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26/07/03 ロイヤルホストでしゃべってます。
2026-08-02 1:09:19

26/07/03 ロイヤルホストでしゃべってます。

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いい文章とはなにかについて。

感想

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サマリー

このエピソードでは、「良い文章とは何か」というテーマについて、参加者たちが自身の経験や考えを語り合います。良い文章の定義は曖昧であり、読みやすさや普遍性だけでは測れないことが指摘されます。個々の作家の模倣から始まり、自身のオリジナリティを見出すプロセスや、文章における「パーソナリティ」や「スタイル」の重要性について議論が交わされます。 また、現代美術や音楽業界におけるスタイルの確立や、それが必ずしも幸せに繋がらない可能性についても触れられます。文章の「悪文」とは何か、文法的な正しさから逸脱することの面白さ、そして読解力やインプットの質と量がアウトプットにどう影響するかについても考察します。最終的には、文章を書く動機が「読む快楽」や「言葉遊び」といった個人的な娯楽にある可能性が示唆され、読者への作用や機能性についても言及されます。

「良い文章」の定義と模倣からの出発
おしゃれなブッククラブ
けど どうしてそうなったかみたいなのを言えばすごくわかりやすい
どうしてそう いい文章ってなんだろうって思ったんでしたっけ
最初ですねそうですねいい文章書きたいんだ僕がいい文章を書きたいって言う のが発端なんですけどただそもそもいい文章って何だろうっていうのも定義が
わからないですね 運送
いい文章に定義がわからない 今日あれでしょ
文振りで 陣を出して
前回の文振りで陣を出して で
やってみて味を占めて なんだけど実際にこのいい文章って何なんだみたいな
そうだから読みやすい文章をまずは書きたいと思ったんですけど 読みやすさといい文章ってイコールじゃないよ
普遍なんか普遍じゃないけどある程度大きな 気づきという
命題があって 悪文とか読みづらいけど
なんか心に残るとかクセになるとかまた読みたくなる文章であるんですよ その人にしか書けないみたい
さすみ茂彦みたい
西下彦はそうですね僕はすごい良い文章だと思う 僕も良い文章
あんな嫌味な文章かける人なかなかいない あれでしょその平野くんに
その人で文章を書くときに どういう風にしたらいいのかって聞いたんでしょ
そう聞いた聞かれましたねたら 真似をした方がいいんですみたいなのが要は好きな人の文章の真似をしてみたら
いいんだよ最初は模倣から入るんですよ 話だから相談を受けた時はまああんまりコス筆が進まないみたいな感じなのかな
とりあえず 書いちゃうには
自分の好きな文章とか作家の真似をするのが一番早いし まあ真似しても結局は何かどっかで自分の
なんかどっかで自分のオリジナリティみたいなのが出てくるだろうから 誰でも結構模倣から入るんじゃないかなと思ってそういう
ことを言わせてもらったんです 具体的な名前は出したの?その時に
いやいやそれは多分鈴木さんが好きなものを真似ればいいのが一番いいのかな そうそうそうで頭に浮かんだのがあったの?
誰か人の名前が 関しろ
あー ちょっとちゃんと読んだ方がいい 関しろです
関しろと もうエッセイなんですか? エッセイだからエッセイっていうか嘘エッセイですよね
ルノワールの人? ルノワールの人
ルノワールのエッセイを書いてるの? 今日ルノワールでみたいな
喫茶店で起きたことを書いてる リラックスで一番後ろの部屋に
僕はもうほぼ目にしたこともないんだし
伝説だよ 伝説だとは聞いてますけど 集大的に
関しろだったの?一番最初に頭に浮かんだのは関しろの文章 関しろとやっぱ村上龍だね
どういう衣装っていうか 69を模倣しようかなって思ってた
村上龍の中でも69だったんですか?
それは好きだった? 好きだし高校の時に読んで衝撃を受けたから
原体験的な感じで 関しろも高校の時に好きだったので
そういうのを一応読み直したの? 読み直したです
関しろは読み直したと思う もうちょっと上につけてもらっていい?
関しろは読み直した
あとなんだっけな 何が好きなんだろう? リラックスの時のやつって本になってるんですか?
なってるなってる それが文庫になって持ってたから読み直して
あとなんだろうな 若林系は好きだよ文章
若林さんの文章は組み立てとかエピソードの入れ方がすごい好き
それを実際やってみて 結果その時系列的にはその後で
いい文章って分かんなくなった? 書いてる時から分かんないし
書いたやつ読み返しても分かんないし パーソナリティが出る文章がいいんだよな
鈴木さんの文章だなみたいなやつがそれが欲しいのよ
下手でもいいんだよ 癖が強いみたいな感じでもいいの
自分はそう思ってる シグネチャーがあるみたいな
サインみたいな感じだから スタイルがあるみたいな
それが僕もすごい分かります 僕はどっちかっていうと文章書くのが好きで
ずっと続けてきてますけど 自分のスタイルがまだ見つからないみたいなのはあって
それ見つけた人は強いなっていう気がしますね
スタイル、パーソナリティ、そして自己発見
ファッションとかでも言うじゃん 自分のスタイルとか
これも出典があやふやで適当に言っちゃいますけど
細野晴海とかも自分の歌い方を見つけるのがどうこうみたいな
彼は見つけてるの?
僕の記憶だと最初は自分の声があんま好きじゃなくて
言ってたけどどっかで自分の
自分はこう歌えばいいんだなみたいなのが見つかったんじゃないかなっていう話を
どっかで聞いたことがあります
自分のスタイルって
それって多分自分が好きな本とか関係ない可能性あるじゃないですか
自分こういうのすごい好きだけど
それを自分がやれるかっていうと全然違ったり
ヤミキン牛島くんの作者いるじゃん
名前なんでしたっけ?調べましょうか
そういうのね
こういうの調べていこう
前回から学んだことはね
マシマみたいな感じだったと思う
真鍋翔平さん
真鍋さんのヤミキン牛島くんの作者が影響を受けた好きな漫画
ドラえもんだよ
現体験
現体験じゃん
それって例えば音楽みたいな
まあまあ
ビートルズですってことじゃん
まあね
お菓子かない
全然
確かにね
そりゃそうだよね
スタイル持つって本当にいいことなのかね
どういうことですかその疑問
自分は例えばファッションのこととかで
よくスタイルを持つことですね
踊れのスタイルを持つことが重要なんですみたいなことよく言うんじゃん
で出てくる例が
なぜかだいたいスティーブ・ジョブス
へえ
とかほらああいうノンコアっぽい感じだから
一世三明のヒントリーヴァイスの501
ちょうど同じやつやってるけど
彼にはそういうスタイルがあるからみたいな
トム・ブラウンもそうだよね
グレーのスーツ白いボタンダウン
リングチップのレザーシューズとかそういうことじゃん
それって幸せなのかって思ったりもするけど
その場合のスタイルって
実際のところむずいっすけど
その場合のスタイルって新しいものが求められるんですか
例えばジョブスはこれを作ったやつだみたいな
オリジネーターとしての価値って意味なのか
でもさジョブスって
周りの人彼がスタイルだと思ってたか分かんないけど
周りの人が勝手に言っただけだよね
って思わない?なんかそれって
文体もそうなのかもしれないけどもしかしたら
別にハスミシゲキコもあんな嫌味に書いてないかもしれないよね
嫌味だと思ってないかもしれない
普通ですけどみたいな
そうそうそうそう
何が?みたいな
確かに文章の
パーソナリティっていう話だと
スタイルってもしかしたら関係あんのかもね
パーソナリティっていうのが
それって自分のパーソナリティみたいなのが
出てるなとか出てないなっていう
判断っていうのもあるわけでしょ?
私に?
私は今ないよ
だってそんなに書いたことないから
パーソナリティ自体がまだ分からない
未成熟というか
発見されてない
あるのか分からないし
発見されてない
ないって可能性もあるのか
作っていくっていうのは書くことによって作るみたいな
だからひなのくんはもうあるんだけど
自分は気づいてないけど
俺はもしかしたら気づいてるかもしれない
鈴木の方が分かってる可能性があるよね
日記を読んでて
結構量とかもあるかもね
量はあるよ
絶対ある絶対ある
ただやっぱり
読んでると影響は確実に受けちゃう
自分が前のを読んだりしても
これ明らかにあれ読んでたからこうなってんなみたいな
分かる自分って
宣伝されてる感じっていうよりは
寄り道を繰り返してるような感じもあったりはして
結局自分の中では
こうっていうのは別にまだ見つかってはないですけど
ただそれ
今言ってたみたいに
できてる風に見える人も
それ自覚してやってるのか分かんない
そうそうそうそう
そこが不思議というか
何も考えず書いてるわけはないと思うんで
どっかでは工夫を凝らしてるはずなんですけど
その工夫によって
ブレないように見えるのはすごいなと
撮る前に話してましたけど
カート・ボネガットとかって
明らかにボネガットっぽいみたいなのもなってる
あれはなんか
あの人って元々何だった?新聞記者?
何だっけ?
エンジニア?
エンジニアではない
文章の「悪文」と時代による変化
広報だったかな
そういうメーカーの
ジェネラル・エレクトリックスだったかな
Gだ
工学系の
ただエンジニアではなくて
だった気がするんですけど
職業でテキストを書く人?
広報とか
パチパチ書いてて
雑誌とかに短編とか載って
お金稼いだりしてて
どっかで一本でやった
切り替えたものだと思うんですけど
アメリカはあれだよね
作家とか美術家とかもそうだけど
専業になる前の全職結構面白いよね
みんなやっぱり
ピンチョンとかもテクニカルライターだったし
そうなんだ
本当に仕事なのかバイトっぽい感じだったのか分からないですけど
そういう経験はあったっていうらしい
そうなんだ
あとあれだもんね
それこそ大学とかで
そういうクリエイティブライティングみたいな
コースみたいなのもあるもんね
実際に
っていう感じらしいですね
一応確認させてもらって
ボネがあって
ゼネラルエレクトリックの広報だった
その前戦争行ったりもしてるんですね
そうだ銃軍もしてるもんね
味方から爆撃を受けるやつ
ドレスデンにいた時
そういう
どうやって
軍隊みたいなものを
発見していくのかってことだよね
不思議っちゃ不思議なんですよね
しかも
軍隊あれはいいのかっていう話もある
でも軍隊って普遍なんですか?
いい文章とか
いい文章って
時代によって
どうなんでしょうね
普通に流行りってありそうな気がするけど
今は短いほうがいいのやっぱり
一つの文章
言い切るとか短いとか
なんか
あんま文芸の世界とかって
文章がいい悪いみたいな話ってあんましないイメージもあるんですよ
わざわざみたいな
昔はあったんですけど
もちろん作品が
それこそ本当
人文学みたいな言葉自体が
あんまり流通しなくなったら
それこそ軍隊みたいな話も
あんまりしなくなった
なんか
批評的に
こういう書き方がこういう効果を生んでるとか
ここはこう書いたことで
こういう作用が小説の中で発生してるみたいな
批評はすると思うんですけど
広い意味で文章が上手いみたいな
いい文章だみたいな語りってあんま見たことない
なるほど
あれかも
現代美術とかが
今や美しさについてあんまり語らなくなったとか
っていうのもあるのかも
いい絵だとか絵が上手いみたいな
あんま言わないみたいなこと
テクニカルなことってあんま言わなかったわけですから
現代美術とか
あのほら
ジュシャン以降は
あんまりそういうこと言ってもしょうがないよねみたいな
なんだっけあの人
ベンキの人ね
ベンキの人ね
ジュシャン
ジェフくんじゃなくて
あの
サメの人
ダミアンハースト
ダミアンハーストとかってもはや
ダイヤモンドを散りばめたスカルとか作ってるけど
あれも発注してるんだよ
タダタダ
村上隆とかもそうだけど
コンセプチュアルなものって
仕上げが素晴らしいですねとか
いう話じゃないよ
村上隆に対して
いや上手いですねとか
あんま言わないみたいなところがある
だから実際
実は
ピカソ絵上手いんですよ
みたいな話とかって
あるのはあるけど
あんまり美しさの話
みたいなんですね
現代美術ではあんまりしなく
なってはいる
なるほど
悪文ってなんですか悪文って
読解力と「書く」ことの関係
悪文は
文章において
自分の中だと単純に結構
文法的に正しくない
言葉とか
ルールにのっとってない言葉みたいな
ぐらいで使っちゃってるんですけど
作品とかじゃなくて
本当に素朴な
自分の体験で言うと
人から文章上手いねとか
面白いねとか
綺麗な文章書くね
って言われた時は
大体
文法壊して書いてる
そうなんだ
単純に人が書かないように
書けば
止められるのかなって高校生ぐらいの時
思ってました
それはどこまで書こうと思ったんですか
読者として
読んだ時に
これは全然有名じゃないかもしれないですけど
山崎晴美っていう
80年代
70年代80年代ぐらいの
編集者であり音楽家であり
ライターであるみたいな人の
エロ本雑誌で好きだったやつ
タコとかガセネタ
っていう
音楽グループもやってたりしたんですけど
文法的には
めちゃくちゃあったりして
でも読ませる
読ませるんだよね
いい印象って
平野くんは
そこらへん
影響を受けてる
そういうこと
現体験みたいな感じ
ある意味やっぱり
世代的にめっちゃずれてる
それは自分でも
なんでだろうかと思いますけど
それはいい
やっぱり
正しい文章って
言っても
日本で義務教育受けてたら
ある程度は逸脱せず
書けるみたいなところは
あったり
文章書こうって思う人の中だと
みんなそれなりに文章の
基礎みたいにできてる人が多いと思うんで
そこから
目立とうとすると
白文に行くというか
自分らしさとは変わりますけど
どっかでどう崩すかみたいなのを考えると
文章では見せるみたいなのって
面白いんじゃないかって思ったりしたことがある
それこそこの
今ここにある本当のことを書く練習って
ドモイ・ランさんの
本があるんだけど
それで
ドモンさんは要は
若林圭さんの
テキストを
引用して
引用されてるのか
いい文章を書くには
どうするかっていうのを若林さんが
書いてるのを引用してるんだけど
何を引用してるかっていうと
どんなことを若林さんが
言ってるかっていうと
上手く書けないってことは
そもそも自分が書いた文章を
読めてないんだっていう話をしてる
読めてないから
直せない
イコール書けない
読解
だから文章の
いろんな本を読んだとしても
やっぱりインプットで
いかにたくさん読んでるかがアウトプットに
つながりますみたいな話をめちゃくちゃ出てくる
いろんな人が書いてて
そうなんだって思うんだけど
確かにただただ読むだけ
ストーリーを追うとか
自面を追うとかじゃなくて
ちゃんと読解して
背景もコンテキストを読めるか
っていうことだと思うんで
だから量ではなくて
質の話を知る
質×量でそれをたくさん読むことで
さらに
書けるようになるみたいな
それに尽きるのかなって
思っちゃったりはしましたね
確かにね
読めているのかっていうのは
すごい重要な話だよね
だからめちゃくちゃ読めてる人は
知らず知らずに書けるようになっている
もしかしたら
それこそ
あすみしげひっ子とかが映画について
言ってるのってちゃんとお前ら
見てるのかっていう話だった
みたいな
そんなの映ってないよみたいな
話だったわけじゃない
勝手に想像してるだけでそんなこと言われてない
描かれてない
ちゃんと見たらそんなものは映ってないですよ
っていう話とか
ちょっと似てるのかもしれない
確かに
読めてるからバカ
そこまで話広げると
批評できるか
みたいなこともあって
この本だと
本当のことを書く練習って書いてあるんですけど
練習法とか書いてあるんですよ
まだ読んでないでしょ
読んでない
こうやってったら
いいんじゃない
自分に向けて書けみたいな
自分に向けて書け
日記みたいな話だよね
自分にノートを
読ませない前提で書く
っていうのあるよね
そういう
今のところの
テクニカルな
文章についてテクニカルな
スキルに関する
こうじゃないかなみたいな
あれはある
私の中で文章を書く上で
例えばそういう
どういう風にしたら
もしかしたらいけるんじゃないかな
みたいなのっていうのはない
ない
ない
あるよなんかそれって
読者を驚かせる文章と小説の書き方
技法として言うならってこと
そうそう
例えばわかんないけど
適当に言いますけど
1ヶ月後の
週刊文春ね
週刊文春に
エッセイを書いてください
テーマは
夏休みで書いてください
って言われたらどうする
でも
さっきのとちょっと似てますけど
基本やっぱり
想像
してないことを書くのが
読ませることだと思う
受けてが想像してない
イメージ通りだと
読みやすくはなるかもしれないけど
夏休みの
想像の範疇になっちゃう
僕がやらないことで言うと
私も夏休みといえばみたいな
書き出しがしないので
冒頭でいきなり
本当すごい適当ですけど
フライドポテトを
食べるときはまずみたいな
いきなり行くみたいな
もしかしたら
日常とか
丁寧な文章みたいな感じで言うと
相手を驚かさないように
まず
最初は
こういうことを説明して
こうしますみたいな
論文とか
っていうよりは
びっくりさせたほうが読まれるんじゃないかな
いきなり
いきなり書くみたいな
順序をよく書くんじゃなくて
唐突に始めるみたいな
なんかあれだね
バズる文章教室みたいな感じ
みたいなのは
その連続が気はするんですけど
どっかで
裏切られない感じが続いちゃうと
読みたくなくなっちゃうのかな
みたいな
フックをどこに持っていくか
フックをみたいな
それはなんか
自分が
どんなジャンルでも
そうしたほうがいいのかなって思ったり
してることではある
それはフィクションであろうと
例えば
そうですね
昔々あるところにはさすがに
もうないだろうみたいな
いかにもフィクションっぽいけど
ちょっとそれだと
その瞬間ちょっと
この文章大丈夫かみたいに
読むほど無意識に思うかもしれない
ちょっと話が変わるかもしれない
小説はどうやって書いてるの?
小説どうやって書いてるか
まずはプロットを書く
要は現代作家とかって
割と設計図を書きます
みたいな人いるじゃん
登場人物とかプロットとか
時系列とかを書いて
逆にそれを外すか
みたいなのを考える人もいると思う
っていう風にやるときも
全然あります
でも小説書いてるけど
全然わかんないです
書き方が
私あとめちゃくちゃ書き直すっていうの
自分やりますけど
それも小説限らずです
書き直すほど
よくなるような気がしてる
そうなんだ
なんか
それこそ本当に
なんだろう
それこそ本当に
はすみしげっ子とかが言うのは
芸術っていう分野の中で
例えば
シーカとか
絵画とか
建築とかも一緒に書いてる
そういう中で
結局一番最後に出てきた
ジャンルっていうのが
小説
っていう
ジャンルが
近代的なジャンルとして一番出てきて
ゴダールが言うには
芸術の分野の中で
一番最後に出てきたのが
映画だっていう
ゴダールは言うんだけど
20世紀的なものとして
映画っていうのが一番最後に
勤める
なんかはすみしげっ子とかが言うのは
小説っていうのは意外と
ジャンルとしてまだ全然成熟
成熟っていうか
まだ
なんて言うんだろう
みんながどういうものかっていうのが
分からないもので
あるから
分かったふりして
やるのは
ちょっと違うだろうみたいなこと
そうですね
個人的に小説って結構
なんて言うんだろう
異端なものが
正当とみなされてきた感がある
カフカとか
ジョイスとかって
絶対小説っぽくない
ってなったはずなんで
これ小説じゃなくないみたいな
なんか
何起きてるか分かんない
メルビルの白毛とかも
最初なんか
クジラに関する文章の
いろんな引用がバーって書かれてる
小説なのこれみたいな
だから小説の定義って
小説っぽくないことみたいなのに
どんどん歴史が変わる
面白いですね
なるほど
難しい
どんどん
難しくなってくる部分があるかもな
でもそれだけ聞くと
小説を書くってめちゃくちゃかっこいいね
逆に
ある種可能性が広がってるとも
まだ思う
別にノンフィクション仕立てでも
いいわけですし
論文仕立てでも別にいい
とか詩みたいに
開業がすごいされてるとか
別になんか
小説って全部入れ込める
土壌だから
なるほどね
なんとなくみたいなのがあるけど
「エクスキューズ」と断言のバランス
それは本当
作品と商品の違いっていうか
そうですね
商品としてだったら
多分
みんなが読みやすいようにとか
そういうのが
ストーリーテリングとしては
こういう風にやった方がいいですよみたいな
それはもちろんあるとは思うんだけど
作品としてだったら
特にない
確かに
いわゆる名作みたいに並べてったら
絶対どっか変なところがあるけど
本当にこれでいいの?みたいな
共通点があんまない
確かに
そう
あとちょっと戻ると
テクニック的なところに行くと
小規模な話になりますけど
エッセイとか
そういう話に行った時に
個人的にはまだ
今の世の中的に
エクスキューズを書きたくなる人は
多いんじゃないかなと思って
こういう考えもあるかもしれないなとか
なるほど
言い切らないと
延長防止
反論を
予測しておくみたいな
なるほど
書くにあたってはクオリティ高めるかもしれないですけど
それを最終形に載せちゃうと
結構
やぼったくなる
もしかしたら最後の最後は
リスクを追って
断言っていうか
別にそこに配慮というか
分かってますよ感出さない方が
読んでて
面白くなる
分かってますよ感出さない
こういう考えの人たちがいることは
分かってますよみたいなのを
滲ませない
ポリコレ外してませんよみたいな話
それはそう思うのか
そういうことなのかな
みたいなのは
ノートとかの文章でいっぱい
ありそう
あー
すごい雑に言うとね
ノートとか半分
コミュニケーションの延長みたいなのある
SNSだから
いいねとかコメントとかレスポンスが欲しいから
それは自信満々であれ
とかっていうのとはまた違うんでしょ
そうですね
もちろんそれは違うけど
なんか
文章としての
ソリッドさみたいなのを
考えると
主張としてのソリッドさ
ソリッドさと言えばさ
前に
平野さん自分の文章を
AIに加わせて
デビュー
させたみたいな話あったでしょ
させましたみたいな話
あれの時に
書いてる主体自体が
変容してない
書き手の中の
それはなんかエッセイを読み込ませて
文学的に評価してくれみたいな
言い方をしたんです
これが一つの文学
エッセイだけど文学として捉えた時どうか
一番なんか
記憶に残ってるのは
語り手が変容してないから
一つの文章
だから面白みに書ける
というか
それって
そういう
良い文章とか
とかっていうのとは繋がるの?
良い文章か
話が面白いかみたいな
面白さ
内容に近い話
分け難い話ではあるんですけど
内容と書き方ってもし分けたなら
僕が今まで語ってきたのは
結構書き方の話
語り手が変容するかどうかっていうのは
内容か
ストーリーみたいな
コンテンツの方みたいな
変化を求める読者と執筆の動機
なるほどね
そういう書いてる主体の
変容みたいなのっていうのと
鈴木くんが言ってる
パーソナリティが
出てくる文章っていうのって
繋がらないじゃん
言えば
一致しないからってこと?
主体が変容していったら
パーソナリティ出てこないじゃん
そうなのかな
そこ繋がるのかな
その個人がどう変わったか
っていうことなんで
そこは成立すんじゃない?
文章ってのはもっと
ナレーションみたいな感じなんですかね
でもそうとも限らない
時間の経過みたいな
小説で想像すると
前半と後半で書き方が
変わるってのはありえそうですよね
単純な例しか思いつかないですけど
アルジャーノンに花束を
ネタバレっぽくもらっちゃいますけど
語り手の知能指数みたいなのに応じて
文章が変わったりする
すっごい分かりやすく
変容と言えば変容
それって確かにコンテンツでもあるよな
AIが言ってる変容っていうのは
ある種そういうことなんだと
ロランバルとかなんか言ってたもんね
明るい部屋
あれも変容とは言ってましたよね
あの本は写真論の話だけど
自分の
おばあさんだかお母さんだか忘れちゃったんですけど
自分の家族の写真を
例として載せなくなって
載せられないという
本人の感情が
その論を
超えてしまうみたいな
言い方だった気がするんですけど
それはなんか
前半は写真というものを冷徹に
分析しているっていう中だったのが
自分の家族というものが入って
そうじゃなくなってしまうみたいな変容
ってことなのかもしれない
それ面白いって
ちょっと僕もそれ読んでないんで
本当にそうなのかと思って
AI普通に間違えるときある
AI間違えたとしても
面白い論ではありだと思う
確かに
それは結構聞きかじったことあるんですよ
いわゆる小説スクールみたいなところで
行ってたんだ
行ったことないです
そこでどうやら言ってる話
聞いたことがあるのは
主人公がずっと同じだと
つまんない
漫画の編集者とかも
青年の
内政的な漫画だと
青年漫画とかに
ビルディングスロマンみたいな
成長していく
ジャンプ的な
っていうのももちろん
あると思いますけど
どこかで
変化っていうか
成長変化
アフタヌーンか何かの
確か応募
について編集者が言ってたのは
内政的な主人公が
ちょっと事件っぽいことは起きるけど
踏み出せないまま
終わって
エモーショナルになって終わる
みたいなのがあるけど
一歩踏み出して違うことさせてください
読者は変化を求めてる
なのかもしれない
変化がないと単純に
面白くないと思うのかもしれない
なるほど
今のは
あれだけど
スイクンは
上手い文章とか
パーソナリティが
すごく反映された文章とか
っていう時の
読者っているの?
読者って考えること?
いやだから
私はそんな書いたことないから
読者って考えること?
考えたことはないですけど
この前のエッセイ書いた時は
読んでくれた人が
まあちょっと面白いな
ぐらいな感想を持ってくれたら
いいかしらぐらいしかないですよ
読者
そこまで明確な
例えば真崎さんに読ませようとか
っていうのは別に
読者Aは思ってないです
面白くするだけだとしたら
書き方拘らなくても
面白くなる可能性は全然あるとは思う
平野君は考える?
読者
読者ですか
読者
誰に向けるか
誰に向けるか
そういうペルソナみたいなのいないですね
別に
こういう人に向けて書いてるみたいなのは
よぎる瞬間ってあんまない
やっぱり本当に自分
いやそうっすね
それがいいのか悪いのかちょっと分かんないですけど
でもそう
例えば面白いってだけだったら
なんか
個人的なもの
話が面白い人ってもしかしたら
その話したのを文字起こすれば
面白い文章になるかもしれない
とは思ってて
という面はある気はしてるんですよ
ほんとに
書く技巧なくても
面白い文章にはなり得るような気はしてるんですよ
一つのいろんな文章がある中でも
一つの選択肢として
喋りが上手い人が
その喋りを文字起こしたらもしかしたら面白い文章になるかもしれない
さっき言ってた若林さんが
読む能力があるなら
書く能力もあるだろう
みたいな感じで
話す能力があるのであれば
書く能力もあるだろう
かもしれないですね
繋がってそうな気はするよ
繋がってる気
書く技術って
要は面白いことを
出せるかみたいな
話だと思うんですけど
構成というかコンストラクションっぽい
感じがある
これ言ってこれ言って
結構やっぱり
単純なエピソードに
引っ張られるところもあると思う
この人がものすごい人生経験してます
それをたらたら
拙く書きました
いやでも面白いなこれ
この拙さもいいよね
それはでもさ
拙さとエピソードの
めちゃくちゃ強さみたいなのは
成立すると思うんだけど
でもいいのか
それで
今の話だと
エピソード
めちゃくちゃ強いエピソードを
持ってるイコール
面白い人生
イコール
面白い話ができる
そういう風になる可能性
あるかと思ってる
上手い文章だと思われなくても
なんかほら
えっと
機能的な文章と魂のある文章
すごい大ハードな
藤原宏ファンなわけじゃない
大ハード
めちゃめちゃ大ハードな藤原宏ファン
だけど
やっぱり今の
ポッドキャストでの藤原宏の
面白さってちょっと
グーも抜いてるじゃない
今の
話とかも
すごい面白いし
けどあれが
例えば文章になったとしたら
面白いんじゃないかな
ネタとしては
めちゃくちゃいいと思うんですけど
今の平野君の話と似てるの
だから要は
彼の場合って
本当に
シンビガンと
エピソードが
エピソードなんですよ
エピソードっていうのはネタっていうか
ネタがすごくて
あの人は別に
自分で文章書いてないしいつも
誰か編集がいて書き起こしてる
っていう感じなので
彼が面白いって
彼はもう素材でしかないんだよな
だから
なんだろうな
語り手でもなく
書き手でもない気がするんだよね
藤原博史っていう
素材なのか
それは本当に
パーソナリティがすごく
十分に反映されてると思うから
それは博史のパーソナリティだと思う
じゃあ藤原博史で言ったら
文体みたいのないってことなんですか
文体はないかもしれない
常に生だと思う
確かに
組み立てとか関係なさそう
関係ない
じゃあやっぱり
素材はどうあれ
文章っていうもので
1個外に出そうとすると
やっぱり
フレッシュラボがないと
必要になる
技術というか
そんな気はするけど
めちゃくちゃ面白い話とか
めちゃくちゃ面白い話か
ストーリーがあっても
どう文章として
加工するかというか
文章に落とすかで変わってくる
そうじゃない
その方が個人的には
ありがたいですけど
そんな気がしますよ
例えば平野くん
とかが
文章を書くぞ
ってなって
あれかなこれかな
みたいなのって
どういう風にやるかは
人それぞれだと思うんだけど
ある時点まで来た時に
いけるっていう
瞬間ってあるじゃん
これ最後まで
いけるぞみたいな
これ書けるぞみたいな
確信持てる瞬間って
あるじゃん
それは1つのまとまった
文章でもいいし
1つの
パラグラフでもいいんだけど
これ最後までいけるなみたいな
確信持てる瞬間ってあるじゃん
あれってなんなんだろうね
これいけるわ
文章のこととかって
例えば
ああいう
ネットのさ
販売ページの
ディスクレーションとか
説明のところとか
あるじゃん
あれってやっぱりすごい重要じゃない
やっぱり
なんか
そういうところに
機能する文章ってどういうのなんだろう
とかっていうのはすごく考える
なんか
シャツを買おうとして
いろいろ
探して
でなんか
ホームページに書いてあるこの文章が
ああいいなと思って
買うみたいな
実際に
自分でもそういう経験はあるけど
そういうときに機能する文章
やっぱりいい文章なのかな
みたいなのはすごく
あったりはするけど
それは本当に機能的な
買うときの
えっそれ機能的なの
なんか自分は
機能的って考えるとすごく分かりやすい
っていう感じ
機能してるっていう
だから本当にほら
言ってコンバージョンって言うじゃん
コンバージョン
言葉を促してるみたいな
まさにコンバージョンしてるわけじゃん
でもなんかさ
いや分かりますよめちゃくちゃ
辞書的な意味では
ファンクショナルというか
コンバージョナル文章は
間違ってないですけど
その
私が受け取ると
嫌な文章だよね
ああ言えば
機能的って言葉が多く
文章においての機能的って
嫌な文章
それだけはいらないみたいな感じ
逆に
三層飯島の文章
拓保さんの文章すごい好き
要は
情熱量がある人柄が
拓保さんっていう人が
俺は知ってるから
それが反映した文章だし
要は
なんだろうな
まさきさんが言ってる
ある白いシャツを
白いどっかのブランドの
ボタンダウンシャツを買う時の
ファンクショナルな文章
ってあると思うんですけど
多くの
ECとかSNSとか
服の紹介の文章って
残念ながら
要はブランドが
リリースで出した文章なのよ
どこの
セレクトショップで
見ても
オーラリーのシャツの
この
ファインなんとか
コットンみたいな
ののシャツみたいな
やつは
決まりきった素材
サイズ感色味みたいな
ものしかない
それはギフのセレクトショップの
京都のセレクトショップと同じことをしてて
ただ写真が違うだけじゃないですか
それ多分機能なのかもしれないけど
そんなのは要らないじゃん
乗らないじゃん
凶座めするじゃん
でも間違ってても
百母さんの書いた本
別の百母さんも間違ってないんだけど
そっちの方がいいわけじゃん
長すぎてさ
要は
それこそコンバージョンしてない可能性もあるし
独両率で
言ったら低いかもしれないけど
だから本当に機能性で言ったら
機能してるのか
さえわからないけど
でもそっちの方が
魂はある
ファッションとしては本当だなと思っていて
なるほど
セレクトショップだったら
いけるような気がする
書いてるイメージもあるんですけど
ブランド本体
なんか
あれですかね
語らない方がいいみたいな
文化はあるんですか
ファッションブランド
言ったらダサいみたいな
デザイナーってそういうのあるかもしれない
ちょっと前っぽい感じ
あるよね
やっぱり
古いというか
なんか
そうだね
ちょっと前のイメージですよね
言葉で補強する方がダサいみたいな
昔の職人っぽい感じ
自分は
平野君もそうだけど
音楽とかっていう
ジャンルがたまたま
すごい好きだったりするから
音楽と
言葉とか
非表現語みたいなのって
すごく密接が強い
ジャンルだから
やっぱりそういうところから
入ると
ファッションの言語って
セレクションとかね
古着屋とかだったら一体書いて欲しいなと思います
キャプションみたいな
多分なんか
同列に扱うもんではないんだろうな
と思ったりもするし
そこは
本当にあんまり
だから
例えば
食べ物の方の
ああいう
それこそ平野さき子みたいな
ああいう人
平野さき子が
なんだっけ
アルデンテで出てきた時
生まれた時からアルデンテ
で出てきた時に
これ本当新しいなって
自分は本当に思った
だから
新しい表現と「賞味期限」
これは本当に新しいなって
どの辺が新しいと思うの
思って
それの時にやっぱこういう人って
あんまりファッションとかでは
出てこないな
何が新しかったんでしょう
どんなんだろうね
自分はエリックサウスの
稲田さんってすごい好きで
カレー屋
すごい本書いてる
めちゃくちゃ書いてる
あの人って
学歴も立派
とかもちろんあるんだけど
もともとやっぱ音楽やってた人
そうなんだ
あの人兄弟の経済学部で
謎な高学歴やからね
出されるかな
出されるかな
兄弟の経済学部
それはあれなんだけど
もともとやっぱ音楽やってる人
っていうのがあって
それはすごいやっぱり
本もめちゃめちゃ書いてる
人なんだけど
それはなんか
それはすげえ納得だな
みたいなのがすごくあって
それどういう意味ですか音楽
音楽っていうジャンルが
やっぱりそういう
言葉
テキストとか
結びつきがすごく強い
っていうのと
あと
ジャーナリズムっていうか
とかともすごく
まあまあまあ
ポップミュージックっていうのは
ものすごくそういう
強い結びつきがあるから
それはすごい納得なんだけど
平野さっきこの場合
何て言うんだろうな
そういうとこじゃない
新しさみたいな
例えば稲妻さんは男性だけど
男性で
その
なんていうの
もともとそういう音楽をやってた人
みたいな
あのみたいな
コンテクストがあったら
なんとなくそこら辺は納得なんだけど
例えば平野さっきこの場合は
若い女性みたいな
あんまり見えないじゃん
なんていうか
でもあんま説明になってない気がする
そっか
分かんない
文章がちょっと新しい印象が
あったってことですか
なんかね
すごい
今まであんまり知らない
存在だな
みたいな
俺もちゃんと
本は持ってるけど
ちゃんと読んだことないけど
最近出たエッセイで
なんだっけな
すげえ面白かったのは
あの
花山賞は
港区のパセリっていう
テキストが出てきて
それはマジやべえなと思って
文章が面白くない
花山賞は
タイトルだけ言ったら大喜利
港区のパセリってやばいなって思うよね
多分ね
そこら辺の面白さみたいなのも
あったんだけど
なんかね
自分は最初に出てきたときに
すごくびっくりしたのは
とにかく
なんか
ずっと分かんない
女性で新しい
若かったのはあるけど
知らない感じだった
料理についてやってるから新しいわけじゃなくて
いっぱいいるよ
食のエッセイとか
それこそ文体みたいなのが
文体とか
言葉の選択
文章が新しかった
なんか
キャラクターとかじゃないってことですね
でもだからちょっと分かんないですけど
僕もちゃんと読んでないけど
外形的な話なんだけど
子供の頃から
食日記をつけてるみたいな
割と筋金入りはあるんですよ
多分お家も
なかなかちゃんと
しっかりした
いわゆるいいとこの子で
な気はしますけどね
基礎がしっかりしてるみたいな感じ
っていう
友達とその話してたときに
なんか
友達が例で出してたのが
シールズって
いたじゃないですか
あれとかと
自分は
ああいうシールズとかが出てきた感じ
とかと
すげえ似てるなと思ったって言われて
俺も
なんとなくは納得した
説明が欲しい
でも
言わんときゃ
俺分かんない
なんかね
世代的に一緒だった
世代はそうですよね
若者で
そういう
リベラル的な
しかもかつ運動というか
デモ的なものを伴った
活動って別に
あるじゃん
いつの時代でも
もちろん1960年代
70年代もそうだけど
何が新しいのって言われたら
何が新しい活動だって
話かもしれないですよね
市長とかの内容とかではない
時代も含めてってことなのかもしれない
だから
友達がその時に言ってたのは
明らかに賞味期限があるんだよ
めっちゃ短かったじゃん
でもヒラノサキコはすごいのは
今も生き残ってる
賞味期限
けど多分ね
ヒラノサキコが出てきた時の賞味期限
っていうのは切れたんだと思う
あー
港区の
みたいなのは多分もう
別の
たぶん例えば石城的な
面白さみたいな
ファーストアルバムだけ違った感じだったってことだよね
あー
それが何だったのかが
すごい心配する
それはあるかも
でもさファーストアルバムの
すごさってさ
受け手の時代性もある
完全に時代ある
だって5年後の人がさ
同じような
それは無理だぜ多分
確かに
いつ頃だったんでしたっけ
ヒラノサキコの
だからアナウンスとって
アルベンデ出したの大学生の時だよ
SFCの時だよ多分
何年くらい生歴
ちょうど
10
調べればいいと思う
いやーけど
そうだね
一点と全体の一致、そして「書ける」瞬間
完全にもういい文章とは何か
やっぱりなかなか
逸れていくもんですね
いやいいんだよ別に逸れてもいいんだけど
91年生まれで
これいつのアルベンデ
アルベンデいつ
あれは
これでいいのか2014年
え2014年そんなことはもっと前だった
文庫版とかってことか
あー違う違う
タンコボ
タンコボってあれどこから出たんだろう
なんかあれ多分ね
えでも2014年にタンコボとして初めて
あそうなんだ
え12年前ってこと
俺の記憶が違うな
キャップの問題だったってことですか
35なもんな
2014年に
慶応卒業
あだからそう
大学生の時に出したんだ
大学生の時に出して2014年に慶応卒業か
じゃあ合ってんな
誰がハコボドだったのね
ハコボドDY
なんで
平野さっきもだったんでしょう
音楽
あキャプションの話か
キャプションとか
機能的な話
だから
服はその色とか
音楽に比べてまだそういう
言語との結びつきが
え話戻すけど平野君が
ドリンクバーを通りに行く前の
話何でしたっけ
そういう時にこのままいけるぞ
って思うかみたいな
めっちゃ抽象的な話になっちゃうんですけど
書こうと思ってる全体みたいなのがあった時に
一行が
その一行としても
読めるし
読めるっていうのは
いい文章だし
かつそれが全体を
表してるみたいな
すごい難しいですけど
その一点と
全体が
結構
同じような感じ
コンテキストが割とふっきりしてきた
トーンとか
かつそれを全部の一文でやれてる
みたいな
そんなことある
ある
そんな境地にはなんてことない
自分の中で完璧な状態
みたいな感じ
それこそコリスさんとかが
曲作る時に
全部いっぺんに出てくる
とりあえず
歌詞も
曲も
構成も
全部いっぺんに出てくる
確かにあるのはあるかも
僕の場合それに至るまでに
違うやつを書かなきゃいけないんで
もちろんそうだよね
こうなったってなってからも
全部それに合わせて書き換えたり
それを
見つけられたらいい
いけるって思っても
完成形が
いけると思った時点で
考えたのとは別には
なるんだよ
なるんだけど
いけるっていう地点があるよ
やる気が出るみたいなところ
そうそう
続かないんだけどね
小説ではまだなったことない
そうですね
やってみないとわかんない
そうですね
さすがにいろいろ
構成とか
ネタみたいなの考えて書き始めても
やっぱり
書いてから
書いてから
違うなみたいな
あれ
日記ですごい好きなの
いつもながらすごいつまんない
っていつも書くじゃん
書きながら今日も書いたやつはつまんない
あれは本当につまんない
あれって
どっちなの?
つまらないって
言ったらさっきで言ったら
ネタとしてっていうか
ストーリーとしてなのか
文章としてなのか
文章と
どっちかで言ったらやっぱ
ストーリーかなと思ってますね
どっちかで言うなら
それはある
理想の系が
面白い
でも難しい
ないっすね
こういうのが理想みたいな
ビジョンはないっすね
だから難しいのかもしれない
あって書いてるのかな
わかんないっすけど
数点とかは
例えばそういうエッセイみたいな
のだと
上手く言いたいみたいなのが
うまく言いたい
うまく言いたいみたいな
うまく言いたい
大斬りって言われたら
大斬りかもしれない
壮大な大斬りをしてる
なるほど
壮大な大斬りってやっぱ
テクニックの話なのですかね
テクニックの話なのかな
壮大な大斬り
うまく言いたいとかっていうのは
結局壮大な大斬りだけじゃんみたいな
中身がないっていうか
「うまく言いたい」ことと文章術
自分なんかタイトルが
大斬りっぽいっていう感じでだったけど
中身はそんな別に
大斬りになりようがないのかもしれない
壮大な大斬りね
石代とか
壮大な大斬りかなと思う
3000文字ぐらいの
大斬りしてる気がするけどね
あの人はあんまり決めないじゃん
シチュエーションコメディを毎回やってる
ようは舞台が
ルノワールなだけで
自分がいて
横の人が何喋ってるのだけで
妄想するみたいな
コントみたいな話
いい文章な
鈴木さんが自分で書いた時に
自分のはいい文章に
まだなってないなって思ったってこと
そうそうそうそう
なんか
読めてなかった
読めてない
読めてない
読めてない
具体的には
自分で指摘できるの
例えばこういうところが
こういうところが
そこまでは
自分の文章と向き合えてないですけど
読まないといけない
もう一回読まないといけない
冷静に
自分の文章を冷静に読むって難しい
そういうのもあるんですよね
逆にいいって思うのも難しい気もします
自分で書いたもの
そうだよね
そうだよね
けど
うまく言いたいみたいなのは
また
文章術とは
ちょっと違う話なんだよね
なんか
うまく言えそうですけどね
インプット多いじゃないですか
なんていうか
本じゃなくても
世の中の
今の流行りのやつだったら
センスはどうやったら
良くなりますかみたいな感じの方で
近そうな感じは
みたいな
なくない?そういうの
うまく言いたいみたいなやつに関して
センスの良い
確かに
うまく言いたいって言ったけど
うまく言うとは何かみたいな話になってくるよね
タイトルで
さっきの一行で
花山賞は港区のパセリ
一行でうまく言うのは分かるんですけど
3000字でうまく言うとどういうことなんだ
みたいな気はちょっとしますけど
そこら辺はそうだよね
だからそれは大喜利になり得ない
言っても文章は文章
だよなとは思うんですけど
その一行で終わるなら
一行でいいわけじゃないですか
花山賞は港区のパセリだよ
本当そうだよねみたいな
じゃあもういらないみたいな3000字
本来3000字じゃないと
語り得ないものがあるでしょ
みたいな気持ちはありますけど
それは
そっちは文章術
大喜利ってジャンルは別に
一行で終わっちゃうみたいな
っていうので想像してた
根源的な話だけど
そもそも言いたいことはあるの?
これは重要だな
言いたいことはあるのか
ないと思う
読む快楽と書くことの繋がり
言いたいことでしょ
文章で言う必要はないなと
なんで書いてるんですか
自分が
単純に読むのが好き
文章を読むのが好きだから
自分が好きなものを
生みたい
っていうだけなんです
ちょっと次回はそれをテーマに
言いたいことがあるのか問題
言いたいことを伝えるだけだったら
文章って周り黒いと思うんで
言いたいことを伝えるための
手段として文章を使ってるわけではない
それが
っていうのは今も多分明確に言えて
それこそ
人に話すとか
今の世の中の需要的にも
YouTubeとかポッドキャストのほうが絶対
人は見ると思うんで
テキストっていうものが
アテンションだけ集めようとしたら
要は手段としてはクレバーじゃない
伝えたいことを伝える
ってなった時に
文章である
必要はないんじゃないかという気はしますけど
何で書いてるんですか
だから
ある種娯楽的な意味ではある
文章っていうものに
エンタメ性を感じてる
今翻訳
歌詞の和訳をしてるのも
娯楽的なこと
言葉遊びっていう
絵が好きな人が絵を描くみたいなこととか
文章を書くのが好きな
文字が好きっていうのはある
めっちゃ面白いな
それって俺は何なのかな
知ることかな
読む快楽があるってことか
そうですね
読む快楽があるから
それに奉仕するために書く
順序的にはそうかもしれない
俺も読む快楽はあるな
あるよね
それはあるよね
本買わないだろ
事前授業じゃん
ほぼギフティング
読む快楽ってあるよね
読む快楽が書くにつながる
っていうのは
これまでなかったんだけど
そこが直結してる人だし
平野くんは少なくとも
このメンバーだと
そういう回路が見えたんだ
見えてはないけど
こういう楽しみもあるんだ
あるかもな
っていうのは思いますよね
楽しくはないんだよね
コスパ悪いと思ったよね
書きながら
異常にコスパ悪いなと思ったけど
かなり
コスパで考えちゃいけないけど
自分が
文章の時に
機能性みたいなの
っていうのは
そういう感じ
読む人にとっての
コスパか
みたいなのは
ちょっと考えたりはする
書く人にとっての
コスパじゃなくて
読む人にどう
作用するんだろう
みたいなのは
自分が読む時の何かを
得たくて読んでることも少ない
快楽が先立っちゃってる
どういうこと?
俺は割と得たいけど
知識欲って意味で得たい
映画とか見る時もありますよ
何かを得たいみたいな
映画とか漫画とか
音楽でもいいですけど
昔とかだったら
情報とか
情報を得る
音楽聴くとき
例えばで言うと
それと自分
ほぼ一緒みたいな感じがあって
面白いドラマでもいいんですけど
快楽で読んでるみたいな
もちろん興味ある分野とか
ありますけど
快楽って言ったら
映画とか
食べ物とか
読むとか
確かに快楽
そこに並ぶとやっぱり
それこそファッションって
快楽って言うよりも
機能ってことですか?
ファッションの方は
快楽性はある気がするけど
あるのかな
読む快楽って
読む快楽って色々あると思う
エンタメ楽しいみたいな
物語が没入して
気持ちいいとか
ファッションではある程度の
社会性を帯びざるを得ないじゃないですか
来た時に
自分のためだけじゃないわけでしょ
読むって
自分のためだけ
そうそう
めちゃくちゃパーソナルなものだから
プライベートな領域
ファッションって証人欲求とか
分かりやすく
前進
それも小事できる
ファブリックの部分とプライベートの部分が
絡み合って
身体を
介して
けど本当に読むって
マジで自分のためでしかない
はい
自分のためでしかないからね
すごく
それはある
そこはいいかも
そこはスッキリする
じゃあなぜ書くのかという
次でもいいですけど
そこはすごい分かりやすいかも
01:09:19

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