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みなさんこんにちは。心のケアサロンココケアのボブことまさるです。
今日ですね、僕がケアマネージャーの仕事を普段してるんですけれども、
訪問看護とかデイサービスと併設してるんですね。
休憩時間にいろんな話が飛び交ってて、
今日はですね、こんな話がありまして。
愛されるのと愛するの、どっちの方がいいと思う?っていう話が出たんですね。
これ、みなさんどう思いますか?
愛されるのと愛する側、どっちが幸せだと思います?っていう話で、
みんな、結婚がもうすぐの方がいたので、
みんなね、愛される方がやっぱり幸せだわとかですね。
いろいろそんな話が出たんです。
これどっちが正解とかもちろんなくて、その人次第になるのかなと思うんですけど、
僕の中ではですね、愛されるってこれそもそも自分じゃどうもできないじゃないですか。
愛されると思った時点で、愛されるのがいいって思った時点で、
もう、じゃあ万が一愛されなかったらもう私幸せじゃありませんって言ってるのと同じですよね。
愛するだったら自分がどうにかすれば、どうにかっていうかね、
自分が愛情を出していけばいい。
自分でコントロール可能なことで。
愛されるは相手をコントロールしようとすることにもつながるのかな。
そうなってくると一喜一憂しちゃいますよね。
その相手が愛してくれるかくれないか。
ここでずっとストレスがかかっちゃう。
これきつくないって思うわけですよね。
そこには期待が入ってしまうんですよね。
期待をするから、期待から外れると怒りに変わるんですよね。
何でもそうです。
怒りが出る時って必ずその手前で期待をしているから、
それが外れた時に怒りが必ず出るようになってるわけですよ。
なので、愛される方がいいと選んだ時点で、
怒りと一喜一憂、いい時はいいけど悪い時は悪い状態になってしまう。
これはどっちがいいだろう。
どっちを選びたいかな。
それでも私は、
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愛してもらうことで満たされたいっていう風に思う。
承認されることが喜びだっていうそれを第一優先するっていう場合は、
それが一番、もしかしたら今のその人にとっては幸せってなるかもしれないなって思うんだけど、
でも自分主体で幸せを作っていこうっていう風にしたい、
そういう方の場合はやっぱり前者の方になるのかなっていう気がするんですよね。
愛っていうのは自然に出るものみたいな、すごいいいものみたいな感じかもしれないけど、
結構努力がいることだと思うんですよね。
相手の状況とか相手に期待をしない、さっきと逆なんですよね。
相手に期待をしたり、こうすべきだよね、普通こうだよね、
そういうふうなレッテルを貼るようなことをすると、
これって愛されると同じ現象を生むと思うんですよね。
でも、愛する側、こっち自分主体を選んだ場合は、
なんていうか、自分でこう、自分の責任としてすべて、
自分主体で自分軸で考えることができるんじゃないかな、
そうすると期待をしないので、
なるようになるだったり、こういう考え方もあるのかっていう発見になったり、
そっか、自分は今までこういうふうに思ってたけど、
こういう見方があるのね、こういう生活してたから、
こういう親に育てられたから、今こういうふうになってんだっていう発見だったりとか、
価値観のね、新たな価値観の見直しになったりとか、
でも、自分はこれは嫌だなとか、これはいいな、そういうのはあったとして、
でも、こうすべきでしょ、こうなんてありえないみたいな発想にならないのが、
自分主体で愛するっていう側なのかもしれないなーって、
そんなふうにちょっと思ったりしたんです。
これ、決して職場の休憩室でこんな持論を展開したわけじゃ決してありませんからね、ご安心ください。
そうなんですねって、ちょっと皆さんの話聞きながら思いつつ、
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みんなね、愛されたいを選ぶ側だったんですよ。
なるほどなーと思いながら。
でも、若い女性だったんですけど、今はね、それが一番ベストなのかもしれないですね。
僕はね、血統値スパイクのように乱攻撃するのはもうね、きついなって思うので、
今はもうそういう愛される側を選びたくないなーって思ってるんだけども、
それでも今やっぱりね、抜けてないと思います。
どうしても何か相手に期待している部分だったり、
相手のせいにする他責になってしまったりとかいう部分って多かれ少なかれあると思います。
ここでなんかこう、自分も結局、
愛される側、愛されたい、認められたい、
男って女性に褒めてもらったり認められたりするのが、
なんだかんだ言動力になったりするんですけどね。
そんな言動力、相手から力を奪わなくても、
自分で自分を認めて自分の力を最大限発揮するような、
そんな風になれたらなーって思うとこなんですけどね。
でも結構今、調心セラピーっていうのをやってますけど、
悩みの大半は、この相手に期待することだったり、
相手から承認欲求、相手から褒められたい、
そういうね、それが当たり前でしょっていう風になっていることから来るストレスが、
かなりを占めてるんじゃないかなと思います。
これは恋愛だけじゃなくて、仕事においても子育てにおいても、
そうなのかもしれないなーって思うので、
これ、愛されるよりも愛したい側なのか、
愛するよりも愛されたいっていう側なのか、
これは結構壮大なテーマなのかもしれないなーと思って、
ちょっと面白いと思って、
今日は自分なりに頭の整理のためにお話しさせてもらいました。
皆さんはどっちでしょうか?
よかったらコメント欄に書いていただけると嬉しいです。
ただ、僕のただの持論だけなので、
いやいや、愛されるってこんな良いとこもあるよね、
とかいうこともあれば、
そんな意見もちょっと聞いてみたいなと思うので、
お気軽にコメントくださると嬉しいです。
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ではでは、ご視聴ありがとうございます。