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性の歴史を知って感じたこと
2026-07-16 16:40

性の歴史を知って感じたこと

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00:04
聖野翔太の個性のカラクリラジオ。 このラジオでは、その人がなぜその人なのか、
個性のカラクリを研究している聖野翔太さんにお話を聞いている番組です。 翔太さん、今日もよろしくお願いします。
お願いします。 翔太さん、今日はですね、
はい。 性の歴史を知って感じたこと、シェアお願いします。
はい、ありがとうございます。 性ですね、あの
の歴史について、古典ラジオっていうラジオがあるんです。 YouTube とか、あとPodcasterとかで配信されてるんですかね。
いろんな切り口で、いろんなトピックの歴史を研究して、 その、なんかこうなってきたみたいです、こうなっていったみたいです、みたいなことを配信している
チャンネルがあるんですけど、 その中の性の歴史ってことに関するラジオ、10本ぐらいあるのかな、それを一通り聞いたんですね。
それが聞いてすごくなんか面白いなぁと思ったことをちょっと シェアしてみようかなと思います。
うん。
でまぁ、性っていうのはやっぱり、文化によって全然正解が違うんですよね。 時代とか、その地域によって全然その文化が違う。
その時に、だから日本だったらこれは当たり前っていうことも、今この時代の日本だから 良いとか悪いとかってされていることが、
まぁ、1000年後は全く違う考え方かもしれないみたいな感じのことがすごくあるんだなと思って。
例えばその古代、古代ギリシャだったかなぁ。
もともと、1対1で一生添い遂げるみたいな考え方っていうのは、キリスト教由来なんですよね。
キリスト教由来だから、キリスト教が入ってくる前の古代ギリシャみたいな感じだと、
そういう考え方がまずなくて、性を楽しもうみたいな感じなんですよね。
うんうんうん。
貴族だったかな、ちょっと偉い、その貴族っていう言い方してたかわかんないけど、
その偉い人たちというか支配者階級の人たちは、せっかく人生生きてるんだから、楽しんでなんぼみたいな考え方だった。
中に性っていうものもあって、菓子並みの一つみたいな感じで、すごい男女っていうものを楽しんでいくっていうことへの姿勢がめちゃめちゃ開放的だったと。
で、性に対して1対1とか厳しいみたいなのは、もともとなかったんですね。
だからその多数派が性にオープンであるみたいなことが多数派で、
とても少数の文化として性に厳しいという文化があって、今度その性に厳しかった人たちって何で生まれたのかって、
03:01
多分そういう環境の中で、基本的にやっぱり多数派があると少数派が生まれるわけですよ。
対立する別の考え方が生まれるっていう中で、性に厳しい、特別厳しい文化を持った集団がいて、
今度そこの性に厳しい集団が世の主流になっていくっていう流れがキリスト教中心に起こっていったっていうことなんですよ。
だからそのあった時に、それ1対1っていうのはキリスト教文化から始まっているんだけど、
そこが由来となって今だから日本の婚姻制度とかも1対1になっているわけですけど、
もしキリスト教が世の中に存在していなかったら、それも違うものだったかもしれなくて。
1対1が良いっていう風になっているのは、それが人間の本性としてそうなのか、
そういう歴史的なものによってそうなっているのかっていうと、
いろんなことの影響で今こうなっているので、本当に何が良くて何が悪いのかみたいなことって言えないなみたいなことをすごく感じたんですよね。
面白かったのが、そういう平に緩い時代からキリスト教が入ってきて、ダメだ、1対1だよとかいろんなルールが厳しくなっていく中で、
ルールは厳しいんだけど、でも文化としては緩いっていう時期に、法律守られるかって守られないわけですよね。
でもこれが世代を超えて2世代3世代っていう風に変わっていく中で、人が移り変わっていく中でちゃんと厳しくなるってことが起こるみたいな。
世代の中でだんだん文化って浸透していったりするものなんだなーってことを意識したことがなかったけど、それがちょっとヘーって思ったりね。
そうだね、日本でもね、ボードリーが地域の恋人だった時代とかは多分一対だっただろうけど、できた子供はみんなで育てるだったりとかね。
親はもし妊娠したらお父さんがわかんないという状況だったら女の人が、じゃああなたはお父さんだって決めていいだったりとか。
そういう時代が日本にもあったって言うし。
そうだね、文化時代国って違うよね。
日本はね結構オープン目の文化だったみたいですね。
一人じゃなきゃダメっていう価値観って何なんだろうね。
古典ラジオ一通り聞いたけど、なんかいろいろあった気がする。
好きだなって思う人が複数いる場合だって怒り得るでしょ。
そもそもキリスト教でいうと、性的なこと全般がなくなるならばなくなった方がいいという前提があるんですよ。
06:14
横島なものだみたいな、性っていうもの自体、セックスをするということ自体が本来やらないんだったらやらない方が望ましいという前提があって。
だけど性欲があるわけで人間は。
そういう理想としての性はない方がいいということと、でもサガとして性欲があるという自分とどう折り合って生きていくのかの葛藤の歴史なんですよね。
面白い。
っていう中で、本来はしない方がいいけど、するのならば身内の方がいいよねみたいな。
だから家庭の性欲は家庭の中で解消できた方がいい。
その外側に持ち込まない方がいい。
だからその一対一の関係を作ってその中に留めましょうみたいなのが例えばあったりするんですよ。
それそれこそ現代、日本だってそうだよね。
うんうんうん。
性の前提っていうのは違うんですよね。
だから古代ギリシャでいうとタシナミっていう中で性も十分に謳歌している人こそ素晴らしい人間であるという理想があって。
性に関わるってことは素晴らしいことだっていう前提なんですね。
キリスト教の前提はそうではなくて横島のことをやっている罪悪感とか。
原罪とか人間はそもそも生きた時点で罪を負っているみたいなそういう前提のもとの性っていう話になったりするんで。
性をどのように見ているかみたいなのがまるっきり違うんですよね。
確かに不条なものみたいな見方があるんだろうね。
あと面白いなって思ったのは同性愛についても結構語られていたんですけど。
まず同性愛っていうものは特殊なものなのかって言ったときに
実は人間以外のいろんな動物が同性で交尾をするっていうことがかなりあるらしいんですよ。
現象として。
人間においてもそれで言うと動物として一部その同性愛みたいなことが起こるってことも実は自然なことであるみたいな。
っていう感じなんですけど。
それも古代技術者とかだと同性愛みたいなことも割と普通のことみたいな。
普通のことってされている時代もあれば絶対にあってはならないみたいな。
バレたら死刑みたいな時代もあるっていう。
厳しい時代から今もう1回それが認められる方向に移動している今みたいな時代だと思うんですけど。
同性愛をどう扱うのかみたいな。
あとは自衣行為みたいなことに関してめっちゃ切り裂きが特に厳しいみたいなのがあったりするんだけど、
09:00
そういうことの扱いとかも時代や地域によって全然違うみたいな感じで。
性っていうものをどう扱うかって人間はすごく葛藤してきたんだなっていうのはとても分かりますよね。
なるほどね。
保健ラジオ面白いので是非見てみてください。
聞いてみよう。
なんかさ、私もほら性の話してあるけどさ、性欲と性、衝動って違うんじゃない?
欲と衝動は違うよっていう話を子供たちにしてるんだけど、そこの衝動とのあれだよね。
欲のままに動いていいのかとか、でもその衝動的になったらどうしようみたいな。
どうしても抑えるようにとかさ、なりがちだよね。
だから結構基本的に無理に抑圧するとそれが爆発。
だからめちゃめちゃ制限されていた時代に人口をその地域で減るみたいなことが起こるぐらい、
マジでその性ということに関してめっちゃ戒律を作って厳しくしている時代みたいなことがあった時代の後くるのは逆に、
爆発的な性の性欲というものを爆発的に広げるみたいな流れがやってくるっていう時代のやつもある。
結局無理に欲があるものをなくそうとするってことが不自然なので、無理なんですよね基本的に。
だからアメリカ大陸発見みたいな、アメリカ大陸が発見された時にそこを開拓していくって西洋人の流れがあるじゃないですか。
それも西洋の国で、白人を相手にそういう他のパートナー、性的なものを満たす人を作るみたいなこと禁止されていたけど、
新大陸のそこの野蛮な原住民はいくらやってもいいみたいなのがあったらしくて、
そういう欲発された性の欲をいくらでも解放していいみたいなことも相まって、
新大陸を開拓するっていうのはめちゃめちゃ爆発的な力が、ムーブメントが起こったみたいなこともあるらしいんですね。
へー大きいよやっぱりそのセクシャルなエネルギーっていうのは。
やっぱり生み出すエネルギーだしさ。
抑え、うまく付き合おうねって思うけど。
1対1はね、そういう制度だからだよねきっとね。
だって今子供たちに好きな人とかお付き合いとかさ、1対1っていうのが当たり前になってるわけよね。
当たり前というか観念として。
だから好きな人何人かいたらダメなのって聞くと、ダメだって言うわけよ。
12:07
すごくない?その浸透。
当たり前だもんね。
そうなの。
だからそれを、そうなんだねって思って、子供も普通に当たり前のように1対1って思ってるんだなって思う。
そのくらいもう根強くなってるんだろうね。
根強いですよね。
根強いよなーっていうのが。
所有したいっていう欲求とこの1対1っていうのは絡んでる。
やっぱりその自分の所有物であるパートナーが他の人に触れられるとか関わりを持つっていうこと自体にやっぱり嫌悪感じゃないけど嫌だみたいな感じってやっぱり生物的に持つみたいなことなんですよね多分。
うーん、なるほどね。
その所有というものと性みたいなこともいろいろ語られてるんですけど、
女性というものは長らく男性の所有物って扱いで法律が作られていたりとか、ある時期から人権というものが現れて、所有室とかそういうものじゃないですよみたいになってくるんだけど、
それもすごく最近の話みたいでずっとそういうものがあったみたいなこともあるけど、
例えばお父さんに挨拶しに行くみたいなのがあるじゃないですか、結婚する旦那さん。
あれはお父さんの所有物である娘さんを僕にくださいみたいな話なんですけど、その風習自体が所有っていうものを前提にした習わしですよね。
確かに。
そうだよね、謎なこといっぱいあるんだよな、その制度の。
全部に抗う必要もないと思うんだけど、ただ、その目の前の大切な人とか大好きだって思う人と納得であればいいんだろうなって思うんだよ。
そうですね、この制とか制度に関しては多分めちゃめちゃみんな葛藤してるところなんで、だから僕がびっくりしたのが、
去年ちょうど1年前ぐらいに離婚してるんですけど、その時に離婚届を2人出しに行ったんですよ、元奥さんと。
で、笑顔の写真を撮ってSNSに上げたんですよ。
上げてたね。
めちゃめちゃバズって。
なんだっけな、100万インプレッションぐらい行ったんですよ。
15:02
すごい。
それが賛否両論っていうか、なんで離婚みたいな恥ずかしいことを上げるの、意味がわからないみたいな、みんないろんな感情が溜まってるんですよね、ここに関して。
確かに!ある!そういうの。
めっちゃシェアされてて、なんでこの離婚届を出したプライベートの写真がそんなにもシェアされるんだという謎すぎるなと思って。人間の真理。
そうだよね。みんな好き勝手言うのよ、そして。面白い。
こういうものですがない話だから、いろんな角度で話せるし、そしてどこまでも広がっちゃうんだよね、この性の話。
面白い。また性の話、翔太さんの聞いたり、一緒に話したりしたいです。
ありがとうございます。リスナーの皆さんもどうです?今聞いてみて、歴史のことだったりとか、ご自身の性の価値観だったりとか、当たり前に思っているけど、ん?みたいなところもあったんじゃないかなと思います。
この話が聞いてみて面白かったなという方、また聞きたいなという方はぜひチャンネル登録、高評価していただけるととてもとても嬉しいです。
ではまた別の話でお会いしましょう。ありがとうございました。
ありがとうございました。
16:40

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