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はいみなさん、こんにちは。おはようございます。 こんにちは。
あ、2回言っちゃった。こんばんは。
2026年4月12日、日曜日、ツカサです。
この放送は、現役ベンチャー企業の管理職、高橋ツカサが、日々の仕事や生活の中での学びや気づき、
そしてリードを通じて豊かな人生をお届けする番組です。
みなさん、こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。
今日の放送のテーマはですね、
俺はいいけど、ヤザワは何て言うかなっていうね、そんなテーマでシェアしたいと思います。
この放送をね、聞いている方の中でも、ヤザワ英吉ファンの方はいらっしゃるとは思うんですが、
あえてね、この放送のテーマのために、少しだけね、このセリフのシェアというか説明をするんですけど、
ヤザワ英吉さんが、ツアーの途中でホテルの予約を失敗しちゃったマネージャーがいて、
マネージャーが取ったのが、あまり良くないホテルで、
すごく申し訳なさそうに、ヤザワ英吉に謝って、
すいません、ここしかなかったですっていう話をしたようなんですよね。
その時に言ったヤザワ英吉の言葉が、この俺はいいけどヤザワは何て言うかなっていう話で、
この話は、私はすごくブランディングとかもやってるし、
こういう役職のある立場で仕事をする上で、すごく共感する部分もあるし、学びになる部分もあったので、
実はね、昨日知った名言だったんだけれども、皆さんにもシェアした方がいいなと思ったので、
遅らばせながらこの話をシェアしたいなと思って、今日のテーマにさせていただいたということなんですね。
皆さんも仕事をする上で、役職があって、中間管理職としていろんな意思決定をする場面ってあると思うんですよね。
その中で、心苦しい意思決定もあるんじゃないかなと思うんですよね。
例えば、得意先に対してお断りの連絡を入れなきゃいけない時とか、
こちらの不備でクレームが発生して、別に自分がやったわけじゃないけど、部下のチームの責任者としてお詫びをしなきゃいけない時とか、
誰かのために自分が行動しなきゃいけない、そういう立場に立たされている時とか、
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そんな時、やっぱり、俺はそうは思ってないけどって、
どこかで苦しい選択を迫られて、そういう話をしなきゃいけない時ってあると思うんですよね。
やっぱりそういう時は苦しいんですけど、なぜ苦しいのかっていうことを考えた時に、
それは本当の俺はそうは思ってないし、俺はそうじゃないと思ってんのに、みたいなところがあるんじゃないかなって僕は思うんですね。
例えば、僕の場合はどう考えてるかっていうと、この矢沢は何て言うかな理論でいくと、
ベアレン・ビールっていう中の司は何て言うかなっていうことではなくて、
もうちょっと明確に自分の立場っていうものをはっきりさせて話すように、話すというか意識するようにしています。
というのも、ベアレンの営業部長の司とか、長くビール会の主催を担当しているベアレン・ビールの高橋司として行動するという、
もうちょっとバフッと会社の中の自分とか家庭の中の自分じゃなくて、
明確にその役職も含めて、○○会社の○○の立場の○○という状況の中で行動する自分みたいな感じにしてるんですよね。
それはなぜかっていうと、会社の自分と家の自分みたいなざっくりとした分け方だと、どこか重なる部分があって、
その重なってる部分がすごく意思決定の際に苦しい感じにさせてるんだと思うんですよね。
だけど、ある程度、もっと明確に立場を自分で設定して話をするときは、もうちょっと気が楽で、やっぱり覚悟は決まっちゃうんですよね。
ベアレンの営業部長としての高橋司さんならば、この意思決定ではこういう話をして、そしてはっきりと断らざるを得ないなと。
俺は嫌だけど、司は言うだろうなっていうような感覚ですよね。
そういう心の中の整理ができていると、たとえ辛い意思決定だったり、嫌なことであったとしても、
俺はキレるけど司ならキレないなっていう感じとか、
矢沢ならなんて言うかなまでかっこよく言えないけど、だけどそういう気持ちになれるっていうかね、整理がつく。
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これは明確な設定と、あとはいくつも場所を持つっていうことにやっぱりコツがあると思ってて、
そういったいくつも場所を持って、いくつもまるまるの自分ならどうするかみたいなところがあって、
戻るべき場所とか、もしくは寄り床となる場所があれば、たくさんあればね、
それが気持ちを楽にさせて、意思決定を鈍らせないんじゃないかなって思うんですよね。
この話は皆さんにも本当に重なることもあると思うし、ぜひお勧めしたい話で、
もう一つシェアしたい話があって、それは自分だけじゃないっていうことだと思うんですよね、この話。
つまり、とんでもないボンミスをした部下とか、もしくはめちゃくちゃあったまにくる上司とかいると思うんですけど、
その人たちだって、会社のこの人はこうだけど、家のこの人は違うだろうなって思って、
自分が例えばその人に対して指導するとか、詫びるとか、なんかあったとしても、
俺が詫びてるのはこの人本人ではなくて、この立場のこの人に俺は詫びていると。
例えばね、もしくはこの立場のこの人に俺は指導している。
だから、粘り強く長い期間、忍耐強く部下の指導ができるんだ、みたいなね。
そういうところってあるんじゃないかなって思うんですよね。
たとえね、イラッとする上司や、あとは得意先がいたとしても、
それも、その人の全人格じゃないからね。
そのぐらいの気持ちでいれば、今目の前のその人にははっきり物は言うけれど、
だけど、その人個人の人格を否定しているわけでもないし、
その人もその人なりの立場で物を言ってるんだなと思えばね、
少し広い心で仕事ができるんじゃないのかなって思ったので、
今日のシェアとさせていただきました。
今日も最後まで聞いてくださってありがとうございます。
また明日お会いしましょう。さよなら。バイバイ。