体験格差に関する過去の放送と今回のテーマ
どうもゆず茶です。このラジオは、元自己肯定官零のワンオペ主婦だった私が、アローデ・フルリモートズレッツの会社員に転職し、自分の人生を楽しみまくる様子をお届けしております。
はい、えー、ということで、んーと、今日は、えーとまあ、えーとね、この前ね、まあ体験格差みたいな話をしたんですけど、まあ、んーと、子供の経験って、どんな経験、体験も、あのー、なんだろうな、あっていいものだし、まあ、経験になんか、なんだろう、違いはないなって感じたので、
んーと、なんだろうな、まあちょっと前の体験格差の話の続きにはなるんですけど、えーと、聞いていただけたら嬉しいです。はい、よろしくお願いします。
はい、ってことでですね、私はね、あの、先日、えーと、1102回目の放送で、えーと、両親ふなかでも大切なのはママの幸せ、体験格差から感じることっていうような放送を撮りました。
まあ、概要欄にリンクを貼らせていただきますが、まあ、簡単に、えーと、言いますと、えーと、私自身が、えーと、幼少期ね、えーと、両親がふなかの、えーと、家庭で育ったので、その、いわゆる、あの、体験っていうのかな、その旅行に行ったりとか、
あの、なんか、いろんな、あの、経験をさせてもらうっていうことを、あの、全然、あの、してもらってなかったんですね。
んー、で、まあ、それが、なんか、あのー、まあ、今、マスコミのほうかな、なんか、わかんないですけど、たぶん、そういう旅行に行くとか、体験させるのがいいと、なんかいう、たぶん、風潮があるのか知らないけど、なんか、それをやってない子供との格差があるよ、みたいな記事が出てるんですね。
まあ、それを体験格差というみたいなんです。ね、うん、で、それに関して私は、えーと、私自身が、その、体験格差だと感じたことは、えーと、なかったという、
気づかなかった、まあ、それを気づいたのは高校ぐらいだったし、うんと、過去に、えーと、経験していなかったからこそ、今、自分の足で、あのー、まあ、お金稼いだりとか、行動したりして、いろいろ体験しているし、子供にも、えーと、できているんだよっていう、だから、つまり、えーと、過去に、その、旅行に行ったりとか、そういう、あの、今でいう良いと言われている体験を、えーと、した、していなくても、大丈夫だし、もしそれで悩んでいる方がいたら、別に、あの、大丈夫だよっていうのを言いたかったっていう放送を、あの、撮ってます。はい。
五十嵐未知子さんとのライブと「体験格差」の捉え直し
はい。まあ、ちょっとね、迷う気が長くなって申し訳ないんですけど、はい。で、えーと、それでね、あの、この前、先週の月曜日かな、えーと、いがらしみちこさんとちょっとライブをさせていただきました。で、これは、うんと、まあ、私自身が、えーと、今年ね、えーと、初めぐらいかな、うんと、まあ、いわゆる母親とその向き合った、まあ、うちはね、両親が船がの家庭で育ったんですけど、うんと、私自身がその、お母さんに問題があるとあんまり思っていなかったんだけど、えーと、まあ、お母さんとの関係とか過去のことを思い出したら、なんか、結構、うちの、えーと、
複雑で、あの、よ、よく私頑張ったなって、うんと、思ったんですよ。で、それに気づけたのは、えーと、みちこさんの、えーと、長期講座であるスパルト大塾を受けたことと、あとは、さらにね、あの、プラスで、えーと、許しと授業のワークっていう、まあ、自己授業を深めようという、まあ、自己授業っていうのは、ありのままの自分でいいことを認めるっていうね、うん、なんか、そういう考え方なんですけど、その、自己授業が、あの、今年の、えーと、前半ぐらいにね、あの、とても深まったんですね。うん。で、みちこさん、今、許しと授業のワークを、また、えーと、再案されるってこと
で、まあ、それに関連してライブをさせていただきました。うん。で、まあ、そのライブも、ちょっと概要欄に貼らせていただきますが、えーと、まあ、いろいろね、あの、私のお母さんのこととか、えーと、自己授業の向き合いか、との向き合い方について、えーと、お話をしたんですけど、まあ、その中で1番ハッとしたのが、この体験格差についてなんですね。うん。で、えーと、この体験格差について、私自身の放送は、みちこさんとのライブの前に、えーと、撮っていたので、えーと、なんだろう、みちこさんと話してる時に、そういえば、そう、最近体験格差っていう話をしたんだけど、えーと、私自身、体験
体験格差を受けてきた方だと思っていたけど
それでも今自分自身がちゃんと生きているし
大丈夫みたいなことをお話をしたんですよ
そしたらミシコさんが
それも体験格差の認知が違う
っていうようなことをおっしゃったんですね
つまりどういうことかというと
本当に現代って旅行に行くとか
何かを経験させるっていうことがボランティアだったりとか
親と一緒にどっか行くみたいな
それがいいみたいな風潮ってすごくあると思うんですよね
それはやっぱりそうやってメディアがやらないと
今物価高だったりとか消費化も進んでいるから
そういう消費活動につながらないことが
私はあるんじゃないかなって思ってるんですけど
どんな経験も価値があるという視点
でもミシコさん曰く本当に子供の時の経験
子供の時じゃなくてもですけど
どんな体験もその人にとっては
意味のあることなんですよね
だから私の場合だと
他の子が経験しないことを幼少期したなと思ってて
それは両親が不中であったことと
ちょっとここでは伏せますが
不中なことの原因をさらに突き詰めると
なかなかそういう経験をしている人はなかなかいないし
あんまりいてほしくないっていうような感じなんですけど
ちょっと濁しますけど
とりあえず親に関して結構私は
辛い経験を中高の時にしているんですね
だからミシコさん的には
それもむしろ体験
両親が不中でかついろいろあった中で育ったこと
それで今の私があるわけだから
それも経験だよねっていう話をしていただいて
自己受容と母親との関係性の変化
確かにすごく腑に落ちたんですよね
私自身もそのメディアの体験格差っていう言葉には
すごく違和感を覚えていて
自分自身が経験してこなかったけど
今は普通にいろいろ経験してるしね
自分らしいなんとかなるっていうのを証明できているから
こそちょっと疑問に思っていたんですけど
ミシコさんのどんな体験も体験だし
メディアがそう言ってるのが違和感というか
本当にそれは感じました
だからといって私の子供たち
うちは4年生と2年生の子供がいますけど
私が辛かった経験を子供にさせたい
と言われたら絶対したくないという気持ちは
やっぱり人一倍強いなって思うんですよね
子供たちにはやっぱり同じ思いをさせたくないなって思って
両親不仲だったからやっぱ
不仲だったからこそ今
不仲の様子を見せたくないみたいな気持ちで
一時期は仲良くしなきゃみたいな気持ちが
辛かった時期もありました
私自身のパートナーシップも
特に初めてから2,3年っていうのは
かなり悪い時期も本当にありまして
いろいろねちょっとここで忘れますけど
本当にいろいろあったんですけど
やっぱり私自身が自己授業
自分は自分でいいんだって年収に気づけたこと
それはね全て母親と向き合って
母親との関係というか
過去両親不仲な家庭で育って
その母親に愛されてる実感がなくはなかったけど
やっぱり自分が我慢してるっていうのに
この年齢になって気づけた
そこが大きいなと思ってるんですよね
子供への影響と自然体な生き方
だから本当にやっぱり子供たちに
両親不仲の影響をさせたくない気持ちはありますけど
だからといって子供たちのために
仲良くしなきゃみたいなことは今はなくて
どっちかというと今は
私がそのまま自然体でいて
でもそれも夫は受け入れてくれているというか
本当にこの2,3年すごくいろいろ
本当にぶつかり合って
本当にひどいこともあったんですよ
本当にひどい時もありましたけど
それがあったからこそ
今は割と良好にできていると思いますし
そうは言っても波はあって
波があったとしても
いつかは元に戻るだろうし
そのきっかけを作る方法とかも
分かってきたような気がするんですよね
なので今日言いたいこととしては
体験格差はメディアが作った言葉、全ての経験は無駄ではない
やっぱり体験格差っていうのは
あくまでメディアが作った言葉で
消費活動を促すための言葉じゃないかと
私は個人的に思うので
経済的にあんまり旅行に連れてってあげられないとか
そもそも旅行が好きじゃないとか
別に旅行が全てではないですけど
そういうことを調べたり
実行するのが苦手って方も一定数いると思ってて
でもそれは別に良いんですよ
それはそれで良くて
子供にとって本当に旅行とか
ボランティアが全て経験なわけじゃなくて
家で家族と過ごす時間だって
立派な体験だと思いますし
例えばだけど旅行に連れてってもらえないとしたら
その時間は家で何かやったりとか
例えば兄弟でゲームをやったりとか
友達と遊ぶとか
一人で遊ぶ方法を見つけるとか
たぶん何かしら旅行に行かない時間に
たぶんその子は経験してると思うんですよね
って思うとやっぱり全ての経験は経験だし
私も両親ふなかで育って
当時はいろいろ思うことはありましたけど
今は本当にあの時の自分の経験があって
今の全てに繋がってるし
その生きづらさの原因も今ではわかったからね
つまり子供まだし
私たちもだけど無駄な経験は一つもないし
全ては捉え方次第なんだろうなって
ちょっとみちこさんとお話をしてて思いました
自己受容を深めるワークの勧めと人間関係
でみちこさんね
今許しと需要の枠を再販されておりまして
自己需要って言葉聞くけど
どうやって深めたらいいのか分からないとか
お母さんと向き合うってよく分からないとか
別にお母さん問題ないと思ってるっていう方も
いっぱいいると思うんですけど
本当自己理解の一環として
どんな環境で育って
その時にどう自分が感じたのかっていうのを
分かっておくことで
これから自分が生きやすくなったり
するヒントもあるかなっていうのを思います
やっぱりなんかね
自分自身がその自己需要の大切さに気づいて
気づいたことによって
自己需要が薄い方っていうのがちょっと分かるようになって
全然発信の世界ではなくて
ちょっとリアルの世界ではない
なんかちょっと最近なんだろうな
ちょっと違和感を持つ方がいて
なんかすごいなんだろうな
なんか認めて欲しい
承認欲求が強いみたいな方がいるんですけど
なんかその方を見てると
やっぱり自己需要ができてないなっていう
なんかすごい自分自身で自分を認められてないから
なんか多分人にすごいなんだろうな
ちょっと認めてよみたいな
くれくれちゃんっていうのかな
いわゆる
なんかそれをすごい感じるので
なんかそういう方見てると
こっちも苦しいというか
なんか本当になんだろうな
その方と喋ってると
こっちがなんか何だろう
削除されてるんじゃないかみたいな
なんかそういう気分にも最近なったりしててね
なんかそういう違和感にもなんか
なんだろうな
自分とはちょっと違うかなって思う方
自己需要を深めることによって
何だろうな
他人との境界線っていうのかな
それもね最近よく分かってきた気がするんですよね
だからなんだろう
これ以上入ってくると
なんかちょっと私は不快に感じるかもみたいな
あのことを思って
なんか今まではそれがダメだと思ってたんですけど
その自己需要
自分は自分のままでいいと認められたら
その境界線についても分かるようになってきて
今私なんだろう
ちょっとここまで来られると
嫌な意気に達してるけど
まあそれで別にいいってね
今は自分に思えてるので
ちょっとそういった方の対処というか
人間関係においても
すごく前向きに捉えられるようになったんだと思います
だからねつまり何が言いたいかって
とりあえず自己需要が分からない方っていうのは
三越さん的には
ちょっと取り込みやすいお値段で
再販されておりますので
受けることは本当にお勧めします
ということで三越さんのサービスについては
概要欄に貼らせていただきますし
ライブですとか過去の放送も
概要欄に貼らせていただきたいと思います
エンディング
じゃあ聞いてくださってありがとうございました
またね