1. りゅうちゃんの独り言
  2. #165 社会の側から見てみた
#165 社会の側から見てみた
2026-09-28 20:01

#165 社会の側から見てみた

🎧#164 社会にさせられてないか【人生気付いちゃったよシリーズ】


前回たくさん反響をいただきました/今日は社会の側から/個人主義に振り切ることへの違和感/社会も個人の上に成り立っている/個人と社会は分けられない/原因と結果はイコールにならない/時代が変わると価値観も変わる/気づいたうえで選ぶ/かんちゃんのんちゃんのYouTube始めました


【みんなの独り言(質問·感想何でもフォーム)】


🐕️わんこのお気に入り写真、集めています!🐕️

🐕️かんすけ・のんのLINE絵文字🐕️

🐕️かんちゃんのんちゃんYouTube🐕️


【SUZURI】


【instagram】


りゅうちゃん

1997年、大阪生まれ、徳島在住。関西大学人間健康学部卒業後、大手人材会社に就職。2年で退職し、お寺の一角を借りて2023年「対話する、図書館:遊観(ゆうかん)」を設立。武蔵野大学大学院人間学専攻在学。

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

サマリー

前回の「社会にさせられていないか」という個人側からの問いを受け、今回は社会の側から個人との関係を考える。個人主義に偏ると、結婚や子どもの問題のように個人の選択が家族や集団を巻き込むため、単純に「自分がよければいい」とは言い切れない。社会は規則や制度によって個人を動かそうとする一方、社会自体も個人の集まりの上に成り立っており、個人と社会は分けられない。自分の好みややりたいことにも、社会に思わせられた部分と心から望む部分が混在している。結婚の形や倫理観の例を挙げながら、価値観は時代によって変わり、AIやロボティクスなどの技術発展は働き方や内面も変えると語る。伝統を残すことも大切だが、社会の変化に気づいたうえで選択することが重要だという。物質的な便利さだけでなく、昔の助け合いや共有にも豊かさがあったと振り返り、立ち止まって人と話し内省する余白を勧める。自身の過去の発信を聞き返すことでも、当時の思い込みや社会に支配されていた部分に気づけると話す。最後に、AIを使いながら犬のかんちゃんとのんちゃんのYouTube発信を始めたことを紹介する。

個人主義から社会の側を考える
前回の放送、3回もお聞きました。
おはようございます、RYUJIです。 今日もよろしくお願いします。
今日は、6月25日金曜日、11時お昼です。
よろしくお願いします。 この後、僕は大阪行くんですよ。
ゆっくり喋りたいところなんですけれども、 駆け足になってしまうところもあるかなと思うので。
ただ、今日話したいことがありましてですね。 よろしくお願いします。頑張ります。
前回の放送、それこそ、日頃に比べればたくさんの方々から 反響をいただきまして、コメントだったりとか、
聞いたようだったりとかね、色々いただきました。 ありがとうございます、本当に。
僕も最初に言った通り、3回、4回くらい聞いて、 もう一回聞き直したりとかしてて。
それなりに、僕自身も話し合った時とかは、 よく喋れたなぁみたいなことも思いつつ。
ただ、その後もまた他の人と喋ったりとか、 そんなと考えることがあったりとかして、
今日はそのことについて話していけたらなと思うんですけれども、 前回どんな話したかっていうと、
社会が個人に内面化しすぎてるから、そうしちゃうと、 やっぱり自分がやりたいとか好きとか嫌いとか、
色んな感じをそもそも、それさえも、 社会の側に寄ってしまってしまう。
知らぬ間に社会人として、文字通りの社会人として 振る舞ってしまうみたいなことが、
気づかないうちにあるのではないかな、 みたいなことを話しました。
で、今日はその反論じゃないけど、 そこからまたちょっと考えたことを話そうかなと思います。
反論というかね、社会の側から、 前回は個人の側から見て問題提起だったけど、
今回は社会の側から実験的に見てみようではないのかな、 みたいなことを思います。
社会って言うとやっぱり個人じゃないから、
なんていうか、掴みどころがないというかね、 難しいところがあるかなと思うんやけど、
ちょっと実験的に、思考実験的に考えていきたいなと思います。
で、前回ね、社会に入り込まれすぎてるから、
個人の内発的なものだったりとか、 気づきづらいんじゃないかな、みたいな思ったんですよね。
でも、それを行きすぎるとね、やっぱり個人ベース、個人主義、 個人自由主義だったりとか、自由主義だったりとか、
そっちに走ってしまうわけじゃないですか。 それは別に批判したいわけじゃないんやけど、
ただ、個人主義、自分が良ければ、 まずは自分が良ければいいというか、
自由主義というか、自由が一番だみたいなことにも、 なりかねないじゃないですか。
そこに多分、僕も違和感があって、それこそ結婚の話。
学生4人とか、他の子らとも喋って、結婚の話になって、
突き詰めたら、エゴだよねみたいな、 自分個人の思いだよねってなったんやけど、
けど、やっぱり結婚とか、子供問題とかみたいな話って、 個人の問題だけでは済まされないところが多々ある。
その相手のパートナーだったりとか、 その奥、両親、自分の両親とか、
相手方の両親とか家族とかの関係性もあるから、 それだけでは済まされないところがあるから、
個人の問題から出てきてはするんやけど、 その集団を巻き込むことになっていくから、
それって良かったんだっけ?みたいな、 個人エゴ?
で、エゴでするんやけど、結局はエゴなんやけど、 集団を巻き込んだエゴになっちゃうから、
それって良いんやっけ?悪いんやっけ? みたいなことを思って、
そこにちょっと多分違和感を持ってたなと思います。 前回の、また聞き直してくれたら、
そこに僕多分違和感を持ってたと思うんやけど。
個人と社会は分けられない
で、今回はその社会の側というか、 集団的に個人が自由にするのはどうなんだろう?
みたいな話をしようかなと思うんやけど、 僕もこの結論というか、
どうやって考えていこうかな?みたいなことは思ってて、 まずはでも最初の問題ですよね。
個人主義ばっかりになってしまうと、 個人同士のぶつかり合いが出てくるわけですよね。
で、社会では個人の意見ばっかりを採用すると 収集つかなくなるから、
だから規則とかルールとか決めるわけですよね。 制度とか法律だったりとか。
で、だから社会という漠然としたものから言うと、 個人というものはない方がっていうか、
うまくこちらの意図的に動いててくれた方がありがたい。
だからそのエゴとか出さんといて、 みたいな思うわけですよね、社会の側としては。
だから知らず知らずのうちにウイルスみたいに 内面に入っていくみたいなところがあるのかな?みたいなのを思うし、
でも逆に社会もやっぱり個人の集団から 機能的に出てくるというか、
この集団、個人個人個人個人個人が集まっての集団だから、 集団では社会だから。
その社会側にも個人が内面化してしまってるみたいなところ。
内面化というか、創世ざるを得ないというかね。
社会っていう存在自体が個人の上に成り立ってるから、 個人が入れざるを得ないというかね。
そのギブアンドテイクなのかな? わからんけど、似たり寄ったりというか、
行ったり来たりする感じなんかなと思います。
社会の側も、会社でいうと、やっぱり動いてて欲しいわけですよ。
何も言わずに働いて欲しいわけですよね。
規則に沿って、規律を守って、仲良く、 自分たちの利益を生み出したりとかして欲しいわけですよね。
自分自身、社会、会社自身が成長していくために、 個人、社員にはちゃんと動いてて欲しい。
社長でさえもね。
ステークホルダーとされる株主だったりとか、 購買者だったりとか、クライアントだったりとかにも、
ちゃんと良い関係で保って欲しい。
その良い関係を保つために、規律というかルールを決めて、 個人に働かせるみたいなのがあるから、そうですよね。
だから、社会としても、エゴを出されると、やめて欲しいわけですよ。
いや、そのルール、ちょっとこれって疑ってるんですけど、 個人からね。
個人からこのルールちょっと違うかなと思うんですけど、 みたいなこと言われて、え?みたいな。
社会の側としても、会社の側としても、 いや、そんなこと言われてもな、みたいな。
いや、これ決まってたし、みたいな。 決まってきたんやけど、みたいなことがあるから。
そういう気持ちになるんですよね、社会の側も。
面白いなと思った、それが。
だからまあ、個人は社会に内面化されるし、 社会は個人の土台の上に成り立っているから、
個人を入れざるを得ないし、みたいな。
これやっぱり、分けられないですよね、こうなってくると。
原因と結果、内面化される望み
分けられないね、確かに。
だから自分は個人であり、社会でもあると。
で、やっぱり会社で働いてても、 これ好きな作業だなーとか、
この相手好きだなーとか、 でもこの上司嫌いだなーとか、
なんかこの研修する、教える側になるの、 あんまり好きじゃないなーとかってあると思うんですよ、
個人の気持ちとしては、それやっぱりね、そう。
けど、やっぱり社会っていう会社の一員だから、
まあその、ある一定のルールの上では、 やっぱりそれをしなきゃいけなかったりとか、
せざるを得なかったりとかすると。
で、それの故に、それが故に先週言ったみたいな感じで、
この自分がしたいことさえも、
社会の側から出てきてしまっているのではないかな、みたいな。
だから、仕方ないところもあるんかなーとも思ったんですよ。
まあ、この原因、結果がわからないっていうのも、 僕は常々そう思ってるんやけど、
何が原因で、その原因があったからイコール、 結果がこれだよね、みたいな。
これイコールでちゃんと繋げれないなーと思ってて、
いろんな原因があるし、生まれも違うし、 遺伝もあるだろうし、
環境がいろんな場面で変わっていくし、 いろんな原因があるから、
結果って一つにまとまらないなーと思ってるんですよ。
それはもう、不可分?
無限に広がってるから、原因っていうのはね。
つまり、結果っていうのも無限に広がっていくから、 原因イコール結果にはならないなーと思ってるから、
まあ、そうやなーと思うんやけど。
だから、個人がこれやりたいな、これ好きだな、嫌いだな、
こういうの僕やってみたかったんだなーって 思ってることさえも、
社会の側から思わせられてるものもあれば、
ほんまに自分が心からやりたいって 思ってることもあると思ってて、
やっぱりそれは先の原因結果の話と同じで、
社会からやらせられてるものもあれば、
そう思わせられてるものもあれば、
自分から思ってるものもあって、
ここはやっぱり不可分。
分けられないなーって思う。
はい。
そう思ったなーって話なんやけど。
ただ、先週の話はそこにやっぱりメスを入れるというか、
気づきを与えるっていう意味でも、
僕はそう思っていきたいなと思ってて、
やっぱり社会の側からやらせられてることも、
ゼロじゃないっていうことが一つ気づきだと思うし、
そこに気づくことで、
自分のアイデンティティを保とうとしたりとか、
あ、これ違かったんだって思えたりとか、
それいろいろ気づきがあるかなと思うんですよね。
で、それを気づかせられる。
時代と技術が変える価値観
例えば結婚って当たり前じゃなかったりとか、
一夫多妻制が当たり前な時だってあっただろうし、
逆に言ったら、
男婚がオールドじゃなくて、
普通な感じである時代もあったわけで、
そうそうそう。
だから、
価値観がね、
やっぱりコロコロ変わっていくんですよ。
時代によって広いスパンで関わっていく価値観倫理もあれば、
コロッと変わってしまうところもあるかなと思ってて、
それこそ、
AIとか新しい技術が、
ロボティクス、
身体機能を持ったAIとかも出てきたりしてて、
本当に技術がすごい発展してるから、
技術が発展してきたら何が変わるかって言ったら、
働き方だったりとかが変わってくると。
働き方が変わると、
こっちの思考が変わるんですよね。
だって僕たち社会の中で生きてるから、
社会って言ったら仕事が大半だし、
働くってなったらその時間の大半だし、
働くが変わると、
やっぱりこっちの考え方とか機能とかが変わってくるわけですよ。
それはこれまで言ってきた通り、
社会と個人不可分だから、
社会の側の働き方が変われば、
こっちの内面も変わっていくのは仕方ないことで。
で、やっぱりその変えられない時とかね、
それこそ江戸から明治とか、
明治から大正、江戸に、
じゃあ昭和に入ってきた時とか、
やっぱりこう変われないというか、
変わらないというか、
分からないとか、
気づかないとかっていう人って言ったら、
ちょっとあれだけど大きすぎるけど、
やっぱりそうなってくると、
生きづらさが出てきたりするわけですよね。
その生きづらさって言ったらちょっと大きすぎるんやけど、
変われないことが悪いってわけでもないと思うんですよ。
伝統を大事にするとかって本当に大事だと思うし、
文化とかそれこそね、
継承されてきたことって本当に大事だと思うものもあるし、
残していくべきだと思うものもあるから、
歴史だしね、それが。
便利さと昔の豊かさを見直す
そう、やけどやっぱりこう変わった時にはね、
それもやっぱり気づくというか、
どっちでもいいと思うんですよ。
変わろうとしないって思ってもいいんやけど、
でもやっぱりその時代の流れとか、
その価値観変わっていってんなみたいなことやっぱり
気づくべきだと思うんですよね。
それの上での選択が大事かなって思ったって言うと、
多分選手の話の結論だと思うんやけど、
だからその社会変わってんなっていうのを
都度都度見ていかないといけないし、
それこそ今本当に時代の変わり目って
本当に誰もが言ってるみたいにAIも出てきたし、
ほんまにもう僕もそうですけど、
AIに助けられてるしね、
もうすごいじゃないですか。
AIだけじゃなくてもさ、
やっぱり洗濯機とかさ、電子レンジとかさ、
車とかさ、便利なものがたくさんあるわけですよ、
これまでも。
で、やっぱりその技術も機械も発展、
発達発展していってるから、
それによってこう僕たちの生き方、
生活、暮らしが変わっていってるわけで、
そうなってくるとまた社会が変わってきてるから、
自分自身も変わってきてるわけで、
まあそれこそね、
これが豊かだなって思ってたことが、
何だろうな、
今は揃いをしないことによる豊かさがあったりとかね、
今はこう物質的な豊かさがあるけど、
昔は、何だろう、こう威迫があったりとか、
なんかみんなで、社会で、会社で、
この畑みんなで作ったりとか、
米みんなで回して食べたりとか、
こうお隣さんの、何だろうな、助け合いとか、
お裾分けがあったりとか、
みたいなそれが豊かだね、
みたいなことを思ってた時もあって、
それがまたね、時代が回って、
逆に今その物質的な豊かさがあるけど、
昔のその豊かさが大事だったんだって気づけたりとかね、
まあそうやってこう回っていくわけだと思うんやけど、
まあだって、
それでそうやってこう回っていってるんだなーっていうことも、
気づくっていうことがまず一つ大事だと思うし、
それ何に気づいてるかって言ったらやっぱこう、
社会の流れですよね、
一つ前の時代はこうだったなとかね、
去年はこうだったなとか、
10年前5年前こうだったな、
子供の頃こうだったなと、
今どうなっているのかみたいな、
AIが発達してきてとか、
便利な時代になってきてみたいな、
その便利の裏側の便利じゃない部分って何かなーみたいなとか、
便利になった時の、
その何が便利になったのかとか、
何が短縮されたのか、
何が効率的になったのかみたいなことも、
やっぱ気づかんと流れていくだけで、
気づきを残し、発信する
で、それに気づこうと思えば、
やっぱりこう、
なんだろうな、
誰かと話したりとか、
ちょっと立ち止まってみたりとか、
こう自分で内省してみたりとか、
まあニー企画なり、
まあこうやってポッドキャスターと話すなりとか、
そういうことで気づけることがたくさんあるかなと思ってて、
もう日々日々仕事して帰って、
ご飯食べて寝て、
また起きてご飯食べて寝て、
みたいなそういう繰り返しだと、
やっぱり気づく余地がなかったりとか、
まあ余白がないっていうのはまさにそうですよね、
そう。
で、まあ今過渡期だから、
まあそうなるのも仕方ないなと思うし、
まあ僕みたいなこう、
また別の生き方暮らし方してるからこそ、
こうなんか気づけたりとか、
話せたりとかするところもあるかなと思うから、
まあそういうことも、
まあこれからちょっと発信していきたいなと思うし、
まあ前からも言ったけど、
まあそういうことをね、
まあこうやって誰かと話す機会があれば、
なんかそういう、
ほんまにこう当たり前と思ってたりとか、
その人の価値観みたいなところに触れて、
本当にそれがその人の価値観なのかどうかとかね、
それは社会によって作られたものなのではないかな、
みたいなこう問いかけとかもしていけたらなみたいな、
まあそういう発信も今後こうやって、
この中でしていけたらんみたいな思うし、
まあそれがプレッシャーになって、
しんどくならないようにはしたいなと思うから、
うん。
ずっとずっと、
あのー、
ほんまにこう気づいちゃったよシリーズぐらいのテンションで、
なんか話していけたらなみたいなことも思いましたね。
だから気づいちゃったよシリーズも、
まあ人生気づいちゃったよシリーズって、
こう人生って大きくなってるんですけど、
まあそんな人生じゃなくてもう、
なんかもう少しレベル下げてるじゃないけど、
この社会に、
この、
なんだから監修とか、
文化とか、
このルールについてこう思ったよみたいな、
もうちょっと意識を下げてもいいかなと思うし、
なんか皆さんもそうやってこう気づいたこととか、
まあちょっとしたなんかこう、
違和感だったりとか、
なんだろうこれみたいな、
自分に合わないけど、
社会ではそれがまかり通ってるみたいな、
それが普通だとされてるみたいなことがあれば、
ほんとにコメントとか、
あのお便りとか、
中で送っていただけたらなみたいなことも、
思いましたし、
まあ僕もそんな感じで発信していけたらなと、
思います。
いやー、
独り言っぽくなってきたなーっていう感じがしますね、
先週今週と。
うん、なんかちょっと、
165回ぐらいにして、
www
やっとなんか、
うん、
来てる気がするし、
はい、
なんかちょっとね、
また、
自分自身もこうやって発信をし続けてきて変わってるところがあるから、
その、
去年のね、
発信とか、
その前の発信とか、
もう一回聞き直したりとかして、
この時はこれに、
こう、
支配されてたかもしれないし、
あの、
こういう思い込みがあったんだみたいなことを気づけるかもしれない。
そういう意味ではこうね、
毎週毎週発信し続けてきて、
まあ良かったなと思うから、
あの、ぜひ皆さんもね、
発信、
まあ発信じゃなくてもいいんやけど、
なんかこう気づきがあれば、
あのー、
残していっていただけたらなみたいなことはちょっと思いますね。
まあそれがポッドキャストであれば、
あの僕も聞きたいなと思うので、
本当に幸いだなと思うので、
ぜひ皆さんポッドキャスト始めていただけたらなと思います。
かんちゃんのんちゃんのYouTube
で、ちょっとね、
あのポッドキャストを始めるにあたってみたいなところも、
ちょっと今考えてるところがあって、
そう、
ちょっとまたこれは、
出来次第発表していけたらなと思います。
ちょっと出来るかわかんないですけど、
はい、
ちょっとやりたいなと思ったことがまた1つ出てきたので、
言いたいなと思います。
はい。
あ、あと、
実は、
かんちゃんのんちゃんのYouTube発信を、
し始めています。
ちょっとずつ。
で、まあほんまに、
駆け出しのものなので、
ほんといろいろこう、
試行錯誤しながらないけど、
もうほぼAIを使ってやってて今。
そう、だからちょっと手直ししながらないけど、
あのぜひかんちゃんのんちゃんのチャンネルを見ていただけたらなと思いますし、
ここをもう少しこうしたら見やすいなになーとか、
なんかこれをもっとこうしたらいいのになーみたいなこと、
ほんと僕もYouTube初心者なので、
あの、教えていただけたらなと思います。
ちょっとほんと、
優しく。
で、ちょっとずつ、
成長していく様を見ていただけたらなと思うので、
もちろん、
チャンネル登録とか高評価とかしていただけたら嬉しいので、
まあ、メインはかんちゃんとのんちゃんが、
僕の、僕たちの犬が、
元気に過ごしてる姿を発信できたらなと思うので、
そちらもチェックしていただけたらなと思います。
そちらは不定期で上げていくつもりなので、
またチャンネル登録していただけたらね、
それこそよくよく通知だったりとか、
あの、みなさんのトップ画面に出てくるかなと思うので、
チェックしていただけたらなと思います。
はい。
社会の当たり前への気づき
いやー、
最初はどうなることかなと思ったけど、
ちょっと言いたいこと言えましたね。
危なかった。
はい。
なので、ちょっとこれからも発信していけたらなと思います。
で、まあちょっと10月がちょっとバタバタしたりするかもしれないので、
休みはしないと思うんやけど、
なんとか上げれるようには、
そういうペースでやっていきたいなと思うんですけれども、
でも、まあ、
最長を見ずつ、
まあ、ね、仕事の分量とか見ずつ、
発信していけたらなと思いますので、
はい、今後とも引き続きどうぞ何卒よろしくお願いいたします。
はい、ということで、
あの、裏で、
のんちゃんが、
ボールで、
ボールを噛んでる音がしますね。
はい、ということで、
えー、皆さん今日か明日かお元気で、
癖強めで、
あのまあ、自分の中の当たり前だというとか、
こう、社会にさせられてるんじゃね?みたいなことがあれば、
あの、気づいていただけたらなと思いますので、
引き続きどうぞよろしくお願いします。
ありがとうございました。
20:01

コメント

スクロール