“頑張っている”だけて満足するともったいない
2026-08-16 09:40

“頑張っている”だけて満足するともったいない

継続はどこで評価されるのか?

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00:05
皆さんおはようございます。こんにちは。 花農家と花屋ラジオ、シミズノブユキのここにいます。
普段は花農家と花屋屋居ながら、新しいお花の取り組みを行っているマルチフロールスとシミズノブユキが、
花業界について明るく、楽しく、時には鋭く語っていく番組となっております。
はい、というわけでして、早速ですが、今日のテーマですけども、
頑張ることは素晴らしいが、それで満足していませんか?
ということをテーマに話していきたいと思いますので、よろしくお願いします。
はい、というわけで、僕はある時からなんですが、ちょっと前ぐらいかな。
40代を超えてからなんですけど、天才より秀才の方が好きというか、
自分が天才になれなかったから、天才ってほんまにコンマ数パーセントしかいない人間だと思っているんですけど、
秀才というのは結構おるというか、ほとんどの皆さんが思い描いている天才というのはほぼほぼ秀才だというのは僕は思っているんですよね。
秀才って何をしているのかというと、天才的な頭のきらめきがどうだというより、
間違いなく作業量、勉強、学び量、インプット量、アウトプット量も含めてですけど、
数数量のステージをやりまくっているので、それによって身についた能力が人から見たら天才に見えているという風に
僕は思っているんですよ。
だからこそ、頑張ること、努力をすることということは、天才に、秀才に近づくためには、
努力とかそういう頑張っていくことっていうのは不可欠だから素晴らしいことだという風な思ってますし、
それに向かって日々頑張っている人っていうのは、
どんな人でも、大成長なりどんな人でも、僕はすごい尊敬するというか、興味を沸くんですよね。
だからそういう人に対してすごい頑張っているなとか、いいなというような感じに僕は思うんですが、
ただしですけども、頑張っていること自体に満足というか、
頑張っていることが、そこで頑張っているからっていうことで満足、成果、それが素晴らしいではないんですよっていう風な感じなんですよ。
でもこれがね、頑張っている過程、要は僕から言うと頑張っている過程なんですけど、
途中でそこで俺頑張っているからというのに満足したらいい、それこそ頑張っているからいいでしょうみたいな、
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なんかちょっと違うなと思ってて。
何が言いたいかと言うたら、頑張っているという努力というものは、最後頑張った結果、成果、成功を収めたから頑張っていたことというのが、
初めて僕は評価されるというふうに思っているんですよ。
だから成果も成功もしていない時点で、そこを評価してくれっていうのはちょっと違うとか、僕は間違ってるなっていう感じなんですよね。
だから俺今頑張ってるしって言っても、そこに対して成果が出てないのであれば、それは頑張ってる風にしか見えないんですよね。
見えないというか、多分本人は頑張っていると思うし、その先にもしかしたらすごい良い成果、成功が出るかもしれないですけど、
その途中過程というのはまだ評価されるべきことではないんですよ。
だからむしろ評価されないぐらいのほうがちょうどいいって言いますよ。
だって頑張っているのに成果は出てないんですもんだって。
っていうのがあるので、逆にそこを出すことは、やれてないのにやってるでしょっていう風な感じに、逆に恥ずかしいまではいかないけど、そういう風に思っちゃうんですよね。
だから極端な話、お花とかを例えば野川として栽培して、山ほど出荷したって言ったとしても、
いっぱい出荷できました、生産できました、そういう目標の中ではいいかもしれないですけど、
それが目標として、例えば売り上げを上げるとしたらあれば、それが高く売られることで、
自分の評価、高くまで言わないですけど目標金額まで達することで、栽培してる、生産したことが評価される、
多く生産したことが評価されるっていうことは分かるんですけど、
作っただけで評価してくれっていう、もちろん作ったことが評価されるべきなんですけど、
最終的にそれを全部売り、高くまで言わないけど、ちゃんとした自分の狙った金額で売れることが最終的な評価だとしたときに、
作っただけでは成果ではないなって思うんですよね。
極端な話、いらんもんいっぱい作ってる可能性もあるわけじゃないですか。
必要じゃない量、数量を作ってる可能性もあるって考えたときに、
僕は目標とする金額に達することができて初めていっぱい作ったことが評価されて、数量ですね。
数量がいっぱい作ったことが評価されて、初めて頑張ってていいなっていうふうな感じになるかなと思うんですよ。
だから、そこを俺頑張ってるでしょっていうのって、なんか僕はダサいって感じがするんですよ。
でも若干みんなそうなりがちなんですよね。
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僕も気持ちは分からんではないし、自分自身もそういうところがあるたまには出てくるなと思うんですよ。
でもいかんいかんっていうような形で修正するんですけど、まだ何も成し遂げてないと。
ただ休みなく働いても無駄なことやってるかもしれないわけだし、
でもそこは将来的に必ず成果、極端な話僕の今やってるYouTubeとかもそうなんですけど、
全然結果が出てないんですよね。
でも俺YouTubeやってるでしょ、すごいでしょみたいなって、そこはちょっと恥ずかしくて言えないですね、若干。
でもこれがYouTubeによって、僕は回転数や再生数だっていうのはそこまで考えてはないんですけど、
YouTubeをやったことによって新しいビジネスが広がったりとか、そういう新しい繋がりが手に入ることをやっぱり僕は期待してYouTubeをやってるわけで、
そうなった時にYouTubeをやった結果、いろいろな新しい出会いとか新しいビジネスに広がった時に始めて、
やっぱり全然誰に評価されることなくYouTubeをやって頑張っててよかった。
あの時誰にも目に留まらずにYouTubeをやってたけど、そのYouTubeをやった結果こういうことができたって言えるところまでにならないと、
YouTubeやってますっていうのはちょっと恥ずかしいまでは言わないけど、あんまり頑張ってやってますよって言いにくいなっていうのはちょっと思ったりもするんですよね。
だから何が言いたいかと言ったら、皆さん頑張って素晴らしいんですよ。素晴らしいんですけど、もう一歩成果が出るまで頑張ってるっていうことは内緒じゃないけど、
そこは評価されたらあかんなっていうことをやっぱりちょっと思ってほしいなっていうのは思ってますね。
せっかくやってることが、もうもったいないって言ったらあれですけど、せっかくやってることが、そこを正当に評価してもらうっていうのはやっぱり最終的にちゃんとした頑張った結果が出てからかなっていうのは思ってるので。
だからこそ僕はいつも頑張って継続やっていきましょうって言ってるんですけど、継続して頑張っていきましょうの、
ゴールマじゃないけどそこの最終的になぜ継続すると素晴らしいかって言ったら継続した先に明るい未来が素敵な結果が出たから継続やって良かったっていう風になっていくので、
いい自分の思い描く結果が出るまでやり続けましょう。もちろん結果が出てからも続けるんですけど、結果が出るまで続けていきましょうって。
そこで初めて何年間と継続して良かった。このラジオも1年半くらい前にやってるんですけども、1年半くらいラジオを誰が聞いてるわけでもなく続けてるっていうことを、
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例えばもっと先の3年後4年後くらいに何かこのラジオから舞い込んできた繋がりだったりとか仕事が現れたときに、あの時何年間もラジオを続けて良かったっていうことを言えるようなぐらい、
僕もこれからも頑張っていきたいと思います。これがラジオを続けてるだけの不満足にならずに、しかもその先にしっかりとした結果、成果が出るぐらいまで頑張っていきたいと思います。
はい、というわけで今日1日が皆さんにとって素敵な1日になりますようにどうもありがとうございました。
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