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みなさん、こんにちは、こんばんは。 タイパ・コスパ脱出ラジオの松雪です。
今日はですね、なんで大阪の中心が梅田なのか、ということについてお話しできればなと思ってます。
まあね、あの、ナンバー過激派の私みたいな人間じゃない限り、 梅田が中心であることに対して、何ら疑問を持たないと思うんですが、
まあね、本来、あの、遡ると多分、こう、ナンバーとか震災橋の方が、まあなんなら堺とかも含めて、
あの、いわゆる南の方が商業の中心であったり、街として中心やったはずやのに、
蓋開けてみると、なぜかわからんけど、梅田っていう、特に何もなかったはずの場所が、今やもうね、大阪を代表する顔になってると。
まあこれはね、いかがなもんかなということでね、ちょっと調べてきたりした次第なんで、皆さんに共有できればなと思ってます。
結論から言うと、なんで梅田が大阪の顔になったかっていうのは、あの大阪駅、あのJRの大阪駅ですね。
あれができたからっていうのが、一番大きい理由みたいです。
で、もともとなんかあの、道島の方に建てようかなって話してたみたいなんですけども、あの商圏の中心があったりもしたので、
どうも、あの、それをしようとすると、買うの大変やなってなったみたいです、土地の買収が。
で、これ土地の買収がしんどいから、どこにするってなったときに、
で、あとね、京都につなげたいっていう思いとか、神戸の方につなげたいとかっていう考え方もあったんですね。
まあそうなったときに、道島やとちょっと遠いなぁみたいな話になったときに、たまたまあの広大な土地がもうちょい北に余ってんでって話になって、
それがどこかっていうと今の梅田なんですね。
相当広い土地あったみたいなんですよ。まあ湿地っぽかったり、農地あったりするような形で、
まあ普通に考えたら買えへんやろみたいなとこなんですけど、ここを広大にバーンって一気に買っちゃって、
で、大阪駅をドーンって作ったと。
で、当然なんですが最初あの、みんなアクセス悪いんでこうへんのですよ。
乗客もほんま折れへんかったみたいな感じなんですけど、ここからまあ徐々に成長していって、
で、次に問題になったのがJR、まあ今ね昔は国鉄とかなんですけど、
その大阪駅があるのでここがまあ鉄道拠点になってくると。
ね、神戸との開通が新橋横浜の2年後に開通されてるんですけども、
まあこうやって交通の要所になってくると、私鉄が生まれるんですね。
皆さんも私鉄って言われたらあの思いつくのはあれやと思うんですけど、まあいわゆる阪急とかですね。
ね、この巨大阪急が大阪駅の周りに自分たちの鉄を敷き始めたと。
で、えっと皆さん小林一蔵さんっていう方ご存知ですかね。
えっと阪急の生みの親ですね。
1910年に阪急電鉄の前身である美濃有馬電気軌道っていう会社を立てて、
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今はね、えっと確か宝塚線の前身であるんですね。
この小林一蔵っていうおっちゃんがやばかったんですね。
積極的に沿線の開発を進めてって、
彼の発想としては今のね、駅ビルとか駅周りに開門来るとかっていうのの全ての元凶がこの人なんですね。
元凶を言うたら語弊あるんですけれども。
駅は乗り降りするだけじゃもったいないからここにデパート、百貨店作ったりホテルを作ったり、
その他の商業施設作ったり、さらにその町とかは住宅開発とかして、
どんどんうまいこと人が流入するようにすりゃいいじゃないっていう、
日本っぽい駅周りを開発するこのプラットフォームを開発したのがこの小林一蔵っていう方ですね。
戦前からすごい元気な駅やったんですけれども、
これが戦後になるとますます元気になってきて、
オフィスとかも梅田に集中するようになって、
他の沿線も当然なんですがこの梅田って駅に集中するようになると。
っていうのでこれがどんどんどんどん進んでって、
もともと阪急が盛り上げたっていうのもあって、
大阪だと東京の方とかだとイメージしにくいんですけれども、
JRよりも私鉄の方が強いんですよ。
まさにその私鉄王国のたる大阪が出来上がって、
そのどんたる存在はこの阪急、現阪急阪神東宝グループですかね、
の実力によるとこだという形になってますね。
というのでこの形で梅田は今は大阪の顔になっていると。
一方で南波はその当時江戸時代とかは幅広かしとったのに、
あっという間に抜かされちゃって、
1つ原因があったとすればもうすでに町が出来上がってたんで、
そこの土地を買収したり整地したりして、
鉄道を通すっていうのはちょっとしんどかったっていう側面があるのと、
まだ日本国において中心だった、
まだだいぶ大変ですけど、
京都とか神戸方面に対して線路を伸ばす時に、
南波よりも梅田方面の方が近くていいよなっていうような発想もあって、
蓋を開けてみたらこんな状態になっちゃったという形ですね。
なので未だに埋まらない溝が出来ているというところですね。
なんならもう梅田の方が開発に、
やっぱり昔とは最初から整備されてるっていうのがあって着手しやすいんでしょうね。
ここいじろかってなった時に、
その当時も綺麗に整備することを前提に高台の土地が壊れたりするんで、
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綺麗に整備しやすいんだろうなって。
まあね、南波の街並み見てもらった後に梅田行ってもらったら分かると思うんですけども、
どっちが歩きやすいとか、どっちが街並みとして綺麗に整ってるかっていうと、
やっぱり梅田の方なんですね。
それは当然大阪の川やか綺麗にしとこうっていうのはあるんやろうけど、
やっぱり差を感じざるを得ない部分ですね。
だから南波の生き残る道としてはやっぱり伝統芸能っぽい側面、
大阪の文化を発信していく街であるという側面で頑張っていくのが、
やっぱり生存戦略としていいんじゃないかなと思いますね。
これはね、私の勝手な試験なんですけれども。
で、今回のこの梅田と南波の話を見てて思うのが、
やっぱり盛り上がってるとこってそっから手入れづらいんですよね。
一方で今下火になってるところとかって、
この次の時代が来た時にガッて手入れやすいんですよね。
もう古くなりすぎてたり、人がいなくなってたりとか、
まあ、スタレキ切っちゃってたりするので、
いっそ大手術しやすいよね、みたいな形になりやすいと思うんですよ。
で、そうなってくると次にスポットライト当たってほしいのは堺ですかね。
もうね、堺もね、だいぶんやばくなって久しいので、
そろそろね、なんかこう新しいインパクトを与えられるような環境になって、
第3の都市として出立してくれへんかなと、
君臨してくれへんかなと思うとこですね。
堺にもやっぱり少なからず思い入れはあるので、
堺ももうちょっと頑張ってほしいなって思うとこですね。
なんかこの住むってなった時に、
やっぱり阪急沿線とかがお上品でええとか、
住みやすいみたいなが結構皆さんあって、
それはおそらく梅田に出やすいからなんですね。
それは事実ですと。
ただ、じゃあ堺とか南の方って住みづらいかって言うと、
私はそうじゃないと思うので、
出身がね、そっちの方やっちゅうのもあるんですけれども、
住みにくいわけではないですし、
むしろ住みやすい環境は多々あると。
ただ、長くそこらへんに住んでらっしゃる方々もいたりして、
なんとなく怖いとかね、
そういう偏見があったりすると思うんで、
この偏見というか、
なんとなくガラ悪そうとか、
なんとなく怖そうみたいな偏見をまず覆して、
スマートシティなんだとかね、
そういう形に進化することができたりすると、
また若い人たちが流入しやすいんじゃないかなと。
例えばその千木、
南海千木線の泉川かって駅あるんですけども、
今の近畿大学の医学部とかが移転してきたり、
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これからまたターマン作るみたいな話もあったりして、
ちょっとね、現代チックに改装していこうかみたいな動きもあったりして、
これでね、若い人がちょっとでも流入したりとか、
文化の街として少し発信していけるような形になってくると、
また化けてこれるんじゃないかなと思うとこですね。
どこにかちょっとね、来たばっかりに取られんと、
南もね一生懸命、
数手気変かったら人口をまた偏ってね、
将来的に南北問題みたいになっちゃうんで、
イタリアの。
ああならへんようにうまいこと立ち回ってほしいなと思いますね。
この間ね、梅田のちょっと用事あって行った時に、
やっぱりね、綺麗でしたね。
気分上がりますもんね。
グランフロントとか初めてじゃないけど、
ちゃんと歩いたのがほんま初めてで、
中見てると綺麗にしてはるなって思いましたもんね。
そんな中で、個人的なお気に入りは、
なんといっても梅田スカイビルなんですけれども、
やっぱりスカイビルはね、昔からね、
梅田の顔やな思ってます。
これを思ってるのが私だけじゃないことをちょっと祈りつつなんですが。
まあ、いろいろと話はとっちらかっちゃったんですけれども、
どうにかね、大阪全体として、
もうちょっと街を色付けできたりしたら、
盛り上がってくんじゃないかなと思うとこですね。
東京とかだとね、
例えば池袋、渋谷、新宿、この3つ買い物する都市としてあったり、
山手線の反対側行くと銀座があったり、
反対側でもないか、銀座があったり丸の内があったりするわけですね。
で、ちょっとずれたら新橋があったりとか、
オフィス街が広がってたり、サラリーマンの街っていう雰囲気があったりするんでね、
機能をもうちょっとうまいこと分散できたりとか、
ここの街はこうだよねみたいな発想が芽生えるようになってくると、
おのずと役割分担ができて、
さらに来る人が、
この用事のためにここに行こうっていう風にできやすくていいんじゃないかなと思いますね。
バーチャル空間とかが流行りだしたらどうか分からないんですけども、
少なからず街として盛り上がっていくためにも、
引き続き頑張っていかないとなっていうところですね。
ってなわけで、思いなんかを語りつつ、
今回はこの辺でお別れさせていただきたいと思います。
お相手は松雪でした。
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