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こんにちは、たまです。
こんにちは、まりかです。よろしくお願いします。
今回はですね、前回私がAIのハーネスの話とか、 AIエージェントを使ってウニャカンニャラみたいな話を散々したんですけども、
そことも若干繋がるんですが、そのAIエージェントとか使って、 すごい効率化した生活を送る副作用として、
無気力な人とか、私から見て向上心がなさそうに見える人とのやり取りとかに、 すごいできなくなっちゃったんですね、私。
体勢が非常に低くなってしまって、 その困ったなと思っていることをシェアしつつ話していこうと思っております。
そもそもの発端があれですよね。ちょっと調べればわかるのに、 なんて調べないんだろうみたいな話から確か始まったと思うんですけど。
そうなんですよね。例えばAIエージェントって興味あるけど、 どうやって使ったらいいんですかとか聞かれるんですけど、
例えばクロードコードとかは、AIエージェントを自分で作って運用するのには、 多分一番手頃なチョイスだと思うんですけど、
クロードコードってみんなめっちゃ難しいって言うんですけど、 あれって別にGoogleってクロードのサイト行って、
インストール用の説明書あるので、 それを上から一個一個実行していけばすぐ終わるんですよ。
私たまに人にサポートしますけど、 本当30分かからないで終わることがほとんどで。
だから書いてある説明書を読みます、 説明書に書いてあることを一個一個実行します、終わりですでしかなくて。
なんでやらないんだみたいな、すごい不思議ではあって。
クロードコード難しいってイメージが先行しすぎてるから着手までにいかないけど、 見てみたら簡単だったとかならわかるんですけど、
AIエージェント興味あるんだったら着手すりゃいいじゃんみたいな感じで思ってしまうんですね。
その一個一個説明書を見てやっていくの何がそんなに嫌なのっていうのが、 わからないっていう感じのタンクに私がなってしまって。
でも抵抗がある方がいらっしゃるともちろんそうなので、 そこの抵抗感が少しでもなくなるようなお手伝いを私はしているっていうのが現状ではあるんですけど。
それで言うとやっぱり私は去年からAIのデビューをして、 一般平均よりは使ってる側だと思っていたけど、
そのクロードコードの世界に入るところの壁が私の中では結構高くて。
そこのなんでやらないんだろう側にいた側、一時期いた側からして、 じゃあなんでそうだったかっていうことを繰り返ってみると、
やっぱり難しいという心理的ハードルももちろんあったし、
わからない言葉が1個や2個ならもちろんそのまま調べたり本人に聞けばいいんだけど、
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あまりにもわからない言葉が多すぎるから、 何がわからないかわからない状態っていうところになっていて、
なんとか私も結構ずっと諦めずに動画をいっぱい見たりとかしながら結局設定まではしたんだけど、
なんかそのわからなすぎることが一定のレベルを多分超えちゃうと、
もう無理だってことになってしまうっていうか、立ち上がれなくなっちゃうじゃないけど、
そこを超える気力をなくす程度のそういうわからないものが私にとっては多かった時期があったので、
それをまあなんとか1個や2個もちろん通して乗り越えたという自覚はあるが、
そこはやっぱりAIを普段使ってない側からするとよりハードルの高いエベレストみたいな感じに思えちゃうのかなという気もする。
これと似た事例としてもそのAIのそのAIエージェントって相当すごいマニアックな部類だと思うので、
もちろんしょうがないなとあるんですけど、投資進捗をやればポチって1回すれば半永久的にそのままチャリンチャリンって消えるだけなのにとか、
格安支部に1回開催すれば例えば値段が1万から2千円とかになるのにそれを買えないのなんでみたいな事例というか構造は同じ気がしていて、
それってじゃあなんでやらないのかっていうと、その未知のものに対するなんか怖いから触らないみたいなことだったりとか、
あとは日々の仕事だったり家事だったりとかが忙しすぎるが故に新しいことにチャレンジしたいという気力が湧かない、
心の余白みたいなのがないみたいなのもあったりするのかなという風に仮説を立てたりしています。
なるほどね。忙しいはわかるかな。本当に全く余白がないんだったらもうそれは罪っていう感じかなって思うんですけど、
さらにわからないのが、例えば知らん言葉ばっかり出てくるみたいな話あるじゃないですか、
それってチャットGPT無料版とかでもこれって小学校5年生でもわかるレベルで配信するとざっくり何の話してるみたいな感じで、
コピーペイしたら結構わかりやすい解説出してくれるじゃないですか、
全部難しい言葉とか全部自然にした上で出してくれるわけだから、
そのひと手間を挟まない理由は何なんだろうみたいなのはすごい謎なんですよね、私の中で。
なんで知らないことを肩に乗っけた上で頑張れるかどうかみたいなのが結構個人差があるなっていうのは、
中学受験生を教えててもすごい思うのが、問題を見てわかんないなりに手を動かして問題文のことを知識化してみたり、
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図形だったら補助線入れてみたりみたいな、そういうことをやれる人って絶対にできるようになるんだけど、できない人って一切何も書かないで、
うーんって言ってわかんないって言うんですよ。そこが結構違うと思うんですよね。
わかんないからわかんないで止まるのか、わかんないなりに手を動かして、
なんかひらめくところまでそのもぐらみたいに穴を突き抜けていけるのかっていうのに、
気力差みたいな、気力偏差値みたいなのがなんかあるような気がしていて、
気力偏差値は確かにあるな。
それをでも一回やると、それをやればできるって成功体験が詰めてよりやるじゃないですか。
だから、いいスパイラルで諦めない心みたいなのが育っていくんだけど、それをやらない限りどうせわかんない、無理って言って、
最初から何もせずに、手も何もしないのにわかりませんって言ってるっていう、多分タワさんが苦手な状態になるんだと思うんですけど、
そこを諦めずにやれたかみたいなのが多分幼少期からの日々にすごく差が開いてると思うんですよね。
そこが気がしています。
本当に見事に、5行ぐらいある問題になると如実に出るんですけど、
何も書かないか書くかが全然違うんですよ、子さんによって。
そこを、だから実は結構ちっちゃい頃からの積み重ねなので。
でもすっごい納得感はありますね。
やっぱり幼少期からそういうのが始まってるのかっていうのはすごいわかりますね。
例えばそれを最初から本人が人間性がすごいできててできる子もいれば、最初はじゃあ親がちょっとこれ図書いてみようよとか、
先生なりが言ってあげたことによってできたみたいなのが、うーんって頑張るできたが、
シナブルとしてつながっていくっていう経験をすると多分実装できるんですけど、
分かんないって言ってゼロデータ距離もやってるみたいな状態だと、
多分もう無気力性が強くなっていくなっていうのは今思いましたね。
恐ろしい話だ。早期教育の重要性をこれほど実感したことがないっていう感じですね。
今まではそれでも無気力な人にも渡せる仕事があったと思うんですね。
単純作業とかかもしれないし、無気力な中でもこれは好きって思える作業がみんなあって、
それがなんとなくうまく分配されるようになってたのかもしれないですけど、
そういう作業の大半はAIに行くんですよ、おそらく。
私も実際一緒に働いてる人にこれお願いしますかっていうよりは、
AIで自力で仕上げちゃった方が早いし正確だし、掃除ってすべていいなみたいな、
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誰かに頼むメリットが1ミリもないみたいなケースが多々あるので、
無気力でも別に今まで大丈夫だったしって人は本当にやばいと思います、今後。
自分の仕事の内容にもよるので、雇用が脅かされるかどうかは、
正直すごいそうですっていう領域と全然大丈夫だと思います、言うてっていう領域があるんですけど、
どちらにしても特に一般的なホワイトカラーワーカーの人は、
結構危険な立場にいると思った方がいいとは個人的には思いますね。
昔はその会社に入っていればどんなにちょっとやる気がなかったとしても、
とりあえず仕事が与えられてそれっぽい人生を送ることができたけど、
それの代替案としてAIが対等してきた以上、やっぱり相当文句も言わないし、
AIに依頼した方が数倍楽みたいなのが世の中の一般常識になっていくと、
結構恐ろしい世の中にはなっていく気がしますよね。
特に無気力な人って我々両方2人とも教える仕事をしているから分かるんですけど、
教える立場からしても教える価値を感じないってやっぱり思っちゃうんですよ。
人間なんでね、我々も。
だったら同じように知見を教え込むんだったら、
対AIか対やる気のある人の方がペイするなって思っちゃうんですよ。
私は正直そう思ってしまうので、
今自分がもう管理職の立場ではないので、別に人を育成することは私の仕事ではないから、
それで上がるわけじゃないですね。
本当にもうね、みたいな。
やっぱり人に育ててもらうことがとても難しくなる世の中に今後なっていくとは思うので、
自立的に分かんないことはどんどん潰していくみたいな。
でも自立性あれば、ハウのところは無限にツールがあるんですよ、それこそ。
自分に最適化された、自分の得意なこととか不得意なことを完全に認識しているAIに教えてもらえれば、
めっちゃキャッチアップって早くなるんですよ、何の知識であっても。
そういうメリットを享受できる立場に行くか、
それとも無気力なスタンスをずっと続けて、
どうやって分かんないんだもん、みたいな感じでAIに淘汰されていくか、
どっちがいいですか、みたいな世の中になっていくと思います。
それを踏まえて私が教える立場として思うのは、
単純にテストの点数を上げるとか、変に立ち上げるとかっていうよりも、
諦めないとか試行錯誤してみるとか、分かんなかったら聞いてみるとか、
非認知能力と言われるような、その辺が多分、
今まで以上に重要だなっていうのは、
ちょっとその辺の意識もしていきつつ、
でもやっぱりそれがない子にゼロから教えるのと、
ありまくる人に私が指摘をして走り出すのを見るのとでは、
やっぱり私の人間としての気持ちも違うので、
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なかなか手を差し伸べる人がどんどんそういう無気力な人に対して、
手を差し伸べる手が少なくなっていくような気がするから、
結構二分化される世の中になるような気がしています。
気力変差値ドリブンになっていく状態になりそうだ、みたいなところがありますが、
自分の気力も守りつつ、今後の世の中に備えていきたいと。
はい、じゃあ本日は以上にしたいと思います。ありがとうございました。