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#25 齋藤啓治郎「伊豆トレイルジャーニー」
2026-06-10 1:43:04

#25 齋藤啓治郎「伊豆トレイルジャーニー」

今回のゲストはトレイルランナーではありません。
そして今回のエピソードは、山ではなく「海」から始まります。

齋藤啓治郎さんは、静岡県焼津市で水産加工事業を営む経営者。
お話は、新規事業に会社の未来を賭けた挑戦から始まります。

港町・焼津で事業を営む彼のトレイルヘッドはどこにあるのか。
そして、トレイルランニングや伊豆トレイルジャーニーとどのように出会ったのか。

今では伊豆トレイルジャーニーでもお馴染みとなり、海外にも販路を広げるリカバリー飲料「オレは摂取す」。
その誕生までのストーリーもたっぷりと伺いました。

ぜひお聴きください。

By ちばちゃん

TRAIL HEADで「こんな人の話を聞いてみたい!」という方がいましたら、ぜひメッセージをお寄せください。

Host: Tatsuo Chiba @tatsuochiba_jp, Marco Lui @marcolui
Guest: Keijiro Saito @orehasesshusu

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感想

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サマリー

今回のゲストは、静岡県焼津市で水産加工業を営む齋藤啓治郎さん。本業の傍ら、マグロの皮から抽出したコラーゲンを使った美容ゼリーの開発から始まり、後にスポーツ分野へと展開したリカバリー飲料「オレは摂取す」の誕生秘話が語られます。当初は美容業界での流行り廃りに悩んでいましたが、コラーゲンがスポーツに良いのではという着想から、大学との共同研究やプロスポーツチームでの試飲を経て、現在の「オレは摂取す」の原型が完成しました。特に、ターゲットを「経営者」と設定したユニークなネーミングや高価格帯設定は、競合が少ないスポーツ分野への参入という戦略的な判断でした。その後、トレイルランニングコミュニティとの出会いが、製品の認知度向上とブランドの成長に大きく貢献。伊豆トレイルジャーニー(ITJ)との関わりを通じて、製品は多くのトレイルランナーに支持されるようになり、海外展開やベトナム代表チームの公式サプリメント採用へと繋がっていきました。齋藤さんの情熱と粘り強さ、そして「関わる人と共に成長したい」という想いが、水産加工業という異業種から、スポーツ栄養分野で世界を目指すまでの道のりを形作っています。また、ITJを軸としたコミュニティ形成や、故郷である松崎町を盛り上げたいという夢についても語られています。

「オレは摂取す」誕生の背景:水産業界からの挑戦
ブリーフィングをやった時、会場でやるじゃないですか。 今まで僕はサッカーとかそういうスポーツしか知らなかったんだけど、
え、トレイルランってなんでこんなすごい一体感というか。僕の初めて、僕がスポンサーで入らせてもらったんですけど、
なんか本当に仲間に入れてもらったみたい。僕らもいさせてくれたっていうか、なんか楽しませてくれたというか。
一緒にランナーと一緒にやったみたいな、そういう達成感があったのが一番印象に残ってて。
これなんて素晴らしいんだと思って。
TRAIL HEADへようこそ。
TRAIL HEADはトレイルランニングコミュニティで活躍するキーパーソンに、
なぜ走り始めたのか、何のために走り続けているのか、そしてこれからどこへ向かって走っていくのか、
彼らの走る原点である登山口を探るポッドキャストです。
ポッドは僕、香港出身日本在住のマルコとイブ在住のティバダンでお送りします。
頑張りましたね。早速本編。
ありがとうございます。ステージを準備してくれて。
どう?元気?
日が立ってないからね、元気だけどね、今ね、結構バタバタしてるよ。
でもね、これはもう少し先になれば、いろいろ発表できることも多くなると思うから。
頑張ります。
今言えないことが多いんで。
今回は久しぶりの本編収録で、ゲストは誰ですか?
ゲストは人、斉藤さんっていう人なんだけど、どっちかというとゲストは俺は接触したよね、今回はね。
どっちかというとね、人の紹介なんだけど、何のトレーヘッドかっていうと、
実は今回、ランナーさんの手はないんだけどね、厳密に言うと。
なので、このトレーヘッドってトレイルのとこに入ったきっかけみたいな話なんだけど、
まさにこのね、俺は接触するっていうね。
ITJに出てる人は知らない人はいない、もうITJイコール俺は接触するみたいなイメージだけども、
そこのブランドストーリーというか、トレイルヘッドっていうような話になるかと思うんだけど、
ランナーっていうよりも企業的な、開発者の中でみたいなね、プロジェクトX的な感じの話になるかもしれないね。
はい、終わってからまた話したいんですけども、すごく個人的には面白いインタビューでしたので、みんなも。
俺知ってる話だったから大丈夫かなと思ったんだけど。
全然大丈夫というか、もうとってもトレイルヘッドらしいエピソードじゃないかと思ってます。
よかったです。
はい、じゃあではでは。
はい、じゃあみずさん聞いてください。
トレイランに入ってくるまでが結構あったじゃないですか、接触って。
そこも紐づいて、どこでトレイランニングに。
最終的に俺が接触するがのトレイルヘッド、トレイランニングで出会うまでっていうような。
僕は結構苦労話聞いてるんで。
そこのバックボーンを聞かせてくれると、多分より愛着があったりだとか。
あとは、すごく斉藤さんが良かったなと思ってるのは、コロナの時にITJとBeyondっていう子どもをやった。
しかも結構尖ったレースをガッツリ入れたっていうのが、多分でっかかったなと思ってるんで。
そういったところ、逆にみんなが手引いてる時にやってたりとか、そういうところからの東洋大学からのままみたいな。
ベトナムの前にあれですよね、ジェルですかね、どんと来たのが。
そうですね、ジェルが。
ついにベトナムへみたいな流れで、接触ストーリーをトレイルヘッドやってることがいいなと思ってるんで。
ありがとうございます。
自分的にはかなり楽しみにしてて、今回これこそトレイルヘッドを聞くべき人物じゃないかと思って。
最近はランナーばっかり、最近やってないんですけど、やってる時はランナーのインタビューが最近多くて。
でもそれよりかは、ランニングコミュニティを後押ししてくれて支えている人たち、コロッコたちっていう話を一番聞きたいというところがあるから。
すごい、水産業界の会社がなぜオレオアセシウスっていうのも、自分も事前にちょっと読んでいましたけども。
知らない人もいっぱいいると思うので、トレイルヘッドに至るまでの話がまず聞きたい。
全然自分走らないし、スポーツ、トレイル関係も全く知り合いもいない状態からやりましたからね。
なので、自分でも気づいたらこうなってたみたいな、結果的にみたいな、そんな感覚なんですけどね。
別に意識してやってたわけじゃないんですけど、本当に結果的に今に至るみたいな。
最初、まずオレオアセシウスの代表ってトレイルランニングの業界の人たちが知られてるんですけど、他の業界だったら全然また違う側面があると思いまして。
どこまで遡るんでいいんですかね、斎藤さんに任せるんですけど。
とりあえず、なんでオレオアセシウスを作ろうと思ったかというか、なんでこんな取り組みしてるかというところから。
お願いします。
今もそうなんですけど、シュタル事業っていうのは本当に今も水産加工。
要はマグロとかカツオとかのお刺身の水揚げされた、ヤイズとかで水揚げされたマグロカツオをお客さんからの受け負いで加工をして。
その商品っていうのが商社とか経由して全国のスーパーとか買い店として納品されてるっていうところがメインの事業なんですけど。
ただ、やっぱり僕ら一時産業なので、やっぱりこれ長年の経営課題だったんですけど、やっぱりどうしても外部環境で経営が左右されてしまうっていう経営課題があって。
それに対して解決策というか、ずっと模索していた中で、もう一つ事業の柱を作ろうといった中でいろいろ模索したんですけれども、その中でマグロの加工で出る皮ですね。
皮からコラーゲンを抽出して、その原料を使ってそういう美容だとか懸殖っていうところの事業をやっていこうと思ったのが2009年かな。
おだしょー そんな前だったんですね。
おだしょー 実際開発入れると2007年とか2008年ぐらいなんですけど、その時はもう美容の方、美容のゼリーを作った。マグロコラーゲン、コラーゲンなのでやっぱ美容っていうところでスタートして。
それが最初は手売りでやってたんですけど、それが徐々に口コミで広まって。今もあるんですけど、アットコスメっていう美容ポータルサイトがあって、そこで口コミの1位を取ったんですよね、その部門の。
おだしょー そういうのもきっかけで結構それが広まって、あと展示会だとかそういうのにも出演したりして、結構美容のプロと呼ばれる従事の方々からすごく評価をいただいて、そういった部分でOEM対応とかうちの商品も含めて販売の方を広げていって、何とか事業家の目のが当たったかなっていうところでずっとやってはいたんですけど。
ただ美容業界ってものすごく広いんですけど、一方で流行りすたりみたいなのがやっぱり早くて、当時僕らがやり始めた時っていうのはちょっとプチコラーゲンブーム的なものがあって、結構大手さんもドリンクなんかをかなりパンパン売り込んでたっていうのがあって、そういう業界全体の流れがちょうど良かったっていうのがあったんですけどね。
ただそれが一瞬しちゃうと、やっぱりどうしても良い意味でも悪い意味でも売り上げが落ち着いちゃって伸びていかないみたいな。いわゆるよく01ビジネスでやる一つ目の壁にぶち刺さったみたいなところが結構あって。
そこで、ただなかなか広告を出しても費用対効果っていうのもちょっと望めないなと思って。ちょっとそういう意味ではあんまり僕らも攻めてなくて。かといって売り上げがこのままでもどうしようかなみたいな、もうちょっと何とかしなきゃみたいな思いがあったんですけど。
ちょうどそんなことをしてる時に、東京でオリンピックがあるよみたいなニュースがあったり、話題がだんだん増えてきて、これもしかしてコラーゲンってスポーツにいいんじゃないかみたいな。スポーツでコラーゲンってなかなかやってる商品もなかったし、ちょっとどんなもんだろうと思って、いろいろ自分で調べたりして。
あとは地元の大学と研究をしたりしてもらって、そしたらうちのマグロコラーゲンっていうのが、広回復に効果のあるBCAAって呼ばれるアミノ酸が普通のコラーゲンよりも結構含まれてるみたいなことを教授がおっしゃってくれて。
これにいろいろ他の成分とかを加えれば、かなり広回復にいいんじゃないの?みたいな、そういうアドバイスをいただいたんですよね。それで、自分もその後、文献いろいろ調べまくって。
それで、「じゃあどんな成分を他に入れたらいいのかな?」みたいな感じでやったりとか。あとはちょうどそのときに、J2の藤枝真由志があるんですけど、それの社外役員をやったときがあって、ちょうどそのタイミングで、当時の監督さんだったり選手さんに作ったサンプルを試しに飲んでもらったりして。
で、アンケートを取ったりして。それでできたのが、黒い180gのオレオセシスっていうところだったんですよ。
その広回復っていうところで言うと、当時サッカー選手たちの悩みも、アンケートを取ったんですけど、やっぱりダントツで広回復だったんですよね。
なので、もうそれだったら、広回復を克服できるくらいの商品を作ったらいいと思って、かなり内容的にはハイスペックにしようと思って、コストとかそういうの全く無視して。
とにかくそういう核成分のいろんな特徴だとか、どういうメカニズムで体の中に入って作用するかっていうところを徹底的に文献で調べて、かなり調べましたけど。
それに基づいて処方を組んで完成したっていうところが、今の商品。これは変わってないんですけど。
お礼は接種数を開発し始めたのはいつ頃ですか。さっき言った2009年くらい。
開発し始めたのが2014年くらいですね。
売上は結構定着してしまったのは。
そういう意味でも、増えもせず減りもせずみたいな状態が続いてたのが。だから2009年から5年くらい利用だけをやってたんですけど、そういう状態がちょっとしばらく続いたので。
ここで何か打開しなきゃなみたいな。
それで2014年でしたね。3年かかったんで、とにかく。
できたのが2017年の12月だったので、そのぐらいかかったかなっていう。味がなかなか決まらなかったですよね。
ちょうどそれを聞きたかったんだけど、最初美容向けのお休み習慣がコラゲンジェリーは。あれどんな味でしたか。
あれはピーチですね。ピーチフレーバー。
コラゲンってどうしてもコラゲンというか、アミノ酸は全体そうなんですけど、原料の匂いというか味覚が独特なものが多くて。
オレオセシスなんかは、美容の時もそうなんですけど、いろんな成分を入れると成分同士の味が喧嘩しちゃって、ものすごい味になるわけですよね。
そこをフレーバーでうまく調整して、食べやすく美味しく仕上げるっていう作業があるんですけど、そこが結構大変というか。
特にオレオセシスなんかもBCAも入ってるし、Aプロテインも入ってるし、鉄分も入ってるし、本当に味決まらなくて、相当長くかかっちゃいました。
最初、2007年頃は、このコラゲン事業は新規事業じゃないですか。
それで2007年で、2009年で発売。
で、2017年オレオセシス。
その12、3年間の間に、本業というか水産業は、大東水産自体は、他の売り上げってどう変わってきたんですか。
本当になんでしょう。やっぱり海の、今もそうなんですけど、異常気象と呼ばれているじゃないですか。
かなり今度合いが強いんですけど、当時からそういう風になってて。
マグロとかカツオって、その1年間にどこの海で何が取れるとかって、だいたいもう決まってるんですよね。その周期というか。
それが、その要は方程式が徐々に崩れ始めてきて、
本来取れるべきはずの海でゾウが取れないとかマグロが取れないとかっていうのが、だんだん僕らの事業にも影響し始めて。
本来搬入量が多い時期なのに少ないとか、本当はこれが取れる時期なのに取れなかったりとかっていうのがポツポツポツポツあって、
なかなか僕らの水産関係の事業も超不安定な状態で、
だからこういう新規事業ですね。そっちを早く安定させなきゃみたいな。
逆にそういう焦りも正直ありましたね。
なので美容でなかなか、
僕らの思ってるところと、これから売上伸ばすぞっていうジレンマ、そのためには広告を投入しなきゃいけないとか、
もうある意味、もうワンフェーズ上げていくための決断っていうのがなかなかしづらかったっていうところもあって、
それだったらちょっと発想を転換して、ちょっと違う分野で生かそうみたいな。
そういうことはありました。
いっぱい質問あるから千葉ちゃん、間に挟んどいて。
今2017年の話じゃないですか。今出来上がったセッシュですね。でかいやつが。
ターゲットは経営者?「オレは摂取す」のユニークな戦略
確か僕の記憶だと、その時の初めの、僕がやってた時のタグラインじゃないけどコピーって確か、
経営者のためのハードコーヒーの意地を発揮したよね。
だからまだその時のターゲットは誰だったんですか?
そう。それで結局出来上がって、当然コストも高くて、販売価格も税込み480円。
当時なかったんですよね。で、たぶん誰もがこんなの誰が買うかって、たぶん心の中で思ってて。
当然スポーツ店とかそういうところでもそんな値段帯のもの売ってないし、
誰が買うんやみたいな多分感動だったですよ正直。
でも、冷静に考えると、なんでそこに突き進んだかっていうと、やっぱ誰もいなかったんですよね。
そこの場所に。当時スポーツいろんな商品。美容とかだとやっぱりものすごいアイテムがあって、
どっちかというと高くてすごいものみたいなのがいっぱいあって、
その中で僕ら戦ってきたんですけど、実はスポーツ業界の状況を見ると
そこがぽっかり空いてるようなイメージだったんですよね。
それだったらもうそこを後追いなので突き詰めてやっていくしかないかなっていう。
ただそのターゲットが誰なのかとか、具体的に誰に売り込もうとかっていうのはおぼろげにはありましたけど、
正直、じゃあ値段高いから、しかもマグロだし、24時間365日泳ぐ生き物だから社長みたいなもんだよねみたいな。
正直、これネーミングを決めたときに、実はこのネーミングも今までだったら自分でネーミング考えたんですけど、
さすがに思いつかないというか、このネーミングとパッケージってやっぱり一番大事なファクターの一つだと僕は思ってたので、
でも安易にできないなっていうところがあって、結果的に言うとプロのクリエイターさんにお願いしてできた名前なんですけど、
ただそのときにそういうイメージがあって、だから正直コストも高くて値段も高いんだけど、
社長さんとかによりこれが飲むんじゃないかなみたいな。だからそういうところもあって。
本当に幅広のターゲットっていうか、スポーツ向きには作ったんだけど、スポーツのカテゴリーの中でも誰に刺さるんだみたいな。
でも絶対刺さるとこがあるよなみたいな。そういうまず手探りの状態からスタートしたっていうのが千葉さんの、
すごい僕も忘れかけてましたけど。
いやいやいや。
本当に。
すげえの来たと思いました。
初めてもらったとき、これ経営者のための飲料なんだって思いながら。
それもそれでインパクトがね。当時昔からリリーフみたいなのあったじゃないですか。
20人いただけますかみたいな。そういうノリもちょっとあった。
でもあれですよね。作ったときにターゲット決めてなかったからゆえに、今となってはトレラン業界はかなりインパクトあるネーミングなんで良かったですよね。
これが初めからトレランで行こうみたいな感じで、ちょっとトレランマーケット調べてみたいな感じでネーミングだったら全然違ってたような気がしますよね。
そうですね。やっぱそこの本当に。そうなんですよ。それも正直ありますね。
そのネーミングのインパクトって。でも正直言うと、自分は最初は一番最初に見たときにはおおーとか思ったんですけど、
名前っていうのは正直自分の子供みたいな商品だからすぐ愛着が湧くんですよね。自分の商品なんだけど。
やっぱりそれを世間に出したときに、やっぱ受け止め方って皆様々で、正直ポジティブに受け止めてくれる方々の方が全然多かったんですけど、
でも一部ネガティブな形で受け止めたっていうのも自分も耳には入ってきたので、そこは正直ふざけてるのかなみたいな。
思う方も当然いらっしゃるよなみたいな。でも中身は真剣に僕は作ったので、ある意味フックというか、やっぱり気づいてもらわないとその先がないので、
そういう意味では本当に今だからこそこの名前にしてよかったなっていうのは本当にこれ今だから本当によかったなっていうのはすごく実感してますね。
実際に売り始めた正規は経営者たち選んでくれた?
あのね、もう本当にまずはやっぱりいろんな人に身近な人から配ったり売り込んだりするじゃないですか。
当然仲間の経営者とか、例えば会社来た時にこれ買って、仲間押し売りじゃないけど、そんなような感じで少しずつやってたんですけど、
ただその中で僕がやっぱり一番大事にしたのがSNSだったんですよね。
このSNS運用っていうのは今でも自分一人でずっとやってるんですけど、やっぱりもう僕らが使えるツールとしてもうSNSしかないなっていうのはあって、
当然大手さんとかね、そういうところも既に売れてるところなんかいろんなツール使ってやってたんですけど、やっぱり僕らはもうそれしか武器がなかったので。
ただその中でも、千葉さんおっしゃったように一番最初社長とかそういうちょっとお金持ってそうな方々みたいなイメージ高いんでっていうのもあって、
ただそこをもう本当に手探りでやってた部分があったんですけど、ある時にちょっとそれだと嬉しいなっていう時があって、
それ本当にやり始めてすぐだったんですけど、もともとはスポーツ向けに作ったので、いろんなSNSでも企画というか、そういうのをちょっとやって、それでちょっと回したんですよね。
それが発売して半年ぐらいかな、してぐらいからちょっとそれをやったんですよね。当然その間は全く売れなくて。
18年ってことですよね。
18年の本当に夏ぐらいとかですよね。
それをやり始めてからちょっと反応があったんですよね。当然そういう企画をやるとやっぱそれに対して申し込む人がいるんで、当然スポーツやってる方々であったんですけど、
その企画を一番最初にやったときに、トレイルランナーさんが応募してきてたんですよね。
他にもいろんなスポーツやってる方があったんですけど、その方に飲んでもらって、もちろん感想とかそういうのをSNSに書いてもらったりはしてるんですけど、
うちからはそんなに本当に何にもいいこと書いてくださいねとかもちろん言わないです。
そんたく抜きで評価してくださいと、お任せしますんでみたいな感じでやってたんですけど、
僕が思ってた以上にすごく評価をしていただいたんですよね。
それをいろんなブログであったり、SNSとかでその方が発信していただいたことがきっかけで、
その他のトレイルランナーさん、その方も結構トレイルランナーの中ではいろんな方が見ていただけるような方だったので、
そこからまた別のトレイルランナーさんがその企画に応募してきてくれて、僕も飲みたいみたいな感じでやってきて、
トレイルランナーさん何?これいけるかな?みたいな。
そこが初めてのトレイルとのまず、トレイルランって何?みたいな感じだった。
あんまりよく分かってなかった。
寺田 そのが2018年ですよね。
寺田 2018年ですね。
寺田 その後半ぐらい。
寺田 そのトレイルランナーさんって何?っていろいろやってたら、
寺田 そこである方を介して千葉さんとそばれるという。
寺田 斎藤さんって、我々はイズ・トレイル・ジャニーってやってるんですけど、そこの大会会長って松崎町観光協会長なんですけど、その時の斎藤翔一さんのご親戚だったんですよね。
寺田 そうですね。同じ松崎町なんですけど、松崎のスタートの町からちょっと車で、
寺田 ちょっと10分か15分ぐらい南に行ったところに、いわち地区っていうところがあって、私の本家がそこにあったんですよね。
寺田 そこの同じ地区の、斎藤さん多いんですけども、斎藤さんばっかりなんです。
寺田 斎藤さんばっかりって本当に。みんな下の名前で言うみたいな。
寺田 私の父の会長の同級生だったこともあって、それで、「じゃあ千葉くん紹介するよ。トレイル・ジャニーやってんだよ。」って。それですぐ会いに行って。
寺田 そのときは僕が会いに行って結構話したんですよね。
寺田 もともと創業の地なんですよね。いわゆる本願地なんですよね、斎藤さんの。
斎藤 僕らは別なんですよ。
寺田 そのときは地域を盛り上げるっていう意味で、やりたいんですっていうような話をされて。
寺田 僕も実は知らなかったんで、摂取するって。
寺田 だからそうかっていうふうに聞いて。
寺田 ただ僕もイズ・トレイル・ジャニーがスタートが真っ先でやってること自体も知らなかったんですけど。
寺田 千葉さんの思いがすごく印象的っていうか、同じように考えてる人いて、すげえことやってんだみたいな。
寺田 本当にそれは思って、これ一緒に盛り上げたいなみたいな。ただただそのときは。
寺田 そこで認知をどうのこうのよりも、一緒にとりあえずやってけばなんとかなるかなみたいな。
寺田 そんな感じだったっすよね。
寺田 そうですね。
寺田 この商品を拝見したときに名前のインパクトはすごくありましたけど、やっぱあみのさん8000ミリグラムってなかったじゃないですか。
寺田 僕もスペース技術の仕事もしてたんで、これ普通の高価格帯、確かに高いけど、高価格帯の商品は倍ぐらい入ってるなっていうレベルだったじゃないですか、当時。
寺田 なので、これはトレイルライニングの本当に勝負したいところとかは、いけるんじゃないかなとはちょっと新しいなと思いましたけどね。
寺田 そうですね。一番最初の、僕らが初めてイズトレイルライニングに協賛したときって、まだ松崎で受付やってたんですよね。
寺田 はいはい。
寺田 その開館で。
寺田 最後の年ですよ。
寺田 2019年の。
寺田 かわいい月。
寺田 確か雨かなんかすごい曇ってたような感じで、すごい覚えてるんですよ。僕はあの時のことが。
寺田 やっぱあそこが、なんて言うんだろう。本当に今でも記憶に残ってて、もうなんか原点だなぁみたいな。
寺田 初めてトレイルっていうものにこう、世界に入って。で、僕ねすごい、これ本当にイズトレイルジャーニーが初めてであってよかったなっていうのが一つあって。
寺田 まあ、とりあえず今大会あって、みんなもなんか特徴があってすごくよかったんですけど、僕一番最初になんかもう鳥肌が立ったのはこの千葉さんがイズトレイルジャーニーっていうのを何回も積み重ねてブランディングしてきたじゃないですか。
寺田 その世界観に、あのブリーフィングやったとき会場でやるじゃないですか。
寺田 カブラさん来て。あれで鳥肌立っちゃって、すっげえなにこれと思って。
伊豆トレイルジャーニーとの出会いとコミュニティ形成
寺田 本当に僕言ったっすよね。
寺田 本当にすごくて、あれが。ものすごい印象残ってて。
寺田 これってスポーツだけど、なんなんだろうと思って。
寺田 これで大会2日間、わけわからずです。本当にわけわからずに2日間終わったんで、最後の主演でなすこのゴールのとこ行ったときに、
寺田 今まで僕サッカーとかそういうスポーツしか知らなかったんだけど、トレイルランってなんでこんなすごい一体感というか、僕の初めて僕がスポンサーで入らせてもらったんですけど、
寺田 本当に仲間に入れてもらったみたいな。一緒に大会の中で、僕らも居させてくれたというか、楽しませてくれたというか、
寺田 一緒にランナーと一緒にやったみたいな、そういう達成感があったのが、めっちゃ印象残ってて、これなんて素晴らしいんだと思って。
寺田 確かあれですよね、斉藤さんにご登壇いただいて、みんなの前でお話ししていただきましたよね。
斉藤 そう、やりました。
寺田 そうですよね。マルコはイメージつかないかもしれないですけど、聞いてる人もITで出てないとわからないかもしれないけど、松崎町って静岡県で一番ちっちゃい町なんですよ。
寺田 そうそう。
寺田 そこの環境改善センターっていうのが、全部入れると500人ぐらいしか入らないんですけど、なかなかあそこがいっぱいになるっていうのがね、イメージが全然つかないんで、斉藤さんも松崎ご存知だから。
斉藤 あの日1日だけで千何百人行くわけですよ。
寺田 そうそう。
寺田 それがね、そのインパクトがすごいですよね。
寺田 僕も松崎はそうやってボンクで正月ずっと行ってたんですけど、あんだけの人が松崎にいるってすげえな。
寺田 もう別世界じゃん、ここみたいな。
寺田 5000人の町に1500人来てるもんですからね。
寺田 そうそうそう。
寺田 しかも松崎だけで入りきらんもんで、岩地とか石部とか、遠いとか、あの辺まで対応できないんでね。
寺田 だからすごい、自分なんて伊豆半島の、そういう西海岸ですけど、すごい経済効果これ、あれしてるなと思って、すごいことやってるなと思って。
寺田 で、いろいろやっぱそのレースを、僕はレース出たことないんですけど、その外側から見て、これすごい、トレイルランってすごいいいスポーツだなと思って、感動したんですよ。
寺田 それで逆に僕はそこにはまっちゃったんですよね、トレイルランの魅力に。
寺田 でも走ってないって。
寺田 絶対みんなそこで走り始める。
寺田 走りはしないと。
寺田 走り始めるんですよ、みんな。だけど僕は走らない。
寺田 今年、アロン、アロン、アロン、アロン。スポンサーしてるしね。
寺田 でもそっからコロナになっちゃうんだよ、マルコ。その次からね。
寺田 次の年あれですよね、千葉さん確か、僕ほら香港の人とやり取りしてて。
千葉 サムね。
寺田 サムタムね。それで、いろいろ僕次の年はいろんなアリアあるんで、こうやっていきましょうみたいな話をしてて、
寺田 唯一の目玉が、香港から接種してくれてる代理店の人がいて、その人も走るんで。
寺田 その方々を。
寺田 そうね。ユーストレールに出てもらおうみたいなね。そのために香港千葉さんと行こうって。
寺田 そうですね。
寺田 チケットも受け取って。そしたら何か雲行き怪しくなってよ、何これみたいなね。
寺田 やばいこれ行ったらまずくないですか、みたいな。やばいですよね、みたいな。
寺田 なりましたね、そういうのは。
寺田 でも実際、僕がその時会った時は売上自体は、ちょっと投資いっぱいしてるんで頑張ったときは、みたいな感じで決してまだ売れてなかったよね。
寺田 そこは全然売れないですよ。でも何かやってけば、これ絶対見込みあるなって僕は思ってたので。
寺田 本当決断の連続だったんですけど、ただやっぱりユーストレールって出て、これいけるかもしれないっていう、やっぱりこれいけるぞっていう、そういう感覚はあったので、よしじゃあここでどんどんやっていこうみたいなところが正直ありましたよね。
寺田 で、2020年になってITJ、コロナになっちゃって、ITJやるぞみたいな話になって、斎藤さんすごいな、別に何の疑いもなくやるに決まってるじゃないですかって言ってくれて、人数も減らさなきゃいけないっていうことで、28キロ作ったんですよね。
寺田 そうですね。
寺田 28キロ作ろうっていうことで、斎藤さん物もくれるんですけど、お金もくれるスポンサーって実はほとんどいなかったんですね、当時。
寺田 そうですか。
寺田 お金くれるスポンサーほとんどいなくて、でも言ったら斎藤さん出してくれるって言ったんで。
寺田 もちろんもちろん。
寺田 実は一番プロモーション効果高いのは28Kのスポンサーだったんですよね。アロンドラの28Kってピンク色なんですよね。
寺田 これはもう摂取品合わせ下手っていうのが由来なんですね、あれ。
寺田 ありがとうございます。何かじゃないけど、俺とそっくりだなって。
寺田 プロセスカラーも一緒にしてるんですよ、わざと。
寺田 ありがとうございます。
寺田 そうそう、だから僕らがしてあげられることってあんまりないんですけど、
寺田 なんかもう種目自体が無意識のうちに色で28Kイコールセッシュするみたいなのが私になってくれるぐらいしかできなかったんで、
寺田 そういうふうにしたのがルーツで、アロンドラの28Kっていうのは言ってみればセッシュスピンクなんですよね。
寺田 なるほど、ありがとうございます。
寺田 でもあれですよね、初年度からでしたっけ、次の西田峠にとにかくセッシュスをとにかく飲んでもらわないとみたいな。
寺田 そうです。
寺田 一応最初からやったっしゃっけ、あれ。
寺田 はい、そう。斎藤さんの商品を見たときに、その当時まだジェルがなかったじゃないですか。
寺田 だから、やっぱりジェルがないと、ジェルじゃないと実際蛍光色としては売れないだろうなっていうのは。
寺田 そうですね。
寺田 実際的な感想としてやって、これはリカバリ効果とかっていうところを体感してもらうにはどうすればいいかなと思うと、
やはりエイドにおいてまず飲んでもらおうっていうところでやってもらったんですけど、確か初年度は結構余ったんですよね。
寺田 飲む人が初めての商品だった。
寺田 でも今は、
寺田 何もないです、全部なくなりますけどね。
寺田 イズトリエル出て、「ジェルってあるの?何これ?」みたいな。そういうやつだった。
でも結構エキスポでみんな爆買いしてるじゃないですか。
寺田 そうですね。
寺田 何これ?みたいな。そこで初めて僕ジェルって知ったんですよ。
寺田 そうなんですよね。
寺田 なんでこんなの飲んでんだ?
寺田 斎藤さんがうまいなと思ったのは、自分でブース出さずにオフィシャルで売ってくださいっていうのがすごいうまいと思います。
寺田 ただ単に人がいないだけ。
寺田 ただ単に人がいなかったんだと思うんですけど、
寺田 本当に結果的にそう。
寺田 多分結果的に今もそうですけど、自分でテント出さずにやるんじゃなくて、
オフィシャルの中でやって、我々と一緒にやっていくっていう大会の近さを結果的にすごくやることができるんで、
あれはすごく結構としては僕は結構上手だなと思ってましたよ。
寺田 いや、ただ単に僕は全部そうなんですけど、僕ら直接自分たちでブースって、
唯一そのITJがスポンサードしたり、BEYONDもそうなんですけど、やったりするんですけど、
BEYONDでも正直うち直接出さないんですよ。
寺田 はいはい。
寺田 それって正直僕の考えがあって、当然自分でやれば、変な話ですけど、荒りりと取れるじゃないですか。
だけど、僕はそういう考えではなくて、今でもそうなんですけど、
やっぱり関わる方々と一緒に成長していきたいっていうか、一人じゃできないっていうのもあるんですけど、
やるんだったら皆さんでウィンウィンの関係性でやっていきたいっていうのが常にあって、
当時千葉さんたちも一生懸命売ってくれたりもしてたんで、
そこでじゃあ、うちらは卸価額で決まってるから、値段でも売ってくれれば千葉さんたちも利益になるし、みたいな。
そういう考えでやってたので、別に変な意味でっていうわけじゃないんですけど、ただ本当それだけなんです。
寺田 あの時は初めて60円で。
寺田 そうです。初めて60円で。
寺田 そうそう。
寺田 しっかり我々の物販にやっていこうっていう初めの当時で。
寺田 そうですよね。それもあったんでね。
寺田 すげえ売れたんですよね。摂取が。
寺田 そのときが。
寺田 すごい売れましたよね。
寺田 みたいな感じだったんですよ。その60円でやったとき、一番最初にやったときに。
寺田 そのときから、正直僕ら今、唯一直接販売が定期購入なんですよね、うちは。
寺田 そうですね。
寺田 そこでも結構お客さんがついてきたんですよ。そこのお客さんがITJ出るって言って、リアルで初めてお会いする場でもあって、なんかいいなこれみたいな。
寺田 お客さんもすごい喜ぶ。
寺田 ああ斎藤さんですか。
寺田 みたいな感じで言ってくれて。そういう繋がりというか、今まではSNSだったり、お客さんっていうね、あれだったんですけど。
寺田 それがトレイル、ITJっていう一つのエキスポのところでお会いできるっていうのは、それが本当に僕も楽しくて。
寺田 当然売りもしたんですけど、そうやって話をすることで、一日終わっちゃうみたいな。
寺田 そういう、ただに物を売るとかじゃなくて、人との繋がりだったり、特にトレイルに至ってはやっぱりITJのおかげというか、当然僕らの認知はすごく、特にトレイルなんかは増えたと思うし、
寺田 でも逆にそれによってお客さんとの交流だったり、僕らは接種ファミリーって呼んでるんですけど、サポートしてる人とか、そういう方々もそこでもう年一回みんなそこにワンって集まるわけですよ。するともうなんかオフ会みたいな。
寺田 本当そうですよね。集合場所になってますもんね。本当に。
寺田 必ずみんな集まって記念撮影したりとか、会場で撮影大会でも、それであっという間に一日終わっちゃうみたいな。それが本当に毎年の楽しみというかルーティンというか。
寺田 12月からもう結構そういう、今だとスケジューリングがもう決まってるんですよね。年末年始はもうITJから始まりみたいな。箱根駅伝で終わるみたいな。
東洋大学との連携:科学的根拠とブランドの拡大
寺田 だから斎藤さん本当に驚異の持ち主なのは、コロナの時にやったITJとさらにBeyondって割と尖った。
寺田 そうそうそう。Beyondもやりましたよね。
寺田 やれてたっていうことと、あとやっぱり東洋大学ですよ。
寺田 東洋大学は、そのときも千葉さんにも言いましたもんね。
寺田 めっちゃ興奮してましたよ、あのとき。
寺田 あれは本当にそれこそ、これもねつながってるんですよトレイルに実は。千葉さん聞いたっすよね。
寺田 これはこういうので喋るのも初めてなんですけど。
寺田 トレイルで結構いろんな方々が飲んでいただいて、結構トレイルやる方ってブログ書かれるじゃないですか。
寺田 実は当時、坂井監督たちは、当然駅伝もやってるんですけど、強歩もすごい強いんですよね、東洋大学に関わって。
寺田 ただ当時の選手が強歩やってたんだけど、
寺田 疲労が抜けないのと貧血がなかなか改善されないっていうのがあって、いろんなサプリとかも試したけどダメで。
寺田 もともと東洋さんって食育とかものすごいストイックにやってる大学なので、それでもなかなか改善しないってことで。
寺田 それで坂井監督とかが、「もっとハードなスポーツやってる人って何飲んでるんだ?」みたいな感じで。
寺田 それがトレイルランニングやってる人どんなの飲んでんの?みたいなことで検索かけたら、至る所にうちの商品が売れ合わせ室が出てきたので、
寺田 飲んでみようっていうか問い合わせしてみようみたいな感じになって、問い合わせも来て、注文もいただいてみたいな感じだったんですよね。
寺田 それでおそろおそろ1ヶ月後ぐらいに、「どんな感じでした?」みたいなメールを送ったら、「すごくいい!」って言って、
寺田 これぜひいろいろ話、じゃあもうすぐ説明しに行きますんで、みたいな感じで説明しに行ったんですよね。
寺田 坂井監督も、京穂のコーチって奥様の瑞穂コーチなんですけど、2人揃って話を、
全くだって、ナイキとか、名だたる伊東編とか、そういう企業がスポンサーになってたとこに、わけわからん水産会社が行って、
相手してくれるのかなと思ったら、ちゃんと話も聞いてくれて、本当は1時間ぐらいで話して帰ってくるかなと思ったんですけど、
気づいたら3時間ぐらいいて忙しいのに、ずっと話聞いてくれて、僕はその坂井監督と奥様の瑞穂コーチの人柄にむちゃくちゃ惚れて、
全然テレビとかメディアで見てる坂井監督と全く同じで、本当にすごく誠実な方だったので、そこで速決してきました。
ぜひサポートさせてくださいって。
寺田 それも2020年でしたっけ?
寺田 そう、コロナ2…そうです、2020年だった。
寺田 そうですよね。
寺田 そう。で、すぐ後コロナになっちゃった。で、学校もほら、1回閉鎖っていうか。
寺田 そうですね。
寺田 みたいな。ので、そこで僕らも、なかなか対外的には、こういうタイミングとか契約も当然あったので。
寺田 でも実際は飲んでくれてたので、ちゃんと。
寺田 ただ、実は豊田大学さんって結構職域に力入れてるって言ったんですけど、毎月血液検査とかいろんな検査やってて、
寺田 それを他の大学のスポーツ管理栄養士の大学とか教授に見てもらってるんですよね。
寺田 その教授医学、本当にフェリチンとかヘムグロウピッチの数値が安定してきてるよねって言われたことがあって、
寺田 すごいねって言って、本当にやっぱ効果あるんだし。
寺田 今まで嘘だと思ってた?
寺田 そういうのはなかったんだけど。
寺田 ちゃんとした数値だったり、血液検査とか、そういう専門家の人に言われたのは初めてだったんで、
寺田 えーと思ってすごく嬉しくて、だから坂井監督もそういうエビデンスがあって、うちの商品の品質を認めてくれるっていう。
寺田 そういうのが根底にあったんで、うちみたいなところもちゃんと真摯に対応してくれたのかなっていうのは、そういうので分かったんですよね。
寺田 なので、やっぱり商品開発の時に3年かかったって言ったんですけど、本当に今一言でポーンって僕飛ばしちゃったんですけど、
寺田 むちゃくちゃ調べましたし、鉄ゴムを入れたっていうのが一つミソだったんですよ、僕の中では。他になかったんで。
寺田 でもそれがやっぱりそういうところで評価していただいたっていうのが、はーもう本当にこれで鉄ゴム入れてなかったらダメだったなとか。
寺田 まずは駅員とかそうですよね。
寺田 だからもう本当に積み重ねてきたことが身を結んだというか、かつ点と点が線になったっていうか、トレイルに認めてくれたことがきっかけで、
寺田 坂井監督にもつながって、それが今の陸上の部分にもつながったっていうのは、これが紛れもない事実なんで。
寺田 その意味ではトレイルで注目していただいたっていうのが、僕の中では本当に一つの大きな分岐点かなっていうところだ。
寺田 それが2020、2021、2022ぐらいだったと思うんですけど、でもあれですよね、まだ接種数だけしかなくて、売り上げ的にはまだもう少しって感じですね。
寺田 ゼロイチの壁に要はもう当たるところだったんですよ。そこまでは行ってたんですよね。
ここから壁を突き破れば、たぶんもっと行くぞみたいな、また違う流れになるぞっていうところの端坂行きのところだった。
そこで東洋さんとかトレイルでもなんとなくあれになってきたんで、いやこれ難しくて、いいよみたいな、しないよみたいな感覚になったのもその頃だった。
寺田 だからさっきもちょっと言いましたけど、初めのゼリーだとトレランだともってきないからが。
寺田 よく言われたんですよ。
寺田 やっぱりデルのことずっと、デルがないとっていうのはずっと言ってたんですよね。
寺田 実はその間に水明化で開発して、コロナ禍の時かな、ずっとやってて。
寺田 それこそ本当に、僕ら当時トレイルランナーさん、結構ファミリーがだんだん増えてきたんで、そういう方々の本当に意見を、僕こういう性格なんで知らないから教えてくださいって言って、コットン教えてもらって。
寺田 そのことを、もう本当にそれに率直に解決するようなジェルを作ろうなんて思ってやったんですけど、いかんてんのとこが難しくて、結果的にそれも3年かかっちゃいました。
寺田 あれを確か、味のことをおっしゃってましたよね。
寺田 そうです。味も、とにかくおいしくないと続かないっていうのが、これね、美容の時からのこれも。
寺田 そうなんですね。
寺田 いや本当に特にね、女性は本当いくら効果がありそうだとか、あれでもね、味がダメだって、もう絶対終わりなんですよ。
寺田 どれだけ厳しいかって言ったんで、やっぱりそこはね、ずっと商品開発の、僕らは色派あるんですけど、そこの部分とやっぱり効果の部分っていう、美容塾は絶対ぶらさないでやっていこうっていうのがあって。
寺田 だからそこにすごい、そこがちょっとでも妥協したら僕絶対販売しないですよ。
寺田 なんかいつも味ですもんね。後味があっていつもよくって言ってるのが。
寺田 いや本当確か千葉さんにそんなことばっかり言ってたから。
寺田 後味なんですよねってよく聞くなと思ってた。
寺田 そうそう。でも、ジェルを発売した時のタイミングが、実はそのコロナが全部、もうこれで終わりですみたいな。確か何年?
寺田 2023じゃないですか。
寺田 ゴールデンウィーク開けてからだった。に発売したんですよ。それ本当は別に測ってなくて、逆になんだかんだ言ってそうなっちゃったみたいな。
寺田 その頃には、それこそクロノオレア性質がある程度陸上とかそういうところにも認知があって、
そこそこもうこれ突き抜ける、さっき言ったところの本当もうちょっとで突き抜けるぞみたいなタイミングだったんですよね。
寺田 そこでこれどんなアレだったらどうなるかなと思ってやったら結構、今までのやった中では結構反響があって、やっとなんか性質がジェル出したみたいな感じで声が結構聞こえてきて、
寺田 で実際お店なんかでも、いや売れてるよみたいな感じで、たぶんジェルを出したときに突き抜けたかなみたいなところはありましたよね。
寺田 なんかあのぐらいですよね。有名量販店から声かかったみたいな感じから聞き始め。
寺田 そう、そっからですねやっぱり。
寺田 でも今はもうほとんど、一部はちょっとねなかなか値段的な部分で、僕からはもう入れてない部分もあるんですけど、ほぼお店で買えるようにはなりました、全国。
寺田 すごいですよね。確かそれまで確かどこも量販店が。
寺田 量販店だって僕、そのジェル出したときにDM送ったんですよ。
寺田 送ったんですね。やっぱりそういうの栄養素ですね。
寺田 一応送りましたさすがに。で、そこで一番最初に反応があったのがジェビオさんだったんですよ。
寺田 で、いきなり商談で、全部やるからって言ってくださったの。マジですかって。すごいなと思って。
寺田 で、僕もやっぱりそういう量販店とかの商談って水産関係だったんで、お刺身とかそういう水産物での商談は専業バイヤーとかとよくやってたんですけど、そこまで言うバイヤー嫌がったっすもん。
寺田 全国展開って量がすごいんですか?
寺田 やっぱり僕もどんだけ売れるのかっていうのはちょっと見当もつかなかったんです。でもやっぱ、やるっつったらやるんですよね、本当に。
寺田 その心一気に僕は感動して、ちゃんと言ったことやってくれるみたいな。結構水産だとね、言ってもやらなかったりとか。
寺田 あ、そうそう。
寺田 そこからもう本当に売り上げっていうか、当然その他にもいろんな全国の店舗でもやってた部分もあったんですけど、少しずつ増えたんですけど、そうするとボリュームがどんどん増えてきて。
寺田 その頃にはあれですよね、もうこれ絶対いけるわっていう。自信というか、やっぱ感覚がすごくあったの。
寺田 そこから毎年、毎年のように新しいフレーバーが出て、最近も出ましたけどね。
寺田 はい。とりあえずはもう本当にそういったお客さんが味で評価してくれて、当然品質とかそういった部分でも評価していただけるので、とにかくこの勢いのあるうちにフレーバー、実はもうサンプル段階でいろんなフレーバー実は用意してあるんですよ。
寺田 あ、そうなんですね。
寺田 行き当たりばったりやってるわけじゃなくて、いくつかサンプルも長い期間やってたんで作ってあって、でもこれ絶対作ったら美味しいよなっていうのをちょっと作ってみてって言ったら本当に美味しいんですよ。
寺田 じゃあこれちょっと撮っておこうと思って。それですぐ次の商品というかフレーバー出すのもちょっと感覚上げてやってきたっていうのもあるんですけど、そこは正直戦略的な部分というかはあるんですけど。
グローバル展開と今後の展望:ベトナム公式採用から世界へ
寺田 開発チームとか何人ぐらいいるんですか?
寺田 僕一人です。僕一人なんですけど、でも僕にはセッシュファミリーという頼れる仲間というかランナーさんたちがいるので、そういう方々にお伺い立てて、いろいろ忖度抜きで評価してくださいって言って。
寺田 本当その繰り返しですよ。よく皆さんアスリートとか開発しましたって言うじゃないですか。でも本当にそれを地で言うことを本当に僕やってきたんで。僕何も知らないんで。走らないんで走る人の気持ち分からない人が商品作れないじゃないですか。
寺田 どういう悩みがあるのかとか。100キロ走れないし僕。でも100キロ走るけど70キロの地点でどういう状況になるのかとか、そういうのも分からないじゃないですか。そういうのを事細かに聞いて、そのときの悩みだったり。
寺田 本当その悩みが解決できればいいなっていうのを、じゃあその解決しましょうみたいな感じで作ったんですよ。で、そのサンプルをそのランナーさんに渡して、実際他のレース飲んでもらう。サンプルを。で、どうでしたみたいな。で、そういうのを繰り返した。これ答え言うともうあれですけど。
寺田 いやあれだよマルコ。今開発の話したけど、SNSも一人でやってるし、ってか斉藤さんしかいないから。本当に一人だから本当に。いや斉藤さんいつ死んでるんだろうっていつも思うんだけど。どうやってやってるんだろうっていつも思っちゃう。すごいですよね。SNSのすごい速さでこういいねしてる。
斉藤 もうね、それはもう日課というか、生活の一部というか。ラジオやる前も僕カチャカチャやってました。でもそれをやり忘れると、なんか罪悪感がものすごいんですよ。正確な。
寺田 いやもうね、そのやり続けられる力は本当にね、松永ひろわきさんに匹敵しますよね。松永ひろわきさんと斉藤さん、高校一緒なのよ。偶然であったんですか。
寺田 DNAなんですかね。なんかわかんないけど。やると決めたらやり続けるっていうね。見てるから本当すごいなって思います。本当に。
寺田 でもね、皆さんに言われるんですけど、でもね、なんかわかんないってできちゃう。僕らは推算授業があるじゃないですか。結局、出荷とかそういうお客さん対応とか、そういうのもある程度仕組みさえ作っちゃえばやれるなと思って。
寺田 だって卸売とかゼビオとかそういうとこも、商談は当然そういう話は僕がするにしても、ただ注文きたのを出すだけなんで、その通販の仕組みの中にそれを取り込んじゃうわけですよね。そうするとルーティンでうまく回るので、そこはもう任せられちゃうんで。
寺田 あとはプロモーションだったり、当然営業的なものだったり、そういうとこだけやればいいのかなみたいなもので。でも、なんかわかんないってやってきたんで、多分できると思うんですけどね。
寺田 斉藤さんはね、自分でブースなんか出してないのがすごく良かったと思いますよ。本当に。これで自分でブース出して自分で手売りしてたら、多分難しかったような気がして、僕は見てて思いましたね。このやり方はすごく良かったんじゃないかなって。
寺田 そもそもITJだけじゃないんですよ。他のレースも。それでみんなでとにかく盛り上げて、売れる売れないは別にしても、とにかくみんなでワイワイやりながら。売れればハッピーだし、という感じだったので。
寺田 でもそれがもうだいぶ定着してね、ITJのエキスポで。去年からイベントも兼ねてちょっとやったんですけど、それもすごく良かったですし。あとあれですよ、ほら、ITJを攻略する。
寺田 まだ4回目ですけど、あれも本当に松山君が、せっかくだから斎藤さんやりましょうよみたいな、あれで言ってくれて。それで、じゃあ千葉さんにちょっと相談してみるよ。松山君がこんな感じでやれたらいいですね、みたいなのを千葉さんにぶつけて。やっぱITJベースができたのが大きいですよね、僕らにとっては。
寺田 そこの合宿を必ず1回入れてみたいな。あとね、スポンサードしてるので、それに応募した人は出走必ずできるっていうところもね、やっぱご協力いただいて千葉さんにもらって。
寺田 でもだいぶ定着してきてる感というか、実は今さっきまでやったじゃないですか。普通だったらもうその企画が終われば多分終わりだと思うんですよね。だけど未だにグループラインで作って。
寺田 先日来ましたよ、またITJベース。
寺田 未だにグループラインもわちゃわちゃして、本当にみんな交流してくれて。だからすごい自分としては嬉しいですよね。
寺田 いろんな大会、僕もたまに顔出したり。この前のラウンドガール100とかスポンサードしてるんで、当然ITJもそうなんですけど。
寺田 だってITJを攻略するで、フィニッシュでプロポーズされて、そのまま結果が出てくるっていうのがすごく嬉しいですよね。
寺田 結構してるじゃないですか。すごいですよね。ゴールインまでいってるから、すごいなと思ってる。
寺田 そういうのもあったし。
寺田 お互いが来てくださった。今、東米で見てられてるご夫婦。
寺田 そういうのもあったし。ITJも含めてそういうので、輪がどんどん広がったりとか、また別の時に来てくれるとか。僕もさっきの話じゃないですけど、松崎にどうやったら人を呼べるかとか、千葉さんもいろいろ考えてたじゃないですか。
寺田 すごいなと思って。自分も一緒にやっていきたいっていうのがあって、一緒にITJ盛り上げてきたんですけど。でも、ちっちゃいことかもしれないですけど、そういうふうな形でまだいずれに来てくれて、そこでみんな楽しんでくれるっていうことを、今そう言って言われて、千葉さん最初言ってきたことが実現してきましたね。
寺田 そうですね。
寺田 そんなふうに僕はちょっと今思ってて。
寺田 コミュニティ感ですよね。トレイルコミュニティが斉藤さん色のセシスファミリーとしてコミュニティができてるっていうのは、いつもブースで見てると思えます。
寺田 そうですね。本当にそれだけじゃなくて、逆にセシスをやって、ソナポケットのアイロンさんのラジオ番組に出演させて、そこからすごい個人的にも含めて親しくさせてもらってるんですけど。
寺田 やっぱりそこの周りのランニングをやってるコアさんとか、あの辺の方々毎年ITJに出てる。だからあの辺の会話の人もブースに来てくれて、必ずしょんべいとした人にとって。
寺田 セシスファミリーは斉藤さんがガチのトレイルランナーじゃない分、多様性がすごくあるなと僕思ってるんですよね。アイロンさんいらっしゃったりとか、どっぷりの我々の周りのトレイルコミュニティではない人たちがいたりとか、かといってりゅうたくもいたりとか。
寺田 独特ですよね。セシスファミリーは。僕自身もたまに遊びに行かせてもらいますけど、刺激になる気づきもあるし。
寺田 斉藤さんとかも、本当にオリンピック出るようなトップアスリートから、当然ね、今、小清美奈々さんとかそういう方々までいるので。だから、今よくセシスファミリーって言ってるんですけど、これはセシスファミリーって言葉は田無条君と屈さんが、田無条YouTubeに出たときに、ふと発した言葉がそれだったんですよ。
寺田 田無条君も、何、セシスファミリーになったの?みたいな。で、すぐ薄かさず、屈さん、このセシスファミリー使わせてもらいますね。ここから僕、ずっとこの言葉をあれしてきたんですけど。だからもうみんな仲間なんですよ。
寺田 だから、トップアスリートもそうなしで、みんなだから飲んだ飲んだ人はもうファミリーですっていうのが一つの僕の込めた言葉というか。そういうのもあって。そういうのが本当に今、千葉さんがおっしゃったように、いろんな方面の方々が本当にいるなっていうのは、振り返ると改めて思った。確かにその扉だと。
寺田 コミュニティって今キーワードで、みんなそういうふうにしたい。斉藤さんの競合のところってみんなやっぱりコミュニティを作りたいってやってるんですけど。斉藤さんはすごく考えていらっしゃるんだと思うんですけど、斉藤さん自身もそこにいることがすごく幸せそうに見えるんですよね。いつも見てて。
寺田 でもそうですね、やっぱ本当に千葉さんにITJのあの2日間はね、本当に今楽しみなんで。
寺田 本当ですか。ありがとうございます。
寺田 本当に楽しみ。1年あっという間なかったから毎年思って。でも本当にやっとこの時期ってかまた会えるな、みんなとと思って。
寺田 それで攻略戦もあるじゃないですか。いろんなファミリーも会えるし、今年どんなドラマが生まれるのかな、みたいな感じで。
寺田 それがね、本当に僕の中では楽しみな一つ。特別なものですね。
寺田 でもそんな接種ももう一つあるじゃないですか。超ビッグニュースが。
寺田 そうですね。今も本当にやりとりさっきもしてたんですけど、実はオレオンセッシュスがベトナムの政府、スポーツ局っていうスポーツ文化観光省って、日本で言ったら文部科学省かな。
寺田 それと同じで、そこにスポーツ局っていうスポーツ専門のトップダウンの組織があって、ベトナムっていうのは共産国なんで、社会主義なんで、スポーツ選手は国が育ってる感じなんですね、中国から。
寺田 いわゆるスポーツ局の公式サプリに採用されて、そういう国で育ってるトップアスリートの方々にもちろん国が買い取って飲んでくれるっていうのと、あとベトナム国内での販売に関してもこれからするんですけど。
一応そういう取り組みを、もうすでに始まっては、一部始まってはいるんですけど、してて。これを機に、僕らも国内だけじゃなくて、やっぱり世界のオレ派に、オレ派って海外で言うとオレオンセッシュスって言えないので、海外国の方ってみんなオレ派って言うんですよ。
寺田 なので、オレ派って言うオレ派ですよね。
寺田 ロゴにして、いつものマークにして、そういう新しいロゴを作って、自分もこれからオレオンセッシュスは世界のオレ派だっていう感じで、ちょっとこうやっていこうかなみたいな。
寺田 そういう段階でもあるので、こうやって日本でも本当にいろんな方々に飲んでもらって、今でもどんどんその輪が広がってはいるんですけど、今度は世界にそれを広げて、僕は世界も同じで、ベトナムにもそういうコミュニティを作ろうっていうか、とりあえず楽しくやろうぜみたいな感じでやっていきたいなと思って。
寺田 実はベトナムっていうか東南アジアもそうですし、中国とか他の国もいろんな国からオファー来てるんですよ。
寺田 昨日の夜もカナダから来ました。
寺田 最初迷惑メールかと思ってよく見たら、オファーメールでした。
寺田 本当に世界から来てるんですよ。
寺田 実は東京マラソンとか、ああいうところでいろんな国の方々が来て、多分そういうところで買ってくれてるのか分かんないですけど、やっぱりだんだん日本だけじゃなくて、世界の人でも飲んでくれてる人が多くなってきたなっていうのがあって。
寺田 いつも僕東京マラソンのエキスポをゼビオブースさんで出てるんですけど、正直今年…。
寺田 売ってるんですね。売ってるんだ。東京マラソン売ってるってことですね。
寺田 売ってます。
寺田 ゼビオで。
寺田 そうなんですか。
寺田 僕もそのときは行くんですよ。応援に、販売に。
寺田 そのとき、今年、すごいあらっと思ったのが、外国の方が目的買いでしてくれるんですよ。
寺田 今まで去年まで一切なかったんですよ。なんでだみたいな。
寺田 でもMFでもそうなんですけど、ジェル関係、日本だとすっごく安く感じるんですって。
寺田 そうそう、そうらしいですね。
寺田 もうすごい買ってきます、みんな海外の人に。
寺田 ほんとそうなんですよ。でも、僕一切別に海外に展開したわけじゃないのに、なんで買うの?これ分かって買ってるのかと思って、逆にちょっと心配になっちゃうぐらいで。
寺田 でも、ある方がやっぱり飲んでて、そういう方が結構SNSとかで、実は広げた、別に行為でやってくれたみたいな感じのもあったんで。
寺田 あ、そうやってだんだん認知が広がってきたんだなと思って。それは正直全然予想外の出来事というか。
寺田 なので、あとはさっき僕が言おうとしたのは、例えばベトナムなんかは、コロナ前に正直ベトナムに売り込んでたんですけど、当時そのときコロナ前に行ったときって、例えば朝、街並みを見てもバイクと車だけしか走ってなかったのが、この前10月に行ったんですけど、行ったときに朝、街並み見たら、
寺田 偉い走ってる人が多くて、「え、何これ?」みたいな。もう日本と同じ公共みたいなところとか。それがベトナムの街の中で走ってる人がいっぱいいるんですよ。これってリアルじゃん。来てるじゃん。
寺田 今ベトナム来てますよ。ランニング。トレーナーすごいです、今。
寺田 トレーナーもそうですよね。
寺田 ランニングずっと来てますよ。
寺田 タイミングがすごくいいな。ベトナムも現地の情報からだと年々毎週レースやってるみたいですね。
寺田 なので関わったファミリーの方々には、ぜひベトナムのレース出て優勝してもらって、摂出を広げて、またそういう新たな夢というか、そういうのを描きながら今ちょっとやったりしてますけど。
寺田 いや、伊豆の水産加工会社からついにベトナムナショナルチーム公式運業になったっていう、ちょっとプロジェクトXチックな発展ですよね、本当に。
寺田 コロナ前にベトナムやってたじゃないですか。正直その時は全く別ルートなんですけど、そこで得た教訓が、もし海外やるんだったらやっぱり政治的な繋がりがないと無理だなと思ってたんですよ。
寺田 正直そんなことってあり得ないじゃないですか。宝くじ当たるよりも確率も低いというか、あり得ないから、海外はもういいやって思って、ずっと国内もひたすらやってきたんですよね。
寺田 海外案件が来ても正直やっただけ効果があるかって考えながらやり取りはしたんですけど、今回の話もそうだったんですけど、でもやってるうちにだんだん話がえ?みたいな感じになってきて、これもしかしたら本物?みたいな。
悪いことってなるんですね、と思って。びっくりです。自分でもそこは。
寺田 この3、4年の立地主婦さんの発展ぶりは本当に、僕は昔を知ってるだけにもう嬉しい限りですけど。
寺田 本当に俺を見ていろいろ話して、どんどん変化がちょっとの間開くじゃないですか。変化の差が結構すげえな差があるなみたいに思ったんじゃないかな。
寺田 あれはすごいなと。本当に嬉しいですね、本当。経営者仲間としても嬉しいです。
寺田 とにかくいくとこまで行ったれと思って、今は。ただやっぱり僕らもビジネスなので、やっぱりもっともっとやらなきゃいけないし。
寺田 ただ一方で、ある程度、水産の状況がなかなか今も不安定な状況。石油のいろんな問題で、正直間接的にこれあんまり関係ねえかなと思ったら、もう一気に関係してきてて、油が上がっちゃうと船が出ないんですよ。
寺田 船が出すと赤字になるから取り行かなくなっちゃうんですよ。それとも入ってこないみたいな。そこでもう思いっきり影響がやっぱりうちらの業界に向かってくるので、そういうことを考えると本当に油断できないのですけど、ただ一方でこうやって僕が新たに立ち上げたビジネスがここまで大きくなりつつある中で、もっともっと大きくしていって。
そこでまたITJとかそういったところにまた違った形で僕が還元できたらいいなっていうのがありますし、あとはベトナムでも有名なレースとかそういうのがあるんですけど、それこそレース同士の提携じゃないけど。
寺田 正直もうベトナムのほうは国がいろんなことができるので、逆にそっちのほうの人に、実は日本でこういうITJっていうインストリューショニーって無茶苦茶富士山のように見えるレースがあるんですよみたいな感じで、逆にベトナムの人を招待。
寺田 そうですね。
寺田 その会議会の交流みたいな。なんかやれるといいなっていう。
寺田 ぜひやりましょう。
寺田 本当にやれることがいっぱいあって、やるのは楽しく、皆さんがウィンウィンになれるような、常にそういう取り組みで僕はやってるんですけど、そういうふうにして、とにかく楽しくて関わった人が楽しんでいただけるような取り組みをね。
寺田 千葉さんね、それ以外もトレランレースのほかにも東洋大学さんの合宿で静岡合宿のお客さんに無茶苦茶お世話になって。
地域への貢献と夢:松崎町でのITJベース構想
寺田 本当にトレランだけじゃないんですよね、実は。
寺田 そういうところでもね、本当千葉さんには僕お世話になってるので、いろんな意味でまた恩返しするとかさせていただけると、もう本当ね、ITJのおかげでも接触が。
寺田 いやいやいや、そんなことない。
寺田 本当に僕からしてみたら本当に千葉さんとの出会いで、やっぱトレイルランナーさんの間で認めていただいたっていうのも。
寺田 でも最初の売れなかった時期、辛い時期を僕は今でも忘れてないので、だから今の状況がなんてありがたいことかって。
寺田 皆さんがもう普通にゼビオで、最初言ってるじゃないですか、千葉さんが。
寺田 電感かって言って、500円近いものを。それが前で売れた時の感動は今でもありますもん。
寺田 それはね、やっぱ行けばそういうのね、必ず遭遇するので。いや嬉しいなーとか思って。
寺田 だって、ノースフェイスのショップでも売ってるんですよね。
寺田 あ、そっか、ノースフェイスさんでも。
寺田 もう今ではブランドから選ばれてやってるから、職営店から。
寺田 あとアンサーフォーさんとか。
寺田 すごいよね。で、ランボーとかもね。
寺田 もうめちゃくちゃ売れてます。おかげさまで。
寺田 だからそういう、お店から認めてもらってるというか、そうやってお声掛けいただけることほど、やっぱり僕も見栄と言うか光栄ですし。
寺田 全国で売っていただいてるお店の皆さんも、ずっと前から認知が上がる前から売ってくれてるお店もあるので、本当に感謝しかないですね。
寺田 なんか聞いた話だと、この数年間結構好調で、いろんなところに注文も来てるし、開会展開もしてるし、今経営者としての悩みとかありますか?
寺田 ありますね、むちゃくちゃ。やっぱりね、これ全然かけねえ話かもしれないけど、やっぱりほら水産やってるじゃないですか。人が集まんないですよ。
寺田 雇用ね。
寺田 雇用、ほんと人の問題ですね。まあ多分千葉さんとかもそう。
寺田 いや、僕らが持ってきてる人は伊豆ですから、二座半島なんで、まあ八重洲はまだいいですけど。伊豆は大変です、本当に。
寺田 でもね、ほんと人の問題って本当にこれはもう多分永遠に悩む。まあ多分これ絶対どこの経営者もそうだ。
寺田 そうですね。いや、そうだと思いますよ。
寺田 あとはやっぱり、うちの会社として、ずっと僕ら水産加工をやる前って、船をマグロ船をやってたんですよね、伊豆の松崎を基地にして。
寺田 ずっとその前からもやっぱり、要はうちの先祖って魚をずっと先祖代々なりわやにしてきてて、今も水産加工やってはいるんですけど、ただまあね、今時代も変わったりとかして、
寺田 その魚の派生からこういう接種というのが生まれてきたんですけど、さらにこの先、うちの会社としてどういう方向性にいくかとか、
寺田 じゃあ水産はどういう位置づけにするとか、当然水産のほうもちゃんともうお客さんの信頼ができるので、それはそれできちんとやっていくしかないんですけど、
寺田 ただ会社としてどういう風に展開していこうかなっていう意味での悩みはありますね。この先の5年、10年先のうちの会社としてのあるべき姿ってどういう風にしていこうかっていうそういう悩みはある。
寺田 接種室を展開するときもそうだけど、最初2007年か、ココラーゲンの事業を立ち上げたときに、社内反対とかありましたか。
寺田 社内反対も何も、もう自分がやるって言ったらやるしかない。僕以外はほとんど現場というか、あれだったんで、だから実質そういうことをやるって僕しかいないんですよ。
寺田 言い方だけど、社内ベンチャー的な感じですかね。一般的に言うと。自分が本当に考えて立ち上げて、じゃあやろうってやって、全部一人でやってきたみたいな。
寺田 あの子たぶん会社に行ったことないから、ちょっとイメージがつかないかもしれないけど、ファミリー企業なんですよ。行ってみれば。だからそんなに大きい会社じゃないんですよ。
寺田 そう。
寺田 一応40人くらいいるんですけど、ほとんど現場の人みたいな。事務所のスタッフと現場の人みたいな感じなので。
寺田 だからね、僕、会社に行ってるから、僕なんか本当にね、下町ロケットみたいな感じですよ。
寺田 下町ロケットもあそこでかい会社じゃない。
寺田 大阪の町工場が世界に向かってやる。
寺田 下町ボブスレーってありましたよね。そんな感じです。本当に。
寺田 本当にどこにでもある中小企業が地域地方の世界に挑戦してきてるっていう感じがして、結構胸が熱いなって僕は個人的に思ってるんですよね。いつも。
寺田 ありがとうございます。
寺田 でも本当その話ですよね。すごい力もらいましたね。同じ地域だし。
寺田 自分からもちろん攻めに行ったときもあるんですけど、逆に引くと来るんですよね。そういう話では。
寺田 結構僕も海外に展示会とか出てたとき、そういうときって意外に全然そういう縁がないんですよ。
寺田 逆にさっき言ったようにもう海外いいやって、引いたときに来たっていう感じなんですよ。
寺田 でもそれをちゃんとそういう話だって言って、やっぱり無限にせずにやり取りしながら、当然感じ取る部分ともあるんで。
寺田 でもそれって今までやってきたことがあったから、その経験があったから、ベトナムもやってきたから、ベトナムってこういうあれだよねって。
寺田 こういう質問すればこういうあれだよねとかっていうのもあったんですよ。
寺田 そこで一つ一つ答え合わせじゃないですけど、自分なりに相手のことを知ってたら、あれ違うこの人はっていう感じになった。
寺田 だからそういう経験がやっぱりあったからっていうのもあると思う。
寺田 次はいつの間にかベトナム人も交えたインターナショナルなセシスファミリーの深いがITJでいろんな言葉が飛び交いながらって感じ。
寺田 何ですかね。
寺田 出てきたいですね。でもね、この前か、ITJで朝スタート地点に行く途中に、前歩いてたのがベトナム人だったんですよ。
寺田 ああそうなんすか。
寺田 多分ベトナムからもどういう……。
寺田 来てますね。十何ヶ国の地域まで来てるんで。100人弱は来てるんで、少しずつ増えてはいますね。
寺田 それこそ香港の人はマウントヒージ終わった後にITJベースで生きてくれたりとか、
寺田 さっき言ったサムは今年来たいって言ってね、ITJベースでツアーしたいって言ってくれてる方多分来ますよ。
寺田 香港キャラで来ます。
寺田 それもすごいね、すごいですね。
寺田 でもそうやって繋がりますね。
寺田 本当にフェイスブックメッセンジャーでメッセージくれて、摂出らせてくれって言って。そっからでしたから。
寺田 またいろんな人と12月に会いますね。
寺田 そうですね。また世界的にグローバルなお使いで。楽しみですね。もうちょっともっともっとやっていきますよ、僕は。
寺田 ここまで来たな。
寺田 マル君もぜひ友達に紹介してください、海外の。
マル そうだね。自分も12月に来ます、今年も。
寺田 ぜひ会いましょうよ。ITJベースのブースで僕いますから、一人でボケっとしながら座ってますんで。ぜひお会いしましょう。
マル そうしましょう。
寺田 いい感じ。
マル いやでもすごい良かった。
寺田 なるほどね。この選手図やり始めてからだとちょうど8年目ぐらいなのかな。こうやって話すと本当にあれなんですけど、やっぱり今でもすごい忘れないのが本当売れなくて、
知らなかった時期が本当あって、やっぱりここのことを思い出すと、今こういう状況ではあるんですけど、花吹き足立っちゃいけないなみたいな。今しめじゃないですけど。
そういうのもあって、ただ関わる人が皆さん良い方なので、逆に僕もそのご縁に助けられたというか、千葉さん含めてそういう方々に本当支えられてきたなっていうのは、今だからこそ実感できる部分もあります。
こうやって関係性がずっと続いてて、その関係性もより年に毎によっていろんな形になったりとか、またそこからいろんなご縁が発展したりとか。やっぱ商売っていうか、千葉さんも経営者なんであれですけど、やっぱご縁じゃないですか。
全ては人であって。僕はやっぱりそこを本当に大事にしてるというか、いろんな失敗とか嫌な思いもたくさん今までしてきたので、そこにやっぱり行き着いて、だからこそここでこういう接種室で出会った方々っていうのも、何かしら縁があるんだなっていう。
そういう意味で皆さん一人一人と真剣に対応したりとか、今でもいろんな方と取り組みが続いてるっていうのが、またそうすると本当にいろんな形で広がってくると思う。
そういうのを大事にしながら、ITJも毎年いろんな部分でアップデートしてるんですけど、私がまたこうやって関わらせてもらうことで、もっとそれがいい方向に向かって。
僕は千葉さんに言ったかと思うんですけど、松崎に人を呼ぶ仕組みを作りたいって。
ITJベースを僕が作るのがまだありますよ。僕それ一生の課題になりますんで。
松崎のどっかの空き家じゃないですけど、コミュニティ化かなんかにITJブランドのベースを作って。
それはもう今でも諦めてないんで、ちょっと待っててください。
松崎でちゃんとビジネスできたら本物だなと思うんですけど。
本当本当。そこで人が来る仕組みというか、町も一緒になってもらって。
石林の田中に僕らオーナー持ってるんですけど、あそこの学校使ってないんですよ。廃校になってて。
あそこ活用したら田中をスルーが見えるし、すごいいい取り組みできるんじゃないかなと思って。
石林の学校ってあれ?昔のなんだっけ。
山の上に。今もう体育館と校舎あるので全然使ってないんですよ。
ですよね。
田中のイベントの時だけ使ってるんですけど、
でも本当にうまく改装すればグランピングとか、尺径が美しいんで田中が。
海も見えるから、できるはずなんだけどなと思いながらも、なかなかそこまで手付けられないんだよと思ってるんで。
なんかやりましょうかね。
そうですね。
一つの夢として試合やることを。
本当にそれは今でも思ってるんで。
千葉さんと何回か話してるときにそういう話した覚えがあって。
一緒に行ってました。
だからそれは今でもやりたいなと思って。
それから僕らいわちの根拠がある場所。
本当は海の目の前なんですけど、そこをうまくなんかあれして、
そういうITJベースの宿舎じゃないけど、そういうのを建てるのもありだし、
大使館はあれじゃないですけど、土地もあるので、そういうのをちゃんと確認して。
本当はトレイルコースとか作っちゃいたいなって。
いや、繋がってるんですよ。いわちとくもみといちぶって。
いいトレイル取れてるから。
そこサップもできるし、いい拠点になると。
そうですよね。
そうやって絶対面白いですよね。
絶対関東から来ますよね、人は。
だから引き入れ体制と、あとやっぱりなかなか地域の人がまだお住まいなんで、
お仲間をどうやってそこに引き入れるかっていうのが、
伊豆の一番、松崎もそうですけども、課題。
いらちとかって、正直もう、うちの親族も言ってるんですけども、
いらないよなーっつって、老人ばっかだよなーっつって。
そうなんですけどね。
本家とかだからなかなか貸せないっていう話になっちゃうんですよ、いつも。
だから、何かしらこう、自分もね、どっちかって言ったら、
住んでないから、よそ者的なあれにはなっちゃうかもしれないんですけど、
でもまあいい意味でこう、皆さんとうまく共有、
溶け込みながら、なんかそういうのが作り出せたら、
そうすればね、皆さんにも恩恵が絶対来ると思うんで。
だから、僕ももう多分通い始めて25年ぐらいになるんで、
もうこれにとっては、僕を作ってくれた第二フレストみたいなとこなんで、
本当に松崎となんとかできたら、この問題ないですね。
僕はもうね、松崎のあそこの何だ、あの、
あの何だっけ、あそこ、スーパーマーケットあるじゃないですか。
イオン。
あそこ一種ですか。ないものはない。ないものはないね。
いや、あそこの近くにITJベースがあるっていうのがもうイメージであるんですよ、僕の中で。
いいですね。
えー、あそこに作ったらいいだろうなみたいな。
なるほど。じゃあ、ITJベース、松崎を作ることをちょっと、
我々の二人とは夢としてやりましょう。
何年後か何十年後かなんてわかんないですけど。
でもね。
絶対実現していきますよ、これ。
やりましょう。
でもウォーターアクティビティもあってね、いいと思いますけどね。
いや、本当にいいところだと思うんで、ぜひね、皆さんにも本当に来てほしいですし、
温泉あり、おいしい魚。
それを一つの我々の夢、共通の夢にしましょうか。
いやもう、もうぜひやってみましょう。
はい。
あ、ごめん、まるくなんか質問ある?大丈夫?
うん、大丈夫。なんか最後にこの地元愛がいいなと思って。
ほんといいとこなのよ、松崎。
そうなんですよ。で、富士山も見えるし。
夏とかそういうのはあれですけど、冬はもうとにかく富士山綺麗に見える。
ITJの時はほぼ、去年はあれでしたけど、ほぼほぼ冬は風が強い。
その分強いけど、富士山は見えるんでね。
でもみんないい人ばっかりだしね。
もうね、びっくりするくらい商売系ないから本当にもったいないなと思うんだけど。
本当そうですよね。
そうそうそう。
本当そうなんですよ。
まあでも、それがすごいいいとこなんですけど。
経営者としての悩みと成長:人との繋がりを大切に
うん。
ねえ、だから、でもちゃんともう本当に仕組みを作って、
でね、まあそういうとこに住みたいっていうね、人も絶対いるはずなんで、
なんかうまく今の時代にこう合わせてやれば、
自然は本当に残ってるんで、そこをうまく活用して、
まあそこはね千葉さんがもう本当本業なのであれなんですけど、
なんかこううまくやれたらいいなと思って。
ちょっと僕もいろいろ仕組み化して、
そうですね。
頑張ります。
もっともっと僕も成長していかないと多分実現できないんで、今のままでちょっと無理なんで。
でも今すごい加速度的に成長してますから。
まあでも本当に来たるべき時が来たらすぐ提案しますんで。
やりましょう。
ありがとうございます。
最後に一個質問なんだけど、
最初俺は接種数のネーミングをしてくれたのは外部の方で言ったじゃないですか、
他の候補もあったっていうのを言ったんで、
他に候補になった名前とかなんかあったんですか。
ちょっとうるお声で申し訳ないんですけど、
なんだか社長さんっていう商品みたいな。
それはじゃなくて良かったですね。
大井社長さんだったか。
大井お茶屋みたいな感じ。
でもそれは違うなって思ったんですよ。
それは良かったですね、やめといて。
3つぐらいあって、でも一番最初はやっぱり俺は接種数だったんですよね。
多分向こうもそれがメインで来たと思うんですよね。
逆にそれを選んでもらうためにもう2つ。
いわゆるステ案だったんですかね。
ステ案でやったかもしれない。
でもやっぱり経営者向けっていう意識はあったんですよね。
そうですね。
やっぱりマグロっていうのはほら、さっきも言ったんですけど24時間360度ずっと一生泳ぎ続ける魚なのであれは。
あれ泊まると死んじゃうんですから。
その意味で経営者っていうか、もう同じっていう。
マルコはピンときてないと思うんだけど、
昔ね、俺らが子供の頃にリゲインっていうリンクがあってさ、
24時間戦いますかっていうのが流行ってたんですよね。
多分そのイメージなんですよ。
マルコはピンときてないかもしれないけど、
僕らの世代はそうだよねって分かる。
やっぱりあのCMもすごくインパクトがあったし、
ネーミングでそこまで皆さんにインパクトを与えられるっていうのは、
今もそうですけど、
それがあったからパーって広がりも、
「オレは摂取す」ネーミングの秘密とリスナーへの感謝
本当の意味での口コミっていうのもすごく、
ほら名前を覚えられないんですよね。
ややこしい名前とか横文字の名前って、
自分もなかなか覚えられないんだけど、
うちらの場合は、あれ何だっけあれって、
あの商品になっちゃうセシスみたいな。
それでセシスでも検索するとうちのが出てくるんで、
それがすごくやっぱ忘れられないというか、
いいのかなっていうのも正直ありますよね。
ありがとうございます。
今日はこんな感じで。
ありがとうございました。
あれこれって何?これってもうそのまま流れるんですか?
そのまま。
そのまま流れますよ。
大丈夫ですか?
全然大丈夫です。
そのまま流れます。
一応その手もイメージはしてきたので。
よかったです。
そういう人いるんですか?
この話を聞いてくれる人いるのかな?
いるいる。
大丈夫と思いますよ。結構面白かったです。
面白かった。
でもほら千葉さんからこの話を聞いたときに、
セシスの記載なんか入れてくださった。
そうそう、これはあれですよ。
僕らがちゃんとリスナーさんからのリクエスト。
そうそうそうそう。
そうやって関心持っていただいてる方がいるんだと思って、
ありがたいなと思って。
この番組意外にも人気らしいよ。
そうなんだ。
全然やってない。
他の人からも連絡来たよ。
そう、そう。
連絡来てる。DMとか来てる。
じゃあ今度聞いてみましょう。
ぜひぜひ。
過去のやつも聞けないですよね。
聞けます聞けます。
じゃあちょっと質問で聞いてみます。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
ではまた千葉さん、いろいろまたぜひやりましょうね。
はい、ぜひ。
松崎を夢にして頑張りましょう。
はい、頑張りましょう。
どうもありがとうございました。
ありがとうございました。
お疲れ様でした。
お疲れ様でした。
斉藤さんのエピソードがビジネススクールのケース立てに書くべきかなと思うくらい。
さすがプロ、さすがプロ。
プロの引き点。
いや、何だろう、だから最初常識だったら新商品とか新事業やる前に、まずマーケットどれくらいあるとか。
考えてターゲットするんだけど、最初経営者をターゲットするオーディオシェシュースっていうのを、
そこを買うっていうのもあるし、
実際にそこを売れたっていうよりかは、積み重ねでサッカー、トレーランニング、陸上っていうのが、
多分思わる展開の積み重ねで今ベトナムまで売っていくっていうのが、
やっぱり計画通りというか計画しすぎないっていうところが彼の、
僕聞いてすごい一つの学びかなと思ってたし。
結構大変だったはずだよ。
初めて会ったときって、結構さっきサッカーの話とかもあったと思うけど、
サッカーとかも結構提供してたりとかしてたから、
やっぱりすごく試行錯誤、トラウンドエラーが多かったと思うし、
多分予想よりも結果出るのがすごく遅かったと思うから、
大変なんだろうなっていう思いながら話聞くことも結構多かったんだよね。
ジェルが出るまではね。
本当にリスペクトするよね、本当に。
この辛い時期、本当に自分を信じてよく乗り切ったなと思いますよ。
しかもほぼ一人やってるでしょ。
ほぼ一人、本当に一人かな。
すごいよ。
なんていうのかな、何でもできる人、
ゼネラリストで情熱もあってっていうのは、僕にはできないよね、多分。
彼の壁打ち対処とかいるんですかね。
千葉ちゃんとかは結構相談したりとかします?
電話とかすると近況とか話してくれて、
いやいや、これこっちにしようっていう話はするんだけど、
お互い忙しいってこともあって、
僕はあんまり経営者なんだけど、経営者だと夜飲みに行って経営者同士だとかっていうのはほぼないんですよね。
ほぼないから、わりと話をする人っていうと、
斉藤さん、あと株垣さんだね。
近況でもう少し突っ込んで、こういうことなんですって話をする人の一人ですね。
でも僕はお酒飲めないところもあって、場所も遠いんで電話だね、基本はね。
すごい良い仲間ですね、ITJの。
一緒に成長していってるっていう感じで言うのと、
あと僕らも言ってみれば、田舎の中小企業の親父なわけですよ、僕もね。
言ってみれば、なんかそういう勇気をもらえるっていう、
一緒に成長していけるといいなっていう経営者の仲間だね、静岡の。
そして近い将来に松崎で。
ITJベースの松崎を作るっていうね。
結構アクセスの問題もあるから、実際はなかなか大変だと思うけど、
僕もね、最後は松崎でちゃんとマニタイズできて、
ちゃんと実装できるビジネスとして成立事業を作って、
最後恩返しかなとは思っててるんだけどね。
今なかなか自然時にはあるからね、ベースが。
軌道に乗りつつあるんですけど、松崎で何とかしてあげたいなといつも思ってるね。
とにかくとても良いトレイルヘッドのエピソードだったと思う。
良かった良かった。
早く出しましょう、これ。
またぜひ聞いて欲しい人がいたら、ぜひやっていって。
コメントくれるって嬉しいよね。
そうですね、前回の番外編で人募集してるって言ったら、DMが来て。
俺DM嬉しいから、何かコメントくれるとね。
では次回。
そんな時間経たないように、次のエピソード。
でも次はちょっと考えてるからね、もう大丈夫。
OKです。
じゃあまた。
どうもでした。
どうもでした。
01:43:04

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