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塩屋ヒーハーFM
皆さん、こんにちは。ご機嫌いかがでしょうか。
神戸のトレランチーム、塩屋マウンテンクラブのサポーツ担当、はるかです。
また、塩屋が一段と寒波で寒い日がやってまいりました。
また、武室も暖房をフルにかけながら、この武室で収録しているところです。
今日はですね、2月14日から24日まで、写真展をこの塩屋の街で開催している、
塩屋マウンテンクラブの撮影班こと山下さんを中心にお届けしたいと思っております。
山下さん、こんにちは。
山下さん、こんにちは。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
そんな山下さんの写真展をこの前一緒に見に行った方々が、ここにゲストとしていらしてくれています。
時計回りにどうぞ。
はい、岸井です。よろしくお願いします。山下さんのルーツを聞くのを楽しみにしています。
はい、一緒に深堀りしていきましょうと。
はい、続きまして。
こんにちは。ビッグボスこと岩本です。
写真展2回行かせていただきました。非常に楽しかったです。
いろいろお話をお伺いしたいと思います。
お願いします。
ビッグボスはもう長年塩屋に住んでいらっしゃるので、撮ってた写真とかもいろいろ懐かしい風景だったり、なんかいろいろあると思うので、この後感想をいっぱい聞かせてください。
そうですね。4歳の時から60年住んでますので、でもこの視線からみたいな感じで新鮮なものがありましたので、その辺はまたお聞きしたいと思います。
はい、ありがとうございます。
そしてこの後、猟奇的なふくらはぎの柴戸さんも陰すぎてくださるそうなので。
間に合うかな。
間に合うかな、どうかな。
最近仕事まみれですからね。
そんな面々でお届けしたいと思います。
それでは今週も神戸のウエストサイド、塩屋から塩屋マウンテンクラブのメンバーがスパイシー正批判な話題をお届けいたします。
今日も塩屋の真ん中にあります、ここへその部室にてお届けしております塩屋ヒーハーFMです。
今日は写真家であり、塩屋マウンテンクラブの撮影班であります山下雄人さんの写真展に行ってきた話と、写真家になったきっかけなどなどを山下さんにお聞きしたいと思っております。
03:01
よろしくお願いします。
写真展というのが題名が旧育立のこれまでとこれから山下雄人写真展で鍵かっこがついて塩屋敵待ち得るということで、
空き家であった旧育立という塩屋へそから徒歩5分もかかんないか、駅からも5分とかにある場所の空き家の建物で行われたようなものですよね。
その育立が新たに回収されてまた生まれ変わるみたいな。
そうですね。塩屋で初めての宿に来ています。
おー宿。
最近塩屋で若い人が移住してきたりとかあるんですけど、そういう人がいきなりやっぱり移住っていうのは結構ハードルが高かったりしますし、
実際に暮らしを体験していく中で塩屋の物件を探したり、住みながらの方がいい物件とか探しやすかったりもすると思うので、
塩屋で仮の塩屋暮らしを体験してもらうような建物になるかなと思います。
あと塩屋も最近空き家が増えてきていて、それを取り壊してさらちにしてしまったりとか、
そうすると塩屋の街並みっていうのもどんどんせっかくいいところも変わっていってしまう。
仕方ない部分もあると思うんですけれども、まだまだ活用できる空き家もあると思うので、
そういう空き家を活用してもらうための相談所みたいな機能もその場所に持たせたいなというふうに考えて動いています。
空き家を復活させるための拠点みたいになるということですね。
そうですね。塩屋的住環境特集っていう活動をやっていて、それが事務所みたいにもなります。
なるほど。山下さんそこのあれにも関わっている。
そうですね。主に撮影で関わっているんですけれども、毎日メンバーとして関わっています。
そんな中、塩屋を記録してきた写真が旧幾多邸に展示されているということですか。
今回その宿ができるということで、せっかくだったら回収前の状態っていうのも塩屋の人たち、
もしくは塩屋に興味のある人たちに見てもらって、また回収してからどうなったかというのを見てもらったり、より感じてもらったりとかするかなというのもあって、
ただ空き家の状態を見てもらうのもいいんですけど、せっかくだったら塩屋の今の風景だったりとか、ちょっと前の風景だったりっていうのを一緒に見てもらうことで、
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より建物とか塩屋の街についてちょっと考えてもらったりとかする機会になったらいいなっていうので、同時にその写真展を開催する形になりました。
なるほど。そんな写真展にこの前塩屋マウンテンクラブメンバー、めんめんが遊びに行きまして。
アサレンの後に山でみんなに声をかけて、今日行くぞっていう感じで引き連れて行きました。
本当に連日、アサレンの後はもちろんたくさん来てくださいましたし、その後も一人でも二人でもなくて感じで、それぞれ来ていただいてめっちゃありがたいです。
ご覧になった感想は岸井さんも山本さんもどうでしたか?
10年住んでいる岸井は元としては、その街、建物の雰囲気、これはとても懐かしい雰囲気なんですね。
旧、行くたての。
そうですね。昔って塩屋は本当に漁師町だったので、そんなに動きの高い建物はなくて、行くたても平屋ですよね。
で、大きな裾まで敷きるような広間があって、周りに小さな部屋があるっていうような、本当に昔の懐かしい、今でこそ隙間風が、かなり寒いような雰囲気があるような、それが一つの味になるようになったものなんですけど、
そこにね、本当に懐かしいような、で、新鮮な写真が点々と配置されている感じなんですよね。
だから僕はみたいな、おそらく聞くとどこの写真も僕は知ってます。
でも、この視点から見たらこんな風に見えるんだなっていう風な形で、聞かないとわからないというような写真がとても多くて、本当に新鮮に感じました。
岸井さんもご覧になったということで、写真展どうでしたか。
そうですね、ビッグボスの視点というか、60年過ごされた方の視点とは全く違うんですけど、まずそもそも私は行くたてがどこにあるのかも知らなかったんですけど、
塩屋のいいところって、このヘソもそうですし、隣の塩チョコさんの2階とかもそうですけど、ここのキディナーさんもそうですけど、
もともと本当にイノベーションというか、もともとひょっとしたら潰すかもしれないっていうところを、
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そのままさっきの山下さんの話だったと思うんですけど、回収してというか、みんなでどうやって使うかというのを考えてっていうコンセプトがあって、
行くたても意外と駅から近いじゃないですか、駅から近くてパッと歩いてたら、見落としそうじゃないけど、
そういうところに一角でされているというところに、千上の懐かしさというか、塩屋ってこういうとこだったよなみたいなのをちょっと感じて、
やっぱりなんていうんですかね、普段は山で会っている仲間たちが、ああいう空間で、塩屋のいろんな風景だとかいろんな人だとかっていうのをすごくいい写真撮っていただいてたんで、
なんか違った意味のすごくいい空気感だったように感じました。
ありがとうございます。
本当に。やっぱり入れ替わり立ち替わり、皆さんその写真展を見に来るだけのために、リビニさんとかも多分来られてましたよね。
そうですね。
なんかあれってすごく、僕がこのへそとかで一緒に手伝いとかをさせてもらったときに、いろんな人が入れ替わり立ち替わり来ててっていうのを思い出したなというか。
山下さんの写真がいいのはもちろんわかってはいたので、それをでもやっぱりすごくいいセンスで、
なんとなく塩屋らしい空気感のところを、ワンダーランド塩屋の音楽が流れてましたよね。
そうですね。
ワンダーランド塩屋って映像があるんですよね。
映像があって。
YouTubeのタルミックの紹介みたいな。
移住促進の一環で作られた動画です。
あの音楽って誰のあれでしたっけ?
あれはちょっと詳しくは分からないんですけど、ぐっけん俳優系の海外の方。
アリさんの格段じゃないの?の多分一メンバーだと思います。
そうですよね。なんかね、あの独特な。
なんかでもこれって本当に神戸全体とかで見ても、やっぱり塩屋だなっていうのを感じるような空間だったのかなと思いましたね。
旧育たて自体が雑塩屋っていうような、本当昔の自由環境のまま、そのまま保存されてたというか、その状態のまま存在していたっていうところだったので、
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そこの中の空間演出みたいなところもすごく心地のいい空間というか、
それと写真の塩屋の切り取られた部分の雰囲気と相まってすごくいい空間だったなというふうに思いますね。
あれの演出とかでもなくて、自然な感じで、広告物も最低限だけ置いていてっていう。
行った時は塩屋マウンテンクラブのメンバーで、自分的にナンバーワンどれみたいな話をしましたね、写真では。
街の塩屋っぽさを感じる写真だったり、あきらちさんのピザが置かれている写真が良かったり。
シロちゃんもありましたね、食堂の。
職人さんのお手、魚屋さん、ローカズさんの写真だとか、あとウニ。
海に浮かぶウニの写真とか。
あとお花、あれは海さんですかね。
そうですね、もともと塩屋にあったお店ですね。
いっぱいありましたね、街の一角やツタの生えた家の写真だったり、坂を撮った写真だったり。
すごく魅力が詰まった写真が多かったと思います。
塩屋が今人気があるというのも、いろんな人から見ていくうかんかんがあると思うんですよ。
ここを抜けていくといきなり温泉街みたいな商店街が出てくるとか。
でもちょっと曲がるととても雰囲気の良い台湾料理の店だと。
ゆうカフェさんですね。
そういう空間感がある街で、ちょっと行ってみたいなとか人気があるなとか思うんですけど、
それは結構凝縮された空間であったようには思います。
僕らからすると、あんな静かな小民家の中に、
こんな山走りのような格好したやつがトレーラーシューズを履いて、
うぞうといるとか。
その中に切り取った写真が空間にすりガラスに。
あれどういう仕組みなの?フィルムみたいにしたの?
あれは山本さんとかもご存知だと思うんですけど、
昔プロジェクターでOHPのシートで投影したりするんですけど、
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あのシートを普通にインクジェットのプリンターで印刷すると、
白い部分が透けて透明になるので、
そうしたら窓ガラスとか昭和のすりガラスとかに貼るとすごい味がある。
そこのすりガラスに貼ってるところに、こんなところに中庭があるんや。
そこにひょっとして昔、ニワトリ飼ってたの?みたいな鳥小屋が
円形みたいな感じで見えたりするような違和感。
なんていうのがすごく詰まった。
もう本当に塩屋っていう今の街を凝縮しているような。
で、やっぱり来られる方っていうのは近所のお年寄りだったりとか。
それとか、たとえばうちのメンバーの外国の方から連れてきたお子さんだったりとか。
休みが連れてきた子供だったりとか。
っていうような異文化も入っているような違和感。
っていうのがすごく感じられる空間だなっていうふうに思いましたね。
そんな素敵な写真をたくさん展示されてた山下さんですけど、
そもそも写真家になったのってどうしてなんですか?
大学とかは全くそういうの?
写真の勉強は全くしてなくて、大学は経済学を勉強していて、
大してちゃんと大学に行かない大学生だったので。
先ほどは横浜国立大学だったと。
そうですね。受験まで、学力はそこがピークだったと思うんですけど。
受験。そこからあんまり行かなくなって。
ちょうど僕が大学1年生の春休みに東日本大震災があって、
それが結構自分の中では今にも通ずる価値観になったターニングポイントの出来事なんですけど、
それで僕は経済学を勉強していて、経済学の話をちょっとすると、
僕が勉強していた経済学って結構数学的なところがあって、
人をすごい、ある意味数字で語るというか、
経済学の基本っていうのは自分の利益を最大化する行動を人間は取るっていう前提で成り立っている。
全部の経済学はそうじゃないですけど、基本的な経済学はそうなんです。
僕は東日本大震災が起きたときに、それに対してすごくその考え方にめちゃくちゃ違和感を持って、
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その経済学の考え方にめちゃくちゃ違和感を持って、
なんか人間は別にみんなそういう行動をするはずないだろうと思い、
あと大学もそんなに面白くないなと思ったことがあり、
こんばんは。
はい、良気的なふくらあげをお持ちの柴藤さんがいらっしゃいました。
こんばんは。
もう少し一歩近づいてお話しください。
韓国ドラマに入ってみて。
仕事帰り感が。
髪の毛変わってんじゃん。
そうですか。
ありがとうございます。先週切りました。
今山下さんが、経済学部から写真家につながったのか。
フィンさんって経済学者って知ってる?
なんか最初に聞きましたよね。
僕全然経済学ちゃんと勉強しないんで話すことがないんですよ。
なんとなくでもテンション上がる感じのあれではないですよね。
東日本を通って経済学があれって思った時にそれが起こっちゃうとね。
時間もあったので、ちょうど学生ボランティアとか募集してたんで。
これ話し続けて大丈夫ですか?
大丈夫です。
ボランティア行くようになったんですね。東北に。
震災の支援で。
震災の支援でボランティア。
学生のボランティアバスツアーみたいなのがあったりしたんです。
それは1回生2回生とかの時期の早い段階ですか?
そうですね。僕は大学1回生の時、春休みが2021年3月だったんで。
ボランティアとか行き始めたのは2年生2回生の時からですね。
そしたら最初は自分にできることあるかなみたいな、
ちょっと貢献したいなみたいな気持ちがあったんですけど、
それよりも行ってたら自分が役立ってる感じとか、
ガレキを除去したりとか、体を動かしてるのがすごい単純に気持ちよくて。
あとその地域の方と話したりとか、
そういう交流もあんまり、僕佐賀県の出身で、
横浜に来て一人暮らしして、キャンパスライブはありましたけども、
あんまりそういう、人と人とのコミュニケーションをちゃんと取ってるなっていう感覚はなかったんですけど、
東北でその感覚があって、東北居心地いいなってすごい思って。
で、そっちの活動にのめ込んでたら大学へどんどん大阪に行って、みたいな。
ありがちですね。
21:00
で、そこで結局は卒業して就職するNPOの代表と出会って、
横浜国立大学の経済学部とかって、銀行行ったり商社行ったり、外資系とかが大半のルートですけど、
僕はそのままNPOに。
NPOも別に災害支援のNPOとかではなくて、ちょっと変わったNPOで、
東北6県の農家さんとか漁師さんを取材して雑誌を作ることを主な事業としてやっている。
一時産業がどんどん日本は衰退していく中で、
けど人の命を支えている根源は食だよねって言って、
その食を作っている人たちが疲弊しているのはおかしいよねっていうので、
そこの一時産業の価値をもっと消費者に伝えていこうっていうようなコンセプトでやっています。
で、そこでその仕事をしている時に、農家さんとか漁師さんとかの取材をする、
雑誌を作るみたいな一連の仕事があって、
その中の一業務というかミッションとして写真を撮影するっていうのがあったのが、
カメラを始めたきっかけになります。
これめっちゃざっざっくりカメラまでつなげましたけど。
面白い方ですね。
いきましたね。
それのカメラで今一本で言っているわけじゃないですか。
そうしようとした、踏み切ったのは?
そうですね。NPOでは3年間くらい働いて、
辞めるくらいのタイミングで結婚とかもして、
その後若干一時期プー太郎の時期もありましたが、
そろそろ働かなきゃなってなって、
NPOにいたので、僕自身の感覚としてはちょっと社会とずれているというか、
もうちょっと生産現場、一時産業の現場に近いところにいたので、
だったらもうちょっと一般のマジョリティな消費者の領域を知りたいというか、
もうちょっといわゆる一般社会というのを知りたいなと思って、
東京の会社で働こうと決めて、
東京会社といっても結局はベンチャー企業に、ITベンチャーに入って、
そこでは編集者として就職を、転職をしました。
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そこではカメラも使ってたんですか?
カメラは全然めっちゃサブですね。
カメラマンとかも普通に外注して、
例えばですけど、一業務としてやったら社長のインタビュー記事を作るみたいなのがあったりすると、
僕は編集者なので、ライターさんとカメラマンがいて、
その人たちにディレクションをするとか、
それ以外の諸々のことをやるとかがあったんですけど、
ちょっとサブで写真を少し撮るとかぐらい。
その時はカメラは本当にプライベートぐらいでしか撮らなかったですね。
キューバ行ってたのはその期間?
プー太郎の時期です。NPOを辞めて東京で働く間の間ですね。
キューバ行った時には結婚はされてない?
してます。
そこを掘られるとちょっとね。
尖ってますね。
あれなんですかね。
ここにバックパッカーみたいなのいっぱいいるよ。
そうですね。
一人ハネムーンをやっちゃったみたいな。
一人ハネムーン。
生涯突っ込まれるんじゃないかって。
でも写真っていうのは全然出てこないよね。
まだこの文脈では大きくは出てこないですね。
写真にのめり込んだのはNPOにいた頃で。
そこでは触れてるんだ。
農家さんとか漁師さんを取材するっていう仕事。
けどカメラマンいたんですよ。
カメラマンは普通に専属の人がいて、
ライターさんもいるし、編集長もいて。
僕はどっちかというと他の雑務をするみたいな。
顧客対応、クレーム対応もすれば。
雑誌ちょっと変わってて、
例えばエビの漁師さんを取材しますと。
エビ漁師さんの雑誌を作りますってなったら、
その雑誌をただ作って終わりじゃなくて、
会員制の雑誌で、しかも会員には雑誌だけじゃなくて、
エビも一緒に届けるっていう。
ちょっと新しいコンセプトであって。
それでちょっと新しいコンセプトだったので、
いろいろ表彰とかも受けたりしてるんですけど、
ビジネスモデルとして。
で、なんでそれの、
じゃあこの金額の中でエビの量をどれくらいにするかとか、
エビの出荷する路地を組んだりとか。
黒猫ヤマトさんに、
今日500箱出すんですけど、
今日何時に来てくれますかとかっていう調整をやったりとか。
で、漁師さんの漁港の作業場の一部を抑えたりとか。
あとは、っていうような。
ちょっと福寿賞賞みたいな感じですね。
物流の仕事とかめっちゃやりましたね。
一時期僕、段ボールとか発泡スチロールとか梱包するのめちゃくちゃ早かったです。
結構そのコンセプトだったら大事ですもんね。
物流のところの確保というか。
そうです。滞りなくそこをやるっていう。
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ショーマウンテンクラブというカメラマンの方っていう結構ご縁があるんですよね。
結構キイチさんが。
僕が、僕もでも本当に最近思うんですけど、
その辺のところってもうちょっと勉強しとって、
自分でもうちょっとできたら面白いなっていう風には思ったりはすることがあって。
僕の感性とかなんか撮るっていうのは、
多分山下さんがやってはるような生き方に、
僕は踏み外してはないですね。
でも割と普通に就職しちゃって我慢しながら生きてきたんでが、
それでも好きなことはやってるかもしれないですけど、
なんかでもそういう人たちのその生き方ってすごい憧れるし、
いいなっていう風に、いいなというよりはやっぱり自分のやりたいことを追求してるわけじゃないですか。
だからそういう人が撮るものとかそういう人が聞くものとか出すものって、
すごいやっぱり興味ありますし、
そのさっきのエビの寮の人の雑誌みたいなの、
それ普通に考えたら厳しいよねっていう風に思うじゃないですか。
それをどう見張ってるっていうのはすごい面白いですよね。
鉄海リレーの時のドローン撮影を山下さんが。
鉄海リレーの。
鉄海駅伝の。
吉田さんが撮っていただいたやつの映像をまとめてるものがあって、
それのドローンの部分を。
鉄海駅伝っていう。
あれ何チーム出ました?
まあまあ出たかな。
すごいメンバーです。
2022年かな。
3人一組のチームで鉄海さんを、
鉄海6キロ×3周で勝負を決めようという。
そのレースをやった時の撮影を。
吉田さんでしたよね?
吉田さんにお願いしたんですけど、
その時の一部分のパートが、
すごいドローン撮影で鉄海さんを上から撮ってる。
それが、
僕らは見た目がさーっと流れてあるんですけど、
考えてみたらこれ誰撮ってんねんっていうのが実は山下さんだったという。
吉田さんと一緒にですよね。
その時に松屋にいらっしゃったってことですよね?
そうですね。
吉田さんが山を走ったりとか山に行くようになったのは、
いつ頃からなんですか?
2023年の夏頃です。
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松屋に移住してからなんですね。
僕が勧誘しました。
それは後で話に出てくる話だと思うんですけど。
まだカメラマンにはなってない。
全然僕はカメラに行き着いてない。
今から持って行こうとしてるんだから。
全く前後の話が分かんないから。
失礼しました。
大丈夫ですよ。
先人好きやわやっぱり。
それこそカメラのことで言うと、
エビ漁の話しましたけど、最初の僕の大きな仕事は
エビの15時間の漁に同行して写真を撮ることだったんですよ。
きついね。
それが船の上?
船の上です。夜の夜明け前に出港して、そのうちの夕方とかに帰ってくる。
髪ごとを思い出すだけでも無理やので。
最長は5日間だったことがあります。乗りっぱなし。
その船は揺れるんですか?
めちゃくちゃ揺れます。最初吐きまくって。
けどある程度吐いたら慣れてきて。
雑誌の専属カメラマンがいたんですけど、
その人めっぽう海が弱くて、船が全くダメで、
僕がたまたま何回か同行して乗ってる時に、
ヤマシタ君、船見失いじゃんみたいになって、
ヤマシタ君、写真撮ってよみたいになって、
そこで結果デビュー戦になって、
ちゃんと雑誌にもその写真が採用されてっていうのが、
僕の一番最初のカメラでの大きな成功体験になって、
これ僕の一個生きる道になるかもしれないと思って、
漁師さんのその後の取材は大体僕が写真を撮るようになった。
大成は?
船は任せろと。
僕その頃勝手に名刺に船上カメラマンって書いてました。
VTRではなくてシャッターのカメラ?
そうです。スチールの。
それはすごいよね。シャッターチャンスっていうか。
めっちゃ撮りましたよ。15時間で2500枚くらい撮りました。
2500!
すごいな。
で、そっからカメラに入っていって。
そうですね。ちなみにそれは10年前。
10年前ですね。ちょうど10年前。
ベンチャーは何年いたんですか?
ベンチャーは2年間やっていました。
そこで普通の社会人みたいなところを。
そうですね。編集者で、結構記事作ったりとかホームページの文章作ったりとかっていう仕事が。
あと企業がよく運営しているブログとかオウムドメディアって言われるとか。
それを代行したりとかやってたんですけど。
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結構今流行っていることをだいぶ先を引き上げてるんですね。
そうですね。
今月どういう記事を作りましょうかっていうのをこっちから企画して提案したりとかして。
それで実際に作ってなったらライターとカメラマンとかあとはデザイナーとかをチーム組んでやるみたいな。
やってた時にカメラマンのギャラってこんくらいなんだとか。
カメラマンに、そもそもフリーのカメラマンっていう。
雑誌の時にも言いましたけど。
自分が仕事をお願いする立場としていろんなカメラマンと接するようになって。
こういう道もあるんだなっていうのを改めて発見して。
ちょっと僕も写真好きだし。
あと東京で暮らしてたっていうのもあって満員電車がすごいストレスで。
ちょっとその会社員的な生き方が僕はかなり精神的にちょっと合わないなっていうところがあって。
それで独立しようかなっていうのを考えた。
それ思ってもなかなか踏み込める。
そこの世界に入るっていう勇気って必要じゃないですか。
やめようかなどうしようかなって考えてるタイミングとかでたまたま副業的にNPO時代の知り合いとかから写真撮ってよとか映像撮ってよみたいな仕事とかをちらほら受けたりとかしていて。
なんとなくその繋がりでもまたちょっとまとまった仕事とか起きそうな気配とかもあって。
あと自分が仕事をお願いしていた立場でもあったのでこうしたら仕事をもらえるんじゃないかなみたいな。
ちなみに僕最初カメラマンとして独立じゃなくて最初の仕事は編集者として独立してたんですけど。
なんとそうだったんですね。
写真もプラスアルファでやってましたけど。
それがいつしか写真の方がメインになっていたと。
そうですね。写真が一番熱を注げるなって思って。
結構そっちにちょっと編集はもう少しずつ減らしていって。
今は写真と映像っていうところを主にやってます。
そういう風な業界だったらもちろん東京の方が良かったんじゃない?
東京の方が仕事は多いですけど。
やってる人も多いんで。
競争は激しい?
競争は激しいです。
けどどうなんですかね。どっちもどっちだと思うんですけど。
こっちもいるっちゃいるんですけど。
来て思うのは神戸とか塩屋は特に大切ですけど。
より人の繋がり、より田舎っぽいっていうか仕事の来方が。
行ってしまえばコネで来るっていうか。
実力とかももちろん技術とかももちろんあった上でだと思うんですけど。
36:01
やっぱり人の繋がりだなってすごい今思います。
塩屋は2021年から来られたということですけど。
何かゆかりはあったんですか?
ないですね。
ない?
ない。まさかのない。
何かちょっと細かいところでも手繰り寄せてくれたら。
一回NPO時代、やめるかやめないかぐらいの時期に一回来たことがあったんですよ。
それは僕のいたNPOに2年間神戸大を休学して来てたインターン生がいて。
彼とすごい仲良くなって今もすごい付き合いがあるんですけど。
彼がインターン終わって神戸大に戻った後に僕が神戸の旅行をする機会があって。
神戸旅行のどこ行ったらいいみたいなアテンドをちょっと頼んだんですね。
そしたら神戸面白いとこあるっていうので。
てっきり僕は港町の中華街とかそういうところなのかなとかって思ったら。
塩屋の南谷っていうところのある方のお宅に連れて行かれて。
神戸にこんなところあるんだって思って。
めちゃくちゃそれが面白くて。
その時の古い街並みもあるけれども新しいことをやってる人もいる感じとか。
若い人もいそうな感じとか。
神戸って港町に見えちゃったね。山もあるんだ緑もあるんだっていうところとか。
たまたまお邪魔したところ畑もやってたりしていて。
なんかここすごい面白いなっていう印象をその時。
けど本当日帰りで塩屋は。
多分滞在時間は3、4時間だったと思うんですけど。
その時の印象が結構強く残ってた。
それがファーストコンタクトですね。
でも塩屋っていわゆるアーティスト。
例えば建築家であったり写真家であったり。
いう人たちが移住が最近とても多いそうらしいです。
結構アーティスティックな何かそそられるようなものがあったりします?
僕はそっちの文脈で実は塩屋を選んでなくて。
その時の印象が良かったっていうところと。
東京でそのベンチャーで働いて。
けどコロナ禍に入って。
独立するって決めてからコロナ禍に入ったんですけど。
コロナ禍に入って東京で暮らしてたらちょっと家賃も安くはないし。
息苦しいなと思って。
ちょっと東京を脱出したいなっていうのは考えてて。
で、妻が神戸。
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僕は佐賀県出身。
西の方に行きたいなと思って。
佐賀じゃなくて神戸にしたっていうのは特に理由はそんな大きくないんですけど。
僕は島とかすごい好きなので。
神戸だったらいろんな瀬戸内海の島行けるかなぐらいの感じでとかもあって。
すぐ神戸っていうのは決まったんですか?
神戸とか最初赤市とかも見ました。
赤市も噂では最近移住者増えてて住み心地よさそうだな。
超タイミング的にそういう付き合い。
泉さん時期ですね。
それこそ最初永賀島とか行ってめっちゃ永賀島いいなって。
僕は永賀島めちゃくちゃ好きで。
林崎松江海岸とか超好きで。
永賀島に惚れず住みましたから。
僕は海としてはあそこがすごい好きです。
いいですよね。
武蔵野に住んでます。
永賀島いいですよ。
なかなか2人の結論としてはJRである程度三宮とかのアクセスがいいっていうところとか。
やっぱり三宮はちょっと厳しいかなっていうのもあったりして。
赤市の中心地になると今度は全然家賃安くないぞとか。
そもそも物件が全然ないとか。
ちょうど人気だった時期と重なってたんで。
おのずと塩屋っていうのも前来てすごいいい印象があって。
塩屋の物件調べたら家賃安め。
ざっくり言うと東京の時の半分の値段で倍の広さにする。
家賃は安いですよね。
ほんまに。
でもここだって思って。
その写真ってはいつまで?
2月24日、祝日月曜までです。
このポッドキャストを私がいつ出会したかに。
それがあるなと思った。
プレッシャーでございます。
それまで配信次第で言ってたから。
何時から何時までなんですか?
最終日は?
最終日も明日も明後日も変わらないですけど。
10時から14時までです。
2月15日、もう終わってますね。
大丈夫ですね。
10時から14時ということで。
25日だったら…
下手なこと言えないな。
ずっと山下さんいるんですか?
22日の土曜はいないです。
僕がとてもびっくりしたというか、面白かったのは
僕が行った時に犬を連れたご夫人が
42:05
怒られて
土足で上がれるので
犬を置いていただいて大丈夫ですよって
あの空間に犬がトコトコ歩いてるか
僕は犬が好きなので構おうとしたら
とても14歳から老犬で
ビビってワンワン吠えられたという
こんなとこで犬が…
初めてかもしれない。
写真展に犬がいる。
父親らしくていいじゃないですか。
ような展示会です。
その展示会をぜひ
お越しいただきたいところですね。
もう一度アナウンスを
2月の24日月曜まで
祝日月曜まで
毎日10時から朝の10時から14時まで
やっております。
春川さんにプレッシャーかけておいてください。
皆さんお待ちしております。
ごめんなさい。
この配信が終わっていたら
すみませんでしたということで
写真家山下を直接お尋ねください。
写真集の作品は見せてもらえると思います。
山下さんのインスタグラムでも
物資貼ります?
物資貼る?
いやいやいや。
物質もいろんなものが貼っていても
だんだんカオスになっていくのかも。
物質の見学もできます。
ということを吉さんがOKするかどうか。
僕は何でもOKですよ。
カメラマンになって
いろんな仕事をしていると思うんですけど
主に父親の写真をたくさん仕事でも撮っている?
父親の仕事もあるんですけど
メインは企業から依頼を受けて
企業のウェブサイトとかSNSとか
いろいろ使うための
広告とか宣伝用の写真とか
イベントの動画撮影とか
セミナーのオンライン配信とか
そういうこともやっています。
あれやな、SMクラブのホームページで依頼しようか。
セブントレーズみたいなのできるんじゃないの?
沼津さんの仕事を受けたよね。
そうです。
沼津さんの兵庫県警の剣道特練の卒業生の記念VDを作りました。
すっごいコアな。
でもSMクラブの配信なので
剣道場には三脚は置けないってことがわかります。
揺れるんや。
45:01
学びになりました。
三脚が耐えられないですね、揺れに。
だから山下さんの写真というのは
いわゆるスナップ的なものもありつつ
広告写真的なものもありつつ
みたいな感じで
ある程度セクションごとに分かれているのかなと
見とったんですけど
その辺はすごい面白いなと思って嬉しいです。
そのカメラマン、いろんなもの撮影してますけど
どんな時にカメラマンとしてのやりがいを感じますか?
歩きたいかもしれないですけど
その写真を
例えば被写体がいた場合は
被写体の人に喜んでもらえたりした場合も
もちろんそうですし
例えば僕は結構
仕事をしている人を撮るのが好きなんですけど
最初のキャリアとして
漁師さんとかを撮ってたっていうのもあるんですけど
例えば漁師さんが
こんな風にいい写真撮ってくれてありがとう
みたいなことを言われるとめちゃくちゃやりがいは感じてましたし
今回は写真展とかで思うのは
その写真を展示して
それの写真を前にいろいろ
話が膨らんでいるのとかを見ると
すごいやりがいを感じます。
どうしても今って写真って誰でも撮れるし
ありふれている時代なので
カメラマンの価値ってなんだろうと
時々考えたりもしますし
デジタルでこれだけあるのに
わざわざお金かけてプリントして
展示して見てくれるのかなみたいな
不安とかもあるんですけど
それでプリントされた写真の前に
例えば岩本さんとかはじめ
塩屋の昔話をしてくれたりとか
そういうのを聞くと
撮った意味があるな
撮ってプリントした意味があるな
っていう風に思ったりして
またいい写真というか
また引き続き撮っていきたいな
という気持ちになります。
今回の写真展では
1枚の写真が物語を引き出すような感じでしたよね
話が膨らんだりだとか
見た写真から
塩屋の街を想起させたとか
話も膨らむし
みんなの塩屋っぽいって思って
選んだ写真とかが
全然みんなそれぞれ違うくらい
あの辺の
普段なんとなくぼやーっと
共有できてるっていうのかなって思ってるのが
意外と全然違うかったりとか
48:01
写真展きっかけで
みんなの中で広がったりとかしてる瞬間って
すごい面白いなという風に
思いました。
嬉しいです。
そういう
そういう
思いを
共有してくれて
すごく
嬉しいというか
僕も僕が嬉しいです。
プリントアウトする意味って
そういうとこにあるんですかね?
どうなの?
僕も普段そうですけど
やっぱりスマホとかパソコンで見てると
見てるようで見てない
ほとんどね
紙媒体で見ないという中で
あそこに出てくる意味って
そういうところに
見てるようで見てない
ちゃんと空間に物質として存在して
そこにとどまっている
っていうのがやっぱり大事というか
そこにちゃんと同じ空間にいるっていうか
結果的に
空間自体が話しかけてきてくれるような感じだったな
建物の影がめちゃくちゃありましたから
そんな感じでカメラと山下さんの話中心に
このパートでお聞きしました
ありがとうございます
山下さんがなぜ走っているのか
しおやマウンテンクラブのメンバーになったのか
みたいなところをお聞きしたいなと思います
まずランニングはいつから始めたんですか?
ランニングは
2023年の夏頃からです
それはトレランイコールトレランを始めた
そうですね
トレランっていう認識は自分なんかなかったんですけど
しおやで走り始めた
しおやで走り始めたっていう最初はほぼ山登りですね
それは旗振り山
旗振り山です
何で登ろうと思ったんですか?
高校生までは部活をずっとやってたんですけど
全然陸上とかじゃなくて
小学校高校は空手をやってて中学校はバスケやってたんですけど
大学から社会人になってから全然運動はやってなくて
時々登山に行くぐらいとかそういうのあったんですけど
全然日常的な運動をしていなくて
カメラマンとして独立した時に
結構機材を持っている仕事なので
51:00
筋力も使うしもちろん体力仕事でもあったりするので
ちょっと体力ないなって自分は思ってきて
体力つけたいなって思って
ランニングがいいなと
ランニングってお金かからなそうだなって思ったのと
一人でできるし
秋立さんとかとのご縁
しおや越してきてから知り合ったりしてて
秋立さんが毎日山登ってるぞみたいなのを知ってて
そっかここ山近いもんなみたいなのがあって
そのロードを走るのもいいですけど
走る方は僕はなかったんですけど
運動があったら登ってみようかな
下りとかちょっと走ってみようかなみたいな
ぐらいの感じで始めました
下り走ってみたら楽しかったんですか?
そうですね気持ちいいなって
今からすると走ってないですけど
ちょっとほんと軽くタタタタみたいな感じで
週に1,2回とかじゃないですかね
ぐらいの運動としてやってました
継続して旗振り山に登ってたんですか?
そうですね旗振り山だけですね
旗振り山の頂上に登って降りるっていうだけ
それを日課じゃなくて週の練習の
週に1,2回ぐらいの気分転換ぐらいですけど
ルーティンの中に入っていたってことですね
そんな山下さんがなんでトレーラーにのめり込んじゃったんでしょうか?
なんかヘソではよくイベントをやってるんですけど
その中でクラフトジンをいろんな種類のめるイベントがあって
その時に隣の席になんと岩本さんがいらっしゃったんですね
お!岩本さんですかね
お酒をしました
ねこしい人がいましたね隣の席に
なんとビッグボスが加入した
僕最近山に行ってるんですみたいなことを言ったら
隣にいた岩本さんが
まさかの隣
あの時ナンペさんがいたんですよ
このヘソの管理者のナンペさんがいて
ナンペさんが決してSMクラブの集会じゃなかったんですけど
そこのクラフトジンを作ってられる高田さんという方が
クラフトジンって高田さん?
高田さんのイベント
マジで
がSMクラブの先輩だったんですね
高田さんは僕は本当に仲良くさせてもらって
歌謡曲バー夏の扉でもお世話になりましたね
54:03
本当に
僕は連れてきた方があるし
高田さんめちゃくちゃ良い方なんですよ
初期面なんです
初期面というかもう本当に僕は大好きな方
パートナーさんのリリーさん
リリーさんね
すごい綺麗な方でいらっしゃっていて
クラフトジンのやつらを捨てるっていうんで行ってみて
なんとSMクラブのメンバーは僕しかいなかったんですね
仕事がいなかったんですよね
渡辺さんっていう人
絵相を管理されてる方が
この方SMクラブって言って
山走ってられる方ですって紹介してもらって
ノリでいろんな話をしてる中で
山下さんがちょっと山上がってるよみたいな
奥さんもいらっしゃいますよね
そうですね
そういう
じゃあ僕らSMクラブなんだけど
朝6時に集まってるか来ないって言ったら
行きます
一言でした
陣の勢いです
陣の勢いのせいです
普通それで行くって言わないですからね
奥さんは行くの?みたいな
こいつら何言っとんの?みたいな
でも奥さん応援してましたよね
この人は
山上がってるんですよとか言って
トレーラーのシューズは持ってる?みたいな
どっかでタイミングを探して
トレーラーのシューズは買ってたんですか?
トレーラーのシューズは買ってたし
それで登ってたんです
どこのトレーラーのシューズですか?
トポ
トポ
またマニアックな
ランジャーニーでオススメされるがままに買った
ランジャーニー行ったんですね
オーリバーですか?当時
オーリバー
いましたね
まあビッグボスでもね
誰でもいい感じで話しかけるからね
あと勧誘の速さがすごいっすよね
それはドバッジさんに負けます
なんかビッグボスが
明日山下さんが来るよみたいなのを
メッセンジャーに
初の時にあげてたのがすごく
そんな
それって時期的に何年?
2023年7月
7月か
ほんまにそんな感じですね
クラフトジンのイベントの写真とかもあげつつ
マジで?
朝で一人お声かけました
明日来られると思います
これ一発目の日の写真ですね
2023年7月
すごい残念
1の写真ですね
真ん中にいますね
そうそう
バチッと決めてね
緊張しますね緊張します
紫色のバンダナみたいなの
そうですね
早手くんもいましたね
柴戸さんいるんじゃないですか?
いましたね
お!痩せてるよ柴戸さん
本当だ
57:01
これ誰?
これアラタックさん?
アラタックさんですね
アラタックさんとマッチュパイセンも
アラタックさんなんかこんなのやってくれないのにね
丸マークですね
丸マーク珍しい
メガネボーズ
SMボーズ
たまに見返しますよね
自分が初参加した時もね
そうなんですか
めぐみさんもいらっしゃるし
すごいメンバーだね
山下さんでもそこでね
こらえるのが素晴らしい
そうですね
ちゃんと
先の勢いが立つわけで
5時にギリギリに来ました
その時はちょん負けでした
その当時は
横反ったんですね
髪伸ばしてる時期
後ろにたまに出ました
ほんとに来たと思って
誘っといて
誘っといて
基本的に
SMクラブの初参加の時って
アテンドが好きなんですよ
アテンドどうしようとか思ったけど
結構なんか
走れるんじゃねえかと思って
ホットコかなみたいな
だいたい初めて
SMクラブに参加された方って
すごいアテンドを求める
必要なゆっくり走られる方と
気合い見せる人がいるんですね
気合い見せる方だなと思ってたんで
勝手に登ってもらった気がします
どうだったんですか
そのアサレンは
どうっていうか
山下さんは
初の
原田くんさんがいたかったのね
正直言うと
緊張してました
社会人の
サークルみたいに入るのは初めて
初めての日アサレンの
鉄塊さん登った映像が
これもSMクラブの
メッセンジャーにありました
初めての気合いが入ってるね
そうですね
初めて来た時のアサレンは
誰が優しかったですか
原田くんさんは
声もかけていなかった
男のアレンは興味がなさそうだった
山下くんさんと話した記憶はない
マリッチさんとかもいらっしゃったからね
山下さんは好きだからね
山下くんと言って
何が一番初回の
山下さん印象的でした
何が一番スパイシーだったんですか
例えば沼地さんの
鬼教館でどんなメニューがあってとか
1:00:04
印象に残ってる
SMトレインとかしたのか
僕はその時見分けがつかなかった
誰が誰かわからない
みんなあだ名で呼んでるじゃないですか
今日は覚えるのやめようと思って
諦めた
今はビッグボスだけ覚えてる
基本的にビッグボスの
近く走ってた記憶がある
動画見たら後ろにいらっしゃったんですね
ビッグボスは育ったんですね
僕の父親とほぼ同い年
なんか不思議な感じしたんですよ
父親と同い年の人が走ってる
分かる分かる
それが一番
刺激的というか
ビッグボスが刺激的だったみたいです
それでまた来ようと思った
思いましたね
単純に刺激的だったんで
その時から山歩きになったのもあって
走れたんじゃないですか
でもね
何回目かな
半重走行った
ボスと半重走?
3ヶ月後ぐらいじゃないですか
そんなもんかな
キャノンボールに
キャノンボール前ですもんね
山歩さん出るっていうんで
キャノンボールって何月になるんでしたっけ
10月です
でも7月だから3ヶ月ぐらいに出る
それまで
キャノンボール出るって決まるまで
日朝練その後も
来てた?
たびたび?
たびたびっすね
毎週じゃないかと思うんですけど
その時に
2週に1ヶ月
キャノンボールを
完走できるかなっていう風に
僕は思ってるんですよ
その時にね
なので
じゃあいっぺん思想に行こうよって
誘って
日和時に来れるのって
柳口だったりするじゃないですか
だからじゃあ半重だけだけど
行こうよって山下さんを誘って
で一緒に行きました
で実を言うと
本当に
走るのかなっていう感じだったんですね
だから
その時は?
結構だから
緩めに走りました
よく覚えてます
途中で大丈夫?とか
いける?みたいな
今にして思えばなんと
読みが浅いみたいな
いやいやいや
本当にそうです
その年の11月に
1:03:01
神戸マラソン走ってたんですか?
そうですね
え?
でなんか
早っ
すごい
普通走れないですよね
42キロ
高取の
高取さんの
うかよ
のサッカーあるじゃないですか
あそこって
キャノンの勝負所
妻からの勝負所だと思っているので
あそこを僕走るんですね
それに
山下さん偉そうですけど
ついてこれたんだよね
お偉そう
あなた歩いてるじゃないかよ
ごめんなさい
お!いけんじゃん!とか思って
肩だったんですよ
だっと言えばですね
成長度はすごい
何したんですか?
ローピング?
一人で毎日上がってたよな
あ、そうですね
楽しすぎて
やっぱり新鮮だったんですか?
新鮮っていうか
意外と走ったら楽しいとか
意外とゴリゴリだと思ってた人たちが
全然大したことないなって
それは全く思っていません
それは全く思っていません
いい人たちやなと思いました
単純になんかその
自分で一人やってる時は
そもそも走ろうと思ってなかった
けどやっぱり
アサリン参加すると
走らざるを得なくなってくるというか
みんなでやってるほうが
モチベーションも上がりますし
っていうので
走ったらきついけど
走ったほうが楽しいなっていう
嬉しかったっていうのがあって
キャノンボールに出るよって言った時に
SMシャツ着てくれる?
みたいな話をしたんですよ
その時はSMシャツ
当然持ってないんですよね
じゃあ俺の貸すから
俺のSサイズなんだけど
じゃあちょっと着て走ってみますって言って
僕が買ったSMシャツを着て
キャノンボール初で走ってくれました
SMTシャツを
若干その頃は
僕憧れになってました
シャツを着るの
あれってSMクラブって
向き変えてる本のやつ?
初代です
初代のやつ?
2代目です
実行のやつではない?
マイルダーの本ですね
2代目は実を言うと
若干Sサイズでも緩いんですよ
サイズが
比べてみたんです
さすがアパレル
であると
山下さんだったら緩い方じゃない?
ダメかなって思って
それを渡した
そんな裏話が
1:06:01
実はあの時のTシャツに
心遣いがあったと
そんなキャノンを走って
完走できて
しかもしろ山田クラブTシャツ着て
そうですね
どんな気持ちだったんですか?
やっぱなんか
初めて
思想でも半重層までだったんで
走り切れたことが何よりも
嬉しかったですし
もう足はめちゃくちゃ痛くなりましたけど
これからトレランは
もっとやっていくんだろうなって思いました
ますますのめり込んだ
ハマっちゃった
とりあえず一番身近な山を
一つはなんか
最初の大きな目標を達成できた感じ
その後
レースは神戸マラソンや
そうですね
その後は
神戸トレイルまで飛びますか?
神戸トレイルまで飛びます
ちょっとね山下さん
ほんまに素質やばいと思う
でもNOT2発目か
あーそうっすね
神戸トレイルの前に
NOT行って突っ込み過ぎて
足やった
なんか
実は今も痛いんですけど
左膝の裏が痛くなりやすくて
筋が
最初の前々回
前々回のNOTは
3週でDNF
結局神戸トレイルで始めて
公式レース
公式トレランレースで
神戸トレイル
21キロでしたっけ
それですごい走りでしたよね
あれで結構山下さんやばいってなった人が
多かったんじゃないかなっていう
いやでも
たまに関わろうとしたら
やばい自分が
普通の朝練で
ピタッて疲れるから
これやばいわ
で
走り始めてだって1年とか経ってないわけじゃないですか
そうっすよね
仮に
僕競技で
そこそこは
一応走ってた
大蔵さんの時も同じ
感触があったんですよ
僕も大蔵さん来た時に
僕が走ってきたら
もうすぐ後ろぐらいで
結構必死についてきてる大蔵さんがいて
めっちゃ強いやんって
だいたいそういう人は
伸びしろしかないから
山下さん
登りがね
登り強いっすよね
登りが強いっす
登り楽しいのは楽しいっすね
下りも楽しいか
どっちも強いっすけど
登り強いっす
特に登りが
本当に強いと思いますよ
1:09:01
登りはトレーニングで極めたのかな
登り方が分かった
なんかそうですね
結構頭でも理解したいタイプではあるんで
こういう体の動き方ってことですか
そうですね
本で学んだ
一部ですけど
理論?フォーム?
理論っていうより体の使い方みたいな
使い方
骨を意識するとか
足を上げるんじゃなくて
お尻を上げるとか
感覚的なところも含めてですけど
その感覚をマスターするっていうのは
すごく素質があるのか
努力すごくされたのか
本当にやっぱり
初めて半年とか
一番楽しい時期
練習するたびに
ちょっとずつタイム伸びるし
楽になっていく感覚があったので
今日の朝練から
階段一段飛ばしに行ってみよう
毎回走るときに
課題かテーマを置けるようにしてました
ただ走るっていうのはやめよう
意識とかは綺麗だな
それが飛び級で
レベルアップするコツなんですね
考えて走ってる
神戸トレイルの時に
思想に一緒に
行ってもらったんですよ
ボスが一緒に
タツミさんも一緒に
その時に
タツミさんに言われたんですよ
ごめんなさい
僕と山下さんは
山下さんに
僕は
ついて行きますので
ボスには付き合えないです
タツミさんが?
タツミさんがボディーが
タツミさんが?
走り終わった時に
山下さんは
レベルが違います
タツミさんがいました
割と真面目な感じで
ぶっちゃけ
神戸トレイルの
4ループ終わる間に
僕は2ループしか行けなかった
みんなが
2人で不心配して
山下戻ってくるかなと思って
2ループ目の登場で
待ってくれてて
僕がボロボロになって
3ループででも行くって
言っていて
ずっと待っててくれた
それくらい
あの段階で
次元が違ってた
やばいなぁ
竹村の後くらいまで行くんじゃないか
山下さんって
1:12:05
理論的な部分で
上がるタイプじゃないですか
トレイルの下りって
理論で割り切れない
と思うんですよね
でも山下さんは
下り道すっげー速い
だけどそれは
どうしてるんですか
落ちてるの?
もともと走るのは
登山は趣味程度に
やっていて
富士山も登ったことがありますし
岩手にいた時代も
ちょっと残雪期の山とかも
入ったことがあって
山小屋とか泊まったこともあるんですけど
そういう時に
下山の時に
ここだけ走ってみるか
ってよくやってたんですよ
その時に
下山で走るのがすごい楽しくて
それがトレーラーに繋がってる
部分があると思うんですけど
その頃からあんまり
恐怖感はなくて
日常生活とかで
小さい頃から階段とかも
下りめっちゃ走ってたんですよ
一段飛ばしたり
やばいな
下りで
それの挑戦状やと思います
ゆっくり行くほうが怖い
チカコさんは
下りがすごい苦手で
あそこクリアしたら
もっと速くなるのにな
みたいなところが苦手な
下りビビる人が
フリーで活動なんかせえへん
そうね
マインドですね
ビビらないマインド
トレーラーでの
今後の目標は
すごい最近考えてますね
最近結構
自分の中では
いろいろレースを
入れたりしていて
レースも楽しいんですけど
なんか
そもそもは
始めたところは体力つけたい
ってところとか
もともと自然の中で
遊ぶとかも好きだったので
競技として追求したい
じゃないんだよなって
最近また考え始めて
速くなったり強くなったりする
っていう楽しさももちろんあるんですけど
もっとなんか
自然と親しむとか
っていうところを
ちゃんと忘れずに
大事にしたいなあ
っていう風に
思っています
それは多分
強くなんないと自然とも
深く楽しめないと思う
アドベンチャートレース
あんまり僕は
名前にこだわらないっていうか
カヌーとか恋でもいいと思うし
なんかその
自然の中でもっと遊びたい
1:15:00
っていう気持ちがあるので
それこそサバイバルスキルみたいなのも
全然身につけたいなと思いますし
そうですね
アドベンチャーとかロングとか
それといわゆるレースっていうのは
なんかちょっと違う気が
してて
キスさんなんか
ミドル得意じゃないですか
得意というか僕もあれですよ
極論言うとあんまり
何でしょう
ちょっと山下さんに近い
思ってるところはあって
台前からあんまり僕レースは
やりきったっていうか
去年のオクシナのでもやりきった
みたいに言ってましたけど
でもやっぱり
一緒ですよね
何も知らなかったらやっぱり
どんどん多分
不健康にもなっていくし
単純に
僕はだから山に入るのも楽しいかもしれないけど
そんなよりも
20分でも30分でもちょっと
ジョギングするだけでも最近気持ちいいなって
思うんですよ
だからその時間
体を浮かす時間を
純粋に楽しむ
のが
それの方が結局長いこと
続くんじゃないかなって思うように
なってきました
なんで自分に疑問を感じたんですか
いやいや
岸さんが
柴藤さんを見つめながら喋ってました
じゃあもう自然
舞台が自然だみたいな感じで
自然を舞台に
いろいろ
遊んでいきたい
山とか
写真も自然の中で
もっと撮りたいっていうのがありますよね
そうですね今回はね
塩谷の風景とかの写真やったんですけど
また山の
とかそういう自然の写真もね
写真展とかもぜひ見てみたい
えふまきさんとか
じゃあ写真も
そういう山とか
自然を舞台に今後撮っていきたいとか
そういう感じなんですか
なんか機材
あんな重い機材担いで
あの
石川直樹さんとかもそうですけど
うん
冒険家の方じゃないですか
重い機材持っていって
NHKとかの
山登ってる人もすごいけど
それについていってるカメラマンクルーとか
すごいなと毎回思う
その強さ
は手に入れたら
めっちゃ
手に入れたいなっていう
憧れがありますね
海では手に入れてますからね
15時間乗ってるんですから
いろんなものが養われてるんですね
山上カメラマン
ルーツがそこってことですよね
山上カメラマン
スリルが欲しいんですよね
スリル?
まだいる?
スリルが欲しいです
スリル満点クラブ
おお
ここに来て戻れた
ちゃんと戻った
1:18:01
太郎も顔負けの
それは
スリルを
存分に
満喫していただければ
なんかそういう感じで
いろんなイチゲイさんとか
ナオタとかを
山下さんが撮ってるみたいな姿を見たら
すごくちょっとワクワクしますね
頑張ります
秋広さんも
秋広くんもね
山からね
登山の強さがあるから
100名山目指してますから
いいですね若手が
嬉しいですね
ぜひそんな姿を
見せていただければと思いますので
今後ともよろしくお願いします
お願いします
ここで塩屋マウンテンクラブから
お知らせです
今日はビッグボスからお知らせを
言ってもらおうかなと思います
まず日朝連のお知らせ
塩屋マウンテンクラブでは
毎週日曜日
塩屋駅北側
魚屋さんの前に集まって
日朝連を行っています
塩屋駅に集まって
旗振り山
鉄塊山と
回って約60分
で塩屋駅まで
降りてくるという練習会ですので
ぜひ皆さん
来るってご参加ください
お願いします
そして水曜の
ドロレンも
毎週水曜日は
同じ塩屋駅北側に
集まってロードレンを
やっています
塩屋駅から舞妓の往復
約10キロをみんなで走ろうという
練習会ですので
こちらの方もよろしければ
ご参加ください
なんていう練習会なんですかその水曜日は
水曜ドロレンです
ロードレン
ドロレン
これはみんなは
分からなくなってるんで思わないけど
最初にドロレンとつけてます
このお知らせで
いつも四五枚ロードレンと
言ってましたが
ドロレンなんですね
改めます
水曜日なので
みんな仕事があると思いますので
基本的には
6時にスタートして
塩屋駅に
7時過ぎには帰れるように
走っています
朝6時に塩屋駅集合ですね
北口に
先ほどの沼地刑事が
参加した場合は
赤城大橋の下で
今日は
リズム練習でした
こういうリズムをとって
練習すると体幹が鍛えられるよ
というような
特別講習もありますので
ワンポイントレッスンがあると
お楽しみにぜひ来てください
写真展は
1:21:00
この後
2月の24日
月曜日まで行っていますので
ぜひ塩屋に
お越しの際は遊びに来てください
旧育たてですけど
Googleマップで出てくるか
心配なので
詳しくはどこを見ればいいですか?
詳しくはどこを見たらいいんですかね
塩屋プロジェクトっていう
塩屋の活動の
ホームページがありまして
そこにお知らせが残っています
塩屋駅とかにもチラシが置いてあります
ぜひカタカナで
塩屋プロジェクトで
調べていただければと思います
ということで
エンディングの時間になります
ビッグボス
改めて今日の感想を
一言
走る写真家
山下さんに
いろいろお話をしていただきましたけど
塩屋っていうところは
こういう風な芸術家
アーティストみたいな方が
たくさん移住されてきているような
お話をしましたが
異空間が楽しめる
場所になっています
そこに僕たち
塩屋マウンテンクラブっていう
トレーナーのチームがありますので
その異空間を楽しみながら
自然も満喫できるっていう
この練習館にぜひ参加してください
取り返そうとしても無理ですよ
綺麗にまとめようみたいな
まとまったじゃん
綺麗にさ
そうですね
編集の力で
脱線した部分は
綺麗にしようと思いますので
ご心配なさい
ということで
そろそろお別れになります
それではこの先も
ひいはんな週末を過ごしください
塩屋マウンテンクラブの
はるかと
さつめいさんの山下と
岸井とビッグボス岩本と
柴藤でした
せーのごきげんよう