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2025-11-26 18:54

9. ゲスト「えぐっちゃん」による福山誠之館高校の変わった文化

広島の魂を取り戻していくポッドキャスト番組「染まりんさんな」!

 

第9回は,初めてのゲスト「えぐっちゃん」こと江種さんをお呼びして,出身高校である誠之館高校の変わった文化についてワイワイ語りました!是非お聴きください!

 

番組へのお便りはこちら📧

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#ソマリンサンナ

サマリー

このエピソードでは、えぐっちゃんが福山誠之館高校の独特な文化について話しています。彼は、応援団による特異なオリエンテーションや学校の歴史についてのエピソードを共有し、福山の文化的背景を掘り下げています。福山誠之館高校のユニークな文化や伝統について、エグスさんが詳しく説明しており、特に応援団や野球部に関連する独自の活動が紹介されています。

00:03
Keeth Kiyohito Kuwahara
東京に染まってしまった、広島人たちがお送りする、染まりんさんな。
この番組では、広島出身、東京在住の人たちが、東京に染まって自分たちから、広島の魂を取り戻していくラジオ番組になります。
地方出身者が東京に来て誰しも思ったこと、懐かしい地元トーク、地元グルメ、またまた、東京の広島グルメの話など、ざっくばらんにテーマを決めつつお話をしていきます。
今回は、下岡とピースでお送りします。
福山誠之館高校の紹介
Keeth Kiyohito Kuwahara
ということで、第9回はゲストということで、本日の染まりんさんなは、えぐっちゃんことえぐささんです。では、えぐささん、よろしくお願いします。
染まりんさんな
お願いします。
Keeth Kiyohito Kuwahara
簡単でいいので、自己紹介いただいてもいいですか。
えぐっちゃん
はい、ありがとうございます。えぐっちゃんことえぐさと申します。
生まれは広島ではないんですけど、基本的に生まれた直後から高校卒業するまでずっと広島の福山におりまして、そこから大学から東京に出てきちゃったんですけど、今でも年に2,3回ぐらいは帰省をしております。
Keeth Kiyohito Kuwahara
ありがとうございます。
ということで早速、高校の話をご紹介いただいてもいいですかね。
えぐっちゃん
そうですね。高校は福山の静止館高校に行ってましたね。
近大中学、福山高行ってたんですけど、中学校。
エスカレーターで行くのやめようと思って、誠之館受験して移動しましたね。
移動せずにそのまま、僕は野球部だったんですけど、
そのまま高校で、近大の福山高で野球やってたら、今、巨人にいる畑選手というピッチャーと同級生だったんですけどね。
Keeth Kiyohito Kuwahara
へー。
えぐっちゃん
試合はしたことあります。
染まりんさんな
えーすごい。
えぐっちゃん
当時は全然僕らと同じレベルだったんですけど、大学で近大で覚醒してプロ行っちゃいましたね。
Keeth Kiyohito Kuwahara
へー。
染まりんさんな
こっちの道を選んでたら。
みんな結構行ったりする高校なんですか。
えぐっちゃん
人数は多かったですね。一学年、320、320人ぐらいいたんで。
染まりんさんな
普通の高校ですよね。
えぐっちゃん
そうですそうです。県立の。
あれも人口減少で、僕は3年8組だったんですけど、
染まりんさんな
8組。
えぐっちゃん
僕の1個下の台から7クラス制になってました。
Keeth Kiyohito Kuwahara
いや多くない?
えぐっちゃん
減ったけど多いわ。
染まりんさんな
広島は広大附属の福山。
えぐっちゃん
ああ、はいはいはい
へー。面白いですね、福山の。
やっぱなんか違いますね。
みんなが行く高校みたいなのと違うんじゃないかと思ったんですけどね。
じゃあ150年の歴史あるってことは。
高校の歴史と文化
えぐっちゃん
まあそれはね。
染まりんさんな
まあそうっすね。たぶん形はいろいろ変えながらだと思うんですけど、
名前も変わったりとか、中学校とかだったのかな。
いろいろ形は変わったりしてるっぽいんですけど。
さっきだから、この前に生成 AI で調べたんですけど、
僕あんまり歴史得意じゃなかったんであれなんですけど、
安倍政宏校っていう人が建てた学校らしくて、
東京来てから大学で友達とかに行ったりすると知ってる人いましたね。
歴史上のある程度知られてる人物らしいです。
えぐっちゃん
へー。
Keeth Kiyohito Kuwahara
不勉強だ。
えぐっちゃん
不勉強すぎるわ、やべえ。
染まりんさんな
ペリーが来校してきたときに、
うんぬんかんぬんみたいな関わったことある人みたいなのは、もううろ覚えだったんですけど、
ペリーが開港迫ってきたときに、江戸幕府で老中とかしてた人っぽいですね。
偉い人だったんすかね。ちょっとよく役職がわかんないですけど。
Keeth Kiyohito Kuwahara
老中かなり上だったはず。
染まりんさんな
開校へとリードしていったみたいな。
そういうのがAI情報では書いてあります。
この流れで、このままじゃあ日本行かんっていうことで、
人材育成のために建てた学校みたいな。
えぐっちゃん
へー。
Keeth Kiyohito Kuwahara
熱いじゃん。
染まりんさんな
当時まだ学校とかがそんなにいっぱいはなかった。
福山の人集めて。
えぐっちゃん
学ぼうみたいな。
面白い。福山にそんなのある知らずに。
東京の人らは安倍さんのこと知ってたのに、私ら知らんかったですね。
染まりんさんな
まあでも東京の人も誠之館文脈で知ってたわけじゃないですからね。
えぐっちゃん
ああ確かに。歴史として知ってたってことですよね。
染まりんさんな
ここからしてちょっと歴史が長いんで。
まあいろいろあるんだろうね。
えぐっちゃん
50年前から続いてるかわかんないですけどね。
染まりんさんな
確かにカルチャー変わったりとか。
独自のオリエンテーション
えぐっちゃん
伝統を感じる風習とかはありましたね、僕が現役のときに。
この前も話してたんですけど、お好み焼きのときに。
まず入って一週間ぐらいとか、最初のオリエンテーション期間みたいなので、
お昼休憩にご飯を食べる時間に効果とかが流されて、
それをみんなで練習しましょう。
特に一年生とかは知らないじゃないですか。
僕らまだ仲良くないわけですよ、クラスメイトも。
いきなりみんなでお昼休憩に、じゃあご飯食べるのやめて、
立って歌いますかって言われたら、まあ歌わないじゃないですか。
流してるけど、みたいな。
だから応援団っていうのがあって、
だから高校に何を応援してたんだろう。
染まりんさんな
何を応援してたかわからない。
えぐっちゃん
応援団の人がいたんですよ。
部活動とかで県大会出ますみたいな、そういうときに、
お昼休憩とかに集まって、その人たちを送り出すみたいな、
総公式みたいなのをやったりとか、
効果とか、効果以外にもいろいろ応援歌みたいなのがあるんですけど、
それを歌うみたいなのをやってた人たちがいるんですけど、
一年生のとこ来て普通に歌いましょうみたいな、
言ってくるんだったらいいじゃないですか。
染まりんさんな
練習のためにね。
えぐっちゃん
それがもう開口一番、ドアとか窓とか叩きながら教室に来て、
オラー!みたいな、何食わっとんじゃー!歌って歌えー!みたいな。
怖い!怖い!
入ったばっかりの、この前まで中学生坊主だった一年生が、
高校3年生の先輩が急に部屋に来て、
それを出したんで、みんなめちゃくちゃビビっちゃって。
それが毎日ですよ、最初。
毎日?
一週間ぐらいだったかな。期間忘れたんすけど。
染まりんさんな
やば!
Keeth Kiyohito Kuwahara
不登校にならないの?怖すぎて。
えぐっちゃん
本当にご飯も喉通らないっていうか。
ストレスやん、もう。
3弦、4弦ぐらいから、そろそろ昼休憩来るみたいな。
染まりんさんな
普通だったらさ、休憩来るんだったら、
やった休憩じゃん!みたいな感じになるのに、
もしかして休憩来るんか、みたいな。
えぐっちゃん
もう次の日から、みんなご飯食べずにずっと立って待ってますからね。
めちゃめちゃビビってますから。
染まりんさんな
やば!
え、うささんも立ってたんですか?
えぐっちゃん
いやー、そりゃ立ちますよ。みんな立ちますよ。
結構スクールカースト的にはイケてる人たちがやってたんですよ。
イケてる感じの男の先輩がやって。
染まりんさんな
うわーおもろいなー、アメリカのシェアリーダーみたいな感じね。
アメフト部みたいな感じか。
えぐっちゃん
たまたまなんですけど、僕が1年生のとき、1年3組だったんですけど、
その先生も政治家をその年に赴任してきたんですよ、1年目。
で、お昼休憩にその後継を目の当たりにして、
他の先生は連登だからっていうか、見て見抜きしてたわけですよね。
だからその僕の担任の先生が、もうこれはいかんって言って、
たぶん校長先生のところとかに行って、
一応、次の日から見回りには来るし、
ちゃんともっと大きな声でとか言うんですけど、
だいぶトーンは下がるっていうか。
Keeth Kiyohito Kuwahara
おー仕事したー。
改善してる。
えぐっちゃん
だから今の現役でどのぐらい残ってるかわかんないですね。
いや確かに。
僕の代でだいぶ収まったので。
Keeth Kiyohito Kuwahara
今の時代誰かに動画撮ってねえかな。
染まりんさんな
いやマジで見たい。
えぐっちゃん
ちょっとな、まだガラケー時代だったから。
そうっすね。
めっちゃ怒られそうですよね。
染まりんさんな
でもちゃんと通い終わりましたからね。
えぐっちゃん
それ以外は特に何か。
Keeth Kiyohito Kuwahara
ここはいだいぶ消える。
染まりんさんな
福山の高校とかだったらみんな何で行くんですか?電車?バス?
Keeth Kiyohito Kuwahara
停止管も近大も結構いろんなところから来てたんで。
だから尾道とか、中のほうとかも来てました。
えぐっちゃん
そういう人は電車ですよね。
僕は福縁線で行ってたんですけど、家が神奈辺のほうだったんで。
Keeth Kiyohito Kuwahara
久しぶりに電車が。
えぐっちゃん
電車が30分に1本常時。
土日とかで野球部が午前中に終わりましたってなったら、
お昼帰りは1時間に1本とかしかないんです。
待ってる間に帰れるみたいな。
僕は中学校は片道45分、高校は午後30分、自転車で行ってましたね。
染まりんさんな
来る時間も多いし、家の近くじゃない方も多いじゃないですか。
はじめに出されてないんで、やっぱり広島のほうってそんなに。
えぐっちゃん
自転車は2台いりますしね。
家から最寄りまでと、学校までのほうと。
染まりんさんな
確かに2台持ちじゃんか。
降りた駅の先にまたチャリあるってことですよね。
クレはなかったかも、そういうあんまり。
Keeth Kiyohito Kuwahara
クレは意外と電車あるからな。
染まりんさんな
意外とクレの近くに全部学校もあったし、駅の近くに学校もあったんで、
基本的に降りたら歩いて学校まで行ってみたいな人多かったんで。
いやーでも衝撃だったんですよ、今のお話をこの間聞いたとき。
高校時代楽しかったことなんかあるんですか?
えぐっちゃん
高校時代、まあほぼほぼ野球部と受験とやってて、
応援団の活動と文化
えぐっちゃん
体育祭となんかで、それはまた別の応援団みたいな。
応援団、応援団。
また応援団って言ってた。
体育祭の赤、青、黄とかの各チームの応援団に入って、
太鼓とか叩くじゃないですか。
そういうのも1、2、3年生で集まってやってましたね、放課後とか。
こうやって継承されてるのが気になってしまう。
Keeth Kiyohito Kuwahara
次の代はお前だからなって。
団長とか決めてそうじゃん。
えぐっちゃん
そっちのジョージの応援団のほうは、
スクールカーストのイケてる人が入ってたんで、
一定入りたい人がいるわけですよ。
グループに入りたい、イケイケになりたいみたいな。
野球部までの人にも入ってなかったんですけどね。
染まりんさんな
野球は応援をメインにするとかではないんですよね。
えぐっちゃん
あーでも、県大会とかの応援団も来てくれた。
応援団もその応援団だった気がしますね。
染まりんさんな
応援団と、あと吹奏楽部と。
思い出すなー、私は思わなかったんですけど。
夏ぐらいになったら、どこどこ高校がみんなバスに乗って、
応援団と保護者がバスに乗って、どこどこに応援しに行くみたいな。
イケてるなー、みたいな。
配信とかに映ってた広島のRCCとか。
流れコパやつなかったですか?
南が出るよー、坂が出るよー、甲子園出るよー、
えぐっちゃん
全部スタジアムでやってるよー、みたいな。応援出るみたいな。
国際学院とかだったら、共合校はノルマとかないですか?
一回は行ってくださいみたいな。
Keeth Kiyohito Kuwahara
なかったですかなー。
染まりんさんな
応援ノルマ?
Keeth Kiyohito Kuwahara
ないない。
えぐっちゃん
県大会中に一回は行ってくださいみたいな。
Keeth Kiyohito Kuwahara
ないですないです。
甲子園とか出てたら話は別だったかもしれないけど。
県大会ぐらいはなかったかな。
染まりんさんな
ただ野球部が結構ガチな練習してるのはよく見てましたね。
Keeth Kiyohito Kuwahara
一番声響くし、一番人数も多いんで、野球部って絶対坊主じゃないですか。
どこを見ても誰かしら絶対坊主いるってのは覚えてます。
見回したら絶対坊主はいるな。
染まりんさんな
司会に一人は坊主いるってことですか。
そう、司会に一人は坊主いる。
そこエブサさんも坊主だったってことですよね。
えぐっちゃん
そうだな、逆にもう坊主の学校減ってるみたいなんで。
今減ってますよね。
一回やって慣れちゃうといいんすけどね、坊主だと。
そうですよね。
Keeth Kiyohito Kuwahara
楽ですよね、坊主だと。
染まりんさんな
普通に考えて、別に坊主じゃなくてもいいですよね。
Keeth Kiyohito Kuwahara
それはそう。
えぐっちゃん
別に坊主である必要はないかもしれない。
坊主系のゴリゴリ系の応援団もあれば。
染まりんさんな
いけいけの漢字の応援団もあれば。
えぐっちゃん
政治家は校舎でしたね、当時は。
染まりんさんな
ああ、校舎。ぽいぽいぽい。
Keeth Kiyohito Kuwahara
他の昭和っぽい応援団のほうが好きですね。
えぐっちゃん
ボールでちゃんと鉢巻きして、爆乱でっていう。
大学の野球の応援団とかそっちっぽい。
Keeth Kiyohito Kuwahara
ああ、ありますよね。
染まりんさんな
確かに、がっつりそっちに寄せて。
Keeth Kiyohito Kuwahara
まるで伝統感ありますけど。
えぐっちゃん
大学のほうが伝統さらにありますからね。
染まりんさんな
また知らない扉を開けてしまいましたね、私たち。
Keeth Kiyohito Kuwahara
ちょっと尖ってたなあ。
政治家の高校の印象が変わってしまいましたね。
染まりんさんな
いろんな高校のみんな行っとった系、
今なら話せるみたいなね。
どうじゃちょっとやべえみたいな感じになるかもしれんけど。
えぐっちゃん
こういう内輪の話は入学説明会とかでわかんないですからね。
染まりんさんな
さすがに言ったら親ってなるよな。
知ってる人は得する番組なんだもんね。
知ってる人得する番組かもしれん、これ。
えぐっちゃん
これ今度山本さんに歌ってましたって聞いてみよう。
僕のときよりかは緩んでるはず。
Keeth Kiyohito Kuwahara
あんまり印象に残ってない。
たぶん石なんとか先生が山投げてくれてたんですよ。
高校の印象と変化
Keeth Kiyohito Kuwahara
いやーウケるなあ。
学校の歴史に名前残ってそう。
染まりんさんな
英雄として語り継がれてる。
えぐっちゃん
いやーなるほど。面白かったですね。
Keeth Kiyohito Kuwahara
なかなか聞けない話ですね。
染まりんさんな
広報情報を知りたい、これから。
えぐっちゃん
確かに各学校の中学生とか親御さんに聞いてほしいですね。
Keeth Kiyohito Kuwahara
でも私たちがしゃべったら若干古い情報が流れてて。
染まりんさんな
前はこうでしたよっていう感じでお伝えしたいです。
えぐっちゃん
でも本当にやばかったらしゃべってないんでここで。
染まりんさんな
確かに確かに。
えぐっちゃん
これしゃべれるっていうことなんで。
染まりんさんな
変わってるってことなんで、これはよく変わってる。
Keeth Kiyohito Kuwahara
まとめると静止感は良い高校でしたってことですね。
えぐっちゃん
そうですね。
Keeth Kiyohito Kuwahara
ユニークな高校ですね。
ユニークな伝統ある高校ですね。
染まりんさんな
そうですね、ありがとうございます。
いろいろ話し切って楽しかったですね。
Keeth Kiyohito Kuwahara
ではでは、お送りしてきましたソマリンさんなんですけど、
そろそろお別れの時間としていけたらと思います。
エグスさん改めてしゃべってみてどうですか。すっきりしましたね。
えぐっちゃん
いやー、そうですね。
でも本当に忘れてたんで、こういうのあったなって。
高校の話なんかすることないですからね。
会社とかでして大学の話とかじゃないですか。
こうやって地元の話で盛り上がれる人が
東京にもいるっていうのはいいっすね。
Keeth Kiyohito Kuwahara
いいですね。ありがとうございます。
こちらのラジオでは皆さんからのお便りを募集しております。
テーマについて自分はこう思ったとか、
今度はこんなコーナーやってほしい、
この人を出してほしいなどございましたら、
どしどしメッセージをお待ちしております。
また、Xでハッシュタグ、全部カタカナで、
シャープソマリンさんなでぜひつぶやいてください。
それではまた次回、ソマリンさんなでお会いしましょう。
今回のソマリンさんなは、えぐっちゃんでした。
えぐっちゃん、ありがとうございました。
えぐっちゃん
ありがとうございました。
ほいじゃーねー。
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