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お聴きの皆様、おはこんばんちは。現役リフォームプランナーの寸尺かんなです。 ゴールデンウィークもあと2日ですね。
今日はですね、私また歌舞伎に行ってまいりまして、 前回も素晴らしかったんですけれども、今回も本当にすごく楽しめましたね。
4月の演目と5月の演目で違うので、盤付けも新しいものになってまして、 昼の部と夜の部と1日に2公演あるんですね。
今回はわざと昼の部にしました。 前回とはまた大きくキャストも変わってますし、演目も全く違うんですよ。
すっごい楽しかったですね。 前回もすごく生まれて初めての歌舞伎ということで、とても楽しめたんですが、
たった2回とはいえど、一度見てから今日をまた見てるので、ちょっと離れしたということもあって、今回はより一層楽しめた気がします。
というのも、今回A公演とB公演といって、2つの公演を行ったり来たりするんですよね。
だから、いろんな役者さんとかも1日ずつで交代でお休みが取れるようになっているんですけれども、
今回、私があえてこの日を選んだんですけれども、
いわしうり、恋の引き編みっていうお芝居があって、これは三島幸男歌舞伎なんですよ。
三島幸男は大の歌舞伎ファンで、いくつか自分が仲良い歌舞伎役者さんのために、とても現代的で見やすい歌舞伎の、何て言うかな、
戯曲と言ったらいいんですかね、を作ってるんですよ。
これはね、そういうことを三島がやってるっていうのは知ってたんですけれども、
演目としてあると思って、これの日を狙っていきました。
すっごい面白かったですね。
歌舞伎とか、昔の日本語とか、そういったことの抵抗感もあまり感じずに、普通に楽しく見れるコメディでした。
今回この三島の歌舞伎を演じたのが、私なんかが割と慣れ親しんでいる中村勘九郎という人がいましたよね。
今の歌舞伎がちょっと私なんかがとっつきにくいのは、同じ名前をどんどん執名していくんですよね。
次の代の人がね、息子の場合が多いと思うんですけれども、
縁の助何代目とかっていう風にね、名前を引き継いでいくんで、今は私がよく知っている、かつて大地際子の元彼だった勘九郎の息子たち。
中村、今の勘九郎、そして弟の七之助さん、七之助、このお二人が恋人の役をやったんですよ。
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素晴らしくて、本当に感激しましたね。兄弟ならではの意気のあったお芝居でね。
お兄ちゃんの方が恋をしている男の役で、恋をされている意味深というか訳ありのオイランの役を弟の七之助がやっているんですけれど、
綺麗でした。本当に女方がこんなに綺麗かっていうくらい綺麗で、この兄弟はね、やっぱりお父さんの血を引き継いでいるというか、
みんなね、今回愛之助ね、ラブリンコと片岡愛之助さんが2幕目の歌舞伎をやったりとか、どれも本当に素晴らしかったんですけれど、
この兄弟のオーラというかね、スター性というか、ちょっと半端なかったですね。本当に感動しまして、すっかり歌舞伎にハマったので、これからね、ちょっと機会があれば、タイミングが合えばね、いろいろね、見ていこうかなと思ってます。
次なる私の目標は、バンド玉サボロのね、南座での京都での公演をね、これ頑張ってチケット取らなければと思って、
これ以外にもですね、オノエ、キクゴローですね。今ね、キクの助じゃなくてキクゴロー。これはだから、寺島忍の弟ですね。
この人の女方も、YouTubeで見たんですよ。玉サボロとキクゴローがね、2人で女方、2代女方で共演して、
このね、キクゴロー、寺島忍の弟なんですけど、顔すっげー似てるんですけど、すごい美しいんですよ。
綺麗だなと思って、今日の七之助さんもね、こっちはだから、カンクローの息子、二番、次男ですね。
もうすごく美しかったんですけれど、やっぱり歌舞伎はね、女方がね、本当に見せ場なんですよ。
女方が出てくると、わっとね、舞台がすごく華やぐんですよね。綺麗だなと思って。
そういえば、この2人ね、今日の兄弟のお父さんのカンクローもね、どっちかって私たち現代劇でもね、
大河ドラマのアコーローシなんかもね、この人やったりとかしてましたけども、
やっぱりね、歌舞伎役者としてはこの人、わりと寸胴体型というかね、わりと顔が大きくて、そんなに身長が高くないイメージなんですけれど、
こういう体型ですけど、女方もね、とっても可愛かったらしいです。お父さんのカンクローもね。
ですけど、今度の息子さんはね、すごい美系でね、すごいイケメンなんで、すごく美しい女方でした。
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こういう流れで来るとね、次は尾上系かなと思ってね、それも楽しみにしてるんですけれど、
今日はね、最初の演目がね、歌舞伎の話とかあんまり皆さん興味ないと思うんですけど、本当に面白いんで、
もし機会があればね、敷居が高いもんだと思わずにね、気楽に、あ、なんかここ席余ってるからちょっと撮ろうかなぐらいのね、感じで行ってもらうとね、本当に楽しめると思うんですよね。
今日は、今私、前回と今回と3つのお芝居が入ってるんですよね。
今日の最初の演目が、ことぶき式サンバソーというもので、これはね、どっちかというと舞踏なんですよ、踊りなんですよね。
踊りを見せる演目で、これがね、ヒップホップのダンスも顔負けっていうぐらいヒップホップなんですよ。
すごいかっこよくって、若い二人がすごく飛んだり跳ねたりしてね、ものすごくかっこいい舞踏を見せてくれるんですよね。
これもね、わーと思って、その最初のね、この一番最初に、前回は真ん中に舞踏があったんですよね。
中村志堂と息子の牛若丸と弁慶の五条橋での戦いを踊りで見せたんですけれど、
今回はね、一番最初にこの舞踏が入ったんで、一気にね、お芝居の中に引き込まれるような、すごく粋な並びでしたね。
とにかくね、この今言ったね、もう一回再現できないことぶき式サンバソーですね。
これはね、どういう踊りかというと、五穀豊穣をお祈りする演技の良い踊りなんですよね。
今回だったら、来場してくれた皆々様に、これからも幸大きい人生をお祈りしますっていうのもあるし、
今回のこの興行がうまくいきますようにとかね、あと米の豊作を祈ったりとか、そういうね、祭りごとのための踊りなんですよね。
そもそも歌舞伎自体もですね、一番元をたどっていくと、神様へのご祈祷から始まってるんですよね。
だから日本のこういう伝統芸能というのは、大体が神事、祭礼っていうかね、神様のね、お参りごとであったりとか、あとお祭りとかね、そういったことから発展していってるというものらしいですね。
これ全部、今日の音声解説の受け売りを話してるだけなんですけども。
ただね、この五穀豊穣のこの踊りをね、ヒップホップダンスも顔まけっていうね、素晴らしい舞踏を見ててね、やっぱりね、この解説聞いてて面白いなと思ったのが、
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この大地、土地からはね、すごく邪気が大地にはあって、この大地から立ち込めてくる邪気を、ダン、ダンっていうね、歌舞伎特有の足でバンって板のね、板間をどんと足で踏み鳴らして音をわざと立てたりするんですよね。
あと横に横手で、歌舞伎役者の動きに合わせて木をカンカンって叩いたりとかして、音をイヨー、カンカンとかね、音を立てるんですけれども。
これもね、大地を足で踏み鳴らしてですね、土地から立ち上がってくる邪気を封じ込めるという意味があるっていうような解説をしているのを聞いて、やっぱりね、やっぱりそうかと思ってね。
私は、不動産というか、大地にはいろんな恵みもありますよね。いろんな植物の芽が育ってきてですね、お米も大地から、野菜も何でもですよね、大地から植わってくる。
そして私たちもこの大地の恵みをいろいろいただきながら生きていけているという、大地っていうのは恵みっていう意味もすごくあると同時に、やはりね、多くの何かを埋めている、奥の奥の中にはね、いろんなね、ただならぬ陽気というかね、邪気みたいなものっていうのはすごいはらんでるんじゃないかっていつも思ってるんですよ。
だって死ねばね、土に埋められたりとかね、昔はね、今は火葬だったりしますけども、火葬といえばまたなんか私よからぬ方にあの頭が発想が行ってしまうんですけど、今ちょっとそれは封印してですね。
だからね、この不動産っていうのはものすごく、不動産ってちょっと話があれですね、大地、土地にはね、いろいろやはりね、良くない邪気みたいなものもね、はらんでるっていうのを、それを踏み鳴らしてね、勇めるみたいな。
日本人っていうのは、大体の文化がね、中国とか朝鮮半島からいただいてきたものが多いんですけど、それを独自にアレンジしたりとかして、独自の発展を遂げてるんですけれども、信仰心がね、いろんな他の国に比べて、かくたる宗教がないっていうのがあるんですけれど、
でもね、矢をよろずの神っていうね、言い方がありますよね、言い方というか考え方というか、日本人はだから、かくたるね、この例えばお釈迦様とかイエスキリストみたいな、かくたる神を持ってないようなんですけれども、
この自然にね、ある神羅万象、ものとか、自然だけじゃなくてものや場所や、ありとあらゆるものに神々が宿ってるっていうね、考え方をしていて、そういういろんな神々と、なんかこうね、こっちの神さん、あっちの神さんって言って、ヘイヘイって言ってお参りするみたいな、非常にね、悪く言うといい加減なんですけれども、
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よく言うとね、なんかこう、優しいなっていうこの自然とかと、一神教っていうのはね、常にね、危険なんですよ。話がね、一気にここから本題に入っていくんですけれども、この歌舞伎を見ていてね、やっぱりこの矢をよろずの神さんと仲良くしていくみたいな、そういうものをすごく感じたんですよね。
で、この一神教がないっていうことが、実は日本の弱さでもあるけれども、まあでもいいところでもあるなっていうことをね、歌舞伎を見ててまたね、すごく実感したんですよ。
日本にはその確たる神様がいないっていうことが、ある種の弱みにもなってるんですよね。たとえば、精神的支柱がないんですよ。日本人ってね、たぶんね。
たとえば、欧米とか、私はアメリカばっかり、アメリカしか詳しくないんですけれども、でもキリスト教とかね、そういう何かこう、自分たちの善悪の道徳心とか、ここで何か悪いことをしたら神様が見てるよとかね、そういういろいろこう、心、精神、あとそういう善悪の道徳心とか、そういったものの柱となる宗教があるわけなんですけれども、
日本人にはそういう確たるものがないっていうことがね、やはりアイデンティティが由来だ時、自分が精神的な支柱としてどこに自分の礎を持つかっていうところが、やっぱりね、海外の一神教の国に比べて弱いなと思うことがあるんですが、この一神教っていうね、神が一人しかいない、一つしかいないっていうことを思うことによって、
どれだけ今まで戦争が行われてきたかっていうことを考えたら、日本人のこういういい加減だけれども、あっちも立て、こっちも立てっていうところは、そんなに悪いことじゃないなっていうことを、なんかね、改めて歌舞伎を見ながら思いました。
それとその不動産というかね、土地っていうことについてちょっと考えてたんですよね。今日歌舞伎見ながらね。この土地をね、土地から立ち上ってくる邪気を封じ込めるためのこの舞踊というかね、舞踏を見てて、私はもう不動産というのはものすごく取り扱いが難しいものだと、なんか本能的にいつも思っているところがあって、
ここ昨今のね、いろんなこの戦争とか見てて、いろいろ思うことがありまして、ユダヤ人ね、この間プラダを着た悪魔2を見て感動したっていう配信もし、また木本理子さんと対談もしたりとかして、今もまだ熱冷めやらの状態ではあるんですけども、
もうあれを見ててもですね、もうあのなんていうかな、今のアメリカのね、ほとんどユダヤ人が動かしてるんだっていうことが、あの映画一本見ててもわかるんですよ。もうテレビ局、出版社、言わずと知れた映画産業ですよね、ハリウッドとか、もうすべてユダヤ人が牛耳っている上にですね、ウォールストリートというか、あれですよね、株式市場とか、
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金融関係、すべてユダヤ人が牛耳ってて、で今はこの政治とかもですね、裏ですべてあの動かしているのはユダヤ人だっていうのは、時々自分の配信でもしてるんですけれども、あのその時々にその時人気が取れそうな大統領を上に乗せるわけですよね、乗せるというか、あの掲げるんですよ、今はトランプ大統領、以前はオバマ大統領、ねっていうふうにいろんな大統領立てるんですけど、実際の祭りごとを
あのねあの祭りごとを実際にその動かしているのはユダヤ人だっていうのは本当に本当にそうそれはね陰謀論でも何でもなくてあって、でこのユダヤ人の歴史っていうのを考えた時に、ユダヤ人っていうのはねずっとこの土地をね、あの自分たちの国を持てない民族だったんです。
他人というか、あの他国の国に、えっとなんていうかなノマドのようにしてね、あの遊牧民じゃありませんけど、あのそこに居ついているんですけど、いつ追われるかわからないわけですよ。
自分たちの国を持てない、でそこであの有効的に住まわせて、住むことを許されている間は住めますけど、いつ何時ねこの政治の情勢が変わってユダヤ人に対して厳しい政権が、あのなんていうかなその国を統治するようになったらまたすぐ追い出されたり弾圧されたり虐殺されたりするっていうことをもうずっと繰り返してきている民なんですよ。
だから彼らは全部ポータブル、あの持ち運びができるっていうことにこだわってるんですよ。だからえっと不動産を持てないからね、あの持って逃げれるものだから、あのなんだろう鉱物ね、あの宝石とか、あとは頭もですね、もういつ自分たちの持ち物を全部没収されるかわからないんで、どこにでもあの生かせる能力をもう叩き込まれるんですよね。
だからユダヤ人には優秀な人が多いんですよ。楽器が弾ける、で暗記力が抜群だとかね。もうまずユダヤ人のあの成人式っていうのは男の子が13歳、女の子が12歳でも成人式なんですよ。
この成人式ではですね、このユダヤ人たちのあのまあ元々の言語、ヘブライ語でね、全部あの分厚い聖書をすべて丸暗記して、それをみんなの前であの読み上げないといけないっていう儀式があるんですよね。
でこれユダヤ人の人に話を聞くとですね、もうこのもうねこの成人式でこのあの何これトーラって言うんですよね。この聖書読み上げを。でトーラをするためにもう膨大な時間をかけてこの太い聖書を暗記しなきゃいけなかった時のあの恐怖感を考えたらその後のその例えばそのいろんなね大学とかあの諸々のいろんなその勉強とかって全然大したことがないっていうぐらい辛い
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あの経験というか体験だったらしいんですよね。本当にねあのものすごい分厚いものを丸々暗記してそれをねみんなの前でシナゴーグであの発表しなきゃいけないということをやるんですよね。だからこの人たちは本当に厳しい教育をそもそも受けている背景には絶対自分たちがあの自分たちの持ち物だとね。
あの自分たちの国を持てなかったっていう悲しいその悲劇の民であったということがあるわけなんですよ。ところがですね今イスラエルという国をですねあのまあこれパレスチナ人からあの奪うというか無理やりパレスチナ人の了解を得ずにですねもう何世紀もずっと住み続けてきてたパレスチナ人がいるのにそこに無理やり勝手にですねユダヤ人の国を作っちゃったわけですよね。
これはだから第二次世界大戦が終わった1945年の後1948年にね建国されたんですけれどもまあこの日からですねずーっとあのここの中近東のねあのパレスチナとイスラエルっていうのは揉め続けてきてるわけなんですけどこれはえっとねあのイギリスにすごい責任があるんです。イギリスがもう本当に許せないんですよ私は。
もうこれはね謝罪しなきゃいけないしイギリスとアメリカは本当にこれに関しては酷いことをしてるってかこのずっと延々に終わらない戦争の原因を作ったということでもうあのものすごく責任があるけど絶対謝らないしあの何もしませんよね。
これこの辺りのねあの背景っていうのはアラビアのロレンスっていうね映画を見るとよくわかります。アラビアのロレンスはかわいそうにこの時にねパレスチナ人を丸め込んでねこのイスラエルの建国をまああの成し遂げてしまったその時にまあ利用された人ですよね。
でそのためにね頭がおかしくなって最後狂ってしまったんですよねあの両親の過酌でねまあそういう悲しい歴史があるんですけどもでも何かいろいろ何を言ってるのかっていうと結局ずっとねあの追われて弾圧されて虐殺されてきたユダヤ人がですねついに自分の国を持った途端にですねあれほどひどい目に遭ってきて
であのドイツであのホロコーストっていうねナチスによってあれほどその大量虐殺ジェノサイドって言うんですね今ねジェノサイドをされてひどい目に遭ったにもかかわらずですねいざ自分の国ができた途端にね今度自分がジェノサイドをする側になったっていうのを見た時の絶望感がね本当にあったんですよね
うんあの一番この虐殺されることのあの悲しみと恐怖を誰よりもわかっている民ユダヤ人がね結局こういうふうに同じようになるっていうことはまあ人間というのはもうひとたびあの国とかね自分のこの土地とか資産とかそういうものを持ったら絶対にそれをね支出したい守りたい誰にも奪われたくないで何ならそれを広げたいというねもうこの本能っていうのはもう人間のあの深い
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豪というかねあのものすごくあの誰もが持っている根源的なあの邪気なんだなということを改めて思ったりしたんですよね今のこのずっと続くあのこういう問題ねこれはあの強いて言えばウクライナとロシアとかも全て同じですしね
うんなんかあの人類というのは常に戦争は良くないっていうことをねその言うことは簡単なんですけれどもずっとこういうふうにねあの自分たちの国を守る
強いては広げたいそして他国を侵略するっていうことをずっと繰り返してきているのがね人類の歴史だと思うとこれがね人間の差がというか人間の本能なんだっていうことをね悲しいけれども認めざるを得ないなと思ったりするんですよね
まあまた話をね歌舞伎に戻すとまあこういう平和的にね矢をよろずの神様とねこういう神羅万象とあのなんとなくこう
寄り添いながらね生きてきた日本人なんですけれどももちろん日本人がじゃあ他の他国と比べてとてもあのなんていうかな優しいあの戦いを好まないあの民族化というと全然そんなことなくてもう散々血を流しまくってきて
朝鮮半島にもね攻め行ったりとかめちゃくちゃましてでまぁ大きな対戦にねそれから向かって行ったりしてね
日本も他の国と全く同じことをしているんでね同じ 豪の深い民族なんですけれどもね
だからこういうねあの武闘というかねこういう豪国豊穣で神羅万象と寄り添ってね あの優しく生きていきましょうみたいなこの
武勇を見てるとね歌舞伎のやっぱりね私がなんか日頃 感じていたこのなんかやっぱり土地を持つっていうかねと土地とか国とかね
そういうものの邪気みたいなものをなんかこういう円溜めの力でね なんか散らしてるというかでもこういうのっても個人の力ではどうにも抑制も何もできませんからね
でこの庶民の娯楽としてねまあこういう形でなんとなくこう 邪気払いするというかなんか発散させてまあもうどうにもならないことはとにかく円溜めで
散らしていこうみたいなこの日本人特有のね いい加減さというかそれをねあのむしろすごくなんか美徳だなとさえ思いましたね
なんかねままならないことで日本人はまたすごく天才に常に見舞われる あの国ですからねそういったままならないことに対してなんとなくこういう
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あの円溜めでなんかこう 庶民があのストレス発散をしてきたって言うねこととか
なんかいろんなことをね歌舞伎を見ながら思いました はいというわけでねうんあのなんか別にナショナリズムの意味ではなくてねあの日本で
やっぱなかなかに優れた国なんじゃないかなっていうことを この伝統芸能を見ながら改めて思いましたこの芸能のそのすごさとかね
そういうことだけじゃなくてそこのなんか込められている なんかこのいい意味でのいい加減さと何か包容力とか
うーんなんかあと一心教じゃないことを改めてしつこいんですけど 一心教ってね何もいいことないよなぁとまたいろいろ思ったりね
なんかとにかくいろんなことをこの歌舞伎を見ながら思ったというお話でございました はいそれではごきげんよう