00:06
ようこそ、CoIUラジオ。問いと、対話とへ。 コーイロベーション大学1期生の宮井です。
同じく、1期生のちぇりこです。
この番組は、CoIUの学生2人が、CoIUという謎めいた大学での学びについて話していく番組です。
今日は、先生ゲスト回。こんにちは、豊田さんというテーマでお送りします。
お願いします。
最初に、豊田さんの紹介です。
豊田陽介さんです。 CoIU教授で、広島県生まれです。
三菱館大学大学院、社会学研究科を修了されました。
学生時代から、環境NGO、気候ネットワークのボランティアとして活動を始め、
25年以上にわたり、全国各地で自然エネルギーの普及と、市民・地域共同発電所づくりの支援に奉送されました。
テラエナジー、タンタンエナジーなどの、新電力会社の発足支援なども手掛けています。
CoIUでは、1クォーターに地域競争入門、環境政策、また、サステナビリティ入門を担当していただきました。
本日は、よろしくお願いします。
お願いします。
めっちゃミスりました。ごめんなさい。
質問をまずしていきたいんですけども、1クォーター先生、地域競争入門を担当していただいたんですけど、
どうでしたか?意識していたこととか、難しかったな、みたいなところは。
そうですね。1クォーター、今まで他の大学で非常勤講師とかをやっていたときって、
やっぱり15コマあって、15週間かけて学ぶこと。
それを言ったら4週で学ぶという形になるので、その配分とか内容とかをどうしようっていうのが、
ぶっちゃけ最初の悩みというところがあったというところでしたね。
多分他の先生方もそうだと思うんですけども、最初まず1回目やってみて、雰囲気を見て、
ちょっとチューニングというか、皆さんのやりたいことだったりとか様子なんかを見て、
バランスを取るような形で対応していくっていう感じを取ったというところですかね。
やっぱり大きな違いは、普通の講義だと150人とか200人くらいの講義をやってきていたので、
それからすると講和優って今50人くらいの中で、その中で体験的なこととか、
理論と対話、実践まではなかなかこの授業ではできないので、
対話のところをどうデザインするかなというようなことを結構意識をするというところがあったかなと。
そこの部分が難しさもあったし、チャレンジしている面白さというのもあったかなと思っています。
1回目の授業はゲームだったと思うんですけど、それってほぼ授業じゃないというか、
ゲームなので、そこで1回目の授業で得た感触というのはどういうものだったんですか。
あのカーボンニュートラルゲーム、2050カーボンニュートラルというカードゲームだったんですけれども、
03:03
あれ自体は少し社会全体の中で、制作というものがどう意味を持つのかなみたいな、
実世界の難しさみたいなものをなんとなく感じてもらうというようなところを目的にしていたわけですよね。
実際皆さんのグループの中で、自分のチームの目標を達成できなかったりとか、
社会全体で見たときに、一応数字上のカーボンニュートラルを達成しているけど、
温度が上がりすぎてしまっているみたいな、そういうことをちょっと体験をしてもらうというような目的があったので、
まずは掴みとして、そういうものを知ってもらうというところがあった。
そこに対して皆さん非常に楽しそうに、非常に学び的にも得たものがあったみたいなことを書いてくれていた人たちもいたので、
やっぱりこういう方向なんだろうなというふうに思ったというところですかね。
単に理論だけの話をずっとするよりも、体験とうまく融合させるような形というのを取ったほうがいいなと。
2から4回目は地域の方がいらっしゃったという記憶なんですけど、
それは1週目を経て、じゃあそういう方向にしようと思ったのか、
もともとそういうふうにやろうとしていたのかということはどうですか。
一応もともとその方向ではやろうというふうに思っていました。
ただどれくらいの量をインプットするかというところに関しては、
様子を見て判断したほうがいいな、どんな伝え方をしたらいいかなというのを考えていたというところでした。
他にも何のテーマをやるかというのは、本来15回でやるのも4回でやるという中で、
どういう優先順位のつけ方で決めたのかありますか。
一つは授業のテーマ自体が環境政策というテーマだったので、
政策というのが別に行政だけで作るものではなくて、
多様な関わりでできているものというところをまず見てもらいたいというところがあったので、
そこに関わっている地域の人たちに登場してもらうというのは絶対に必要だなというふうに思っていた。
特に日田とか高山のことになってくるので、地元の人たちにできるだけ来てもらって、
私が知っている人を呼ぶというのもあるけれども、
それ以外に自分自身でも日田高山の人たちとつながりたいなというのもあったので、
特に日田高山の人たちに来てもらったというところですかね。
面白かったです。
だいぶ面白かった。
小水力発電とバイオ摩擦電と工業事と、
ですね、レストランでの相談ですね。
すごい面白かったです。
前のラジオでも話したんですけど、最初に問いが出てきて、
先生の理論があって、実践している人たちの話があってという構成がめっちゃ講演っぽいなと思って、
面白かったです。
そう言ってもらえるとやった甲斐があったなと思うし。
逆に、めっちゃ大事だけど授業の中で触れられなかったテーマというのもあると思うんですけど、
06:03
それは将来回収されていくものなんですか。
それとも自分で勉強してくださいという感じなのか。
こういうのをプログラム全体でいけば、ボンディングシップとかを減ることによって、
もう一回立ち返れる部分というのもあるんじゃないかなと思っていて、
今の皆さんの状況を見ていると、理論よりも対話とか実践をどんどんやりたいというところがあるんだけども、
でも、ある意味で理論を知っているからこそ、省略できる部分というのもあるんですよ。
省けるような体験というのもあったりするので、
今日の授業と言ってもちょっとわからないかもしれませんけども、その中でも出てきていたけど、
構造を理解することによって、そこの知識を持つことによって、
最初からずっと現場で積み上げて初めて理解できることというのを、
別に経験しなくても省ける部分というのが出てきたりすると思います。
そういう部分の理論を知ることによって、立ち返ったときに、
あのことを言っていたんだなとか、これってこういうふうにつながるんだなみたいになっていくような形にしたいなというのがあった。
その上でも全部話せているわけではないので、
だからもう一回理論を学ばなければなというふうに思ったときに、
学んでもらえるような形をとりたいなというふうには思っています。
種を植えていたとか。
そうですね、そういうところですね。入門なので。
最近いろんな先生が、理論が大事だよって。
3つ大事なんですけど、
みんな言うようになっている。
それって、この子は家の環境での理論を学ぶというのは、
どの幅とどの深さを期待した理論を学ぶのかがあまり分からなくて。
そこは多分必ずしも全員がね、私たち教員が同じことを言うわけではないと思っているんですけども、
理論も必要なものとそうじゃないものも中にはあるかもしれないなと思っていて、
私自身の経験からすれば、古典的な理論から得られるものももちろんあるけれども、
必ずしもそれを知らなくてもできることを学んでおいたら、
それが実社会に役立つ部分の範囲というのはある程度見えている部分というのは、
自分たちの経験の中でそれぞれの教員が多分持っていると思うんですよ。
だからそれを基にして皆さんに伝えていっているというふうに理解をしているので、
本当なら15コマの中でこれだけ全部伝えることっていうのを、
講演の中では特にエッセンスとして、まず優先して、
これだけのことは自分の経験からすると伝えておいた方がいいなというものを優先して伝えていくというような形になっているかなと。
難しくないですか、それは。
でもやっぱり自分が経験していることを元にするというところが、
09:02
講演というのはなっているのかなと思うし。
芸大さんみたいな。
まだ1年生だからっていうのはあるのかもしれないですけど、
本当に古典的な話とか論文を読んでとか、
そういうところまで今の時点で求められているというよりかは、
あったらそれをガールに越したことはないですけど。
そうですね、そこに関しては研究者を志望しているということであれば、
それをやっとかなきゃいけないみたいなことはもちろんあるけれども、
これから地域の中に入って実践していく上で、
まず最低限必要になることというのはこういうものだろうというようなことを伝えていくと。
そこからさらに関心を持ってくれたり興味を持った人には、
もっとこういうことも学べるよという形で示していくという形がいいのかなと思います。
ここに入って研究者になりたい人はいるのかな?
いないんじゃない?
そしたら普通に大学へ行きますか?
もしかしたら立ち返ってそういう立場になる人っていうのも出てくるかもしれないですね。
僕とかもそうだけど、実践をしてきた上で研究ってすごく大事だなと思いながら、
研究と実践という部分をやりながらという形で通ってきているという形だし、
多分メタ認知おじさんなんかも伝えてるですよね。
じゃあちょっと最初の原点みたいなところを聞きたいんですけど、
なぜ高輪炎先生になったのかというところをお聞きしたいです。
私自身が元々さっきの自己紹介でも紹介してもらったり、
興味を持っていたテーマってエネルギー問題とか、
それを解決していくために再生可能エネルギーとかをどう普及させるとか、
地域と脱炭素社会みたいなのをどう作るかみたいなことを
関心をずっと持ってやってきていたというわけなんですよね。
その中で重要になってくる部分って、
仕組みとか制度を変えるっていうのをやっていかなきゃいけないんだけど、
それを変えるためにはそもそもそれを変えようと思う人たちがいないと、
人材がいないと社会や制度って変わっていかない。
本質的にそれを求める人たちっていうのがいると。
つまりその社会問題とか地域課題のことっていうのを真剣に考える人っていうのが
どんどん増えていかないと、いつまで待ってても社会って変わらないなと。
今まで自分たちは社会や地域を変えるための活動で、
モデルを作るとか地域を変えるとかいろんな取り組みをやってきたけれども、
それをやっぱり社会全体を変えるインパクトを与えるっていうためには、
それだけでやっぱり不十分だなと思っていて、
一側面は変わる。
例えばこの仕組みとかこの制度は変えることができたとか、
市民運動で社会的にそういうものが必要だっていう機運が高まって、
制度変わりましたっていう一時のタイミングでは起こり得るんだけども、
大きく社会そのものが変わるみたいなところには、
12:01
まだまだ到達できていないところっていうのがあるなと思っていて、
それをどうしたらいけるかなっていうことを考えたときに、
やっぱり人を育てる必要があるっていうところが、
自分の中の今のポイントになっているというところなんですよ。
それがあるので、今まで自分が実践をするという立場だったと思うから、
そういうことを考える人たちっていうものをもっと増やしていけるような立場になりたいな
というところがあって、この公愛優っていうところを選んだというか、
誘ってもらったというのがあったので、という結果ですかね。
それは他の大学じゃなくて公愛優とか?
他の大学だとどうしても学問的な理解であったりとか、
やっぱり限界がすごくある。
新しくできる大学で、そもそも社会を変える、地域課題を解決していく
コミュニティっていうところからやっていくっていうことを
持っている大学だからできるんじゃないか。
みんながそこの方向に向かっているところがあって、
他の大学だとどうしても研究優先みたいな先生がいたりとか、
そういう先生が別に否定をしているわけではないんですけども、
いろんな考える人たちがいて、なかなかそれだけをやる、
そこの方向にみんなで向かっていくっていう形にはなれないなと思って。
お誘いを受けたときから即決で入るっていうの?
ちょうどタイミング的にそれを考えていたときだったんですよ、たまたま。
そこは。
大学を作るということに関しては、事前に話を聞いていたし、
相談を受けていて、一緒に検討するみたいなところに
参加をさせてもらったりとかしていたんですけど、
自分自身が教員になるかどうかっていうのはまた別の話だったので、
そのときにはまだそういうことは考えていなかった。
人がいないんですか?感覚的に一緒にやっていく。
仲間が少ない感じがあったから、そういう育て隊みたいになったんですか?
仲間が少ないっていうか、確かにそういう問題だっていう風に考えられる人たち、
周りにその影響を与えていける人たちっていうのも数が少ないなという風に思っている。
環境とかも。
私も元々エネルギー学を勉強していましたけど、
結局就職するときは文系就職する人も多いし、論文書くのがゴールだからやるっていうところに。
実践まで見せながらない。
そこに向いている人が確かにいない。
制度や仕組みを変えたいと思って、実際にそのために社会にインパクトを与えようと思って行動するような人っていうのが、
日本はとにかく少ないなという感覚はありますよね。
必要なことする。
それを育てる一員になりたい。
そうですね、そういうきっかけになるような人材。
必ずしも脱炭素のことをやってくれるというわけじゃなくて、
社会を変えるみたいなのが必要性だったりとか、
どういう風にすれば変えられるんだろうみたいなのを考えるような人っていうのは必ず必要だと思います。
15:05
面白い。
じゃあちょっと変な考えですけど、
いろんな先生が自分の分野の人材育ってほしいなって思ってるわけじゃないですか。
ある種取り入れみたいに、毎日日記生なのあれですけど、
先生の今の一番大事なこと、大事じゃないって大事なのは、
脱炭素とかエネルギーのことがとにかく面白いぞって伝えることだと思うんですけど、
それは3年生4年生のどこかであるプログラムとして、授業として?
例えばボンディングシップなんかでもできれば、
そういうテーマの企業とかっていうのも作りたいなと思っているし、
それからここから先の授業の中で、3回生とか4回生科目とか、
先端競争演習とか、ZENみたいなものだったりとか、
そういうものを通じて、そういう活動が一緒にできればいいなって思っているところもあるよというところですね。
ありがとうございます。
じゃあまたちょっと、今こういう先生になったのかなんですけど、
そもそも学生時代にエネルギーの活動をやられたんですけど、
どういった学生だったのかなっていうのをちょっと知りたいです。
今こんな偉そうなことを言ったばかりなんですが。
もともと大学に入る時のタイミングからすると、
高校の時にどこに大学に行こうかなっていうことを考えた時に、
一つ自分の興味関心としては、当時すごく田舎の地域で育ったんですよ。
海に突き出しているような半島というか、半島よりもっと小さい単位ですけど、
そういう場所で、本当に自分の家の裏がすぐ船着き場で、
尾道市内から、うちちょっと飛び地だけど尾道市っていう、
陸続きでは尾道じゃないんですけど、そういう場所なんです。
そこに船で裏に着くぐらいの場所なので、本当に海が近いところで、
小学校の時は本当に海で遊ぶか山で虫捕るかしかやっていないぐらいに、
そんな子供時代だったというのもあって、
でもイソ遊びとかをしている中で、すごく環境が変わってきているというのは感じています。
今まで捕れていたカニとかが全然捕れなくなったりします。
結構ごつめの大きいカニなんですけど、普通に食べれるやつ。
ああいうのを夏になると、それこそ10匹20匹捕ってピアノとしていたのが、
全然いなくなってきて、捕りすぎたのかもしれないけど、どんどんいなくなってきてというのを見ていて、
アカシオ被害とか、鮮度内海とかが結構発生したり出ていたりとか、
最近だけでもどんどん温度が高くなって、昔の生き物じゃないものがいっぱい入ってきてたりとかして、
18:05
そういう変化を見ていて、なんでなんだろうと思っていたんです。
たまたま大学、これはもう後付けなんですけど、大学の試験というか、
推薦をもらって受けるよとなった時に、どんなことを学ぼうかと。
逆に順番逆なんですけど、学ぼうかなと考えた時に、
そういえばこういうテーマのことをやれるんだな、この大学。
で、そこから環境のことを大学で学んでみたいなと思って、
推薦の文書とかでもそういうことを書いて出したという形。
そこが多分最初のきっかけみたいなことになって、
大学入ってから、そういう意識を持っていたので環境系の授業を多めに受けていて、
その時に自分の師匠になる大学院の指導教官でもある先生の話を聞いて、
すごく面白かったと、科学的な知識と自分のモヤモヤしていたことというのが、
うまく結びついた瞬間があったんです。
なるほど。
そういうことだったのかと、こういう問題でこうなっていたんだみたいなことが見えた時に、
すごい面白いなというふうに本質的に関心を持つようになったというところがきっかけで、
そういう環境のことを勉強しようと思ったというところがまず最初ということですね。
じゃあ海とかから入ったんですか?
そうですね。自然とか、でもその時はやっぱり環境ホルモンとか、
ああいう問題とか虫とか、除草剤とかを上から撒いていた時代だったので、
そういうマツクイ虫の除虫剤とか、ヘリから撒いていた時代だったので、
そういうのを見て、そういう意識を持ったというところがあった。
それが1年生、2年生、大学1年生、2年生?
もう一つのきっかけになったのは、その先生の下でゼミに入って、
その先生自体は経歴的には変わっていて、元々原子力工学とか、
そういう方向のメーカーとかで研究者をやっていて、
その後に研究者として大学に入って、技術論とかやって、環境保全論に行って、
再生可能エネルギーというテーマに。
そういうので、環境保全論みたいな考え方でエネルギーの問題みたいなことを話していて、
それすごい面白いなという。
タイミングとしてはちょうどその時に、
リスメイカン大学って京都の大学ですけど、
京都では京都議定賞ができるきっかけになったCOP3って、
女性化防止の国際会議が97年に開かれたんですよ。
21:04
ちょうどその時大学2回生くらいのタイミングで、
すごくその時に京都で盛り上がりが出てきて、
女性化っていうテーマが非常に日本中に広がっていくきっかけになったっていうタイミングだったんですよね。
僕もそういうテーマに関心を持つようになったし、
先生自体が国際会議なんかにNGOのメンバーとしても参加をしたりとか、
関わりがあったんですよ。
そういうのがあって、紹介されて行ってみろっていう話になってもらって、
COP3じゃ行けたってことですか?
COP3は行けなかったです。その時はまだ行けなくて、
その翌年からですけど、翌年から行くようになったっていうので、
結構そこから活動とか実践みたいなことをガッツリやっていく。
その影響で組織に入ったんですか?
そうですね。それはすごく大きいところですね。
ぶっちゃけると大学院に行きたかったんですよね。
こういうテーマでもうちょっと研究してみたいなと思って。
大学院に行って、行きたいんです、やりたいんですって言ったら、
じゃあ僕が知っているNGOがあるから行ってみなさいっていう。
まだ現場を知ってくれるみたいな感じですね。
最初は僕は結構ボランティア活動とかあまり興味がなくて、
あまり興味がなくて、こういうのって偽善的な活動なんじゃないかみたいに、
むしろ思ってたんですよ。
すごく高尚な考えを持った人たちが、自分が偽善を切ってやってるみたいな感じで
やってもらえる、勝手にね。
でも行かなかったんですよ、しばらく。
会う度に行ったか行ったかって言われて、
これは多分行かないと大学院通してもらえないなと思って、
ボランティアに行くようになったっていうのが本当の最初のビックリで。
で、行ってみると、僕が思ってたイメージ全然違っていて、
みんな何のためにやってるんだろうって最初思ってたけど、
なんか自分のやりたいことっていうのがあって、
それをその活動の中で叶えてるんだな。
多分みんなそれぞれやってること、叶えたいことは違うんですけど。
っていうんだなっていうふうに、こう踏み落ちたんですよね。
で、自分自身がそこに参加していくうちに、
なんかこれ多分自分がやりたかったことだっていうふうに繋がって、
すごいなんか面白くなってきて。
で、そこからはもう本当にあんまり大学行かないで。
そっちばっかり。
やりたかったことだっていうのはどこに面白さがあったんですか?
一つは多分今までとは違う世界に繋がったっていうところがあったのかなと思っていて、
今までやっぱり普通に日本の教育って超中高という学校社会の中で出てきて、
大学に入って一応開かれるけど、
でも大学生って大学のキャンパスでほぼ完結してる部分っていうのがあって、
バイトとかでそれ社会と繋がるかもしれないけど、
社会問題とか社会課題のことを学んでるのに、
24:01
それと自分が直接接合する部分っていうのがすごく薄かったんですね。
やっぱり東の大学って、どこもそうです。
そういう部分がすごく薄かった中にNGOの活動に入ったことによって、
そこと繋がって、
で、自分の取り組みやってることっていうのが社会にダイレクトにとまでは言わないけど、
何らかの影響を与える可能性があるんだなと思って、
それがなんかすごく面白いなっていうふうに思う。
社会を変えるみたいなことっていうのが、
こういう感じでできるかもしれないなみたいな。
そこに自分が携わることができるような感覚を持ったっていう。
すごく面白さだった。
そこは私も結構実際にやりたくなっちゃってるタイプだったんですけど、
でも研究は逆に、
研究室戻ったらインパクトファクターを出すのを目指している人たちだらけの世界で、
なんかもう嫌になっちゃってたんですけど、
そこはあんまなかったんです。
研究と実践の行き来みたいな。
そこはだから、うちの指導教官っていうのは、
やっぱりそこから得たものをちゃんと研究に繋げなきゃいけない。
で、社会に還元しなきゃいけないっていう考え方を持っていたので、
現場で起こっていることっていうのをテーマにして、
きちんと研究にしなさいっていうようなことだったんですよね。
なので、そこを往復しているというような形とはいいつつも、
やっぱり活動にずいぶん軸足を置いていたと思いますけど、
そういう形で大学院でも、結局大学院でもほとんど必要科目っていうのは必修だけ取って、
ほとんどの活動で取っちゃったっていう。
今でいうボンディングシップっていう制度があったわけじゃないけれども、
リツペラたまたまその時に18体分くらいかな、
をなんだかんだ加害活動で取れるような仕組みになっていたんです、当時。
30体、院では必要なんですけど、2年間で30体。
あと就論とかゼミとかで最低限の必修。
やればもう30体届くくらいだったので、
ほとんど研究室とかいることはなく、
NGOの活動に出た感じだったかなっていう。
それで修士にとって、上回ったんですか?
修士でとりあえず一回終わりにして、就職をするっていう形になって、
最初は京都市内の環境活動をしているセンターみたいなところが、
ちょうど作られる立ち上げだっていうタイミングで、
そこでなんとなく面白いことができるかもしれないなというのがあって、
そこで採択される、採用されるっていう形になりました。
就職を一応した2年間ですけど、そこにはいたのは。
その2年の後は何をしていたんですか?
立ち上げの期間を経て、一応センターが回るようになってきたし、
自分の取り組みとしては、そこは京都市の環境保全活動センターってところだったんですけど、
27:04
テーマはやっぱり京都市内に限られていたんですよ、どうしても。
で、私がやってたテーマって再エネとか脱炭素のことって、
京都市内の範囲だけだとちょっと収まりきれない部分がすごく多くて、
今までやってた研究とかっていうのも、日本中の再エネの普及をやっている
モデル的な事例みたいなのを集めて、分類したり整理して、
共通点だったりとか、何が足りないのか、だからこういう制度が必要だみたいなこととかを
やるような研究を当時やってたんですけど、
そういうことをやっていると、なかなか収まらないわけですよ。
京都の中の出来事だけでは。
だから、だんだんとやりたいことがちょっとここでは窮屈になってきて、
どうしようかなっていうふうに思ってたタイミングで、
NGOで活動してた、ピコネッタっていうところで、
ちょうど退職職員が一人下っていうタイミングもあって、
代表の人にも、ちょっとあなたそろそろ戻ってこないの?みたいなことを言われて、
それで、じゃあタイミング的にもちょうどいいし、戻ろうかなっていう感じで、
ピコネッタに就職するっていう形を取ったと。
当時やりたかったことはどんなことだったんですか?
やっぱりずっと一貫して、社会仕組みを変えたい、制度を変えたいみたいなのがあって、
特に当時っていうのは、311の前だったので、
まだ日本の中で再エネを普及させるための仕組み制度として、
決定的に再エネの価値を認めて買い取る制度、
今で言う固定価格買い取り制度、フィット制度、
ああいうものがないってことが重要な問題だっていうところで、
それどうやったら作れるのか?みたいなところがすごく大きな課題だったわけです。
それを作らせるためにはどういう運動がいるのか?
どういう政策提言とか政治的な動きがいるのか?みたいなことをずっと思っていたので。
そこをやりたかったんですか?
それはやりたかったです。
それは当然京都の中だけでできることじゃないので。
そしたら官僚とかになるとか、そういう方法もあったのかなと思うんですけど、
なんで下から行ったんですか?
やっぱり官僚っていう立場で、多分自分が望む政策を作るのって、
本当に多分最後までできないと思うんですよ。
年取る?
一定の権力権限を持ってからじゃないと、多分難しいと思うし、
それまでの間に頑丈な波になってしまって、
それまでの間ずっと耐え続けてようやくできるっていう感じになるのかなって。
これはちょっと自分が官僚になったことがあるわけじゃないので、
どうしてもやっぱりそういう自分のやりたいことをやるっていうのは、
多分官僚ではできないところがあるなというふうには思っていたのと、
その学生時代の時に、ちょうど法律を作る議員連盟っていうのがあって、
そこの活動にちょっとだけボランティアで参加させてもらったことがあるんですよ。
30:00
議員の人たちと一緒に北海道の風車がまだできたばっかりの時に見に行くみたいなことをした。
その時の様子とかも見ていて、
確かに政治的な動きとかそういうものも重要なんだけども、
多分これだけだと、
その時も結局その議員連盟が一体うまくいくのかなと思ったけど、
代表者の方が残念ながら落選してしまって終わったっていうところもあったりして、
そういう一家制のものとか、政権変わったらこう変わってしまうみたいな、
そういう感じの状況では多分ダメなんだろうなっていうふうに思った時もあって、
なので多分決定的に勤務を作っていくみたいなことをやらなきゃいけないなっていうのを
その時は思ってたというところですよね。
だから一つは考え方としてはうまくいくモデルを作って、
それを広げていくっていうのが必要だと思っています。
政策を低減したりとか、上から法律を変えるみたいなのを同時に、
ちゃんとニーズがある、こうやればうまくいくっていうのをやってみせておいて、
だからこの政策、法律を作ったらこう変わるんだっていうのを見せるっていうのが重要だと思っています。
それを機構ネットワークでやりたい。
それをちゃんとやろうというふうに思っていた。
それはやれた?
一個はやれた。
一応フィットもできたっていうところに関しては、
一つやれたことかなというふうに思っています。
直接私が作るきっかけになったというわけではないけど、
でもうちの指導教官はフィットを作るときの委員会のメンバーでもあったので、
結構近かったですね。
そういうのもあったし、多分そこはやっぱり当時の3.11時もあったけれども、
そこに繋がるような市民の動きっていうのがあったからできたんだろうというふうに思っているところもあったので、
そこの部分は一定できたのかなというところですよね。
フィットができてからどういうふうに、ずっとフィットを作ろうと思ってモデルを作ろうと思ってやっていたけど、
フィットができてその後はどういう心境の変化があったのか。
もう一つ僕は、就労の時に実際そういうテーマで少し書いているんですけど、
調査していたことというのは、まさに3.11がどんどん普及していくということになったら何が起こるのかというところで、
まさに今日本全国で起こっているように取り合いになっていくと、一つは。
土地の取り合いだったりとか、資源の買い合いみたいな状況で、
逆に地域の中で破例消費を起こすみたいな反対運動が起こってきたりとか、
そういうことを当時調査していたんですよ。
当時そんなことをやっている人誰もまだいなくて、
まだ早い気がする。何年くらい前ですか?
いやそれこそ20年くらい前なんで、もっと前か。
フィットそのくらいですね。2034年の時か。2,3年か。
その時にもう破例消費が起こるかもしれない。
実際地域で風車とかを建設する時に反対運動が起きる事例はあったんですよ。
海外でもあったし、日本でも少ないけどあって、
でもそれが何で起こるのか、それが本当にどんどん広がっていって本当に起こるのかみたいなところは検証されていないけども、
33:06
多分そういうことは起こるんじゃないかっていうことを肌感覚的に思っていたので、
だから制度ができた後は今度はそれを誰がその制度を利用して地域を豊かにするようなやり方をしないと、
最悪そのものが結局否定されてやりたくないものになってしまって、
普及しない。進まなくなっちゃう。
ずっとうちの司令長官もそういうことを言ってたんですけど、
普及速度の問題なんだと。
普及速度を高めるためにも市民とか地域が関わらなきゃいけないんだと。
市民や地域が関わるモデルを作るというのをやらなきゃいけないというのをそこからはやろうという形でそのモデルを作るっていう。
さっき自己紹介でも言ってもらったような市民地域共同発電所というような、
市民とか地域がお金を出して自分たちのオーナーシップで発電所を持つ、管理するっていうような、
そういう取り組み、ドイツとかデンマークとかではそれが先行して行われてきてたんですけど、
そういうことを日本でもやろうと、もっと広げようというのをやってきている。
ちょっと僕の質問なんですけど、ずっと今まで突き詰められてきた中で、
僕だとたぶん飽きちゃうんですけど、飽きることとかってなかったんですかね?
一貫してやってることは同じように見えるけど、やっぱりその局面局面で情勢はすごい動いている。
いろんな問題にぶち当たったり、情勢自体が大きく一気に変わったりみたいなことを経験しながらやってきているので、
ずっと同じような状況だったわけじゃないっていうのはあると思うんですよ。
やってる手法とか考え方は一貫しているかもしれないけど、
その時々でやっぱり実際にやっていることを起こしているアクションとかっていうのは、
やっぱりその都度その都度有効な手立てってなんだろうと思いながらやり続けてきている。
そこに醍醐味もあるし面白さもあったのかな。
もう一個ちょっと失礼な質問かもしれないんですけど、
お金どうなってたのかなと思ってて、
私が思うにやりたいことをやっている延長戦にまだいらっしゃる中で、
社会には確かにためになるけれど、お金にはならなさそうだなっていう印象があるんですけど。
ズバリな質問ですね。
ぶっちゃけると前職の時からNGOに変わっただけでも、
たぶん月額で10万円くらい給料が下がったし、
その後もあんまり上がっていかなかったなっていうのはこういうとあれですけど、
一応もちろん待遇改善だったりとか、事業をやる。
例えばNGOも決して金を稼げなくていいとかっていう考え方ではないし、
きちんと収益制を確保して、
ちゃんと給料払わないといい人材も取れないしっていうのもあるので、
36:01
そういうことを意識してやりはするんだけど、
どうしてもやっぱりお金がかからないこと、
お金が出てこない、収益が上がらないこともやらなきゃいけないことがすごく多いんですよね。
ミッションのため。ミッションが最優先なので。
そうなってくるとバランスを取らなきゃいけない。
回避の収入っていうのは知れているし、
寄付とかっていうことも昔はあんまり期待できなかったっていうところがあったし、
助成金もらってくると、助成金っていうのはある意味ひもつきなんで、
こういう要件でやらなきゃいけない。厳しい。
あと委託っていうのもね。
例えば自治体からこういう計画、地域の温暖化対策の計画を作るみたいな。
委託を受けるみたいな。やりたいことではあるけれども、
でもやっぱりその中で限界があるみたいなところがあったりするので、
そこの部分のいたしかゆしみたいなのがあるという感じでやってたというところですかね。
そこまで給料下がっても京都から出てもっとやりたかったんですか?
やっぱりそこは自己実現に優先したっていうところでしたね。その時は。
ありがとうございます。
あまりおすすめはしないですよ。そこは。
嫌ですよね。
でも食ってはいけないっていうことほどではないし、別に決して。
初任給を比べるとそうでもないけども、だんだん差がついていくというところかなっていうことですね。
お仕事も受けてるからそこのお金がお給料に回ってくる。
そうですね。そういう形ですね。
なんか今生きてて、やりたいことをやっててもお金にならないから、
これだと食っていけないから、そしたら会社に入るしかないなって思ってるんだけど、
どうやったらお金が回るのかすごい気になってたという背景ですね。
じゃあ次は、これは個人的になんですけど、趣味とか好きなこととかありますか?
今は非常に自分が楽しいなと思っているのは、うちは犬を飼ってるんですけど、パグっていうね。
黒色のパグなんですけど、その子と一緒に、うちの妻と一緒にキャンプに行くっていうのが今の自分の楽しみだし、息抜きにもなっているからっていうところで。
うちはちょっと子供がいないっていうのもあるんですけど、犬が子供代わりみたいなところもあるけれども、
犬を飼い始めて、犬と一緒にできることってなんだろうってなったときに、
今まで結構旅行とかに夫婦で行くとかっていうのをやってたけども、宿泊とか考えてもホテルとかでもなかなか犬と一緒に泊まれるところとか少なかったりするから、
じゃあキャンプでいいんじゃないかってなって行き始めたら、結構それにドハマりしたみたいになって、
39:02
タイミング的にはコロナちょっと前ぐらいから始めてたんだけど、
キャンプって昔から実家は田舎だったんで、ずっと巻き割りしたりとか自然に囲まれてたから、
今更だなって最初思ってたけど、意外と今になって行ってみるとすごくストレスが抜けていく瞬間みたいなのがあって、
はぁーみたいな感じで、今すごいリラックスしてるわーみたいな感覚があって、
2人ともそういう感覚を得たので、今もずっと続いてるっていう感じですよね。
頻度ってどれくらいに行くんですか?それ息抜き。
今はちょっと少なくなってるけど、月に2回くらいとか行ってたかな。
結構行ってる。
年間で25、600くらい。
25、600?
25、600してたかな。
そういう時にも環境変わってるなとか、高頻度に思いを発せたりとか、
さすがにそこは分けられる?
一応分けてはいますけど、行く場所とかっていうのは自然が豊かなところは多いので、
そういうものを守っていくっていうことは必要だなと思ったりとか、
逆に環境っていうよりも防災のテーマとかでみんなキャンプやった方がいいんじゃないかなと思ったりとか、
キャンプしてると別に1、200くらい外で過ごしたって平気だってなるし、
キャンプ道具があれば別に避難するときもずいぶん生きていけるしね、
そういうことは思ったりするし、あと火を自分で点ける経験とかね、
たぶん2人ともしたことがあると思うんですけど、
ああいうのってすごく大事なんじゃないかなというふうに思いますよね。
パグの魅力を知りたいな。
いや、パグはね、一言で言うとね、ちっちゃいおっさんなんですよ。
ほう、どういうこと?
その中にちっちゃなおっさんが入ってるんじゃないかなっていう、
ブサカワ犬っていうね、ブサイクかわいいって言ってブサカワ犬とも言われてるんですけど、
本当になんかね、マイペースなんですよ。
すごく寂しがりで、なんかこう、いびきをかいてグーグー寝てることが多かったりするんですけど、
散歩も全然好きじゃないし、全然アクティブでもないんだけど、
なんか気づいたらピタッとくっついてきて、体のどこか一部が触れてないと嫌みたいな感じだったりとか、
すごい人の膝の上に乗ってきて寝ようとしたりとか、
すごく意地汚くて、食べ物にはなんかものすごくくらめたりとか、
執着が強かったりとかね、なんかそういうところがあったり。
僕とオンラインで会議してて、近くに、家でね、リモートでやってるときなんかは、
膝の上に乗ってると、ゴーゴーいびきかきながら寝てるので、
いびきがなんか伝わってることがあって、
42:00
見えたりしないんじゃない?
トヨタさん寝てるのかな?みたいな思われたりしたこともあった。
じゃあ、今回このポッテキャスト撮るきっかけになったご飯会があったと思うんですけど、
私それお話聞いてて、宮井君とトヨタさんの性格が似てるような気がしてて、
なんかパキパキしてるんですよ。
感情より、今の犬の話はめっちゃ感情ですけど、
キャンプの話はめっちゃ感情ですけど、
基本的にロジック、きっちりかっちりみたいな、似てるなと思ってて、
ちょっとこの前も共通点ありますね、みたいな話になったと思うんで、
そのあたりを宮井君とお二人でおねがいします。
フリートーク?なるほど。
フリートークで聞いてみたいな。
どう進めていきます?
この前出た共通点として、
これ大丈夫なの?
大丈夫なの?これは。
わかんない。
僕は大丈夫ですよ。
ちょっと人よりももしかしたら共感性が乏しいとか、
あとは先ほどの仕組みとか構造とかに興味があるのも、
まさに僕も興味があるみたいなところの共通点かなって。
それで宮井君が最近悩んでることがあるらしいので、
ちょっと似た者同士で。
なるほど。
フリー相談会。
最近の悩みは結構いろんな学問。
競争学の中にも防災があったりとか、ダイバーシティとかいろんな。
これは興味がある分野にはすごい自分は興味を馳せても、
それしか取り組まないんですけど、
逆に本当に全く興味のない分野とかだったら、
結構シャットダウン、耳シャットダウンするんですけど、
それってわかりますか?
僕も多分さっきの話でわかるように、
環境学とかの授業には全力を投球していたけれども、
それ以外の授業に関してはかなりサボタージュではないけれども、
大学の時にはほとんど出ずに、いかに単位を取るかみたいなことに
集心していた時もありましたね。
本当にレポートとかの課題とかでも、
もう3行ぐらいしか書かずに、いかにそれで単位を取るかみたいな。
最低限の要件をいかに満たすかみたいな。
バスするかみたいなことだったりとか。
そういう感じであまり興味がないことには、
そんなに力を入れるみたいなことはしてなかったってところはあったかなと。
でも一方で今になって振り返ると、
別に説教したいとかそういうことは言いたいわけじゃないんだけど、
自分自身にも、それこそ社会学部なんで、
社会学の授業とか受けるわけですよ。
45:01
社会学ってものすごく理論の授業なんですよ、基本的に。
もちろん社会で起こっている現象からもとにして、
そこから理論になっていってるっていうのもあるんだけども、
要は昔の研究者たちが考えた理論みたいなことの話を聞いても、
それが何に結びつくんだろうみたいなことがあって、
正直思ってたんです。
一応試験は通らなきゃいけないんで、
一応最低限勉強するみたいなことはしてたわけですけど、
そうすると今になって、
それこそちょっと理論の詳しい話はしませんけど、
ハーバマスとか聞いたことがありますよね。
ハーバマスの公共性理論とか、
ああいうものが今やってることに、
返ってくる瞬間っていうのが出てきてるんですよ。
実はこうか、こう繋がるのかみたいなことだったりとか、
自分の理論って、ああそうだなみたいなことがあったりとかして、
そういうのっていうのは、
何だかんだ出てきてるなというふうに思うところがあるというところですよね。
完全にシャットダウンしてたら、
将来、これどっかでやったかもなんかないから難しくなりそうだな。
ということはあるかもしれない。
そこをもう一回自分で越えなきゃいけない部分っていうのは出てきたりする可能性はあるのかなと。
さっき冒頭でも言ったように、
それぞれの今先生がね、
自分の経験の中でこういうものを学んでおくといいんじゃないかというふうに思って、
理論的な部分の授業をしているっていう話をしたんですけど、
多分それってまさにそういう部分なんだろうなと思っていて、
必ずしもそのテーマの話だけではなくて、
その枠組みだったりロジックだったりっていうところとかが、
他のテーマだったりとかっていうことにも当然繋がってきたり、
考えたりすることができるようになっていくんじゃないかなというふうに思っているところですね。
はい。
それって、
豊田さんは長い人生で生まれて、
だから後から引退した時に、
これをやったけばよかったなってなると思うんですけど、
それってなかなか、
まだ18歳で、
まだぺいぺいで、
ほとんど社会にも何も実装していなくてっていう中で、
無理に興味を持つ、
どうやって興味を持つか、
それとももうそれは、
興味のあることにコミットして、
小耳に授業を聞いておくくらいでいいのか、
それとも無理にでも興味を持って聞いておいた方がいいのかって。
でも、宮君でもさ、
無理にやろうと思ったらできないでしょ。
はい、できないですね。
豊田さんも同じ。
はい、できないですね。
たぶんはっきりしてると思うんですよ。
できること、できないことっていうか、興味を持つこと、持てないことって。
だからどうしようもない部分はあるなと思っているし、
その上でどうするかっていうところなんだろうなとは思いますね、そこは。
その上でどうするかってのはどういうことですか?
いや、そこのところはある意味で割り切りもしなきゃいけないところがあって、
これは別に今の話だけではなくて、
自分がどういうことに関心を持ったりとか、
自分が得意なことだったり不得意なことだったりするっていうところとも関係してくるのかなと思うんですけど、
48:04
自分自身がどういう人間でどういう特性を持っていて、
苦手なこと、得意なことっていうのを見たときに、
それをどうやって補っていくかとか、
どうやってそこを超えていくかみたいなこととかになるんじゃないかなというふうに思っていて。
例えば、だいぶ前に三藤さんのポッドキャストの中で、
彼はものすごくメモを取るみたいな話をしていたわけですよね。
僕はメモを全然取らないんですよ。
なんでかっていうと、
人の話とか聞いたりとかヒアリングとかしているときに、
メモを取るっていうのはある意味そうだと思うんだけど、
自分の頭の中で別の話が始まってしまうところとかってあるんですよ。
全然違う話だよ。
関係はしているんだけど、そこが起点になるんだけど、
そこからどんどん違うことも考え始めてしまって、
目の前に人がいるんだよね。
そうそう。頭の中がおしゃべりの状態になっている感じがする。
すっごい。
どうするの?
そのときはもうメモを取れないんですよ、結局。
その話の内容って。
そういうのは一応それをAIボイスレコーダーとかで聞いておいて、
まとめてもらうっていうやり方をして、
後から理解したりするっていうことでカバーをするわけですけども、
それも一個なのかなと。
自分の特性を理解して、
そういうものをどうカバーするかっていうのもあるのかなと思っている。
すごいわ。
このポッドキャストでも、
多分このドキュメント今開いてないと、
ちょっとどっか話が飛んでいくくらい、
自分も多分、
すごいわかる。
これに集中してって言われて、
集中できないんですよ。
自分がやっぱり思っていることとか考えている。
ちょっと衝動性が高いなと自分では思っているけど、
そういう要素があるので、
そういう自分なんだっていうことを受け入れて、
できないことをできるようにしようっていうよりは、
どうカバーするか補填するかみたいな考え方はあるんじゃないかなと思っている。
例えば僕の場合、
すごい、多分衝動はめちゃくちゃ速いんですよね。
衝動がすごく速くて、
何かしたいってなったら、
すっごいやるんですけど、
全然あんまり続かなかったりする。
それってありますかね?
そうですね。
多分、授業とか仕事とかでも、
何か始めてみたけど、
やっぱり面白くないなみたいなのを思ったりとか、
何かちょっと違うなみたいなことっていうのは、
感じやすい部分っていうのはあるかもしれないですね。
何かやってはみたけど、
もうどうしようかなって意味になるところっていうのはあったりするかなと思う。
それって何かもうそういうもんなんですかね?
そういうもんなんじゃないかなって。
でもそういう人はずっとエネルギーで来てるわけですよね。
それはだから続いている。
逆にだから多分、
三宅君もずっと続いていることって。
テクノロジー、生成愛とかはずっと多分興味を持っている。
だからその範囲でどうフックするかっていうことなんだろうなと思う。
結局のところ、全てにおいて。
51:03
例えば共感性が人よりないとかっていうのも、
私すごく共感性あるんで、
あんまり分かんないなと思うんですけど、
でもそれは特性なのか、
それが悪い悪いではなくて、
それに対しては、
その特性に対してどうやって対応してるとかあるんですか?
多分だから親しい人には、
もう自分の特性を理解しておいてもらわないと、
どうしようもないというのはあるけども、
でも多分初対面の人とか、
親しくないような人たちに対しては、
自分の特性を認識した上で、
一応、相手側に失礼がないような態度を振る舞うというしかないかなというふうには、
そこは思ってますね。
それって何歳ぐらいからできるようになったか?
でも多分大学生ぐらいまでは全然気づかなかったし、
大学生の時もいろんな人とぶつかったりとか、
すごく相手を怒らせたりするとか、
そういうことを経験してきて、
そういうことだったんだっていうふうに気づくようになった。
っていうところがあるかなというところですね。
そういう意味では、
僕がもしかしたら山荘理学で中学校の時に体験してた時に、
師匠みたいな人に、
すごいメタ認知しろ、メタ認知しろって言われて、
そこから多分初対面だとあんまり衝突が起きなくて、
なんかすごい良いように取り繕ってしまうのが分かるな。
技術みたいなところもあるんですよね。
そこの部分で。
だから最低限そういう自分がどういう人なのかっていうのを認識しとくっていうのは、
すごく大事だなと。
それはみんなそうですよね。
それは相手に理解してもらえるかどうかっていうところですよね。
多分踏み込んでいった時に。
理解していけるように頑張りたい。
じゃあそれを踏まえてというか、
今後どうしていきたいとか、
今持ってる目標とかがあれば教えてほしいです。
そうですね。
今こういうのの中でも理論対話で実践というところで、
その先に競争があるみたいな考え方をしているわけですけども、
その競争の部分っていうところっていうのを起こしていける人を育てたいっていうのが、
さっきも繰り返しになりますけど、
言ってたようなところになるわけですよね。
だからその部分に向けて今自分がやりたいことっていうところで、
今はとりあえず授業のことをやったりとか、
皆さんとの関係づくりみたいなところがあるけども、
その先の部分として、
僕ずっとこのポートキャストとかを聞いていて、
今までの全部の回聞いたんじゃないかなと思うんだけど、
やっぱりみんな一人一人の話を聞いているのがすごい面白かったんですよ。
共感性理解ないって話ですけど、
でもその人のなんでそんなことを考えたのかなとか、
そういう考え方があったんだっていうのを知った時ってすごく面白くて、
そういう関係性をちゃんと紡いでいくっていうのは、
54:00
今までの自分の振り返りとしても、
ちゃんとやっていかなきゃいけないことだし、
その上に多分最初に言ってたような、
そういう人を育てていって、
その人たちが社会を変えていくってことにつながる世界っていうのは、
あるんじゃないかなというふうなことを思っているところはあるんですよね。
紡いでいくってことは、
こういう生徒の関係性をつくっていくっていうのもあるし、
今も他の人たちともそういう取り組みをやっていて、
例えば地域の脱炭素っていうテーマにちょっとまた落とし込むと、
今思っているところっていうのは、
やっぱりそれを行っていく、
担っていける人材っていうものをどう育てていくかっていうところと、
それを組織にいかに担保していくかみたいなところってすごく重要だなって思っていて、
例えば行政とかが仕事としてやるっていうことを考えたとしても、
彼らはやっぱりどんどん移動していくんですよね。
変わっちゃいますね。
変わっちゃうので、2年3年で変わってしまって、
全然そこに蓄積されないんですよ。
でも行政がやらなきゃいけない、地域のことだからっていうふうに言われて、
彼らがかわいそうなところを、
それどうやったらクリアできるかなっていうことを考えたときに、
行政を支える外付けの外部機関的なところ、
専門性とか情報とか仲介機能とか、
そういうものを担保するような中間支援組織みたいなものをつくって、
そこが行政を支えて地域のことをサポートしていくっていう、
そういう仕組みをつくりたいなと。
それをここ2,3年くらいで日本全国でつくるみたいなことをやりたいなというので、
今、共同研究者とかいろんな人たちと一緒に動いていっているという最中なんです。
その中間支援組織は緊急者はいると思うんですけど、
他にどういう人たちで構成されるんですか?
例えば新電力、電力事業再燃のことをやっているような事業者の人たちであったりとか、
あとはNPOとか市民団体の人たちであったり、
行政の人ももちろん入っているし、
本当に実践者を中心にしながら、
そういったものは必要だろうというのを持っている人たちが意外に多かった。
みんなそこがやっぱり必要だよねっていうふうに思ってくれているっていうのが、
ここ最近で結構確認できたかなということで。
今、毎年そういう人たちの集まりみたいなものをやっているんですけど、
最初30人くらい、40人くらいから始めていって、
60人、70人、80人と、だんだんとそういう人たちが増えていっているという形なんですよね。
そこからいかに全国的な仕組みにしていくかとか、
国の制度にそれこそどうやって反映させるかということを、
これからしっかりやっていきたいなみたいな。
そこに怖い輸出が絡む余地はなくはない?
もちろんあると思うんですよ。
地域を変えていくみたいなことをやっていく、
担い手になっていくみたいなところもあると思うし、
その仕組みの部分にもし関心を持ってくれるんだったら、
それをフィールドにして何か一緒にやっていくということも、
モーニングシップゼミとしてもできるところもあるかなというところです。
57:06
今日はここまでです。
今回は先生ゲスト回、こんにちは豊田さんでお送りしました。
ありがとうございました。
問いと対話とはSpotifyで配信中です。
怖い郵政が日々の学びをアウトプットするノートのマガジン、
問いと学びとも、概要欄からぜひご覧ください。
フォローしてもらえると嬉しいです。
それではまたここで会いましょう。
バイバイ!