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大地の再生&ガーデン260513-2
2026-05-16 1:00:00

大地の再生&ガーデン260513-2

大地の再生

感想

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サマリー

このエピソードでは、「大地の再生」の考え方を基盤に、土地のつながりや環境全体への意識が深く掘り下げられます。近隣の敷地が地下の水脈を通じて共鳴し合うという概念から始まり、点と点が線となり、最終的には地域全体が連動する理想像が描かれます。これは、目に見えない土中の湿気の流れも「水路」と捉えるミクロとマクロの視点に繋がり、個々の土地所有の意識を超えた「グリーンインフラ」の重要性が強調されます。 話は、単なる造園や土木ではなく、人々の「ライフスタイル」そのものとして環境を捉える太鼓さんの視点へと展開します。日本の伝統的な家屋が持つ内外の境界の曖昧さや、葉山の「エンジョイワークス」が提唱する、家だけでなく地域コミュニティや環境を重視する住まい選びの考え方が紹介され、太鼓さんの「地の下」からのアプローチと対比されます。彼女のユニークな視点は、国際結婚や、日本の象徴としての植物園づくりに情熱を注いだ父親の影響も大きいと語られます。 終盤では、葉山の「一生さんの場所(地残層)」での具体的なワークショップ開催が提案されます。これは、参加者が「大地の再生」の手法を体験し、風通しや光の抜けを改善することで、土地全体が一体的に良くなる感覚を肌で感じることを目的としています。この活動を通じて、太鼓さんのホリスティックなアプローチが広がり、日本人が本来持っている自然との共生感覚や美意識を再認識する機会となることが期待されています。

大地の再生と土地の共鳴
大地の再生的な考えをしたら、敷地が弊害になるんじゃなくて、敷地同士が共鳴し合えるのが一番いいっていう。
近隣の敷地同士が。 近隣のっていうかね、ここが水脈を塞がない、いい状態の土地になってますと。
で、もうちょっと下向に行ったところに、同じ状況の場所があったら、地下でそことそこが繋がる。
だからこの間に学校があったりとか、道路があったりとかしても、こことここが繋がることで、地下の水脈が通っていくからっていうポイント、そういう考え方をするから、
結局点と点が線になっていくっていう捉え方をするので、もちろんそのお隣の人、お隣の人って言って、みんなが繋がってるのが理想境ではあるけど。
なるほどね、そうか。
だからその制限がある敷地の中ででき得る最善のことを提供するっていうのは、それは大地の再生もそうだし、
確かに。
ガーデン的な。
ビューガーデンの上に乗っかっているガーデンもそうだし。
どんなにお金持ちだとしても、そんなに離れたところまで全部は管理できないけど、本当は全部が繋がって、
究極の理想で言えば、全部が本当は連動しあって、こうっていうのがいいけど。
上から下までね。
それはもう地域全体の人たちの意識が向上するなりしないと、一気にはそうならないだろうけど、
ビジョンとしてはそういうことも、ちゃんとどっかで持った上で、でもまず目の前のその人のお家とか、自分の家とかみたいなところで庭が、そういう感じで作っていくのかな。
面白いな。
あとそのインフラ、インフラとしての捉え方っていう面でいけば、
生垣、コンクリートの塀より生垣を奨励しますよとか、自治体によってはね。
敷地の中のこれだけは緑の面を設けなきゃいけませんよとか、
世田谷とかそういうのもあるんだけど、
だからそれっていうのは結局、個人個人が所有してもいいけど、
公共としてはここだけはグリーンのベルトを作ってくださいよ、みたいなのがあって、
グリーンインフラって言いますよね。
インフラ、インフラ全部がつながっていく。
そうかそうか。
町として捉えるとか、そういう範囲。
ちょっとね、そういう意識が世界のいろんなところに出てきているみたいですよね。
あのさ、前美和湖に行った時にさ、美和湖の水ってさ、周りの水道あるじゃん。
なんか流れて、水道が流れて美和湖に入る。
あの水路ってさ、結局さ、いろんな家の中まで通ってさ、そこでさ、
生活して、鯉がそれを食べてとかね。
なんか野菜とかも洗うし、全部そうやってやってる。
なんかそれを、それは本当に水が通る道だけど、
でもそれが土地の中でそれができるようにしてる感じ?
うんうん。土の中でつながってるって、それをつなぐ役が植物で、
大きい木だったり小さい木だったりっていう、それぞれの圧力の差があるから。
あそこの地域でさ、あそこはさ、美和湖の周りはさ、地域ごとにさ、それがちゃんと水路として出来上がってるんだよね。
だけどさ、それは水道っていうか水路だからちゃんと見えてるから、そうやって上手にやってるのはすごい面白いなと思ったんだけど、
でもさ、土地だと今だとさ、本当はつながってるけどさ、土地って区画で整備で、ここからここまでが自分の土地みたいな感じになっちゃってるから、
結局どういうふうに上手くいってないみたいな。
まずはその意識だよね。
あるのかもしれないよね。
自分の土地だっていう。
そうだね。
水っていう概念ないよね、そこに。
美和湖は良かったんだよ。
そういう公共の意識が出やすいから。
それもあるしさ、やっぱり水だとわかりやすいんだろうな。
そう、水でね。
でもさ、土だとさ、今あんまり完全に土なわけじゃん。
本当は土が流れてる土なのかもしれないけど。
でもそこをちゃんと通さないと一体的に全部できないみたいな。
だって水が通ってない土は死んじゃうっていうことだから。
そういうことだよね。
そうだね、水路のようにはなってないけど結局水が通る点ではそれが自然だもんね。
だからそういうのが一体全部できれば本当は良いってことだね。
なるほどね。
それがミクロとマクロが相似源っていうのをいつも言ってるんだけど、
結局その水道とか水脈とかっていうと、やっぱりみんなどうしてもこう血管みたいにねとか言ったら、
水がその中をちょろちょろでもじゃじゃでも流れてるっていうイメージをしちゃうけど、
結局ミクロの世界で言うともう湿気がいつも言ってる弾流構造のリーズみたいになってる土の中を湿気が通っていってるっていうのも水道なんだよね、結局。
で、それをプラスチックのコップみたいなので塞いじゃうと、そこで通れなくなるからここで終わっちゃう、途切れちゃうっていうことで。
終わった、終わった、そうだよね。
これをガーゼみたいなものでやるとか言ったら、まあなんとか通りにくいけど通れるよねみたいなとか。
そういうものね。
だからお隣さんとの関係も、なんだろうな、もうそういうビニールシートみたいなのではっきり分けたいですっていう人と、
まあ線引いてるからいいよ下はっていう人とっていう、なんかその意思ね。
なるほど、そうか。
ライフスタイルとしての環境と日本の感性
まあちょっとそれだとね、だからまあ結構多岐に領域がいくつかやっぱり、つまりさっきの話で言うと大地の再生は土木的な領域で、
ガーデンみたいなところはなんていうの園芸みたいな感じ?造園?何?なんだろうな、その分野が違うでしょ。
私はなんか、
一緒?
ライフスタイルだと思うけど。
ライフスタイルって言ったのか。
暮らし。
暮らし。
暮らし生活。
土台の上に暮らしがあるみたいな感じ。
そうだと思う。
暮らしの中に庭が当然あるし、まあ建物もじゃあ含まれるって感じ。
含まれますね。だから私は建物の設計とかはしないけど、やっぱりその人がどういう暮らしがしたいかっていうので。
その感覚は持ってるわけですよね。建築家ではないけど。
なるほどね。だって家と外ってほら、日本のさ、もともとの考えで家の中の家があってさ、縁側っていうのはほら、なんていうの淡い絵みたいな感じで、外って言うじゃないですか。
でもほら全部そこは、ほら、隔てがないというか、本来一つの空間。
日本人はもうほんとその感覚をずっと持ってきてる。
そうだよね。日本的な感性。
建具にしてもその壁があってドアがあるっていうのと、障子とか襖でいつでも取り外せるっていうのと。
確かに。プラスチックで敷居を作っちゃうみたいな世界とも違う、もともともうちょっと隙間の多い、ちょっと暖流構造ばっかりじゃない、外の世界も割とそういう風に、隙間のあるような考え方。
そうね。でもどんどんね、断熱の家がいいっていう、密布されてる家がいいっていう流行りにどんどんなっていったから、みんな塞いじゃってるしね。
そう。近代化以降のいろいろあれですよね。欧米的なものが入ってきたところでそういう変容が起きたっていうのは誰もが言ってるようなところなんでしょうけど、それはありつつも本来はこうだみたいな話が今。
だから土木というか大地の再生的なものの上にライフスタイルがあって、今の話だとその周りの環境みたいなものはもうそれもライフスタイルって言っていいのか、もうちょっと広い、なんか領域がまた違うというかさ、
その人の生活圏と、その人を取り巻く周りの他の人の家とかさ、地域とかってなると、広い意味ではその人の生活圏とかさ、生態系なのかもしれないけど、でもちょっとレイヤーが別というかさ、マクロとミクロじゃないけど。
だけどやっぱりみんな、すごく願いが叶ってるかってそうじゃないだろうけど、それぞれからそのライフスタイルを自分の生き方を選んで、選んでる人ばっかりじゃないと思うけどね。
状況的に、今それが一番自分に与えられてる良い環境だと言ってそこに住んでるっていうことだろうけど、でも葉山の人たちなんかは特にやっぱりそういうもので、自分一人自分のお家だけっていうんじゃない、いろんなことを含めての環境を
手に入れたくて、そこにいたくているっていうことを選んでる方が多いと思うんですよね。
ライフスタイルって時に、家だけじゃない。文化的なことを。もうさ、ライフスタイルだよね。含めて。
親との関係とか、子供たちとの関係とか、そういうのもライフスタイルだし。
ライフスタイルの中にいくつか引き出しがあるような感じがする。
でさ、この話、葉山だとさ、エンジョイワークスっていう会社があるでしょ。あるんですよ。
エンジョイワークスっていうね。それがもともと不動産?不動産と建築を一緒にやってるような若い会社なんだけど。
そうなんですね。
でね、エンジョイワークスが言ってたのは、今回葉山100周年でさ、いろいろ協力してくれたから。
福田さんっていうね、若い社長。若いって僕らよりちょっと若いぐらいだと思うけど。
でね、何が言いたいかっていうと、みんな最初引っ越す、例えば葉山に引っ越す時も、やっぱり家を探すじゃない。
で、この家の条件も合ってるし、環境もいい感じがするから。
で、それを不動産の人はあっせんしてあげたりとかして、建築の方とつなげて家を建ててあげたりってことじゃないですか。
だけど福田さんが言ってたのは、最初に要は家じゃなくて、周りの要はどんな環境なのか、要はどんな人が周りに住んでるかとか、何も知らないでみんな普通引っ越すじゃないですか。
怖いよね。
そう。でもほとんどの、僕らって都内にいた時も葉山来た時も、別に普通に何の疑問も持たずに入ってきて、結果として、まあまあまあいい人が周りにいたねとかさ、そんな感じじゃないですか。
あとは条件ってただ家賃がどうとかさ、海外の場合はほら、いくらで家買えるとかそういう感じだから、それやっぱおかしくて、最初に仲間がいて、
周りの人たちがこんな人たちでとか、あと散歩していくとこういう店があってとか、やっぱそれがわかってここに家建てるっていう順番じゃないと、そのライフスタイルっていうのは、いい形で作れないんじゃないかっていうのは彼らの考え方でね。
だから最初に友達を作る、知り合いを作るとかそういう仕掛けを色々やってるわけね。仕組みとして彼らがやってて、それで色々成功していったって話なんだけどね。
またちょっとそのガーデンがどうとか、大地の再生がどうっていう考えとはまた違って、地域と人をつなぐとか仲間を作るとか、割とそっち寄りの話ね。
家もなるべくシンプルにして、よく言うスケルトンハウスつって、装飾品をなるべくなくして、自分たちで好きなように。
家の中とかは自分たちで色々できるような。
あとだからさ、3つぐらいスケルトンハウスが立ってて、真ん中にみんなで使えるサウナがあるとか。
中庭を共有するっていう。
庭を共有するんだよね。
土地が割と中途半端な土地が余ってるやつを、1軒だけ立てると切売りみたいになっちゃうけど、3軒立てて庭はみんな一緒にするとかってやると、そうするとほら、近所で仲良くなるし、一緒にバーベキューやるとかさ。
そういうこととかを割と考えそうで考えなかったことを、葉山ってすごい土地柄があったからやれたっていう面もあるだろうけど、だからそういうのになるとさ、なるほどって思ったわけ。
自分の家とか庭とか、マンションとかあったら庭すらないよねとか。
だいたいそういう感じでみんな家の意識って持ってて、葉山に来た人は徐々につながりができてくるから、地域に対する愛着も増えてくるけど、そこまでなかなか行かないで、万全と暮らすことも多いだろうし。
っていう中で、ちょっと視点は違うけどさ、太鼓さんの視点で言うとさ、地面の下と地面の上みたいな感じじゃないけどさ、上の世界も結構広いんだなって今も聞いてて思った。
そうですよね。
エンジョイワークスさんは別にいい悪いじゃないんだけど、彼らはやっぱり上の世界だけなんだよね。
それはもちろん専門性が。
そこでの気持ちいい関係性とかさ、家族とか、海に近いからサーフィンできるとかさ、そういう感じの多分考え方。
あるいは古民家とかをリノベしたときも、それをいかに現代風に気持ちよい場所にするかで、大地の再生までそんなにがっつりやらなきゃダメっていうことは、そこまでやれるんだったらちょっとやろうよぐらいの感じ。
だけど、ビジョンとしては太鼓さんの場合は、それだけでもないよねってところの、やっぱり地の下のところも含めても、やっぱり見えてる方がいいよねっていうのもあるし、だから整理して語っていくところだからそういうふうにペースがいくつかあるなと思って。
太鼓さんの背景と日本の独自性
それはそうですね、結局。私がガーデニング、造園とかをがっつり、実家の仕事柄もあって、それをずっと突き詰めてやってきたっていうのでもないっていうところとか。
ふらふらしてたから。
いやいや、なんかそうだよね。がっつりやってたら逆に視野が少し狭かったかもしれないってことですよね。
がっつりやってたら、もう他のことが許せないと思う。
確かに、そうか。
こうじゃなきゃっていうのが強いと、やっぱり。
むずいよね。
友則さんの言ってることはちょっと受け入れられないみたいな、なると思う。
お兄さんはそれに近い。
うんうん、それぞれの兄でそれぞれポリシーがあるから。
すごいよね。
お宅はそうなんですね、みたいな感じで。
そっか。
お宅は?
別にそこで対立するもんでもないから、認めるってわけではないけど。
だってそれがいいって信じてるんだから。
もうそれ以上に変えようもないし。
そうそうそうそう、全然変えようと思わないから。
だからなんか、私が国際結婚してるっていうのとか、やっぱり子供がより良いって育ててきたとか、そういうのも相当影響してると思うし。
そうだよね。視野が広くならざるを得ないというか、なっていった感じっていうのはやからずもあったんじゃないですか。
もともとフラットな方だとは思うんですけどね。
うちの父とかもそういう、他のものを受け入れるっていうのが頑固ながらあったんだなっていう。
なんていうか、新しい物好きだったんじゃないかなみたいな。
お父さん自体は割とそういうところではそんなにガチガチの保守的な人ではなくて。
明治の人ですからね、保守的なんだけど。
そうだよね。
の中でも柔軟性もあったのかなみたいな。
なんかすごい、日本のことを愛してたから、日本の国は特別なんだし、特別な民族なんだし、
そうかそうか。
そうそうそう、千年先までこの精神を受け継いでいかなくちゃみたいな。
そういう教えもありつつ、日本は油が来なくなったらおしまいなんだから、
アラブの原油国とかそういうところと仲良くする前に、中間の島々の人たちと仲良くしといて、
その人たちみんなが、日本のためだったらこの航路を開けとかなきゃいけないっていう風に言ってくれるように付き合っていかなきゃいけないんだとか、
今の問題をもう先読みしてた。
だからうちにガーナの大使とか呼んだりしてたの。
すごい。
そういう人が来たり。
すごいあれですね。
お父さんも造園ってことなんですか?
お父さんは造園家ではない。お父さんは植物園を作ることで、日本の象徴を示すみたいな考えだったから。
じゃあ本当に植物園なんだ、だけなんだっていうか、あそこって。
そうそうそう、植物園。
すごいね。
すごいね。
すごい環境で育ったんですね。すごいというか、濃密な、濃縮したような。
そういう環境だったから、教えっていうか、学校行かなくていいっていう。
学校とか、教祖の塊なんだから、あんなところに行くもんじゃないって言って。
お父さんの話を聞いてたら、それで立派に育つんだから、うちの子たちは行かなくていいとか言うような人だったから。
みんな立派に育ってるから良かったんじゃないですか。
そうなんですよ。
エリザベス女王にボタンの花を献上しに、京都護所に行ったりとか、そういうことをしてたんですよ。
それは自分から、自らやりたくてそうしたの?
うんうん、やりたくてやってた。
じゃあ日本の代表みたいなイメージだったんだ、本当に。
どうなんだろう、代表っていうよりやりたくてやってたんだと思う。
やりたくてやってた。
そういうやっぱり強い意識でね。
そうだよね。
で、日本っていうのは、やっぱり日本国っていう意識だったから、各神社、
天皇様が朝であって、神社ってそうじゃないですか。
そうだよね。
その従っていってる方たちにもお仕えせねば、みたいな感じだったから、
伊勢神宮とか明治神宮とか、霧島神宮って鹿児島とか、
いろいろところとお付き合いがあって、そこに桜の木を献上して植えさせていただいたりとか、
そういう仕事をしてたんですよ。
だからなんかその造園で庭作ってたっていうのとはちょっと違う。
違うんだね。
ちょっとなんかそうだよね、ある意味広い。
意識的には違うから。
なのでなんか矢野さんにそれがね、濃く出ちゃってるっていうか。
なるほどね。
でも太鼓さんはそれのものを受け継ぎつつも、
もうちょっといろんな要素が自分の中にやっぱりエッセンスとして入ってるから。
受け継ぎたくても受け継げてないね、兄弟たちは。
時代的にも。
時代的にも。
あの時代だったから、そのイケイケで行けるところまで行こうみたいな。
まあそうだね。
なんかだなと思うんですけどね。
なるほど。
でもまあめぐりめぐって今の時代になって、
やっぱりでもそういうさ、ちょっと強いナショナリスティックな感じじゃないにしてもさ、
やっぱりもともと日本が持っていた美意識とか文化性とかそういうものはやっぱり
そこにいろんな知恵が詰まっていてってところは全然重要されてると思うし、
今そういうことに対して意識を向けとる人はやっぱり増えてきてる中で、
観念じゃなくて実装する一つの技術も含めて持ってるっていうのはすごく意味があると思うっていうかさ、
具体的に何か示せる人っていうのはやっぱりすごいと思うんですよね。
ね。
だから。
なんかそれを強く感じるのもやっぱり国際結婚しててって言ったけど、
娘たちも今外に出てたりとか、
やっぱり時々帰ってくると思う。
本当に日本は素晴らしいよねって言って。
本当にこんなに綺麗で。
確かによく言うよね。
みんながちゃんとしてて。
もうレストランに入っただけで涙が出そうになるっていう。
なんかやっぱりそうなんだ。
レストランって言ってももうガストとかですよ。
そういうレベルで。
そうそうそう。
もう店員さんも丁寧だしさ、もうなんかありがとうございますとか申し訳ありませんとかさ、
もう本当はもうインドじゃ考えられないよね。
いるところがまたそういうところだもんね。
でもそういう話よく聞くけどやっぱりそういうのあるんだね。
やっぱり実際ね。
そうだからそれをなんか、
はいって言って、
そうじゃないっていう国々が見習って身につけようとして、
全体がこういう風になるっていうのはまず無理っていうのをみんな言ってるね。
やっぱりバスに乗ってもコンビニに行ってもどこのトイレに行ってもじゃないけど、
隅々までジャパニズムが浸透してるっていうのを日本人は気がつかないでこれが当然と思ってやってるけど。
よくね、戦国時代ぐらいで戦況誌が来るとさ、やっぱり西洋の方はやっぱ上流にいる人たちがある程度教育とかいろんなもので、
なんていうかな、普遍的じゃないかもしれないけどそれなりのものを持ってたんだけど、
でそれがキリスト教だったって話したと思うんですけど、
日本人は別に庶民に至るまで割とちゃんとしてるから、
それで民族も高いから、質問もいろいろとしてきて簡単に答えられない質問もしてくるとか、
単純に信じてくれないとかね。
なんかすごい戦況誌とかある意味知性のトップクラスみたいな感じの人たちではあると思うんだけど、
やっぱ西洋とかあるいは東南アジアというかアジアの他の国とかだと割とやっぱり落差がすごくあるっていうね。
それが今も結構続いてるのかもしれないし、
日本はお父さんみたいな気持ちで僕は言えるかわからないんだけど、
民族がやっぱり末端というか一般のところまで割と整ってる感じっていうのはあるのかなって。
こんなに音楽がおかしくなっても割とそこはまだ守られているのかなとか思うから。
そうですよね。
でもなんかそれが、これこそ近藤ひとみちゃんのワークショップじゃないけど、
いろんな要素が結局地球の時点の中での音帯での縦長の島国でっていうので、
東西南北の地域の差が出てきている。
面積の割には差が激しいじゃないですか。端と端で。
そこそこの風土によっての生活とか文化とかが生まれてきているし、
水の国であるっていう、水が結局一番情報を伝達しているというね。
その自然観の中で。
だからそれによって日本人は受け継いできたものっていうか、
言葉とかなんだろう、親から教えてもらったとかじゃなく、
もともと四季折々の中で育ってきているっていう、
細胞一つ一つじゃないけど、そういう感性とかがもともとあると思うんですよね。
確かに。場の力というかね。
やっぱりインドとかバングラディスとかの人たちを下げるものではないけど、
あの暑さとか、あの不潔でいないと仕方がないね、水が足りないから。
水ね。
そういう環境の中で、人の思考自体が働かせられないっていうのかな。
確かに。生理的に限界があるよね、そういうところがね。
ぼーっとしてる方が楽じゃないけど。
確かに。
考えらんないよね。
考えらんないから、もう半日はぼーっとしてよみたいな。
それが何百年って続いたら、それは差が出るよね。
こっちは桜咲いて綺麗だなとか、いい風だとか言ってる。
水綺麗だしとか、魚おいしいとか言ってるわけだから。
知性学的なね、持っている人の素質とかの話ではない、遺伝要因ではない環境のね。
だから、逆に言ったらすごい恵まれた環境の中で、人間っていう体を与えられて、思考があってっていうことが十分に発揮できる仕得る環境に最初からいたっていうことだから。
大きなレイヤーで見るとそうで、その上でライフスタイルっていうところの環境で、よりその人がその人らしくというか、
ポテンシャルを発揮できるようになっているのは、多分太鼓さんの中での、こうあればもっとそうなるんだろうなっていうのが多分あるんだと思うんですよね。
地残層での実践とホリスティックなアプローチ
提案というか手法としてね。
いろいろ聞いていくと、たぶんトドメもなくまだって話がずっと続くと思うんですけど。
そうそう、ごめんなさい。だからなんか、そういうバックグラウンドっていうか。
そうだね。
日本人だからっていうのがやっぱりだいぶあるし、もちろん、私の関わってる人ほとんどそうだけど。
今日ね、話そうと思ってたことが、実は2つあって。
はいはい。
2つって。そんなにかしこまって考えてなかったんだけど。
それで、結果的にこういう話聞けてよかったなと思っている中で、やっぱり今日の話でもだいぶ、それこそエッセンスが整理できるんです。
もうすみません。できないこと散らかってるからね。
全然散らかってない。本当は散らかってない。
だって散らかってる人の会話じゃないもん。
散らかってる人は本当に散らかってるからね。
なんかもう、なんていうんだろうね。ザルに繋いでてもどんどん下に残ってもみたいな感じになるんだけど、そんなことないから。
タイコさんのことが何かしらわかるような、話したことを別に記事にするとか、そこまでいかなくてもさ、今日の話ちょっとこの後整理すれば、
やっぱり何かあればいいと思いますよ。あのウェブサイトでもいいし、それはお仕事のサイト前に見せてもらったけど、どっちかっていうとパーソナリティが少しわかるっていうか、
ゆくゆく小冊子みたいなものはあったらいいかもわかんないですけど、とりあえず簡易なものでも、なんか活動されててもほら、一期一会で終わっちゃいやすいというかさ、
そこでやっぱり紹介したい時でも紹介できるところの、何かがあった方がいいかなっていうところですかね。だから、編集塾つながりで言えば、構造化をやるっていうより、構造化の意識を持ちながら、
何かアウトプットするものを作るっていうのがね、その規模とか、その辺は要は相談だけど、何かもうそれやっちゃった方が、別に構造化まとめましょうよなんていうプロセスよりも早いと思いました。
っていうのがアウトラインで一つあって、もう一個は一生さんの話。今のは世界観というか、自分の見えてるビジョンみたいな話だから、それはたやこさん知ってもらうためにはあっていいと思うんだけど、
実際、何をどうやってるのって時に、いきなり発注とかできない人も多いから、一緒に体験できる場っていうのが、ある種たやこさんにとっての営業みたいな面もある。
でさ、一生さんのところさ、たぶん使わせてもらえるように、たまたま明日ね、別県で会いに行くからさ、ちょっと話してみたら、ほぼダメと言わないんじゃないかっていう予感というか、
なんか地残層をさ、もし一生さんいいって言ってくれたらさ、わかんないけど年に何回かそういう融資で入って、ちょっとドネーション的に少し出してもらうのもあり気にして、
図面みたいのがあるとしたらさ、どの辺をどうやったらっていうのを、一応理想として、どれくらいの期間でどうやったらどうっていうのを、青写真みたいなものをさ、一生さんもいつまでいるかわかんないんだけどさ、
その上で、たとえば1年で6回やろうましょうとかさ、ちょっとそこの回数とかも、僕らよくわからないから、1年かけてみんなで何ヶ月に1回かとか、1ヶ月に1回でもなるかわからないけど、手入れをすると、手入れっていうのが。
で、そこに、たよこさんの活動とか大地をさせる的なものに興味がある人は、とにかく1回でも行ってみたらと。で、そこでさ、体験もできるし、話してるようなことが肌感覚で、なるほどって思えるようなワークショップにもなるじゃないですか。
で、そこで少し出会いもあって、ちょっと遠くから来る人も、とりあえずあの、地産素を着たいっていうだけの人でもいいから。
でも、あの場が少しビフォーアフターでさ、変わったなって感じが、結果として少しでも出るとか、なんか、で、一生さんがそこに勘でくれるとさ、すごくやっぱりアナウンス効果もあるというかさ、なんか多分興味持ってくれる気がするんだよね。
あのさ、あそこのさ、あの観音堂に登っていくさ、道あるじゃん。あそこってさ、やっぱすごいさ、えぐれてたりしてさ、歩きにくいっていうかさ、道が変になってるじゃん。
変になってるというか、結局無理やり作った道だから。
あれとかってどうにかなるの?そういうのでさ。
大地の再生的ななんか手法っていうか、なんかわかんないけど。
正規のというか、何が正規かわかんないけど、水の通り道を作ってあげて、詰まっているところを取ってあげて、やっていけばその、なんだろう、くぼまなくなります。
完全に、今通ってる水の流れっていうか、ジャジャジャジャ流れちゃうっていうのを強制的に変えるわけだから、よくはなっていく方法はある。
で、周りの、うっそーとしてるじゃないですか。
うんうん、してるしてる。
もう閉じ込められてる感じじゃないけど、もうもうとした中に観音堂が、建物があるからあそこまで上がっていくっていう感じだから。
やっぱりあの建物の周りの空気を改善していくことで、風も通るし、人の通り道も、なんかもっと爽やかにっていうか、それは完全、すっきりなっていくと。
なるほど。
で、それには竹矢部だったり、畑の後ろに抱えてる矢部だったりっていうところを、空気を抜いていくとか、水が縦浸透するように穴とか溝を掘っていくとか、横とか必要だけど。
なるほど。面白い。
意識的にも、結局、今ももちろん、いしょさんもご法師とかね、毎日お掃除されていると思うんだけど、
結局、人の目線、ここが通り道だから、ここが玄関だから、ここが門だから、この周りをきれいにしましょうっていう風なんだけど、
それを全体として捉えて、それをなんか薄く伸ばすっていうのかな、ここをきれいにきれいにっていう掃除っていうのではなく、風がバーって一回吹いたらどうなると思うっていう。
面白いね。
それをみんなで一気に20人とかでバーって、風がやったのと台風と同じ風にやってしまう。
そうしたら、竹の笹とかはポツポツまで残ってると思うんですよ。きれいに生えたわけじゃないから。
だけど、その感覚っていうのが確実にわかるんですよ。
へー。面白いね。
じゃあ、一部分ずつやっていくっていうよりも全体的な感覚でやっていくって感じなのかな。
もちろんその日その日で一部分になってしまうけども、捉え方はもう全体なんですよ。
全体なんだね。
フリスティックな感じだね。
そうだね、フリスティックだね。
地層だけじゃなくて、地残層っていうのはどこを呼んでるかちょっとわかんないけど。
だいぶ広い。
竹やぶから、伊賞さんが住んでるところから、川から、全部を一つの空間とポラネティア。
へー、じゃあ本当にやっぱりでっかいミトリズみたいなのまず見てって感じだね。
すごいざっくりでもね、だって僕らも全体いつもおぼつかないっていうかさ、なんとなくイメージでしかないから。
見える範囲で、風が通ってない、光が抜けてないから、見てる視線っていうのも覆われたトンネルみたいなところしか見てないけど、
そこがスポッて抜けると、
ああ、あの先まであったんだって当然わかるじゃないですか。
光が射してるっていうことは、ああ、そこが頂上なんだなとかね。
面白い。
で、その、目通しって言うんだけど、目が通ってその光が今見てるっていうのは、もう風が通るんですよ。
目通しは風通しって言って、目が1回通ってるってことはそこは風の道になるから、
上からの風が来たなとか、下から吹き上がってるなとかいうのが感じる。
そういう、だからみんなの、どこをするんですかって言って、あそこ坂道くぼんでるから、
あの辺ですよねっていうのは、今そこしか見えてないから、記憶の中にもそこしか残ってないから、そう言われてるので、
あそこの山どうだよねとか、なんとか山こうだよねとかいうのは、その全部を捉えてるからそこの話を言ってるっていう感じですかね。
人の体と同じようだね。
そうそうそうそう、なんか最近目の調子が悪いのっていうのと、なんか体全部で見たらやっぱり睡眠が大事ですとかなんか、
いやでもやっぱさ、そう、新旧の浜ちゃんがよく一緒だって言ってたけどさ、ほんと一緒だよね。
うん、だから、そうだよね。少しいろいろやりながら途中でそういう人たちと話なんか、対話なんかもしたりすると、
ほら違う、体のことを見てる人と、太鼓さんととかで、かなり重なるとこも出てきたり、
そうやってね、一回軸になるものがないと、単発でやってもさ、またそれは良かったで終わっちゃうから。
うん、だからね、やのさんが来て、こう最初に見て、こうだよっていうことを言ってくれるのが一番いいけど、
なんかそれが叶うかどうかちょっと疑問不なので、やりつつ、こういうこと最近やってるからっていうので、
全く気に留めないことがないので。
あー、なるほど。
やのさん自身がってこと?
うんうんうん。
それはまた面白いね。
でもまあ一回、もう太鼓さんの感覚で、いつも地残層をどう捉えてるかを改めて観察とかなんかしてもらって、
一回シェアして、それは石尾さんもいた方がいいと思うんだけど、
フリスティックに地残層を真体セットして捉えた場合はこういう感じみたいなことを一回示してくれてもらって、
その上で、じゃあまずここ、この辺からやりましょうとか、わかんないけどね、
全体の中での位置づけと、
それを例えば何回こうやっていけば、とりあえずこうなりそうみたいなぐらいのアウトラインを立てて、
それでまあ普通に何月何月いつとかみたいにさ、予定を立ててさ、
その日は石尾さんも一応行ってもらうようにするとかして、
うん、だからそれが恐れ多いというかね。
いいんですよ、石尾さん。結局喜んでやってくれると思いますよ。
ラストじゃなくてもいいと思う。ポイントポイントでいればいい。
最初の1回目と最後ぐらい行ってもらうのもいいし、
でも他のほら、長くぐらい前回来てくれてる中で、
割とコアな人とか畑やってるような人とか、
あるいはそうじゃなくても大地の再生とかさ、その太鼓さんに関わる活動に興味がありそうな人?
声かければそれはさ、10人ぐらいはそこらは普通に集まってさ、
ちょっとはドネーションしてもらってさ、持続可能にしてさ、
1回半年か1年かわからないけど、それぐらいやって、
ビブアフターで写真も撮っておいてさ、
映像的なものもちょっとだけほら、スマホでもいいから残しておけばさ、
だからなんか、わからないけど、
地産祖を何とかしたいとか、
一生さんにお世話になってるから恩返ししたいです、みたいなのもちょっと違うんじゃないかなっていう気は、
なんとなく思います。
僕ね、最初それあんまり頭になかった時に、
太鼓さんの話した時に、やっぱ葉山に縁があってこうやって来られるようになってきてるから、
葉山のどこかで何かあったらいいと思った。
そうそう、候補ってなくはないけどさ、
ちょっと一生さんのところは割と縁も濃いっていうか、
ランドマーク的にやっぱりわかりやすいじゃないですか。
だから、その先に縁があったらまた違う場所で、また違うバリエーションでね、
人の輪を広げていくっていうのが、
お仕事にもつながるかもしれないとかさ、いろいろな環境変化起きやすいじゃないですか。
ありがとうございます。
そういう、なんとなくきょんきょんと、
ずれずれになるままに話してて。
もうね、ちょっとね、
私の絵の先生、うちの目の前に住んでるんだけど、
そこが畑の主なのね。
そう、一生さんのところね。
一生さんのところの畑の中心なのね。
身を見真似でね、あの人は自分の家の畑も大地の再生やってるの。
いかにも整然としてない畑なんだね。
ぐちゃぐちゃな畑。
いろんなものが植わってて、いろいろすごく、よく育ってるよね、あそこ。
そこね、いっぱい育ってる。
ちょっと、なんていうの、小道を通り抜けてくるからさ、
たまに見るとさ、なんか薄そうとしてるのにさ、いろいろ植わっててさ、
その人はまあまあ面白いよね。参加するよね。
そうそう、で、なんかね、そういうのやりたいってちょっと聞いたらね、
やりたーいって言ってたよ。
私全部参加するからって言ってた。
だから日にちを私に合わせなさいって言ってた。
私が行かれる日じゃないとダメとか言ってた。
だからね、今日ちょっとたまたまに行ってあげてくれて、
その前から明日一生さんと会う約束してたから、
ちょっと一生さんとね、ちょっと僕はAIをやってるから、
それに絡めたことで、一緒にやれそうなことがちょっと見つかってきてるから、
そっちで最初盛り上がったの。
だけど、並行して太鼓さんとの流れもあったから、
別に全部合わせ技で一生さんとなんか楽しいことやれたらいいなっていうのは、
ほら、そんなに一生さんって感じでもないんだけど、
太鼓さん言ったみたいに、地断相談とかしたりとか、そういうのはよりもご縁でね。
うんうん、ですね。だからなんか、参加する人に風が通ればいいみたいな。
そうだね。
とかね、それでみんなで有意作業で、あそこの場がこう良くなっていけばいいみたいな。
うんうん。
ちょっと、明日聞いてみてっていうのもあります。
あと、ホームページでいいのかなと思うけど、分かんないんだけど、
ちょっとそれをうちがお手伝いする場合に、一応見積もりというか、
程よいバランスでやったらどうなのか、それも見て何がどこまでとか、
全部の全体の設計を立ててみて、それであれじゃないですかね、
調整しておけばいいんじゃないですかね。
はい。
というぐらいかな、はい。
はい。
だから、明日すぐってわけじゃないけど、ちょっと今週ぐらいまたレスポンスを、
こうでした、みたいな話をして。
はい。
ね。そんな感じで。
明日、明日移動か、明日移動して、金曜日自宅にいて土日が上野原に捨てる。
上野原。
忙しいね。
忙しいね。
上野原行っちゃうとなんか時間長くなっちゃうから、ちょっと余裕がないんですけどね。
しばらく上野原って感じ?
交差があるから、ご飯作るだけ。
すごい。
僕らもね、20日過ぎて、ツアー毎年この時期やってて、
ちょっと奈良の方とか徳島とかもそっちの方にも行ったりするから、月末までちょっと居なくなるんですけど。
そうなんですか。
でもまあちょっといろいろ仕込んどいて、6月にね、例えば石田さんがいいって言うんだったら、
一回その辺でなんかアウトラインをね、例えば現地にチランスを活かしてもらって、
何らかね、示し合わせて、そっからどういう計画でやっていこうみたいになれば一番いいかもね。
そうです。
スムーズに。
なんかそうしたら楽しそうな気がする。
ありがとうございます。なんかいろいろ考えていただいて。
なんかそうなりました。
なんかそうだよね。
形になったら面白いなって、だんだんある時期から思うようになった。
ちょっとだからね、矢野さんとまた違うんだなっていうあたりからで、
なんかね、ちょっと広い場所につながってきそうな、また矢野さんとは違う広がり方が多分なんかあるんだろうなと思ったあたりからかな。
なんか面白そうって思いました。
活動の展望と自然な広がり
ありがとうございます。
まあそんなところなんで。
そうなんですよね、私。
今日ちょっと少し前よりはわかるようになった。
そうか。
矢野さんとは違うんですよっていうのはいつも最初から言ってるんだけどね。
慣れてても。
なんかね、たぶん田彦さんと出会った人たちはそこは感覚的にはわかると思う。
だけどちゃんと言葉とか説明はそんなに当然できるわけでもないし、
あとはだからどう説明したらいいのかっていう時にさ、なんかちょっとほら。
親としてるからね。
なんか矢野さんの妹みたいな言い方すんのも嫌じゃない?なんかいきなりさ。
でもさ、しないのも変だしみたいなところとか。
第一の再生って割になんかちょっと違う話も随分出てくるなっていうのは気づくわけですよ。
そこもどう整理したらいいかなっていうのがなんとなく編集的に思ってて。
それで今日割とまあまあちょっと前よりは少しスッキリした感じがしてきて。
ありがとうございます。
一応録音もしてる、録画もしてるからなんかちょっと僕のAIにいろいろと質問しています。
そうなんですか。
そう、きっといろいろと。なんかベースはできるような気がしますね。
すごい。
こんな話でもと思うかもしれないけどそれが意外といいんだよ。
だいたいみんな言うけど。
それ結構たっぷり話しちゃったからね。
一回これぐらいにしてチェックアウト的にちょっと一言。
振り返りつつでちょっとじゃあ太鼓さん一言お願いします。
喋り続けてるので一言もないっていう感じですね。
もう十分か。
でもなんかね、愛情をかけていただいた理由がどうかと。
いやいやいや。
そうだね。
なんかね、そうですね。
それこそこう水が染み込むじゃないですか、流れるように広がっていくっていうのが理想だろうから。
そうですね。
そうですね。
確かに。
無理矢理でもなく。
そうそうそう。
そう思います。
いけるといいなと思います。
だからなんか私がこう、私が私がっていうこう、私の力以上のものっていうのかな。
例えば矢野さんにできるだけ近づけるようにとかっていうよりは、
なんかわかんないけどこうじゃないですかねみたいな。
そうそうそうそう。
どこで行くほうがいいのかなっていうふうには。
いいと思います。
はい。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
じゃあね、僕もラスト。
いや、あのね、そうそう。
水が今染みるようにというか染み込むようにというかね。
自然界はそうだったら、本当は人のやってることだってそうやって広がっていくっていうのがあるだろうというのが、
今日の話を離れても願いとして思ってたし、やっぱり今早間もそうだしね、
いろいろ繋がりが生まれた中で結構みんな共通してその願いを持ってるわけですよ。
この4期で。
皆さんもそうだったでしょ。
だから、どっかが一個突破口になると、なんかそのほら、水の染み込ませ方の波及効果っていうのがあるんじゃないかなとか、
そこはこの話が違う場所でも、今進んでるような感じもあるから、
まあそういう感じですかね。
なんかそこが、自分やきょんきょんがちょっと一緒に何かやっていったら楽しいなと思えるポイントだったりするから、
そういうご縁があって、今があるというところで、ありがとうございました今日は。
ありがとうございます。
じゃあきょんきょん最後に締めの一言を。
締めじゃないけど。
絵描いてたの?もしかして。
ちょっとずつね。
でもなんか、
絵見してよ。
やだ。
あっさり。
はい、どうぞ。
いやなんかね、結構でも、
もちろんどうやっていくかっていうのはあるけど、
地残層でできたら面白いっていうか、
みんなわりとたぶんすごい喜ぶよなって。
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