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朝のコーヒー、夜のビール、ときどき武術、こんばんは、Takeです。 今日も楽しく話をしていきます。
今日は、滋賀県の木の本へ行ってきました。 滋賀県長浜市木の本町かな。
昔はですね、木の本町という名前で、長浜市ではなかったんですが、 久しぶりにですね、木の本行ってきましたね。
妻の実家が木の本の一つ南側の高槻町というね、 長浜市内の高槻町にあるんですが、
妻のおばあちゃんが亡くなりまして、母方のおばあちゃんですね。 ちょうどですね、12日かな、違うな、13日の朝に亡くなったというふうに聞きました。
我々がですね、11日に会いに行った直後ですね、2日後の朝に、
96歳で大養生されたということで、
行ってきました。その時の感想もちょっとお伝えしようかと思っていたんですが、 ほどなくですね、亡くなってしまいまして、今日は
葬式に行ってきました。 妻のドライバーとしてですね、参加して、私もですね、一通り立ち会い、
食事をして帰ってきたところです。で、ちょっとあまり疲れたので、 1時間ほど夕方寝ておりまして、今お話ししてみようと思ってスタイフをとってます。
葬式はね、 私として今日思ったことがいくつかあるんですが、
お葬式はね、やっぱり生きている人のためにやることだよなぁというふうに思いました。
途中ですね、しめっぽくなるシーンはいくつかありましたが、 やはり個人をしのんで集まった親戚でしたね。
親戚が顔を合わせて個人のことを話をしたりですね、 久しぶりに顔を合わせて元気かとか、そういう話をする機会を
くださったなぁというところでありがたくですね、 みんなで話をするのがいいなぁと思いましたね。
死んでしまった人は死んでしまっているので、 もう喜んだり悲しんだりはないんですね。
なので、亡くなった方へ敬意を表しながらですね、 それを話し、酒の魚って言い方おかしいな、話の種にみんなでね、
会えるという機会を今日は久しぶりに見たなぁと思いまして、 面白かった、面白かった、よかったなというふうに感じています。
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私自身が葬式というのを経験することがあまり多くなくてですね、 久しぶりに行きましたけれども、
大事なお別れの回だなとは思いました。 何にもしないという方もきっといるんだろうけれども、
その人が紡いだ縁というのがひょっとしたらそこを、 起点に何か役に立つことがあるかもしれないし、
生きている人のためになる、また何かを生み出すかもしれないので、 よっぽどなトラブルが起きないのであれば、
お葬式とかですね、お別れの回みたいなのはやった方がいいなというふうに今回思いましたね。 その中で、
今日思ったのはですね、
その儀式というものはやっぱりね、大事だなと。 その瞬間皆さんが共有する空気みたいなのが、
どう思うかは別として存在するなと。 共有する何かはあるなというのを感じました。
葬式だけじゃないな。 日本人新人深いとは私は思っていて、
宗教という面で新人深いのでは、 ちょっとヨーロッパ人のものとは違うんだけれども、
こういう共通のですね、個人を痛むみたいな習慣とかですね、 こういう場所ではどう振る舞おうみたいなものはほとんどね、宗教だなと。
生活規範だなと思っているので、 今回改めて自分の育った地域ではない、
滋賀県のすごい北の方ですよ。田舎の方です。 そういう人たちと同じような規範が共有されているなというのを思って、
日本人って同じ宗教観を持っているのかもしれないななんて改めて思いました。
そしてですね、96歳で亡くなったおばあちゃん。 12日、11日に妻が帰りしないんですね。
見取りの施設ですかね。もうほぼ見取りの時期のタイミングでして、 ご飯を食べなくなってしまったということで、
意識も朦朧としたような状態だったんですけれども、 会いに行って声をかけたらですね、ちゃんと目を開いてくださりましたね。
それがね、結構珍しいことみたいで、 妻のお母さんがね、
すごい喜んでいましたね。妻も喜んでました。 まあ最後にね、私も
顔が見れてよかったなというふうに感じたところです。 私、あんまりお話する機会はなかったんですけれども、
人はね、死ぬぞということを改めて感じましたので、 残りの人生どう大事に生きるか、また改めて感じるところでした。
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そしてね、亡くなった13日の朝ね、 妻は夜中なんか降って目が覚めたらしいんですね。
朝起きて、おばあちゃんが来たんだと思ったよって言ってました。 なんかそれも新人深いなぁと思いましたね。
日本の幽霊は現場主義だというふうに言いますけれども、
何かそのストーリーに沿って行動するっていうのは、 なかなか面白いなというふうにも感じましたね。
天国へ行くんじゃなくて、人のところへ行くんですよね。 不思議な感じはします。
今日は、まあ、
人が亡くなるということをね、このお盆はね、 特に感じさせてもらいました。
そして日本のお寺さんがね、 供える役割みたいなのもちょっと感じたことがありますね。
今回は総統州のお城様が来て、 弔ってくれましたけれども、
いろんな州派によって形式が違うなというのも感じましたので、 それもね、またちょっと
今日みたいな真面目な感じじゃなくて、 もう少しカジュアルに話をしてみようと思います。
今日は弔えの日だということで、 おばあちゃんに思いを馳せてきました。
そしてね、改めて自分の体とかね、人生っていうのは、 なんとなく預かっているなと思いましたので、
これからのね、生きていく、これからの人生を大事にしたいなと思います。 皆さんも、聞いてくださっている方も、
それぞれの人生観で人の死と向き合うことはあると思いますが、 自分にどう生きるのか、残っている人間にね、
どう生きる教訓を得られるのか、 プラスな、ポジティブな影響があるのかっていう目線で、
それを捉え直してみてはいかがでしょうか。 では、おやすみなさい。
バイチャ!