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#147 哲学を学ぶにはどこから始めたらよいか
2026-08-30 14:04

#147 哲学を学ぶにはどこから始めたらよいか

サマリー

哲学を学ぶ上で、その敷居の高さを感じている人に向けて、世界史と紐づけて学ぶ方法を提案するエピソード。古代から現代までの各時代における歴史的背景や人々の生活レベルを理解することで、当時の哲学がなぜ生まれたのか、その思想がどのように展開していったのかを掴むことができると解説している。これにより、哲学をより身近で理解しやすいものとして捉えることができる。

哲学学習のハードルと提案
ストーリーとしての思想哲学。 思想染色がお送りします。今回は、哲学を学ぶにはどこから始めればよいかというテーマです。
哲学は敷居が高いってのはよく言われることですが、実際僕も、とっつきにくいという声はよく聞くし、実際とっつきにくいと思います。
試しに、「哲学を学ぶにはどこから始めればよいか?」ってワードでGoogle検索してみたら、このように出ました。
ステップ1. 哲学史の全体像をつかむ
ステップ2. 自分に合う哲学者やテーマを見つける
ステップ3. 原点を読む
まあそうかもしれないけど、それができれば苦労はしないって話ですよね。
Google検索が提示してくる言葉を借りれば、ステップ1. 哲学史の全体像をつかむってやつ、ここの部分がハードルが高いというのはよくわかります。
僕なりにできるだけ簡単に解像度を高めていくおすすめの方法を提示してみたいと思います。
時代背景と哲学の関係性
前提として、哲学といえども結局のところ、その時に起こっていた出来事、つまり世界史と表裏一体なんですよ。
僕は哲学がある種特権化あるいは権威化するのがすごく嫌で、
例えばなんか、ソクラテスならソクラテスの哲学があるわけだけど、
それを何千年に一度の超偉大な天才が創造した何か偉大な人類の英知あるいは絶対的な真理みたいには捉えたくなくて、
むしろ人類の文明レベルというのが各時代にあって、
その文明レベルに合わせた思考がその場で行われているっていうだけなんだなっていう読み方を提示してみます。
古代ギリシャ・ローマの哲学
すごいざっくり言うと、古代、中世、近世みたいな感じで分けるのが一般的かと思いますが、
それで哲学って詰まるところ西洋哲学だから、ヨーロッパの歴史と表裏なんです。
なんでヨーロッパの歴史を知ってた方が絶対有利です。
古代なら古代ギリシャ古代ローマがどのくらいの文明レベルだったかっていうのをなんとなくでいいからイメージできると解像度がぐっと上がります。
これは本当それこそ漫画とかでもいいと思うんですよ。
古代のヨーロッパなら漫画のキセイジュウなんかを書いている岩脇ひとしのヘウレイカとかがおすすめだけど、
youtube で古代ギリシャ古代ローマの人々がどのレベルで暮らしていたか動画で見るとかでもいいと思います。
で哲学っていうのはまだ学問ではない未知の領域を学問の領域に引きずり下ろそうとすることと言えます。
哲学と学問の境界
例えば経済学は今では一般的な学問の領域だけど昔は哲学の領域でした。
というのも昔は統計情報がなかったから経済の統計という客観的データが出現したことで科学的に客観的に観測することができるようになり経済学という学問にすることができたわけだけど、
逆に言うと客観的なデータでもって観測する技術が生まれる以前はデータがないから哲学の領域として扱うしかないわけです。
観測する技術とは顕微鏡とか天体望遠鏡とかそれがあるからデータが取れるっていうタイプのもののことです。
で、データが取れない場合哲学として記述するしかないわけだけど、人間の知的好奇心って昔から変わらずあるわけだから、その時代その時代のホットな問題、特に関心を引くような未知の領域が何であったかって観点から歴史を俯瞰するといいです。
古代ギリシャなら現代から俯瞰してみれば圧倒的に情報が不足している時代ですよね。
天文学も医学も未発達で世界の仕組みの多くが神話で説明されていました。
だからこそ神話じゃなくて実際の万物の資源は何なんだって言ってこの世のあらゆるものが何から生まれていてどのような原理で成り立っているかを探求していたわけだよね。
ちなみに僕たちもこの現代において、科学として電磁気学とか量子力学とか素粒子物理学などをやっているわけですけど、これやりたいことは同じですよね。
この世界の最小単位は何でどのような力が働いていてどのような原理で成り立っているかを探求しているわけだから。
中世ヨーロッパの哲学
また、中西ヨーロッパならご存知の通りキリスト教が幅を利かせていた時代です。
だからすべての議論が神に還元されます。
この辺りの雰囲気っていうのは、まあ漫画だったら地、地球の運動についてとかいいんじゃないでしょうか。
大事なのは人々がどのレベルで生きていたか雰囲気を掴むことだから。
それを知らないと、中西ヨーロッパって魔女狩りとかしまくってた暗黒の時代なんでしょう、みたいに思っちゃって、
そうすると世界史を掴めていないから、世界史の表裏である哲学も掴めないということになってしまいます。
中西の哲学は聖書の記述を元に行われたわけだけど、聖書の記述って普通に矛盾があったりおかしなところもあるわけです。
単念に読み込むとおかしい場所がある、いわばコンピューターのプログラムのバグみたいなバグが発見されるわけですよ。
そうすると、聖書がおかしいってことになってしまうと、神の完全性に傷がついてしまうから、
神が嘘をついていることになってしまうから、それで神がおかしいってなれば誰も信仰しなくなりますよね。
したがって、聖書っていうプログラムにバグが発見されたら、それはデバッグしなければならなかった。
めちゃくちゃ頭のいい奴らが集まって、聖書の解釈とかを通して、いろんな理屈を使って矛盾点を潰して、
そうして巨大な体系だった正しい論理体系を構築したのが中西という感じです。
だから、中西のスコラ哲学って結構面白いですよ。
聖書って割と記述に矛盾もあるんだけど、それを実に様々なロジックを駆使しながらデバッグしているから見応えがあります。
近世ヨーロッパの哲学と科学の誕生
はい、その次の金星ですね。
金星は一言で言えば科学が誕生した時代です。
錬金術とか魔術じゃなくて、客観的なデータを用いた科学というのが生まれます。
だから哲学も科学に引っ張られまくってます。
今まではキリスト教という神話で説明していた事柄を神抜きで説明しなければなりません。
この作業を数学の公理と定理の概念を沿用して行っていくのが金星の哲学みたいな感じです。
近代の哲学と産業革命
その次の近代は産業革命と工場労働者の時代です。
産業革命の時の工場労働者がひどい扱いを受けていたというのはみんな知っていると思うんだけど、
どのレベルでひどい扱いだったかを掴んでいることが大事です。
これはあんまり漫画とかだとないかもしれない。
ぱっと思いつく限りでも世界名作劇場のロミオの青い空とかはあるけど、
あんまり悲惨な感じには描いてないし、描けないと思う。
というのも、労働者を使い捨てにしてるっていうのが本当に使い捨てにしてて、
農村から都市に流入してくる労働者は次々来るから、
最低限の泊まるところと最低限の食べ物を食べるお金だけを渡してガンガン使って、
それで疲労とか栄養失調とかでどんどん体調を崩していくんだけど、
それでも休めなくて、それをまたどんどん使っていくことで弱っていったら放り出して、
しかも衛生状況も悪いから病気になるとなかなか回復は難しいし、
しかも医療のレベルも低いし、そもそも医者にかかるのも難しいし、
みたいな感じで、使い潰して、それを捨てたらまた新しい労働者を入れる、みたいのを
大人には当然やってるし、子供に対してもやってるから、ものすごく悲惨なわけ。
そうするとマルクスが言うような労働価値説も、今の労働環境から見るとあんまり説得力がないかもしれないけど、
当時の労働環境に照らすと確かにそうだなって思うし、
というかこういう環境が背景にあるってなると、確かにマルクスとかエンゲルスみたいな人って
それは出てくるよねっていう風に思えると思います。
現代の哲学と戦争の反省
そして現代はといえば第一次世界大戦と第二次世界大戦を反省する時代です。
戦争の反省なんて小学校でも中学校でも口が酸っぱくなるまで言われるからうんざりする部分があるかと思います。
じゃあなんでそんな口が酸っぱくなるまで言われるような状態に今なってるのか、
どういう流れで今そういう教育を受けさせられているのかっていう構造を紐解いてみると、
世界大戦がどのレベルで酷かったのかを掴むのがその手がかりとなります。
第一次世界大戦では毒ガスと機関銃が出現してきて、さらに国家総力戦が発明されたことによって
犠牲者の数が今までの戦争の比じゃなくなりました。
というのもちょっと極端に言えば中世の戦争って君主が傭兵を雇って傭兵同士でバトルしてただけだからあんまり犠牲者って出なかったんです。
でも現代の戦争は国民国家による総力戦だから傭兵じゃなくて国民が戦います。
国民国家の国民って結構戦争をやりたがるんですよ。
それで盛り上がって戦争をやってみたところ、第二次世界大戦の犠牲者って少なく見積もっても5000万人ですからちょっと信じられないような数が死んでるわけですね。
あまりに攻撃力が上がりすぎちゃった武器あるいは兵器と国民国家の総力戦、それから少なく見積もって5000万人の死者。
そういうのが合わさって戦争がトラウマになる。
それに加えて核兵器の出現も大きいです。
昔の本とか読んでると、冷戦時代核兵器の応収によってアメリカとソ連が核兵器を撃ち合うことによって世界が滅ぶかもしれないっていう感覚がかなり強くあったようです。
感覚とすると、いやマジでこのままじゃ世界滅亡するんじゃないか。
あるいは滅亡しなくとも数億人の死者が出るかもっていう恐怖がドライブして、戦争を反省しなければいけないってモードに切り替わります。
だから戦後の思想は基本的に最悪的なわけですね。
現代の哲学と今後の展望
はい、こういうバックグラウンドを把握した上で哲学を外観すると流れが結構わかるんじゃないでしょうか。
哲学ってなんとなく深刻化されがちだけども、実際のところ哲学といえども各時代の世相や当時のパラダイムに左右されまくってるって認識を置くと多少とっつきやすくなるんじゃないでしょうか。
ちなみに今現在ですと、世界が何で構成されているかとかは物理学で説明できるようになってきたから、数学で記述できない分野としての心の問題、心の哲学が流行ってますね。
かなりざっくり、わかりやすいように単純化していますけど、だいたいそんな感じです。
というわけで今回はここまでです。次回もよろしくお願いします。
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