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ゴリケンの諸説あります。
歴史好き私ゴリケンが、学校の教科書には載ってない歴史について語ります。
はい、先週はね、ミトコウモリについて学習をしたんですけれども、
はい、では早速、今日の題目、教えてください。
本日は、【世界一の親日家】
っていうことにねぇ。
親日家ってことは、日本の…
日本を愛した男と言いますか、
日本を助けた男と私は思ってますけど、
なぜこんなに世の中に広がってないかっていうのは不思議なぐらいの海外の方がいらっしゃる。
はい、その方を今日ご紹介したい。
はい、お願いします。
時はですね、
第二次世界大戦後の話なんですけどもね、
スリランカの第二代大統領である、
知ってますかね、この…
ジュニアス・リチャード、ジャヤ・ワルダナって人がいるんですよ。
知らないです、初めて。
知らないですよね。
ワルダナ空港っていうのはあるんですけどね、スリランカに。
第二代のこのジュニアス・リチャードっていうのは大統領になった人なんですよ。
この人が今回の主役でね、1906年に生まれて1996年亡くなった人なんですが、
90歳、はい。
なぜ助けたかというと、日本をね、
1951年に太平洋戦争が終わりまして、
GHQの占領下、
サンフランシスコ講和の会議っていうのがあるんですよ、講和会議。
で、これ52か国が参加して、
いわゆる負けた国をどうするかと。
裁く裁判ですよ。
日本どうしようかと。
こんだけ問題を起こしてね、国際社会で復活させるにはどうしようか。
その時に一番この有力だった案がですね、
戦勝国のロシア、アメリカ、イギリス、中国、
この4つの国で分けましょうってなってたんですよ。
今も日本残ってますけど。
近そうですよね。
その会議ではその方向です。
だからこっちからこっちはロシアが、
こっちからこっちはアメリカがやりましょうかねっていうような流れがあった。
その時の会議の時にこの当時44歳でスリランカの大蔵大臣をしてたこの
ジュニアズリチャードが手を挙げてですね、
世界に向けて演説したんですよ。
いろんなこの演説、これが有名な演説でこの釈迦の言葉を引用してですね、
このいろんな国の首相がいる中ですね、
スリランカはね、確かに日本に空爆を受けましたけど、
賠償請求を破棄しますと。
なぜかというと、私たちはブッダによって
目には目、歯には歯という教育を受けてない。
だから私たちは今回許すことにしますと。
普通だったら、こんな被害を受けてるんだったらもうわーってね。
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なってしまうけども、それをやめましょうと。
止めるためには、世界平和するためにはここで止めましょう。
他の国の皆さんもそうしませんかっていうことを15分にわたって演説して、
終わった後はもう世界中の首相から大きな拍手。
当時吉田茂さんという首相がいらっしゃって、
日米安保とか作る人なんですけど、
この方もその演説を聞いてその場で号泣したという。
アメリカのタイム氏も、この会議において最も有能なアジアの代表は
このジュニアス・リチャードであったと。
こっから流れ変わったんですよ。
だってもともとはね、日本が日本じゃなかったっていう可能性があったのに。
そうです。もう負けたんなんで。
侵略されても当然だったけど、
そういうことやってたらまた戦争が生まれるから、
止めなきゃとね。
止めなきゃって言ったのがこのジュニアス・リチャード。
だから独立国家の今、この道が進む大きなきっかけになったわけです。
分かんないじゃないですか、これ。
確かに。
知らなかったでしょ。
全然知らなかったです。
この方は90歳で亡くなるんですけどもね、
最後は自分の隔膜、目の。
一つはスリランカ人、もう一つは大好きな日本人に送って、
お亡くなりになられたんですよ。
これ、日本人知らないじゃないですか。
知らないですね。
スリランカじゃものすごい有名なんですよ。
そうなんですね。それだけ歴史を動かした人ですもんね。
ジュニアス・リチャードっていうのは、
ものすごく日本人から愛されると思ってる。
これがまた面白い話で。
なぜかということは、スリランカ人はなぜかですね、
1990年頃にスリランカ人が日本に旅行で来るじゃないですか。
そしたら必ず、こんなに愛されてるんだと思って、
実感して国に帰って、
ちょっとちょっと日本に行ったけど、
めちゃくちゃやっぱりジュニアス・リチャードって愛されてるわ。
っていう風にみんなが口広げたんですよ。
あるものを見てね。
日本に来て、あるもの来て、
やっぱ日本を助けた。だからこんなにジュニアス・リチャードって愛されてるんだ。
なって実感する。
そして帰って、日本から愛されてたよ、やっぱり。
え、なんだろう。
スリランカ人ですよ。
でもそんなん全然意識してないわけでしょ、日本は言ったら。
意識してないけど、あるものを見てですよ。
旅行来て、日本にあるもの。
1990年ぐらいに来て、あるもの。
なんだろうなと。
なんでしょう。
短いですよね。
短いもん、あなたはしょっちゅう。
テレビですか?
テレビでもないですね。
街歩いてたりしたらしょっちゅういろいろ目にするものと言いますか。
日本の中で。
日本の中で?
ジュニアス・リチャードね。
ジュニアス・リチャード。
これまたヒントなんですけど。
ジュニアス・リチャード。
ジュニアス・リチャード。
まあでもなんかこうね。
まあいろんなパッと。
あ、ここにもジュニア。
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あ、ここにも。
ここにもここにも。
ちょっと待って。わかったの?
ジュニア・リチャード。
この英語関係あるんじゃないですか。
そうですね。
分かるかも。
分かった。
だとしたら早いぞ。
ちょっと早すぎました。
ちょっと待ってくださいよ。
分かった。
それを見て答えてください。
JR。
そう。
Jとその。
頭文字ね。
スリランカの人。
あ、ここにもジュニアス・リチャードの頭文字をみんな乗せてる乗せてる乗せてるって勘違いして。
本当に尊敬されてる。
勘違いね。
して帰って、乗り物には全部ジュニアス・リチャードって書かれてたよって。
敬意を持ってると思ってるわけですから。
ということなんですよ。
面白いですね、この勘違いが。
確かに。
あったという話ですよ。
へえ。
なんかでもスリランカのシュトだけ長いからよく。
はいはい。なんて名前でしたっけ。
スリジャナ、ワルダナ。
ワルダナっていうのはありますよね。
ワルダナってのは多分このジュニアス・リチャードから来てる。
ジアヤ・ワルダナの。
へえ。
尽力した人ですからね。
でも本当にその人の15分の演説がなかったら今頃日本が日本じゃなかった可能性も。
いやこれはもう大いにあるんですよ。
本当にそう。流れを変える一言であったからね。
いやでも本当にそれが世界一の新日課になる。
それが知られてないっていうのがまたちょっとね。
確かに。
言っていくのが諸説ありますっていう。
はい。
それ今までの話は全部本当なんですか。
諸説あります。
はいありがとうございます。ということで。
はい。
ゴリケンの諸説あります。
うん。
今回は世界一の新日課をお送りしました。
ゴリケンの諸説あります。
最新作はRKBラジオ日曜午前11時。
ゴリケンのぐるぐるマップの中で放送中。
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