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サマリー
千葉県四街道市のプレーパークどんぐりの森を例に、自然の中で子どもが自分の遊びを作る環境と、その運営哲学を紹介する。ノコギリや焚き火を認めつつ、ガラス片や枯れ枝などのハザードは除去し、転倒や小さな切り傷のようなリスクは学びとして残す。スタッフは年6回の研修や複数配置で判断を共有し、子どもには選択肢を示して自己決定を促す。異年齢の遊びや若者向けの食事提供は、地域の大人との「斜めの関係」や親同士のつながりを育てる。認知度を高めるため、SNS、出張プレイパーク、図書館での室内開催も行い、最後に木登りへ数か月挑戦した子どもの成長を通じて、待つ教育と小さなリスクの意義を考える。
どんぐりの森の理念と自然な遊び
あの今これを聞いているあなたにちょっと想像してみて欲しい光景があるんです。
ほう、何でしょうか。
大人たちがですね子供に対して
ノコギリとか本物の火を使って遊ぶことをむしろ積極的に推奨している場所。
そんな光景です。
ああ、それは今の社会の感覚からするとかなり衝撃的ですね。
そうなんですよ。
今の普通の公園って優遇の角が丸く削られていたり
ちょっとでも危険だと判断されたら即座に撤去されるじゃないですか。
ええ、完全に安全大事ですよね。
だからそんな火とかノコギリなんて
まるでクレームとか裁判の角に自ら飛び込むような
普通に考えたら危険すぎる場所に聞こえると思うんです。
まあそう感じるのが自然だと思います。
でも今回の深掘りではですね
この一見すると危険極めない場所が
なぜ実は地域で最も安全で
しかも前世代をつなぐ強力なハブとして機能しているのか
その見事な構造を紐解いていきたいなと。
そしてこの事例はですね
単なる何かユニークな自然派の子育て論みたいな枠には
絶対に収まらないんですよ。
と言いますと?
ここで行われていることって
現代の多くの企業とかコミュニティが失ってしまった
リスクマネジメントの本質だとか
自立的な組織作りに対するものすごく実践的な回答なんですね。
なるほど、ビジネスや組織のヒントにもなるわけですね。
そうなんです。
なので今これを聞いているあなたが
もし日常の息苦しさとか失敗を極端に恐れる組織の文化に
何か違和感を持っているとしたら
今日はもうたくさんのブレイクスルーが得られるはずです。
それは楽しみです。
今日の情報源なんですが
街の縁側キャストという番組のインタビュー音声を元にしています。
パーソナリティの高見知恵さんが
千葉県にあるしわよとプレーパークどんぐりの森という場所の現場スタッフ中島さんと
事務局の加藤さんに直接お話を伺った生の声ですね。
これを元に進めていきます。
現場のリアルな声があるのは大きいですね。
はい。
まずこのどんぐりの森という場所の基本哲学なんですけど
すごくシンプルで
自然の中でやりたいことをやる。
これだけなんですよ。
強烈ですよね。
そうですね。
しかも彼ら既存のちゃんと整備された公園を使うんじゃなくて
2002年頃に住主さんに頼み込んで
あえて私有地のいわゆる里山をそのまま借りてスタートしているんです。
里山をそのままですか。
そこには子どもたちが自然の不確実性に触れる機会が激減していることへの
彼らのすごく強い危機感という原動力があるんですよね。
実際環境が本当にそのままらしいんですよ。
地面に一日中大穴を踏み続ける子もいれば
井戸水で泥だらけになる子もいて
もうやりたい放題ですね。
そうなんです。
落ちている木とノコギリを使って自分たちで剣とか拳銃を作ってもいい。
極めつけはですね、常設のプレーパークでは
その場所から火を持ち出さないって最低限のルールだけで
焚き火すら許されているんです。
なかなか今の時代焚き火ができる場所ってないですからね。
ここから少し情報を解きほぐしていきたいんですが
これって見えない壁とか決められたルートが存在しない
本当に現実世界のオープンワールドRPGみたいだなと思ったんです。
オープンワールド、なるほど。
チュートリアルなしでいきなり大自然の野に放なれるような
あのワクワク感というか。
それは素晴らしい比喩ですね。
そのオープンワールドの大局にあるのが一般的な公園の遊具なんですよ。
普通の公園のブランコとか滑り台とかですか。
ああいうのって用途が完全に決まっていて
大人が用意した枠の中で遊ばされる構造になっているんです。
ああ確かに滑り台は滑る以外の使い道がないですよね。
そうなんですよ。
一方でプレーパークには用途が決まっていない
木とか水とか土っていう素材だけが転がってるんです。
素材だけですか。
はい。環境の側から遊びなさいって強制されないので
子供はノコギリとかを使って
0から1の遊びを自分で作り出すっていうプロセスを強制的に経験するんです。
なるほど。与えられるんじゃなくて自分で作るわけですね。
ええ。これが自分にはできるんだっていう
自己効力感を育むものすごい根幹になっています。
つまり遊びを消費するんじゃなくて生産する環境っていうことですね。
いやここからが劇的に面白くなるポイントなんですけど。
はい。
ハザードとリスクを分ける安全管理
でもやっぱり子供がノコギリで怪我をするかもしれないとか
火を扱うかもしれない環境って
親からするとクレームの嵐になりませんか。
まあ普通はそう心配しますよね。
私だったら絶対に事故が起きた時の責任問題を避けるために
分厚い禁止事項のマニュアルとか作っちゃいそうです。
ええ。
現場のスタッフはどうよってこれは見守るべきだ
これは止めるべきだっていうのを冷静に判断しているんでしょうか。
個人の感覚に任せたら絶対に判断がぶれますよね。
そのマニュアルを作って禁止するっていうのが
まさに多くの組織が陥る罠なんですよ。
罠ですか。
ええ。
どんぐりの森のスタッフは危険という言葉を曖昧なまま使わないんです。
ハザードとリスクという2つの概念に明確に切り分けてマネジメントしています。
ここが最大の革新的なポイントですね。
ほう。
ハザードとリスクの切り分けちょっと詳しく教えてもらえますか。
まずハザードとは完全に排除すべき危険のことです。
排除すべき危険。
はい。
例えば子どもたちは裸足で走り回ることも多いので、
土に埋もれたガラス片とか釘、あとは上空にある折れそうな枯れ枝ですね。
こういうものはスタッフが毎日入念に点検して徹底的に取り除きます。
なるほど。それは確かに危ないですからね。
そうなんです。
なぜかというとこれらは予測不可能で子どもがそこから何も学ぶことができない
単なる理不尽な事故のもとだからです。
成長につながらない不条理なトラップは排除するってことですね。
じゃあリスクの方はどうなんですか?
リスクとはあえて経験として残す危険のことなんです。
経験として残す?
例えばノコギリを使っていて誤って自分の手を少し切ってしまうとか、
走って転んですりむくといった怪我ですね。
ちょっと痛い思いをするやつですね。
軍手をするなどのサポートはしますが、リスク自体は取り除かないんです。
彼らの根底にあるキーワードは
小さな怪我を繰り返して大きい怪我をしないようにしようというものなんですよ。
なるほど。
痛い思いをして初めてこれ以上力を入れたら深く切れるんだっていう
自分の限界値とか刃物の怖さを身体で学ぶわけですね。
その通りです。
でもその小さな怪我を見守るかどうかの境界線って
現場でどうやって共有しているんですか?
やっぱり難しい気がするんですけど。
そこが本当に秀逸でして、
実は彼ら年に6回、つまり2ヶ月に1回という高い頻度で
独自のお題を用いたリスクとハザードの研修を実施しているんです。
2ヶ月に1回、かなり頻繁ですね。
例えば、5歳の子が自分の背丈より高い
少しグラグラするキリカブからジャンプしようとしているとき
あなたならどうする?といった具体的なシナリオを用意して
スタッフ同士で徹底的に議論するんです。
へえ。単にマニュアルの答え合わせをするんじゃなくて
議論のプロセス自体がトレーニングになっているんですね。
まさにそうです。
さらに現場には必ず大人が2人以上配置されていて
何かあれば即座に
私は今の状況こう見えているけど
あなたはどう思う?って相談し合える体制を敷いています。
その場で擦り合わせるんですね。
はい。個人の主観によるブレを防いで
チーム全体で許容できるリスクのラインの解像度を上げ続けているんです。
いや、それはすごい。
今これを聞いているあなたの職場でも
小さな失敗を恐れるあまり
成長に必要なリスクまで
ハザードと一緒に排除してしまっていませんか?
ドキッとする人も多いんじゃないでしょうか。
クレームを避けるために全てを禁止した結果
いざというときの危機回避能力が育たなくて
後になって致命的な大失敗を引き起こす。
子どもの自己決定と地域の居場所
なんだか現代の企業マネジメントの耳が痛い話に聞こえてきました。
ええ、本当にそうですね。
そしてもう一つ特筆すべきなのが
大人の声かけの技術なんです。
声かけですか?
はい。大人が反射的に危ないって叫んでしまうと
子どもの行動や思考はそこでフリーズしてしまうんですよ。
ああ、確かにビクッとして止まっちゃいますよね。
だからスタッフはどうしても止めなければならない
致命的なハザードが迫っているとき以外は
危ないという言葉を極力使わないようにしているんです。
じゃあ代わりにどうするんですか?
代わりにこっちはやめてあっちに行こうぜと別の選択肢を提示して
最終的な決断は子ども自身に委ねるアプローチを取っているんです。
なるほど、行動を頭ごなしに禁止するんじゃなくて
選択肢をデザインしてあげるんですね。
心理的安全性と自己決定権を両立させる
見事なファシリテーションですね。
ええ。
で、ここまでのお話を聞いていて
これら全ての事象が何を意味しているのかって考えたんです。
はい。
つまりここは単なる子どもの遊び場という
顔をかぶった壮大なコミュニティハブなんじゃないかと
ソースにあった異年齢の鬼ごっこの話も最高でした。
ああ、あのエピソードですね。
どんぐりの森はゼロ歳児から大人まで
誰でも参加できるインクルーシブな空間なんです。
誰でも。
なんですね、はい。
なので小さな子が高校生みたいな大きな子から逃げ回るうちに
自然と足が速くなるんですよね。
大人が走り方を教え込まなくても環境が人を育てるという
見本のようなエピソードです。
まさに社会のちくずですよね。
そして私が一番驚いたのが中高生のリアルな実態なんです。
はい。
小学校を卒業しても部活とか塾の前の10分から15分だけ
フラッと立ち寄ってバトミントンをしていく子たちがいるそうじゃないですか。
そうなんですよ。
さらにプラットという取り組みで
毎週金曜日に中高生や若者向けに食事を提供しているそうです。
これコミュニティハブとしての新骨頂ですよね。
ええ。
思春期の子どもたちにとって食事というのは非常に強力なツールなんです。
家庭や学校で息苦しさを感じているときに
利害関係のない大人、つまりプレーパークのスタッフと一緒に
カレーを食べながら雑談する。
なるほど。カレーを食べながら。
評価されることも説教されることもない空間だからこそ
親や教師には言えないような深い悩みがポロッとこぼれ落ちるんです。
わかります。
学校の先生はどうしても評価する人になっちゃうし
親は心配する人だからかえって本音が言えない時期ってありますよね。
はい。社会学でいうところの斜めの関係ですね。
斜めの関係。
縦、つまり親子とか指定関係でもなく横の同級生でもない
自分の幼い頃からのルーツを知ってくれている地域の大人たちが
斜めの関係として存在している。
これが彼らの心理的なセーフティーネットとして機能しているんです。
これ見えない雲の糸なんですよね。
一見バラバラに見える地域の人たちが里山という場所をハブにして
縦糸と横糸、そして斜めの糸で強固なセーフティーネットを張っている。
しかも子どもだけじゃなくて
密集園児を連れてきた親同士もそこでつながっているんですよね。
そうなんです。マンツーマンの密室育児から解放されることで
親自身のストレスも激減しますから。
大人の目が増えることで自分の子どもだけじゃなくて
地域の子ども全体を見守る環境が自然と出来上がっているんです。
出張プレーパークと認知度向上
はい。ただですね、これだけ素晴らしい取り組みであっても
実は認知度が低いという大きな課題があるそうなんです。
意外ですよね。
はい。一部の知っている人だけの秘密の場所みたいになってしまっていると。
そこで彼らがどうアプローチしたかというマーケティング戦略が
これまた面白いんですよ。
え?
私はてっきり子ども向けにチラシでもはくるのかなって思ったんですが
全く違いました。
彼らの課題解決へのアプローチは非常に戦略的ですよね。
まずターゲットを子どもではなく決定権を持つ親に絞りました。
親をターゲットに。
はい。そしてFacebookとかInstagram、
YouTubeを駆使して発信を強化したんです。
さらに画期的なのが出張プレーパークの仕組みです。
待っているだけじゃ人は来ないから
月に4回、おもちゃや道具をぎっしり積んだプレーカーという車で
さまざまな地域の普通の公園へおふくんですよね。
そうです。相手の心理的ハードルを下げる見事な戦略です。
相手の陣地に行くわけですね。
そして何より驚いたのが
図書館の中での室内プレーパークまで実施していることなんです。
これって大自然の無料体験版、つまりフリートライアルですよね。
まさにその通りです。
虫とか泥とか火といった不確実な要素が多い森に
いきなり小さな子供を連れて行くのは怖いと感じる親は少なくありません。
まあわかります。
そこで清潔で静かで完全にコントロールされた
図書館という真逆の環境にあえてプレーパークを持ち込むんです。
すごい発想の転換ですね。
室内という安全圏で自分で遊びを作る楽しさを体験してもらって
そこから徐々に本当の森のフィールドへと誘導していく
認知バイアスを見事に発掘した設計なんですよ。
しかも出張先の環境に合わせて遊びを即興で変える柔軟性もすごいんです。
木がたくさんある公園ならロープ遊具を展開して
木が少ない開けた公園ならシャボン玉やボール遊びを中心に据えるとか
環境のせいにして諦めるんじゃなくて
その場にあるものを使って最大の体験をデザインする力
これこそ私たちが日々のビジネスや生活で最も必要としているスキルかもしれないですね。
環境を作ることと人を作ることがこれほど高い次元で一致しているケーススタディは本当に稀だと思います。
木登りを待つ教育
そうですね。さて今回の深掘りを通して数多くの印象的なお話がありましたが
私が一番グッときたエピソードで最後締めくくりたいと思うんです。
はい、どのお話でしょうか。
自然の中でやりたいことをやるというコンセプトの下で
ずっと木に登れなかった子がいたそうなんです。
年上の子がスイスイ登っていくのを見て自分も登りたいと挑戦し続ける。
そして1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月とたってついにその子が自分の力で木に登れた瞬間
見守っていた大人が
効率やスピードばかりが重視されてすぐに結果が出ないと向いてないって
切り捨てられがちな現代社会で数ヶ月かけて1つのできたを待ってくれる大人がいる。
これこそが真の教育であり人が育つための土壌なんだと痛感しますね。
そうですね。さてこれを聞いているあなた。
今日のお話を聞いてぜひ自分の周囲を見渡してみてください。
あなたの職場や家庭や日常の環境は不必要なハザードだけでなく
成長に不可欠なリスクまですべて排除された過保護で息苦しい場所になっていませんか。
失敗しないことばかりを求めて木に登る挑戦自体を最初から禁止してしまっていないかという問いですね。
そうなんです。大人になった私たちこそ予測不可能なものに触れて失敗から学ぶ場所を必要としているのかもしれません。
まさにその通りだと思います。
というわけで最後にあなたへの問いかけです。
今週あなたが自分自身の成長のためにあえて許容すべき小さなリスクとは何でしょうか。
小さなリスク。
ほんの少しだけ枠をはみ出して小さなすり傷を負うかもしれない挑戦についてぜひ考えてみてください。
それでは今回の深掘りはここまでです。
次回もまたあなたの好奇心を刺激するテーマでお会いしましょう。
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