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2026-10-20 21:24

419 日記 | 個人放送局TanaFMプロジェクト始めました

# TanaFM ― 個人放送局プロジェクト

## 基本構想

TanaFMは、個人が自分のパソコンを使って運営する小さなインターネットラジオ放送局である。

録音済みの音声番組を時間割に従って自動再生し、必要に応じて生放送に切り替えることで、個人でも継続的なラジオ放送を実現する。

## 目的

- いつ訪れても何かが放送されている場所をつくる。
- 録音番組と生放送を組み合わせる。
- LISTENのライブ配信機能を活用する。
- 「学びの冒険カフェ」で偶然の出会いや交流が生まれるきっかけをつくる。
- 自分で理解し、改良できる「ほどよい技術」として実現する。

## 技術的な方針

既存のTana Liveを活用しながら、Mac上で動作する自動放送システムを開発する。
←実際には,MacではなくLaspberry Pi 5を使っています。

最初は録音済み音声の連続再生とLISTENライブへの送信を実現し、段階的に番組表管理や生放送への切り替えを追加する。

## 関連プロジェクト

- **TanaRadio Pi**:音声を受信・再生する装置
- **学びの冒険カフェ**:音声をきっかけに人々が交流する場
- **Tana Live**:LISTENでのライブ配信を支えるアプリ

## 開発の基本姿勢

最初から完成された放送局を目指さず、小さな実験を積み重ねながら、自分の生活と利用者の交流に合った仕組みへと育てていく。

イバン・イリイチ『生きる意味——「システム」「責任」「生命」への批判』藤原書店,2005.9,464p

#声日記

サマリー

朝のひらめきをきっかけに、収録音源を自動配信する個人放送局「TanaFM」構想を始め、現在の環境で実現可能だと確認し、6週間計画で進めることにした。イヴァン・イリイチ『生きる意味』を読みながら、中世ラテン語やサン・ヴィクトールのフーゴー、文字と音読の関係について考える。音声配信やポッドキャストを「声の文化」と結びつけ、最後にNHKラジオのドイツ語講座を半世紀ぶりに聴き始め、言語と教授法の変化を味わっていると語る。

母の点滴と帰宅後の疲れ
たなです。
2026年10月20日火曜日、午後5時半を過ぎたところです。
声日記を収録します。
今日は午前中、実家から自宅に戻ったんですが、
ちょっとですね、母の方が、
今日から点滴を始めるということで、週1回なんですけど、
何の点滴をするのかなと思って、
担当の看護師さん、9時に来たんですが、
ちょっと会って話をしました。
特に何か病気に対応するというわけではなくて、
どうも水分補給することがメインのようです。
脱水症状を緩和するという感じでしょうか。
水を飲むようにということはずっと前から言われていて、
OS-1という経口補水剤をたくさん買って、
毎日1本できれば2本飲むようにと言われているんですが、
なかなか飲めないんですね。
ですので、どうしても水が当たらなくなって、
体調がおかしくなるのが時々あるので、
それを防ぐという意味だろうと思います。
自宅に戻ったんですけど、
昨日は授業があって、病院のつき添いがあって、
実家に行ってというような感じで、
ちょっといろんな用事が立て込んで、
今日自宅に戻ってほっとしたのか、
午後はちょっと疲れが出て眠り込んでしまいましたね。
少し寝てまた元気が回復しましたが、まだ疲労感が残っています。
TanaFM個人放送局プロジェクト
そんな中でも、やりたいことはやりたいという気持ちだけはあって、
今朝6時前に目が覚めるんですけど、
起きたらひらめいたんですね。
何か思いつきまして、すぐにChatGPTの音声入力を使って、
考えていることを話したんですね。
文字起こしされて、それからチャッピーのコメントもきますので、
そうやってちょっと語ったんですけれども、
それは何かというと、
私、Tana Liveというアプリを作って、
簡単にライブ配信ができるようにしたんですけど、
このライブ配信を自動で行ったらどうだろうかと。
つまり、パソコン側で音声を再生させて、
それをTana LiveでLISTENに送り、
LISTENからライブ配信をするということも可能なのではないかと。
そうしますと、私がいなくてもライブ配信はできる。
つまりこれは普通のラジオと同じですね。
収録した音源をライブで配信する。
私がライブでしゃべったものも、もちろんライブ配信できる。
だから番組表を作っておいて、
ここはあらかじめプログラムした収録を再生する。
ここは自分でライブでしゃべる。
そんなことが可能になるんじゃないかと。
そうすると、これは私が前考えていたんですが、
個人放送局、一応名前をタナFMというふうに言っていたんですが、
この構想、TanaRadio Piの先に考えていた構想なんですが、
それが実現できるんじゃないかというふうに思ったんですね。
これが朝、閃いたんです。
それをチャッピーにしゃべりましたらば、
それは良い考えだというふうに言ってくれて、
意を強くしまして、このプロジェクト、
今日から進めることにしたんですね。
もちろんチャッピーに色々相談しながら進める計画を立てました。
一応無理をしないペースで、
6週間計画でスケジュールを組んでいますが、
おそらくこれはもっと早く実現するんじゃないかなというふうに思っていますが、
その6週間でやる分の1週間分はもう、
今日早々とやってしまいました。
今日やるべきことは何だったかというと、
これはですね、環境の確認ですね。
どういう環境が今あるのかということを確認した上で、
色々なアプリを実装していくという手順になりますが、
その環境確認は割と簡単に終わりました。
結論は今の環境で十分実現できるという話になったんですね。
ですので、また今後色々スモールステップで進みながらですね、
最終的な目標を実現していきたいなというふうに思っているところです。
そのプロジェクトの基本構想その他ですね、
これチャッピーがまとめてくれたものなんですが、
それは今日のこの配信の概要欄に貼り付けておきたいと思います。
イリイチと中世ラテン語への関心
それから、ちょっと前にですね、手に入れて読み始めた本があるんですけど、
いつ手に入れたかというと、
10月の5日ですから、2週間くらい前なんですけど、
イヴァン・イリイチの『生きる意味』というタイトルの本で、
藤原書店から2005年に出ている本です。
随分前ですね、もう20年以上前なんですけれども、結構分厚い本です。
この本、なんで知ったかというと、新聞広告に出ていたんですね。
よく新聞の下の方に、出版社ごとにいろんな本の広告がまとめて載るときがありますけれども、
藤原書店の広告の中にこれがあって、
新刊なのかなと思って調べてみたら、もう随分前に出た本なんですけど、
でもこのイリイチについては、私非常に関心があって、
特にコンヴィヴィアリティという考え方、これにとても惹かれているので、ぜひ読みたいなと。
この本はイリイチがインタビューに答えたインタビュー記録なんですね。
元はラジオかなんかで放送されたものみたいですけど、それを書籍化したみたいなんですけど、
割と後期の、その70年代にいろんな本が出て、今から50年くらい前ですか、
とても有名になったイリイチですが、その後どうしているかということはあまり知らなかったんですけども、
この本でその後のイリイチを知ることができました。
できましたとか今読んでいるので、まだそれを知りつつあるという状況なんですけども、
この本は本当に面白いですよね。
イリイチはいろんな本を出していて、
とても日本語に翻訳されている本もたくさんあって、影響力があったと思うんですけども、
言語というかですね、イリイチに言わせればみんなトゥール、道具なんですけども、言語も一つの道具ですよね。
この言語の在り方というものがとても重要だということをイリイチは言っていて、
この本でインタビューを受けている時にやっていることとして、
12世紀の中世ラテン語で書かれたというかですね、中世のヨーロッパの学者、当然ラテン語で書くんですけど、
中世のラテン語というものに非常に注目しています。
それは今のヨーロッパ語とは違うって言うんですね。
その中世のラテン語だからこそ表現できるようなことがあるっていう、そういう考えでいました。
イリイチはできれば東洋語で何か書きたいというふうに言っていたんですね。
最初中国語にアプローチし、その後日本語がいいと聞いて日本語も学ぼうとしたんだけども、
この晩年のイリイチにはちょっともう新しい言語をマスターするのは無理だということで東洋語は諦めまして、
でも今のヨーロッパ語よりは遠いものである中世のラテン語、ここに注目して、
その中世ラテン語で何か書くっていうことを試みたみたいです。
それで本を書いたのかどうかわからないんですが少なくともメモはそのラテン語で書いているっていうふうに言っていました。
そういうふうに言われると日本語を使える私としては、
イリイチの考え方を日本語でイリイチがやりたかったように書けたらいいなぁなんていうふうに思ってしまうんですけれども。
そこへ行くまでにですね、まずイリイチがその中世ラテン語の著者ですね。
私もあまりよく知らない人なのですぐ忘れてしまうんですが、
サン・ヴィクトールのフーゴーという人ですね。
12世紀の前半ぐらいに活躍した人だと思うんですけど、
ちょうど12世紀というのが大きな変わり目だったそうで、
その変わり目の時代を生きた、変わり目でもその前の時代を知っている学者としてフーゴーに注目して、
そのフーゴーの書いた本の注釈を書いているみたいなことを言っていましたが、
その注釈書というのが出版されているのかなと思って調べたら、出版されていまして日本語にも訳されていました。
1995年に出ているので、これももう今から30年ぐらい前に出ているんですけれども、
全然知らなくて、もうすでに品切れの本ですが、
古本が手に入るようなので、早速先ほど古本屋に注文したところですけど、
どんなことが書かれているか楽しみなんですけどね。
これはですね、今の時代に読むべきものだろうと私は思うんです。
文字・音読・ポッドキャストの声の文化
というのは、この文字というものが作られ、文字で言葉を記すことができるようになった。
これはもうずいぶん昔ですけど、その後それが紙とか用紙とかいうものに書かれるようになった。
その書き方も時代によってずいぶん違うみたいなんですけれども、
今みたいな本というものが出てくるのはだいぶ後で、
その起源をたどるとこの中世の12世紀の後半というんでしょうか、
その変わり目の後ですね、あたりからその今の本に近くなってきたと。
だけどそれ以前の本というのは、日本の昔の本ですね、和書、
特に漢文でもカナでもいいんですけど、見てみるとわかりますが、
ともかく字がただ区切れもなく並んでいるだけですね。
非常に読みにくい、句読点というものがない、
そういう世界ですが、ヨーロッパでもそう見たりだったんですね。
つまり今は単語ごとに区切られてますけど、スペースが入ってますが、
それがなくて全部文字がつながっていたということで、
本当に読みにくかったと思うんです。
けれどもそれを読むということをしていた。
これはもう音読するしかないというふうに言ってました。
音読すればどこで単語が区切れるかわかるということなんですね。
ですから目読というのはなかなかできなくて、音読しかできないという、
そういう本だったそうです。
ということは音というものがとても重要なわけで、
この音と文字というものですね。
これは両方出てくるのがまさに今、
私がポッドキャストやってますけど、このポッドキャストがそうなんですよね。
私前にはじめさんという方と語り本と読み本という概念を再発見しまして、
非常に盛り上がったことがあるんですけれども、
そういうところともつながるような気がします。
つまり単に読むということとは違う声の文化というのがあるということですね。
私がこの音声配信というものに非常に注目しているのも、
そういうところにあるのかなというふうに思って、
ちょっとまた新しい勉強を始めているという感じです。
今日はずいぶん長くしゃべってしまいましたが、
ついでに、長いついでにもう一つしゃべっておくと、
NHKドイツ語講座を半世紀ぶりに聴く
今朝、実家から自宅に戻る途中でだいたい買い物をするんですが、
駅の地下にスーパーがありまして、
そこで買い物をするんですけれども、
その駅地下に本屋もあるんですね。
その本屋でNHKラジオのドイツ語講座のテキストを買ったんです。
来月後、11月後を買ったんですけれども。
というのも、今月ですね、10月。
10月はこの新しいラジオ講座が始まる月でして、
初級編と応用編と両方やってるんですけど、
両方聞いてますが、
10月の2週目ぐらいから聞き始めたんですが、
今はですね、NHKラジオは、
FM放送で、
なんか、深夜とか早朝とか、
リアルタイムで聞くには非常に聞きにくい時間にやってるんですけれども、
聞き逃し配信というのが1週間聞けますので、
普通は聞き逃し配信で聞くだろうということを想定して、
そういう時間帯にしてるんだろうと思うんですね。
ですから、2週目から始めて、1週目の一番最初のですね、
1週目の一番最初は、9月の28日でもう9月なんですけど、
9月の最後から始まってるんですが、
そこから聞き始めまして、
2週間ぐらいですかね。
結構ちょっと、
遅れ気味に、1週遅れぐらいで聞いているんですけど、
聞いているという感じで。
ドイツ語っていうと、私高校生ぐらいの時に、
ラジオのドイツ語講座聞き始めたんで、
何十年ぶりに、
何十年ぶりになるんでしょうか。1980年頃ですから。
45年ぐらいは経ってますね。
大雑把に言えば半世紀ぶりぐらいですけど、
また聞いていて、
とても懐かしいなと思って、
多少は覚えてるんですけどね、覚えてる。
初級編はだいたいわかるんですけど、
懐かしさを味わうということと、
あと、昔習ったドイツ語とちょっと違うんですよね。
やっぱり言語というのは時間とともに変わりますので、
変化を知るというのも面白いなというふうに思ってます。
またその教え方もですね、
昔の教え方と今の教え方、
先生がだいぶ違う感じですね。
ですので、
そういう違いを味わうというのもありまして、
まだ1ヶ月終わってませんけど、
来月のテキストを買ったということです。
ということで、
今日の声日記終わります。
それではまた。
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