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みなさん、こんばんは。ふたりがたりのお時間です。
小中高生対象のディスカッションの習い事Dコードの中で、印象に残った言葉をテーマに、のぞみと上水の2人で価値観の交換をしていきます。
今回は、意味の違いをどう伝えればいいかについてお話ししていきたいと思います。お願いします。
これはね、コミュニケーションを取るときに、いろんな不具合がありますよね、みたいな、まず前提でね。
で、その中でも、意味が違う、意味のとらえ方が違うと、もうイライラしてコミュニケーションを取りたくなくなっちゃうみたいな、
意味の違いのコミュニケーションが起こったとき、どう伝えればいいんだろう、みたいな問いかけがあったっていう。
小中高生 意味のとらえ違いでのストレスみたいな話かな。
みなさん そうそうそう。なんならそれどう解消したらいいの?ぐらいの問いかけがあって。
小中高生 いやー、いますよね。
みなさん ある?
小中高生 これ具体例とかあります?僕いろんなレベル感である気がする、これ。
みなさん そのね、メンバーはすごい面白くて、学校で応援団みたいなのがあるじゃない?
応援団のダンスみたいな、最近はダンスでやるんでしょ?応援団みたいな。
小中高生 演舞みたいなのじゃなくて、ダンスなんだ。チアみたいな。
みなさん チアみたいな感じだと思う。ちょっとごめんなさい、その辺何て言ってたか覚えてないですけど。
小中高生 で、そのメンバーはヒップホップのダンスみたいなのを習ってて、応援団のリーダーじゃないけど、振り付けとかする人になってるのよ。
小中高生 で、もう一人同じ、副リーダーなのかリーダーなのか同等なのかちょっとそこまで細かく聞いてないんだけど、一緒に振り付けを作るパートナーがいて、
で、残りはその2人が作った振り付けを覚えるっていうメンバーが応援団。で、多分20人くらいいるんじゃないかな?
結構大状態ですね。
小中高生 でもメインの振り付けとか考えるのはリーダー的な2人だから、この2人のコミュニケーションだから、20人のコミュニケーションじゃないからいいじゃんくらい思ってたんだけど、
その相手がバレーしてたんだって。
バレーってのは?
小中高生 踊りのバレー。
小中高生 で、Dコートのメンバーは、
ヒップホップダンス?
小中高生 ヒップホップダンス。で、なるとね、ちょっと足ここは蹴って、次手を回してとかっていう振り付けのアイデアを出したら、
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足を蹴るがヒップホップとバレーで全然違うらしいんよ。
違いそうですね。ちょっと僕わかんないけど。違いそう。
小中高生 足を蹴る1個の意味の違いじゃなくて、もう全ての言葉が多分違うんだよね。
今日細かく言うと長くなるから。だから、足蹴ってこうしてとか、手腕回してこうしての1個1個の意味が違うから、
ああ、そうじゃないみたいな、お互いなってしまうみたいな。
お互いね。
小中高生 いや、お互いじゃなかったです。ごめんなさい。向こうはなってなさそうでした。
なるほど。あるね。
小中高生 こうでしょみたいな。蹴るってこうでしょみたいな。多分そうなってくるんだと思うんだけど。
蹴るとはバレーの蹴りであるっていうふうに思い込んでるってことでしょ。だからそのもう一人が。
小中高生 そうそうだよね。でも自分が小さな時からしてきてるだろうからさ。当然なんだけど。
で、そのメンバー自身もすごく冷静で、私もねみたいな。どうしてもヒップホップ寄りだから、
そういうふうに自分の感覚で言っちゃってるけど、それは今回の応援団としての振りとして、
どっちの蹴るなのかとか、どっちの腕を振るなのかとかは、すごくチューニングしようと頑張ってるって言ってたよね。
素晴らしいね。
小中高生 でも相手がそれをしないから、もううぇーってなる。どうすればいいんだろうみたいな。
いいですね。会社でぶつかる壁みたいなのに、もうぶつかってるじゃないですか。会社とかプロジェクトあるあるな感じますよね。
小中高生 え、あった?そんなこと。
そんなことしかないですよ。人と一緒に何かを作って、そんなことしかなかった気がする。何があるだろう。
例えばバンドで曲作るとかでもそうだったし。
小中高生 ちょっとここ、かっこよくしてのかっこよくが全然違うとか?
すごいざっくりとすることですよね。ここはちょっとあんま跳ねないで欲しいみたいなこと言っても、ずっとなんか跳ね続けるから。
そうじゃなくて、これは跳ねてるよねみたいな。いや、跳ねてないよとか言う。いや、跳ねてるじゃんみたいな。
跳ねてる、跳ねてない論争とかってもうむずいじゃん。で、ちゃんとサンプルみたいなものを聞かせて、例えば。
これが跳ねてないということでみたいな。音聞かせてもなお、いや跳ねてないしみたいな。
いや、跳ねてるつもりがないなのか、これは跳ねているではないなのか、本人ももうわけわかってないんだと思うんですよ。
小中高生 そうだね。
だから、いやあなたは跳ねてないつもりかもしれないけど、跳ねてるよねって録音して聞かせて跳ねてる。
それなんか問い詰めるみたいになるじゃないですか、そうすると。だからあんま良くないから結局は。
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小中高生 私こっちが正しくて、あなたに分からせるみたいなコミュニケーションになってる感じがするから、たぶんしすぎる、しすぎれないんだと思うよね。
そうそうそう。で、そうするとさ、何が起こるかって言うともう言わないみたいになってくるじゃないですか。
だからもう跳ねている状態を良しとするみたいな話になってきちゃったりもするし、だからちょっとしたそこになんか違和感を感じてた頃もあれば、
年を重ねると、まあそれも味だよねじゃないけど、その人にしかできない、たとえばドラムだよねみたいなことで、
その人の作る意味ってそこにしかないよねとも思えるようになってきたしとか、なんかやっぱ変化はありますよね。
小中高生 それちょっとでも高度だね確かに。
高度だと。だから自分のイメージがあればあるほど、やっぱそことの差異で違和感になるじゃないですか。
蹴るって言ってもさ、みたいな話でしょ、だから。それは蹴る、それはバレエの蹴るを言っててみたいな。
今やってるのは応援団の蹴るで、私が知ってるのはヒップホップダンスの蹴るで、この蹴るが全部違う中で議論したいのに、
一人はもう蹴るというのはこうであるっていうのは凝り固まってるから話にならない状態なんだよね。
小中高生 だから、その蹴るっていろいろあるよね、が共有されてたら意味の違いなんてそんなに問題じゃない。
問題じゃないですよね。どうするか二人で考えようって別に。棚にならんだだけですからね、いろんな蹴りが。
今回はどの蹴るにするみたいな。めちゃくちゃざっくり言うと、お酒飲もうって言って、オッケーって言って日本酒持ってきたら、
いや日本酒じゃないよって、そっかそっかって言い合えたらいいけど、日本酒飲めないってお酒飲もう、なんで言ったの?とか言われたら困るんじゃないかな。
酒って言ったら日本酒だよ。ワインって言わなきゃちゃんととか言われたらさ、おーってなるでしょ。
うざいね。
小中高生 でも元々酒って多分日本酒のことでしょ?とかいじわれたね。
うっとうしい。戦いになっちゃうんですよね、だからそうすると。さっきのハメルの話もそうだけど。
別に分からせたい、僕が正解と思わせたいわけじゃなくて、伝わってないから伝えるために一生懸命になったら、途中から分からせるコミュニケーションみたいになっていき、
分かってる人と分かってない人みたいな構造になり、嫌だと思うんですよね、伝わらないとき。
別に分かっているわけでもなくて、それは僕の中に跳ねるという感覚があり、これを跳ねていると思ってるから、それを伝えたいだけであって、
別にその先のことはまた、さっき言ったみたいに白紙なんだけど、正解をひたすら押し付けている人みたいになっちゃうみたいなところが嫌だったんですよね、当時は。
小中高生 だから、私のアイディアは、結構身体的なものは見せて、これだよ、みたいにすればいいと思ってたんよ。
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はい。
小中高生 だから、あえて蹴るって言葉を使わない?相手の文化にある言葉を使っちゃうから、相手が思う蹴るをやっちゃうから、
確かに。
小中高生 あえてその言葉を使わずに、これこれ、みたいに見せるとか、
言葉を捨てるのはありですよね。
もう言葉を捨てる。
小中高生 蹴りじゃなくて、こうなんです、こうです、そうか、それね、これなんだよ、何言ってるかわかんない、それを見せる、みたいなのはいいよね。
小中高生 で、結果的に、相手がやる振り付けっていうか、実際のダンスが、どうしてもバレエっぽくなるとか、どうしてもヒップホップっぽくなるとか、それはむしろ個性になっていくと思うよね。
小中高生 でもここの振りはこうだよねっていう、その決めじゃん。この決めで意味のとらえ違いがあるっていうのは、本当に苦痛だと思ったんよ、私は聞いてて。決まんないって感じ、イメージ、とらえ違いのせいで。
決まんないよね。決まんないよね、やっぱりそこはね。お互い職人みたいになってますもんね。お互いっていうか、片方が職人みたいになっちゃって、自分の見てきた世界のね、やっぱりそこにこだわりがすごくあるっていうか。
小中高生 職人ってめちゃくちゃ喧嘩売ってくるとかではないから、聞く限り。そこで私の時代はめっちゃ喧嘩してて、なんか、は?みたいな。違うやろ?みたいな。喧嘩して喧嘩したら、第三者がなんか言ってくるんよね。まあまあまあみたいな。
そうですね。
小中高生 たぶんこう言いたくて、みたいな。で、第三者が来てくれて、客観的に物事を言ってくれる人がいて初めて、なんか自分も、そっか、ちょっとバレー、バレーなってたとかって思えたりするけど。これが変に平和に終わるからさ。お疲れ、また明日ってなってると思うよ。
イライラし続けたまま、何も決まらないままずっと戻せるみたいな。
小中高生 そう、どっちかが。
そうかもな。
小中高生 だから意外にそういう意味では、そのぶつかり合いというものは、あの、なんだろうな。唯一思い込みから脱出する方法やったんかもしれんとか、最近思ってて。
ああ。
小中高生 あ、そのぶつかり合いというか、もうめちゃくちゃ喧嘩しろって言いたいわけじゃないんだけど。
そうね、でもなんかさっきのおさんが言った、その、言葉を使わないっていうのはめちゃくちゃいいアイディアだったと思いますけどね。
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小中高生 それでも身体的なものしかできないよね。
ちょっとじゃあ別の例で考えてみましょうか。なんかあるかな。あ、でもむずいか。ビジネスとかむずいっすね。
小中高生 でしょ。
うん。むずそう。
小中高生 例えば、あの、顧客満足って言葉すら、工場からすると品質のいいものが顧客満足だし、営業からすると納期どおりに入れるのが顧客満足だし、その世界線での顧客満足がみんなあるじゃん。
小中高生 こっちが正しいじゃないけど、今回の問題解決において何の顧客満足をとるかっていう議論をしたいのに、それができない感覚のことはあるんじゃない?
それを言葉抜きでやれるかって言ったら難しいか。言葉抜きでやる方法。それ、まあよくあるやつですね、本当に部署間で正義が違うから、その正義の対立になっちゃうみたいなね。本当は共通の目標の中にいるはずなのに、そこはせめぎ合いになっちゃうよねみたいなやつあるね。
小中高生 でも、顧客満足って言葉を使わなければいいのかもね、やっぱり。品質を守りたいんだと、納期を守りたいんだ。どうする?だったらできるけど。
確かに。要素に分解すればいいのに、抽象的な概念にふわってまとめちゃってるから、それぞれが思う顧客満足で対立するってことですよね。
だからその言葉を使わずに、納期の話と品質の話っていう風に、その2つがぶつかり合っているという状況の中で、問題解決していくっていう、バランスどう取っていくのが一番いいんだっけって話になったら、結果顧客満足の話をしていることになるからねってことですよね。
顧客満足かーとか言わなくてもいいってことでしょ。
でもその時に顧客満足って、あなたが言ってる顧客満足って何です?みたいなコミュニケーションが、そもそも歓迎されない感じがする。
いわゆるその意味を確認したり、その意味のとらえ違いをはっきりさせようとする行為が、めちゃくちゃウェルカムじゃないイメージはある。
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例えばさっきのバレーの方に、あなたバレーだからバレーのケルをやってるよね。少なくともバレーのケルだと思ってるよねって確認するのって、はーってなると思うよ。ケルだよこれが。ってなると思うよ。
まあそういう人がいますよね。
だから一旦自分の持ってる顧客満足はあくまでも私の部署からの顧客満足なんだっていう感覚のある人にしか言えない気がした。
その感覚を全人類が持っても世界平和は訪れるはずなんだけど、持ってないからみんな自分の正義で振りかざすわけですよね。品質こそが全てだろうかみたいな切り始めるみたいなこととか、納期が全てですよねとか、コストが全てですよねとか言い出したりとかするわけじゃないですか。
そう。
全てじゃないんだって。全部のバランスの中に成り立ってるんだって話だからさ。
そうそう。だから意味の捉え違いですよね。あなたの意味と私の意味がありますよねっていうこと自体が言われて嫌だっていう状態が実は多いんじゃないかな。
めちゃくちゃ多いと思いますよ。基本的にそのコミュニケーションで人に怒られてますもん。要は状況整理とか構造として今どうなっている、構図としてどうなっているかとか構造がどうなっているかって話を議論の前提としてやっているってことがよくあるんですけど、議論するために要は気持ちの話しかしなかったりするから気持ちは気持ちで一つパラメータとしてありますけれどもと、こういう今状況でそうなってますよねみたいな話をするとやっぱり
うるせーってなることが多いですよね。
必ずしも個人のわがままとか気持ちの話ではなくて構造的にこれは事故が起こるよねみたいな。例えば標識がないのに何かいつみたいな道路で両方から車が来たらそれは事故るよねみたいな。
いやでもさ、なんか俯瞰とかメタ認知とか言うじゃん。なんか私ずっと思うんだけど、俯瞰とかメタ認知が大事だって言ってる人の中で、自分がやっているメタ認知までがメタ認知だって思ってるのが最もやばいと思ってる。
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だからあくまでも自分ができる俯瞰がここら辺。でももしかしたらもっと俯瞰できたりもっと別の角度から見れる人がいるかもという可能性を持った俯瞰をしなきゃいけないのに。
自分が天井の俯瞰してるって思ってるのは、これもう私からすると自分の意味の世界で生きてるのと変わらんちゃうね。
だからさっき上水くんが言ってた、俯瞰して物事を喋ってるように見えてるけど、別の俯瞰も受け入れる余白はある気がする。
じゃないと意味の捉え違いは共有できん気がしてる。俯瞰できてるかどうかが意味の捉え違いをクリアするんじゃなくて。
ちょっともうわけわかんなくなってきた。
難しいな。思い込みと俯瞰は両立するのかみたいな話だよね。俯瞰した後思い込んでいるのは別にそれって俯瞰じゃないよねって話ですよね。
そう。
俯瞰した後思い込んでいるって話でしょ。
でもその人の中で、本当は自分が当事者みたいになってやっちゃうとこういう意見なんだけど、少し俯瞰するとこういうふうに見えるっていう。
自分の中の俯瞰であることは別にいいんだけど、その俯瞰が最上級だって思ってると、また次の意味の捉え違いになるなみたいな。
だから前提として見た俯瞰の構造みたいなものを説明したら、その構造が間違っていたら話にならないよってことですよね。
そういうこと。
それはそうだと思います。こういう構造がありますよねとか言ってるけど、そんな構造ないよって話もあるわけだからね。
そう。だから私が一番世の中の人と意味ノイズが起こるのが、社会って言葉だよね。
ああ、広い大きい言葉ですね。
私にとって社会っていうのが、どうも相当見えてないようだな。でもみんなには見えてるようだみたいな、その社会という線がすごく一番意味ノイズになる。
こんな社会で生きてけない。いや、生きてけるよ今の社会。寝れるし屋根あるしとかそういう話じゃねえよみたいな。
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そうだね。意味の捉え違いの最たるものですよね。
そう。
最たるものだと思いますよ。例えば幼い頃からすごいエリート路線を歩んできて、そのエリート路線から外れることを社会で生きていけないって言っているみたいなレベルの人もいると思うから。
そうね。
出世街道から外れただけで、もう社会で生きていけないっていう表現をする人もいるかもしれないけど、いやいやいや全然全然社会で生きているじゃんみたいな。いやそんな話じゃないんだってことでしょ。
そう。あとその、私がもう一個意味ノイズがよく、終わったってやつね。ああもう終わったわ。何も終わってないよ。始まったよとか言っちゃうんよ。
それは意味の違いなんだか捉え違いなんだけど、比喩がわからないみたいな。比喩境界でしょ。終わりという表現をしてると。僕もよくこれそうすると死ぬんですよね。
別に死なないんですよ物理的には。けど、ある理想とする状態には到達しないということが確定しますよねみたいなことをいちいち言うのがめんどくさいから、そうすると死にますよねみたいな話をしちゃうっていう表現として。
だから毎回ウェベズ君に死ぬとか終わるとかどういう状態か根掘り葉掘り聞けるからいいけど、その通常のコミュニケーションであなたにとってケルはなんでそのケルになったのとかって聞いていくのって当たり前だと思ってるとすごく嫌じゃん。
そうね。不機嫌になる人いますよねそういうの聞くとね。定義が別にさ。
あなたにとって終わりってどういうこと?私には終わりには見えないよってどんなに言ったって何か終わってるんだよ多分。
その人の中ではでしょ。説明すればいいのに別に怒ることじゃないからね。だってさ自分の定義でさ終わったとか死ですよとか僕は言うんだけどよく。でもそれって僕の中のある定義において使ってる言葉じゃないですか。かなり圧縮した言葉として。
それはもう終わりですねみたいなことを言う。めっちゃ自覚的に言ってるから。で何が終わったんですかって言ったらそれはやっぱ説明責任があるというか。だって終わりじゃないですかっていうのもちょっとおかしいっていうか。
いやでも本当だった。 こういう観点から見たときにこれが達成されないことが確定したので終わりっていう風に言っていますみたいなことは説明した方がいいと思うんですよ。だって自分言葉だからさそれは。
でもなんか通じ合ってるなーって思うこともあるよね。終わったーいやマジそれ終わったーとか言い合ってると私だけ終わったかわかっていないみたいな。
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それは説明せずともう何が圧縮されたかがわかったって話ですね。それがわかったらわかったでいいし、わからなかったときに関係性にもよるけど、でもなんかいちいち起こることじゃないっていうか伝わらなかったんだなって話。
そうね。って考えると意味の違いっていうのは相手を知るきっかけでもある気がしてきた。なんか意味が通じ合うこともめちゃくちゃ心地いいんだけど、え、それってどういうことっていうまさにその違いを楽しむまでいくと上水くんのさっき言ってたあいつは跳ねるドラマなんよねっていうレベル感になりそうな気がした。
まあなんか両面ありますよね。諦めでもあるしね。跳ねるしかできない奴って見方もできるし、でもそれしかできないことがむしろ彼ならではのことであり、それが素敵だよねって何段階か行かないといけない気がするから結構難しい。
そのチア応援団で出したい理想のダンスみたいなのが自分の中にあったとしたらそこには到達しない可能性があるじゃないですか。理想のダンスよりはできるダンスをすることになるから。バレエの癖があってできるダンスをやりましょうになるから。
その時点で頭の中にあるイデアみたいな、ダンスこういうのやりたい!はもうできないよね。このメンバーでできることをやろうという現実から積み上げたダンスのベスト、ベターみたいなものをやるってことになるから、作り方が根本的に変わる気がするよね。
本当やね。意味が捉え違えてて、相手がどうしてもこっちの意味を決して分かってくれないって分かった時に、どうしたらいいの?っていう問いレベルな気がした今。
改めて思い出して、15歳とのディスカッションを。そう考えたら、諦めて、もうじゃあそっちのケルで行くわなのかってことよね。
行くのか、本当にぶん殴ってても、「これであるんだよ!」って理想を体現するのかって、究極の選択が求められているっていう感じがしますよ。物作りじゃないですか。物作りに魂込めますみたいな人からすると、それは妥協だからさ。
ケルの意味が伝わらないんで、妥協して相手が言うケルで活かしてやることにしましたっていうのは、現実的には僕は円滑でそれっぽいダンスもできるだろうし、みんなの個性も活かせるし、平和にそれっぽくプロジェクトが終わるって意味ではいいと思うけど、真の自分が思い描いてる理想のダンスがあるんだとすると、それを諦めるってことではあるから、本当に諦めていいのかってことは考えないといけなくて。
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ヤバい奴になってでもやりたいか、社会性を発揮して、ベタなことをやるのかっていうのは、決断が問われてる気がしますね。
そうね。もっと複雑なのが、やっぱり20人のみんなが振りをするから、その20人みんなヒップホップをやってるわけでもバレーをやってるわけでもないって考えたときに、その20人のことを考えながら振り付けもしなきゃいけないっていうやっぱジレンマがあるよね。
二人だけの問題なら、別にたぶんどっちもある意味ダンスのプロではあるから、まあまあこういうのもやりましょうって述べるんだけど、20人にしてもらうときに、このケルはえ?ってなってる感じなんだけどね。
バレーの鍛え上げられた。そんなに可動域広くないわみたいなケルみたいな。高いなみたいな。頭のところまで足上がってるぞみたいな。
極端に言うと、そういうことって結構あると思うよ。私たちに。あらゆるところで。私は我慢できるし、私は合わせれるけど、それでじゃあメンバーみんな合わせれるかって別問題みたいな。
だからこそリーダーという存在だとか何かを決めるっていう人たちは、その意味の違いみたいなのを真摯に苦悩してでも合わせていく必要があるのに、それを諦めるのはなんかっていう気持ちにもなった。
難しいね。どこまで、さっき言ったやつだな。覚悟の問題だな。理想のダンスを作るみたいなことに対しての絶対に譲れないイメージがあるのか、それともこのプロジェクトをみんなでやり切ったねっていう満足感とか、このメンバーで現実的に積み上げられるベストを尽くしたねみたいな感じ?
何だったら全部の特徴を生かすしかないって感じがするし。
でもさ、私は結構自分が中高生というか若い時ってのが意地でも自分を通してきた。それで仲間を失ったりとか、指示をほんと失う。もうフォロワーがいない状態。
そうですね。空手とは起こされますよね。何回か空手とは起こされたんでわかりますよ。
だからそれを経てどれくらいのこだわりを持つか、こだわりを持つならどういう状況でやるかとかの塩梅を学んできた感もあって、ついついここは本当にいわゆる経験者的に言いがちじゃん。
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経験者的に言えば、現実的に積み上げたらどうですかって思いますよ。バレエの人はバレエのこだわりがあるし、こだわりが強い人かつバレエだったらその人のこだわりを生かしつつ、でもみんなのレベルもあるし、あなたはバランサーとして働き、結果みんな20人が良かったねって思える状態で終われたらそれでもういいじゃんみたいに言っちゃうんだけど、でもそれって色々やった後に思ってることだからさ。
それがさ、私逆だったよ。今ウェルズ君に聞いて、ちょっと待って、経験者的に言うと現実的にってアドバイスするよね。私さ、経験者的に今自分通しとけって言っちゃうよ。それでめちゃくちゃみんなからありえんって言われて。そうなんよ。
だから結局ね、経験者的にって言ったってこうやって二人いたら二種類あるわけじゃん。
だからやっぱり経験者とか当事者とか関係なくて、その瞬間一生懸命考えてやってみて、また喋りおいでっていうことしか言えんかった。
どっちにしても自分が納得のいくやり方、今わかりやすい二択になったけど、その二択、例えばね、方向性を。
そうか、現実を見ろなのか。まだあるよね、たぶん。
もっといっぱいあると思うんですけど、自分で決めてやってみてでいいと思う。それ失敗してもいいと思うし、うまくいってもいいと思うし。なんか自分で決めたかどうかのほうが納得感のほうが重要ですよね、この場合。
そうそうそう。ユン君とかいるとね、内心底とかに響くとかいう視点も出てくるしね。
評価者からどう映るかっていう。
そうそうそう。だから、そういう意味で言うと、やっぱりこう、本当に、やっぱり経験者から見たとて何の正解もないんだね。
ないと思いましたね。っていうか、全部経験した方がいいと思うんだよ、本当は。だから、今どっち経験しとくかみたいな感じでもいいのかなって思った。
あ、そうだね。
このシーン、このプロジェクトにおいて、どっち経験したいかなみたいなのでいいっていうか。
折れてみる。
折れてみる。を徹底的にやってみたときに何ができるのかとか、自分のイデアをもう作り上げるみたいな。これを形にするに振り切ったときにどういうことが起こるのかみたいな。
33:01
うん。
どっちをこのプロジェクトで選ぶのかっていう感じかな。
そうね。って選んだ後、どんな気持ちになったかって、なんかこう、誰かに言えたらいいなって自分は思うよね。
今度さ、誰にも言えんかったらさ、もう二度とせんとか、なんか極端にならん。もう絶対やんでやんねーとかさ、リーダーなんて二度としてやんねーとかなっちゃうから自分も。
うん。
なんか、やってみてこうだったんよねーっていうのをまで聞きたいかな。
そうね。僕はやっぱその負荷に耐えられなかったって感じですね。
え、どういうこと?
いや、人と何かものを作るっていう時に、なんかもう自分のイデアがあるものに関しては一人でやりたいっていう気持ちがいろいろ経験して思ったって感じ。
どうやったら人のイデアを何か形にする?サポートとかだったら全然協力できるけど、自分自身のやるっていう時に人に協力してもらうのは結構難しいなって思ってる感じ。
そこからこそ、イデアが強い人のサポートができるんじゃないかって。
そうかもしれないですね。
なんか、自分みたいなのが強すぎると、自分みたいなのが強い人の気持ちがわかるじゃん。
うん、わかるわかる。
だから、なんでそんなにそこまでこだわれんの?そこまで意地になんの?そこまで頑固なの?みたいなことめっちゃ言われるんやけど、結構意地とか頑固とかじゃないんだけど。言語はちょっとないんだけど。
それはある。
そうね、意地とか頑固とか、表面的なとか、その場においてとかじゃないですからね。根本の思想に反するみたいな話だからね。
そうなんですよ。なんかね、一番近い言葉で言うと、結構生きざまゾーンなの。
ああ、そうね。いやいや、そうだと思う。それをやってしまったら死んでしまった方がいいよみたいな話でしょ。
そうしてまで別に生き残るんだったら、今死んでもいいですみたいな話だからね。
分かんない。誰かから言ったら、それこそ意味の捉え違いかもね。それを頑固と言うって言われそうやねん。
確かに。
そうなんよ。私の中では頑固ではないって言い張ってるけど、私の世界では。誰かの世界ではそれを頑固と言うのかもしれん。
ああ、そうね。
いや、受け入れきらん。私もちょっとバレーの女の子の気持ちは勝ってきた。
蹴りはこうだって。それこうだってすごく受け入れますけどね。そうだよねって。僕の蹴りだったわって。バレーの蹴りをこの世の蹴りのすべてだと思い込んでた。ごめんなさいってなるけどね。
私この世のものだと思いがちやな。本当に。この世のものだと信じてるからこそ、できるに近いよね。
36:10
そうだと思う。
この世のものだと思ってなくて、できるってすごいよ。逆に。
ねえ、ブレますよね。僕なんかもそうですけど。相当ブレますよ。ブレそうになる。
ブレそうになる?教えて教えて。
この世の意味がないと思ってるから。意味のない世界で何か意味みたいなものをみんなが作り上げて、この社会だとか。
いろんなものを作っているという、意味のない世界に意味を建設しているっていうのが僕の考え方だから。
絶対的な意味はなくて、常にそれは作ったり破壊されたりする中で生きているから。
どの意味を選んで生きていくのかみたいな。意味のない世界だから。
そっかそっか。選べるからね、意味を。
そう、とか作るとかね、自分で。しっくりこないんだったら自分でこういう意味を作るとか。
その意味を作った意味が他の人にとっても意味になれば、それが集落になり、街になり、都市になるみたいな話だと思うので。
意味を作ることもできるし、選ぶこともできるし、採用しないこともできるっていうのが僕の考え方なんですよね。
そうするとやっぱ自由度が高いから、きついとブレそうになりますよね。
これしないといけないっけみたいな。しがみついているみたいになってないか、大丈夫かみたいなこととか。
いやでもさ、私アフリカンダンス昔やってたんだけど、アフリカンダンスの先生がベースはバレエしてて、ヒップホップもしてて、アフリカンダンスもやってるって先生なのよ。
はい。
すごくね、選び取れるんだけど、複雑だった、確かに。
なるほど。
その人を一つで言えないっていう。ブレてるわけじゃない気がするんだけどね。
でもその人はダンスっていう軸がすごくあったんじゃないですか?わかりやすく。
あ、そうだ。ダンスっていう軸があるね、今度ね。そこまで俯瞰で言って。
なんかそれか例えば、ダンスとソロバニーとサウナと犬の世話とかになった時に、もうわかんなくなっちゃうみたいな。これの共通点は?とかって、なんかそれって共通点とかじゃなかったりするっていうかね、もう。
まあだから、快不快に振ってんじゃない?上水君は。
あ、そう、そうだと思う。
もっともブレんじゃん、快不快は。感じてることだからね。
でも快不快で今度判断しようとすると、自分の暮らしを整えて自分がなるべく薙ぎみたいにしておかないと快不快のセンサーがバグるんですよ、今度。
え、どういうこと?
要は睡眠不足の日はイライラしやすいとかあるわけじゃないですか。栄養状態が悪いとなんか元気が出ないとかあるわけじゃないですか。
っていうので快不快の行き地が変わるわけでしょ、パラメータの感じ方が。
39:03
だから普段友達と話して面白いって思うのに寝てないからイライラするってことがあるわけじゃないですか。
そっかそっかそっか。
自分の状態をなるべく一定に保つ努力を今度していかないと快不快判断っていうのは意外と、なんていうの、めちゃくちゃ危うい。
あの危ういんだね。その状態によってはミステイクの判断をしてしまうみたいな。
そう、一時的な不快で判断しちゃうみたいなことは結構危険だから、自分の状態をなるべく一定って言ったら無理だけど人間だから。
なるべくある範囲を抑えておいて、薙のようにセンサーがなるべく一定であるっていう状態を作り、その上で繰り返し不快であることは避けるみたいな、そういう順番の行き方。
それはでも快不快に振り切らないってことじゃん。
うん、快不快で判断するために快不快の精度を上げているって感じだから。
なるほど、いやなんか快不快に振り切ったらそういう風になるよね。いいやんって思ったんよ。
いや快不快に振り切ったらもうジェットコースターになるんだよね。
そうそうそう。
今日仲良くしたら明日仲悪くなるみたいな。
いやだからそういう安定しないという安定みたいな。それしっくりきたなと思っちゃった。
だからやっぱ飲んでるとジャッジがおかしくなるみたいなのを聞いた時に、おお快不快の人やんって思った。
うん。
いやだから、ぐっちゃぐちゃな生活の中で快不快で選び取っていくっていう、ある意味一貫性を感じたんだけど。
ああそれはそれでね。
それはそれでうん。
それはそうかもね。ランダムさみたいなものを受け入れて、それも含めての快不快なんだって考えてるからね。
そうなんよ。だからその、ある意味感じてることを優先してるみたいなね。
自分は感じてることより大事にしてることを大事にするところがちょっとあるっていうか、思い込んでるしがあるとね。
だから結果的にどっかで体は別のことを感じていて、体の反応が別に出るとかはあるから、
結果的にそれって一貫してるような一貫してないような、みたいな気がするよね。
なるほど。
いやでもな、自分の体は確かに、ある程度安定してないと意味の捉え違いなんかは確認できんね、絶対。
42:06
意味の捉え違いどころじゃないですもんね。世界の見え方が毎日違いますみたいな。
そうなんだけど、それが激しすぎるともうね、意味すら揺らいじゃいますからね、自分のね。
でも、何だろう、それウィルス君の面白さだと思ってたけどね。
今日見えた青が明日には金色に見えるみたいなのを聞くのは面白いけど、確かに生き方としては相当きついのかもね。
きついですね。
でもそういう時期みたいなのあっていいと思うけど、ずっとそれだとたぶん1年ぐらいで死んじゃうんだと思うんで。
いやでもわかるな、私も思い込んでるし、1年ぐらい死んじゃうって、死んじゃうもあれだけどたぶんうちらもまだ思春期なのかもね。
だいぶそっち寄りだと思いますよ、なんか。
見る人が見ればね、中二病を卒業できないまま40代を迎えた人たちみたいに思われてるかもしれませんね。
いやでもなんかすごく私は尊い時間だと思ってるんだけどね、この死春期の子たちと一緒にディスカッションしてると。
僕はもうそれでこそ生きてるなって感じがするから、生きる喜び、生の喜びみたいなものを謳歌してるって感じがするから、いいですけどね。
そう、だからこのね、この意味の捉え違い、ケルっていう1個のケルが違うんだってことをみんなでうわーってなってるこの瞬間が生きてるって感じがしたいのすごく。
わかります。
だからね、そういうのに気づけるってこともすごいなって思うし、それをまた問いとしてみんなで考えるのも好きやし、また持ってくるね、こういうの。
ぜひお願いします。やっぱり考えさせられますね、すごくね。リアルに現役の子たちが苦悩してる問いというか。
でも大人と変わらない部分もあるよね。人間は一緒。
意外とね、いろいろあるなみたいな。
むしろ改めて考えるきっかけにもなるからね。
またまた話したら持ってきますね。
お願いします。
最後まで聞いていただきありがとうございます。Dコートでは毎月体験レッスンを開催しています。興味を持ってくださった方は概要欄に確認いただけると嬉しいです。
Dコートの体験レッスンにぜひ遊びに来てください。待ってます。