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どうもゆず茶です。このラジオは、元自己肯定官ゼロの絶望のままの夫婦だった私が、アラフォーデフルリモートフルデックスの会社員に転職し、コミュニティを運営したり挑戦している様子をお届けしています。
自分には何もできないと思っているあなたへ、真っ新で人生を変えてきた私だから、保守を伝えられる働き方や構造のヒントをお話ししております。
今日は、死についてお話しするんですけど、死と向き合うことと残された人ができることというお話をしたいと思います。
こういった、ちょっと重くはないですけど、ツヤと葬儀に出て思ったことがあったので、もちろん悲しいことではあるんですけど、
悲しいだけではなくて、それを糧に生きていくのが残された人の宿命なんだなと思ったので、そういったお話をさせていただきます。
本題の前にお知らせです。私は今、月に2回ペースで働き方に関する放送を行っております。
その名も、アラフォーママの働き方改革、在宅ワーク会社員への道のりというテーマで、今まで2回発信をしてきました。
1回目はアラフォー未経験でフルリモートの在宅ワークの会社員にどうなったのかということと、2回目は先週放送したんですけど、
在宅ワークを目指したきっかけと、それまでに実はかなり副業ですとか、ちょっとずつやってきたことがあったので、私がどんなことを具体的にやってきたのかというのをお話をしております。
この春、お子さんやご自身が違う環境になって働き方に迷われる方も多いと思うので、そんな方の参考になればと思っておりますので、
概要欄の方から放送をチェックしてみてください。よろしくお願いします。それでは本題です。
今日は死と向き合うことについてお話したいと思います。死というのは本当に死亡の死ということですね。
何があったかと言いますと、決して明るい話ではないんですが、夫側のおばあさんが亡くなりまして、98歳だったかな、なんですけど、
それのツヤと葬儀にこの週末参列してきて、そういったアウトプットをしたいと思います。
やっぱりこういった話って明るい話ではないし、何となくみんな発信しづらいとか、そういった気持ちもあると思うんですけど、
もちろん悲しいことではあるんですけど、やっぱりそこから思うこととか、皆さんのためになることもあるんじゃないかなって思ったので、お話をさせていただきます。
さっきもお伝えしたけど、こういった話が苦手な方は、ぜひここで手を止めていただければと思います。
そもそも私がこういう死と向き合うことに関してなんですけど、大きなこういった経験っていうのは、2022年の4年前ですかね、
自分のおばあちゃんを亡くしたのが、私の中で一番大きな向き合い方ではありました。
でも当時は本当にすごい悲しかったし、ツヤと葬儀に出たことが人生で幸運なことに本当になかったんですよ。
4年前なので私が34歳とかかな、それまでそういったことのない人生だったんですよね。
そこで初めて私はツヤと葬儀を経験して、ちょっといろいろ衝撃的ではあったんだけど、
その頃は発信もそこまでしていなかったので、思うことがあっても自分の中で留めておくっていうのがあったんですけど、
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皆さん、私と同世代とかちょっと上の方も多くて、きっとこういった身内をなくすっていうことは身近に起こってくる年代だからこそ、お伝えできることをお伝えします。
そもそも今回亡くなったおばあちゃんが98歳ってこともあったので、ここ数年は特にギリの母親は2世帯住宅で同居してて、私じゃないですよ。
ギリの実家が徒歩3分くらいにあるんですけど、そこにはおばあさんと旦那の両親ですね。
そこは2世帯で、完全に入り口も別なんですけど、2世帯で同居をしております。
なので、おばあちゃんとは割と顔は合わすけど、結婚して10年なので、おばあちゃんが88歳とかの時に私が結婚したので、
その頃はまだ全然元気、てか最後まで迷惑をかけることなく、本当に老衰って形だったんですよね。
なので最後まで本当に自分でも歩いていたし、下の世話をちょっとヘルパーさんとかやってたのかな。
でも食べることもしっかりしてて、わりと脳もしっかりしていたので、これがいわゆる迷惑をかけずに亡くなることかって思って、
しかも98歳だからね、わりと家族も含め考える時間があったのが、本当に素晴らしいなと思って、私もそんな死に方をしたいなって思ったわけですよ。
今日の本題というか、伝えたいことなんですけど、このツヤと葬儀を終えて、強く思ったことが2つありまして、
まず1つ目は、絶対子供たちの成長を見届けるまでは絶対に死ねないなって思ったことと、
2つ目はやっぱりエンディングノートを書かないといけないなって思った、これも2つですね。
1つ目のことから説明しますと、子供を残して先に死ねないってことなんですけど、
これは本当にお子さんがいる方だったらみんなわかると思うんですけど、本当に今回は特に思いました。
常日頃からそういうことって思うと思うんですけど、今回何が私の心にとてもアンテナが立ったかというと、
小学2年生の息子が号泣してたんですよ。
うちは4年生の娘と2年生の息子がいるんですけど、2人ともおばあちゃんが亡くなる前日に家族で、
おばあちゃんのいる施設に会いに行ったんですよ。
その時もおばあちゃんは本当に意識が朦朧としている中、みんなありがとうみたいな言葉をかけてくれたんですけど、
でもなんとなく、まだおばあちゃんと話せるんじゃないかみたいな気持ちもあったんですが、
よく朝に早い時間に結構亡くなったっていう連絡をいただいたっていう感じです。
だけどやっぱりそうやって連絡をいただくだけだと、なかなか実感がわからないもので、
子どもたちもこういう風でお通夜と葬式があるよっていうのを伝えて、悲しいって聞いたら、
なんかあんまわかんないみたいな感じだったんですよ。
でも私も実際やっぱりそういうのって実感がわかないので、その気持ちもわかるなと思ったんですが、
いざ葬儀に参列した時に、特に小学2年生の息子が本当にある時から、
多分最初はよくわかってなかったし、亡くなったおばあちゃんも見ていたんだけど、
後半気づいたら大泣きをしてたんですよ、彼は。
しかも息子は今7歳だから、おばあちゃんが91歳とかの時に生まれてるのかな。
おばあちゃんは本当に自分で歩いたりはできたけど、やっぱり年々耳が聞こえなくなりますよね、みんな。
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旦那のおばあちゃん側も本当にそうで、ここ数年は本当に耳元で大きな声を出さないと会話ができないみたいな感じだったので、
息子的にはすごく喋っていたとかそういうわけではないんですけど、
でもやっぱりバーバの家にいると大きいばあちゃんって言ってたんですけどね、子どもたちは。
大きいばあちゃんがいるっていうのはすごい認識としてあったし、
息子は放送では言ってますけど、動物とか虫とかそういう生き物にとても関心があるんですね。
なので余計にこういう生き物が死ぬっていうことに関しては、割と敏感に察するタイプなんだなっていうのを改めて感じて、
去年かな、うちカブトムシを飼ってたんですよ、夏に。
でもカブトムシってやっぱりどうしてもワンシーズン持たないというか、夏限定ですよね。
うち本当に何匹かな、結構5、6匹飼ってて、1匹だけ10月まで居残ったカブトムシがいて、
そのカブトムシが死んだだけでも大人からすればさすが当たり前だと思うんだけど、
彼にとって毎日背負うしてたカブトムシが10月に息を引き取ってしまったわけですよね。
その時でもショックで彼は学校に行けなかったんですよ、朝。
結局は行ったんですけど、死に敏感というか、それはそうなんですけど、
娘も泣いてはいましたけど、息子ほどではなくて。
本当に大泣きをしているのを見たら、本当におばあちゃんでさえと言ってはあれですけど、
おばあちゃんでさえ、ひいおばあちゃんで、しかも子供たちからしたら、ひいおばあちゃんでさえこんなに泣くんだったら、
親である私とか、それこそジージとかバーバとかね、本当にひしょっちゅう会ってますけど、
もしそういう彼にとってもっと身近な人が亡くなったら、この子はどうなってしまうんだろうっていう。
本当に思ったんですよ。この子を泣かせるわけにはいかないっていう。
それだけで生きる希望になるんじゃないかなって思うぐらい彼の涙っていうのは、本当にちょっと心に来るものがありましたね。
多分本当に彼の涙は、多分あの会場にいる全員の生きる希望になったんじゃないかなって、
本当に大げさじゃないけど、私は本当にそうやって受け取ったし。
とはいってもね、ちょっと2の話に続きますけど、
人間いつ、今ね本当にどこで事故にあったり事件にあったりかっていうのは、
昔からそうですけど、やっぱり改めてわからないですよね。
ここに2に続ける話をするけど、エンディングノートをちゃんと書かなきゃって思ったことなんですけど、
今回本当一連の流れ続けて思ったのは、
おばあちゃん世代とか非おばあちゃん世代って、
よくも悪くもアナログなので、たぶん遺産っていうほどもあれだけど、
そういうお金とかって、やっぱり優著とかメガバンクとか、
そういうところに入れてることが多いと思うんですよね。
だからね、義理のおばあちゃんだから、
お金の話とか今回一切関わってはいないから、
そこに関してはわからないですけど、
でもね、私たち世代って特にデジタルがネイティブな世代なので、
ネット銀行当たり前、証券会社とかもいくつも持ってたりとか、
あとはサブスクも、たぶんみんな契約してない人はいないぐらいですよね。
もし私が明日この世からいなくなってしまったら、
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一応私はいろんな暗証番号とか書いてあるところはあるんですけど、
それが一元化されてなくて、
子どものものはこれに書いてあって、私のものはここに書いてあって、
それ以外はとか、いろんなところに分かれてしまってるんですよね。
だからもし私に何かあったら、
これを全部探して情報を探し出すのはめちゃくちゃ大変、できなくはないけど、
大変だなって思うんですよ。
今回本当に思ったのは、残された側の気持ちを考えると、
エンディングノートはたぶんみんな我々世代作っておいたほうがいいよなって本当に思いました。
しかもエンディングノートもいろいろあると思ってて、
気持ちを書くとかそういうのは私日頃からノートでやってるし、
最悪ノート見られたかもないけど、見られても別にそれが私だから仕方ないよなぐらいな内容には思ってるから、
感情っていうのはある意味ノートがエンディングノートみたいに、
日頃の日記を書いてるのがエンディングノートみたいになると思うんですけど、
そうではない業務的なことのエンディングノートを、
本当にすぐ作らなきゃなっていうのは思ってます。
私はさっきも言ったけど、簡易的なメモっていうのがあるので、
今すぐやらなきゃいけないというか、そういうわけではないですけど、
それを一元化して同じものに書きたいですよね。
証券口座のものとか、あとはそれこそスマホのパスワードとか、
あとパソコンのパスワードとか、あとサブスク?
サブスクはちょっと難しいものはありますけど、
今これを書いたものが、あと5年後とかに契約してるとは限らないですけど、
サブスクほど、ちょっと仕組みがわからないけど、
そのまま延々と課金される可能性だってなくはないですよね。
だからエンディングノートって、やっぱりそういう見られたくない情報とか、
家族であってもあるとは思うんですけど、
でもやっぱり、おばあちゃんはそういった意味では本当に、
私もどこまであまり関わってない、しかもギリのおばあちゃんなので、
そこまで関わってはいないんですけど、
ギリの母とか、その辺はわかんないですよ。
どういう気持ちになってるかわかりませんけど、
孫から見たら、本当に綺麗になくなったなっていう感じですね。
最後までご飯もしっかり食べて、自分の足で歩いて、
そういうお金回りのことはちょっとわからないですけど、
本当に綺麗な死に方をされていたので、
でも私が今、もし明日突然亡くなってしまったら、
全く綺麗ではないというか、いろいろ、
手続き面では必ず迷惑をかける自覚があるので、
今、スマホもいろいろあるみたいですよね。
そういうのも日頃、Xとかスレッツとか見てると、
自分が死んだ時のためにこういう設定しようみたいなニュースって、
投稿って流れてくると思うんですけど、
やっぱり一言だったんですよね。自分のとおりにならなかったけど、
これを機にちゃんとやらねばと思っている段階に、
今はもうやってないっていうのがあるんですけど、
あとちょっと私の手帳のトゥードゥリストがあるんですけど、
エンディングノートに準ずるもの、
ちゃんとしたエンディングノートを買うほどでもないとは思うんですけど、
とりあえず共有の情報を載せたのを、ここにあるからねっていうだけでも、
それだけでもまだいいのかなっていうのは思いました。
皆さまこういうエンディングノートまではいかなくても、
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暗証番号とかそういうのを家族に共有ってどこまでされていますか?
プライベートだとかいろいろそういうのもね、
もちろん本当にあるのはわかるんですけど、
だって私だっていろんな見られたくないものとか、
やっぱり愚痴書いたりとかさ、やっぱりいっぱいあるじゃないですか。
そういうのはあるけど、それも含めて自分だし、
そういうのを決してわからないし、いつどうなるかわからないからっていうのはあるけど、
皆さんどこまでされているか、具体的に対策とかされている方がいたら、
ぜひ聞きたいなっていうのは思いました。
あとは最後に改めて本当に綺麗に亡くなっていったおばあちゃんを見て、
やっぱり人生は思い出作りだし、いつ死ぬかわからないから、
私結構大withゼロ精神で過ごしていて、
つまりお金は使えるうちに使って、
貯めすぎないようにしようっていう感じで生きていますし、
行きたいところに行って遊びたいと思ったところに遊んでいるけど、
やっぱりその精神で改めて行きたいなと思ったし、
やっぱり健康でいられるっていうのも、いつまでそうやって健康でいられるかって保証もわからないから、
やりたいことはやっていかなきゃなって思いました。
本当に悲しいことではあったし、私も涙を流しましたし、
仮想場とかも行って、いろいろ現実を受け入れざるを得なかったけど、
そういうのも含めて、残された人がやることなどで、
いろいろ感じることとかありましたけど、
残された人には人生が続いていくので、楽しく生きたいなと本当に思いました。
いろいろ思わせてくれたおばあちゃん、本当にありがとうございました。
そして皆さんも、ぜひこういったエンディングノートとか経験があれば、
コメントでシェアしていただけたら嬉しいなと思いました。
最後まで聞いてくださってありがとうございました。それではまたね。