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この時間はズームアップ。毎週水曜日は九州経済です。 今年2026年は馬年ということで、馬年の九州経済にズームアップします。
エコノミストの鳥丸さとしさんです。 鳥丸さん、おはようございます。おはようございます。今年もどうぞよろしくお願い致します。
かつては、新年会の宴席で、年男や年女の方々が前に出て、今年の抱負を述べさせられました。
ある意味、エトハラスメントみたいな。 エトハラ。
僕の職場で、ごく普通に行われていると思うのですが、先少なくなっていますが、
現役世代の年男、年女の皆様のために、九州、日本、そして世界では過去の馬年にどんな出来事があったのか、ざっくりと振り返ってみたいと思います。
今年60歳、今年48歳、36歳、24歳の皆さんが生まれた年ということです。
まず今年60歳になられる方、1966年、昭和41年生まれということになります。
60年に1回訪れる前回の日の栄馬なので、該当者数は少ないということですよね。
1966年のメインイベントというのは、モータリゼーションの進展に伴って、
北九州市もじ区から南は鹿児島市に至る九州縦貫自動車道、これの一部が着工したことなんですね。
九州における高速交通社会の第一歩となる画期的な年でした。
そこでいきなり問題です。
60年前の1966年に着工して、5年後の1971年に最初に開通したのは、九州7県のうちどこの県だったでしょうかということですね。
九州縦貫自動車道のごく一部が最初に開通して、そこからどんどん伸びていくんですけど。
福岡県じゃないの?
多くの福岡県民は、北九州と福岡県だとか、あるいは太宰府とか鳥栖とか久留米のあたりとか、思い込んでる。
それ間違いで、正解は熊本県の熊本インターチェンジと植木インターチェンジの間です。
熊本市って九州のほぼ中央、九州のへそですよね。
古くから交通行政経済の中心都市だったからっていうことですけれども、当時は中央政府の出先機関も福岡じゃなくて熊本市に立地していました。
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ちなみに、71年に熊本植木館が北の方へ開通したわけですけれども、翌72年は植木南館。南館っていうのは多摩那群南館町ですね。
まだ福岡県まで来ないんですよ。
さらにその翌1973年に南館から鳥栖の間が開通して、ここはもう久留米通ってますから、福岡県通ったぞと。
そして1975年にようやく鳥栖インターチェンジと小貝インターチェンジがつながって、福岡都市圏に送ればせながら、ようやくハイウェイ時代がやってきたっていうことなんですね。
1975年っていうのが肝で、山陽新幹線博多駅開業の年なんですよね。
つまり高速鉄道、新幹線っていうのは東から西へと延伸されて、高速道路は熊本から南から北へと延伸されたんですね。
今から過去を振り返ると新幹線と高速道路といった2つの高速交通インフラが福岡都市圏で合体したのが1975年、九州における福岡一極集中の始まりでもあったっていうことになります。
次の馬年が、今年48歳になられる方。1978年、昭和53年生まれですけれども、1978年って福岡市が記録的な滑水に見舞われた年ですね。
南旗ダムは干上がって、福岡市の給水制限が287日間に及んだっていうですね。
もう大学なんか半年間休校でレポート提出するだけで単位がもらえてたっていう年ですけれども。
その後、福岡っていうのは2回滑水の経験してるんですけれども、ダム開発だとか筑豪川からの受水事業を進めて、
節水型の都市づくりっていうのを推進した結果、1人当たりの水使用量が全国20ある西米指定都市の中で最も少ない都市になったと。
今では福岡市の節水技術っていうのはもう世界トップクラスで海外への技術支援にも活かされていると。
まさに災い転じて福岡となすという。
この1978年っていうのは当時の大蔵省、今の財務省ですけれども、SSKだとか新日鉄の救済策っていうのを打ち出しています。
あんまり良い結果出なかったんですけれども、高度経済成長期の九州経済を支えてきた鉄鋼造船産業にオイルショックが大打撃を与えた年ということでもありました。
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次に今年36歳になられる方、1990年、平成2年前っていうことですけれども、世界的な話題は東西ドイツ統一なんですが、
九州では今となっては懐かしいスペースワールドが八幡東区で開業したり、福岡市が福岡市への出展を表明したり、できたのは97年ですけれども、
九州新幹線鹿児島ルートの着工が決定したりっていう明るいニュースも九州ではあったんですけれども、
全国的にはこれはもう日本史に残るバブル経済崩壊の年ですね。
そうでしたね。
1989年年末の日経平均株価38,900円っていうのが、1年後の90年の年末には23,800円ってですね、4割下落しました。
株都庁の江戸にちなんだ各原で、竜見天上、馬、尻下がりっていうのを地で行く下落ぶりだったんですよね。
もう今でも記憶に残っているのが、1990年1月4日の日経金融新聞っていうのがあるんですけれども、
年内に5万9千円の声持っている株価予想を掲載していたんですね。
1年で52%上昇するぞっていう予想なんですけれども、結果は5割上昇とは真逆の4割下落の1年だったっていうことです。
あの悪夢のような1年がトラウマとなっている私のような年寄りっていうのは、今の株価を見ていて、
36年前の90年とどっか似てるなっていうふうにうすうす感じている。
昨日の新年祝賀会で経営陣が集まる場で、結構株価はあって聞かれて6万円前後って答えてる人多かったですよね。
みんな当時も1990年もそうでした。リスクしたんですからね。何があるかわからないですけれども、大きくは崩れないと思うんですが、わからないところです。
最後に今年24歳になられる方、2002年平成14年生まれ。
今年は4年に1度のワールドカップイヤーですけれども、2002年は日韓共済ワールドカップが開催されて、
今週では大分県の平町が熱心でですね、大分のビッグアイで3試合が開催されました。
とりわけ中杖村大分県、山奥の小さな村のキャンプ地として注目されて、カメルーン代表の到着が遅れたので、これで余計全国に知恵を渡ることになったんですよね。
この時、当時の村長さんのお名前がとても素晴らしくて、今の働き方改革を先取りするようなお名前だったんです。
坂本泰宗さんと言いますね。
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2002年の慎吾流行語大賞っていうのはワールドカップ中杖村で、坂本泰宗村長さんがその受賞者になっておられます。
ちなみに中杖村最後の村長となられた坂本泰宗さんは、1930年、昭和5年生まれで今年96歳になられる年男ということになっています。
12年に一度のこの馬年、ざっと振り返るだけでも、日本、九州がダイナミックに変貌してきたっていうのが理解できるかと思います。
60年前の九州には高速道路も新幹線もなかった。果たして今の私たちは60年後の九州人に何を残せるんだろうか。
まさかお米券とかプレミアム付き商品券だとしたら、それはそれで嬉しいけど情けない話じゃないかなっていう気がします。
九州の馬年でした。
さあ始まったばかりということで、これから1年がどうなるのか、また鳥丸さんにいろいろと解説していただきたいと思いますので、今年もどうぞよろしくお願いします。
ありがとうございました。
今年もよろしくお願いします。失礼します。
この時間はエコノミストの鳥丸さとしさんでした。
ガールズパンチ!バッテン少女隊のバッテンラジオ隊!
バッテン少女隊の春乃木梨奈と
青井梨奈です。
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