になりたいとか。でも、やっぱ俺ワールドを拾えたいみたいな。自分の考えた最強の歴史みたいな。こうなったら面白いだろうなみたいな。
どこまでリアルに言われるかみたいな。今でも架空の地図作るのが趣味ですっていう人ってすごくいて、言われなかったら本当に実在しそうなぐらいのリアルさで、住宅地図書いてる人とか、あとマップルみたいな地図書いてる人とかいるんですよね。
あ、ほら、植物もいるじゃないですか。想像上の植物図鑑みたいなのを書いてる人とか。
でもなんていうか、ファンタジー、明らかにこれ異世界のファンタジーっぽい、フィクションっぽいような書き方じゃなくて、マジでなんかどっかに、これドコドコの県にあるドコドコの街っていう、ドコドコの街の地図だよってパラッと見せられたら、ああそうなんだっていうぐらい、全然普通になんか何の違和感もなく受けられるぐらいのリアルさで書いてあるっていう。
そう、だから結局のところ、人間ってそんなに変わってなくて、江戸時代からそういう人たちはいたってことですよ。もう何、こう、木更津駅みたいなことを言うような人たちが。
まことしやかなような架空のことを言って、ことを言う人っていうのはずっといて、それがちょっと困っちゃう風に。でも大々的に困らないから、まあいいかっていうところもあるしね。
そうなんですよね、たぶん。
なんだろう、せめてますよね、ギリギリを。
そう、なんかね、大嘘ついてるわけじゃないっていうのがミソだなっていう。
だから元々の文章もリアルも半分ぐらい入ってるっていうのが、本当にタッチが悪い。
だから全部嘘とかじゃないし、場合によっては資料として使えたりもする場合もあるんですよ、稀ですけどね。それが本当にややこしすぎて、なんでこんなの。
だから80%嘘な時もあるし、80%本当な場合もあって、でも絶対に嘘が入ってるってことですもんね。
そうそう。いや、タッチ悪いなっていう。
いや、これは聞き応えのあるあれでしたね。
本当にこれ。
偽文書とアートの議論
願作。
願作。願作ってでもなんかときめいちゃうんですよね、私。その本物よりやっぱり願作大好きで、でも最近そのTwitter、私未だにTwitterって言っちゃうんですけど、別に何か心情があるわけじゃなくて。
言っちゃいますよ、私も。
結婚した友達の救世でずっと見続けるみたいな感覚ですかね。
そうそう。
やっぱりこっちじゃないとしっくりこねんだよなみたいな、そうそう、記憶が書き換えられてないですよね。
大丈夫です。
最近Twitterで見た記事でグッときたやつがあったんですけど、願作詞の人にインタビューした、インタビューをまとめた話があって、もう長いこと願作詞として活躍してて、それがわかって一応罪に問われたりとかしたんですけど、ドイツ人だったかな。
そうですね。その人に単独インタビューした記事がNHKのウェブ特集に載ってて、この人が描いた絵が日本の美術館に収蔵されてるらしいんですよ。
結構有名な、私が聞いたことある人だと、マリゴー・ランサンとかもあったかな。あとマック・スウェルンストとか、有名なキュビズムとかシュリアリズムとか、近現代の作家の願作をずっと手掛けてたドイツ人の願作詞っていうのがいて、
この人もやっぱり現地取材行ってるんですよね。ちゃんとその願作を作るぞって決めた作家が暮らした町とかを訪れて、そうするとやっぱり、「ああ、こういう風景を見てたのか。インスピレーションを得る。」みたいな話をしてて。
本当にこの話もすごい面白かったですよね。結局、偽物と本物の差って何なのかなっていうところになってくるんですよね。実際に日本の美術館に収蔵されてるこの絵ってあなたが描いたんですかって言うと、「ああ、これ自分が描いたやつだよ。」つって。でもほら、博物館の人にそういう話をすると、「いや、これは本物だと思います。」って、「偽物ではありません。」と。
そうか。そこはわかんないですよね。だって、後から反抗声明してくる人たちみたいなのもいるじゃないですか。別の人がやった大きい事件を、我々がやりましたみたいなことを言ってくる団体とかがいるわけじゃないですか。世の中には。
だから、そういう感じで、顔作じゃないのに、あれは自分が描いたって言って、またね、惑わすっていうか、どこが信頼性はないですかね、そういう人たちにね。
そうなんですよ。でも、この顔作氏がインタビューの中で話せたのは、本職氏はもともと画家だったんですよ。で、早い時期に自分の芸術成功したんだ。ただ、自分自身の絵を自分のスタイルの変えずに繰り返し描いていくことはあまりにも退屈すぎた。
いや、しなさいよって。
で、顔作を描く時、私と妻は旅に出て、画家が絵を描いた場所は美術館を見て回った。で、それが楽しかったし。で、もちろんお金のためにやったことは否定はしない。お金も必要だったけど、でも豊厚感がたまらなかったなと。
で、描き終えた時のことを想像してみてほしい。全ての人が本物だと頷き、感動し、これはとても素晴らしいと。で、それを楽しんだんだと。
それダメだよ。本当に詐欺師の犯罪者の考え方だから。
そうですよね。
完全にいい話みたいにしてるけど、全部ダメだからみたいな。
で、また続けて、芸術における本物とは特定の画家によって作られるものではない。誰がそれを描いたかは全くどうでもよいことだ。人は美しいと思ったものを買うべきだ。たとえ顔作では、絵を見て感動したなら、それでいいではないか。
いやいや、自分の名前で描きなさいよ。それだけ言うんだったらっていうね。
そうそうね。残念。
なかなか食えないというか、食わせ物なんですけど。ただ、本当に実際に日本のどこのって言わせるけど、気になる方はNHKのウェブサイトとかで探してもらうと出てくると思うんですけど、何なんだろうって感じですよね。
でも、ひっそりそういうのってあったりするんだろうなって。
あるでしょうね。あると思いますよ。
私も多分それを見て感動するとかするんですよ、どうせ。あ、これいい絵だなって。
だからそれを考えると、この間配信したラッセンの話ともちょっと繋がってくるのかなっていう。結局いい絵って何なのっていう。偽物でもいい絵だったら感動していればいいじゃんっていうふうに顔作家は言ってるしっていうね。そういう話もちょっとこの間ネットで見つけて。
しかもこの絵を偽物かどうか鑑定するのはAIっていう。AI、これ80%以上の確率で偽物ですみたいなのを弾き出すっていうね。もうなんていうか。
AIの影響と偏見
何とも言えないですよね。もう全てが。全てがもう何とも言えない話だなっていう。
なんだろう。AIだって、所詮は元は人間の知識じゃないですか。それをまあ寄せ集めているというか。だからその最近聞いたAIのね、そういう話で、今はもう違うかもしれない。初期の頃、JATGPTとかになんかテロリストの絵を描いてくださいって頼むと、大体は中東系の人の顔を描くと。
でも、白人のテロリストだっているわけだし、もちろんね、アジア系のテロリストだっているけれども、AIが作った、定義したテロリストっていうのがテロリストの代表みたいになっちゃうと、それはそれでどうなのっていう。
そこで中東の人が描かれてしまったら、中東イコールテロリストみたいな考えになってしまうし、なってきつつもあるし。じゃあ誰がそれをAIに最初に教えたのっていうと、また闇が深くなっていったりとかするけども、そのやっぱりAIだって、所詮最初は人間の知識というか、人間の歴史というか、そういうのからを寄せ集めての情報だから、
偏った情報が集まれば集まるほど、やっぱり偏っていくわけですよね、AIだって。
そうですよね、何でしたっけ、学習データに使われているデータに偏るんじゃないかみたいな話って、結構その出始めの頃言われて、Googleの方でゴニョゴニョみたいな、で、修正しましたよっていうふうに言ったんだけれども、実は多分それはある特定の指示文、プロンプトみたいな、こういう指示を出すんですか、AIにこういう何々をしてくださいみたいな指示文でちょっと工夫すると、結局治ってねえんじゃないかっていう。
そういうようなことがバレたみたいな。
そうね、だから本当学習するタイプだと良いんですけども、その学習ツール、そのツールをどの国の人がどれぐらい使ってるかで、やっぱりこう情報って操作してるわけじゃないけども、偏っていくじゃないですか、結局は。
そうですよね。
そうそう、だからなんかそのAIに頼りすぎるっていうのも、まだちょっと早いのではないかっていうちょっと危険性というか、もうね、なんかはらんでるなっていうのが、だからその絵とか何でもこれはAIが解析したからって言って、じゃあっていうのもね、なんか怖い。
手放しではなんかね、ジャッジするところのこの正義とかそういうのもね、結局は人数が多い、数が多いところの意見になっちゃうっていうのが。
結局データを食わせてるだけで言えば、それの処理の反応でしかないって言えば、これまでなので。でもそのデータがそもそも打たれてない、入力されてない学習データに入ってなければないことになるよねっていう、AIにとってはっていう。
じゃあなんかすごい、天狗に住んでるイゾラドみたいなのは、いないってことになっちゃうの?みたいな。
不正と社会の闇
そうそうそうそう、そこの声はどうなるの?っていう。
まあ私にとっても、イゾラドっているんだかいないんだかっていうところはありますけど。でもね、AIが全部知ってるからっていうのはまあ。
そういう断作を作る人たちが本気になって、何かをすれば偽の情報がまことしやかに流れるようにもなるんだろうなっていう。
ああ、そうですよね。逆にそれをついて。
紙と鉛筆っていうか、そういうので作ってた文書が今はAIになっているだけで、100年先の人たちを騙そうと思って、今一生懸命何かをすれば。
何ですか、ガン作者たちみたいな。
そうそうそうそう、AI初期のガン作者たちみたいな、そういう番組が100年後にNHKで、AI黎明期のとかって言われるわけですよ。
AI黎明期のガン作者たちがこのようなことをして、今めっちゃめんどくさいことになってますみたいな。
ありそうだよなっていうのは、本当なんか、スバイ文書とか読んでると。
だって結局ね、同じことを人間なんて暇つぶしにするわけじゃないですか、きっと。
ただ、ババ先生も、もちろんそれを研究する上で本当にノイズでしかないっていう感じなんですけど。
ただ、それはそれとして面白いと思うっていうのもありなのか。
全部闇に葬るよりはこういうのもあるよねっていう、知っておくっていうのはワクチンをとくみたいな感じで、大事なんじゃないかなみたいな話もされてて。
私はどっちかっていうと、偽物って書かれてると食いつくタイプなので、本物とか真実とか正しいって書いてあるものは、あ、そうなんですねって通り過ぎちゃうんですけど、
偽物とか捏造とか書いてあると、もう何?って感じで目の色変えて、どこどことついていってしまうので、私みたいな人にとってはそのやり方は確かに合ってんだなっていう、正しい啓蒙の仕方なのかもなっていうふうに思ったりして。
そうですね、確かに。
だから、偽物の、なぜ人は偽物を作るのかとか、社会を汚す影響みたいなのを考えるきっかけとしては面白い切り口だったかなって。
面白いですよね。ぜひとも200年後先とかにね、「津田絵文字は本当だった!」みたいなね、本出てほしいですね。
で、あとその他の本で、ちょっと気になるものが何冊かってとこなんですけど、ベスト3の中に入ったやつで、あと2冊は去年ちょっと紹介した、夏子、沖縄三つ坊劇の女王ですね。
やっぱりこれはベスト3入るなっていう感じの本で入れてました。やっぱりね、すごい面白かったですね、このワクワク感。
夏子からも聴いてほしいですね。
伝説の三つ坊劇者で、しかもその人が若い女性で、かなりやりていで、今にもし生きてたらベンチャー企業とか起こして、バリバリやってたであろうっていう人でもあったし、
すごいなって、いろんなうぞうむぞうたちと渡り歩いてたっていうのが面白くて、夢中になって読んでしまったなっていう本ですね。
やっぱり沖縄の闇貿易が盛んだ時期があったっていうのは、本当に全然知らない歴史だったなっていう。
まだまだ知らない歴史っていうのは埋もれてるんだなって、近代でもですよ、埋もれてるんだなっていうところで、これを選出して。
あと最後がですね、これ年末に読んでた本なんですけど、タイトルが「津島の弓に沈む」って、これ書かれた方は、坪田信之助さんですね。
就営者から出てる本なんですけど、これは調査報告ドキュメンタリーって感じですかね。
何ドキュメンタリー?
調査報告ノーフィクション系ですね。
これどういう話かっていうと、2018年だったかなに発覚した話で、JA教祭の不献金偽造問題みたいな、詐欺問題みたいなのが発覚して、
その首謀者っていうか、実行で中心人物になってた人が突然亡くなるんですよ、事故で。
タイトルにある通り、これJA津島で起こった事件なんですけど、長崎県津島ですよね。そこの海に自動車へ突っ込んで、車元沈んでしまったと。
また闇深い。
ただですね、この沈んで亡くなってしまった方っていうのが、JA教祭の保険の営業マンっていうか、やってた方で、すごく成績が優秀で、
また。
JA教祭の中で表彰を何年もされてきたっていうような伝説を残してた人なんですよね。もうすごく有名な方だったらしいんですよ。
もうすごい契約件数取ってるということで、ぶっちり何百億とか、そのくらいの規模で取ってると。
でも、その人の営業してるところって津島ですよ。すごく大きな町とか、人がいっぱい住んでそうな町とかじゃなくて、もう行ってしまえば片田舎の小さい島で、
果たして何百億も毎年毎年契約って結べるものなのかっていう疑問がまだ出てくるじゃないですか。
なるほど。
かつ、最初は事故死と思われていたんですけど、事故が起こった後に調べていったら、その大量が発覚し、
さらに実は内部でも、この人についてはやっぱりちょっと不審な点があるということで、取り調べが行われるはずだったんですよ。
で、それがまさにその転落事故を起こした日に、調べを行うはずだったと。
ちょっと闇深くなってきますよね、それは。
そう、闇深いですよね。で、調べていったら、どんどん不正をしていた保険の契約、
この人が関わった契約について、すごく不正の跡がどんどん発覚していくっていう。
で、一応JA共済の方でも、JA諸島だったかな、の方でも、この件について結局20億くらいの応料が見つかっているので、
調査報告の始まり
調査報告書みたいなのを出してはいるんですけれども、
それを読んだこの著者が、やっぱりちょっとこれは本当にこれだけなのかっていうことで、独自に調査を始めるっていうような。
で、いろんな関係者にインタビューしてもらって、判明した事実はもっと闇目がかかったっていう。
おーなんですよ。なんていうか、人が亡くなっている事件なので、ちょっと不謹慎かもしれないんですけども。
完全にその中ではもう今、ピエール・タキとリリー・フランキーですよ。頭の中に浮かんでくる顔は。
致命死じゃないですか。
もう完全にそれですよ。
えー怖い。
闇深いですよね。
怖かったですよ、本当にこれ。
でもそんなに大きい町じゃない。
そう。そうなんですよ。
大きい町なのかな、津島。
いや、大きくないですよ。だって島ですよ。
あ、そうですよね。
そうですよね。
その額がまた、ほら最近あったじゃないですか、大きい銀行で貸金庫からみたいな。
あーはいはいはい。
あれだってそれぐらいの金額じゃないんでしたっけ。もうちょっと多いんでしたっけ。
ちょっと私、事件に最近疎いんですけど。でもあれ都会の方ですよね、確か。
そうそう。
だから20億円とか何十億っていうお金でも、一人でされてたとしたらすごい金額だなって思いますけど、
都会だったらあり得る金額かなと思うんですけど、小さいところで20億円って結構驚きの数字じゃないですかね。
そんなこともないのかな。
だからこの話を読めば読むほど、この人、事故を起こして亡くなった人ってすごいトップセールスをしていて、
本当に毎年表彰されるぐらい契約を取ってたんですよ。
でも保険とか業界の知識に疎い私でも、これ読めって思ったんですけど、
津島ってそんなに人住んでんの?みたいな。
だし、そんなところでそんな全国のトップレベルの契約ってどうやってあげるの?みたいな。
っていうのがまず、この序盤の方で疑問だったんですよ。
どう考えてもなんか不自然じゃね?っていう。
人工費に対しての契約数ってすごく不自然な気がするんだけどなと思って。
もしかして、よっぽど自衛教材って人気なくて、他の地域では全然契約取れないとか。
で、津島だけがすごいその人が頑張って、すごい成績上げたのかなっていう。
でもやっぱりそれって不自然な考え方かなって思うし。
となると、やっぱりそれは何かしらやってたのでは?って思うのが、
なんていうか、自然じゃね?って思ったんですけど。
でも逆に人工に対して、明らかに全国に貼るぐらいの契約数を取ってるっていうのに疑問を抱かなかった上司とか周りの職員たちって何だったの?とか。
もしくはその上の人たちとかは何を考えてたんだ?とか思うと。
まあそうですよね。
めちゃくちゃなんか不自然じゃね?って思うんですよ。
ああ、そうですよね。
あ、その人は別に上の人じゃないんですね。
普通の社員なんですね。
それ、タイミングはこんだけ成績がいいので、
ステンチョとかではない。
営業部長まで行くかなって感じで、しかも年もまだ若いんですよ。
もう亡くなった時点で44歳だったかな。40代とかなので、まだ若いし、その成績をすごい上げてた時はまだ30とか、その30半ばぐらいとかからすごい成績が良くなったみたいな感じなので。
トップの人は自分の権限を使ってガッとやるとかではない。
本当に1社員の人がこれだけの不正を働いて、しかも22億の応料をしていた。
で、その22億の応料をしていた理由みたいなのを推測していくんですけど、なかなかこれ、それを一個一個だから、自己報告書を読んで、ほんまかいなと思って、まずもう一人一人関係者を当たっていくんですよ。
上司とか、その時の支店長とか、あとはその同僚とか、あとはもう家族とかにも全員当たっていくんですよ。
本当に当たっていけば当たっていくほど不自然な話がいっぱい出てきて、まずその顧客の、そう、顧客っていうか契約者の通帳とか印鑑を預かっているとか。
笑っちゃいけないけれども。
あと、しかも城長のハンコとかも持ってたとか。
おー、今時、えー、そんなことが許されてしまう。
あー、でも、それってもしかしたら、逆に田舎だからできることかもしれないですよね。
都会とかだと、もう目がたくさんあるじゃないですか。
だから、隠し通せないんじゃないですかね。
その、なんだろう、例えば、千葉にそういう会社があって、なんか千葉支店はすごいらしいぞ、みたいな話になるじゃないですか。
あそこの千葉支店のなんとかさんが、すごいトップセールスでやってるらしいよ、みたいな時に、
東京支店の人たちが、えー、そんなことってできるの?って言って、ちょっと調べたり、近くの支店の人たちの目っていうのがあったりするかもしれないじゃないですか。
あそこ映っても、あれはおかしくない?っていう声が上がる可能性が高いけれども、島だと目が届かないから、
20年ぐらい前には、わりとやってたような悪いことが、いまだにこうできてしまうのは、やっぱり小さいところだからかもしれないですよね、逆に。
うーん、そう、そういう感じの話なんですよね、まさに。
まあ、そういう不正をやってたであろうっていうのは、おそらく2010年代から、その方が亡くなるまで、だいたい10年ぐらいの期間ではなかったかっていうふうに。
ただ、ここまで規模が大きくなかったにしても、その目みたいなのは前からあったみたいな話もあって。
でも、なんかその、なんか一個一個、本当にこの取材をした人、もともとこの人も農協の人なんですよ。
農協っていうか、JAグループの日本農業新聞にもともといた方で、で、その後にプリーになって、で、この本を書く前に、まあ、だからずっと農協系の本をずっと書いてる人で、
で、この本を書く前に出した新書が、農協の闇っていう。
わー、わー、わーみたいな、あのタイトルを書いてるんですね。だから、農協の内部に精通してる人が書いてるんですけど。
まさにその、田舎でだからこそできたっていう部分もあって、それはどういうことなのかっていうのを一個一個こう追っていくと、最後の最後に、
あー、そういうことかーみたいな感じで、でもこれは農協だけが悪かったからできたことかっていうと、そういう話でもないんだなーっていうのが、最後の最後のどんでん返しみたいなから出てきて、うわーってなって終わるって感じの、まじで出口がねーみたいな。
これでもぜひ読んでほしいっていうふうに言えるような内容ではなくて、読む人は結構選ぶというか、本当に読んだ後はこれ結構ぐったりしたんですよ。
面白いって言うと、まあやっぱりね、なくなってるので人が、主に実行でやってた人はなくなってるので、だからそこ面白いっていうふうに言うのはやっぱり心苦しい部分はあるんですよ。
そうなんですよね。
あとやっぱりその、この主犯の人もある意味天才的な先の、椿さんじゃないですけど、やっぱり詐欺師としてのセンスがすごくある人だなっていうのはあるんですよ。
本当によくこれ、そんなのよく考えるなって思うし、ある意味その通帳を気軽に他人に預けてしまうっていうのもすごく田舎的な感覚だなと思うし。
逆にそこを利用したっていうところもあるから、かなり悪質ではあるし、不正に手を染めるような動機とかも、なんだろう、ちょっと浅はかだなっていうようなところもありつつ、
ありつつも一方で、この人はある意味仕事がちょっとできる人であったがばかりに、なんか組織に使われてしまったというか。
本当ですよね。
捨て駒みたいな、使い駒みたいにされて、結局もうやばいなって思った時に捨て駒みたいにされたっていうか。
だから本人ももうこれ以上は逃げられないとかではない。結局自分がもう爪原を切るしかないのかもしれないみたいな感じで死んだんじゃないかっていうふうに。
組織の闇
その最後の幕の閉じ方もやっぱり田舎っぽいですよね、ある意味。
なんかこう、もっとふてぶてしくね。
あと本当に悪い奴はどこに行ったのかとか、でも最後の最後まで見るとマジで、ああってなるような。
なるほど。確かにこれは、ただ単にそのJAが悪いっていうふうに、もう言えない豪の深い話だったみたいな感じで。
もうなんか、この著者も途中で具合悪くなってくるんですよね。
疲弊してて、もう本当に具合が悪いみたいな感じだったんですけど。まあ身を削って書いたようなノンフィクションなんですけど、だから読む人を結構選ぶ本なので、お勧めしますとはちょっと言い難いですけど、確かにすごく読み応えがあって意気込みしてしまった本でしたね。
ちょっとこれは田舎だからこその、閉塞してる感じというかもあるけれども、でもこういう話って大なり小なりか組織とかにはありそうだよなっていう。
あるんですよ。本当それが大きいか小さいか被害者の数とかが違うだけで、今コンプライアンスとか外部監査内部監査っていろいろあると思うんですけども、そういうところをすると悪くなるんですよね。
きっとね、すり抜けてこれちゃう状況があって、素質がちょっとあってしまったりとか、才能とかね、ちょっと裏目に出ちゃったんでしょうね。でもそういう本って本当、ほら私も嫌いではないので。
お好きな方は、お好きな方っていうかその犯罪のフィクションとか、合部各本系が好きな方はなかなか読み応えのある本がないかなと思いますね。
あれ、新調じゃないんですよね、出してるのは。
これ終演者ですね。
終演者なんだ。なんかね、新調なのね、事件物みたいな。
そうですね。あれとかもね、なかなかです。でもこれ2020年の開校兼ノーフィクション賞を受賞してますね。
良かったですね。身を削っただけのことはありますね。
そうですね。さすがのっていう感じはありますね。いやでもこれを年末に読んで、これで年を占めるのはちょっと嫌だなって思って。無理無理って思って。
分かる分かる。嫌嫌、絶対嫌。
ちょっともう、これ読み終わったのが確か26とか7とかだったら、あと3日ぐらいで読み終われるE系の心温まるお話を読みたいって、駆け込みで買ってきた本がですね、「絶滅器具個人商店」っていう、伊藤律子さんという方が書かれた。
こうね、近所とか商店街とかにいつからあんのかな、なんか潰れそうで潰れないなっていうような個人でやってるお店ってあるじゃないですか、謎の。謎のお店もあれば、その地域の顔になってるようなお店ってあるじゃないですか。
ありますあります。
そういう豆腐屋さんとか佃煮屋さんとか、主に東京の下町とかで、今もお店やられてるような個人商店にインタビューしに行って、どういう経緯を見せ合ったのかとか、お店の歴史とか現状、今どんな感じですかみたいなことを聞いて回ったっていう本を読んで、やっぱり商売ってこうだよなっていうのをしみじみとですね。
思ってやっぱりこうね、地道な一波ですわって思います。
沈まないと、津島には沈まないと。
そうですよ、海に沈まないように生きないといけないなって思いながらですね。ここにはあれですよ、リリー・フランキーもPL滝も出てこない世界ですよ。
そうですね、もしかしたら。
もしかしたら地上屋とかで出てくるかもしれないですけど。
でももしかしたら、人の良い方のPL滝が出てくるかもしれないですけどね。プラモデルとか売ってるみたいな。
あーそっちかー、人の良い方のリリー・フランキーとか、近所の謎のおじさん役出てくる?
あーでもわかんない、そのプラモデル売ってる奥で何売ってるかわかんないじゃないですか。
あー怖い、ちょっと怖い。
本当にプラモデルだけ売ってるの?みたいな。
もうイメージがね、本当に。
イメージが?どうかな、ブルゾーダで何か埋めてるみたいな。
何を埋めてるとは言わないですけどっていう。
不利合いなね、綾野剛みたいなのが買いに来るみたいなね、スーツ姿のね。
絶対津久谷買いに来てないだろっていう。
ねー、そうですよね。でもね、小さい営みね、大切。
大切だなって思って、よしこれで駆け込みでこれを読んだからはいセーフって思って。
わかりますよ、セーフはわかりますすごく。
これで終わらせちゃいけないと思う本を、なぜか年末に読んじゃうんですよ。
あれ何ですよね、わかりますよ。
ちょっといい話みたいな。
ちょっと津島の海に沈むで死ねるのかなって感じちゃったんですよね。
01:03:08

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