ケージくんゲスト回の続きです!
ケージくんからの質問で、シュウの頭も段々整理されてきて…
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収録日:3月27日
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そして、RKB毎日放送と日本一のポッドキャスター樋口清則によるプロジェクト、ポッドキャストラボ福岡の一員として配信しています。
前回からの続き。
で、ちょっと今聞いてるうちに、だんだん整理されてきているところもあって、
もしかしたらその、やっぱり、
足りない前提でいるか、いや足りてるっていう前提でいるか、
っていう分岐、途中でも表現できたかもしれない、表現してたかもしれないですけど、
科学技術とかが発達したことによって、みんなが回せる分量ぐらいはもうあるんじゃないかって、
これは多分、最低限生きるって僕がいつも言ってるみたいな、
食料が足りてるっていうのを基本とした考え方だと思っていて、
さっきケイジ君が言ってくれたジングルの話とかは、その先の話というか、
まずは生き延びれない時代があったから、そこではもう奪うまではいかないにしても、
せめて交換条件じゃないと生き延びれなかったっていう、
そういう前提の社会OSというか、社会の考え方がそういう考え方、
そんな感じだったと思ってるんですよね。
でも今はもうその、足りてる前提のOSに書き換えてもいいんじゃないかなっていうふうに、
僕が思っている気がしてきたんですよね。
だから、それでも足りてない前提になるのは、
僕はこの途中で話題にもちょっと出たみたいな視野の、
まだ今は視野が狭い、みんなの視野がある程度狭いのかなって思っていて、
それをもうちょっと広い視野で考えたら、
いやもう十分足りていて、
それを回すだけでみんな生きていける、最低限生きていけるだけは、
別に交換条件でなくても、いけるよねって思ってるんだと思いました。
03:01
それが僕の気分とか意識。
僕の気分とか意識は、このぐらい視野を広げたら、
争わなくても、競争をしなくても、奪い合わなくても、
みんなが食べていけるんじゃないっていう、
その気分とか意識を伝えたいっていうことだったと思います。
これでもなんか、わかんないですけど、
すごいちょっと具体的な話をすると、
なんか食べ物は十分足りてるとして、
人間別に食べ物だけで生活してるわけじゃないじゃないですか。
お金を稼いで遊びに行ったりとか、
服買ったりとか、
なんか自分が欲しいもの買ったりみたいな、
そういう欲望みたいなのあるじゃないですか。
それについてはどう考えてます?
そうですね。
それと、欲望。
もしかしたらあまり考えてないのかもしれないんですけど、
僕はまずは最低限の、途中でも言ったみたいな、
マイナスをまずはゼロに戻そうみたいな感覚なんで、
そっちの発想は僕はあまり得意ではないのかもしれないんですけど、
これは僕がっていうよりは、
いろんな人が言ってたから影響を受けてっていう話なんですけど、
一等あんっていう、
あんまりちゃんと説明できないな。
西田天光さんという方がいらっしゃって、
赤子が泣いたればこそみたいなことを言って、
助けてっていうことがすごく大事っていうことをおっしゃってたり、
あとは、愛のギブネス探求所の愛ちゃんが影響を受けた吉田杉さんっていう方が、
ギブネスの三原則のたぶん2番目で、
困った時には素直に助けを求めるみたいなことが、
そのギブネスの3つのうちの一つの柱になってるみたいな。
その要は、マジで困った時は助けてみたいな、
僕は毎週週報で助けてって言ってる気分なんですけど、
なんかそれを聞いた時に、
自分のやりたいこととして喜んで助けてくださる方がいらっしゃるって思っていて、
だから僕はこうやってなんとか、完全に成り立ってはいないけど、
今でもまだ貯蓄がゼロになってないっていうところがあると思っているから、
欲しいなって言ったら、
俺のこれだったらあげるよっていう人がアウトプットが先なベースの社会では、
現れそうだなって今一瞬思いましたっていう、
そんなレベルでしかまだ考えられてないんですけど。
06:01
でもそれを言ったら、確かに完璧ではないし、まだ全然足りない部分もあると思うんですけど、
しゅうさんの周りではアウトプットが先な価値観を持った人たちがどんどん集まりつつあるって感じですよね。
はい、それはすごく感じさせてもらってますね。
なるほど。
うん。
なんで僕が生きてたら、それの証明になるんじゃないかなって思ってるんですけど。
うん。
そうですね。
うん。
面白いですね。
これしゅうさんみたい、これ誰かも言ってたな。
しゅうさんみたいな人がもっとたくさん出てきたら、
例えば僕らの周りには、議事館のコミュニティの中にはしゅうさんみたいなことをしてる人がしゅうさんしかいないから、
みんなの気持ちがしゅうさんに集まりますけど、
この議事館のコミュニティの中にしゅうさんみたいな活動してる人が10人とか20人とかいた場合、
アウトプットの総数が10倍20倍になればいいんですけど、
アウトプットの総数が変わらなかったら、
しゅうさんみたいな活動してる人、それぞれ集まるものが薄まっていきますよね。
はいはいはい。
それもよく言われましたし、ぶっちゃけ始める前は僕もそのイメージありましたね。
でも、これこそうまく言語化できないけど、薄まらないと思ってるんですよね。
僕もそんな気がしてるんですよね。
なんていうか、そもそもパイの奪い合いみたいな表現があるじゃないですか。
その考え方をしてるときって、パイっていうものは新たに生み出されてこないっていう前提で話が進む気がしてるんですよね。
でも、それも要はパイを生み出す人が出続けると僕は思ってる。
それがアウトプットが先につながっていく。
もうアウトプットしたい人がしちゃうみたいなのがベースだと思ってるんで、
ただ一時的に、なんていうか、今よりも、
今当たり前のように交換条件で手に入れられるものが、手に入れにくい可能性はあります。あると思ってます。
安々とというか、それもね、お金稼いでやってるから安々とではないと僕は思ってるんですけど、
そうですね、むしろその自分の欲しかったものが自分のところに来たときのありがたさみたいなのが感じられるぐらいな社会かもとは思ってるんですけど、
09:05
でもめっちゃ嬉しいみたいな。だって自分が選べない。
基本的には入ってきてくださいって依頼したら絶対100%もらえるものではない。
基本はそうなるっていうのがアウトプットが先の流れなんで。
それだけにもらえたときにはめちゃめちゃ感謝が生まれるだろうし、みたいなことはざっくり思ってますけどね。
なるほど、そうか。交換条件じゃないから、常に自分が欲しいと思ってるものが手に入るわけではない。
とは限らない。自分が作ってれば別ですけど、自分が作り手だったらそれは自由自在ですけど、そうじゃなければ。
僕、実際そうなんですよね。服とかももう10年ぐらい買ってなくて、
自分が選んだ服じゃないけど、人からもらえたりしたらめちゃくちゃ嬉しいしありがたいし、着るたんびにその人のこと思い出すし、みたいになっていて、
不便。もちろん不便。他の人より多分。でも他の人よりその面ではめっちゃ幸せなんじゃないかなと思ってて。
面白いな。なるほどな。アウトプットが先って、なるほど。やっぱりそういう具体的な話を聞くと、すごくその概念がより明確になりますね。
そうですね。ちょっとずつそれも向き合わなきゃなと思って、なんとなくぼやかしたつもりはないけど、ちゃんと表現できなくてでも難しいからって言って、
さっきもサボったっていう言い方したみたいに先延ばしにしてきたけど、やっぱりちょっと今回とっかかりになりそうって思ったときに、めちゃくちゃ喋りたいって自分の中でも、
そういう欲求が熱みたいにして上がってくるものがある以上は、やっぱりもうちょっとちゃんとそこ、苦手だけど言語化をもうちょっとやっていきたいなと思って、
でもケイジ君と一緒の方が進みそうと思って頼らせてもらったっていう。
僕もだから今日はそれをきっかけに、しゅうさんのいろんなその概念みたいなものを聞けたら楽しいなと思って、楽しいだろうなと思って今お話しさせてもらってて、
途中で気づいたんですけど、僕収録じゃないですか、一応。
これを聞いてる人がどう思うかなと思って質問するみたいなことをやってるなっていうことを途中で気づきました。
そうかそうかありがたい。
自分の疑問というよりは、僕はこう思ってるんだけど、今の話を聞いた人はこう思うかなみたいなことで質問してたから、
これはなんかあれかなっていう、どうなんだろうって今ちょっと思ったんですけど、そういう感じで続けていきますね。
ケイジ君の中でストレスになってなければいいんですけど。
ストレスになってないんですけど、すでにそう思ってたなと思って。
12:02
それでいくとですね、今の流れは瞑想合宿参加前も持ってたものの延長なんですよ。
で、せっかく理性と本能の話のきっかけが、僕が瞑想合宿直後に配信した感覚と反応の話だったってあるんですけど、
厳密に言うと違うんですけど、どっちかっていうとその理性に該当しそうなのが、感覚と反応を丸ごと観察するのが瞑想なんですけど、
観察してる自分っていうのがその理性を働かせてる自分っていうのに近いと思ったんですよね。
それを僕は、メタ認知をみんなもっと一生懸命やろうよみたいなのをずっと言い続けてきた気分だったんですけど、
瞑想合宿に参加して、それがまさに観察っていう言葉にあたる、それがメタ認知っていう表現とは若干違う感じもするんですけど、
めちゃくちゃしっくりきて自分に相性が良すぎるというか、めっちゃ相性が良いと思ったから、
これはやんなきゃ、真剣にやんなきゃと思って、10日間もめっちゃ真剣にやったし、今でも午前午後1時間ずつやってる感じなんですよね。
それがね、たぶん前回の収賞の中で、僕がまたうっかりシザーのことをレイヤーって言った時に、
その、観察している自分と考えている自分っていうのが、どうも平行に走れそうだって、今なんとなく思い始めていて、
っていうのをなんとなくこう、そういう表現しようとしてたんですよね、けじくんも来てくれた収録の時に。
観察する自分と考える自分が同時に存在する。面白いですね。
でもそれこそメタ認知ってことなんじゃないですか。考える自分とともに観察する自分が常に存在してるっていうことを認知するのがメタ認知な気がしますけどね。
僕はそれまでは、同時には難しいと思ってたんですよね。瞑想合宿に行くまでは。
観察する自分と考える自分が同時にいる。
何かの出来事の中にいるその最中は、なかなかメタ認知しづらいから、それが終わってから、今日の自分の動きを振り返るみたいなのをメタ認知って呼んでったんですよね。
15:10
次はなるべくこういう動きにしようかなーみたいに思って、また次のイベントに臨むみたいな。
僕の中ではちょっとそれはメタ認知ではなくて、ただの振り返りとか反省みたいな感じなんですけど、
僕ね、メタ認知ってどこで初めて聞いたかなー。だいぶ前から聞いてた気が、でもわかんない。
メタっていうのが最初に、僕は大学生の時かな、コンピューターの情報知能工学を専攻してたんで、
その時にコンピューターのファイル管理の話でメタデータっていうのは出てきたところで、メタっていう言葉の概念を知ったんですけど、
あと自分、小学生の時から劇団に所属してて、高校演劇、大学演劇まで演劇を10年ちょいやってたんですけど、
小学生からやってたんでしたっけ。
そうですね、小学校5年生から、10歳から、たぶん21歳か、10年ちょっとやってた時に、演劇ってそのステージ上で演じてる自分を常に、
図上からこう、俯瞰で見る自分を常にいないといけないみたいなことをずっと言われてたんですよ。
それが僕にとってのメタ認知、お芝居しながら自分が客席からどう見えてるかっていうのを常に考えながら、
舞台上でのその芝居をするみたいなのを意識してたんですね。立ち姿とかがどうなってるかとか、どの角度で見えてるかとか、
それが自分にとってのメタ認知っていう言葉を聞いた時に、あれのことだろうなみたいな、お芝居の時に常にやれって言われてたやつ。
だからその物事を考えながら、どういう風にそれを考えてるのかっていうのをもう一つの自分の視点で考えるっていう、
さっきのしゅーさんの言葉で言うと、考える自分を観察する自分が同時にいるっていうのが、
まさにそれで、お芝居してる自分とそれを客席で見てる自分が同時にいるみたいな。
それがメタ認知って僕の中で認識でしたね。
じゃあ、それと一緒かも。
いやいや、僕がそういう風に捉えたことがなかったから、衝撃受けただけかもしれないですね。
同時であること。
もう一つだから重ねると、自分の判断が本能なのか理性なのかっていうのが気になるっていうのは、
判断するときにそれを気にしてる感じがあって、それ自体もメタ認知な気がするなって思ってるんです。
18:08
自分の判断は果たしてこれは本能でしてるのか理性でちゃんと考えてやってるのかっていうのを、
常に考えてしまうっていうのもある種メタ認知なのかなっていう気もしてます。
わかんないですけど、勝手に。
表現上はしっくりきますね。
その瞑想でのことに全部当てはまるんで、
偶然僕はそう考えたことがなかったから、振り返りみたいなことをなるべく頻繁にとか、
それこそ高速にっていうか、パソコンってマルチタイスクって実は同時じゃなくてめっちゃ高速にやってるだけみたいな。
僕も今それ思いました。観察する自分と考える自分同時にいるっていうのは、
それを高速で観察して考えて観察して考えて、超高速で行われたら結局2つ同時に行われることになるなって。
それで僕はイメージしてたんですけど、
同時でできるんだっていうのが、できそうな気がするなレベルなんですけどまだ。
まだまだ同時じゃないんですけど。
っていうんで今一生懸命やってるんですけど、
これはなんかでも、だからみんな瞑想合宿受けようよって言いたい気分はあるけど、
現実的じゃないので、結果的にはパソコンのマルチタスクみたいなことをお勧めする程度になるのかなみたいに思ってたっていうのを今差し込もうとしたら。
演劇とかやってるときのは、どっちかというとそれは高速でっていう感じではないって感じですもんね。
同時に本当に自然にそうなれる。
そうですね。だからなんだろう。
なんだろうな。分かんないですけどね。
イメージとしては、お芝居。ステージ上にお芝居をするときに、基本的には目の前に客席があってお客さんがこっちを見てるみたいですか。
で、その見てるお客さんから自分がどう映ってるかっていうのを考える、常に考えてるってことなんで、
実際はないんですけど、客席にところに大きな鏡があって、自分がその鏡にどう映ってるかっていうのを見ながらお芝居するみたいな、そんなイメージ。
それまで視点がいろいろあって、客席から見る場合もあれば、ちょっと頭の上から俯瞰で見てるみたいな見え方、見方もいろいろあるから、視点は一つではないんですけど、とにかくいろんな人がそういうふうに言ってましたね。
常に自分がどうなってるかを考えながらやれって言われたりして。
でも、それをまさに人生でやれれば、争いは減りそうな気はするんですけどね。
21:09
まあ、そうですね。
ちょっと夏すぎるかもしれないけど。
長期的に見るっていうのと、あとなんか、そうですね。
あと、欲っていうものもちょっと気になってて、僕は。
僕は基本的に仲良くしたいなっていう欲があるんですけど、いろんな人と。
基本的にみんなと仲良くしたいってみんなが思っていれば、争いはそれなりに起こらない気がするんですけど。
争いが起こるってことは、別にみんなと仲良くしたいってみんなが思ってるわけじゃないんだろうなとか。
あと、その仲良くしたい人たちと仲良くしたくない人たちって分ける人もいる。
僕、たぶんですけど、嫌いな人ってたぶんいないんですよね。
わあ、すごいな。
いたとしたらその人の、いないことはないんですけど、僕、たぶん嫌いな人がいたときに、その人のことに対して脳のリソースを使いたくないなって思うので。
なるほど。
全くその人のことを考えないようにするんですよ。
そうすると、僕の世界からその人がいないことになってしまうので、結果、自分の嫌いな人はいないっていうことになってしまうんですよね。
なんか、奇弁というか、変なことっていうか、変な理屈をこねてる気もするんですけど、
たぶん、嫌いな人がいたら、その人のことを考えなくなるので、自分として認識しなくなるので、ほんと考えたくないから、脳のリソースの無駄だと思って。
僕の世界から聞いてしまうので、っていうのもあるんですけど、でも、そうだとしても、嫌いな人はいない。
ただ、なんでそんなことをするんだろうな、困るな、迷惑だなって、政治家の人に対して思うことはあるんですけど、それはでも、その人のことが嫌いっていうことではないんですよね。
その人の行いとかやってることが、自分にとっては不服というか、自分にとってはなんでそのことをするんだろうな、正しくないなって、僕の正義の中では正しくないなと思ってしまうんですけど、
でも、その人の嫌いとか、そういう感情でもなく、本当に嫌い、こいついなくなればいいのにとか、そういう人は特にいないから、あまり誰かに対して怒りが湧いたりとかそんなないですし、
だから、みんながそうなればいいのになって思ってるんですけど、でも、なかなかそうならないなっていう感じなんですけどね。
24:01
でも、精神的にもそうですけど、例えば生活に余裕がなくなって、気持ちが荒んでしまって、周りの人に対して、きつく当たってしまうとか、凶暴になってしまうみたいなのはあるのかなとか思うんで、
自分がこういう状態にいられるのは、ただ自分が恵まれてるだけであって、そういう状況になったら自分も誰かに牙を剥く可能性もあるなと思ってはいるんですけど。
でも、なんか、僕、NHKのBSとか、4Kとかを暇なときにパッてつけて、
4Kっていうのは?
画像が綺麗。
なんか2種類あって、BSとBS4K、BSプレミアムっていうのとBS4Kっていうのが2種類あって。
キレイ版みたいな感じですか。
地デジ以外に。そういうの見ると、地上波と全然違う、すごいのどかな番組やってることが多いんですよね。
そういうの、ぼーっとご飯食べながら見ることがあるんですけど、そういうのでよくあるのが、
なんか普通に海外の、普通の街並みというか、町とか村とかの路地みたいなところを普通にカメラがずっと歩いていって、
出会う人にインタビューしていくみたいな、ほのぼのとした番組で世界のいろんなところを旅して、別にレポーターとかがいるわけじゃないんですよ。
カメラがその人に近づいていって、その人が、こんにちはみたいな感じで、
何々今からこの庭でパーティーしようと思ってるの、みたいな感じでその状況を説明して、
っていうなんかドキュメンタリーみたいなやつ、よくあるんですけど。
で、それ世界中でいろんなところで、そういうのやって紹介してるんですけど、
そういう番組だからっていうのもあるんですけど、どこの国の人もみんな穏やかで平和な感じなんですよね。
もうその人種とか宗教とか全く関係なく、国とか関係なく、そういうのばっかり集めてやってるから当たり前なんですけど、番組として。
でもそういうの見るたびに、なんか世界中にこんな穏やかで優しくて、素敵な生活を送ってる人いっぱいいるなって思うたびに、
やっぱなんで戦争するんだろうって思うんですよ。
だからやっぱほとんどの人は、穏やかで平和で豊かな心を持ってるはずなのに、
一部の人たちが自分たちの何かしらの目的で戦争とかしてるんだろうなって悲しい気持ちになるっていう、そういう感じなんですけど。
ほんと一部のそういう人たちが起こしてるのかなって思っちゃうんですね。
27:03
それはあるかもしれないですね。
ちょっと主題がずれてしまいましたけど。
いやいやいや全然ずれてないです。
それでもう僕何種類か思うことがあって、その話を聞いてってなるとって感じなんですけど、
アウトプットが先だったとしたら、基本的にあんまり物がストックできない可能性、物というかお金かな。
僕の感覚では、今ほどお金が重要視されなくなっていくので、少なくともお金が今ほどストックされない。
極端に言うと僕はゼロでもいいと思ってるんですけど、それは裏を返せば、誰かに力が集中しなくなると思ってるんですよね。
一部が平和でない人だったとして、でもその人たちが今力を持っててしまっているっていうことなのかなとも思ってるんですよね。
声が大きい人の方が力を持ちやすいだったり、注目を集めやすいだったり、
プラスのことよりマイナスのことの方が印象に残りやすいみたいなのもあるかもしれないんですけど、
だからよっぽど本当にそういう人たちの声が聞こえづらい全体の空気としてはアウトプットが先の方が安定してあって、
たまにそういう小さいい境が起こるみたいになるにはよっぽどそういう人が減った、今よりも減った方がいいのかなとは思ってるんですけど、
数が一緒だとしてもその人の力が弱まればいいのかなみたいなことをふわっと思いました。
で、あとはそののどかに暮らしている人も、のどかに暮らしているっていう点では全然いっぱいいそうなんですけど、視野が広いかどうかで言うとちょっとまだわからないなと思ってまして、
のどかに暮らしている人たちがってことですか?
そうです。それも含めてですかね。もちろん争いたがってる人はもっと視野が狭いと思ってますけど、そうでない人も今はまだ視野が広い人がそこまで多くない気がしているから、
30:00
のどかで暮らせていることがどういう前提のもとになり立っているかっていうのをちゃんと意識できてなくて、なんかただ乗っかってるだけなのかもしれないなぁみたいに思ってるんですよね。
だから、なんか全部自分ごととして捉えるぐらいな感覚の人がすごく増えていけば、まただいぶ違うなぁ、違うんじゃないかなぁみたいな感覚があるっていうのもさっき浮かんだことの一つですね。
なんか今、ちょっと考え全然まとまってなくて、本当は今日の話に政治の話とかも結構絡んでくるんだよなって考えてたなっていうのを思い出したんですけど。
その視野を広く持つっていうところとつながる話ですか?
それもモロにつながりそうですね。
でもそれで言うと、僕ちょっと収書でも配信されたものの中にあったかもしれないんですけど、なんか選挙制度が本当にあったほうがいいんだっけぐらいのところまで遡って疑っちゃうから、
ちょっと下手な言い方するとめっちゃ叩かれそうなことになっちゃうから、ちょっとあんまり軽々しく言えなかったりもするんですけど、
途中で言った交換条件じゃないっていう話の時に、そもそもルールとか仕組みいるんだっけみたいなこと言っちゃってるから、
とか誰かに力が集中すること自体を疑ってると、そういう政府みたいなものがいるんだっけとかもね。
でも前回あれでしたもんね。前回というか、ごしゅうしょうラジオで理性100の話したときに、けいじくんが言われてた、理性が100な人、ほとんどの人がそうなった場合にはもう国っていうものがないぐらいの勢いのイメージみたいにおっしゃってて、僕もまさにそうなんですよね。
そうですね。僕もしゅうさんの話聞いて思うのは、人間、人それぞれ能力も違うし、境遇も違うし、それぞれになる役割みたいなのがあるような気がしてて、人それぞれ違う役割。
で、なんかそういうのがある世界とない世界を考えたときに、やっぱり人類って一人でできることには限りがあるので、みんなで協力して社会というものをつくって、その仕組みの中でいろんなことをやってきた、社会として進化してきた、進歩してきたみたいなところがあると思うんですよ。
33:08
だから、その仕組みとかルールとかが一切なくなると、そういう人類としての進歩とかが、進化とかがちょっと止まってしまうような気もするし、あと、それぞれの役割みたいなのを担うっていう仕組みがないと、社会としてどうなるのかなっていうところはあったりはするんですよね。
だから、自分でもしものすごく全員が頭が良くて、自分の役割っていうものを自分がすべきこと、自分のこの能力をこういうふうに活かせば人類に役立つことができるっていうことが、人に言われなくても全て自分で判断できて、似たようなことができる人を自分で見つけて、その人たちと協力して、
こう、無理なくできる限り楽しく愉快に自分のこれが人類に貢献するための仕事だと思ってやることができれば、世の中すごく良くなると思うんですけど、その知性と行動力をすべての人が持つのはなかなか無理があるんじゃないかなと思ったり、
あとそのモチベーションに関しても、すべての人がそんなモチベーションを持ち得ないような気もするんですよね。
で、アリとかハチの世界で、よく2対6対2とか、いろいろ割合ちょっと変わってきますけど、あるじゃないですか、全体の2割の人だけが働き鉢みたいな感じで働いて、2割サボってる人がいたりみたいな。
で、その中でサボってる人を全部取り除くと、じゃあまた残った人の中で結局同じ割合でサボる人が出てくるみたいな。結局その仕組みとしてそうなってるみたいなのがあったときに、まあそんなもんかなっていう気もしてて。
実際問題すべての人がそうなることはなかったとしても、なんとなく僕とかしゅうさんが理想に思ってる世の中の方に全体として動いていけばいいなっていうのはぼんやりなんとなくは思ってはいるんですけど、その意味ではちょっとしゅうさんの全部仕組みとかなくなればいいのにっていうふうには、
本当の理想としてはそれはなったらいいなと思うけどなかなか難しいかなと思うようなところもあるんですけど。
ちょっと表現を訂正というか、僕はそう表現したつもりがないっていうのだけちょっと言わせてもらうと、ルールとか仕組みがゼロになればいいと思ってはいないんですよ。
っていうのと、まさにアリーとか8の2対262の法則みたいなのと、それも仕組みじゃんって言われたらあれなんですけど、さっき途中で言ったみたいなOSが変わるみたいな。
36:17
これもりゅうげんさんというか、りゅうげんさんのブログで僕は初めて知ったけど、それも元ネタがどっかにあったんだなって最近思った。
ひとりバンケットさんの社会とつながるラジオって聞かれてたりします?
聞いてないです。存在は聞いたことがあるかなぐらい。
そこで確か、小沢賢治さんが前に書かれてたウサギっていう本。
それの回は聞いたかもしれないですね。
本当ですか。
番組に意識しなかったかも。
あれで出てきたから、その頃からその表現あったんだって思ったんですけど、不安OSって言われてて、僕はそのりゅうげんさんの、
りゅうげんさん自身が書かれたかわかんないですけど、日本仏教と教会だったっけな、が書かれたブログで、不安OSから安心OSに変えていこうみたいな表現を。
それアウトプットが先な感覚に近いと思って、それを意識してたりするんですけど、それを変えるような意味合いで、
そのルールとかがなくても大丈夫みたいなのがベースになるっていう程度なんですよね。
っていうのと、そのルールとかがないと回っていかないんじゃないかっていうのは、今まだそれで回ってる状態がイメージできないから、前例がないからっていうのもちょっと思っていて、
さっきちょっとおっしゃってくれたみたいに、僕の周りでほんのちょっとそれが回り始めたぞみたいなのがもっと広がったとして、
さっきはもしかしたら僕以外にもそういう人が出てきた時に回らなくなる可能性っていうのもあったけど、万が一回ったとしてってなって、
ちっちゃいながらも成り立ったとしたら、なんかその意識がちょっとずつ書き換わっていく可能性があるぞみたいな、
そういう意味で僕意識にアクセスしてるみたいなのも使ってたりするんですよね。
だから、そういう感覚をみんなが当たり前に享受してからじゃないとこの話は逆に通じないのかもなと思ったりもするんですけど、
要はそういう感覚でやってますっていう感じなんですかね。僕の動き、勝手に空気意識的にっていうその空気意識はそんな世界を一人で、今は僕の太ももの筋肉だけでやってますみたいなかもしれないですね。
39:10
なるほど。
なんかこう、そういう瞑想合宿以降、やっぱりその観察、自分自身を観察するっていう観点からより感じられてきているのが、
本当に自分自身のことを全くと言っていいほど制御できていないんだなっていうことを本当に日々痛感してて、だから僕以外の人も結構そうなんじゃないかなって思っちゃってるところもあるんですよ。
その状態で放置したら、それは確かにまだまだいつでも戦争を堀り寄るってなると思うんですけど、その意味での自分をメタ認知か、瞑想的に観察して制御できる人が増えたっていう前提も必要かもしれないですね。
自分を制御するっていうのは、制御するっていう、正解じゃないけど、制御したい方向があるわけですよね。
で、そっちの方向に進めなかったら制御できなかったっていうことになるんですよね。
その進む方向っていうのは何が決めるんですか?
僕の感覚なんですけど、制御っていう言葉を使うかどうかもちょっと本当は微妙なんですけど、瞑想ベースなんで、瞑想の話で言っちゃうんですけど、
瞑想で観察してるのは、自分が何を考えているかじゃなくて、体中のすべての感覚なんですよね。
で、微細な感覚ほど注意して、それを選んで感じるようにしようっていう風に進めていくので、
自分が何か物事を考えたつもりになっているけど、そもそもめちゃめちゃその体の一個一個の構成要素に活かされてるっていうことが、
一番観察してるうちでもっとも感じられることなんですよね。
だから、そこから来るその一番自然な状態に居続けようとする感性の法則が働くと思っていて、
それは制御というよりはそこに身を任せるに近くなっちゃうんですよ。
42:03
で、それを邪魔するものが反応なんですよね。
だから制御というよりは、本来自然に自分を活かしてくれてる体の細胞一個一個なり、細胞の中のさらに小さい粒子たちみたいな感覚なんですけど、
それらの動きを無理に壊そうとしてしまう、結果としてそうなってしまう反応みたいなものを観察することによって、
だから無理に抑え込まなくても自然に消えていくっていうのがちょっとその瞑想の教えだったりするもんで、
で、実際それをやってるうちに、あ、そうかもって今ちょっとずつ感じられてきてるところなんですよ。
そうかもっていうのは?
本当に消えていきそうな気がするみたいな。
まだこういう時にこれがなかったっていうぐらい分かりやすくはないんですけど、
例えばその反応が出ているなっていうことに、実生活の中で気づくまでの時間が前よりほんのちょっと短くなったとかそんなレベルなんですけど、
それの延長上にはでも、もう反応が出た瞬間に気づけてたりすると、もうそれは制御っていう言葉使っちゃってもいいかなーぐらいな感覚なんですよ。
その反応っていうのは基本的にじゃあ起こらない方がいいものっていう解釈なんですか?
まあ、ざっくり言うとそうです。ざっくり言うとそうなんですけど。
自然な状態を、じしゅうさんの先ほどの表現だと、その瞑想中にこう体の一つ一つ分感じる自然な状況みたいなのがあって、反応がそれを邪魔をするっていう表現だったと思うんですけど、
ということは、その自然な状況を感じてるっていうのが目指すべき状態で、反応が起こるとそれを邪魔してくるから反応は起こらない方がいい。
なるべくその理想な状態を保ち続けることができるようにするっていうのが、さっきの言ってた言葉で言うと制御できてる状態っていう。
ざっくり言うとですね。
反応も本当は、自分にとって望ましくない程度のもの以降はみたいな感じなんですけどね。
以降の反応、好ましくない反応はない方がいい。好ましい反応もある。
ありそうな気がしますね。
今感じてるものは全て好ましくない反応ってことですか?
いやいやいや、そこだから程度があるみたいな感覚。
45:04
01でそれ好ましい好ましくないって決まってるわけじゃないってことですね。
そうですね。向きもそうだし、程度もそうだと思ってますね。
心の癖みたいな言い方もするんですよ、反応って。
だからそれが積み重なって酷いものになっているものもあれば、まだそんなに積み重なってもいないし、ランダムに出る反応みたいなのもありそうな気がするんで、
自分が振り回されてしまうぐらい酷い反応であれば、それはなるべく制御というか消えていく方向に観察してたらそういう風に進むみたいな感覚が今出てきてるって感じですかね。
例えばよく言われるのが、嫉妬心みたいなのに取り憑かれて、醜い自分をさらけ出してしまったみたいな、よくある話な気がするんですけど、それが良くない反応の典型みたいな感じですか?
それもありますね。僕の場合は怒りが一番あれなんですけど。
シューズさんが例えばどういう怒り、言える範囲で嫌だなって自分で思っている具体的な話あります?こういう怒りが湧いてきたけどこれは沸かしたくなかったみたいな。
しょうもない、全然言えるんですけど、意外と人とかじゃなくて、天気とか、そういうのに異常に怒ってたりするんですよ、僕は。
いわゆる俗にイラッとするってやつですか?
そうそうそうそうそう。しかもね、まあまあ僕ガラ悪いんですよ。
それが癖ってやつですか?それが重なって起こってる。
だと思ってますし、これもそれはって言われるかもしれないけど、僕と親父と弟すげえ似てるんですよ、その反応が。
だからなんかそういう。
イラッとするポイントは似てるとかそういう。
いや、その評辺ぶりがちょっと似てると僕は勝手に思ってて、弟に言わせると親父と兄貴だけって言ってますけど。
自分じゃわからないんだよね、じゃあそれは。面白。
だから僕は自分もそうだと思ってる時点でちょっとマシかなとか思ってますけど。
メタ視点で。
いやいや、目クソ鼻クソオラみたいな。
ほんと嫌なんですよね。
単純になんか自分が思う通りに物事が運ばない時点でイラッとして怒ってるんだと思うんですよ。
相手が人でなくてもそうなんで。
なるほど。
天気、天気。
分かりやすいのは一番ひどいのは天気かなって最近思ったんですよね。天気に怒ってどうすんだみたいな。
イラッとくるものの一つがあとですね。
48:03
毎回じゃないんですよ。こう言うとなんかいつも天気に怒ってるみたいな感じがする。
最近一番びっくりした自分で、あ、俺今天気にめちゃめちゃガラ悪く怒ってたっていう。
じゃあ、瞑想とかをする前はそのことを自覚してなかったけど、瞑想することによってそれを自覚できるようになったっていうことなんですよね。
早くなったってことですね。
早くなったか。
神さんとかに言われて、やべーってことはよくあったんですよね。
面白いな、なるほどな。
僕、話を戻すと、みんな自分のことを制御できてないっていうワードがあったと思うんですけど、
僕それを聞いてパッて思うのは、
あ、太ったからダイエットしたいなってみんな思うけど、なかなかダイエットできないみたいな。
そういう意味で制御できないっていう捉え方をしてました。
みんなダイエットしたいけどなかなかダイエットできないよねっていう。
でもまあそれもそれの延長が。
そういう捉え方しかしてなかったんですけど、もっと解像度上がりました、制御の部分の話が。
なるほどなーって。
それを考えるとですね、今ちょっと言いたいことがまだちゃんとまとまってないんですけど、
けいじくんが途中で出してくれた欲の話とかも、
なんかこう、純粋な欲なのか、心の癖としてそうなってきた欲なのか、みたいな分岐もありそうとか思っちゃってて、今の僕は。
それはまあ、瞑想の話に限らずなんですけど、
例えばコテンラジオで、性欲の歴史だったっけな、性の歴史か、あれ?性欲?
性の歴史じゃないですか。
性の歴史でしたっけ。
でもまあ性欲の話が出てきたじゃないですか。
で、あれも先天的かと思ったら実は後天的な事例っていうのでいっぱい出てきたと思うんですよ。
性欲っていうか、性の対象みたいな話ですかね。
何に対して性的欲求が湧くかみたいな。
まあそうですね、欲求だから性欲かなと僕は記憶してたんですけど、ちょっとちゃんとした表現は忘れちゃったんですけど、
それも文化だったり、後天的に変わりうるみたいなことを知って、
それを要はさっきの観察みたいな感じで見ることによって、本当はどう感じるかっていうのも変わっていきそうな予感はしてるんですよ。
その瞑想することによってってことですか?
そうですね、瞑想が唯一の手法じゃないかもしれないですけどね。
僕も瞑想したら自分がなぜ足フェチなのか分かってくるっていう。
いや、それは分かんない気がする。
どうだろう?
いや、でも僕は性の歴史のそういう話してるときに、フェチズムとかもそういうことだから、
51:07
自分の足フェチはどこから来て、どういう文化背景とかから来てんのかなって思いながら聞いてた記憶はありますけどね。
まあ分かるかどうか、ルーツまでは分かるかどうか分かんないですけど、
少なくとも今はそう感じてるっていうことが分かるだけで、結構今の僕は十分かなと思ってるんですよね。
で、それが分かったときに、あれ?そんなそれまだいる?みたいに思えることだったら消えていく可能性があるなと思っていて、
で、今この流れを何で話しているかの大元がちょっと消え入りそうになってて、
なんかね、あったんですよ。ケイジ君がおっしゃってくれてた282とかの話のあたりの文脈に。
そっちまで戻りますか。
だから来てる気がしていて。
モチベーションの話ですか?
モチベーションはどういう文脈でしたっけ?
役割とかを、別に社会的役割とかがなかったとしても、人それぞれが自分の頭で考えて、自分の能力とか特性に合わせて自分が人類に対してすべきことを自覚し、
そういうことができる仲間を自分で見つけて、何かこうやるべきことをやっていくみたいなことをそれぞれができたらいいなって思ってるんですけど、
でも、そもそもそれぞれがモチベーションも違うし、
うんうん、そうだそうだ。
全員がそういう理性を持って駆動できるわけないですよね、みたいな。
そういう話で、2・4・2、2・4・2じゃないか。
2・6・2。
2・6・2ですね、2・6・2の話になった流れな気がしますけど。
そうそうそう、だからそのモチベーションも今はそれが自分のモチベーションだと思っているけど、
迷走に限らずすっげーメタ認知していったら、
なんか自分がいかに奇跡的に今存在しているかみたいな視点にたどり着けると僕は思っていて、
まあすげーそれはだいぶ先かもしれないけど、
そういう風なところにたどり着けている人が考えた雰囲気が2・6・2の6ぐらいになれば、
それをちゃんと理解しているかどうかはまた別として、
まあ常時理解できていればそれに越したことはないけど、
今も資本主義の仕組みって全員理解できてないけどなんか流れてるじゃないですか。
そうですね、はい。
54:01
だからそれってでもなかなか変えがたいぐらいにはなっているから、
理解できてないけどなんとなくそういう流れに変わるぐらいの空気がまん延しさえすればいいかなと僕は思ってるんですよね。
全員がそこまでたどり着くのは難しいと思うけど、
それで生きて楽しそうにしてる人が一部かもしれないけどいて、
もしかしたら何世代かそれがあったら、
なんかそんな空気ってまん延していくんじゃないかなみたいにちょっと思ってるってことを多分言いたくて、
さっきの話に突入していった気がします。
さっきの話っていう。
あ、瞑想の話。観察の話を説明したところから。
それの動機はそれだった気がしますね。
なるほど。だから全人類が瞑想した方がいいってことですよね。
実際でも僕が瞑想合宿の初日の講話聞いて衝撃を受けたのは内容にも衝撃を受けたんですけど、
もう一個が僕が今知ったっていうのに衝撃だったんですよ。
今知った。
はい。
あの、ゴータマブッダさんが2500年も前にも言っていたのに、
今になって俺知ったって、2500年後っていうのもそうだし、
2500年後の世界で蔓延していないから、52歳になってやっと知ったっていう衝撃だったんですよね。
だから、そういう意味ではまだ僕、瞑想合宿でちゃんと始めてないんで、
なんか少なくともそういう、そのぐらいこれがしっくり来るっていう人が増えさえすれば可能性あると思ってるんで、
瞑想しないまでも、自分が考え抜いた結果そうだよねって思える人が増えればいい気がしてますかね。
なるほど。なんかまあでも、しゅうさんが52歳にして初めて知ったっていうところですけど、
はい。
でもそれまでにずっと、しゅうさんが今まで話してきたようなことをずっと考えてたから、
そのブッダの教えにピーンと来ただけで、
まあまあ、それもあるんですけど。
全ての人がピーンと来るわけじゃないですよね、たぶん。
まあまあそうだと思います。
同じ強度で。
そうだと思います。だからまあ瞑想じゃなくてもっていう。
57:04
ですよね。
僕は偶然最後のピースが瞑想だっただけで、とか思ってますかね。
なるほど。
まあまあ個人的には瞑想めっちゃいいからおすすめはしたいぐらいの勢いなんですけど、
さっきの文脈で言うと、別に全員受けてなくても、
なんとなく全体の空気が変わるぐらいはいけないかなーって勝手に期待してるというか。
なんかあの、全然関係ないかもしれないですけど、
はいはい、全然。
このしゅうさんのこの、アウトプットが先っていう言葉で代表されるこのしゅうさんの今の思想の中で、
それをどう捉えてるのかっていう意味で聞きたいんですけど、
人間は、僕の捉え方ですけど、競争して勝ちたいみたいな欲があるような気がするんですよね。
競争して勝ちたいとか、独占したいとか、それに近い、勝って独占したいみたいなのがある。
単純に競争して勝ちたいみたいな、ただ勝った先のことはどうでもよくて、
とにかく競争して勝ちたいみたいな、もっと原始的な欲求かもしれないですけど、
競争して勝ちたいみたいな、競争に勝ちたいみたいな、
そういう思いが、いろんなものをうまく人類として進歩とか進化にも貢献してる部分もあると思うんですけど、
その外役になってる部分もあるような気がして、競争とかについてどう思います?しゅうさん。
しゅうの花譜ラジオ。
競争、ついつい競争しがちな性質があると思っていて、
それはでもなんかゲームみたいなものを楽しむときにも役立っているから、競争自体が悪っては思ってないんですけど、
それこそ振り回されてしまう。今はまだそんな自分の反応に振り回されてそれに気づけないぐらいの、
人類自体がそんな精神レベルだと思っているので、めっちゃ要注意な性質の一つと思ってるっていう感じかな。
1:00:16
アウトプットが先っていうのも、インプットが先になりがちな性質だから、みたいなのがあるんですよね。
何かをなくしてゼロにしたいとかじゃなくて、そこにあるって認識するだけでいいみたいな気分なんですよね。競争に限らず。
そこにあるっていうのを認識するっていうのは何があることを認識するんですか?
自分の心の中に気をつけてないと暴走してしまうような要素がある。
例えば勝ちたいって思う欲望みたいなものがある。
それもそうだし、人を傷つけてしまうこともあるとか、嫉妬もそうですよね。
今のところそのぐらいの解像度ですかね、競争は。
なるほど。
でもやっぱり、僕がそう思ってるからそう感じただけかもしれないですけど、競争に勝ちたいみたいな欲望も、
僕の理性と本能の話でいくと、当然本能から生まれてくる感情というか欲望だと思ってるんですけど、
それがパッと湧いて出た時に、今欲望、僕の言葉で言うと欲望が、勝ちたいという欲望が本能から芽生えたっていうのを認識しといた方がいいってことですよね。
その反応を、自分の中に生まれた反応として、まず認識することが大切だっていうことですよね、今しゅうさんがおっしゃったのは。
そうですね。
はいはいはい、なるほど。
今だから、しゅうさんの言葉を僕の自分フィルターを通したらどういう言語化になるかっていうのを今、自分で理解するために毎回やってるんですけど。
なるほどなるほど。
はいはいはい。
なるほどな。
なんか質問タイムみたいになってるんですけど。
全然いいですよ。
前、しゅうほうで、しゅうほうじゃないや、しゅうしょうか、しゅうしょうでみんなさんとお話した時に、僕、傲慢センサーみたいなのが自分の中にあるっていう話をして、
それはちょっと傲慢な態度だなーとか、傲慢な思想だなーとか、傲慢な考え方だなーって思うとブレーキがかかる、自分の中で。
1:03:01
自分のそのなるべく傲慢な発想とかをしないようにしようという次回の意味で、あ、これは傲慢だっていう、傲慢センサーが自分の中で働くっていう話をさせてもらったんですけど、
その、傲慢センサーみたいなのも、やっぱりその反応として、何か感情が生まれた時に、あ、これは傲慢だなっていう風に反応として見るみたいなことになるんですかね。
じゃないかな。
しゅうたんは傲慢センサーあります?自分の中に。
いや、あの時も僕、多分リアクションとして他の人たちと僕だけ違ってみんな厳しいなーって言ってたと思うんですけど、それ薄いかもしれないですよね、傲慢センサー。
怒りのセンサーはもう花瓶なんですけど、その傲慢の程度が攻撃に変わった瞬間に反応します、僕のセンサーは。
だから、傲慢な態度がその攻撃性を帯びてるというか、攻撃、傲慢さによって生まれる攻撃的態度があれば、それに反応するってことですよね。
ある程度は、傲慢になりがちだと思うし、
あー、なるほどな。
なんて言うんでしょうね、自分視点である時点でもう、傲慢って言えば傲慢なのかなと思う。
うーん、なるほど、確かに。
あれ、声が。
え、あ、聞こえないですか?
あ、一瞬聞こえなかった。
あ、ごめんなさい。はい、確かにって言いました、今。
あー。
確かになー。
うーん、だからそこは程度で捉えちゃってんのかなー。
めっちゃ傲慢やんって思う時ももちろんあると思うんですけど、
ちょっと聞いてない人には申し訳ないですけど、この間の事例では全く反応しなかったですね、僕。
収賞で話した事例では。
はいはいはい。それはちょっと収賞の方聞いてもらう。
そうですね、すいません。そこまで説明してるとめっちゃ長くなるんで。
ごめんなさい。僕がちょっと思い出したんで。
いやいやいや、あれだったんですけど。
うーん。
なんでしょうね、そういう言葉で表現するとこうなるっていうところよりも、
それの程度にしかもしかしたら、こう、注意向けてないのかもしれないって今思いましたね。
途中でも中度を大事にしてるっていうのはその、程度問題とも言えるんですけどって言ったと思うんですけど、
程度が中くらいでありさえすればどんなものもいいというか。
極端に寄ってなければっていうことですか。
どうと思ってますね。思ってるかも。ちょっと例がパッと出ないですけど、よく考えるんですよね、それ。
1:06:09
はい。程度。なんか、文章にしたら同じ文章だけど、それをどんな気分で言っているかで違う。
これは程度の話とはちょっと違うか。ちょっと違う気がしてきた。
程度の話って具体的になんかありますかね。
ちょっと難しいあれですけど。
難しいあれですけど。
例えば、傷つけるつもりがないけど相手が傷ついてしまった。
違うな、これはあんまりやっぱり例が良くないな。
危険だなって今、意思を持って引っ込めたんですけど。
っていうのと、あんまり例としても全然秀逸じゃない。秀逸じゃないな。
いろいろこういう例を用意しとかないといけないですね、今後は。
程度の問題っていうのが、ただ単に何かの強さとか弱さだけの話なのか、どういう例で話をすればわかりやすいのか。
いろんなものに勝手に当てはめちゃってるけど、ちょっとそれに対するストレートな答えじゃないですけど、
ちょっと話す前にイメージしてたことの一つが今浮かんできたから。
あれ?浮かんできたはずなのに。浮かんできたからっていう文章を構築してる間に消えてしまったな。
あれ?すいません、消えました。またちょっと出てきた。ごめんなさい。
最初になんか、秀逸賞の最新回でフラットの話してましたよね、みたいなときに。
フラットの話でも程度の問題って話してましたっけ?フラットの話とは関係ないですか?
どこにでも出しそう、僕。大体のことに程度って思っちゃってるんだろうな、実際。
なんかね、中道っていうのあるじゃないですか。中道とフラットは一緒ですか?違いますか?
秀逸賞であのとき出たフラットの文脈を今思い出そうとしてるんですけど、今パッと聞いた時点では一緒なイメージが浮かびましたけど、
1:09:15
ちなみにけいじ君の今イメージしてるフラットはどういう?
僕の思ってるフラットって、例えば、何かを議論するときに常にフラットな立場で物を言いたいっていう主張があったときに、何の議論だとしたらいいんだろうな。
ちょっとわかんないですね。
そうですね。
僕がそのフラットの例を、フラットっていろんな視点があり得るからフラットってすごい、どこに視点を置くかで変わってくるよなって思うのを、
例えばですね、僕が言ってるフラットっていろんな視点あるよねっていうのは、秀さんがそれは程度の問題だよねっていうのを引っ張り出したいだけの今この話なんですけどね。
たまたまフラットを例に出してフラットの話しようかっていうところなんですけど、
例えばですね、国語のテストを10人のクラスでやりますと。
なんで国語のテストをするかっていうと、国語の何かしらについて議論しようみたいなところで、じゃあみんなの国語の知識がどれくらいあるか、英語でもいいんですけどね。
じゃあ英語のほうがわかりやすいかもしれないけど、英語にしますね。
英語の何かについて、これからクラス10人に議論をしようとしたときに、まずはみなさんの英語の実力がわかってないと、何を議論していいかわからないので、まずみなさんの英語の学力をテストしてみましょう、10人のね。
で、テストをしたときに、9人が100点満点で10点でしたと。
1人100点でしたと。
9人10点の、例えば学力で1人だけ100点ですと。
その人たちがいる中で、フラットな立場って何点ぐらいの立場なんですかって。
例えば、例えばですよこれ。
いやー、それは。
違います?全然話が。
うーん、ちょっとその中では中道があんまり出ない気が。
1:12:01
そこでじゃあフラットってどこやねんって思いません?
どこを真ん中と取るのって。
点数で。
そう。
そうなったときに、例えばね。
9人が10点で、100点が1人だから、平均点は19点なんですよ。
はい。
じゃあフラットを19点のポジションに取るのか。
うーん。
全然違いますか?話が。
そうですね、平均っていう話とはなんか違う気がしてきましたね。
平均的になることもあるけど。
でもフラットってあるじゃないですか。
例えば、わからないですけど、
例えばよくないかもしれないですけど、そのまま続けたときに、
英語の点数100点の人ばっかりのときに話す話題とかテーマと、
10点の人ばっかりいるときに話すテーマって違ってくる気がするんですよ。
知識がいっぱいある人とない人で話すときって。
そういう人が混ざってるときに、
フラットってどこになるのって考えるのがすごい難しくて、
例えば平均点のところをフラットの地点にしましょうっていう考え方もできるし、
100点満点のテストだから、
0点から100点まで取る人がいる可能性があるので、
50点のところをフラットな位置にしましょうとか、
何とでもいけるじゃないですか。
例えば10人で受けたんだったら、
5番目と6番目の人の間の点数をフラットにしましょうだったら、
9人10点取ってるから10点がフラットの立場になりますし、
そのフラットの位置の取り方って、
本当視点の置き方で全然変わってくるから、
フラットの立場を取る人の数だけフラットがあるなっていうのを、
点数だけで説明するとそうなるなっていう話なんですけど。
なんかそういう、この話で別に程度の問題、
それは程度の問題ではないか特に。
失敗しましたね。
何を導き出すかがあんまりストーリーの中に。
中道とフラット。
議論をしたときにフラットな立場っていうのが、
そうだな。難しいな。
どっちかというとでも、もっと動的で幅のあるバランスを取るみたいなイメージから、
ただ中道って表現になってるので、
中心みたいな、どこがフラットの本当に真ん中のポイントですかみたいなのは、
1:15:03
別にあんまりふんわりあればいいだけだし、
時間とともに流れても変わってもいくしみたいに思ってて、
極端に端っこに行っちゃって、
何かが壊れなければ、何かがっていう表現はあれなんですけど、
要は人類の存続に関わるぐらいの危機がなくなれば、
それでいいっていう意味での中道。
少なくとも僕はその意味で中道使ってるんですよね。
僕がさっき点数で言ってた話は、
点数イコール知識とするとわかりやすいかなと思って、
ちょっとそっちに話したんですけど、
もう一個あるのが、
9人10点で1人100点だったときに、
平均点が19点になるっていうのって、
ほとんどの人がある意見を言ってるときに、
1人すっごい極端な意見を言ってる人が混ざってきたときに、
その極端な人に引っ張られて、中心がずれるっていうこと起こり得るじゃないですか。
みんなが10点しか取ってないときだったら、
10点が普通なのに、
パッてその中に100点の人がいたときに、
平均が19になって、
平均19点取ってる人なんて誰もいないのに、
ほとんど9人が10点取ってるのに、
いきなり平均が19になって、
しかも100点の人がいるから、
0点から100点まで真ん中取ったら50点なんで、
50点を真ん中にしましょうみたいにすると、
9人10点なのに、いきなり50点に真ん中が引っ張られるって、
すごい実は歪んだ現象が起こってる。
だからすっごい極端な意見を言う人がパッてきたときに、
急にフラットの位置が歪められる、
フラットっていうか、
その中心点が歪められるみたいなことが起こるなーっていうのもあって、
それも含めてフラットってめっちゃむずいなーって思ってるっていう話なんですけど。
中道っていうのも、間を取るってことになると、
その人が間って思ってるのが本当に間なのかなっていう疑いが常に入ってくるような気がしてるなーっていう。
それを単純に数値の計算だけで言ってもそうなる。
だから本当はそんな単純な話じゃないんじゃないですか、ものを取って。
そうですね、どっちかっていうと意識の持ち方だけなので、
答えが導き出せるっていう時点で結構極端、
その思想が極端だとも思ってるんですよね。
バランスを取り続けるしかないっていうのを言いたくて中道っていう表現を出しているから。
じゃあ結論を決めないっていうのにもその中道って近いってことですね。
そこも繋がってる気がしましたね、今。
そうすると、フラットな立場で物事を考えるっていうのとまたちょっと違ってきますよね、なんとなくね。
1:18:05
フラットっていうのはあくまで立ち位置のポジショニングの話ですよね。
あー何ですかね。
あまり僕もそこのイメージがちゃんと、
どっちかっていうとフラットってあります?みたいな多分リアクションしてたと思うんですけど。
そうですね、フラットは人それぞれにあるしみたいな話だったんで、そうですね。
それで言うとやっぱちょっと中道とフラットは違う、
そういう文脈だったら違うってなるかなーって思いましたね。
程度によれば全く引き出せませんでしたね、本当に失敗しましたね。
ここ完全カットで全然問題ないですね。
いやいやいや、全然全然。これが大事だと思いますね。
僕もそれが、程度によるがまじで説明できてないですもんね。
あらゆるところに感じちゃうくせに言語化が。
好き嫌いに落ち着くと程度によるはよくしゅうさんの口から出る、聞くような気がするんですけど、
ぼんやり同じような感覚ですか?全然違うものですか?
いやいや全然繋がってます。
今日出たワードが僕の中ではその完成回の中で全部繋がってるんで、
全部関係あるんですけど、好き嫌いに落ち着くも、
なんかべきっていうのはめちゃくちゃ程度が激しすぎるって思ってるんですよね。
全員で足並みを揃えないといけないっていう前提みたいなのが極端すぎるでしょうって思ってるわけですよ。
あー、程度って例えばそういうふうな感じか。
そこでも程度の感覚が混ざってますね。
極端に振りすぎてると、それは程度が大きいことになるってことですね。
程度によるっていうのはその極端さがなければいいけど、
それは極端だとちょっとなっていう意味で、それは程度によりますよねっていう、
そういう言葉に繋がってくるってことか。なるほど。
さっきは競争っていうのも、だから競争して絶対勝つみたいな、
その競争に賭ける思いがその程度として強すぎると問題だと思う。
競争を使えばよかったんだ。そっちの話でも程度によるが早くいっぱい出せたんだ。
その話題から来たお返事の中での程度っていう話だったんですけどね。
そっかそっか、確かに。
競争の具体例が僕は思いつかなかったもんで、
全然ね、ボードゲームとかトランプやってるときは競争して勝ちたいと思ってないと面白くないから、
楽しむっていう程度の競争はあっていいというか、あったほうが楽しい。
1:21:02
でもそれを超えて、自分が勝つまでやるみたいなのを出しました。
大丈夫すいません。アラームが消えました。
というか時間大丈夫ですか?
もうちょっと多分大丈夫です。
もうちょっとくらい。
僕もね、だんだんおしっこしたくなってきたから、
切るというか終わるんであれば終わってとか、続けるんであれば一旦ちょっとおしっこ挟んでもいいですかねとか思ったけど。
どうですか?今日話したかった感じのことは話せた感じですか?
だいぶめちゃくちゃ僕としては満足度は高くて、
ただそれで全部話し切れたっていう感じじゃないというのもちょっとあるもんで、
本当は今後もだから、本当はっていうかずっと今後も定期的に話させてもらえると嬉しいっていうスタンスがやっぱりあります。
今日やってみて、どういう形でしゅうさんに僕が話を聞いていけばいいかの、
僕の中の理想系がまだできてないなって感じたので。
なるほど。
うわー嬉しい。
でもちょっと考えたんですよ。
僕の一方的な願望なんですけど、
ケイジ君との番組っていうのは形としてありかなと思ったんですけど。
ジングル作りますよ。ジングル。タイトル決めてください。
全然不定期とかでもいいんですけど、この延長で話していくみたいなのがあったら嬉しいな。
全然嬉しいです。
うわーマジですか。
こんな僕いいですか?
いやいやいや、めちゃくちゃいいですというか。
今日全然思ってたより全然しゅうさんの満足いく形にできなかったなと思って、
ちょっと今、自分の力不足、嘆いてる感じなんですけど。
とんでもないんですけど、でも本当に永遠のテーマ、そもそも永遠のテーマを僕らは、
僕はというか、しゃべり始めてるつもりではいるんで、
なんかもっともっとまた、それこそレイヤーじゃなくて切り口で、
いろんな切り口で、今日のこともその切り口で見たらこう言えるよねみたいなことが、
どんどん出てきそうだなとか思ってて、
どうしようかな。
やりましょう。
初回はでも週報で、もう次の月曜用に配信するにするかな。
全然。番組名を考えてください、じゃあ。
番組名。
ズルいですね。
僕、僕あんまりね、あれなんですよ。番組名こだわりない。
そうなんですか。
タイプでどっちかっていうと、
これコンセプトとしては、目的は何になりますか?
1:24:01
やっぱ思考をぶつけ合ってお互いを深掘りしていきたいみたいな感じですか?
僕はもう、ちょっと本当に本音を言わせてもらうと、
終章と一緒で、週報で言語化しきれないのを、やっぱり今度はこっちでけいじ君と一緒に言語化していきたいな。
僕の願望としてはそうなりますね。
全然、僕で良ければ。
そこにもしけいじ君の願望が、けいじ君としてはこういうのがあってっていうのが掛け合わせられるんであれば、
それも含めるのも全然。
僕は週さんの発信を聞いてて、これはどういうことかなっていうのを直接質問できたら、
自分の好奇心が満たされて楽しいっていうところで。
今回も感覚と反応について、自分の持ってることで見たときに、それがどう言語化できるのかなっていうのが気になってて、
今日でも話を聞いて、前半部分でだいぶ感覚と反応っていうのとか、
感覚と反応とそれを観察する自分っていうのが、僕の言ってるところの理性につながるんじゃないかなみたいなところがすごい、なるほどってしっくりきたんで、
今日僕の中ではすごく、そういう意味では満足度は高いんですけど、
週さんの壁打ち相手として自分があまり能力的に、
もう少し、週さんに聞いていく質問の仕方とか、そういうのをもう少し磨いたほうがいいなと。
次回以降、ちょっとその辺を。
僕の方も番組タイトル考えてみますね。
決まり次第ジングル作ります。
ありがとうございます。さっき僕が言いかけたのは、僕がそのタイトルとか全くこだわらないっていうのは、
鳥山明さんによる影響が大きくて、鳥山明さんのネーミングってもうめちゃくちゃ適当じゃないですか。
そうですね。
ほぼダジャレというか、でももうそれが続いていけば、それが説得力を持つみたいなのを、
天使版って聞いただけでかっこいい、あの天使版の映像が浮かぶときに、もう何でも名前いいんだなみたいな。
いやでもね、それはね、週さんお言葉ですけど、あれは鳥山明の画力がなせる技ですよ。
あのもう、圧倒的な画力があるからこそ、どんな名前つけても成立してるんですよ、あれは。
まあまあまあ、一番いい例というか、極端な例を出したんですけど、でもなんか、どんな名前でも、なんか長く続けてて慣れたらそれになったじゃないですか。
まあ確かに、わかります。
っていうのの例として、最たる例として出しただけなんで。
わかりました。じゃあちょっと考えます。僕も考えます。
ありがとうございます。
でも今いいヒントかも、鳥山明の今の例は。
1:27:02
ああ、マジですか。
気が楽になりました、ちょっとだけ。
うんうんうん、何でもありだと思ってるんで。僕も浮かんだら投げるかもしれないですけど、基本何でもいいと思ってます。
そうですね。
はい。
決まり次第、じゃあちょっと、僕がジングルを作り、そうですね、一周さんがなんか描いてくれたらいいなみたいな。
本当ですね。もう描いてくれたらめっちゃ喜びます。
っていう感じでじゃあ、不定期でちょっとやっていきましょう、しゅうさん。
ありがとうございます。本当に負担にならない程度で全然かまわないんで。
よろしくお願いします。
はい、よろしくお願いします。
じゃあ今日はこの辺でちょっと終わりにしましょうか。
はい。
第0回という、まあこれはただの手法での配信になるかもしれないですけど。
ちょっともう少し、僕もスキルを磨いて。
いえいえ、めっちゃありがたい。
めっちゃありがたいです。
ありがとうございます。
いえいえ、本当にありがとうございました。一旦収録としてはこれで終わります。
はい、じゃあ止めます。お疲れ様です。
はい、お疲れ様です。
01:28:18
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