じゃあその前にですね、ちょっと秩父34カ所について、もう少し聞きなじむのない方もいらっしゃると思いますので、説明していこうと思うんですけど。
先ほど言った日本百貫論っていう、100カ所のお寺を巡ることでご利益を得ようというようなイベントというか、そういった巡礼があるんですけど。
先ほど西国万土秩父っていう3つのエリアに分かれてやってますっていうような話があったんですけど。
一番最初に成立したのは西国33所って言われる近畿地方の方ですね。
西が最初なんですね。
そうなんです。
京都を中心とした近畿地方を巡る不打症になってまして、平安時代ぐらいには成立したというふうに言われているようですね。
思いのほか古いですね。
それに倣う形で関東地方でもやろうということで万土33カ所が鎌倉時代あたりに成立したというふうに言われてます。
やっぱり時の勢力者のところに集まるんですね。
まさにそういうことですね。
当時は町民が巡礼するというよりは、いわゆる貴族だったりとかあるいは武士の階級の位の高い人たちがこぞってやるというようなイメージが強かったみたいなので、
やっぱりそういう権力者が集まっているところがやりやすかったというか設定されやすかったということですよね。
そうですね。
ちなみに万土33カ所というのが、まさに鎌倉がスタートになっていて、
そこから東京湾をぐるっと回るようになっていて、
ぐるっと回って最終的に千葉の方に行って、船で渡って鎌倉に戻るみたいな、それで一周できるみたいな二者構成になってますね。
そういう流れなんだ。
なので鎌倉に住んでいる人が回りやすいというような形になっていたというわけです。
回りやすいと言っても結構行きづらいところに多いですよね。
めちゃくちゃ多いですね。
袋田の滝の山奥の方とか、すごいところにいくつかありますよね。
すごいところにあります。
特に今おっしゃっていただいた袋田の滝の辺りにあるやつが最高難易度ですよね。
到達難易度高いやつですね。
確か冬行けないんですよね。
そうです。山が道が残されちゃって。
そういうことも昔設定された札所なので、今行きやすいかどうかとかあんまり関係ないっていったところがありますよね。
そうですね。
こういう西国バンドっていうのがあって、その後に秩父札所っていうものが出来上がってくるんですけど、成立年代に諸説がありまくりまして、
公式で歌ってるのは1234年っていう文歴か文略か分かんないですけど、元年に成立したっていうような説がありますと。
それとも結構古いですね。鎌倉時代かな。
そうですね。上級のランの後ぐらい。
実は最初は他に習って33箇所だったんですね。
そこから百観音っていうものに揃えるために1箇所増やして34箇所になったと。
なるほど。
みたいですね。
なので、そもそも33っていう数字が、観音菩薩が変化する姿の数らしくて、なので救うべき相手によって姿を変えて説法しますよっていう意味で33っていう数字がキーワードになっているというところです。
当初はもちろん、設定されて間もなくぐらいは1番札所の場所も今の1番じゃなくて、今でいうところの17番札所が1番だったりして。
そうなんだ。
はい。なので時代によって変わっていってるんですよ。
っていうのが、この日本百観音って呼ばれる巡礼は江戸時代になってくるとだんだん町民とかが参加して、いわゆる江戸に住んでる人たちが秩父に行って巡礼するみたいな、そういった流れが出てくるんですよね。
なるほど。
そうすると江戸から行きやすいところに1番札所あった方がいいじゃないですか。
確かに。
っていうこともあって、江戸から1番近いところだったお寺さんが1番札所に変わったみたいな流れがあるみたいですね。
なるほど。
なので江戸から行くと本当に一周してうまく回って、また江戸に帰りやすくなるっていうような、これも江戸を中心として実はルートになっていて、札所の番号がついているみたいな感じみたいです。
江戸時代にこの町民文化が栄えて、庶民の巡礼が増えていくわけなんですけれども、観音菩薩の利益っていうのがめちゃくちゃすごくてですね。
ざっくり言うと観音の名前を唱える、言うだけで現世の様々な困難を避けてくれて、さらに心で観音様を念ずることで様々な苦しみを取り除くっていう感じなんですね。
南無観世音菩薩ってやつですか。
まさにその通りです。あれを念じたり発したりすることで、現世だけじゃなくて来世も救ってくれるっていうスーパーすごい存在なんですよね。
なるほど。
ということもあって、江戸、庶民の間でめちゃくちゃ流行りまして、
町とか村単位、あるいは集落単位で巡礼行って言って、組織を作ってみんなで行こうと。
で、百観音、それこそ秩父だけじゃなくて、坂東、西国っていうものを回った後には、全部100ヶ所、回りましたよっていうような記念碑みたいな石碑を村とかで建てたりするんですね。
西国、坂東、秩父、百観音、供養塔みたいな、書き方はいろいろあるんですけど、そういう石碑がありまして。
私、趣味で日本全国いろいろ歩いてるんですけど、この百観音供養塔めちゃくちゃ日本全国どこでも見かけるんですよ。
やっぱりみんなやるんですね。
そう、めちゃくちゃ流行ってたんだなっていうふうに思いますね。
特に江戸時代こういった巡礼が流行ってくるとですね、もちろん江戸の人たちだけじゃなくて、日本全国の、つつ裏裏の人たちが巡礼に行きたいというふうになっていくわけですよね。
ただやっぱり関西とか関東とかあるいは秩父に近いところはいいですけど、遠いところの人たちはどうしても出向くのが大変と。
そこで町や村の人が思いついたのが、自分の町の周辺にあるお寺を33箇所、不出所に指定して、それを回れば同じようなご利益が得られるようにしようというような取り組みですね。
それであちこちにあるんですね。
そういうことです。過去に黒麦さんが第5回ですかね、カビカワ・コダマ・ミサトの紹介をしてくれたとき。
ああ、あの辺もあるんですよね。
そうそう、あそこでコダマ33例状の話をしてくれていて。
はいはい、しましたね。
一応、33例状ができた経緯は別途あれど、多分こういう万能とか秩父とかそういったところの取り組みに倣って、33個の不出所を作ろうというふうにやったんじゃないかなというふうに思いますね。
なるほど。
そんな感じでですね、100巻のあるいは33箇所を回るっていうようなことが日本全国でいろいろやられるようになってきているということがありまして、
じゃあ私がその秩父の巡礼っていうのを何でしたのかっていうところだったり、ちょっときっかけみたいなところを少し話したいと思うんですけど、
実施したのが2014年なんですよ。
結構前ですね。
14年なんで12年前ですね。
で、きっかけが、どっかの駅で秩父の巡礼のポスターを見かけたんですよ。
そのポスターが馬戸市総会長って書いてあって、
秩父は不出所の本尊さまは、普段は秘仏っていう形で見れない形になってるんですけど、
この12年に一度、馬戸市の都市は総会長ということで、各お寺の本尊をご会長するっていうことをやっていたと。
ということで、そのイベントのポスターが貼ってあって、行ってみようかなってそれを見て思い立ったんですよね。
っていうのがきっかけではあったんですけど、
ちなみに黒麦さんっていつ行ったんですか?
そうですね。結構前ですねと人に言っておきながら、私もたぶんそのぐらいだったと思いますね。
そうなんだ。なんかきっかけとかあるんですか?
きっかけは私はとにかく歩きたくて歩きたくてっていうところで。
あんまり人がいっぱいいてゴミゴミしてるとこは嫌だなと。
なのでちょっと里山というか田舎というか、そういうところを歩きたいなと思って。
なんかネタないかな。ただ歩くだけでもいいんですけど、どうせ歩くならネタがあったほうがいいので。
なんかないかなと思って、Googleマップか何かを確かつらつら見ていったところ、
そういえば秩父に札書あるじゃんと思って、じゃあ試しにやってみっかっていうぐらいの割と軽いノリだったと思います。
じゃあ総会長の年ではなかったって感じなんですかね。
そうですね。総会長はその当時は知りませんでした。
なるほどなるほど。そういうことなんですね。
もう本当にただ単に面白そうなものがあるから歩いてみようってそれだけですね。
おーすごい。なかなかそういった発見で見つけてくる人もなかなかいなそうだなっていうふうに思ったりするんですかね。
そうですね。なんか巡礼ありきっていう感じではなかったですね。
っていうことなんですね。いや面白いな。なるほどな。
その34ヶ所の巡礼は秩父地方に点在してるわけなんですけど、秩父市だけじゃなくて横瀬町、港の町、小川の町そういったところにも札書が点在してるんですよね。
そうですね。
で、札書が密集してるところもあれば、さっきの坂道みたいに山奥みたいなところもあるんですよね。
だから札書から札書まで歩こうと思うと本当に半日とか1日かかっちゃうみたいな。
そうなんですよね。
そういうような場所も。
最寄駅から通う3時間みたいなところがね。
そうそうそう。そういうのもあるんで。歩かなくてもね、車とかバスを使ったりとか。
そうですね。
あとはバスツアーみたいな感じで集団で回ってる人なんかも多くいたなっていう印象でしたね。
そうですね。
逆にその馬戸市の総会長じゃない都市も結構巡礼とかしてる人はいたんですか?
そんなに多くはなかったですけど、ちらほらは巡礼してる方いらっしゃいましたし、
ちょっと面白かったのがやっぱり1日で回るにはちょっとさすがに辛いので、
何回かに分けて行ったんですけど、毎回見る人いましたね。
なるほどね。
多分同じぐらいのペースで回ってるお坊式。
ちゃんと白いお坊さんみたいな上着着て、それっぽい格好した、
私なんかよりもちょっとガチな感じのおじいちゃんが、またあのおじいちゃんいるなっていう感じでしたね。
じゃあ結構そういう総会長みたいな都市じゃなくても、そういうちゃんとした形でやってらっしゃる方もいるんですね。
多分お好きな方はあんまり関係なく普通にやるんじゃないですかね。
なるほど。
もしくは何かお祈りしたい何かがあったのかもしれませんけど。
まあ確かに、それこそもうこれ何週目ですみたいな人も私いましたね。
そういえば。
ご新聴みたいなのをチラッと見せていただいたんですけど、
一つのご新聴にも何重にも何重にも書くみたいな、これ何回目だろうみたいなご新聴を見せてもらって、
ここにはすごい気持ちが乗っかってんだなみたいなことを思ったりはしましたね確かに。
ガチ勢というか。
確かにな、それこそ地元の方とか近い方だったら、
プラッと行ってというか、行って毎週末ちょっと歩くみたいなこともできなくはないところではあったりするんですよね。
札書は1番から34番までナンバリングされているわけなんですけど、
これ1番から34番まで順番通りに回ると順打ちって呼ばれてるよくある巡り方になっていて、
逆に34番から1番にカウントダウンしていく回り方、逆打ちって言うんですけど、
これチチムの札書に限らずですね、一般的に逆打ちの方がご利益が高いっていうふうに言われてたりするので、
もしかしたらそういうことをやられてる方もいらっしゃるかもしれないですね。
ちょっとやってみようかな。
逆打ちはいいんじゃないですか、面白いと思いますよ。
前にやった時は1番から普通に行ったので、なるほど、そういうやり方もあるんですね。
あります。逆打ちだと、チチムの場合はよくわかんないですけど四国88箇所の場合って、あれって工房大使が開いたっていうふうに言われてるんで、
工房大使が順打ちで回ってるから逆打ちで回ると工房大使に会える可能性があるみたいな。
っていうことでご利益が高いみたいなことになってるらしいですね。
ただ、ルートマップとかが結構順打ち基準になっているので、
確かに。
結構そのルート取りとかは大変かもしれないですね。
そうですね。
そんな中、私がやった巡礼方法が多分ちょっと特殊で、
全てを徒歩で順打ちするっていうやり方だったんですよね。
そう、コケさんのやり方は結構すごいなと思って聞いてましたね。
なかなかやらない…黒森さんってどういうふうにやったんでしたっけ?
私はもう今日は何番から何番行こうって言って、最寄りの駅で降りて歩いて、
最後のお寺の最寄り駅から帰って、次はその次のお寺の最寄り駅から始まってみたいな感じで。
1階1階を始まって終わるみたいな感じだったんですけど。
道中は歩きなんですか?
道中は基本ずっと歩きでした。
さすがにちょっと最後の34番だけはあまりに疲れたので、ちょっと帰りバスに乗っちゃいましたけど。
なるほどなるほど。そういうことなんですね。
基本的に最初に電車を降りたら、最後駅に着くまではずっと歩きっていうのは基本的にやってました。
なるほど。私もその場所まで行くのは、それこそ電車とかバスとかで行ったりとかするんですけど、
基本的に1日に歩いた最終地点にまた次の来るタイミングで戻ってから歩き始めるっていうやり方なんですよね。
最後にその日の最後のお寺がセーブポイントみたいな感じっていうことですね。
そうです。そういうことです。
だからその複数の日のルートを合わせると1本のちゃんとルートになっているっていうような歩き方をしていたっていうのがちょっと特殊ですね。
そうですね。こだわってるなって思いましたね。
私普段他の散歩とかもやってるんで、基本的に同じやり方なんで、このやり方でやってるっていうところはあるんですけど、
しかも秩父の場合って秩父の巡礼古道っていう古くからの巡礼堂っていうのが残っていて、それが地図公開されてるんですね。
多分街中で案内板とか巡礼堂っていう札とか見かけたと思うんですけど。
ありますね。
あれ基本的には巡礼古道みたいな古い道をできるだけトレースした道のりになっているっぽいですね。
そうなんだ。
ところどころ違うところはあるんですけど。
なんで私はその地図つなぎで一本ずっと歩く、もちろん複数日ですけど、歩くっていうのと、
プラスその古い道、巡礼古道っていうのを歩くっていうような方法でやっていったっていうのがちょっと特殊というようなところですね。
ちなみに先ほどの話だと、やっぱり衣装とかは特に何も買ったりとかはしなかったって感じですか?
もう先ほども言いましたけど、巡礼というよりは歩くことそのものが目的だったので、衣装も御身長も何もなく都市空間で臨んでおりました。
そういうことなんですね。なるほど。
確かに本格的にやろうとすると、衣装だと白い追いずるって言われる白衣みたいなやつとか、
すげ傘かぶって金剛杖持って和袈裟もかけて地霊持ってみたいな、四国のおへんのイメージですよね。
はい。
ただ、秩父の巡礼の公式ページにも、服装自由で歩きやすい格好で来てくださいみたいなのが書いてあるんで、
そうですね。
まあまあその辺はあんまり拘らなくてもいいのかななんていうふうに思ったりはするんですよね。
私も特にこういう衣装は用意しないでいきましたね。
そうなんですか。
ただ、いわゆる農協庁ご主任庁は一応持っていたというところで、
なので私の場合は、お寺についてからいろいろやることも本当は正式だと多いんですけど、
例えば線香を備えたり、ろうそくを備えたり、納め札を奉納したり、
あとは本当だったら読経とか社経とかいろいろやる工程があったりとかするんですけど、
私は観音堂の前で般若心経を読んでご主任庁をもらうっていうこのステップだけやったって感じです。
般若心経まで?
般若は一応ね、本当形だけですけど。
素晴らしい。
本格的にやろうとすると、お寺お寺でいらっしゃる観音様が違うので、その観音様に向けたお経が違う。
だから本格的にやろうとするとそういうことをやったりとかしたりするらしいんですけど、
もう私はちょっとわからなかったんで、般若心経だけって感じでしたね。
なるほど。
もうだいぶ前、私も12年くらい前なんで、あんまり正直覚えてること覚えてないこといろいろあったりするんですけど、
道中だったりとか、あとは気になる札書とか覚えてることってありますか?
そうですね、やっぱり印象が強いのは34番の水仙寺ですかね。
とにかく遠い。
あれはどこだっけ?大野原…南野駅でしたっけ?
南野駅が多分一応最寄りだと思うんですけど、
南野駅から歩いて3時間半とかだったと思うんですよね。
南野から歩いたんですか?
歩きました。
それはすごい。
まあ行けるやろうと思って3時間半歩いて山を登って、
水仙寺にたどり着いてお参りをして、
近くにお茶屋さんみたいなお店があったので、コーヒーかなか飲んで。
なるほど。
確かちょっと先に行ったところに秩父華厳の滝っていうのがあるんですよね。
なんか滝あるやんと思って、ちょっと滝を見物して。
すごいな。
疲れたと思って。
ふっと見たらバス停があって、もうすぐバスが来るっていう時間だったので、
最後ぐらいええやろと思ってバスに乗って帰ったという思い出の地ですね。
いいですね。私34番は33番から歩きで行ったので、
いわゆるハイキングコースなんですよね。
山の中を。
山の中をもう一回ガーッと登って、ガーッと下って水仙寺みたいな感じだったので、
もう疲労困敗であんまり何も覚えてないっていう。
全然覚えてないです正直。
でも歩いて下山してですか?帰りは。
帰りは水仙寺の前のバスに乗って帰りました。
仲間だ。
もうここで俺のふだしょめぐりは終わりや。
そうですね。最後までお参り通しましたからね。
一応ね。
あとは無事に帰るっていう意味ではバスを使っても全然アリだと思ってます。
そうですね。結構本数少なかったり、
あとはこれ私生まれの総会長の年に行ったので、結構バスパンパンだったんですよ。
なるほど。結構お客さん多かったんですね。
そうなんですよ。結構ギリギリ乗れたって感じでやばかったですけど。
それも乗れてよかった。
そうですね。それはよかったなと思ったり。
あとはそうですね。私結構思い出に残ってるのが、
26番の遠雄寺の奥の院。
岩井童貞奥の院があるんですけど、行きました?覚えてます?
奥の院は多分行ってないかな。26番ってどの辺でしたっけ?
26番は影森とかの辺りかな。
ああ、はいはいはい。
地鶴鉄道沿いにずっと歩くようなエリアですよね。
そうですそうです。
あの辺も結構楽しかったな。
そうなんです。遠雄寺行くだけだったら多分関係ないんですけど、
奥の院に行くためには工場の敷地を突っ切って行かないといけないんですよ。
その当時の昭和殿校だから今でいうレゾナックだと思うんですけど、
その工場の敷地内を通って行くっていう配特感がまずは面白かったっていうのが。
それはちょっと普通に面白そう。
なかなかないけ、こういう歩き方していいんだっていうの初めてやったので。
なんか入っていいんですか?みたいな感じだよね。
そうそう。
で結構上の方に岩井堂っていうその堂も多分崖作りだと思うんですけど、
結構見た目危ない感じ。
清水の舞台みたいな。
はいはいはい。今ちょっとグーグルマップを見て、なるほどと思っています。
確かに工場の奥ですね。
その岩井堂がずんとあってっていう感じだったので、
結構それを見た時の感動も少し等しいというか感じだったりするので、
そこも雰囲気良かったですね。
次行く時は行ってみよう。
要は是非。これは工場の敷地も入れるし。
これは一応工場の方も了承はしてるんですよね?
してますしてます。工場の前に突っ切る人はここ通ってくださいみたいなこと書いてあった気がします。
なるほどなるほど。
多分主演さんに一言挨拶するんだったかな。中正一会いましたっけ?
なるほど。巡礼ですって。
そうですそうです。
なるほどね。
っていうのが面白かったなーなんて思ったりしますね。
なかなかそういうところも入る機会ないですからね。そういう意味でも。
そうですね。あとは28番の橋立堂とかね。
橋立堂はどこだっけ?
岩壁がすごい競り立って、小入堂があるところです。橋立小入堂があるところ。
はいはいあの辺か。なんとなく覚えてます。
あれは見た目がすごかったっていうのはあったりしますけどね。
ちなみに道中って、
私と多分見てる風景違うと思うんですけど、
5番から6番の間に寺坂の棚田とかがあるんですけど、
あそこって見ました?
いや多分通ってないんじゃないかな。
そうなんだ。
寺坂の棚田は別で行った時に単独で見に行ったので。
はいはいはいはい。あそこも一応小道のルート上にあったりするので。
あ、そうだったんだ。
工場バックに棚田が広がって、転送的なところですよね。
そうですね。
あと私がちょっと特殊なやつで言うと、
30番から31番の間で、
場所としては、
新栄川宿で会ってましたっけ?
はいはいはい。
のあたりなんです。
あ、そうですそうです。
あの辺で荒川を渡るっていうことをやって、
川の中を渡るっていうことをしましたね。
橋を通るとかではなく、ジャブジャブと。
あんまり言っていいのかなこれ。
わかんないけど。
昔はここが土地の木坂の私っていう形で、私があったところだったので、
それに倣って渡ってやれっつって、荒川を渡ったりしましたね。
でもGoogleマップをちょっと今見てるんですけど、
確かに川のところで自然に取り入れてる道があっちとこっちにありますね。
まあ多分それですね。
それいわゆる昔の秩父王館ですね。
なるほど。
なのでそこを渡ったっていう。
それもまた面白い経験ですね。
まああんまり真似はしないほうがいいかもしれないです。
ちょっと迂回したところに立派な橋があるので、
それを渡ってもらったほうがいいとは思いますけど。
そんな感じでですね。
道中もそれぞれの札所も楽しいですし、
道中もいろいろと楽しい見どころがいろいろあるというようなのが、
このチチムの札所巡りの魅力かなあなんていうふうに思ったりします。
そうですね。
埼玉県知りたがりラジオ埼玉ニアクス。
この番組は各種ポッドキャストプラットフォームとYouTubeで配信されています。
ぜひ番組のフォローやチャンネル登録などお願いいたします。
番組宛にご意見ご感想などありましたら、
番組説明欄にGoogleフォームのリンクがありますので、そちらから何でもお寄せください。
ということで、チチムの巡礼について黒海さんとお話をしてまいりました。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
でですね、注目すべきは今年令和8年。
はい。
馬年だってことですね。
馬年ですね。来ちゃいましたね。
ということで、総会長ということで、今まで見れなかった仏像が見れてしまうと。
見れてしまうと。
なのでですね、もうそのご会長期間が始まっておりまして、
続々と今皆さん巡礼に行ってらっしゃる方もいるというような状況みたいです。
なんか一番話に聞くと、一番札所ではその一番目って御朱印帳買って、
その御朱印に一番目に御朱印をもらわなくちゃいけないんで、ちょっと時間かかるんですね。
っていうので、結構列になってるというような話を聞きました。
一番札所ってあれですよね。和道袋屋とかあの辺のちょっと山の際にあるとこですよね。
そうだと思う。私和道袋屋から行ってないんですよね。
あ、そうか。大野原とかそっち側?
私はですね、島淵には、私変な行き方しちゃったので、
かゆにた峠の方から歩いて入ってくっていうことをしたので、
どこから行ったんだろう。電車どこで降りたか忘れちゃいましたね。
伊里かな、小川町かな。
随分山越えていったんですね。
あ、そうです。山越えちゃったんですよ。
すごい。さすがですね。
一応その道が江戸から入る道だったっていうところがあったので。
なるほど、確かに。こだわりだな。
謎のこだわりですね。当時はちょっとイカれておりました。
っていうこともあってですね、いろいろ盛り上がってるみたいなんです。
総会長って、実は今年馬年の期間ずっとやってるわけじゃなくて、
11月30日までなんですね。
そうなんですか。
年末までじゃないんですよ。
私はこれに気づくのに初めてから気づいたことがあって、
スケジューリングめちゃくちゃ苦労したっていうことがあるので、
皆さんお気をつけくださいっていうところがあるんですけど。
割と冬の方が歩きやすいといえば歩きやすいから、
私も行ったとき12月の年末とかにまとめて、
今週も来週もみたいな感じで一気に片付けた記憶があるんですけど、
そうか、12月はもう終わってるんですね。
そうなんです。なので総会長に間に合わせようとすると、
ちょっと早めに終わらせないといけないって言ったところがありますね。
なるほど。
あと最近はクマの出没の話もあるみたいなんで、
それも気をつけてほしいですね。
夏はクマが元気ですからね。
そうですね。
12年前でもクマ注意の看板に至るところにあったって、
今は多分もうちょっと活発なのかなっていう気はしますね。
実は巡礼の公式サイトを見に行ったら、
クマップっていうのがあって、
クマこの辺で目撃情報ありますみたいな、
羊山公園とかあの辺でも普通に目撃情報出てるみたいで、
結構普通に駅に近いところとか出ててびっくりしますよね。
そうなんですよ。結構街の方に普通にいるみたいなので、
行く方は注意しないとですね。
ちゃんと鈴とか持って。
鈴は必須ですね。
それこそ私の言った巡礼古道っていう古い道を歩いてみたいっていう方も、
もしかしたらいるかもしれないんですけど、
一応ルートが秩父観光ナビっていうサイトにマップが公開されているんで、
見ていただきたいんですけど、
めちゃくちゃ注意書きがいろいろあるので、
いろいろ気をつけて行ってくださいっていう感じです。
マップを作った時には通れたけど、
今は通れなくなってる道とかもちょこちょこあるって言ったところかな。
崩れたりしますからね。
そうですそうです。
なので私が通った時には、
崖沿いみたいな道があったんですけど、
そこももう通れなくなってたりするので、
ちょっとそこは気をつけてほしいですね。
普通に熊だけじゃなくてね、
山の方なんで、
スズメバチとかヘビとか普通にいろいろいますからね。
そうですね。
いろんな普通の山登りの対策をしていった方がいいところもあるかもしれないですね。
そうですね。
番号が分かり当たり秩父駅の周辺とか、
あの辺は普通に街歩きの格好でいいと思うんですけど、
山の方行くときはちょっと注意が必要かなっていう。
そうですね。
今年の総会長、ジーアルフィーとコラボしてるんですよ。
アルフィーってバンドローですよね。
バンドローアルフィー。
桜井さん。
サングラスか。
サングラスの方が秩父出身。
坂崎高見沢が馬年生まれっていうことで、
しかもジーアルフィーが活動、
去年かな?50周年みたいなことだったので、
なのでアルフィーとコラボした、
今歌衆院っていう、歌に衆院と書いて歌衆院っていう、
アルフィーデザインの御衆院をもらえるらしいです。
すごいな、設定もりもりだ。
なので本当にジーアルフィーのファンの方がこぞって今秩父に向かってると思いますので、
例年よりも混雑が予想されますので、
ぜひ皆さんご気をつけて行っていただければなと思います。
時間に余裕を持って。
今の時期ならいいですけど、だんだん冬とかになってくると、
暗くなるのが早かったりするので。
山に囲まれてますからね秩父は。
あっという間に暗くなっちゃうから。
時間配分も気をつけていただいた方がいいですね。
そうですね。
ということでぜひ皆さん秩父の巡礼行ってみてはということで、
秩父の巡礼のご紹介でございました。
ぜひ行ってみてください。
ということで本日はありがとうございました。
ありがとうございました。