構造の話の導入:名前と認識
おはようございます。
パパのお話聞いてる?
なんであんた収録すると何も喋んなくなるの?
これからパパ、いいお話ししていくよ。
リオちゃんに分かるような構造の話をしていくから。
この、今、うさぎさんがいるでしょ?
うさぎさんは、勝手に人間にうさぎって名前を付けられて勝手に呼ばれてるだけ。
自分でうさぎは、自分のことがうさぎだって認識が多分ないと思う。
犬も一緒。熊も一緒。
みんな人間が名前を付けて勝手に呼んでるだけであって、呼ばれてる本人たちは熊とかうさぎとか言われてるの、きっと気づいてないわけ。
でもこれは構造的な部分だから。
他者との理解に必要な共通基準
リオちゃんがそう言ってて、リオちゃんはそう言ってるかもしれないけど、話してと受けてっていうのは全く別の生き物だから、絶対分かり合えないわけ。
同じ基準を持たないと絶対に分かり合えないわけ。
これは頭が悪いとか、理解力がないとかそういうんじゃなくて、本当に構造の問題。
同じ地図を持ってても、片方が北がちゃんと上にあって見てて、でも片方は南が上になってたとする。
同じ地図を見ててもだよ。
進むべき方向が、2人で上って言ってても片方は北に行くし、片方は南に行くし。
そういう基準がずれてるから話が噛み合わないわけ。
わかるでしょ?そういう構造をちゃんと理解した上で、同じベクトルを向かないとダメなわけ。
だからいつもリオちゃんは嫌だよとか言うじゃない?
リオちゃんの「嫌だ」という行動の構造
それは、リオちゃんね、耳の痛い話するよ。
あなたが嫌だよっていうことは、だいたいパパとママがイライラするから、それを聞くと。
ううん、違う。ううんじゃなくて、パパとママはこれをやってほしい。
これがやったら次のステップに行けるよってなった時に、リオちゃんは嫌だよって言う。
そうするとどうなるかというと、パパがテンパってキレる。
ほら、また出た。ダメーって言うでしょ?
そうすると、また今度パパがテンパってキレる。
そういう構造になってるの、リオちゃん。わかる?
ちょっと2歳にこの話をするのはちょっとまだ早いかもしれないけど、でもそういうことだから。
今、リオちゃん、あなたはテレビを見ています。
世の中の構造と個人の問題
でもこのテレビも、人間が勝手にテレビと名前を付けただけ。
テレビ本体は全然テレビだと思ってないわけ。
勝手に線を繋がれて、勝手に映像を出されてるだけ。
世の中の構造って、だいたいそういったものなのね。
それは本当にテレビが悪いとか、そういう問題じゃなくて、
今足をぶつけたでしょ?
でも足をぶつけても、足の痛さっていうのはぶつけた人以外分からない。
これは事実。そういう構造なの。
誰かの痛みとかを代わりに体験するということはできない。
だから、あなたがご飯を食べてる時とかね、こうしてほしい、ああしてほしいって言うけど、
その気持ちはあなたにしか分からない。
それはパパが分からやずやとかじゃなくて、あなたの問題なの。
それってあなたの問題。
嫌だよっていうのもあなたの問題。
そういう構造なの。
感情とかじゃなくて、構造なの。