朝のルーティンと業務の振り返り
はい、sonoです。おはようございます。朝の散歩から。 反省パイです。というわけで、そうですね。今日は火曜日で、この後、
オンラインの会議があった後は、会社に出社して、新しいメンバーの
リングと、夜は歓迎会するっていうね。 ちょっと移動の入る日。
昨日は、週明けで割と会社のタスクが溜まっていたというか、質問が溜まっていたので、
それに対応しつつ、 進めた感じかな。なんか、
昼間は割とちょっと個別に来ていた質問に、 答えるためにガリガリと
やっていたんだけども、まあそれだとちょっと 長めのタスクが
終わらないっていうか、複雑なタスクなのかな。 終わらないので、とりあえず手をつけようって進めたところだったりはしますかね。
夜は裏で、脇で、 ちょっと学校関連の出席管理もしてたんで、
まあまあちょこちょこやっていたかな。 その
プロジェクトとしてのタスクの整理と、
あと、 自分の日常業務とか作業の
ワークフロー化みたいなのが進んで、 まあ元々デジタルの上でほとんどやってるんで、
作業の整理っていうのが、ワークフローの整理っていうのが、 作業自体も整理されるんだけども、なんか頭の思考の整理も一緒にやってる感じも
あって、 まあなんか
そうすると細かいというか具体的な 考えることっていうのがどんどん
なくなってきて、任せちゃうので、 最後判断とかはするんだけど、
だんだん見てレビューするものになってきて、 逆にプロジェクトとかもうちょい全体の
やることとか、スコープみたいなもの、 プロジェクトの計画みたいなものが
仕事になってくるっていうのが、 進んではいる。
かつなんか、 どうしても進められないところって作業があるところを
やるけども、まあそれはフォローアップの作業なんで、
できるだけ少なくしようと思いつつも、 なんか無理にやり始めると
品質が上がらないけども時間かかるので、 まあそこはそれとして、とはいえ手離れしたいからね。
ある程度は、 やめて別な
フローにするとかも含めて対応するというような
日を過ごしているかな。
思考の整理とアウトプットの重要性
で、 そうだなぁ
まあなんかそうやっていくとすごく、 ルーティンの中に
いって、あるいは上に乗っていて、
新しいテーマとかを追加していくような、 時間の使い方があったり、頭の使い方に変わっていくなぁと思っていて、
今日は特に散歩で、
散歩中にちょっと考えていることを吹き込んで、
まあ今もそういう意味だと考えていることを吹き込んでいるんだけども、
これは人に話すように吹き込んでいて、もうちょっと思考を整理するためのメモとして
吹き込んだりしていて、それをまた見ながらやることとか、
少しスコープとかプロジェクト計画の中で具体化を進めていくみたいなことをしている。
なんかやってるとやった気にもなるし、言語化が進んでくるので、
なんかすごいゴリゴリ進めている感もありつつも、
まあ結局は、何かアウトプットが出て、かつそれが他人とか社会に影響を与えないと、
持続しないというか、あまり価値が出てこないことではあるっていうのを、
肝に銘じないとな、みたいなところもあるんだけど、
まあ整理はして、ある程度は自分の中での方向性が決まったり、
そこから自分のアクションが起こることで自分の成長があるみたいなね、
充足感があったりはもちろんするけど、
だんだんだんだん整理することが目的になっていくと、
なんかそのうちやっているのが虚しくなるみたいなことはあるかなとも思う。
AI時代とデジタル生活、アウトカムの課題
ただまあ、
今、AIっていうのが、
自然言語で扱えるので、はるかにリアルっていうのかな、
自分に関係があるところで、
より広く扱えるようにもなるし、
そういう意味だと、扱える領域が広く、
もうちょっと踏み込んだ深く、あるいは深くはもしかしたら単純な時間的長さかもしれないけども、
長く扱えるようになっているっていうのが、
今AIが出している価値には思うんだよね。
それに、しかも自分の生活もシフトしているところも、
もともと引きこもろうみたいな感じで、
もっとガッツリやるぜみたいな風に考えてたのもあって、
自分の生活もデジタルに寄せる、
リアルでやることを少なくするみたいな風にしていて、
そうすると、想像の世界に生きているみたいになりがちなところがあるよね。
最後にちゃんとアウトプットに繋がる、
それはデジタルの形で、
何か思想みたいなものとか、
別に誰かのためになる文章みたいな形になって影響するのかもしれないし、
そこらが計画書になって、
ウェブサービス、デジタルサービスになるかもしれないし、
あるいはリアルの設計書みたいな形になって、
プランとして、その先の行動を促すような形での価値になるかもしれないけども、
そういう意味だと、もともとはすごい自分がデジタルに寄ってきてるなっていうところが感覚というか感想としてあったけども、
一方でアウトプットやアウトカムに対しての危機感というか、
感どころっていうところが少しまたぼんやりしてきている。
それは前から苦しむというかハマっていたところなので、
ちょっと考えないとなっていうふうに思っているかな。
「ちょうど良い粒度のアウトカム」の定義
アウトプットが必要なんだとか、
アウトプットっていうと、何かものができればリアルなものだったりとか、
印刷できるような単位の何か塊ができればいいような感覚があって、
でもアウトカムだっていうと、アウトカムが必要なんだみたいな話はあっても、
何がアウトカムかみたいなところはすごく難しいので、
結局アウトカムが何かっていうところをちゃんと言語化していくっていうのが大事なんだろうな。
本当は大事なんだろうな。
その辺に向けてちょっと意識を向けて、せっかく試行する効率化ができてるところで進めていかないとなっていうところだよね。
アウトカムの難しさは、抽象度が高くすると割と簡単に言えてしまうし、それは掘られているんだけど、
具体的にすぎると別にアウトプットの定義になっちゃうんで、
そこに軸足を持ってしまうと、今度アウトプットを出すことが目的になっちゃう。
だけど良いアウトプットを定義できる流度のアウトカムの定義っていうのを、
いわば目的の定義っていうのをしていかなきゃいけない。
それが多分うまくできる人っていうのが、これから価値を持つ人の、別に今までも価値はあったと思うんだけど、
これからそこの部分の技能っていうのの価値が高まるなぁみたいなことを思いつつ、
ちょっと自分ももう少しちゃんと考えようって思いましたかね。
今後の展望と締めくくり
まあ今日は時間もちょうどいいんで、この辺ですごい晴れた日ですけども、今日も良い一日を!