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ゴリけんの諸説あります。
学校の教科書に載っていない歴史について語ります。
さあ、今日のお題は何でしょうか?
本日のお題は、将軍の終活。
これ、終活っていうのはどちらですか?
終わりの方ですね。
エンディングに向かってっていうことですか?
エンディングの。
終わりの活動と書いての終活。
おお、また将軍のお話ですね。
先週に続いてね。
先週と引き続き、今回たまたま徳川になりますね。
その中でのこの…
誰だろう?
やっぱり家康ですね。
初代。
の引き際がどんなものであったのか。
長生きしたんですよね、家康さんはね。
ただこの日光東正宮に今祀られてるんですが、
なぜ日光なのかっていうのはあんまりご存知ではないんじゃないかなと。
そうですね。
ゆかりとしてはね、東海地方の方がゆかりがあるわけですから。
久納山のね、久納東将軍だけども、
これがどうやってなぜっていうお話をしたいということで。
もともとこの徳川家康はですね、関ヶ原の戦いで勝利した、
あとも天下人になりますよね、正大将軍になって、
2年後には、前もお話ししたかもしれないけど、
三南の秀田田に譲ってるんですよね。
将軍職を。
すぐですね。
こっからちょっと就活っぽくなってるんですけども、
このイメージとしては、静岡の寸歩にですね、
寸歩城ってありますか。
ありますね。
移動して、1607年、大御所と呼ばれてね。
大御所と呼ばれて、いわゆるそこに移住して、
寄生を鷹狩りとかしながら、鷹狩り山前で、
爆勢から手を引いてって思われてるんですよ。
ところが、
ところが。
これは実は、秀田田時代に裏で全て仕切っていたのは家康だったと。
まだ。
その政治を仕切ってたのか。
陰境したと見せかける。
陰性みたいなもんですか、昔の。
そうです。
大御所と呼ばれてましたし、大御所っていうのはそういうものなんですよ。
正解から身を引くみたいなことなんですけども、
家康の場合は、そういうふうに思わせておいて、
だいたい身の回りの世話とか、
そういうことをする家臣とか使用人とかを連れて行くっていうのが今までの流れだったんですけど、
家康の場合は、将軍時代に使えていた有能な爆心とか、
政治顧問を丸ごとどっさり寸歩に移動させてるんですよ。
今でいうと岸田さんが引退される時も高市さんとか、
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その時の岸田内閣にいた顔ぐらいを連れていくみたいなことも。
全部連れて行ってるっていうことなんですよ。
ここで大御所政治っていう言葉も生まれるくらいになってて、
実はこの時は二つの政治、二元政治。
大御所政治でもあるし、二元政治。
秀田田はまだ若い。
だからお前はまず関東を中心にまとめろと。
政治作りの訓練。
私は全国統治、全国をまとめる役というか、
その考えをこの寸歩で考えるというやり方。
でもなぜこの秀田田を立てたかというと、
いわゆる豊臣型の、
関柄に立ったというよりはまだ権力がありますから。
この豊臣政権回復する望みを断ち切るために、
あえて存命中に秀田田を将軍にしたんですね。
二代目もすげえぞと。
自分の目が届いてるうちはね。
だいたいそうです。
睨みを利かしてるわけだ。
信長の後とか誰だかわからないじゃないですか。
息子がちょっと悪かったみたいなのがあるけど、
息子がちゃんとできるんだと思わせると戦力すら、
それも収穫に見せかけてやっていたと。
そしてこの後安定したときに、
徳川家康は唯言を残すんですね。
なぜこの日光統将軍になったかという話を
やっときた。
やっときたんですけど。
これが実はもう収穫なんですけども、
まず唯言を残した。
わしが死んだら、
遺骨はこの久納山、静岡に納めて、
葬式は草上寺で行い、
三河の大寿寺に遺杯を立てようと。
ただ一年過ぎたら、
日光山に小さいお堂を建てて、
霊を移してくれと。
そうなったら関東八州の守り神と私はなるだろう。
という唯言を残して、
家康は亡くなります。
はい、これ。
でもなぜ日光なのかってことですよね。
そうですよ。
そういう話でしたよね。
あなたの振りはそこでしたよね。
日光が好きだった場所でもなんでもないですよ。
一回も行ったことないですよ。
ゆかりもないってこと?
ゆかりもないです。
じゃあなんで日光?
ということなんですよ。
実は日光というのは江戸から見たらですね、
ほとんど真北に位置しておりまして、
陰陽道によれば鬼門だったんですね。
なるほど。
鬼が出入りする鬼門と言われてて、
だから自分が死んだ時に自分を日光に置いとけば、
この鬼とか疫病を江戸から守るぞ。
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守ってやるぞという意味を
それを込めて日光に行って、
日光東照宮が今世界遺産となり、
栄えてるっていうのは、
家康のそういう、
死んでなお徳川を守るという気持ちから来てると。
なるほど。
いうことを前は聞いてなかったけど。
でも就活が引き際がかっこいいというか。
いやだから、
自分のことだけじゃなくって、
その子供、あるいはその下まで含めて、
代々続くように徳川の政治がね。
ピシャリして。
その辺はずっと将来設計を考えてるところがすごいですね。
最後まで考えてたっていうのが。
亡くなってから次の代に渡すわけじゃないもんね。
そうなんですよ。
自分で社長も譲ってですよ。
どう?自分が築き上げたものを、
まだ自分は現役でできるのに譲れます?
はい、譲れます。
絶対、絶対あげないやん。
今想像してそれ本当ですかって言っても、
諸説ありますっていうのが嘘で聞こえちゃうからやめたな。
あげるわけない。
それが将軍の器ですわ。
そういうことやね。
自分の身分よりも全体を考えるっていう。
そうそうそう。
自分が生きてる時間なんてほんのわずかですからね。
それが二百何十年と徳川時代続いていくわけですから。
二百六十四年か。
武田哲也さんがお参りするときに、
いつも武田家の哲也の代を生きてますって言うんですよね。
お参りするときに。
これなんか徳川さんのね、徳川の家康の代を生きてますってなれば、
長い徳川の小説を読むにしたらすごくね、
続いてたのはここなんだとかって。
町田家の県一郎のページを生きてます。
田畑家のページを生きてます。
っていうお参りしたらどうですか。
いいんじゃないですか。
ちなみに今日いろいろ話してくれましたけど、本当なんですか?
小説あります!
ということで。
ありがとうございます。
将軍の集活というテーマでお送りいたしました。
ゴリケンの小説ありますでした。
はい。
ゴリケンの小説あります。
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