熊野鼓動の話がある。
それは福井さんやん。
本人が求めてるトランスジャパンよりも、
熊野鼓動の話がしたいっていう。
リスナーの人はトランスジャパンの話聞きたいんで。
チラッと私SNSで見たんですけど、
今度いつかしらにトランスジャパンの選手3人と何か。
そうそう。
僕とたぶん、確かに小谷さんと木村さん?
誰?
小谷さんと木村さん?
小谷さんと木村さん。
木村さんも北陸の方?
滋賀の方ですね。
滋賀。
はいはいはい。
領事さんが企画して。
領事さんだ。
領事さんが企画してくれて、来週末かな。
それは公開放送みたいな感じですか?
いや、その辺りは聞いてないです。
じゃあ遠隔で、どこか集まってとかじゃなくて、遠隔で。
一応部屋は場所はとって、たぶん岐阜駅近くになると思うんですけど、みんなが集まりやすい。
今引っ張りだすんですね。
いやいや全然。
そんななのに、ただの講師として呼んで、贅沢な。
いやいやでもあれは本当に嬉しかったですよ。
本当ですか?
地元でずっと金河さんがここで練習してたんで、
こういうところを舞台にセミナーやってもらえて、
勝つ講師で参加できるって幸せですよね。
本当にトレラン始めたばっかりというか、山すらも初めてみたいな人もいらっしゃったそうで。
そんな感じでしたね。
たぶん細田さんがやられたことがどういうことかっていうことすら分かってないっていう人が結構いたんじゃないかなと思うんですけど。
確かにそんな感覚は肌で感じた。
これからトレランやり続けるにあたって、
初めて教えてもらった人はそういう人だったんだということをおにおい知るみたいなね。
しまった、あの時もっといろんなこと喋ってればみたいな。
いやいや全然。
でもそれでも参加してもらえれば嬉しかったですね。
細田さん今回2回目ということで。
PJR。
そうですね。
またなぜ今回チャレンジもう一度しようって思われたんですか?
2018年の時はとりあえず結構勢いだったんですよ。
初めてチャレンジして、選考会やって受かって、抽選も通ってということでトントントンっていって。
結構本当は運も良かったと思うんですけど、参加できて。
ただやっぱり終わってみると、やっぱりいろいろと自分の勉強不足だったなっていうのが。
例えば具体的に。
例えば本当に一番大きいのは足裏のケア。
自分は足裏って丈夫いだろうって思い込んでたら、
意外と、まあ選挙は18年の時は終わると思うんですけど、
その時足140キロくらいの紙コーチ降りて走ったロードでもうずるむけになっちゃったんですよ。
足の裏の方とか。
そこからずっとずっと歩き続けて、
あとちょっと仕事も忙しかったんですけど、
なかなか睡眠も取れずに参加、出場して。
思うように運べなかったっていうことがあって、
まず悔しさもあったっていうことと、
あとやっぱりゴールで家族に迎えられたっていうのもあったので、
家族でも自分なんか迎えてほしいなって思いがあって、
将来結婚して子供ができたら一回チャレンジしたいなって思いは実はあって、
2018年の大会後の放行会だったから、
その時でもそんな話をしたような記憶があるんですけど。
あともう一つは今回ちょっとしんみりした話になっちゃうんですけど、
昨年末に父が亡くなったんですけど、
父が2018年の時に、最後に家族の承諾があるんですよ。
このレースに出たわけか。
それで反対したんですよ。
一回反対をして、
危険だからってことですね。
危険だからってことと、やっぱり実行委員会からも、
やっぱりすごい自分も想像した以上にリスキーな話とか万が一の話とか色されるっていうことがあって、
実行委員会からその後僕に電話がかかってきて、
ちょっと断られちゃったけどって話になって、
ちょっと父をその後説得して出れたっていうことがあったんですよ。
でも結局終わってみたら父がすごい喜んでくれて、
誇りに思うってくらいまで。
普段は物静かな父だったんですけど、
そう言ってくれたんで、
もう一回出て現地でボールを見届けてほしいなっていうのがあったんですよ。
っていうことを思ってたんですけど、
昨年ちょっと亡くなったので、
どうしようかなっていうところもあったんですけど、
亡くなってすぐだし、
でもこのタイミング伸ばしたらいかんかなと思って、
宿題もちゃんとやってたし、
とりあえず運も抽選とかもあるから、
どうなるかわからんけど、
とりあえず最後までチャレンジしてみよう。
妻も許してくれたんで、
って思ったら最後までいけた。
出場までいけた。
最後完走できたっていうところですかね。
それが出ようとしたきっかけですね。
ホスターさんといえば山尻でおなじみ2連覇のチャンピオンなんで、
ゴールでいつもお子さんと奥さんが詰まってて、
最後抱っこしてとかね。
逃げられるとか。
ゴールでいつもワーワーワーワーってなって。
今回もね。
逃げたんですよ。
手は繋いでくれなくて、
僕が肩をさりげなく持って。
見た見た全部そうなんですよ。
やっぱこうなったかとか思いながら。
そういうのがおなじみみたいな感じになってるんで。
今回もお子さんと一緒にゴールされたのを見て。
本当そうなんですよ。
TJのホームページにも自分の目標を書いたんですけど、
家族でゴール一緒にしたいということで、
子どもに自分の頑張りを見てほしいって思ったんで、
見てもらえてよかったかな。
どこまで僕が頑張ってたのかわからないと思いますけど。
でも上の子はうっすらわかるんじゃないですか?
そうですね。金火山も結構一緒に連れてっているんで、
わかると思いますよ。
一回仕事から遅く帰ってきたら、
なんでお父さん金火山のレースで1位だったのに、
なんで帰りが遅いの?
あれ?仕事と走るの?
混同してないかなって。
仕事では1位じゃないの?帰ってくるの1位じゃないの?
なるほど。
そういう感じで、やっぱりそういうことをやってる、
頑張っているってことは知ってくれてるかなとは思いましたね。
坪っちはちょうど木を同じくして、
大南アルプス。
そうですね。
重装してまして。
すごく目が痛そう。
その話も聞きたいよね。
ちょうど山城実行委員としては、
TJを追いながら坪井の同行も追うという、
非常に忙しいお盆を過ごしてまして、
それで坪井とTJ選手が遭遇するというのを、
みんなラインで感動してたんですけど、
そこの中で補佐さんと会ったっていうのがね、
坪地からラインが来て。
三服から補佐選手まででしたっけ?
そうですね。
自分から見ると、TJの選手みんな同じ白色じゃないですか。
どなたか分からなくて、近づいてきて、
逆に補佐さんが、僕ちょっと分かりやすい色してますので。
そうなんですよ。
僕、目が見えなかったんです。
結構分からない。
結構応援していただいた方も。
視力がない状態だったからね。
そう。
一回、司法委員長の飯島さんも失礼してしまった。
そのくらい見えてなかったんですけど。
奥から赤いって見えて。
南アルプスにおるってことは知らなかったでしょ?
でも、その時にいることは知らなかったですけど、
タイ南やってるなって思いました。
逆に、声掛けしていただいて。
だいぶ遠くから認識しました。
本当ですか。
違ってたら絶対違わないと思いました。
その目の話を、目があった時はどういう状態だったの?
目やにというよりも海に近いような形のものを
なるだけ擦らないようにやってみるなとも言いながらも
長い間何回もやるので、こういうところが赤くなって。
もうヒリヒリになっちゃって。
それはコーチで紫外線とか風邪とかそういうのでなったんですか?
それもちょっと原因が分からないんですけど、
結局、医者に行ったのは結構後になっちゃったんで。
でも結局、細菌か何かで。
血膜炎みたいな感じで。
あと太陽光とかストレスとかで。
1月に流行り目ってあのNOSになったんですけど、
それの症状と結局一緒だったんですけど、
それが何らかのストレスで再発したんじゃないかって医者に言われて。
もう実際にはあまり見えてなかった?
そう、結局角膜が傷ついてるみたいで、
白くちょっとぼやけたりはしてたんですけど、
今はだいぶ良くなったんですけど。
トランスジャパンの選手みんなが寝不足だから、
みんな目が腫れとるんだよ。
だけど細田ちゃんの腫れ方異様やったし、
しかも眼球まで真っ赤かやし、
大丈夫かこれっていう。
どんだけ眠いんだっていう。
そうなんですよ。
で、それでおかしいなとはみんなが思っとったよね。
チューワルプスを重曹してる時に、
ちょっとずつなんか目やにが出てきたなって感じがあって。
そうでしたか。
うつみだけぐらいで、
なんかすごい出てきてて目が開かなくなって、
減ってっちゃうんですよね。
乾燥して。
で、パンパンに。
俺でももう目が開かないんで、
むつ毛のくだりで下ばっかり池山って今、
樹林帯まで入ってくるんで、
ちょっとなんかもう道がわからなくなり始めた。
危ないですね。
でもそれ自分らに恐怖じゃなかった?
普通その状態だったらちょっと眼科いこかーやけど、
そんなこともできない状況。
だからやっぱりこれちょっと後悔することにならんかなとか、
そういう怖さが。
まさにおっしゃる通りで。
その通りで。
無理していいのかなこれ、やばいんじゃないっていう。
ただまだ俺とやるときは、
いまいち状況がわからなかったんで、
だからそこまでちょっとやばいなと思ったんですけど、
ここでタニカワ君とかみんなが応援してくれてて、
そこで目開いてないですけど大丈夫ですか?
パンパンですよって言われて鏡に見たらすごいことになって。
その時まで鏡見てないからわかんないけど客観的に鏡見ちゃう。
でスキヤに行って、
トイレの隣にいたら本気でやばいと思って、
かなり牛丼と同じで食べたんですけど、
なんか食べてる記憶すらないくらい、
ちょっと気持ちがブルーになって、
その後今日薬局とかコンミとか薬とかも考えたんですけど、
全然売ってなくて、
もう翌日の朝まで眼科いこうかなと思って悩んだんですよ。
でも思ったし結局待ってやってなかったら意味ないな。
確かに急進かもしれない。
そういうのを考えてたら雨が降り始め、
一ノ瀬に行く道中で座って寝てたっていうのが。
でもその時本当にモモちゃん言う通り、
目ってよくわからないじゃないですか。
自分がこの後どういう症状になるのって。
初めての症状だから余計と怖いしね。
やっていいのかどうかっていう。
一ノ瀬行った時にこのまま続けていいのかなって正直思って。
寝て目が覚めたらさらに目が白く曇ってて、
もうこれ罪だって。
これちょっとヤバいんじゃない?
罪しちゃうんじゃないかって。
目は怖いよね。
怖いんですよ。
3時間寝たんですけど、
1回目が覚めて起きたんですけど、
あれ?なんか目がよく見えんと思って。
これヤバい。どうしよう?って思って。
もう1回眠ったっていうのが実は。
今でこそいいけど、
その時どんどん悪化して最後失明というゴールが
まっとるかと思ったら、
怖くて進めへんよね。
本当に進めなかった。
一ノ瀬8時間半くらいいたんですけど、
実はそういう葛藤もちょっとあって。
まさか足のトラブルじゃなくて、
目のトラブルにならなくて。
そうなんですよ。
もう1個いかんかったのは、
コンタクトは速やかに付き合いで外したんですけど、
コンタクト外した時のメガネも持ってなかったんですよ。
自分があんまりメガネは持たない生活をしてて、
このメガネもずっとしばらくしてもらってたんですけど、
メガネの命も考えてなかったんですよ。
だから持っていくっていう考えもなかった。
紙さんはよく、
妻はよくメガネ持っていったらと言ってくれてたんですけど、
無視してて、結局後悔なんですけど。
本当そういう失敗と目のトラブル。
コンタクト外した後はどうしてたんですか?
裸眼で。
裸眼でなんとか。
裸眼だろうが入れてようが、
見えんもんは見えんって感じだったんですね。
そうですね。
白く0.1と0.2くらいだったんですけど、
それに加えてちょっと白くぼやけてる感じ。
0.1で夜の下りのアルプスっていうのはちょっと、
行きたくないね。
最初は行けるかなって。
ストレスがすごいよね。
そこまで僕は頭が回らなくて、
結局最後は行くって決めて、
最後トミさんもすごい応援してくれたし、
勇気づけられて行ったんですよ。
登りは良かったんですよ。
登るだけなんで、ぶっちゃけたことを言って。
登りはガンガン行けて、
これ行けるんじゃないかって思った後、
戦車尾根っていう戦場掛けから、
白海に行く道中。
特に岩場はまだ良かったんですけど、
ガチガチの岩場はスピードが出ないんで。
泥のとこ。
樹林帯に入っていくとですね、
道がやっぱりわからないんですよ。
暗いからね。
元々わかりづらい。
バランス崩すしね。
足を置き場で余計に体力使うし。
石とかがざれったりとか。
海場がちゃんとしてないから。
おーっとっとって。
危ない。しかも疲れとるしね。
心の奥では目がどうなってしまうんだっていう、
心配はずっと持ってるし。
だから続けたの失敗なんやって。
戦車尾根から本当に思いましたね。
これやばいと思って。
叶ったまえだよこれ。
助かったの。
言うたら。
確かにそうですね。
通常の登山されることもした方がいいと思います。
特に自分がきつい時とかって、
きつい時は大体眠たい時なんですよ。
そういう時に暗闇の中で、
さっと応援してもらえるとありがたいですね。
今回松岡君とかお揃いのTシャツ着て応援してくれてて、
あれは知ってたんですか?
いやいや、あれ当日知りました。
ちょっと気恥ずかしい感じしますよね。
恥ずかしかったです。
今はなかったですよ。
スタートの頃から着てくれてて、
めっちゃ嬉しかったです。
あの写真撮ってもらって一緒に。
顔は何?手描きの顔なのかな?
手描きだと、なんかあれかな?
AIとか?
AIの使っているとかって話を聞きました。
写真をスクイーにしてみたいな感じで。
へー、そうなんだ。
ありがたいですね。
ダスティンは応援されてもあんまり返さなかったって言って、
俺は自分は自分で戦っているので、
応援者のためにやっているわけじゃないからみたいな感じで。
それはキャラクターもあるからね。
別にそれも通ってますよね。
気の毒なのは宝沢さんがそれをやったら、
普段あんなにこにこして、
人当たりいいのにって言われちゃうから、
逆にかわいそうやね。
悪い子がね、いいことするとすごく褒められるみたいなやつやね。
じーっと見とったよ。
じーっと見といとこ。
そうでも普段ね、宝沢さんは笑顔で、
誰にでもフレンドに接してくれるのに、
こんなときに声をかけたのに、
無視されたみたいになっちゃうからね。
そういうリスクもあるんじゃないですかね。
でも多分宝沢ちゃんが無視してずっとやっていても、
それだけ一生懸命やっているんだねって。
普段がね。
そうですよ、普段があるから。
俺やったらそうならないように炎上するんよね。
本当になんかお高く溜まり上がってみたいな。
とるわーって。
いい気になって。
いい気になって。
そこまで思わなかった。
言い過ぎました私。
でも同じようにね、ダスティンさんも気づいてくれてね。
普通にあんまり、宝沢さんはね、
お声掛けいただいたんで、
少しお話ししてっていうのをやりましたけど、
なるだけ皆さんにお時間を取らせるのもあれなんでね。
つぼっちはよくわかるからね。
頑張ってくださいって言って、
頑張ってくださいって言って、
ダスティンさん、つぼっさん!
なんでおんの!みたいな感じで。
あーって言って。
こうやってやっとってって。
何しとんのこんなとこで。
目立つからね。
そうそう。
じゃあ写真撮りますかって。
ちょっと待ってって、サングラスかけるでって。
いいのそんなことでやっとってって書いて。
ポーズ決めてからねって書いて。
まあ多分、ダスティンは割ってこられるのは苦手なんでしょうね。
きっとね。
あとダスティンのキャラ性格が、
ちょっと尖がっとるというか。
本当の心の中は結構優しかったりするんやけど、
まあそういうとこもある。
本能で喋ってるとこもあるけど。
めっちゃ優しいですよね。
腹ちょっとかかっちゃったんですけど、
結局最後足の疲労が来ちゃうんですよ。
下りでやっぱりだいぶダメージが来ちゃって。
チャウス小屋からの下りが、
もう足が曲がらなくて。
ジンタインみたいな感じの痛みで。
後ろ向きでずっと降りるって覚悟して、
1500メートル後ろ向きで降りたんですけど。
1500メートル後ろで?
そこはもうコースタイムほぼコースタイム通りのタイム。
9割くらいだったかな。
でも降りて後ろ向きで。
でも最後のほうちょっとだいぶバテて、
明日の状態的な感じでこんな感じで倒れてたんですよ。
そしたら加藤さん、どっか進めてきて。
最後はほとんどそう変わらなかったもんね、ゴールね。
来て、いけるぞみたいな感じで元気つける。
手取ってもらって起き上がらせてもらって、
行くぞみたいな感じで。
当然追いつかなかったんですけど、
勇気づけられて、なかなか本当に熱いセリフを。
ちょっと記憶ないですけど、熱いセリフ。
記憶ないな。
残念ながら言うとラスティのイメージが崩しちゃって。
なるほどね。
心に留めてる。
そう、心に留めて熱いセリフを言って、
さっき言われましたけどね。
さっきスキアで牛丼とうなぎ食べたって言ってみましたけど、
補給っていうのはちゃんと取れました?
一応はね、本当にフル、
6日間ずっと食べ続けられて完璧でした。
もともと一応強いんですか?
一応強い。
谷川君ほどまでじゃないですけど。
だから本当に一応には助けられましたね。
さっきちょっと収録始まる前に、
痩せてるって話しましたけど、
それはレースに行ったから痩せたのか、
それともレースに行く前にトレーニングしてて体重落ちてたのかどっちなんですか?
多分レースで。
レースで体重落ちました?
さらに死亡感なくなった感じがしますね。
実はレース前にちょっと股関節を痛めてて、
実は7月、
出場決定した3日ぐらい股関節を痛めて頑張りすぎて、
3、4週間我慢してたっていう期間があって。
実はアルプスも2日しか入ってなくて、
練習だからアルプス練習を2日しかしてなくて。
自分の中でもちょっと不安も残る?
そうそう。
それもあって実は最初はマイペースで行こうと思ったんですけど、
でも思った以上に走れてよかったなと思ってて。
前のトレーニングというかレース中ですね。
自分では食べ続けてるんですけど、
計画通りに補給もして、
前半は8000キロカロリー。
後半、1乗せてもまた8000キロカロリー補給して、
月山覗いても16000キロカロリーはしっかりとれたんで。
でもやっぱりゴールしたらものの見事に。
減ってました?
減ってましたね。
食べるっていうのは本当に何でも食べれたっていう状況でした?
何でも食べれましたね心の中は。
ただカロリーメイトとおにぎりせんでえとかしかなかったんで。
気持ち悪い。
でも本当に何でも食べれる状況でした。
睡眠はどれくらい取りました?トータルで。
トータルで今回は結局14時間くらい。
あ、15時間くらいか。
14、15時間くらいですね。
それは今回いろんなトラブルがあって6日間だけど、
想定の目標は4日で行くつもりだったんでしょ?
自分が計画したのが恥ずかしかったから5日と6日で計画してたんですよ。
一番早いタイムだと。
5日間と6日。
遅いと土曜日の初午くらいかなって。
前半はそういう感じで予定通り進んでたという感じ?
前半はほぼ目標、一番自分が早くゴールできるタイムと
一番ちょっと遅いかなっていうタイムの間ぐらいでずっと来てて。
じゃあまあまあ順調に。
まあまあかなって思ってたしね。
そうか、坪ちゃん何か聞きたいことある?
全然ね、疲れた感じは目以外はしなかったんですよね。
体の動きとか。
目標の中で笑顔で行くっていうことも言ってたもんね。
言ってました。最後まで笑顔を絶やさずに。
普段も笑顔だけだけどね。
おいえなは自然を愛するトレイルランニングレースを主催する
いいのトランスジャパンの話は?
しますよしますよしますよ。
まだ一旦?
いいですよ。
その話は長くなりますか?
長くなりますか?
穂沢さんに聞くんじゃなくて。
これいっつも聞いてるんですけど、
吉田真子との初めての出会いがいつだったか覚えてみえます?
まだ言わないでください。覚えてます?
覚えてます。
吉田さん?
もちろん覚えてますよ。
いつ穂沢さんと出会ったか?
何回かは覚えてないですね。
何回?
かなり前だよね。
何回だったかな?2回か3回?
2回目だったかな?
何回も会ったもん。だってその頃。
じゃあいいですよ。一番思い出せる、一番最初。
多分覚えてない。俺の方がくっきり覚えてるんだけど。
くっきり?
熊野オールドトレイルです。
あそこも熊野なの?
どういう出会いなの?そこは。
オールドトレイルで走ってて、ギフですって。
そんだけ?
あるんやって本当は思い出あるね。よく話してるよね。
実は本当にたまにはそういう思い出話を2人でよくしますよ。
話しとって話しとって。
ここはずれてない?正解ですか?
正解です。
その頃は何年前くらいですか?
下手したら10年前くらいじゃないの?
第2、3回くらいだったような気がする。
ずっと熊野出てた?ずっと?
1回目は出てなかったような記憶があって。
1回目は30キロくらいの時やね。
そう、1回目は出てなかったんですよ。
第3回くらいだったような気がするんですけど。
思い出の、てっちゃんの時にも話したんだけど。
コース間違えた時?
コースロストだった時。
で、開始5キロくらいだよね。
ミーが3人集団を走ってたんだよね。
もしかしてそこの団体の1人やったの?
そうだったんですか?
そうだったんですよ。
何人かと一緒にコースロストしたっていう思い出話を。
その話をたまにするっていう。
あの時もう1人の名前も覚えとった。
3人でロストした時。
あれ、それが山田さんだった?
違うか。
滋賀生村の山田君。
そう、山田さんですよね。
今、2、3年前に滋賀生村に入った。
そうなんですか、山田さんですよね。
今も真摯のダブルとか出てる。
頑張ってるよ、すごい。
自衛隊の。
自衛隊の。
戦と戦が繋がったね、坪内。
あの時の話を細田目線で聞きたい。
あの時の状況を。
いや、そこまであんまりそのくらいしかないですよ。
まあ、そんな間違えたなっていう感じで。
その時は真骨茶が前走ってて、細田さんが後ろだったんですか?
真骨茶は前じゃないですか?
知らなかった。
違う、俺も誰かについてたの。
本当ですか。
細田さん?
みんなでなすりつけ。
一緒に走ってた気がする。
みんなで一緒に、山に入った瞬間左行かなあかんと、
真っ直ぐそのまま進んでった。
そんな感じだった。
薄暗かったからね。
薄暗かったんですか?
だってまだ夜スタートみたいなもんやもん。
冬の7時スタートとかやから。
6時スタートでした。
6時スタートだからライトがいる状態。
確かに。で、あれですよね。
運回のところでちょうど夜明けがあるぐらい。
そうですよね。
だから分かりづらい状態で。
で、なんかあれって言ってたじゃないですか。
まこっちゃんと一緒にロストした人たちが心折れてたときに、
まこっちゃんは最後まで頑張るぞっていう風に。
俺目線の話をしていい?
全然覚えてないって言うから。
そこまでは覚えてない。
思いを起こさせてあげましょう。
いかに恩人とまで言いませんよ、僕は。
そんなおぼかましいことは今の細田を支えたのは僕やとかそんなことは言いません。
それは視聴者が思うことであり。
あの当時は私はその前年が後から見たら福井哲也が6位前年。
で、自分が7位で後から見たらもっと逆っちが11秒差やったの。
だから、絶対次はやったると。
やっとやっとやったるっていう。
めっちゃ調子悪かったかもしれないけど、
この中で1年間来年の熊野をやっちゃるって言って。
岐阜県ナンバーワンは俺だぐらいの勢いで練習をして散々仕上げて。
自信満々で怪我もなく体重も減り。
で、望んだ。
けど、てっちゃんがパーってコールっていうウィンで、
戦闘でもう完全に見えなくなり。
まあまあまあまあ、序盤やろと、どうしろとか言って。
分かってねえなと、まだまだ何キロあると思っとるんやと。
で、熊野オールドトレースそんな日本選手権とかやってない時やったから、
そんなにレベルがなくて、
自分らが普通に走っても2、3位レベルで走ってなって。
で、その時の2、3位グループが山田くん、細田ちゃん、俺。
だけど俺と細田ちゃんまだそんなに信仰がなかった時やよね、そこまでは。
そうですね、全然なかった。
っていう感じの中で。
存在は知ってたの?細田さんの存在。
存在は知ってたけど、よくレースで会う岐阜というか、
よくレースで会う同じような総力のっていう人。
そこまで一緒に会ったこともなかった。
中島もそういう感じやった。
中島も熊野によく出てた。
出てましたね。
その時はあまり知らなかったですけど。
あと?
3人で走ってたらコーステープもないし。
でも俺は1年かけて全く同じ話をしてるんだよ。
カイツマンで細田さん。
カイツマネーのところが熱くなるから。
また同じ展開になってきましたね。
福井会と。
細田との熊野なんで。
ロストしたところがわかったところ。
そこにかける意気込みは前回だいぶ聞いたんで。
だいぶ聞きましたね。
打倒福井の話。
打倒福井で1年間をかけてきた。
ロストしたっていうところからの細田さんとのエピソード。
分かりました。
そしてその状態でテープが。
じゃあ思い起こさせなくて。
コーステープがない。
だけど3人ともでガシガシ進んどる状態。
怪しいなって。
ちょっと怪しいなって思っとる中で。
その時に俺がコース違うんじゃね?って言ったら
他の2人もですよね?って。
言い出せないですよね。
信じたくないという。
信じたくない当時は。
ですよねって言った時に3人ともで戻って。
ほぼ最高位の状態で。
その中で俺もすっげえ悔しいけど1年かけて頑張ってきたのに
何をしてしまったんだと。
だけどここで踏ん張るのがトレイルランナーやと。
普通の人間はこれでこうなって諦めない。
いやここからやと。
ということで3人だって2グループ走ってたんだから
それは残念やったと思うから
ここは俺が引っ張っていくんだぐらいの気持ちを持って
いやいやまだまだこっからやと。
どこまで行けるかが勝負やとか
そんなもん100マイルっていったらあと155キロやっていうぐらいの
高が5キロやぞというような話をしながら最終的に
俺はその時8位で帰ってこれたのかな
抜かすの結構大変やったよね渋滞とかも
もうちょっと遅かった気がしますね15キロやったら
途中でその3人中で細津ちゃんが一番最初に
僕もうちょっとこんな激坂で
僕もうちょっとついてきないんで
頑張ってくださいありがとうございましたみたいな
あと山田君と2人で最終の3分の2ぐらいまで行って
最後俺が単独で行ったんだけど
最後にそれから山田君からすごくお礼を
あの時はくじけそうになったけど
すごい頑張りましたね
あれからすごい山田君との交流が
その時ケッチャンがゴール地点で優勝して
村上優蔵と待っとって
いましたね
思い出してきて
思い出してきました
いらっしゃいました
優蔵は2位か何かでショート
そうかもしれない
でケッチャンがおかしいな優蔵さんこうへん
いや今年優蔵さん絶対2位で帰ってきますよ
待っててくれたのにその前も走る前に
岐阜県でワンツー行きましょうって言われとったの
ワンツーのワンは俺やぞぐらいの
向こうの友好的な言葉を心の中で
やったるって一年間をそれに捧げてきとったから
これも言ってたけどですね
てっちゃん心遣い気遣い優しいでしょ
優しいですね
イケメンでしょ
だから横田も勝てへんやん
勝てる可能性は走りしかない
だから足だけは負けたくない
そうですね
走りはとにかくどんだけ練習したかにもよるんで
平等やん
だからイケメンって努力してないやんか
親が親の
そんなもんで比べられても
走るのだけは努力やから
じゃあその時の補佐さんの記憶を蘇らせたところで
その時がほぼちゃんと喋ったのは初めてぐらいだったんですか?
吉田さんと
本当にしっかり話したのはその時ですね
まあまあそんな感じだよね
その時の印象はどうでしたか?
一見すると怖そうですけど
話すといい人だなって感じでした
本当に正直なこと言うと
いやいややめてよもっと言って
その時のレッスンの印象はあんまり覚えてない
印象はそう
さっき話し合ったように
途中最後はちょっとパワーダウンした記憶はめちゃくちゃあって
自分まだそれ足りないなっていう印象が
でも柔軟意味で帰ってきたもんね
確かにそうなんだ
それはさすがやったもんね
俺なんだ証拠や
そうか
まあという毎回ね
最終的には
最終的には
山田君もゲストで呼ぼう今度
あの時は言って
ロストトリオで
俺の褒め言葉を山田君に言ってもらって
覚えてるかな?
いいよDJの話を
本日の放送がお届けする吉田誠の誠にお騒がせしておりますは
岐阜の里山活用を中心にしたフィールドワーク活動を通じて
地域再興を目指し
この豊かな自然の恵みを
世代へつなぐ架け橋となるべく活動をしています
当番組は
厨房機器 運搬 設置 撤去の株式会社 富田
さあおいしいを補給しよう
おいえなの里山ワークス
企画から各種デザイン製作の株式会社アドビスタ
以上の提供にてお届けしております