1. 塩屋ヒーハーFM
  2. #101 マルチランニングクリエ..
#101 マルチランニングクリエイター反中祐介さん〜無茶振りに全力で応えるお仕事〜
2026-04-08 1:20:44

#101 マルチランニングクリエイター反中祐介さん〜無茶振りに全力で応えるお仕事〜

ゲスト:キッシー(主宰)/反中祐介さん(マルチランニングクリエイター)

MC:ハルカ(ダサポーズ担当)

おしながき:マルチランニングクリエイター/無茶振りの応酬/言葉だけじゃなくて形で示す/トレランのきっかけ/アメアスポーツ/コーチから選手へ/北海道移住/カメラマンへ/選手としての顔/印象的な海外レース/レースディレクターとして/キッシーとの出会い/ムラサキスポーツでの試み/サウナ/ランニングの盛り上がり/クロスカルチャー ほか


Shioya Mountain Club

@shioyamountainclub

神戸のウエストサイド、各駅停車しか停まらない小さな町、"塩屋"。海も山も街も駅から.すぐに入れる絶好の環境に、垣根を超えた仲間が集います。トレイルランニングと地域活性化を軸に、go spicy say hee haa!な日々を送っています。

⛰️日朝練

→毎週日曜朝6時塩屋駅北口魚屋さん前集合

🐟水曜ドーロ練

→毎週水曜朝6時塩屋駅北口魚屋さん前集合


🎥SMClubの日常を切り取ったコンセプトムービーが完成しました。ぜひ見てください!

https://www.instagram.com/reel/DJcx8n3zzUB/

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

サマリー

今回のエピソードでは、マルチランニングクリエイターの田中雄介さんをゲストに迎え、その多岐にわたる活動とユニークなキャリアパスについて深掘りします。田中さんは、元々はプロトレイルランナーとして活躍していましたが、ランニング以外の分野でも「無茶振り」に応えるうちに、その活動範囲が広がり、「マルチランニングクリエイター」という肩書きに至った経緯を語ります。岐阜県出身でありながら、大学時代に関東でランニングチームのコーチを務めた経験から、市民ランナーとの関わり方や、言葉だけでなく行動で示すことの重要性を学びました。その後、アメアスポーツジャパンでの勤務を経て、選手としてサロモンと契約。選手活動中に北海道での新規事業立ち上げに携わり、札幌から最終的に北海道中川町へ移住するに至った道のりも語られました。また、カメラマンとしての活動や、海外レースでの印象的な経験、そして自身がディレクターを務める大会「バックヤードウルトラ ラストサムライスタンディング」の裏側についても触れられています。さらに、サウナやSUP、ヨガといった異分野とのクロスカルチャーを活かしたイベント企画や、ムラサキスポーツでのランニング事業立ち上げなど、常に新しい挑戦を続ける田中さんの「遊びが仕事になる」という哲学が随所に語られ、その活動の幅広さと情熱が伝わる内容となっています。

マルチランニングクリエイター誕生の背景
塩屋ヒーハーFM
皆さんこんにちは、ご機嫌いかがでしょうか。
神戸のトレランチーム、塩屋マウンテンクラブのダサポーズ担当、はるかです。
新学期とかですね、そういうね、出会いと別れのシーズンになりましたが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。
はい、今日はここ塩屋の真ん中にありますね、へその部室にて収録をしておりますが、
23時です、今。
23時、こんな遅くから始めたことあります?
23時、いや、23時からでも始めないといけない方が来られたんで、22時待ち合わせで。
へそ前で。
へそ前で。
部室に泊まられるんですよね。
そうですね。
もう泊まらざるを得ないと思います。
超ね、ビッグゲストが、明日塩屋を走ってくれるということでね。
そうです。
はい、紹介します。マルチランニングクリエイターの、丹中雄介さんです。
はい、丹中です。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
すごいですね。
嬉しいですね。
なんで塩屋にいるのか。
来ちゃいました。
なんで塩屋にいるのか。
来ちゃいました。すごいわ。そのね、なぜっていうところも色々ね、紐解いていければなと思うので。
はい。
はるかちゃん寝ないようにね。
そうですね。
目パキパキっすね。
一応パキッと。
今日は危ない日だと思って。
だから今日お酒なしです。
麦茶で。
危ない。
どっちもさっきね、さっき帰ってきたところなんでね。
そうですね。
今喋っている方のね、名前言ってなかったキッシーさんね。
はい。よろしくお願いします。
順番がめちゃくちゃですね。
大丈夫です。
ということで3人でお届けしたいと思います。
それでは今週も神戸のウエストサイド。
塩屋から塩屋マウンテンクラブのメンバーがゴースパイシーセイヒーハーな話題をお届けいたします。
はい。主催のキッシーさんとマルチランニングクリエイターの田中雄介さんとともにお届けしております。
塩屋ヒーハーFMです。
まずその田中さんはね、もともとプロトレーランナーだったりしているというところもありますけれども。
なぜマルチランニングクリエイターとなったのかみたいなところもお聞きしたいし、
あとキッシーさんとのつながりみたいなところもお聞きしたいなと思っています。
田中さんがむちゃくちゃ多才なのを知っている人は知っているし、
知らない人は知らないと思うんですけどね。
ただ走るのが速いトレーランナーじゃないんで、相当ぶっ飛んでますんで、
その辺ちょっと聞きたいですね。
僕はちょっと知ってはいますけど、遥香さんに突っ込んでいただければと思います。
経歴というか、やっていることがすごいですよね。
先ほどちょっとお聞きしたところでも。
何されているんでしたっけ?
マルチランニングクリエイターです。
もともとさっき言ったようにプロトレーランナーというふうに名乗っていたんですけど、
プロトレーランナーというふうに聞くと、選手というイメージが強いのかなと思うんですよね。
選手活動というところからはみ出した取り組みがどんどん増えてきていて、
プロトレーランナーだと逆に伝わらないんじゃないかなというところで、
考えた結果、マルチランニングクリエイターということになりました。
プロトレーランナーだけだったら、そういう方って結構いてイメージも強いしですけど、
日本でそれで成形立てられる方ってどれくらいいるんだって言ったら、本当に数える程度だと思うので。
確かに。
でもそれ以外の、走ること以外の才能がむちゃくちゃあるので、
それで生活されているので、数少ないと思いますよ。
すごいですね。
もともとはみ出すのって何からはみ出したんですか?
例えばランニングとか全く関係ないイベントで、結構相談されることが多いんですよ。
あいつならむちゃ振り答えてくれるんじゃないかみたいな感じで思われているんだと思うんですけど、
分かりやすいのだと、ハッピーウーマンズデーっていう国際女性デーっていうのがあって、
女性の記念日みたいなのがあるんですよね。
北海道でも会場というかイベントがあって、
北海道だと芸人のバービーさんがアドバイザーみたいな感じでいて、
そこのイベントでランニングやりたいんですけど、そういうのできます?みたいな。
屋内で、しかもパイプ椅子がいっぱいある場所で、ランニング的なことなんかできないですか?みたいな。
厳しいですよね、普通に考えたら。
普通は厳しいじゃないですか。
僕はなんとかなるんじゃないですか精神なので、できるんじゃないですかみたいなので、
ランニングに使えるような簡単なフィットネスみたいなのをレクチャーというか指導させてもらったりとか、
ぶち込んだりとか、そういう無茶振りの応酬みたいなのがあって、
それに応えてたら全部仕事になっちゃったみたいな感じですね。
そもそも多分住んでるところとか、その辺も結構むちゃくちゃな感じなので、
働いてる場所とかも様々なので、今住んでるところは北海道ですよね。
北海道。北海道の中でもほぼ日本最北端の方の、輪っか内とかあっちの方にある中川町っていう、
めちゃくちゃ田舎、陸の高等みたいな平気地みたいな場所ですね。
北海道でもね、札幌とかそういうところではなくて、むちゃくちゃ北の方ですよね。
そうですね。
どう流れついたのか、もともと岐阜県出身だっていうのは先ほどお聞きしましたけど、
なぜ岐阜から北海道に?
高校までは岐阜にいたんですよ。岐阜県の飛田高山っていう、
岐阜県の一番北の方の町出身で、高校はゲロ温泉の方の高校に行って、
大学から関東の方に出て、大学2年生の時に外資系の企業に依頼されて、
ラーニングチームを立ち上げてほしいっていうのに依頼されて、そこで立ち上げてコーチをしていて。
すごいですね。
20歳の時ですね。
学生なのにコーチもやってて。
もともと競技は高校で結構されてたんですよね。
その経験もとに指導をしてってことですね。
そうですね。高校までって結構自分のために走るみたいな感じだったんですけど、
初めてそういう話をされて、
それは割と無茶振りってことですか?
無茶振りっすね。
それ答えた?
初めて市民ランナーっていう人たちと関わるようになって、
走るためにお金を払うっていう感覚が最初は分からなかったんですよね。
そういうことがあまりなかったので、
なんでみんなお金払ってまで走ってるんだろう?みたいなのを単純に疑問があったんですけど、
みんなすごい熱量が高くて、
僕はそういう熱量でちゃんと取り組めてなかったなっていうのを気づかされたというか、
市民ランナーの人ってすごいなっていうリスペクトがそこで生まれて、
そういう人たちにちゃんと関わっていきたいなっていうふうに僕もなって、
1年間で130人くらい会員ができたんです。
すごいね。
当時は僕が20歳で、
僕の周りって元マラソンのオリンピック代表とか、
あとは世界陸上日本代表とか、
で、選手を引退してコーチをしてるっていう人がばかりで、
本当に圧倒的な下っ端というか最年少でやってたんですけど、
いい意味で年が下だったので何でも聞けたりしたし、
ある意味は無理しないでできたというか、気楽にできたところもあって、
ただランニングチームなんでみんな高いモチベーションで来てたんですよね。
結果を出してほしいっていうところで、
ただ口だけで言うのって説得力としては薄いなっていうふうに思ってて、
ちゃんと形で示すじゃないけど、言葉だけじゃなくて、
ちゃんと姿でも示していこうと思って大会に出たりして、
自分自身が?
自分自身も。そしたらみんな自己ベストの更新がすごく出たんですよね。
なんで結構そういう説得力って言うんですかね。
言葉だけじゃなくて行動も大事だし、伝え方も大事だし、
いろんなことが必要なんだなってそこで学んで、
そこの経験が結構未だに生きてるというか、
っていうのが僕のランニングの仕事というか、
割とルーツというかきっかけみたいなところですね。
今のスタイルにつながってるわけですね。
その若さでコーチってね、今でこそインフルエンサー的な方とか、
だいぶ時代変わってるから、だけどそれってまだまだ
起こりかなっていう感じの時ですよね。
14、15年前とかですね。
東京っていうのも良かったのかもしれないし。
あと今みたいにすごい盛り上がってたりとか、
ファッションとかで盛り上がってたりするじゃないですか。
今ランニングとかトレランとか。
そういうのがまだなかった時代に、
そういう専門性のところにちゃんと向き合えたというか、
関われたっていうのが割と大きいのかなと。
今みたいに前の時代を経験できたから、
今の時代もすごい楽しめてるというか。
そういうのがすごいありますね。
本当に早くなりたい、モチベーション高い人を伸ばしていきながら
そういう意味では真の実力じゃないけど。
真剣に向き合って、自分自身を高めて。
上の人に気に入るタイプなのだと思うんですよ。
結構聞いたら、誰でしたっけ?結構すごい方とかでしたよね。
コミュニティの上の人たちが、
モリグジョーの元有名選手的な人ばかりのところの
下のコーチとしてという感じでした。
いろんな方がいらっしゃったってことですか?
元トップアスリート。
平塚隼っていう。
平塚さんって超有名ですよ。
女子大学の男子エキデムの元監督なんですけど、
世界陸上の日本代表家。
マラソンも2時間。
レジェンドですよ。
そういうバブルを通ってきた人たちが多かったです。
昔のでもそれぐらいの人って結構面白い人が多いですね。
そうでしょうね、個性的に。
その時代をしのいで生きている方ですからね。
だいぶ刺激になりますね。
そうですね。だから僕はあんまり大学の記憶がないんですよ。
大学生で通いつつ。
僕は上西大学だったので、埼玉なんですよね。
ランニングチームは東京でやってたので、
週5とかで東京に行って、
毎回練習会とかをやる中で、
練習会では僕はランニングをみんなに教えて、
逆に必ず懇親会をセットにしてたんですよ。
意外とそういうスイッチがオンの時じゃなくて、
オフの時に意外といいコミュニケーションを取れたりとか、
本当に大事なことが意外と見つかることって多かったので、
懇親会を必ずセットにしてたんですよね。
その時にはみんなに僕が社会について教わるみたいな生活で、
主催だから最後まで飲み会とかもちゃんと付き合ってたし、
だから20歳の時からわりとめちゃくちゃな生活をしてて、
大学の体育危なそうな感じですよね。
結構ギリギリだったですね。
どっちが拠点かわからへんっていうやつですね。
僕の青春と引き換えにランニングがあって、
ランニングとかかわらせてもらったみたいな。
ギブアンドテイクみたいな。
かっこいい。
トレランも確かその延長線上でしたよね。
トレランも僕が教えてた人の中に、
トレランをしてるっていう人がいて、
トレランを教えてほしいっていう人がいたんですけど、
僕もやってないことを説明するのって難しいし、
さっき言った説得力としても欠けるじゃないですか。
なのでその人に教えるためにトレランを始めたっていうのがきっかけで。
逆が感じだったんですね。
だからそれでトレランをしたっていうのがきっかけですね。
結構口だけの人多いですもんね。
そうですね。
しっかりちゃんと。
後で見守ってっていうのは。
今みたいに調べてすぐ出てくるとかって、
それほどの情報がなかったので、
自分の体を実験体みたいな感じにして、
いろいろ試したりして、
こうしたらこうなるんだみたいなのを、
自分の中で蓄積して、
人にちゃんと言語化できるように咀嚼して、
伝えるみたいなことをずっとやってたので、
そのアナログの取り組みみたいなのが、
すごい生きてるのかなっていう、
すごい身についてる感じがするので。
山は最初どこの山引っかかったんですか?
OSJの奥久寺?
ちょっとあれやね。
もう今なくなっちゃったけど。
あれに出られたしね。
OSJか。
結構舐めてたので、
簡単でしょみたいな。
その位置がついてて、
ゴール見えたらピュッて勝てるじゃんみたいな感じに思ったので。
ちょっとロードの延長戦場的なね。
だから会場で全部バッグ買って、
靴買って、
そこで、
靴いきなり。
ペットボトルを挿して、
走っていって、
作戦通り先頭について、
当時OSJで圧倒的に強かった平沢さん?
いらっしゃいましたね。
白ブリーフみたいな、
可愛らしい人なんですけど、
その人が今ついてて、
30キロくらいとかで、
結構無理してたんで、
離されちゃったんですよ。
30までつくのもすごいですけどね。
50キロでしたっけ?
50キロという名の60キロみたいな。
OSJのクオリティだ。
離されちゃったんですよね。
でも完全に2位で孤立しちゃって、
ルートとかもよく分からないし、
マーキングもそんなにある感じじゃないですか?
あるんですけど、
結構分かりづらいところもあったりして、
初戦でロストもしたし、
滑落みたいなこともあったし、
熱中症にもなったし、
全部経験してる?
全部経験して、
めちゃくちゃしんどかったんですよ。
それはしんどい。
しんどいなっていうのをそこで知って、
ちゃんとしないと分からないんだなっていうので、
そこから割とトレーナーのことを
ちゃんと意識して生活するというか、
ちゃんと練習も必要だなとか、
道具も大事だなとかってそこで気づいて、
トレーナー用の練習もある?
そうです。
そういったのでトレーナーを意識するようになりましたね。
逆にそれがあって、
それがモチベーションになるのもありますもんね。
上手くいかないから。
上手くいかないみたいな。
逆に思ったようにできなかったから、
ハマった感じはありますね。
昔からゲームが好きだったので、
簡単なゲームって続かないじゃないですか。
難しいゲームをコーデックしたくなるので、
それでハマったのかもしれないです。
トレーナーの方が圧倒的に労働より難しいですか?
難しいし、複雑だと思いますね。
マラソンだとわかりやすく、
シンプルにというか、
いかに速く走るかだけを突き詰めればいいんですけど、
トレーナーって総力も必要だけど、
トレイルランニングへの挑戦とキャリアの転換
それ以外にもルート見る能力とか、
道具をパッキングのスキルとか、
ギア選びとか、
いろんな山のサーフェスに合わせた走り方をする
という技術も必要になってくるし、
いろんなものが必要になってくるので、
そこが面白いなというふうに思いましたね。
未だに全くわからないもんね。
そうですか?
いや、わからないというか、未だにね。
確かに。
正解が一通りじゃないというか。
どっかが駄目でも、違うところで補える。
これがトレーナーの面白さなのかなというふうに思いますね。
リカバリーがあるというか、復活もできるし。
確かに。
それが面白いところですよね。
そっか。
なかなかでもあれですよね。
独特な入り方ですよね。
そうですね。
まさかのそっち側から、むちゃ振りからのみたいなところが。
でもまだ北海道まで近づいていないですよ。
まだ東京ですね。
まだ東京で18分くらい過ぎていますからね。
学生時代みたいな感じですからね。
卒業してから社会人になったんですか?
そうですね。サロモンとか、当時はスントとかアクテリクスとか使っている
アメアスポーツジャパンという会社で、
サロモンとかのお店に入ったんですよね。
元々スントがすごく好きで、ベクターというABCウォッチという
気圧とかコードとかコンパスが付いている時計で
すごい人気のモデルがあったんですけど、それがすごい好きで
それのショップがスタッフを募集しているみたいなのをたまたま見つけて
面接しに行ったら、そこで初めてサロモンとか
スントとかアクテリクスとかが同じ会社というのを初めてそこで知って
サロモンのお店でスントも売っているので
それだったらそこのお店で働きたいですよと言って
お店に入った感じですね。
そこまで今まで自分でいろいろやってきてみたいなところがあって
いきなりお店、一つのお店でって
自分のやりたい領域がもっといっぱいあったんじゃないかなと思うんですけど
とどまらないというかお店の枠に
大学を卒業する前にランニングチームは任せて
一回僕は喫茶店でバイトしたんですよ
世田谷のカフェアンジェリーナという新生のカフェがあって
マスター桜井翔という名前のお店があったんですけど
僕と声が似ていてガラガラしているから
よく親子に間違いなく来ていたんですけど
そこで働いている時に
カフェは転職だなと思ったんですよね
俺これを成り上げにしたいなぐらいと思っていて
これまでランニングとしか関わっていなかったので
ランニングのない生活も経験してみたいなと思ったら
コーヒーも好きだしカフェいいなと思ってそこで入ったんですけど
すごく楽しくて接客も好きだし人と話すのも好きだし
おすすめしたものを喜んでもらえたりしたら結構嬉しいですし
いいなと思って
桜井翔に俺はこの道で生きてきますわみたいな
色々話していたら
でも田中君はランニングが好きなんでしょ
でもカフェは2番目でしょみたいな
一番好きなのがランニングなんだったら
もっとランニングのことを向き合ってもいいんじゃないのみたいなことを言われて
それでたまたまそのタイミングで
スントのそれを見つけてそっちに入ったんですよね
なので僕の中でランニングを一回見ないというか
ランニングを意識しない選択肢ってのもありかなって思っていて
それをなくすことでまた新しいものを身につけられるんじゃないかなと思ったので
シェアも広がるかもしれないし
アメアスポーツジャパンに入った時は
サロモンのお店に入った時はあんまり自分がランナーってことは言ってなかったんですよね
結構サロモンの冠レースみたいなのがいくつかあって
そういうイベントとかにブース出展とかして
販売したりとか大会のプロモーションしたりとか
それってのをよくやってたんですけど
野沢温泉のサロモンの大会でブース出展して
そこで急遽走ることになったんですよね
ショートのブースで
そこで練習を特にしてたわけじゃないんですけど
スタートラインに立ったら爪痕を残したいなってなるじゃないですか
分かります
アドレナリンが湧いてきたみたいな
アドレナリンがすごい出て
ブチかましたとか
特にそういう根拠があったわけではないですけど
気持ちがすごい上がってきて
爪痕を残したいなってなって
走ったらサロモンの選手とかに勝って優勝しちゃったんですよ
アスリートの方々
めっちゃびっくりされたんちゃいます
上司とかにはめちゃくちゃ怒られるかめちゃくちゃ称賛されるか
何してくれてんだっていうのと
サロモンアスリートに勝ったみたいな
お前すげえじゃんっていうのと
いろんな賛否両論を浴びまくり
その時は本当にナチュラルにいけちゃった感じですか
でもそんなに手張ったわけじゃないんですよ
そうですねあんまり出てなかったけど
それは天性やな
尻拭いをしたわけじゃないですけど
それをきっかけにサロモンアスリートになったんですよね
それは勝っちゃったからね
お前はアスリートでええやろと
もともと僕はコーチをしてたんですけど
サロモン入る前に
コーチをしててそこから選手になったんです
他の人と真逆の流れで
コーチから選手になったというパターンです
でもサロモンのこともわかってるからね
サロモンアスリートだけど
ハンバーしてたんだから
説明できるしすごいな
強すぎる
そこから点と点が繋がってみたいな感じですね
シンデレラストーリーじゃないけどね
面白いですね
勝っちゃったっていうのが
でもまだ北海道には行かない
まだ北海道には行かない
でもサロモンでお店に行って
あとはイベントやったりとか
あとはプロモーションのことしたりとか
そういう選手活動をしてたんですけど
サロモンが北海道で新規事業をやるっていうところで
お声掛けいただいて
その立ち上げで北海道に転勤
するってしたのが北海道に行くきっかけなんですよね
北海道は特に行く前に色々とリサーチして
ランニングのこととかトレーナーのことを結構調べたんですよ
そしたらやっぱり
すごいアウトドアの聖地みたいなイメージがあるんだけど
意外と夏のアクティビティって盛り上がってないなっていうのを何となく感じて
すごく縁も床も全くなかったんですけど
すごい可能性を感じたんですよね
逆にそうですね
売れてるものも北海道と本州って全然違ってて
これはやりがいがありそうだなっていうのと
やれるだろうっていう何となく賞賛があって
それで転勤を決めて
北海道でサロモンの選手活動をしつつ
お店で販売をするっていうのをやってた感じですね
それはまだ中川町ではない
それは札幌ですね
札幌はい
いくつぐらいの時ですか?
9年前とかになるのかな
僕今35の年なので
20代の時ですね
でも結構やっぱり立ち上げるのとか人生経験がね
結構いい経験されてますよね
そうですね岸井さんも立ち上げでしたもんね
立ち上げててもあんま考えないで
とりあえずやってみよう精神とかがうまくいきますよね
僕もそう思います
0-1も僕はやっぱり好きで
かっかえすぎちゃうと悪いことばっかり考えるし
8ぐらいで7とか3ぐらいでも5をしないと進まないから
後から冷静に考えたらね
勝てないというかこれよくやったなみたいなのがあるんですけど
でもそれすごいというかね
北海道のしかも見知らぬとこ行って立ち上げてますもんね
面白いですよね
1からまたコミュニティというか周りの絆を深めないといけないし
当時は北海道でもちゃんとした仲間内で集まるという文化はあったんですけど
ちゃんとしたソーシャルなイベントとか
参加費があるようなランイベントとかってあんまなくて
そういうのをちゃんといろんな形でいろんなランニングをやっていかなきゃダメだなって思ってて
事例はあんまなかったんですけど
それも北海道で始めたんですよね
でもコーチの時にはそれは生きてますよね
コーチの時に教えてやっぱり
結構ね経験があるわけじゃないですか
しかも教えてお金もいただいてとかも含めてね
そうですねマネタイズするみたいなところも
マネタイズ難しいですけどね
その文化がないところで
結構サロンの新規事業のお店が物を売るだけというよりは
どっちかというと地域を盛り上げていくっていう
地域を盛り上げていこうという中で
遊びの提案とかをしっかりしていきましょうと
その中でブランドとして寄り添うみたいな
割とアジア初だったかな当時
結構新しい取り組みで
僕はグリーンシーズン担当というか
トレーランとかランとか山とかのアクティビティで
僕以外にもサロンのスノーボードのアスリートとか
あとアトミックってスキーブランドの選手とかも在籍してて
それぞれの得意分野で
遊びの発信とか提案をしてくるっていうのをやってたんですよ
やってたんですけど
結構いろんな相談事がすごい増えて
自治体だったりとかいろんな企業とか
これとかこういうの困ってるんだけどできないのとか
お願い事とか相談がすごい増えて
割とサロンで関われることは結構サロンを絡ませて
いろいろとそういうのを回してたんですけど
回り切れなくなったんですよね
変化がありますよね
プールスランキャラが結構増えてきて
これをやらないと地域のためにももったいないなと思ったし
ブランドとしてもなんかもったいないなとか
あとランニング業界的にも
これできたらいいのになって思ってて
選手と社員の軸があった時に
縛られてることが多分できない要因なんだろうなと思って
それもあってコロナ2年目の時に独立
僕30歳の年なんですけど
独立してプロでやってきますっていうので
そこからそういった相談事とかを
ちょっと動かしていくっていうのを始めたっていう感じですね
そうですねでもねなかなかできないですよ
そうですね
なかなかできないし
それを回して実現していく力もあると思うんですよね
いろいろお困りごとを
力があるというか
とりあえず0-1が多かったんですけど
そういうのはわりと好きだし
できるんじゃないかなっていうのは
できたら面白いなぐらいで考えてたので
それが意外と良かったのかなって感じですね
中川庄にはまだ行ってない
まだサッコロっす
そうですね
サッコロ拠点でやってたんですかね
そうですね2年くらいかな
2年くらいサッコロにいて
いろいろなことやってたんですけど
地域活性化とイベント企画
僕サーフィンとかもすごい好きなんですよね
海のアクティビティー
北海道もすごい波乗り場所いっぱいあって
すごいいいとこなんですけど
サーフィンしてる帰り道
一緒に行ってた人の車の中に
中川庄のカタログとか読み物みたいなのが置いてあったんですよね
それがすごいかっこよくて
これなんすかって結構見させてもらって
すごい読み応えがあったんですよ
これ街が作ったやつなんだよっていうのを教えてもらって
中川庄がやってたやつですね
それで聞いてたんですね
キコリっていうキコリの街みたいな
ブランディングでかっこよくて
いい街面白そうな街っすねって話をしたら
サーフィンする人はフットワーク軽いので
行っちゃうみたいな
ノリで
パッとすぐ遊びに行ったんですよ
正直初めて行った時は
そんなに何かに引っかかることはあんまなかったんですよ
よくある田舎だなみたいな感じで思ってて
街の人からも役場の人からも
家来ないとかって言われてたんですけど
断ってたんですよねずっと
でもなんだかんだ仕事を振ってくれたりとか
うちの街でドリアンのイベントやってくれませんかとか
仕事とかで行ったりとかしてたんですけど
その度に駆動かれ
ごめんなさいしみたいに繰り返していて
3回目4回目ぐらいの時に
僕の地元が岐阜県の日田高山のところなんですけど
中川町が日田市っていう
日田は僕の地元のすぐそばなんですけど
島井森郷っていう島井都市っていうのが発覚して
地元とご縁がある街に
なおかつ北海道で繋がれてなかなかないなと思って
そこにご縁があるんだったら
そこに何か関係ができたら嬉しいなっていうので
それだったら話変わりますねみたいな
移住をした
すごいですね
でもそれすごいですね
まさかのね
ご縁もあるし
素敵
わりとノリというか
この街のために何かしたいなっていうのを
そこで初めて気持ちがガラッと変わったんですけど
街を見たら意外とすごく引き出るものはないけど
ここをこうしたらもっと面白くなるんじゃないかなとかっていう
可能性を結構見つけられるようになってきて
今そういうのを一つずつ形を作ったりとか
そこにこういう人が入ってくれたら
こういうのできそうだなってなったら
その仲間を集めてきたりとか
っていうのをやったりしてます
なるほど
すごいですね
なかなかそれは形にできないですからね
どんどん形にしていって
中川賞はビビッときてそのまま進まなかったかなと思ったら
ちょっとあったんですね
そうですねちょっと
何回か告白されてるけど振ってますもんね
でも違うアプローチからすると急に身近に感じて
繋がりとかすごい大事にしたいなと思ってたので
地元と繋がってるっていうのが一つすごい強い繋がりかなと
そうですよね
ノリで移住したってことです
この街でも今ランニング盛り上がってるんですか
そうですね
そこそこ最近今日本の
西北断の自動車専用道がつい最近オープンしたんですけど
3月22日か
最近だ
開通したんですけど
そこの開発局の事業に
せっかくこれできたんだったら開通する前に
ランイベントやりましょうよっていうのを
でランイベントぶち込んだりとか
やったり
あとやっぱりその東北って
北海道の中でも結構ランイベントが意外と少なかったりするので
そういったイベントをやったりとか
してますね
やっと中川町にたどり着いたところですが
マルチランニングクリエイターに名称
名称なんて言うんですか
肩書か
変わったのはどのタイミングなんですか
いつですかね
そこそこまだ今の富士百貨が
UTMFっていう名前の時に
そこそこNHKのグレートレースとか
撮影入ったり
あとライブ中継が入ったりしたんですけど
そこの一応指揮を取っている中尾さんという方がいて
そこでNHKのグレートレースの番組を作った人が
そこで指揮を取っているんですけど
中尾さんから
走れるから速い選手追えるだろうみたいな
カメラ持って走れるだろうみたいな
いきなりカメラを持たされたということですか
いけるだろうみたいな感じで言われて
はいいけます
多分いけますみたいな
多分いけます
でやったら
カメラ持ってても
面白い場に出くわさなかったら
どうしてもえって単調になっちゃうじゃないですか
たまたま僕は
その時はKAIの撮影もしてたんですけど
KAIのライブ中継している時にちょうど
その時はKARO君と
横内君が
デッドヒートしている
最終エイドを待っていたら
1時と2時からほぼ同着で
バチバチの場に
僕ポツンといた
いけとそこで
ラッキーボールが来たみたいな感じになって
ラッキーボールってもう一回はダメですもんね
でそこから
テントをしたらダメですよね
カメラ持ってて見えないことになりますよね
その時全然準備してなくて
靴も紐も結べなかったし
エイドの入ってきて送る様子を
撮る予定だったんですよ
撮って
エイドで何撮って食べてるのか映して
送り出して
終わりっていう想定だったんですよ
普通は独走で一人来てみたいな感じで
次の人が来るから差をチェックしなきゃいけないとか
そういう想定だったんですよ
のんびりと撮ってたら
急に無線で
無線じゃないな
そのディレクターが
行け!みたいな
行け!っていう指示があって
結構ディレクターあれですよね
無茶ぶり多いな
急遽走って
どこまで行くとか
一切の指示なく
行け!って言って
だからとりあえず
行けるとこまで行こうって
カメラ持って
デッドエイドの様子を
前から撮ったり後ろから撮ったり
前から撮ったりっておかしくないですか?
そうですね
選手の作業を言ってるわけですよね
その時会場ででっかいスクリーンで
映像も流してたので
色んな様子を見れたら
楽しいだろうなって思ったんで
色んな様子を一応撮ってたんですよね
最後の山に入るところまで
一緒に行ったのかな
そこで
それどれくらいの距離ですか?
5,6キロくらい行ったんです
カメラ持って?
はい
すごい
カロー君と横内さんは知り合いだったんですか?
名刺は?
カロー君は名刺はあって
カロー君はその時に
その前日とかその辺りで
知り合って
横内君初めましてだったんですね
横内君に妻のこと
本当に?
それが割と
その映像が割といいとこ撮れたので
すぐ
すごいな
でも持ってるね
持ってますね
すごい
そこから色々と繋がって
ディレクターの無茶ぶりに答えたことが
そうですね
そこでカメラ持って点灯してたら終わってた感じ
無理ですみたいな追いかけられなかったりしてもね
どんぶり待ち構えてたら起きたみたいな感じ
その時一緒に動いたチームの中に
テレビ関係の仕事をする
制作とか技術関係とかで
関わってる人がいて
田中君あれができるんだったらこれもできるよねみたいな
仕事がね
どんどん
次々に
できるって言って
マニアックな仕事ですけどね
そうですね
やったことないから分かんないですけど
多分できると思いました
多分できました
出た
っていうのが無茶ぶりの連鎖があからかく生まれて
また違うのやったら
これできるんだったらこれもできそうだねみたいな
と続いて
僕カメラマンっていうことはしたことなかったんですけど
それでいきなりカメラの仕事をすることになったみたいな感じですね
それでまたランニングの
海外レースでの経験と挑戦
クリエイティブ活動の一つの軸がまたできたっていう
カメラマンしたことなくて結構撮れるもんなんですか?
意外と
ノリではあるんですけど
こんな画角のあれ
そうですね
そんなセンスもあるでしょうけど
かっこいいなとか
こういうの見たらみんな喜ぶんじゃないかなとか
なんとなく想像したりとかですね
すごいな面白いな
動画も撮ってスチール?
静止画のほうも撮るんですか?
そうですね
ランカメ的に
例えばコミュニティイベントとか
ブランドのイベントあったときに
先回りして
みんなで楽しんでる様子をバシバシ撮ったり
後ろから撮ったり
追っかけ回して撮ったりとか
っていうのをしたりもしてますね
どっちも
テレビのほうは動画で
ランイベントとかのときはスチールが多いかな
あとはライブ中継のランカメ
っていう感じですかね
なんでもできるな
選手としての
MAXというか
一番コワードの選手が出たというか
頑張られた時期はいつぐらいでしたか?
海外も行かれてますからね
そうか海外レース
海外レースもね
面白い大会も結構好きで
自分がどのレースに
出たいレースも
正直これに必ず出たいってあんまりなくて
どれも楽しそうってなっちゃうんですよね
ビビったら来るものなかったんですけど
当時は賞金レースってなかったんですよねあんまり
唯一
新潟の苗場
苗場ライジングっていう
賞金レースがあったんですよ
初めて聞きました
5キロ
第1回目はちょっとテクニカルで
富士ロックの会場とかの海外
2回目からは5キロのダウンヒルレースだったんですけど
1回目は
トレイル走って
山をガツンと上がって
ガツンと下ってくるみたいな
コースで
優勝賞金10万円だったんですよ
それ2連覇したんですよ
5キロ
しかも雪
2回目の時は雪山で5キロ
それ13分
何秒だっけ
10何秒とか
それ下りですか?
下りですね
雪で
ワンミスでアウトみたいな
足が漫画みたいな
漫画走りみたいな
ぐるぐるぐるぐるみたいな
走り方で
5キロ13分って
平地でもとんでもない
下りでやばいっすよね
テントした終わり
ワンミスで終わりみたいな
あれだったんですけど
楽しくて
分かりやすいご褒美がある大会とかは
好きだなって
そこで感じたっすね
それ今ないっすもんね
ないんすよ
あれ面白いですけどね
僕と渡辺勝賀ちゃんっていう
当時小学生ぐらいとかでも
女子で一番強いって言われてたような
優秀な選手がいたんですけど
僕と勝賀ちゃんが毎年勝ってたんですよ
男子は僕
女子は勝賀ちゃん
第3回目から主催の人嫌がったんでしょうね
カテゴリーを増やして賞金を分額したんですよ
10万のうまみをしちゃったから
5万じゃちょっと嫌だなと思って
そこが出なかった
すごいっすよね
でもその上り下りとかのね
センスもあるから
特に下りとかはね
わりとその辺
正気ないっすけど
気持ちが大事だなって思って
ハングリー精神というか
多分気持ちだと思うんですよね
前日に野宿したんですよ俺
2年とも
ホテルとか
ちゃんとしたとこで過ごすと
ハングリーさは弱まるなと思って
とことんハングリーにしなきゃいけないだろうと思って
なんか湧いてくる
すごい
レースがご褒美だとしたら
ご褒美の前にちょっとご飯食べたら
ここの感動って薄まるじゃないですか
とことん空腹にした方が
このご褒美は美味しく食べられるじゃないですか
すごい
だから結構寒い時期
第1回目は寒かったか
結構寒い時期だったんですけど
野宿して
体調崩したらまだね
バックパックの中に足突っ込んで
ジャケットでこうやって
ミイラみたいになって寝るみたいな
でも寒すぎて起きて
プリンスホテル
そこに行って
あそこ水道お湯出るんで
お湯でずっと手温めてたみたいな
全然深く寝れないじゃないですか
やばいな
でもなんか追い込まれた時の
研ぎ澄まされたっていうのは
分かる気がします
そうですね
精神的に追い込まれたとか
まみれた時に僕もありますもん
ゾーンに入るっていうか
追い込まれててこそ
こんだけ走れてへんねんから
今頑張ろうといつやねんみたいな
今やろうと
逆に今
前のやつとか絶対普段練習しとるやろうと思って
絶対負けへんねんみたいな
時はありましたけど
ありますね
気持ち大事だろうって
それでもなかなか
そこまでやれるっていうのは
竹村直人がやっぱり
ぶっ飛んでるって言ってたのが分かります
下りがでもねやばいって言ってました
直人が下りが田中さんがやられてて
一回あれで一緒でした
野沢で一緒でしたね
野沢で一緒でした
野沢で一緒で
直人が下りがやばいって
彼やばいから
それはだからぶっ飛んでる
それ以上にぶっ飛んでるんだ
本当に転倒したのも大怪我のスピードで
下りを走る時って
斜面に対して垂直に乗れるのが一番理想なんですよ
相当前のめりじゃないけど
それが一番いいにかなってるんですよ
それをやっただけです
転げた時のことはもう考えてないと
ちゃんとやれば転けない
ちゃんとやればね
そうですね確かに
体の使い方が分かってる
面白いです
すごいな
海外は何が思い出に残られてますか?
海外って結構面白いじゃないですか
訳分からないところも含めて
初めての海外レースは
香港のMSIG
香港フィフティっていうやつで
クロスカルチャーと新たな挑戦
大瀬さんに誘ってもらって
いいきっかけだからと思って
僕も行きますって言ったのが
初めてだったんですけど
50キロ、24キロ、18キロ
カテゴリーが3つあって
50キロ、28キロ、20キロ
っていうカテゴリーがあって
僕20キロで行ったんですよね
初めての海外レースで
すごいテンション上がったんですよ
日本って結構ルールガチガチじゃないですか
海外ってルールがルーズというか
余白があって
音楽聞いて走れる
イヤホンの着用OKだったんですよ
日本じゃできないことができるって
イヤホン持って行って
罪悪感とか日本じゃダメなんだけど
OKなんだって言って
イヤホン着けて走ったら
すごい調子良くて優勝したんですよ
すごいいろんなメディアに
取材されたりとかして
その時大学から絡んでたのか
分かんないですけど
すごい若い子が多かったんですよスタッフに
初めて女性の写真待ちができたんですよ
めちゃくちゃ嬉しくて
会場もフリードリンク
海外で優勝する時点でもちょっと上がるじゃないですか
しかも女の子が
フリードリンク、フリーフードで
お酒とかも飲み放題みたいなので
みんながおめでとうみたいな感じで
ビール持ってきてくれて乾杯しようぜみたいな
浮かれちゃうやつですね
だから俺もベロベロで表彰式で
僕みたいにパスポートやられるパターンですよ
写真待ちができるじゃないですか
もう嬉しくて
もらったもの全部写真撮ってくれた子に
あげちゃったんですよ
もらったものね
ありがとうねって
はいってやってたら
手元に何も残ってなくて
結局手ぶらで書いてるんですけど
いい思い出ですね
あとグレートウォールマラソンって
バーリンの頂上を走る大会とか
あとコリア50Kとかですかね出たのは
どれも良かったですね海外は
そうですよね
ルールが緩いというかね
ある程度適当な感じが
それは思いますわ海外は
面白いですよ
バーリンの頂上マラソンも
フルマラソンの間に
階段が6000段くらいあるんですよ
そのあたりとか
面白い
こんな大会あるんだみたいな
香港は初めてってのもあったけど
一番なんかが
印象深いですよね
その後打ち上げで
オッサンとか知り合いと飲んでたんですけど
そばにいたゲイの人に
すごい気に入られちゃって
こっちベロベロで
僕トイレ行ったら
ゲイの人がついてきたって
それを刺したオッサンが
助けてくれたりとか
本当オッサンは
僕の命の恩人ですね
良かった今ここにいる
優勝はきっかけでね
大変だったかもしれない
大変
逆にクリエイターとか
イベントの主催側とかの立場で
めっちゃなんかアドレナリン出たみたいな
面白いワクワクしたみたいな
なんか物ってありました?
このSMクラブの
たぶんポッドキャストでも
ちょこちょこと話題出てたと思うんですけど
バックヤードウルトラ
ラストサムライスタンディングっていう
愛すべき変態たちが出てくる
大会があるんですよね
北海道の大会の
僕ディレクターをやらせてもらっていて
初開催が札幌だったんですけど
札幌の萌えれ沼公園っていうところ
その辺りを走る
構想設定して開催したんですけど
結構他のエリアとかは
割と役割分担
タイムテーブル組んで
スタッフがちゃんと休みながら
できるようにしてたんですけど
僕はこれもあるし
選手の同士の戦いだけど
俺もその戦いに
混ざりたいっていう気持ちもあって
両方の気持ちがある
アドリブのリンガー
そうですね
一緒に戦おう
だから僕も寝ないっていう
だからずっと
選手と一緒に僕も寝ないで
ちゃんと大会が終わるまで
俺もちょっと立ってようと思って
やった
そのスタイルはずっと続けたんですけど
第1回目の時は初めてだったんで
めちゃくちゃしんどかったですね
そりゃそうですよね
記憶がほんと飛ぶみたいな
瞬間って何回もあって
振り返ってみれば楽しかったなっていう感じ
その時は結構白目向きながら
やってたんですけど
超絶な世界でね
2回目とかはまたちょっと
もう少し起きれるというか
あれになったんですか?
変わんないです
1回目が割と走れるコースにしたんですよ
高低差ができるだけないようにして
ちょっと舗装路多めにしたんですよね
走りやすいかなと思って
そしたら逆に舗装路があると
負担が大きい
ダメージが大きかったり
怪我のリスクがあるなっていうのが分かって
次は
これ長続きされたら困るなっていうのも
次やるんだったら
めちゃくちゃ過酷なコースにして
早く終わるようにした
自分の体力が死んでしまう
めちゃくちゃハードなコースにしたんですよ
それでも24時間とかかかったんですけど
他の回路に比べたら
時期も11月後半とかで
他でも雪とかのリスクがあるんで
めちゃくちゃ寒いんですよ
寒そうですよね
条件はそもそも過酷だったんだけど
コースも過酷にして
もっと短くしよう
でもやりすぎたなっていうので
3回目は走れる高低差だけど
不成長面みたいなところにしようと思って
中川町に移住したタイミングだったので
中川町の裏庭みたいなところでやったんですよね
昨年か2025年は
ひぐまがすごい出始めて
2024年までは
開催時期もどの大会
日本中で何箇所かやってるんですけど
全部同じ日にやるっていうレギュレーションがあったんです
2025年から
どの会場の開催日は
ずらしてもいいっていう
好きな時にやっていいっていう風になったんですけど
これまでの時期と合わせて僕はやろうかなと思って
だらやっぱりその時期は熊が多すぎて
昨年は中止させてもらって
今年はその熊対策も考えつつ
街中で熊のリスクが少なく
走れるコースで不整地多めっていうのを
今ちょっとこう
探している
もうなんとなく固まってきてて
っていうところで今そこはやる予定です
すごいですねほんまディレクターストね
ですね
そこも全部ね
コースもですからね
ですね
RDですよ
なかなかでも両方の
ある人ってそんな多くないと思う
面白いですね
自分も戦い
それも地域の貢献にもなりますね
すごいなぁ
なんだかんだランニングとかトレーナーって
結構都会というか
街とかでやっぱりやることが多いんですよね
東京なり大阪なりとか
街に来ると楽しいんですけど
情報
方というか情報がすごく多くて
疲れちゃうんですよね
ランニングの未来と若者の取り込み
分かります
携帯を見なくても
勝手に情報が入ってきちゃうので
すごい疲れちゃうんですよね
中がちょっとめちゃくちゃ田舎で
情報がほぼないみたいな
携帯で見ればでも情報は取れるみたいな感じで
情報のコントロールができるっていうところで
気持ちと体のオンオフみたいなのが
バランスが今の田舎と都会の行ったり来たりが
確かに
東京のど真ん中と
そうですね
面白いな
面白いですね
田中さんのやってはることがね
多分ご存知の方はご存知だと思うんですけど
知らない方は多分知らないと思うんで
そういう意味では
こんな感じで
深いな
もっと深掘りしていきたいんですけど
これ以上深掘りすると今の話が全然聞けなくなる
今の話
もう12時過ぎてるんで
もうそんな時ですか
今見た
なのでこの後
朝まで行っちゃいますからね
6時間ぶったけで
死んでしまいます
じゃあ今の話
そうですね
この後は聞きたいと思います
では現在進行形のお話などなどを
お伺いしていきたいと思うのですけれども
今12時4分でございます
おはようございました
多分6時間くらい行っちゃうもんね
やばいやばい
明日仕事ですからね
そうです
そもそもキッシーさんと
1時間経ってからですけどね
田中さんのつながりっていうのは
どんなところから
優は何しにしおやに
優は何しにしおやに
優は何しにしおやにというか
しおやにはやっぱり来てほしかったんですよね
今までの話聞いたら分かると思うんですけど
こういう尖った人が
しおや
もっと晴れた日の昼間に来てほしかったんですけど
確かに
どこで出会ったんですか?
出会ったのは
出会ったのはでもあれですよね
多分
ITJの時に一緒に走ってるんですけど
でも
ITJ調子よかったじゃないですか
4番3番とか
3年4年前くらい
4番3番入って
アドリナリンが切れた
あとの3年目かな
僕10番くらいやった時に
多分2番とかやったと思う
そうですね
むちゃくちゃ強いです
何年の話?
何年だろう?
5年前くらい?
2、3年?
3、4年くらい
あれから出れてないから
出れてないですけどね
だからやっぱりもう
多分本調子じゃなくてもそれくらいなんで
でも力的に言ったらね
やっぱり短いの強いし
あるんですけど
菅さんは出たことないよね?
菅さんは
そうですね
サマーキャンプの帰りの車で収録しましたけど
菅さん自身は
そうなんですよ
中田さんが菅さんの説明してもらった方がいいかもしれないですけど
そうですね
僕と同い年の子なんですけど
もともとそれこそ箱根駅で
箱根ランナー
DNAランナー
ニューヤー駅でも出て
王道を行くアスリートの子で
今はアルビーズという会社にいるんですけど
その子と僕はつながっていて
詳しく言うとその子のお母さんと僕のお母さんが友達で
なんでやねんって話ですか
すごいわ
おかしい
アスリート同士
だから毎回
うちの母から菅さんと比較され
最初なんか
なんで比較ばっかするんだよみたいな
いやたぐれって言ってたんですけど
会ったらめちゃくちゃいい人だったっていう
菅君からキシさん紹介してもらって
いろいろやり取りあったけど
一回僕は多分
返信をおろそかにしてて
途切れてたんですよね
今度大阪に来ることになった時に
そういえば誰か大阪の人とやり取りしてたなみたいな
片隅に
やべ俺返信してなかったじゃんみたいな
それで再度連絡を再開して
急遽ですけど
もしよかったら茶でもしばきませんかみたいな感じで
お誘いさせてもらったっていうのが
僕は本当に無理くりの無理くり
なかなか出れないから
普段仕事がぱんぱんすぎるんで
でもこういうのって大事じゃないですか
とりあえず行くとか
会うとか
お互い無茶振り結構好きですね
無茶振りの時に
行かなくて後悔するっていうのは分かるから
それがでもあれですか
出していいんですか
それがだから今
いろんなそういうお仕事の中で
紫スポーツさんが
ランニングにも力を入れるっていう
そういうのをいわゆるディレクションというか
完全に任されてるお仕事で
で震災橋かな
そうですね
僕のマルチランニングクリエイターとしての
クリエイティブ活動の一つが
ブランドの取り組みとかの
お手伝いみたいなのがあるんですけど
それで紫スポーツが
昨年からランニング事業をしていくっていう風になったんですかね
すごいわ
一切ランニングのイメージがない
確かにない
どっちかったらね
真逆の
海っぽいイメージある
海っぽいしどっちかったら
アンダーグラウンドな感じも
そうですね
悪そうな人が多そうなみたいな
そこがランニング事業をやるっていうところで
ぜひちょっと協力してほしいっていうので
プロジェクトをディレクターみたいな形で
契約させていただいて
やってるんですよね
紫スポーツとして初めてランニングに特化したお店を
大阪の大丸震災橋にオープンしたんです
大丸震災橋に村スポがあって
なぜかランニングのグッズが置いてあるみたいな
紫スポーツって書いてあるけど
あまり紫スポーツっぽくないお店
そこで
2025年の12月12日にオープンしたんですけど
その前日に
ランニングショップとかでよくやるプレオープンイベント
レセプションパーティーとか
それをこれまで村崎ではやらなかったんですけど
今回はランニングをやるんだから
そういうことをやりましょうっていうので
前日の11日にプレオープンイベントとして
グルランとレセプションパーティーをやったんですよ
その時に岸井さんももしよかったら来てくださいよ
来ていただいてっていうのがきっかけですね
前の日にドトールか何かで2時間くらい喋りました
チャーシュ巻きましょう
ドトールで芝居たんですね
でもなんで田中さんが指名されるかって分かりますよね
今思ったら全部繋がるじゃないですか
そうですね
コーチの時に自分がやってないとっていうところがあって
かつサロンとか中川町とかもそうですけど
いろんな仕掛けをしてきてて
その場所にあった仕掛けをしてきてて
だから村坂が目をつけたということですね
北海道で村崎スポーツの人に
ランニングを教えてほしいって言われたんですよ
プライベートで
僕ランニングを教えるから
僕も横乗りうまくなりたいんですよって
逆に横乗りを教えてもらってたんですよ
サーフィンとかスノーボードとかスケートボードとか
素敵
教え合いっこみたいなのをしてて
その時から村崎スポーツとはなんだかんだ遊び仲間みたいな感じで
やってたんですよね
それが遊び仲間だったのが
結果仕事になったみたいな
また点が線になるというか
遊びの延長線上が仕事になるっていう
それでも本当に一部の人間考えますよね
あれですよ
断線するかもしれないですけど
サウナも
そうですね
サウナ?
サウナもやばいですよ
サウナも
ハマって
それも仕事にしちゃった?
仕事というかね
だいぶあれですよ
息つくとこに息ついてる感じで
女優の田中律子さんってご存知ですか?
田中律子さんとがよく北海道に飲みに来てたんですよ
毎回その飲み会で集まるメンバーが結構
個性豊かな面々が多くて
これただの飲み会だけだともったいないよねっていうので
せっかくだから来るタイミングで
なんかイベントやろうよっていう話になって
律子さんと
あとはその
TTNEっていうサウナブランドがあるんですけど
ととの親方っていう
超メジャー
よく聞きますね
サウナの大御所みたいな人とかもいて
みんなが持ってるコンテンツをガッチャンコして
イベントやろうってなって
サウナと
サップと
ヨガと
ランニング
律子さんが
サップヨガ協会の会長なんですよね
僕はランニングとして
入ってみたいなので
サップヨガ
サップヨガ
サウナ
ランニング
4つで
異文化交流会みたいな
1つでも興味あったらみんなで全部やろうっていう
ウォーターキャンプっていうイベントを立ち上げたんですよね
それの
北海道でやったりとか
してます
面白いわ
遊びが仕事にしてるっていう
そうですね
全部繋げちゃってる
孔子混同
孔子混同
その言葉好きだ
はるかちゃんも孔子混同してるわ
だいぶしてます
岸井さんもそうでしょ
好きなことをやるっていうのが
一番熱情が入るし
嘘偽りないというか
そうですね
全部楽しいから
楽しさ使いようみたいな
なんで仕事じゃないと
そんなやらなあかんねんって
映ってるのがね
本人からしたら遊んでるから
そうですね楽しいから
自分がやりたいことを
まずちゃんと考えて
それを実現するっていうのが
いいイベントを作るためには
たぶん必要なんじゃないかな
っていうのはと思ってて
それも
みんなサウナも
みんな全部好きなので
みんなでやっちゃおうみたいな
その楽しさって
自分が楽しんでれば楽しんでるほど
伝播するというか
伝わりますよね
感情って遺伝するというか
たぶん広がっていくと思うので
伝染していくというか
だからそれは
いい伝染ってあるんじゃないかな
っていうのは
はい
すごい思いますね
本気だからこそ伝わってるというのは
すごく感じますね
そうですね
だからそれも
コーチしてた時に
言葉だけじゃなくて
姿でも示していくとか
実際にやってないことは
言葉としても薄いとか
っていろいろ考えてたのが
たぶんそこの
遊びのあれにも
生きてるのかな
っていう感じがしますね
そうですね
大阪にね
最近本当に来られてるんで
さっきチラッと話しただけでも
大阪のそのコミュニティ
ねえ
はるかさんも知らないぐらい
そうそう
結構
あるんですよね
いやそう
コミュニティとかも
すごい好きだし
僕も
なんだろう
もともと走ることが
好きだったんですけど
今はもう
ランニングという
概念とか
ランニングってこと自体が
すごい好きというか
今は僕が走ってなくても
走らなくても
誰かが走って楽しくなったら
それも僕も嬉しいし
みたいな
そういう
域に来たんですよね
ランニングが好き
ランニングをすることが
好きじゃなくて
ランニングが好きっていう
カルチャーみたいな
いろんな
世界
海外とか
いろんな全国の
コミュニティとか
ランニングの情報とか
入れるようにしてるんですけど
やっぱり今大阪が
すごい盛り上がってる
感じてて
東京以上に
東京は強いですね
東京は強いですね
東京は強いけど
新興勢力というか
新しい取り組み
っていうところでいったら
大阪は東京よりも
利きてるんじゃないかな
ってぐらい
新しい
どんどん生まれてる
知りたい知りたい
紫スポーツの関係で
大阪に
関心を持つようになったんですけど
関心を持って
ちゃんと調べてみたら
意外と出てきて
いろんな情報とか
特に若者が
頑張ってるような
コミュニティですとか
いろいろあって
面白いなって思ってますね
これからの大阪は
まだまだ盛り上がるんじゃないかな
って思ってます
さっきトレランは
なかなか若者が来ない
っていうことで
話してたのに
希望がある感じが
しますけどね
すごい若いコミュニティも
あるっていう話
成功法の
取り組みよりも
今の流行りというか
掛け合わせだと思うんですよね
クロスカルチャーとか
ラン掛ける何とか
コーヒーとかビールとか
食とランニングとか
掛け合わせが
多分若者が
来るきっかけになるんじゃないかな
ってのがあって
そこが多分ランニングの
今もともと
競技志向
市場主義みたいな
ランニングだったのが
ファッションとか
カルチャーに
カルチャーに変わってきてて
そのカルチャーに
今は若者多分ついてきてると思うので
その掛け合わせとか
今時の取り組みが
今すごい増えてきてる
大阪では
これが多分今後
若者が
よりトレーラーの方に
入ってきてくれる
ひとつのきっかけになるんじゃないかな
と思ってます
若者はだから
TJRには響かないっていうね
そうですね
ガチのああいう感じではない
NHKのああいうのは
ちょっとハードルが高すぎる
ということで
もっとやっぱり
緩く入れるんじゃないと
身近なものに
なるといいということですね
その文化
カルチャーのところで
そうですね
どういう風になっていったらいいとか
その辺ってあったりされます?
どういう風にしていきたいとかね
ランニングの楽しさっていうものが
楽しみ方とか
楽しさっていうものが
意外と広がりきってないのかなっていう
ランニングは
コーダーみたいなものが
まだ残ってると思うんですよね
固定概念じゃないけど
だから意外とでも
ランニングの楽しみ方とか
楽しさって
結構無限大だと思ってて
そこの
今枠にはまってる
枠の外の
こうやったらこうなるんじゃないかみたいな
予想できないこと
難しいですね
楽しさとか楽しみ方を
固定概念をはみ出した
ものが広まったら
これまでランニングしなかった人が
ランニングに入ってきてくれる
きっかけになると思うんですよね
ある意味そこはゼロイチとか
そういったものが必要になってくると思うんですけど
これまでやってこなかったことを
あえてやってみるとか
ランニングだけじゃなくて
違う文化と掛け合わせるとかっていう
新しい掛け算みたいな取り組みが
多分重要になってくるかなと
思いますね
スポンサーの時のイベントも
掛けるっていうようなことされてたんで
ランニングと
パーティーで飲んで交流してみたいな
感じですね
ランニングはコミュニケーションツールだと
僕は思っているので
走ってコミュニケーション
その後実際にビールなり
飲みながらコミュニケーションっていうので
その共通体験を持って
から飲み会すると
話が盛り上がるじゃないですか
そうですね
そこもある種掛け合わせというか
走って終わるだけよりは
走ってそこから
何をするかとか
何かにつなげたりとか
掛け合わせができると
もっといいコミュニケーションが取れたり
いい発想が生まれたり
していくんじゃないかなと
でも掛け合わせのところは
多分あれですよね
それも本当に最初に
飲み会までちゃんと言ってたっていう
若い頃の話も
それが経験につながってるし
春香ちゃんもやってるやん
山行ってから餃子屋行ってるやん
餃子連ね
餃子連ってあるんですか
神戸連って行ったら
第1回だけ参加させてもらって
そこから1回も行けてないって
絶対餃子を食べに行って
それ大事にしてます
それはクロスカルチャーですね
そうですね
ラン×餃子
山も多分いいのは
本当にランだけやったら
特にガチランやったら
喋らず終わって帰っていく
みたいなところがあったけど
山って走力関係なく
回ったりとか
喋りながら歩いたり
コミュニケーションが生まれるから
たぶんそれが
ラン×ランとかあったら
そのアフターの部分で
コミュニケーション通って
その人に脅威持ってってのがあるから
トレランはランよりも
掛け合わせの幅はすごい広い
広いですね
自然使えるしね
地域のものと密着できる
旅的な要素がよりあるしね
そういうのは
考えるの楽しいじゃないですか
だからこれからは
ランナーの中
自分のために走る人が多いと思うんですけど
繋がりを作るためとか
そういった人が
そういう
もっとこうしたら
視点を持ってくれるというか
そういう人が増えてくれることが
これからもっともっと
ランナーが盛り上がるきっかけになるので
そういうフェーズにも
入ってきてるんじゃないかなとは
だから子さんの人は
エンディングと今後の展望
若者がもっと入ってくれるように
どうしたらいいかとか
考える人が増えてきてると思うんですよね
そういった人が増えてきてくれることが
まずは大事かなって思いますね
はるかさんのところと
一緒にイベントしたらいいよ
イベント?
いいですね
大阪どうせだし
そんなもんね本当に
何が起こるか分からないから
なんかすごい無限の可能性を感じましたよ
ランニングに対して
すごい
今後がね
楽しみっていうか
無限の可能性ってまた言っちゃったけど
いろんなことができるフェーズなんだなと思って
なんで
本当に
でもやっぱりそうでいないですよね
田中さんみたいなね
この感じのね
意外と難しいことじゃないんですけどね
好きなことをやるだけなんで
だから松山くんとかも
松山くんはランニングあれだけど
タカオのあれ使ってやってたりとかしてるし
元気ボーイですよね
元気ボーイ
豊かですね
各地にそういう人が現れて
それがまたつながっていったりとか
いろいろコミュニティをつなげていけるというか
そうやね
でも楽しいことを考えて
それを結構ね
貫ける人ってなかなか少ないと思うんで
そうですね
だから教師親に来てもらってよかったです
嬉しいです本当に
ありがとうございます
明日はさらに起きるのか分かんないですけども
何時から走るんですか?
6時
ヤバいかもしれない
ヤバい
花子ちゃんは目がヤバいよ
起きてますよ全然
全然大丈夫なんですけど
明日はさらに行ってから
あれやな出社やな
いやいやいや
6時半ちょっと過ぎにはもうね
出ないといけない
いい話が
たくさん聞けました
ありがとうございます
ありがとうございます
ここで塩屋マウンテンクラブからお知らせです
塩屋マウンテンクラブでは毎週日曜日朝6時から日朝連を開催しております
朝6時塩屋駅北口魚屋さんのある方に集合して
旗振山鉄海山と登った後
まだ時間に余裕のある方は
いろんなところへ行っていろんな練習をすることができます
朝からヒーハーできて有意義な一日の始まりになること間違いなし
興味のある方はぜひ参加してみてください
そして毎週水曜日は
八重本ビッグボストン上り坂近子さんによる
志望前ロードレーンがございます
こちらも水曜朝6時に
塩屋駅北口に集まって
塩屋から舞妓公園の方まで往復10キロくらい走ります
こちらもぜひヒーハーしに来てください
ということで田中さんから告知事項
はい
紫スポーツとして初めてランニングに特化したお店が
先ほども言ったように大阪の大丸震災橋にあるんですけど
定期的に毎月のようにグルーランをやってます
その辺は日時とかは
固定のところもあればわりとスペシャルイベントみたいな感じで
週末であったりするので
ぜひお店のインスタグラムとかを見てもらえたら嬉しいなと思います
あとはですね5月10日に
5月10日の夜20時からですね
世界同時刻開催で行われる
WINGS FOR LIFE WORLD RUNというイベントが行われます
これがなかなかトリッキーなイベントなんですけど
まず参加費が全額チャリティーに充てられるという
脊髄損傷の研究ですとか地上に充てられるんですけど
ただのチャリティーイベントではなくて
ゴールが後ろから追いかけてくるというイベントになってます
シャトルランみたいに
どんどんキャッチャーカーと言われるゴールが
ちょっとずつペースアップしてくるんですよ
これに追いつかれたらあなたのゴールですよという
ランイベントになるんですけど
ただのチャリティーを楽しんでやろうと
走れない人のために走ろうというコンセプトなんですけど
そういった面白いチャリティーランイベントが開催されるので
ぜひ興味がある方はアプリでどこにいても参加できるので
ぜひ参加してもらえたら嬉しいです
あともろもろあるんですけど
時間足りなくなっちゃうと思うので
1時間くらいかかりそうですからね
なんかSNSとか見てもらえたらいいなと思います
田中さんのインスタを検索していただいてですね
どこにいるのかわからないですけどね
寝室鬼没?
最近はインスタグラムにノートって記号があるんですよね
そこで毎回ピンピン大阪とか書くようにしてます
本当に実在するのかっていうのも
何人かいるかもしれないとか
ぜひそういった情報はそこで見てもらえたら嬉しいです
すごいな、ふっかるやし
なんでも形にしちゃうし
ふっかるというかぶっ飛んでるね
ぶっ飛んでる
そうですね
面白い
嬉しい嬉しい
じゃあ明日もね
はい
岸井さんが
遥ちゃんも
私はちょっとお見送りくらいならいけるかな朝6時
一応たくさん来るということで
そうですね
じゃあ塩谷駅まで顔出せたら、起きれたら行きます
起きれたら
いなかったら察してください
了解です
すごい遅くまでありがとうございました
ありがとうございました
ぜひ塩谷をまた堪能してください
はい
ということでそろそろお別れしたいと思います
それではこの先もひいはーな週末をお過ごしください
はい塩谷マウンテンクラブの
遥と
岸井と田中
でした
せーの
ごきげんよう
01:20:44

コメント

スクロール